みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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赤ちゃんと騎士達.1

 

朝焼けが窓を照らしてから、幾ばくか。

こがね色に染まった空は、ゆっくりと青へと溶けていく途中だった。

ここはGARDENランヴィリズマ、騎士寮のエントランス。

ガラス張りの天井を透かして見える高層ビル群には、無数のドローンが光の筋を描きながら行き交い――無機質な鉄骨と強化ガラスで組まれた空間には、仄かな電子音と、ほんの少し冷えた朝の空気だけが漂っていた。

 

窓際に設けられた談話席。

そこに置かれた低めのソファに、狐耳の少女がぐったりと体を預けている。

まるでこの世の終わりを嘆くように、天を仰いだまま、力なく呟いた。

 

「本日も――」

 

「本日も、シオンさまに逃げられてしまいましたわー……」

 

空が青いですわー……と、限界を迎えたような声で嘆く彼女の正面に、そっと飲み物が置かれる。

 

「まだ明け方の時間なんだけどな」

 

運んできたのは、犬耳の青年だった。

淡々とした声音で相槌を打ちながら、彼は手にしたトレイを掲げると、

別卓へと歩み寄り、そこで待っていた二人の少女にカップを配った。

 

一人は、端正な顔立ちに理知的な光を宿した少女。

彼女は軽く礼を述べながら、静かにカップを受け取る。

 

もう一人は、柔らかな笑顔を浮かべる明るい雰囲気の少女。

「ありがとう、レアリザスくん」と、軽やかに礼を告げて、両手でカップを包み込むように持ち上げた。

 

 

 

「……朝からそんなに落ち込まなくてもいいだろ」

 

配膳を終えた犬耳の青年、レアリザスがソファに腰掛けて小さく溜息をついた。

柔らかなブロンドの短髪と、穏やかな眼差しを持つ彼は、どこか無精な仕草でカップを持ち上げる。

 

「でもですわー……シオンさま、(わたくし)が来るやまた黒猫になって逃げたんですのよ……」

 

狐耳を揺らしながらカップを置いたエリスが、悲しげに肩を落とした。

明るい砂金色の髪を揺らしながら、拗ねたように頬を膨らませる。

 

「シオンが黒猫になったら、探すの大変だもんね」

答えたのは、澄んだ金色の髪を持つ小柄な少女カノン。翡翠色の目をぱちぱちさせながら、出された紅茶をちびちび飲んでいる。

 

「この前は、エアダクトを通って逃げたとか聞いたな」

 

静かな声で付け加えたのは、金糸を編み込んだような長髪を束ねて背に流すカノンの姉、ソナタであった。

彼女の発言でテーブルに、軽い笑いが広がる。

 

「うちのシオンさん、またそんなに細いところまで入り込んだのか……」

 

レアリザスが苦笑混じりに言うと、エリスは大きく頷き、

「次こそは絶対に、シオンさまをなでなでさせて頂きますわー!」と拳をぎゅっと握った。

 

それぞれが笑いながら、またカップを手に取る。

冷えた朝の空気に、微かに漂うコーヒーと紅茶の香り。

そんなごく当たり前の、何気ない朝だった。

――そこへ低く短い電子音がエントランスに鳴り響くまでは。

重たい自動扉が、静かに開く。

朝の光が差し込むその隙間から、二つの影が現れる。

 

先頭に立つのは、黒衣の少女だった。

フードを深く被り、その下には黒く無機質な仮面を纏っている。

久条運命──。

無機質なその装いに、ただ一つだけ似つかわしくないものがあった。

 

彼女の腕に、そっと抱えられた、小さな命。

淡い布に優しく包まれた赤子は、まだ夢の中にいるのか、かすかな寝息をたてている。

その後ろを、シスター服を纏ったトロイメライが、静かな足取りで続く。

彼女の表情は穏やかで、長い睫毛の下にどこか慈しむような光を宿していた。

エントランスの談話卓に座っていた四人が、次々に顔を上げる。

 

「……陛下?」

 

最初に声を上げたのは、レアリザスだった。

手にしていたカップをテーブルに置き、首を傾げる。

 

「あら、珍しいですわね?こんな時間に、陛下がここにおいでになるなんて……」

 

エリスも狐耳をぴこぴこと動かしながら、困惑気味に続く。

 

「何か──あったのか?」

 

ソナタも静かに立ち上がりながら、運命の胸元に目を向ける。

そして、ふと、彼女の腕に抱かれた“何か”に気付いた。

──小さな、小さな布の包み。

そこから漏れ出る、かすかな体温と、命の匂い。

 

「……陛下。それは、まさか──」

 

僅かに声を震わせながら問いかけたソナタに、運命は小さく頷いてみせた。

 

場が、一瞬で凍りつく。

 

「え、えっ、えっ……赤ちゃん!? 赤ん坊ですの!? 陛下の!?!?」

 

エリスがソファをひっくり返す勢いで立ち上がりながら叫ぶ。

 

「いや、いやいやいや、流石に、流石に違うだろ……」

 

レアリザスも額に手をあて、混乱を押し隠すように頭を抱えた。

 

静かなエントランスが、一気にざわめきに包まれる。

 

「運命く――陛下、誰かから子どもを預かったのかな……?」

 

ただ一人、冷静な思考を保っていたカノンが、窓際から首を傾げながら小さく呟いた。

 

その刹那。

 

「──できちゃった……の、かもねー」

 

トロイメライが、ふわりと運命の肩にもたれかかりながら、脱力した声でそんな冗談めいた囁きを落とした。

 

ガチャン、と乾いた音が床に弾けた。

 

誰も動かない。

誰も、息をすることすら忘れていた。

朝の光だけが、無遠慮に窓辺を照らしている。

 

 

 

 

「……とかいってねー。不老不死なんだから、できるわけないのにねー」

 

まるで何事もなかったかのように、トロイがふにゃりとした笑みを浮かべながら運命の肩から離れる。

声には悪びれる様子がなく、むしろ場の空気の重たさと噛み合わないほどに、軽やかだった。

 

「……ははっ、まあ……冗談、だよな。そりゃあな……」

 

レアリザスが頭をかきながら、小さく笑って見せた。

けれどもその笑みには、今の心臓の動悸がまるで収まっていないことが、はっきりと滲んでいた。

 

「トロイ……いくらなんでも言葉を選べ。冗談でも、場を選んでくれ……」

 

ソナタも額に手をやり、小さく溜息を吐く。

肩にかかった髪が滑り落ち、それを払う仕草にも、どこかぎこちなさが混じっていた。

 

「もー……心臓に悪いですわー……いくら私でも、これはちょっと……」

エリスもへたりこむようにソファに体を預け、胸を押さえて深く呼吸を整えていた。

 

「あははー、皆大げさすぎて草ー。トロイさん、湿り気強めの小粋なジョークを言っただけだよー?」

 

『トロイ……その表現は全然小粋じゃないよ……』

 

笑うトロイと、困った様に声を出す運命。

騎士達もやれやれといった感じで空気が、徐々に元に戻っていく。

──はずだった。

 

しかし、その輪の中に、一人だけ戻ってこない者がいた。

 

「……カノン?」

 

ソナタが不意に振り返り、声をかける。

その視線の先──窓辺のソファに座るカノンは、動かなかった。

彼女は、静かに目を見開いたまま、ただ前方を見つめていた。

まるで時が止まったかのように。

ソナタが近づく。少し屈み込んで顔を覗き込んだ瞬間、息をのんだ。

 

「カノンが――」

 

「カノンが、気絶している……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばしの沈黙と共に、テーブルには再び湯気の立つカップが配られていた。気まずさと困惑が入り混じった空気の中で、それでも誰かがそっと席を整え、会話が戻り始める。

運命もトロイも、他の騎士たちと同じように卓に着き、その中央には小さな布に包まれた赤ん坊がすやすやと眠っていた。

 

そんな中、ぽつりとした声が落ちる。

 

「……今まで受けた拷問の類で、群を抜いて効いた、かな……」

 

カノンだった。

未だどこか虚ろな目をしたまま、隣のソナタに寄りかかるようにして、小さく息を吐いている。

 

「ふふっ……そこまでとは、想像してなかったな」

 

ソナタは困ったように笑い、そっと妹の肩を撫でた。

 

「あー……さっきのはちょっと湿り気が強すぎた、かなぁ……あははー」

 

トロイも、さすがに苦笑して頬をかいた。

まさかここまでカノンにダメージを与えるとは思わなかったのだろう。

普段からそういった冗談を口にする彼女でさえ、今回ばかりは反省の色を隠せないようだった。

カノンの一言をきっかけに、ようやく場の空気にもゆるやかな温度が戻りはじめた。

テーブルの中心では、赤ん坊が変わらず安らかに眠っている。

その寝息は、今この場にいる誰よりも静かで穏やかだった。

 

数秒の沈黙。

誰もが、ふと目を落とすようにその小さな存在に意識を向ける。

 

「……あの、ですわね」

 

口を開いたのは、エリスだった。

 

「この子……どなたのお子さんですの? てっきり、陛下のお知り合いの子かと……」

 

そう言いながら、彼女はそっと運命のほうへ手を伸ばす。

「抱いても?」と目で問いかけるような仕草に、運命が小さく頷く。

そしてエリスは、まるで宝物を扱うような動きで慎重に赤ん坊を抱き上げた。

 

「……ふふっ、あたたかい……ふにふにしてますわー……」

 

頬を緩めながら、揺れる耳を小さく震わせるエリス。

その様子を、レアリザスも苦笑しながら見守っていた。

そっと胸に抱き寄せた後、赤ん坊に頬ずりして柔らかさを堪能した彼女は、再び抱き上げて赤ん坊を正面から見つめ直す。

 

「この子、女の子かしら? それとも男の子? ふふっ、どちらでも可愛いですけれど……」

 

耳を揺らしながら笑うエリスに、周囲もつられて小さく微笑む。

そしてふと、思いついたように彼女が運命のほうを見やる。

 

「……ちなみに、ですけれど。やっぱりその……ご縁のあるお子様なのでしょうか、陛下?」

 

その問いに、仮面の奥から、静かな声が返ってきた。

 

『……うん。その子、魔剣の子』

 

その言葉は、空気を静かに切り裂いた。

 

「はえー、魔剣の子ですの……魔剣……まけ……」

 

「──魔剣ッ!?」

 

耳がぴくんと跳ね、目を大きく見開いたエリスは──

 

「ああああああああっ!!」

 

反射的にそのまま赤子を放り投げてしまった。

 

「ちょ、投げんなぁぁぁっ!!」

 

レアリザスが立ち上がったのと、赤ん坊がふわりと宙を舞ったのは、ほぼ同時だった。

彼の足が滑るように動き、ソファの隙間を抜けて両腕を広げる。

そして ずし、と心地よい重みが床と紙一重で彼の腕に収まった。

 

「うおお……ナイス兄ちゃん……」

 

そんな自画自賛と共にそっと赤ん坊の顔を覗き込み、無事を確認する。

 

「ん……泣いてねぇな。すやすやだ、えらいぞお前ー」

 

そのまま抱き直し、赤子の額にぽふっと軽く息を吹きかける。

盛大に放り投げられた赤ん坊は、肝が据わっているのか微動だにせずぐっすりと寝たままだった。

 

「ひぇぇぇぇぇえええっっ!?!? ご、ごめんなさいですわーっっ!!!」

 

エリスは顔を真っ赤に染めて、耳までぴんと立たせ、全身を震わせながら情けなく崩れ落ちた。

 

「違うんですのよ!? いえ何も違わないんですけれども!? 手が勝手にっ……!!」

 

「まあまあ、落ち着けって。兄ちゃんがちゃんとカバーしたから、大丈夫だって」

 

レアリザスが赤ん坊を抱いたまま、穏やかな口調でエリスをなだめる。

その一言に、張り詰めていた空気がふっと緩むのがわかった。

 

「それにこの子、まったく動じてないしな。すやすや寝っぱなし。肝が据わり過ぎて、兄ちゃんびっくりだわ」

 

ソファに座り直しながらそう笑うレアリザスに、トロイが間延びした声で応じる。

 

「陛下とトロイさんの愛の結晶だからねー」

 

「トロイ」

 

2度目の冗談にソナタが呆れた声で釘を刺す。「あははー」と咎められた事も何処吹く風とトロイは笑う。

 

「あああああ……赤ちゃんに罪はないのに、私ったら……」

 

エリスが肩を落としながらも、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 

──そして。

 

「……ふふっ、なんだか……少しだけだけど」

 

柔らかな声が、場を撫でるように落ちた。

 

それは、カノンだった。

カップを両手で包み込むように持ちながら、小さな笑みを浮かべている。

 

「この子が、ここにいるのが自然になってきた気がするよ。ね、お姉ちゃん?」

 

カノンがそう微笑むと、ソナタは静かに頷いた。

カップを置き、その手を膝の上に重ねながら、落ち着いた声で応える。

 

「……ああ。ほんの少し前まで、想像もしなかったが──確かに、そう思う」

 

「魔剣の子、なんて聞くと構えちゃうけど……」

 

カノンの声は、柔らかいけれど芯がある。

彼女はソファから身を乗り出すようにして、レアリザスの腕の中に目を向けた。

 

「こんなに、ちっちゃくて……眠ってる顔はどこにでもいる普通の赤ちゃんだよね。むしろ、陛下――運命くんに似てる気も……ふふっ」

 

布にくるまれて、まるで音に守られているように眠る赤子。

その額やまつ毛の線をなぞるように、優しい視線が注がれていた。

 

『私に……?』

 

ぽつりと返した運命は、仮面越しに首をかしげた。

それは反射的な動きというより、どこか自分自身にも問いかけているような仕草だった。

 

カノンは頷き、そして一度呼吸を整えるように視線を落とす。

 

「うん、そう思う。……で、そろそろ聞いてもいい?」

 

彼女が運命へと向けたまなざしは、好奇心ではなく、静かな信頼と祝福の色を湛えていた。

 

「この子の名前、もう決めてあるの?」

 

その問いに、誰も言葉を挟まなかった。

ソナタも、レアリザスも、エリスも、そっと目を向けていた。

トロイも運命の隣でただ微笑んでいる。

 

『――うん、決めてあるよ』

 

運命が見つめる先、これから家族になる小さな命。

その責任とこの子の安寧の祈りを込めて、彼女はその名前を口にした。

 

 

『この子はリンデン……リンデンだよ』

 

その言葉に、場の空気がふわりとやわらかくなるのを、誰もが感じた。

 

「リンデン……」

 

カノンが繰り返し、小さく笑みを浮かべる。

目線は赤子へ向けたまま、言葉を紡いだ。

 

「……菩提樹(リンデン)だね。優しくて、強くて、人を包む木。

 眠るみたいに生きて、でも、深く根を張って、静かに世界を見てる──そんな名前」

 

その言葉に、ソナタもそっと頷いた。

 

「……美しいな。意味を知って、なおさらそう思う。

 この子に、よく似合っている」

 

「へぇー……リンデン、か。いい名前だな、陛下」

 

レアリザスが腕の中の赤子を見下ろして、ふっと目を細める。

 

「……うふふっ、やさしい響きですわねぇ。もうすでに、なでなでしたい気持ちが抑えられませんわ……!」

 

エリスがそわそわしながら、手を胸元でぎゅっと組み直した。

 

そして、運命自身も小さく頷く。

仮面越しではあったが、その声には確かな自信と、どこかくすぐったそうな柔らかさが宿っていた。

 

『うん。きっと、似合う子になるよ……』

 

──その時だった。

 

エントランスの外から、足音と──元気いっぱいの声が響いてきた。

 

「おっはよーーー!大天才が朝の挨拶にk……って、え!? なにこれ、なにこれ、えっ、メッチャ可愛い赤ちゃんいない!?!? えっ、誰の子!?誰!?めっちゃ沸くんだけどぉ!!」

 

ドアが開くと同時に、賑やかな騎士たちが1人、また1人とエントランスへやってくる。

その声に、すかさずトロイメライが、すっと立ち上がる。

 

「んー? それはねー……ふふー、陛下とトロイさんの、愛の──」

 

「──言うな」

「やめて、トロイ」

 

カノンとソナタの声が同時に飛んだ。

ぴたりと動きを止めるトロイ。まるで猫の尻尾を踏まれたように、肩がひくっと揺れる。

 

「……2人とも怖くて草ー……流石に3度目は許されなくて森ー……」

 

トロイがしょんぼりしながらも笑っていると、赤ん坊の入った布にそっと顔を寄せたエリスが、

すでに両頬で赤子にすりすりしていた。

 

「リンデンちゃぁぁぁん……この世に降り立った癒し……可愛すぎてキツネが昇天しますわぁぁぁぁ……っ」

 

「おい、こら、顔が近い!よだれついてんぞ!? 返せ!兄ちゃんの癒しタイム!!」

 

「イヤですわ!私はこのまま赤ちゃん布団になりますのー!」

 

エントランスに響く声、笑い、慌ただしい足音。

空気はすっかり賑やかで、まるでひとつの家族のようなぬくもりに包まれていた。

 

運命は、それを静かに見つめていた。

 

『……きっと、この子は──いい子に育つなぁ』

 

仮面の奥のディスプレイには、淡くにじむような微笑みのマーク。

その中で、リンデンはただ静かに、すやすやと──眠っていた。

 

 

 




ヤメロォ!急にローディング画面に騎士達の休日の詳細を書くんじゃない!
シフト制は分かってたけど、あえて無視しようとしてた所を生えてきた公式の設定で話っ柱ぶん殴られるの思ったより辛いんだぞぅ!

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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