みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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16歳と創製.2

──剣戟が、空気を裂いた。

 初撃は、風雅の踏み込みによるものだった。

 霊子剣が弧を描き、横なぎに疾る。

 淡紫の髪がひるがえり、風圧と同時に襲いかかる刃の圧が空間を歪ませる。

 リンデンは即座に両脚で受け、半歩引いて刃を受け止めた。

 が、剣身は軽く弾かれ、手のひらに伝わる感触が僅かに狂う。

 

(初撃から“誘い”か……)

 

 風雅の動きは美しい。

 だがそれ以上に、“正確すぎて不気味”だった。

 剣士というより、鍛え上げられた自動運動体のような無駄のない動作。

 だが、負けられない。

 

「はっ──!」

 

 リンデンが踏み込む。左袈裟から右へ──そして体を捻り、下段から突き上げ。

 風雅は涼しげに受け流す。

 刃と刃が擦れ、霊子が軋みを上げる。

 お互いの武器が質量を持ち、振動を伴って衝突していることが、身体中に痛みのように伝わってくる。

 だが、風雅の体はぶれない。

 

「おだやかじゃないわね──けれど、悪くない流れよ」

 

 そう呟くと同時に、風雅が剣を滑らせる。

 リンデンの攻撃の余波を利用して、自身の重心を後方へスライドさせるようにかわし、そのまま反転──鋭い突きが、正面から飛んできた。

 リンデンは剣を傾けてそれを逸らすが──

 “あえて受け止めなかった”ことに、反射的に違和感を覚える。

 風雅の攻撃は、受け止めさせないのだ。

 正面で止めようとすれば滑るように躱され、受け流そうとすれば次の攻撃に繋がる。

 そして、次。

 風雅が一歩踏み込む。

 振りかぶりも、構え直しもない。

 ただ“目の前から”斬りかかってきた。

 けれど──間に合わない。

 

(──読まれてる……!)

 

 リンデンが咄嗟に回避に転じたその瞬間、風雅の剣は寸前で止まった。

 

「……かわすのがやっと、って顔ね」

 

「……そう見えるなら、実際そうなのでしょう」

 

 互いに距離を取り直す。

 浅い呼吸、汗の膜が頬に滲む。

 風雅が次の構えを取る。

 足はすでに半身、肘を引き、剣を肩の高さに置いていた。

 

「構え直しの癖が抜けてきたわ。

 けれど、まだ“内側”に意識を残してる。

 ──“斬る”ためじゃなく、“斬られない”ための剣になってるの。おわかりかしら?」

 

 リンデンは短く息を吸い、静かに頷く。

 

「……ご指摘、痛み入ります。

 けれど、それでも──もう一度、お願いします」

 

 霊子剣を構え直し、脚をひねる。

 

「ふふ……そうこなくては、ね。

 なら、もう少し“本気”で相手をしてあげる」

 

 風雅の目つきが少しだけ変わる。

 柔らかな笑みの奥に、鋼鉄の意思が灯る。

 

 ──次の瞬間、訓練室に霊子の軋みが奔る。

 

 風雅の突きが真っすぐ、一直線に疾走し──

 リンデンがそれを跳ね上げて受け止め──

 剣と剣が、火花を撒いて交錯し続ける。

 

 一歩、また一歩。

 リンデンの身体はもう、自然と風雅の剣に“ついていっていた”。

 視線と動作、予測と反応。それがぎりぎりで“かみ合っている”。

 ……だが、風雅の剣はそこからさらに一段、“上”へ跳ねる。

 

「──はい、終わりよ」

 

 唐突な終着。

 見えなかった。いや、正確には──“見えていても反応できなかった”。

 リンデンの右肩と首筋の間、霊子剣が寸止めで突きつけられていた。

 空気が震え、鼓動がわずかに遅れて追いつく。

 風雅は剣を引き、表情を和らげた。

 

「ふふ……今のは、ちょっと“ズル”だったかしら。

 でも、これが“騎士の本気”よ。

 貴方も、そろそろ“本物の戦い方”を覚えていっていい頃合いだと思って」

 

 静かに、霊子剣の光が収束する。

 風雅は剣を腰に戻し、リンデンは短く一礼する。

 

「……ありがとうございました、風雅姉さん」

 

「ええ、おつかれさま。

 悪くない立ち合いだったわ」

 

 風雅がそう言った時、リンデンは手元のタオルを差し出した。

 

「よろしければ。汗が……少し、滲んでおられたので」

 

「あら、気づいたのね。ありがとう」

 

 風雅は受け取ったタオルで、首筋と額をゆっくり拭った。

 淡く微笑む横顔は、戦いの熱を抜いた後でも、凛としたままだ。

 そして、ふと目を細める。

 

「……シドウの動き、ちゃんと見えていたわね。

 “剣を使っている時間”が、無駄になっていない証拠よ」

 

 リンデンはほんの少し俯いた。

 言葉を選ぶようにして、静かに口を開く。

 

「……はい。

 けれど……せっかく、こうして教えていただいているのに……

 私の制作している兵装は、“剣”ではなくて。

 そのことが、どこか……心苦しくて」

 

 風雅はタオルを手にしたまま、くすりと笑った。

 

「ふふ……おわかりかしら、リンデン。

 “踏み込む武具”を使うという意味で、それはもう“剣”と同じなのよ」

 

「……“踏み込む”……?」

 

「ええ。

 “近づく”こと、“届かせる”こと、“受けることも厭わない”こと──

 その全てが、剣を握る者にとっての基本。

 どれだけ武装が違っても、“戦う姿勢”が同じなら、

 シドウの教えは無駄にはならないわ」

 

 リンデンは目を伏せたまま、そっと息をついた。

 その呼吸は少しだけ深く、どこか肩の力が抜けたようだった。

 

「……ありがとうございます。

 少し、心が軽くなった気がします」

 

「それでいいのよ。

 剣であれ、盾であれ、手でも目でも──“誰かに届かせたい”なら、基本はひとつ」

 

 風雅はタオルを折りたたみながら、小さく頷いた。

 

「貴方の武具がどんな形でも、

 “戦場に踏み出す覚悟”さえ忘れなければ、

 きっとシドウの剣は“無駄ではなかった”と証明されるわ。……おわかりかしら?」

 

 リンデンは静かに、けれど確かな眼差しでうなずいた。

 

「……はい。

 僕の、僕なりの“踏み込む覚悟”を持って、完成させてみせます」

 

 風雅は折りたたんだタオルを返しながら、微かに目を細める。

 それはまるで、弟の成長を見守る姉のような眼差しだった。

 

「……貴方は、優しい子ね。

 でも──優しさだけじゃ、“戦場”は生き残れないのよ」

 

 ふいに、その声にひとつ芯が通る。

 気配が、風を裂く刃のように一瞬だけ研ぎ澄まされた。

 

「シドウの教えは“護るための剣”……

 けれど、時には“斬るための剣”にもなる。

 どちらも必要よ、戦場では──おわかりかしら?」

 

 リンデンは一拍遅れて、静かに目を伏せ、深く頷いた。

 風雅は踵を返し、扉の前で一度だけ足を止める。

 背を向けたまま、少しだけ肩越しに言葉を投げた。

 

「……貴方の武器がどんなに異端でも、貴方自身が“剣の道”にある限り、

 シドウは何度でも教えてあげるわ。

 “剣聖”っていうのは、そういう立場なのよ──覚えておいて」

 

 扉が開く、その直前。

 

「……ふふ――普段は、“剣聖”なんて言葉、呼ばないでって言っているのにね」

 

 柔らかく笑いながら、風雅は歩き去っていった。

 残された静寂の中、リンデンは少しだけ息を吐いた。

 剣の道、その重さと優しさが、いま確かに胸に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──場所は、GARDEN第六層の裏区画。

 灯りの落ちた通路を抜け、セキュリティを解除した先にある、例の“秘密基地”。

 重厚な扉が静かに開くと、内部には機械音と照明の微かな点滅が満ちていた。

 空気はわずかに焦げた金属と冷却材の匂い。

 その奥、作業台に向かって黙々と指を動かすのは──エラーだった。

 

「……もう来たか、早ぇな。遅刻でもしてくれりゃ人間味も出るんだが」

 

 背を向けたままの声。だが不思議と、棘はなかった。

 

「失礼しました、エラー兄さん。道が空いていただけです」

 

 リンデンは軽く頭を下げて入室し、扉を閉めると静かに備え付けの作業台へと歩み寄る。

 すでに見慣れたこの空間にも、今は微かな緊張が満ちていた。

 

 ──完成は、間近だった。

 

 計測データの数値は安定し、構造設計も最終段階に入っていた。

 あと一手。あと一息。

 

「おい、“例の補助機関”のフィードバック、見てみろ」

 

 エラーが振り返らぬまま、片手でデータシートをスワイプする。

 ホロ投影されたグラフが、霊子応答と熱干渉の低減を示す。

 

「このまま行けば、“噛み合う”ぞ。今度こそ実用に届く」

 

「……ありがとうございます。エラー兄さんがいなければ、ここまでは……」

 

「礼はいい。オッター貿易のKING(弟が大好きなお姉ちゃん)が“あの調子”で動いてくれたのもデカいしな」

 

 互いに余計な言葉は交わさず、ただデータと回路を追いかける。

 ──けれどその沈黙の中に、“目指す先”が確かに共有されていた。

 機械の唸りと、工具の金属音。

 静かに、しかし確実に、兵装の“核”が組み上げられていく。

 

「……接続ユニット、第三軸まで完了。あとは補助機関の圧縮ハーネスを固定するだけです」

 

「おう、そっちは“下段リング”の熱逃しをもう一度チェックしてくれ。“ゼロ設計”の機関は温度の跳ね方がエグいからな」

 

「了解です」

 

 リンデンが頷き、手早く霊子レンチを握り直す。

 構造体の表面を這うように、微細なラインが光を灯し始めていた。

 エラーは組み上げ中の兵装を見下ろしながら、少しだけ目を細める。

 

「……ま、正直ここまで来るとは思わなかったけどな。最初にお前が構想持ち込んできた時は、“イカれた妄想”かと本気で思ったぜ」

 

「それは、最初から承知していました。……だからこそ、真っ先に相談したんです。兄さんなら、“そういうの”が好きだと思って」

 

 エラーはふっと鼻で笑った。

 

「お前な……自分で言うと、マジで腹立つな。クソ真面目な顔しやがって」

 

「誉め言葉と受け取っておきます」

 

「受け取るなっての……くそっ、ホントうぜぇな、性格が無駄に丁寧なんだよお前」

 

 そんな言葉の応酬を交わしながらも、作業の手は一切緩まない。

 コードが繋がれ、補助電源が固定され、保護外殻が装着される。

 最後のユニットがはめ込まれた瞬間――兵装全体に、淡い霊子の輝きが走った。

 リンデンの背筋がわずかに震える。

 目の前にあるのは、自らが考え、組み上げ、形にした“最初の武装”。

 それは剣ではなかった。

 けれど、彼にとっての“戦い方”が確かにそこに宿っていた。

 エラーは、静かにその兵装に視線を落とす。

 そして、ふと目だけをリンデンに向けた。

 

「……さて。そろそろ名前、聞いてもいいか?」

 

 重くも優しい声だった。

 自分の手で何かを完成させた者にしか出せない響き。

 

「これは、お前の最初の“武器”だ。

 どんな名前にするか……ちゃんと、考えてんだろ?」

 

 リンデンは、わずかに瞬きをした。

 静かだった。呼吸の音と、霊子の揺らめきが、耳の奥に優しく響く。

 手のひらに残る熱――これは、確かに自分の手で組み上げたものだ。

 

「……はい。考えていました」

 

 答えながら、リンデンはそっと兵装に手を添える。

 指先が、まだ微かに震えていた。けれどその声には、もう迷いはなかった。

 ひとつ、深く息を吸って。

 

「“人の手に落ちた虚輪(ヘイロリウム)”」

 

 その名を口にした瞬間、部屋の空気が、少しだけ揺れるようだった。

 エラーは、しばらく無言でそれを聞いていた。

 いつものように即座に茶化すこともせず、目の奥だけをわずかに細めていた。

 やがて、ゆっくりと口角を上げる。

 

「……はは。そう来たか」

 

 それは称賛でも、呆れでも、苛立ちでもない。

 どれも内包しているようで、どれでもない。

 

 「病的にクールだな」

 

 ぽつりと呟いたその声には、どこか嬉しそうな響きが混ざっていた。

 

天輪(ヘイロゥ)で、神と天使をぶん殴るつもりかよ。

 最高じゃねぇか。……地上最凶のハッタリだ。気に入ったぜ、弟くん」

 

 それは、彼なりの祝福だった。

 リンデンは、小さく礼を述べると、再び兵装に目を落とした。

 人の手に落ちた、虚の輪。

 かつて天にあったはずの象徴を、今、彼はこの手に握っている。

 これが、自分の“始まり”だと。

 この手で築いた力なのだと。

 そう信じることが、ほんの少しだけ、怖くなくなっていた。

 

 

 

 

 密閉された秘密基地の作業室。

 リンデンの左腕には、銀灰色の接続ユニットが嵌め込まれている。

 その上から、装着された盾型兵装。

 鈍色の2枚装甲が左右対称に連なり、中央から先端へ突き出るように黒い霊子リングが埋め込まれていた。

 固定を確認したエラーが、一歩下がって言う。

 

「起動してみな。まずは低回転から」

 

 リンデンが意識を送ると、盾の内部から微細な震えが伝わってくる。

 霊子リングが静かに回転を始め、その動きが構造全体に波及した。

 

 空気が、ひとつ重くなる。

 揺らぎにも似た圧が、周囲の粒子構造に干渉しているのがわかった。

 

 目の前には、霊子性の標的壁。

 物理兵装では破壊不能な多層防壁で、演習でも高難度指定されている標的だ。

 

 リンデンは盾を構え、左腕ごと体重を乗せて突き出した。

 盾の先端――黒いリングが標的に触れた瞬間、リングの回転が加速する。

 粒子同士の結合が歪んだ。

 エネルギーの振動は、その一点を中心に波打ち、接合部を内部から削り崩していく。

 ゆっくりと、しかし確実に。

 防壁は、その存在の意味を削ぎ落とされていった。

 ほんの数秒後。

 霊子構造は内部から静かに瓦解し、砂塵のような粒となって崩れ落ちた。

 エラーが片眉を吊り上げる。

 

「……は? 今の、見間違いじゃねーよな。……バラけた、霊子が。強制分解?」

 

 彼の視線は、盾の中心から先端へ突き出たリングに釘付けになっていた。

 

「これ……ラミネート多層型の霊子防壁だぞ。普通、あんな一瞬で砕けるわけねーんだよ……」

 

 しばらく黙り込んでいたエラーが、ぽつりと呟く。

 

「霊子ごと構造を削るって……兵装ってレベルじゃねーぞ。

 やべえなリンデン、おまえ、思ってたよりもずっと“攻めてる”じゃねえか」

 

 盾に込められた熱と、ひどく静かな力。

 砕いたのは“構造”だけではない。抵抗そのものを拒絶する意思だった。

 リンデンは崩れた標的を見下ろしながら、静かに盾を下ろす。

 試運転は、成功だった。

 試運転を終えた室内には、霊子粒子がわずかに残留し、薄く煌めく靄のように漂っていた。

 リンデンはその空気を吸い込むように深呼吸し、盾に嵌め込まれたリングへと指先を触れさせる。

 そこにはまだ、さっきまで自分の手で組み上げていた熱が、微かに宿っている。

 失敗も試行錯誤もすべて詰め込んだ末に辿り着いた、“最初の完成品”。

 その手応えが、今ようやく確かになった。

 

「……仕上がりました」

 

 霊子の揺らぎが、静かに沈殿していくなか、彼の声は一際はっきりと響いた。

 応じたのは、横で腕を組んでいたエラーだ。

 

「だな。――見せようぜ、ゼロに」

 

 その一言で、リンデンは頷くと、腰のホルダーから携帯端末を取り出した。

 手のひらの中で光るインターフェースに、無言で素早くアクセスする。

 通話リクエストの宛先は一つ。

 第六騎士団《オッター貿易》、その社長にして“世界で最も怒らせてはいけない人類”のひとり――ゼロ。

 表示が“接続中”から“応答”に切り替わるまで、わずか数秒。

 

『──リンデンか。お疲れ様。進捗報告と見ていいのだな』

 

 画面に現れたゼロは、完璧に整えられた軍服姿で、冷然とした美貌を崩すことなく問いかけてきた。

 淡く銀の光を宿す髪、寸分の乱れもない姿勢。

 リンデンは、ほんの僅かに背筋を伸ばして答えた。

 

「はい、ゼロ姉さん。ヘイロリウム、完成しました」

 

 その呼び方に、ゼロの眉が僅かに揺れる。

 緩やかな笑みとも取れる表情が一瞬だけ浮かんだが、すぐに普段の緊張感が戻る。

 

“Fiat voluntas tua.”(汝の意志を為せ)……

 GARDEN深層、対天使殲滅研究所の第八耐久試験場に来てもらおう。

 その武装――“虚輪”の名に相応しいか、実地で見せてくれ』

 

 抑制された声音のなかに、明らかな期待と真剣さがあった。

 リンデンは一礼するように頭を垂れ、静かに答える。

 

「……わかりました。すぐに向かいます」

 

 通話が切れる直前、ゼロの声が少しだけ、柔らかさを帯びた。

 

『……良い貿易ができそうだな、リンデン』

 

 画面がブラックアウトする。

 残された静けさの中で、リンデンは手元の端末を静かに閉じた。

 

「……通話、終わりました」

 

 沈黙を破るように呟いた彼に、エラーが横から覗き込んでくる。

 軽く肩をすくめると、皮肉めいた口調で言った。

 

「ビッグなお姉様に褒められて、ちょっと緊張したか?」

 

 リンデンは、わずかに視線を落として答える。

 

「……はい。けど、逃げずに済みそうです」

 

「そのまま行こうぜ。“商談成立”といこうじゃねえか」

 

 ふたりの間に軽く拳が打ち合わされる。

 そして、次の戦場に向けて、リンデンは再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 GARDENの深層。

 厳重に封鎖されたエリアを通過し、数度の身元確認と霊子反応の照合を経て――リンデンは《対天使殲滅研究所》のメインゲートをくぐった。

 ここは"天使を殺す"ためだけに設計された、冷たく無慈悲な施設。

 壁も天井も床も、光すらも、すべてが霊子に対して中立的に処理されている。

 鋼鉄より硬質な空気が、肌に触れる前に心を刺すようだった。

 無言のまま、通路を進むリンデンの左腕には、完成したばかりのヘイロリウムが接続されている。

 盾に嵌め込まれたリングはまだ沈黙していたが、そこに宿る殺意は、既に霊子すらも揺らすほどに研ぎ澄まされている。

 やがて、巨大な扉が左右に開いた。

 第八耐久試験場――その内部は、広大な闘技場のような構造をしていた。

 天井高く吊られた観測用ドローン、全周囲を取り囲む実験スタッフ用の観測室、無数の再生式標的機構と分厚い強化壁。

 そして、その中央に立っていたのは――

 

「来たな、リンデン」

 

 ゼロ。

 完璧に仕立てられた軍服と、その手に携えた人の手に余る巨大な杭打ち機。その立ち姿は、一企業を背負うCEOというより、まさしく“戦場の修羅”だった。

 彼女は短く、しかしはっきりと歩を進め、リンデンの盾に視線を落とす。

 その鋭い双眸は、ただの騎士ではなく、無数の損耗計算を通過してきた軍人の目だった。

 

「“虚輪”――その名の通りか、今この目で確かめさせてもらおう。

 “Audentes fortuna iuvat”――大胆な者に幸運は訪れる、だ」

 

 静かに言ってから、手元の端末に触れる。

 直後、天井のドローンが起動し、音もなく上昇していく。

 それに合わせるように、闘技場の一角に設置された複数の標的ユニットが起動し、霊子を帯びた複数の攻撃型標的が出現した。

 

 それらは“対人間”ではなく、“対天使”想定の模擬体。

 内部には霊子制御核が埋め込まれており、接触や衝撃だけで破壊はできない――文字通り、霊子粒子ごと砕断できなければ、無力だ。

 

「開始するぞ、リンデン。

 見せてくれ、“砕く”という意志の具現化を。

 ――“ヘイロリウム”の本質を」

 

 号令のように、ゼロが腕を振り下ろす。

 次の瞬間、模擬体が一斉に動き出した。

 その中央、盾を構えて立つリンデンの瞳には、一片の迷いもなかった。

 模擬体が動き出した。

 先陣を切るのは、空気を裂くほどの高速機動型。背面に噴射式の霊子推進器を搭載した“突貫型”だ。

 続く後衛には、四脚構造の重装型模擬体。装甲は人類の通常兵装を前提とした耐久試験をすべて突破する“疑似天使外殻”仕様――正面からの突破は不可能に近い。

 だが、リンデンは迷わなかった。

 疾駆する突貫型に向け、彼はむしろ自ら歩を進めていく。

 左腕に接続されたヘイロリウム――その盾に埋め込まれたリングが、静かに、だが確実に回転を始めた。

 その回転は、音を立てない。

 霊子粒子にしか作用しない“位相ずれの共振”が、空間を微かに歪ませる。視覚には映らず、ただ熱量の反射が僅かに乱れるのみ。だが、それは確かに“砕く”ための動きだった。

 突貫型の模擬体が目前まで迫る。

 リンデンは一歩踏み込み、盾を掲げた。

 盾表面に、回転に伴う“反発フィールド”が形成される。

 霊子振動が縦方向に反射場を生成し、突進してきた模擬体の霊子駆動装甲に干渉。内部の推進制御が、一瞬にして崩れる。

 巨体が、止まった。

 その一瞬を逃さず、盾が突き出される。

 リングの中心が、模擬体の胸部に触れた瞬間――霊子構造が崩壊した。

 外装も、装甲も、抵抗すらも許されず。

 粒子単位で分解されるそれは、砕けた、のではない。存在ごと“否定”された。

 

 リングは回転を続けたまま、次の敵を探している。

 リンデンは既に次へと動いていた。

 遅れて迫る重装型――装甲に覆われた四脚が、床を砕きながら突進してくる。だが彼は退かず、正面からの突入を選ぶ。

 盾を低く構え、腰を落とす。

 リングの回転が第二段階に移行し、盾全体が微細な霊子震動を発する。

 その周囲に発生する半力場が、重装型の前脚を弾くように受け流した。

 次の瞬間、リングが突き立てられる。

 装甲は耐えたように見えた。

 だが次の瞬間、内部から“壊れた”。

 霊子制御核が逆流し、粒子が崩壊する。

 まるで心臓を抜かれたかのように、重装型の機体は膝を折り、崩れ落ちた。

 

 静寂。

 

 リングは、再び沈黙する。

 リンデンは盾を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

 その背後、演習場の端に佇むゼロは、黙して立っていた。

 評価の言葉も、拍手もなかった。ただその視線には――冷静な検証と、ほんの僅かな、誇らしさが宿っていた。

 ︎︎残骸と化した模擬体が霊子の粒になって消え去る。

 ︎︎演習場に微かな静けさが落ちる。

 静寂を切り裂いたのは、一言だった。

 

「リンデン」

 

 名を呼ばれた瞬間、リンデンは無意識に振り返った。

 次の刹那、視界に映ったのは――真横、すぐ傍。

 ゼロが居た。その手に握られていたのは、あの巨大な杭打ち機。それを構えたまま、既に間合いの内側に立っていた。

 それは、一撃で制圧することを前提とした“戦場の立ち位置”だった。

 

「模擬戦だ、リンデン。応じろ」

 

 宣言と同時。

 杭が地面を削り、火花が散る。打撃ではない。斜め下から振り上げるように突き上げられた衝撃は、盾の防御すら無意味とする膂力だった。

 リンデンは咄嗟にヘイロリウムを構え、衝突面を斜めにずらす。

 反発フィールドが作用し、初撃は掠める形で逸らすことができた――だが。

 

 “速い”

 

 ゼロの足が止まらない。回避を試みるリンデンに合わせて、まるで“読み切っていた”かのように杭の軌道が次々と切り替わる。

 

「戦場では、完成など言葉にすぎん」

 

 再び、杭。今度は肩越しに、鎧通しの軌道で打ち下ろされる。

 リンデンは身体を反転させ、盾の背部を逆側に向けて受け止める。

 リングが一瞬だけ高速回転し、発生した微細な力場が重心を逸らしたことで、直接の打撃は回避された。

 だが、地面に杭が突き刺さる。

 床材ごと霊子構造が歪み、地面がひしゃげた。

 爆風のような反動に、リンデンは膝を突きかける。

 ゼロの動きは止まらない。

 軍服の裾すら乱れないまま、無駄のない体捌きで杭を引き抜き、再び低い構えを取る。

 

「“砕く”だけでは不十分。“通じるかどうか”を試さねばな」

 

 挑発の言葉ではなかった。

 それは、戦闘者としての冷静な検証、あるいは認証の工程。

 リンデンの眼差しが変わる。

 試験ではなく、今ここは――本物の“実戦”だ。

 ヘイロリウムのリングが、再び静かに音もなく回転を始める。

 盾の重心を調整し、左足を半歩引く。

 狙うは、ゼロの懐に潜る一撃。突進を使うには距離が足りない。それでもやらなければ、試されるままに終わる。

 次の瞬間、両者は再び交差する。

 それは盾と杭のぶつかり合いではなかった。

 予測、重心、視線、呼吸、そして意志の激突だった。

 ゼロの一撃は重い。

 ただ質量があるだけではない。打ち込まれる瞬間に「壊す」意図がある。

 防ぐだけでは凌ぎきれない。

 だから、リンデンはヘイロリウムを“攻撃”に転じる。

 リングが展開する。

 霊子回転機構が逆相で作動し、盾の前面から縦に走る微細な力場が形成される。

 それは衝突エネルギーを斜めに逸らす“半力場”。

 力場を纏ったまま、リンデンは一歩、また一歩と踏み込む。

 

「見えてきたな」

 

 ゼロが低く呟く。

 刹那、杭が放たれる。直線ではない。

 回転軌道。軋むような空気を割って、下から弧を描いて迫る。

 リンデンは盾を伏せた。

 その瞬間、反発フィールドが杭を押し上げ、空間を歪めた。

 風のような霊子乱流が吹き荒れる。

 零距離――互いの視線が交差した。

 

「……ッ!」

 

 次の瞬間、リンデンの左腕が閃いた。

 盾の先端。

 回転するリングがゼロの胸部に突き込まれる。

 霊子粒子の微振動が生じ、空間が揺らぐ。

 着弾と同時に、ゼロの軍服の胸元――分厚い装甲布地が、圧縮された霊子波の衝撃で裂け飛んだ。

 

 だが――

 

 その一撃は“躱されて”いた。

 ごくわずかに身をひねったゼロの肉体は、致命を逸らすぎりぎりの精度で攻撃を避けていた。

 それでも、彼女の素肌が露わになるほどの“実戦結果”は、全てを物語っていた。

 ゼロはふっと微笑む。

 胸元を気にすることもなく、杭を地面に突き立てて、静かに言った。

 

「――充分だ、リンデン」

 

 それは試験終了の合図ではない。

 “戦場許可”の宣言だった。

 やがてゼロは、晒された胸元もそのままに、ひとつ顎を引いて言葉を続ける。

 

「それは、破壊するための武器じゃない。

 相手の“存在そのもの”を否定する意志の具現だ。

 君は、それを制御できている。……ならば、問題はない」

 

 視線が鋭くなる。

 

「使え、リンデン。“君の正義”のために。

 “人類”のためにではない。君自身が、それを必要とする時に」

 

 そして、ふっと小さく笑う。

 

「……久しぶりに、良い貿易だった」

 

 それは、ゼロなりの最大級の評価だった。

 模擬戦の終了を告げるものは、鐘でも号令でもなかった。

 静かに、全てが止まっていた。

 ゼロが杭を地面に突き立てたのと同時に、リンデンは左腕のヘイロリウムを解き、霊子の粒子へと還元していく。

 空間に青白く揺れる霊子が、量子格納の収束とともに弾けるように消えた。

 足音がひとつ、ふたつ。

 リンデンはゆっくりと歩み寄り、ゼロの目前に立つ。

 その右手には、自身の着ていた上着。

 躊躇なく、それをゼロの肩にふわりと掛けた。

 肩先から胸元までを覆う布地に、ゼロの動きがわずかに止まる。

 それから、くく、と低く笑った。

 

「……ここに居るのは、君と私だけだというのに」

 

 ゼロの声は、どこか愉しげだった。

 だが、リンデンの返答は、やや間を置いて、淡く静かに落ちる。

 

「……それでも、ゼロ姉さんの肢体を晒したままというのは……僕には、選べません」

 

 視線は合わせない。

 けれど、その声音には確かな敬意と、どこか不器用な誠実さが滲んでいた。

 ゼロは胸元を隠すように、そっと布を引き寄せる。

 戦場を統べる者の姿はそこにない。

 いるのはただ、名前を呼ばれ、いたわられた一人の“姉”だった。

 

「こういうのも……悪くない」

 

 肩を揺らしながら、ゼロは笑った。

 柔らかく、ひどく人間らしい笑顔だった。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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