みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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完全なオリキャラ回です。捏造タイム始まりました。




ガーデナー編
ガーデナーと非情.1


 軍事局第七区画──いわゆるガーデナー通路と呼ばれるその廊下は、いつもと変わらぬ整然とした空気に包まれていた。

 床を打つ無数の軍靴の音。灰白色の壁に沿って並ぶ警戒灯。遠くで交わされる通信の声と、点滅する警報パネル。

 すべてが、日常だった。

 リンデンは、その中を歩いていた。

 規定どおりの制服、適切な速度での歩行、誰とも目を合わせず、誰にも話しかけられず。

 ただ、行先を見据えて歩き続ける。

 ──その途中、廊下の先に人だかりができていた。

 掲示板モニターの前に、十数名のガーデナーが立ち止まり、画面を見上げている。

 リンデンも足を止め、少し離れた位置からその様子を伺った。

 赤い帯が、画面上を左右に滑っていく。

 

 《GARDEN降下計画に伴う 大規模物資補給の実施について》

 《降下期間:3日以内/予測座標:第三深層帯域》

 《対象部隊:全騎士団 /ガーデナー全班/支援部隊一部》

 

 ──その瞬間、周囲にざわめきが広がった。

 

「うわ、マジで来たか。前回の補給任務って、いつだっけ……?」

 

「深層帯域ってことは、あの辺じゃん。遺構残ってる場所。物資もあるけど、あいつら──」

 

「天使? いやいや、出ないって。さすがに護衛の騎士付くだろ今回は」

 

「付くけど、どうせ戦力の半分は他区画に引っ張られるって」

 

「いやでもあれだぞ? あのエリア、確か前回……3班ほど帰ってきてない」

 

 軽口とも本気ともつかないテンションで交わされる会話。

 肩越しに笑い合う者、モニターを撮影している者、すでに個人端末に転送して読んでいる者。

 騒がしいわけではないが、どこか浮き立つような空気があった。

 その中で、ひとりのガーデナーがこちらを見て声をかけてきた。

 灰色のバンダナを巻いた、短髪の年配男性。片腕にマニュアル端末を抱えている。

 

「……おい、新人。見たか?」

「ここ数十年に一回あるかないかの作戦だ。あの規模の降下任務なんて、めったに回ってこない」

 

 そう言って、気さくに笑う彼の肩には使い込まれた個人仕様の携行装備が下がっていた。

 

「それが初任務とか──ツイてるな、お前」

 

 リンデンは、何も言わなかった。

 ただ静かに一礼して、小さく──ほんのわずかに拳を握る。

 目の前の光景は、自分とは関係のない遠い景色のようだった。

 誰かの笑い声も、軽口も、熱も──どこか遠くにあった。

 ──初めての、任務。

 ガーデナーとしての最初の出撃が、静かに迫っていた。

 

 

 

 

 

 重厚なスチール製の扉が、ゆっくりと閉まった。

 冷たい空調の効いた大型のブリーフィングルーム。

 正面には湾曲した戦術投影スクリーン、両側の壁面には補助モニター。

 およそ二十名強のガーデナーが、中央の席に静かに着いていた。

 リンデンもその一人だった。

 制服の袖を整え、書類用端末を膝に置きながら、黙々と指示を確認していく。

 周囲の誰とも会話はない。

 ブリーフィングが始まっても、彼は一言も発さず、ただ情報だけを飲み込む。

 投影スクリーンには、神域マップとともに作戦概要が表示されていた。

 

 《作戦名:第117次物資補給計画「雌雄共屠」》

 《任務対象:永続神域「雄雌乱立群生森林(リヴアウッドホート)」》

 《目的:内部に存在する資源ポイントの回収・搬出護衛》

 《任務方式:7名1班・3班ローテーション(4時間交代制)》

 《予測敵性反応:中程度・周期性あり・変異体含む》

 

 “雄雌乱立群生森林”。

 神域のひとつであり、詳細不明の繁殖構造を持つ植物群と霊的存在が混在する、半永久自動増殖領域。

 視認環境に強い影響を与える揮発霊素や、気配遮断機能を持つ敵性変異体の存在が報告されている。

 ──要するに、見えない敵が、定期的にやってくる。

 その防衛に、自分たちが使われる。

 一班七名。三班でのローテーション。

 昼夜を問わない4時間交代の戦力配置。

 静かに情報を目で追いながら、リンデンはふと、視線を感じた。

 ほんの一瞬だが、確かに“自分”を見ている目がある。

 そちらに目をやると、やや離れた列の端に、それはいた。

 ダグザ──ダグダヴェア。

 銀髪に薄い無精髭、肩から制服を羽織ったその風貌は、街で見かける姿よりも、数段鋭く引き締まって見えた。

 彼は特に何も言わず、ただ静かに、こちらを見ていた。

 リンデンは、わずかに背筋を伸ばした。

 胸元に手を添え、指先で僅かに襟を正す。

 意識的な動作ではなかった。

 ただ、視線の先にいる“過去の誰か”に、少しだけ恥ずかしくないようにと思っただけだった。

 その仕草を見たダグザの顔には、何の変化もなかった。

 ただ静かに目線を戻し、再びスクリーンへと視線を落とした。

 

 

 ブリーフィングは予定時間よりもやや早く終了した。

 任務内容に対する説明は必要最低限。質問の時間も、形式的な確認だけで終わった。

 無言のまま立ち上がったガーデナーたちは、三々五々、部屋を後にしていく。

 誰も余計な会話はしない。任務が決まった以上、あとは自分の責務を果たすだけだ。

 リンデンもまた、最後方の列からゆっくりと立ち上がる。

 書類端末を持ち直し、椅子を整え、整然とした足取りで部屋を出る。

 扉が自動で開き、無機質な通路に出た直後──

 

「……よう」

 

 不意に、背後から肩を“とん”と叩かれた。

 リンデンが振り返ると、そこにはさっきまでの厳しい空気を一変させた、いつもの顔があった。

 ダグザ。

 彼が腕を組み、ニヤリとした笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「なんだ、やっぱりそっちの制服も似合ってるじゃねえか」

 

 その一言に、リンデンの肩から、わずかな緊張が抜けた。

 

「……ええ。おかげさまで」

 

 少しだけ息をつき、続けて言葉を紡ぐ。

 

「……まさかダグザさんも、同じ任務に。──同じ班になるとは思いませんでした」

 

 するとダグザは、言葉の代わりにパン、と軽くリンデンの背を叩いた。

 容赦のないその一撃に、身体がわずかに前へ揺れる。

 

「初任務が大型作戦(これ)とか、お前もついてるのやら、そうでないのやら、だな」

 

 二人はそのまま並んで歩き出す。

 まだ人通りの多い通路を、足並みを揃えるでもなく、自然と同じリズムで進んでいく。

 

「そこまで危険性自体は高くないと聞いていますが……」

 

 リンデンがそう言うと、ダグザはふっと鼻を鳴らした。

 

「データでは、な。だが実際は──誰にもわからん。

 もっとも、その中じゃ比較的マシな配置ではあるだろうが」

 

 淡々としたその口調に、実戦経験者らしい含みがあった。

 やがて、通路が枝分かれする分岐点に差しかかる。

 そこで二人は自然と立ち止まった。

 

「……また作戦開始時にな」

 

 言葉少なにそう言って、ダグザはもう一度ニヤリと笑う。

 

「──期待してるぜ、新人」

 

 それに応えるように、リンデンも一礼する。

 真っ直ぐな瞳で、静かに言葉を返した。

 

「……よろしくお願いします」

 

 そこまで言いかけて、ふと、言葉を止める。

 

「僕の──」

 

 その響きに、ほんの僅かな違和感を覚え、リンデンはそっとかぶりを振った。

 

「……“私”の持っているものが、お役に立てれば」

 

 ダグザはその様子を見て何も言わず、片手を挙げて別れの合図を送った。

 そして、分岐する通路へとゆるやかに消えていった。

 残されたリンデンもまた、小さく息を吸って前を向く。

 ──次に会う時は、作戦の本番だろう。

 

 

 

 

 

 出撃を目前に控えた、軍事局第二待機区画。

 壁面には霊子モニターと発電端末が並び、中央には個人用の整備ベンチが等間隔に設けられていた。

 無数の足音や金属音が混じり合う空間で、それでも人々の声は不思議なほど少ない。

 リンデンは、部屋の奥側、支柱の陰に設けられた静かな一角に腰掛けていた。

 膝の上には、自らの主武装《ヘイロリウム》。

 非展開状態の盾型複合機構。反力場コアを保護するカバーを外し、細やかな点検作業を行っていた。

 指先が精密な工具を運ぶたび、わずかに唸るような音が響く。

 リング状の構造体をなぞるように、点検用の魔術式棒が滑っていく。

 構造は複雑だが、動きは慣れたものだった。

 この武装を使い始めて、もうすぐ一年になる。

 ようやく、自分の手に馴染んできた──そう思いながら、霊子伝導部の接触端子を調整していた、その時。

 

「はえー……」

 

 不意に漏れた感嘆の声に、リンデンの手元が止まった。

 整備作業に集中していたため、接近にはまるで気付かなかった。

 顔を上げると、すぐ横の支柱の影から、ひとりの少女が身を乗り出すようにこちらを覗き込んでいた。

 肩口でふわりと揺れる薄紫の髪。その内側には、差し込む照明を受けて淡くきらめくエメラルドグリーンのインナーカラー。

 整った目元はやや垂れ気味で、左目の下には印象的な涙ボクロ。

 視線はまっすぐにリンデンの手元──ヘイロリウムへと注がれている。

 制服の装飾や所属章から見て、同じ任務に配属されたガーデナーであることはすぐにわかった。

 だが、記憶にはない顔だった。

 

「……なにか、御用でしょうか?」

 

 リンデンは工具を置き、やや困惑した表情で静かに問いかけた。

 すると少女は、ぱっと顔を上げて、目を見開いた。

 

「わっ、すみません!」

 

 慌てて姿勢を正すが、その声にはどこか悪びれない明るさが混じっている。

 

「あの、貴方の武器が──詩的に素敵だなぁって思いまして……!」

 

 まるで詩の一節を口ずさむような調子で言いながら、少女は堂々とリンデンの正面へと回り込んできた。

 その動きには、怯えも遠慮もない。むしろ、開き直るような勢いさえある。

 

「──あっ、申し遅れました!」

「かしるは綾笙(あやしょう)かしるって言います!」

 

 少女――綾笙かしるはそう言って、ぺこりと頭を下げる。

 動きにぎこちなさはなく、その場の空気だけが、ほんの少し柔らかくなった気がした。

 リンデンは一瞬だけ目を瞬かせ、それから、微かに頷いた。

 ぺこりと頭を下げたかと思えば、すぐにかしるは立ち上がり、リンデンの手元に視線を戻した。

 その目には、隠しきれない好奇心がきらきらと光っていた。

 

「それ、近接系の武器ですよね? でもリングが回ってるのは遠心か反発式かな……」

「……はえー、詩的に凄い構造してます。これは語彙力が散文的に消し飛びますね!」

 

 唐突なテンションに少し押されながらも、リンデンは整備ベンチの隅に工具を戻し、慎重に言葉を選ぶ。

 

「これはヘイロリウムといいます。展開型の盾型複合兵装で、近接と防御の両立を前提に設計されています。

 回転機構には分子崩壊振動が内蔵されています」

 

「ぶんし……え、分子……詩的に壊すんですか?」

 

「まあ、簡潔に言えば」

 

「うわぁ……自由詩的に破壊の哲学が過ぎますね」

 

 かしるの反応は呆れでも警戒でもなく、純粋な興味そのものだった。

 無遠慮に見えて、悪意の欠片もない目だった。

 

「……こちらも名乗るのが遅れました。

 ︎︎私は、"久条"リンデンです」

 

 少しだけ間を置いて、名乗る。

 整備作業で両手がふさがっていたこともあり、挨拶は言葉だけに留めた。

 

「くじょー……? あ、騎士の皇帝さんの……!」

 

 かしるは何かを思い出したように目を丸くするも、すぐににへらと笑って言葉を流した。

 

「かしるは、散弾銃とトラップが主装備です。呪術刻印入りのベアリング弾で、詩的にばら撒いて、散文的に殲滅するって感じで……」

 

「なるほど。範囲制圧ですね」

 

「そうそう! あとは設置してから『叙情詩的に踏めッ!』ってやるだけです!」

 

 実演を交えた擬音付きの説明に、リンデンは少しだけ息を詰めたが、それも一瞬。

 すぐに口元を引き締め、穏やかに言葉を返す。

 

「……大変な作戦ですから、相互補助が必要になります。

 同じ班である以上、今後ともよろしくお願いします、綾笙さん」

 

「わっ、ちゃんとしてる……随筆的に丁寧すぎて心が痛い……!」

 

 そう言いながらも、かしるの顔はどこか嬉しそうだった。

 言葉の調子は軽いのに、その実、リンデンの挨拶も真面目さも、しっかり受け止めているようだった。

 

「かしるでいいですよ。名字で呼ばれると、脚注的に距離を感じますから」

 

「……わかりました。では──かしるさん」

 

「はいっ、リンデンくん!」

 

 かしるは片手を軽く上げて応じ、ベンチの向こう側にちょこんと腰を下ろした。

 リンデンは一瞬だけ横目で彼女を見て、それから再び《ヘイロリウム》の点検に戻った。

 隣に座るかしるの存在が、少しだけ待機区画の空気をやわらかく変えていた。

 

 

 

 待機区画を抜け、割り当てられた集合地点──戦術班ブリーフルーム前へ。

 足音を合わせるように、リンデンとかしるは並んで歩いていた。

 目的地が近づくにつれ、通路には装備を背負ったガーデナーたちの姿が増えていく。

 魔術刻印入りのアーマーを調整する者、端末で配置図を確認している者、ただ壁にもたれて沈黙する者。

 中にはすでに揃っている班もあるようだった。どの顔にも、出撃前特有の静かな緊張が滲んでいる。

 そんな中で、かしるだけは、どこか朗らかだった。

 すれ違う人の多ささえ、彼女にとっては好奇心の対象のようだった。

 

「はえー……この辺、詩的に人の気配が濃いですね。叙事詩的に任務感あるなぁ」

 

「……よくわかりませんが、集中してください」

 

 真面目に返すリンデンに、かしるは小さく笑って頷いた。

 足取りは軽く、肩の揺れもどこか弾んでいるように見えた。

 そして、二人がブリーフルーム前に到着して間もなく──

 

「おーい、色男!」

 

 唐突な呼び声が、後方から響いた。

 反射的に振り返るよりも先に、ずしりとした重みのある手が、リンデンの肩を叩いてくる。

 

「お前、女引っ掛けるの早すぎだろ。自分とこの姉達とうちの娘だけじゃ不満か?」

 

 足音も笑い声も大きく、どこか人懐こい。

 声の主は、ダグザだった。

 出撃用の黒い軽装に身を包み、背中には重量感のある火器──特注仕様の重火機関砲を背負っている。

 その姿には、普段街中で見る“気さくな中年”の面影はほとんどなく、任務前の兵士の顔が浮かんでいた。

 リンデンは一拍遅れて、肩を少しすくめた。

 

「……引っ掛けてなどいませんよ」

 

 即座に否定する声は静かだったが、表情にはわずかな困惑が滲んでいた。

 その反応が面白かったのか、ダグザはますます口角を上げて、隣にいるかしるへと目をやる。

 

「じゃあそっちは? どうだ、詩的なナンパだったか?」

 

「えっ?」

 

 いきなり話を振られたかしるは、目を丸くしたまま固まった。

 その顔は、“詩的な”という単語の扱い方に一瞬戸惑っているようでもあった。

 

「えっと……違いますよ! かしるが勝手に話しかけただけで……!

 あっ、でも武器は詩的に素敵でした! だからつい!」

 

 慌てながらも、語尾にはどこか明るさが残っている。

 本人なりの筋は通っているようで、実際に悪びれる様子もない。

 

「そうかそうか、それなら健全だな。うん、うん」

 

 ダグザは頷きながら、まるで父親のように目を細めてリンデンを見やった。

 その表情には、からかいと同時に、どこか安心のようなものも浮かんでいた。

 

「──で、こいつが変なことしたら遠慮なく蹴飛ばしていいぞ。あいつの姉貴たちも、だいたいそうしてる」

 

「了解ですっ!」

 

 元気よく返すかしるに、リンデンはわずかに眉をひそめる。

 睫毛がわずかに震えるその目元には、突っ込みを躊躇う静かな困惑があった。

 

「……任務中の怪我の責任は、こちらにもありますので、なるべく手加減はお願いしますね?」

 

「丁寧なようで遠回しに脅されてる気がします……詩的に」

 

 三人のやり取りが続くなか、他の班員たちも次々と集まってきた。

 まだ互いの顔も名前も揃いきっていないが、それでも、小さな輪がひとつ──任務へ向かう班としての形が、静かに出来上がりつつあった。

 

 

 戦術班ブリーフルームの扉が自動で開き、集まった七人が静かに足を踏み入れた。

 室内は無機質な灰白色の壁に囲まれ、中央のホロ投影台を囲むようにして立ち位置のマーカーが点灯している。

 

「それじゃ、座れとは言わねえが──軽く顔合わせといこうか」

 

 ダグザが口火を切る。

 その声は大きくはないが、周囲の空気を自然とまとめる力を持っていた。

 集まったメンバーは全部で七名。

 前衛、後衛、支援、索敵、それぞれが異なる装備と雰囲気をまとっていた。

 斜め前方には、片目に霊子ゴーグルをかけた青年が立っていた。

 小型のドローンユニットを背負い、言葉少なげに周囲を観察している。索敵型の後衛だろう。

 その隣には、全身を軽量鎧で包んだ中年の女性。

 装備から見て、物理系の防御型。口元には仏頂面を貼りつけたままだが、姿勢は隙がない。

 もう一人は、背中に大きな槍と術具を交差させた男。

 浅く伸ばした髪の下で目だけが鋭く、部屋の隅をじっと睨んでいた。無愛想そうな印象だが、手には無駄がなかった。

 そして──かしる。

 すでにリンデンの隣に立っており、どこか浮かれた様子で周囲を見渡している。

 リンデンは、自分を含めたこの七人が“ひとつの班”として任務にあたることを、静かに受け止めていた。

 

「俺は班長扱いってことで指示を出す立場だが、ガチガチに命令する気はねえ。命が惜しけりゃ、それぞれが考えて動け」

 

 ダグザはそう言いながら、手元の端末をホロ投影台にかざした。

 それに反応し、前方に簡易マップと任務概要が浮かび上がる。

 

「神域の正式名称は《雄雌乱立群生森林》。まあ、およそ詩的な名前だが──実態は霊的植物と神性残渣が混ざり合った、いわば“野生型の神域”だ」

 

 マップには、ぐにゃりと歪んだような森林帯が描かれている。

 根が絡まり合い、胞子状の濃霊層が幾重にも重なる構造。

 

「俺たちは“回収班”じゃない。俺たちの役割は、奴らが作業してる間、ここ──主動線と搬出路を“維持する”こと」

 

 ホロ地図上に赤いラインが引かれる。

 そこは森林内の比較的開けた地形だったが、複数の侵入口があり、包囲されやすい構造をしている。

 

「敵は何が来るか、はっきりしねえ。天使も神性異種も、霊的変異体も来る可能性がある。ただ──おそらく定期周期で現れる。理由は不明」

 

「質問があれば受け付けるが、今は時間もねえ。

 それぞれ、自分の装備と位置を把握して、初動に備えておけ。動きながら慣れてくれりゃいい」

 

 短くまとめられた指示に、全員が無言で頷いた。

 言葉は少なかったが、それぞれの呼吸に“これから始まる”という共通の緊張が宿っていた。

 やがて一人、また一人と投影台から離れ、それぞれの持ち場へ散っていく。

 

「さ、行くぞ」

 

 最後にダグザが軽く手を挙げ、出撃区画への扉を開けた。

 作戦は、いよいよ始まろうとしていた。

 

 

 

 

 降下区画は、霊子冷却の霧が立ち込める薄暗い空間だった。

 頭上では巨大な回転灯が回り続け、足元にはすでに無数のカプセルが並んでいる。

 ──正式名称、《高速単発式降下輸送装置・連結型》。

 だが現場の者たちは、これを別の名で呼んでいた。

 

「どう見ても棺桶の不法投棄だよな、これ」

 

「つーか連結してる意味ある?死んだら二人まとめて埋めとけってこと?」

 

「霊子注入式で密閉って……詩的に死体処理って言ってないです?」

 

 ガーデナーたちの間から、重苦しさを紛らわせるような軽口が次々と飛ぶ。

 ブリーフィングルームでの沈黙が嘘のように、全員がどこか浮き足立っていた。

 リンデンもまた、その並んだ“柩”の形状を見て、ほんの少しだけ眉をひそめた。

 死の匂いがするわけではない。ただ、あまりにも「死に向かう人間を収める形」に酷似している。

 ──それでも、皆が同じように思っているのなら、気に病む必要もない。

 柩型のカプセルは二連式。

 中央部で連結された状態で一度に射出され、地表到達後に分離、個別に展開する構造だ。

 それぞれのカプセルには片側に扉があり、内部には液体注入式の衝撃緩衝装置が搭載されている。

 順に呼ばれた者からカプセルへと乗り込んでいく中、リンデンとかしるの番が回ってきた。

 開いたカプセルの内部は、無機質な緩衝材とセンサーがぎっしりと並んでいた。

 何の感情も宿さない器械の“内臓”のような構造に、思わず視線を滑らせる。

 

「……頑張りましょうね」

 

 ふいに隣からかけられた声に、リンデンは顔を向けた。

 

 もう片方のカプセルに、かしるが手をかけていた。

 緊張を抑えるように笑みを浮かべながら、それでもまっすぐこちらを見ている。

 

「ええ、――必ず成功させましょう」

 

 短く返し、リンデンも自分のカプセルに手をかけた。

 体を収め、仰向けの姿勢で横たわる。

 次の瞬間、カプセルが音もなく閉じた。

 内側からわずかに照明が灯り、緩やかな機械音とともに、透明な液体が注入され始める。

 体を包む冷たい感触──だが、不思議なことに呼吸はできた。

 喉も肺も、溺れるような苦しさはない。

 霊子制御により、液体は瞬時にリンデンの呼吸器系を感応通過していた。

 

 ──ただ、静かだった。

 

 音も、振動も、外界も遠のく。

 自分がどこにいるのか、一瞬わからなくなるような沈黙の中──

 急激な重力の偏差と、体を押し潰すような圧が、全身を貫いた。

 カプセルが、リフトに流される。

 そのまま、投棄射出口に装填され──。

 超高速で、地表へ向けて“投棄”された。

 






更新もしてないのに一時的に日間ランキング24位までくい込んでました。
……何故?
感想、お気に入り、評価いつもありがとうございます。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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