みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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ルビ振り祭りあります。




16歳と創製.1

 光源は薄く、整然と並ぶ蛍光灯は三分の一ほどが消えていた。

 だが、その方がちょうどいいとばかりに、リンデンは黙々と手元の端末を操作していた。

 ここはGARDENにある第六層、都市区画のさらに奥──

 エラーが半ば私物化している区画のひとつ、通称「秘密基地」。

 ガレージめいた粗雑な内装に、金属臭とオイルの匂い、そして規格外の機器がひしめいている。

 床に固定された作業台には、未実装の設計素体。

 その傍ら、リンデンの端末には幾重にも折り重なる関数と霊子フローの流路図が並んでいた。

 無音。

 ただ彼の指先が走る音と、冷却装置の微かな作動音だけが部屋を満たす。

 やがて、ひとつの試算が閾値に達する。

 霊子の熱変換効率が70%を超えた瞬間、リンデンは小さく息を吐き、手を止めた。

 

「……想定より、15.3パーセント上振れ……この状態なら、戦闘投入にも耐える……はず、ですが……」

 

 自分に言い聞かせるような呟き。

 だがその声音には、以前のような焦りも、無理な自嘲もなかった。

 ただ冷静に、目の前の“式”と“未来”を見つめている。

 ──その時、部屋のドアが乱暴に開いた。

 

「Yo──ただいま、研究室の天井知らず!病的に広いガレージの王様、帰還だぜ!」

 

 金属靴の音とともに、天才の名を欲しいままにした武装エンジニアが現れる。

 手にしていた缶コーヒーを、ほとんど反射的にリンデンへと放り投げた。

 リンデンは一瞥もせずにそれを片手で軽く受け止める。

 

「……お帰りなさい、エラー兄さん。ありがとうございます」

 

「ん、ナイスキャッチ。飲んでないだろ?糖分取っとけ」

 

 エラーは作業台の隣にある、軍用ハンガーを改造した簡易椅子にどさりと腰を下ろす。

 缶の蓋を開ける音が鳴り、空気にわずかな焦げた甘さが混ざった。

 

「で?あれ、どうなった。理論詰めてたんだろ?

 オマエのことだから“それっぽい形”にはしてきてんだろーけど──上手く行ってるか?」

 

 リンデンは缶を置き、すっと端末の画面を傾ける。

 

「……はい、主要部の回路と動力伝導式については、ようやく“自分の式”で再構築できました。

 ベース出力は既存の回転式兵装を上回る見込みで、熱分散処理も──兄さんから頂いた冷却式霊子換装体のおかげで、安定しています」

 

「ははっ、病的に褒めてくれるじゃねーか。んで?」

 

 視線の端で、エラーの目が光る。

 それは「構造はどうなってる?」「もっと聞かせろ」「燃えてきた」──全部を含んだ、“技術屋”の本能的な眼差し。

 けれどリンデンは、あくまで端正な所作のまま、ふと目を伏せる。

 

「……ただ、現段階ではまだ“形”には落とし込めていません。

 思考と数式を詰めすぎて、機構設計に意識が回っていない状態で……少し、休んでから続きを詰めようかと」

 

「それが正解だな」

 

 エラーが笑って、缶を掲げる。

 

「頭使いすぎてる顔してると思ったぜ?たまには“筋肉”の意見も聞いとけ。効率ってのはな、計算だけじゃねー。“バランス”がものを言うんだよ、兄弟?」

 

 どこか茶化すように、けれどそれが彼なりの労いなのだと、リンデンは理解している。

 

「……はい。休憩、しますね」

 

 静かに缶の蓋を開け、口元に運ぶ。

 舌に残る微糖の苦味。熱を抜いた脳に、それがじわりと染み渡っていく。

 ──リンデンはまだ、根本の焦燥を捨て去れてはいない。

 ただ、それを口に出すことはない。

 そして今、それを求められてもいない。

 だからこそ、ほんのひとときの“静かな時間”が、少しだけ心に沁みた。

 缶を置き、リンデンは手元の資料をひとつ閉じた。

 深く思考を巡らせた直後の脳は、熱を持っている。冷却には、沈黙よりも会話のほうが適している。

 

「……ところで、エラー兄さん」

 

「ん?」

 

「先日、技術局の方から“永続神域の素材”の搬入があったと伺いました。

 兄さんが取り扱っている中に、霊子振動系と相性の良いものは……含まれていませんか?」

 

「お、さっそく戻るか? 病的にやる気じゃん?」

 

 エラーは笑いながら、指先で缶をくるくると回した。

 だが、その視線はどこか真剣だ。やはり彼は“技術”の話になると、誰よりも目が鋭くなる。

 

「搬入は確認してる。第四軌道人類史の永続神域から引っ張ってきた“負性共振鉱”──オレらは“レゾナンス・ゼロ”って呼んでるやつがある。

 ただし、取り扱い難度もバグってる。脈動と逆相で制御しねーと、こっちが喰われるタイプな」

 

「……それでも、使えるのなら検討したいです。

 出力の“最後の壁”に、既存素材では届かない箇所があるので」

 

 エラーは缶を飲み干し、空になったそれを機械制御の投擲器に放り込む。シュッという音とともに、自動的にリサイクル処理へ送られていく。

 

「……ったくよぉ、リンデン。お前、ほんっとに“丁寧にバグってる”よな」

 

「……バグっている、ですか」

 

「いや褒めてんの。マジで。

 普通のヤツなら“神域のいわくつき素材”って聞いた時点でビビるか、逆にハイになって突貫する。お前は、真顔で“自分の式に噛み合わせられるか”だけ考えてんだよ」

 

 そう言って、エラーは自分の後頭部をぽりぽりとかいた。

 

「病的にストイックな性格は変わってねーけどよ。

 なんつーか……焦ってねぇんだな、って。前よりさ」

 

 リンデンは、ふと視線を落とした。

 その言葉は、不思議と拒絶したくなるものではなかった。むしろ──受け止めるべきものとして、胸の奥に静かに届いた。

 

「……はい。変わったわけではありませんが……焦っても、手は進まないと、学びました。

 結果は急がずとも、思考は止めない。それが今の、僕の立ち位置です」

 

「んだよそれ、格言かよ。オレの座、狙ってんのか?」

 

「……エラー兄さんの“座”は、筋肉とユニットへの偏愛が支えていますので。僕は立候補できないかと」

 

「はっは!だろーな!」

 

 ふたりの間に、笑いが落ちる。

 それはごく小さく、しかし確かな“間”を生んでいた。

 

「……でも、忘れんなよ。リンデン」

 

 ふいに、エラーが少しだけ真剣な声を落とす。

 

「自分のためだけに作る武装ってのは、“自分の全部”を問われる構造になる。

 自信がないと動かせねぇし、自分を見失ってると破綻する。

 “オレのためのオレ”ってのが、そこに詰まってるからな」

 

 リンデンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 

「……覚悟は、あります。

 それでも、“形”にして、自分の手で背負いたいと……今は、そう思っています」

 

 その言葉には、過去の亡霊のような焦燥も、誰かに縋るような希求もなかった。

 ただ淡々と、静かな決意が宿っている。

 それが、“自分の力”で未来を選ぼうとする少年の、今の答えだった。

 

「──病的にいい表情してんじゃねぇか、全く。

 よし、じゃあ始めっか。“地獄の実装フェーズ”をよ!」

 

 エラーの拳が、軽くリンデンの肩を叩いたその時──

 

「おーい、空いてるー?入っていいー?」

 

 軽快な声とともに、また扉が開く。

 まるで舞台に上がる俳優のように、空気の温度を一変させながら、少年の姿をした騎士が現れる。

 

「やっほー!今日も天才してるぅ?作業中だったかなー?でもちょっとだけ、顔見せに来ちゃった」

 

 オーバーフロー。

 第八騎士団《ORANGE》が誇る、限界超越のWIZARD。

 小さな身体に不相応なほどの存在感と、いつもの気安さを引っ提げて、秘密基地に入り込む。

 

「……呼んだ覚えはねーぞ、クソガキ。鍵のセキュリティ、またバグらせたのか?」

 

 即座に、エラーが顔をしかめる。

 

「はー?何言ってんの、ちゃんと“物理的に”開けたんだけど!

 コードは割ってないもん、今回は!合法入室、完全合法!えらいでしょ?」

 

「えらくねぇんだよ……病的にうぜぇなマジで」

 

「言ったな筋肉!てか、そもそも“秘密基地”って言っておきながら、入り口に自分の名前書いたプレートあるのが悪いと思いまーす」

 

「そりゃメンテ中かどうか分かんねぇと困んだろうが!?あとオバフロ、てめぇまたユニオンデバイスいじったろ!?起動順おかしかったぞ!」

 

「ふっふーん。“完全再現・起動前のトキメキ”ってバージョンだったの!

 そもそも君、撫ですぎなのが悪いってちゃんとログに残ってたからね?」

 

「おいそれは!てめぇローカルログまでハッキングして──!」

 

「──あの、えっと……お二人とも」

 

 すっかりいつもの応酬を始めた二人の間に、リンデンがわずかに困ったような表情で割って入る。

 わずかに眉を下げて、けれど言葉は決して強くない。

 

「ここは……研究と、少しの休息の場所ですから。できれば、機械の前では静かにしていただけると助かります」

 

 その一言に、エラーとオーバーフローがピタリと止まる。

 

「……ちっ、まーた正論だよ」

 

「リンデンに怒られたら素直に引くしかないもんねー」

 

 エラーは舌打ちし、オーバーフローは肩をすくめて笑う。

 いつもの喧嘩に見せかけて、実のところどこか“儀式”的なやり取りなのだろう。

 空気が少し落ち着いたところで、オーバーフローはふと、懐から何かを取り出した。

 

「……で、本題なんだけどさ。実は今日、リンデンにちょっとだけ“お願い”があって来たんだ」

 

 取り出されたのは、小さな名刺サイズの透明プレート。

 霊子パターンがエンコードされた、カスタム製のハッキングデバイス。

 

「……それは」

 

「うん、懐かしいでしょ?

 リンデンが、一歳の誕生日だったとき──オレが飛ばしたハート型の視覚エフェクトを、赤ん坊のリンデンが“物理的に掴んだ”ってやつ。

 あの時の、再現デバイス」

 

 静かな声でそう語ったオーバーフローは、どこか少しだけ真剣だった。

 いつもの軽口とは違い、少年のような外見に不釣り合いな集中と観察の気配が宿っている。

 

「ずっと調べてたんだ。

 偶然じゃない、ってずっと思ってたから。

 で──最近ようやく、それっぽい仮説が立ってね。

 このデバイスは、その“再検証用”」

 

「……仮説とは、どのようなものですか」

 

 リンデンは正面からそう訊いた。

 缶コーヒーを持つ手に、わずかに熱が戻っていた。

 

「仮説はまだ、詳しくは言わないよ。

 言葉にしちゃうと、“狙い通りになったかどうか”が歪むから」

 

 オーバーフローはそう言って笑う。

 だがその目は、エンジニアとしての強い確信を帯びていた。

 

「リンデン。“君の手”には、

 オレたちが思ってる以上に、“たくさんのもの”が届くみたいなんだ。

 それが、偶然かどうか。もう一度、確かめてみてくれない?」

 

 名刺デバイスが、そっとリンデンに手渡される。

 静かな空気の中で、少年はそれを受け取り、じっと掌の中で見つめた。

 ──指先が、ほんの少しだけ震えていた。

 手のひらに載った名刺型デバイスは、わずかに脈動していた。

 まるで記憶を宿した心臓のように、静かに霊子が循環している。

 

「……じゃあ、起動してみて」

 

 オーバーフローが一歩引き、リンデンに視線を向ける。

 その表情は明るさを装っていたが、その奥に宿る真剣さは誤魔化しようがなかった。

 リンデンはうなずき、静かに親指を滑らせて起動シークエンスを走らせる。

 デバイスの中央部が光り──次の瞬間、空中に“それ”は現れた。

 視覚エフェクトのハート。

 赤みを帯びた光の粒子が凝縮し、ふわりと浮かび、ゆっくりと脈動するように明滅していた。

 美しい。

 だが、物理的にそこに“ない”はずのものだった。

 それを──自分は、かつて掴んだ。

 

「……あの時は、何も知りませんでした。

 ただ、目の前に光るものがあって、手を伸ばしただけで……気づいた時には、手の中に“それ”がありました」

 

 声は穏やかだったが、瞳の奥に宿るのは、明確な“認識”だった。

 今なら分かる。

 それがどれほど異常だったか。

 どれほど“物理法則を裏切っていた”か──。

 だからこそ、試す前に少しだけ考える。

 これはただの光の粒ではない。

 色、熱、衝撃、光量……目に見えるエネルギーの全てが織り込まれて、立体を“それっぽく”演出している。

 それを、“掴む”とはどういうことか。

 

 ──リンデンの右手が、再びハートに触れた。

 

 その瞬間。

 パチン、と小さく音が鳴った。

 光だったはずのハートが、質量を持った。

 空気を押しのけ、霊子粒子が“凝固”する。

 視覚エフェクトが、完全な物理出力へと切り替わった。

 リンデンの手のひらには、“確かにそこにある”ハートがあった。

 

「……──……」

 

 しばしの沈黙。

 そして、オーバーフローの目が、まるでレンズが開いたように見開かれる。

 その顔には、驚愕ではない。

 確信と、歓喜と、ほんの少しの畏れが混ざっていた。

 

「──完全に、理解した……!」

 

 震えるようにそう呟いて、オーバーフローは小さく息を吐いた。

 

「ありがとう、リンデン。ほんとに……助かった。

 検証、完了。

 で、えっと……あ、そうそう、忘れてた」

 

 急に思い出したふりをして、オーバーフローが言う。

 

「“陛下が呼んでた”よ?なんか資料の確認だってさ。たぶんあっちの棟だと思う」

 

「……わかりました。すこし、席を外しますね」

 

 リンデンは静かにうなずき、まだ掌に残る感触をそっと握りしめてから、部屋を後にした。

 そして、残された秘密基地に──ふたりの天才だけが残る。

 エラーが無言で立ち上がり、扉が閉まるのを確認してから、重く口を開いた。

 

「──なあ、オバフロ。

 お前の仮説、言え」

 

「うん。

 あの子、“エネルギー変換のイレギュラー”なんだよ。

 熱でも、光でも、色でも衝撃でも……普通ならさ、変換って“ロス”が出るじゃん?

 でも──あの子だけは違った」

 

 エラーが無言で立ち上がり、手元の缶を無造作に潰しながら呟く。

 

「……マジかよ、取りこぼしのない1:1変換(ロスレス・コンバージョン)かよ……。

 それってもう、物理法則違反(グラビティ・バグ)じゃねぇか……」

 

「ね?バグでしょ?でも、存在しちゃってるんだよね。

 オレ、何年も前からずっと気になってたんだ。あの時の“ハート”……

 赤ん坊が“ただのエフェクト”を掴んだ。それも反応値ゼロで、無加工の状態のやつを」

 

「待て待て、それ、フツーなら 幻像構造体(デコイ)だ。

 霊子粒子を浮かせて反射させるだけのアートワーク。

 それを“掴む”ってことは、“ 強制粒子収束現象(ハードスケーリング)”が起きてなきゃ成立しねぇ……

 けど、それって──“ 出力側構造体(エミッタ)”じゃなきゃ起きねぇ現象だぞ?」

 

「そう。だから言ったでしょ?

 あの子は“受け取った”んじゃなく、“生成した”んだ。

 エフェクトを受信、認識、変換、出力って、完全に“中継器”として動作してる。

 それも、1:1で、ロスなしで」

 

 エラーの目が、ギラリと光った。

 

「やっべぇ……ガチでやっべぇじゃねえか……。

 “ 模倣型演算核(イミテーション・プロセッサ)”?

 “ 生体挿入型ドライバ(ナチュラル・ドライバ)”?

 いや、ちげぇ……もっとヤベぇ。

 ──“ 階層透過型変換核(レイヤー・スルー・コア)”が、人間の神経系で稼働してる(ヒューマン・ネットワーク・インプリメント)”ってことになる」

 

「うん。しかも自動じゃなくて、理解した上で使ってる。

 つまり“任意起動可能”。

 応用次第で、受ける衝撃を熱に変えて放散することも、

 視覚干渉を運動エネルギーに変換することも、

 理論上は──“なんでもアリ”になる」

 

「チートかよ……いや、“システムバイパスのアセンブラ内蔵型人間”とか聞いたことねぇぞ!?

 あいつ、マジで“フォーマット外の存在”だ。

 プラグインどころか、最初から別のOSで走ってやがる」

 

 エラーは、額をこめかみに当てて、深く、深く息を吐く。

 

「しかも、計算してやってるわけじゃねぇ。

 “身体の設計そのもの”が、もう既に“1:1変換できる体質”に最適化されてる。

 普通の奴がエネルギー変換式の回路を設計するなら、損耗率だの誤差だの前提に組み込むのが常識なんだぜ?

 でもリンデンのは……“ それを一切必要としない式(ゼロ・オフセット・シンクロ)”だ。

 初期値ゼロで、計算結果がそのまま現実になるってレベル」

 

「うん。

 つまり──“魔術”でも“技術”でも説明できない“才能”。

 完全な……バグ」

 

 ふたりの間に、重苦しい沈黙が落ちる。

 ようやく、エラーが呟く。

 

「ヤベぇな……

 “ 破壊エネルギーを変換して生き残れる(ダメージ・リダイレクト)”ってことは、

 その気になれば“ 破壊そのものを喰える(インパクト・イーター)”ってことだぞ……?」

 

 オーバーフローは笑わない。ただ、静かにうなずく。

 

「うん。“魔剣”よりヤバいと思ってる。

 本人は知らないまま、ずっとそれを“使って”たんだよ。無意識で。

 で、今日──それを“意識的に再現”しちゃった」

 

「ハハ……地獄じゃねぇか。

 “ 存在してはいけない完成品”(アンキャニーバグ)

 ──これは、“才能”って言っちゃいけねぇ。完全に“ 法則違反の天才(バグ・チャイルド)”だ」

 

 長い沈黙のあと、エラーがぼそりと呟く。

 

「……で、どうするよ。楽園聖典に報告すんのか?」

 

「しないよ。

 だって、それ言った瞬間から、リンデンは“研究対象”にされちゃう。

 あの子の“手”が、誰かの命令でしか動かせなくなる。

 オレは、それが一番イヤ」

 

 エラーは、缶を投げて機械に吸い込ませながら、小さく笑う。

 

「……ま、同感だ。

 “人類の宝(オーパーツ)”とか言われるより、“俺達の弟(ディアブラザー)”って言われてた方が、あいつも気楽だろうよ」

 

 ふたりは頷き合った。

 

「──じゃ、確定な。“この話は、なかったことに(アウト・オブ・プロトコル)”。

 あいつが“あの手”で、誰かを助けるその時まで」

 

「うん。

 ──“秘密基地”って名前、嘘じゃなかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷却機の低い唸りと、ユニットの定期スキャン音が交互に響いている。

 数日が経過しても、秘密基地の空気に変わりはなかった。

 だがその空間の“中心”にある作業机の上には、初期の空想が組み上がり、明確な構造体としての**“骨格”**を持ち始めた設計図が、今はあった。

 リンデンは、両肘を机につきながらタブレット越しに構造流路と熱伝導グラフを見つめる。

 その傍らではエラーが、裸のモックアップ機材と複数のセンサーモジュールを同時起動させ、数値を並列に走らせていた。

 

「──回路の最適化は完了。出力ラインも問題なし……なんだが」

 

「素材、ですね」

 

「ああ。今使ってるこの霊子反応合金、ミドルグレードまでは数値通り動くんだが、ハイエンドに切り替えた瞬間、“耐熱閾値”と“最大応力”がガタ落ちする。

 “出力増強すると自壊”ってのは病的にクソだ。あと一歩なんだよなぁ……」

 

 リンデンは、無言でスクリーンを拡大し、構成表に視線を走らせる。

 どれだけ精密に設計しても、素材がその出力に耐えられなければ“兵装”ではない。

 “理想”だけでは、戦場に立てない。

 

「……超伝導式の安定材に、霊子干渉を許容させるには……逆位相反応か、圧縮型の波長整合型…いえ……それでも結合面が……」

 

「──ま、オレの方で“ブースター案”は一応ある。

 “廻転機関”の並列使用。ハイエンドの奴を2基積み、片側で“予熱”、もう片方で“出力加速”。

 回転数を霊子変調に転用して、機構全体を強制駆動する仕組みだ」

 

「廻転機関……第六軌道人類史由来のエネルギー循環型機関ですね。

 たしか今でもオッター貿易のドローン機器にも採用されていたはずですが……」

 

「うん。ってことで──“あの人”に聞いてみるのが一番早ぇ」

 

 その時だった。

 扉の電子ロックが音を立て、とわずかに遅れて冷気のような空気が流れ込む。

 それは人の気配ではなく、存在感そのもの。

 白銀の髪が揺れ、黒スーツに近い軍装が冷たい光を弾く。

 

「……なるほど。ならば、確かに私が適任だろう」

 

 そう言って、軍用シートに静かに腰を下ろす女騎士。

 第六騎士団《オッター貿易株式会社》KING──ゼロ。

 鋭い眼差しに冷静な皮肉を滲ませながら、脚を組んだ。

 

「“弟”が相手なら、戦略的にも心理的にも最適解。

 何より……こうして頼ってもらえるのは、姉冥利に尽きるというものさ」

 

「Yo、ゼロさんよ。

 いきなり空気変えて入ってくんなって、マジで脳内フリーズするから。

 病的に重役感バグってんぞ」

 

「その言葉、誉め言葉として受け取っておくよ、エラー。

 それに、君が“秘密基地”でちゃんと開発してるってだけで、私は驚きだ。

 てっきりまた“レディース撫で機ver3”でも組んでるかと」

 

「ちげーし!今回はガチ設計!こいつと二人で“既存の回転兵装を越えるプロトコル”作ってんだよ!」

 

 エラーは肩をすくめながらも、にやりと笑う。

 興奮気味のその表情は、もはや“研究者”というより“職人”だ。

 

「──ってわけで、今んとこ設計は7割。

 でもハイエンド出力に耐えられる素材だと、スペック足んなくて“アイドリングで死ぬ系兵装”になっちまう。

 んで、思いついたのが“廻転機関の並列ガチャ積み”。補助系サブドライバで回すって構成だ」

 

「ふむ。それならば確かに廻転機関か……だが」

 

 ゼロがようやく本題に踏み込むように、リンデンへと視線を向ける。

 

「廻転機関は、“第六軌道人類史”における代表的技術群だ。

 災害対応から戦闘兵装まで、多用途に対応できるが……扱いを間違えれば“自壊する心臓”になる」

 

「つまるとこ、ピーキーでクセ強な爆速タービンってことな」

 

「表現が酷いが、的は射ている。

 ──ならば、私の装備をいくつか見せよう。現行で稼働している“廻転系ユニット”の実地構造を、君たちに」

 

 そう言ってゼロは懐からパーソナルデバイスを取り出し、作業台上のホログラムを投影する。

 幾何学的な熱循環図、エネルギー伝導のスパイラル、そして“回転”をベースにした霊子流路。

 

「このモデルは“Festina lente(ゆっくり急げ)”を基にした設計思想だ。

 焦らず、だが迅速に──負荷分散と臨界点の同時制御。

 これが“現場”で動く廻転機関の姿だ」

 

「病的に美しい……っていうか、コレ実機で回してるのかよ。マジでバケモンだなオッター貿易」

 

「言葉が悪いが、評価は正しい。

 ちなみに、これは私個人のカスタムではなく“量産可能なテンプレート”だ。

 軍事規格内で合法的に“地獄”を構築している、我々の自慢の品さ」

 

 ゼロはふと口元に笑みを浮かべ、指先で白銀の髪をかきあげる。

 

「……“Der Teufel steckt im Detail”──悪魔は細部に宿る。

 君たちが今組んでいる兵装は、まさにそれだ。

 理論は成っていても、1%のズレが全体を崩壊させる。

 だが──その細部を制御できれば、“神に届く”」

 

「──神殺しスペック、ってワケか。

 こりゃ本格的に、“お前のバグ”を載せる器に仕立てないとな、リンデン」

 

 リンデンは黙って頷く。

 “自分の武装を自分で作る”という意味──その責任の重さと、いま仲間たちが差し出してくれている知識の厚さ。

 それらが、静かに心の中で熱に変わっていた。

 

「……ありがとうございます。

 ゼロ姉さん、助言と構造解析、感謝します。

 きっと、これは無駄にはしません」

 

「そう言ってくれるなら、十分だよ。

 “Ziel ohne Plan ist nur Wunsch”──計画なき目標はただの願望。

 君たちはもう、“ただ願うだけ”の場所から抜け出している。

 あとは、君自身が“形”にするだけだ」

 

 ゼロの持ち込んだユニット図面は、すでに秘密基地のホログラムに同期され、エラーの端末と直結されていた。

 熱分布、エネルギー変調、スパイラル構造の駆動式──

 それはすでに完成された技術だったが、今ここにあるのは“模倣”ではない。

 

 「どう変形させ、自分の形に落とし込むか」

 リンデンとエラーにとって、それが本当の出発点だった。

 

「じゃーオレ、補助機関から組むわ。“出力の右腕”ってヤツな。

 メインラインはお前が構築しろ。最初に触る武装、そっちがやるのが筋だ」

 

「……了解しました。拡張基盤は既に手配済みです。

 冷却と霊子整流層の設計を調整しながら、出力ラインとシンクロさせます」

 

「いいぞ、病的に息が合ってるじゃねーか。

 やっぱ“普通じゃねー手”持ってるやつは、やることまでフツーじゃねぇんだな。

 なぁ、リンデン。お前、“規格外の地味”ってやつか?」

 

 エラーが小さく笑い、工具を手に取った。

 その横で、リンデンもホログラム上の設計に指を走らせていく。

 魔術でも祈術でもない──工学と感覚の交点を、静かに詰めていく時間。

 

 ふと、ゼロが椅子を立ち上がる。

 

「──さて。私はここまでだ。

 これ以上は、君たちの“形”に任せるとしよう」

 

 彼女は衣服の裾を直しながら、出口へと向かう。

 だが扉の前で立ち止まり、ちらりとリンデンの方を振り返った。

 

「……“Wissen ist Macht, aber Weisheit ist Schutz.”

 ──“知識は力、だが知恵は守りになる”」

 

 リンデンがそっと顔を上げた。

 ゼロは微笑みながら、言葉を続ける。

 

「君の知識はもう十分に“力”になりうる。

 けれど、“それをどう使うか”は、きっと君の“知恵”の領分だ。

 だから──誰かの為に使う時まで、焦らなくていい」

 

 その声は、どこまでも静かで、優しかった。

 そして彼女は、何も言わずに扉の向こうへと消えていった。

 

 しばしの静寂が訪れ、

 再び秘密基地の中には、機械音と二人の呼吸だけが戻ってくる。

 

「……さて、と」

 

 エラーが起き上がり、ユニットケースのロックを外す。

 

「ここからが地獄の始まりだ。

 設計から組み立て、同期調整後の実地テスト──全部回すぞ、リンデン。

 この先に待ってんのは“オマエの名前で呼ばれる兵装”だ」

 

「……その名に相応しいものに、仕上げます」

 

 リンデンの瞳は、ほんのわずかに熱を宿していた。

 

「なあ、そろそろ考えとけよ?“コードネーム”

 プロジェクト名でもいい。“お前だけの武装”、名乗らせてやるには相応しいやつが必要だ」

 

「……まだ構造全体が見えていませんが……

 ひとつ、思案中の名称はあります。

 形になったら、改めてご相談させてください」

 

「はは、病的に気になる言い回ししやがって。いいぜ、“それ”が完成するまで付き合ってやるよ。

オマエのバグ兵装、《公式(マニュアル)が黙殺した真実》、ぜってー現実にしてやるからな」

 

 エラーが工具を構えた。

 リンデンもまた、設計図に指を重ねて、次の“パーツ”を呼び出す。

 

 ──ここからが本番だ。

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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