みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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オリキャラのみ回その2
うちの時空では原生生物とか居ます






ガーデナーと非情.2

 “何か”が弾けたような音が、どこか遠くで鳴った。

 次の瞬間、湿った土壌を突き破って、連結式カプセルが地面に深く突き刺さる。

 片側のロック機構が作動し、内部に満たされていた液体が、しゅう……と音を立てて排出された。

 高圧で吐き出された冷却液は、半霊的な靄となって地面に広がっていく。

 内部の緩衝材が自動で解放され、カプセルの蓋がゆっくりと開いた。

 まず、薄く発光する制御パネルが外気に触れ、わずかに揺れる。

 そして──中から、ひとりの人影が立ち上がった。

 リンデンだった。

 髪はまだ湿っており、制服の一部にも液体が残っている。

 しかし、その姿勢は安定しており、視線は素早く周囲へと巡っていた。

 まず確認したのは、自分が地表に到達しているという事実。

 次に周囲の地形。続いて、まだ開いていない隣のカプセル。

 その視線には、迷いも戸惑いもなかった。

 ──だが。

 彼の目に映った“風景”は、想像していたものとは少し違っていた。

 目の前に広がるのは、異様な密度で繁茂した植物群。

 大地を覆うのは苔でも草でもなく、薄く発光する糸状の根と、ぷつぷつと呼吸をするように動く胞子球だった。

 木と呼ぶにはあまりにも形が歪な幹。

 雌雄を問わず、生殖的に膨らんだ花や果実のような器官が、木々のあちこちに咲いている。

 花弁は風に揺れていない。代わりに、霊的な呼気のようなものを静かに吐いている。

 空は、重たく濁った灰緑色。

 雲ではない。濃霊の膜が、空と大地の間に“神域”の層を作っている。

 音はない。

 風も、鳥の声も、獣の気配すらもない。

 ただ──時折、どこからともなく“咲く音”が聞こえた。

 つ、と。

 く、と。

 花が開くような、何かが産まれるような、妙に生々しい音が、靄の中で鳴っている。

 リンデンは息を一つ整え、背後にある《ヘイロリウム》の霊子出力を確認した。

 機構の同期は問題ない。

 あとは、仲間の到着を待つだけ。

 そう思った矢先──

 

「ぶえぇ、ぬるっ……随筆的に着地できましたー……」

 

 横のカプセルから、かしるの声がくぐもって聞こえてきた。

 半分開いたカプセルから、彼女が上体を起こす。

 制服の裾からは液体が滴り、髪のインナーカラーが濡れて重たげに揺れている。

 それでも彼女は、まるで温泉から上がってきたみたいな調子で、すっと片膝を立てて立ち上がった。

 

「詩的にぬるかったですけど、死ぬほどじゃなかったですね!」

 

「……まずは無事で何よりです」

 

 リンデンは目線を外さないまま、静かにそう返した。

 すでにはヘイロリウムは左腕のユニットに接続され、準備状態に入っている。

 次の瞬間、森の奥、別方向の地面から――

 ずん、と何かが突き刺さる重い音がした。

 数秒遅れて、そのカプセルの片蓋が勢いよく開く。

 霊子ゴーグルの青年が、無言のまま身を起こした。

 開口一番、言葉もなく、背部のドローンユニットを起動。

 すぐさま周囲に数体の索敵機を展開し、あらゆる角度へと散らしていった。

 

「おお……詩的に黙々とプロですね……」

 

 かしるが小声で感嘆する。だが、青年は一瞥もせず、淡々と索敵に集中していた。

 続いて、別方向でカプセルの蓋が重たく開く。

 中から出てきたのは、全身に軽量鎧を纏った中年女性。

 口は一切開かず、無言のまま片膝で地面を確認し、霊子防壁の小型起動装置を腰元から取り出す。

 その所作には、一切の迷いも緩みもなかった。

 さらに遅れて、鋭い風を切る音と共に、別の一対のカプセルが叩きつけられるように落下した。

 やがて片方の蓋が開き、男がひとり、ゆっくりと上体を起こす。

 槍と術具を交差させた装備。

 無愛想な顔をこちらに向けることもなく、彼はまず自らの武器の手入れを始めた。

 

「……あれは怪文的に怖いので近寄らないでおきます……」

 

 かしるが再び小声で囁くが、彼女自身、少し笑っているようでもあった。

 そして最後に、やや遅れて落ちてきた一組のカプセルが、森の少し奥でゆっくりと開いた。

 

「……っと、毎度この液体は慣れねぇな」

 

 姿を現したのは、ダグザだった。

 外套の裾を払いながら、地面に手をついて立ち上がる。

 背の火器が軋むような音を立て、重さと存在感を主張していた。

 彼は周囲をざっと見回し、他の班員たちの姿を確認すると──軽く、口の端を上げた。

 

「よし、全員生存。優秀だな。……なんだ、割と“生きたまま”投棄されるもんなんだな」

 

 冗談ともつかない一言に、かしるが小さく噴き出す。

 その笑い声が、重く淀んだ神域の空気の中で、ほんの少しだけ“生”の音を響かせた。

 班員たちの降下が完了し、それぞれが機材を起動し始める頃──

 濃密な神域の空気のなかで、重い霊子風が微かに流れた。

 リンデンは腰に手を当て、ヘイロリウムと接続ユニットの位置を調整する。

 その背後で、索敵担当の青年のドローンが再接続の信号音を発した。

 すぐにホロ投影が展開され、地図上に班の配置ポイントと防衛拠点ラインが表示される。

 

「……そろそろだな」

 

 ダグザが腕を組んでホログラムに目をやった。

 

「この位置に、第二班が入ってる。こっちは第三班……交代のタイミングまで、あと二十数分ってとこか」

 

 かしるが横から覗き込む。

 

「二班目さん、前衛か中衛で張ってるんですか?」

 

「ああ。前回の記録じゃ、侵入口が東側に集中してるらしい。

 第二班は中央に展開して対処してる。うちはそれを引き継ぐ」

 

 ダグザの言葉に、班員たちは自然と地図上の配置位置へ視線を送った。

 

「とりあえず、交代前に陣形だけは仮で固めておくぞ。

 お前ら、各自の初動位置と役割、頭ん中で繰り返しとけ」

 

 彼の声に、全員が無言で頷いた。

 かしるはすでに霊子マーキング用のタグを数本手に取っている。

 

「かしるは、支援位置の構築やります。罠はこの辺とこの辺……散文的に配置しておく感じで」

 

「頼んだ。被害範囲が広がりすぎないよう、射線と連携は考えとけよ」

 

「はぁーい、随筆的にがんばりますー」

 

 その返事に、中年女性が横目でちらりと視線を送る。

 だが何も言わず、武器の安全装置を外すだけにとどめた。

 無愛想な槍の男は、最前線のブレイクポイントに立ち、腕を組んだまま地面をじっと見ている。

 索敵青年は、すでにドローンのうち一機を“第二班との接触座標”に送り始めていた。

 空気は、濁っている。

 だが、意識は澄んでいた。

 誰もが黙々と配置につきながら、それでもわかっていた。

 数分後、この静かな森は──騒がしくなる。

 時間にして十数分が過ぎた頃。

 霊子的な気流の変化が、森の奥からじわりと近づいてきた。

 

「接触反応、三体……識別信号あり。第二班だ」

 

 索敵青年が短く告げると同時に、前方の深霧が揺れる。

 朽ちかけた巨木の間から、迷彩処理の施された三人のガーデナーが姿を現した。

 彼らの装備は所々が傷つき、所持していたはずの資材もいくつか欠けていた。

 一人は腕を押さえており、もう一人は足を引きずるように歩いている。

 中央の隊長格らしき女騎士が、ダグザの前で小さく顎を上げた。

 

「……交代時間です。中央ライン、維持してあります。東側、やや活性高め。

 そちらの重火器持ちは、最初からあっちに回すといい」

 

「ああ、受け取った。負傷者は?」

 

「中傷者が二、軽傷が一。……それでも、今のところは“見えてる”敵しか出てきてない」

 

 女騎士はそう言いながらも、肩にびっしりと濃霊を浴びており、目元には疲労の色が濃い。

 

「支援が来るまでに時間がかかるかもしれません。……可能な限り、持ち堪えてください」

 

「こっちも初陣の若葉混じりだ。派手に暴れさせてもらうさ」

 

 短いやり取りのあと、第二班は静かに姿を消す。

 足早に、しかし振り返ることなく──まるで、もうここに長くいたくないかのように。

 その背中を見送りながら、ダグザがぽつりと呟く。

 

「……ああいう顔になるまでに、三交代ってとこか。地味な戦場のくせに、まあ苛烈だな」

 

 沈黙が、再び周囲を包む。

 だがその静けさは、さっきまでの“準備”とは少し違っていた。

 森が、呼吸を変え始めていた。

 リンデンは《ヘイロリウム》の柄にそっと手を添える。

 肩越しに見えるかしるの姿も、すでに伏せ設置した罠の確認を終えていた。

 

 そして──

 

 霧の奥で、“咲く音”が強くなる。

 

 つ、と。

 く、と。

 ぐ、ち、と。

 

 何かが生まれる音。

 何かが、こちらに向かって開かれる音。

 その瞬間、ドローンが一機、警告信号を発した。

 

「霊子濃度、変動。接近反応……六、いや、七。未識別。南東」

 

 索敵青年の声に、全員が動く。

 

「来るぞ。初撃だ、気を抜くなよ!」

 

 ダグザの号令とともに、班員たちは一斉に防衛位置へ散開した。

 ──そして、“神域”が、牙を剥いた。

 

 霧の奥──空間がじわりと歪んだ。

 “それ”は、花のような形をしていた。

 だが、それは咲くものではなく、喰らうために開く器官だった。

 雌雄の区別なく膨らんだ外殻。

 樹脂のような皮膜が蠢き、中心からは獣のような脚が何本も生えている。

 顔はない。音も発しない。ただ、風を裂くような静寂だけがそこにあった。

 

「七体、全て顕現。距離四十。敵性確認、交戦許可」

 

 索敵青年の報告と同時に、ダグザが重火器を構え、低く言い放つ。

 

「──撃て」

 

 重火器の発射音が、鈍い咆哮のように神域の静寂を裂く。

 放たれた弾丸は空中で炸裂し、一体の花獣の右脚を吹き飛ばした。

 

 「一撃! 一撃! さすが重火器!」

 

 かしるが叫びながら、既に設置していた呪術地雷を起動。

 前衛通過ポイントに踏み込んだ一体が、詩的な光を放って爆散する。

 

「霊子定着──解放!」

 

 彼女が展開した霊紋が空中で回転し、次弾の散弾式符術が雨のように撒き散らされる。

 そこへ割って入ったのは、無言の槍の男。

 跳躍からの斜め突きで一体の花獣の頭部を粉砕し、着地と同時に術具を展開──電撃術式が残存体へ叩き込まれる。

 全体の動きは、常に崩れず、互いの“間”を支え合っていた。

 中年女性は前線ラインの維持に徹し、迫ってくる触腕を全て正確に弾いていく。

 彼女の足元には傷一つなく、まるで“風景の一部”のようにそこにいた。

 索敵青年のドローンは上空で中継を行い、敵の位置と展開の読みを常に更新し続ける。

 

 ──そして。

 

 リンデンは、静かに一歩前へ出た。

 

 ヘイロリウムが展開される。

 重厚な盾の縁部、その先端に仕込まれたリングが低く唸りを上げながら回転を始める。

 分子崩壊振動──物理的な破壊ではない。

 それは“接触した存在を、物理法則ごと壊していく”ための構造だった。

 霧の向こう、跳躍してきた花獣の一体が脚を振り上げる。

 リンデンは一切慌てず、姿勢を沈める。

 突進のタイミングに合わせ、盾をわずかに角度をつけて前へ押し出した。

 次の瞬間、リングが敵の脚部に触れる──

 ぶつ、と粘膜が潰れる音。

 その直後、目では追いつけない速度で、脚部が“消えた”。

 接触面を中心に、筋肉、骨格、血管、体液……すべてが破片にもならず、粒子状に分解されて空中に飛散する。

 残ったのは、煙のように漂う霧と、脚を失って崩れ落ちる敵の胴体だけ。

 すぐさまもう一体が襲いかかる。

 リンデンは腕ごと振るうように盾を叩きつけ、側面を滑らせるように振動リングを当てた。

 今度は胴体ごと──中心線を軸に、スパッと何もなかったように“削られて”崩壊する。

 血液も、肉も、散る間すら与えられない。

 ただ接触し、振動し、消える。

 無言で、無慈悲に。

 盾を引き戻し、再び構え直す。

 リンデンの動きは一貫していた。感情もなく、声もなく。ただ、通さない。

 “前に立つ”という、それだけの役割を、寸分違わず果たしていた。

 

「……堅ぇってレベルじゃねえな、あれ」

 

 ダグザが唸るように呟く。

 それは賞賛というより、「あれが初任務かよ……」という呆れに近かった。

 ──その後、敵性体はすべて排除された。

 霊子の濃霧に包まれていた“神域の牙”は、完全に踏み折られた。

 空気が沈黙へと還るなか、かしるがぽつりと呟いた。

 

「詩的に……全員、無傷って、すごいですよね」

 

 誰も返事はしなかった。

 だが、その静けさは、戦場で一度“勝った”者たちが持つ沈黙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 敵性体の反応が完全に途絶え、霧の中の“咲く音”も静まった。

 花獣たちの肉片は残らず粉砕・崩壊し、森の中には──血の匂いすらなかった。

 それでも、全員がしばらく無言のまま警戒を解かなかった。

 霊子濃度の揺れが完全に落ち着くまで、数十秒。

 そして、最初に小さく肩の力を抜いたのは、かしるだった。

 

「……ふぅー、叙情詩的にやばかったですけど、韻文的に勝ちましたねー」

 

 肩を回しながら、ゆるい声を漏らす。

 

「先に言っとくが、“叙情詩的に死にかけました”って発言は今後禁止な」

 

 ダグザが頭に手を当てて言った。

 言葉の調子は変わらないが、その目はちゃんと周囲の状況を見ていた。

 槍の男は依然として何も言わず、武器を拭きながら辺りを見張っている。

 中年女性は自分の防具の一部を調整し直し、再固定。

 索敵青年のドローンが上空を旋回し続け、再接近の兆候がないことを報告していた。

 リンデンは、静かにヘイロリウムを非戦闘状態に戻しつつ、淡く汚れた盾の縁を指でなぞっていた。

 血痕ではない。敵の体液すら、ここには“残らない”。

 代わりに、自身の手袋が振動による熱を帯びていることだけが、戦闘の痕跡だった。

 

「……リンデンくん、無傷じゃないですか。すごい」

 

 横からかしるが覗き込みながら言う。

 

「……いえ。正確には、“狙われていないだけ”です。まだ、敵の動きは探っている途中でした」

 

「謙虚ですねー。かしるはもう“あいつは硬すぎて効率悪い”って思わせたってことで勝ちにしときます!」

 

「……なるほど。論理的な勝利ですね」

 

「それっぽいけど詩的じゃない返しっ……!」

 

 軽口を交わしながらも、かしるの手はしっかりと罠の再設置に動いていた。

 

「よし、それぞれ十五分以内に再補充と展開を終えとけ。次の波は間が空かねぇと思っておけ」

 

 ダグザの指示に全員が静かに頷き、再びそれぞれの動作に戻っていく。

 霧は相変わらず深く、空気は重たい。

 けれど──班の輪郭が、確かにこの場に根を張り始めていた。

 初戦闘以降、神域の動きは緩やかだった。

 断続的に発生する敵性体は、どれも第一波より小規模で、班の連携で確実に撃退されていった。

 索敵青年のドローンが感知するたびに布陣が整い、かしるの罠が敵の進行ルートを限定し、中年女性が正面を固め、槍の男が隙間を撃ち、ダグザの重火器が圧力をかける。

 そして、リンデンは常に──前に立ち続けた。

 ヘイロリウムは、いかなる攻撃も貫かせず、

 触れた敵性体は音もなく粉砕されて霧へと帰る。

 振動機構が唸りを上げるたび、霊的生物たちは塵となって消えていった。

 かしるがそれを「詩的に塵芥」と評して笑った時、誰も否定はしなかった。

 戦いの合間には短い休息が入り、誰かが水分を摂り、誰かが弾薬や符を補充し、

 誰もが黙々と職務を果たしていった。

 霧の中の数時間は、永遠にも、瞬きにも思えた。

 

 ──そして。

 

「時間だ。交代」

 

 ダグザの言葉が空気を切った。

 第一班からの通信が届き、すぐに彼らの姿が森の影から現れる。

 彼らもまた全身に戦場の気配を纏っていたが、足取りは軽かった。

 交代は静かに、簡潔に。

 報告の言葉は必要最小限。注意すべき地形と罠の位置、直近の霊子濃度の傾向、それだけ。

 誰も無駄な言葉は使わない。

 ここが戦場であるという認識が、それぞれの動きを正確に保っていた。

 リンデンは、撤収の動作を進めながら、ほんの一瞬だけ立ち止まって後ろを振り返った。

 先ほどまで自分がいた定位置。

 踏みしめた土の感触。

 盾に触れた肉の感触。

 誰も死なず、誰も逸れず、守り抜いた“最初の場所”。

 彼の胸の奥に、小さな確信のようなものが芽生えていた。

 

「……交代完了。戻るぞ」

 

 ダグザの一言で、七人は霧の中を引き上げていった。

 最初の任務、その前半──確かに“生き残った”という事実と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 仮設テントの内側には、携行式の加熱装置と小型の整備台、最低限の寝具と補給物資が並んでいた。

 濃霧に包まれた外界とは打って変わって、この空間だけはわずかに温もりを許された安全圏だった。

 それでも会話は少ない。

 各々が自分の装備を点検し、水を口に含み、支給食を静かに咀嚼する。

 

「……あの盾、すげぇ威力だったな」

 

 不意に漏れたのは、背中に槍を担いだ青年のぼそりとした声だった。

 その言葉に、手元でヘイロリウムの回転リングを静かに止めていたリンデンが顔を上げる。

 

「ありがとうございます。……あれでも、抑えに特化した調整なんです」

 

「はえー……分子崩壊振動ってやつでしたよね? 詩的に強いですもんね!」

 

 かしるが勢いよく頷きながら、支給食のパウチを振る。

 

「詩的かはさておき、十分に機能してくれた。感謝してる」

 

 槍の青年が横目でリンデンを見ると、小さくうなずいて食事に戻った。

 そのやり取りを聞いていた索敵青年が、ふと霊子ゴーグルを指で持ち上げながらぼそりとつぶやいた。

 

「……初動、反応速度に無駄がなかった。読み取りやすい」

 

 それは彼なりの評価だったのだろう。

 リンデンが少しだけ驚いたように彼を見ると、青年は視線を逸らす。

 

「助かります。……次も、よろしくお願いします」

 

「……ああ」

 

 そしてもう一人、仏頂面の中年女性は、無言のまま手入れしていた軽装の腕甲をぱしんと閉じ、

 食事をひと口噛んでから、ごく淡く言った。

 

「前に出る盾が優秀なのは、助かる」

 

「……光栄です」

 

 リンデンはしっかりと背筋を伸ばして応えた。

 沈黙の中にも、僅かな信頼のやり取りが生まれ始めていた。

 

「……それにしても」

 

 かしるが手元のベアリング弾を罠に充填しながら、ぽつりとこぼす。

 

「最初の交戦、韻文的に完璧でしたよね! 全員、生きてるし!」

 

「まあな」

 

 ダグザは頷き、少し肩を伸ばすように回した。

 

「だが、順調な任務ほど……落とし穴もある。油断すんなよ」

 

「……随筆的に怖いこと言いますね」

 

 皆、笑わないが、空気はやわらいでいた。

 霧の中で戦った者同士の、言葉少なな結束。それが、確かに芽吹き始めていた。

 会話が一段落すると、誰からともなく仮眠用のシートを敷き始めた。

 第一班の任務が終わるまで、あと数時間──ここが唯一の休息の時間になる。

 

「俺が見張りにつく。次の交代まで、お前らは休め」

 

 低く短い声でそう言ったのは、索敵青年だった。ゴーグル越しの目線は、ずっとテント外の霧を捉えていた。

 

「……ありがたい。何かあれば、すぐに起こしてくれ」

 

 ダグザが短く応じると、そのまま支給毛布をかぶり、足音もなく仮眠スペースの奥に身を沈めた。

 リンデンも整備を終えた《ヘイロリウム》を専用ラックに立て掛け、静かに呼吸を整える。

 仮眠用の薄いマットに背を預けると、素材越しに地面の冷たさがじんわりと伝わってきた。

 

「……お隣、いいですか?」

 

 かすかにかがんで顔を覗き込んできたのは、かしるだった。

 すでに毛布を片手に持っており、気配を邪魔しないようにそっと声をかけてきている。

 

「構いませんよ」

 

 リンデンが軽く答えると、かしるは「韻文的に恐縮ですっ」と囁いて、リンデンの隣にそっと横になった。

 音を立てないよう、シートの縁を丁寧に整えながら。

 

「……こういう時、どんな夢を見ますか?」

 

 彼女は毛布に包まりながら、ぽつりとそんなことを訊いた。

 

「夢、ですか。……あまり、覚えていないことが多いですが」

 

 「じゃあ今日は詩的な夢を見ましょうね。きっと見れますよ、地上で寝るの、叙情詩的に滅多にない事なので!」

 

 軽やかな言葉に、リンデンは微かに笑って、目を閉じた。

 仄暗いテントの天井。かすかに聞こえる湿った風の音。

 そして傍らから聞こえる、かしるの静かな呼吸。

 ようやく訪れた束の間の静寂が、彼らの身体と心を包み込んでいた。

 

 

 

 

 数時間後、休憩時間の終わりを告げる合図が通信端末に流れた。

 

 「そろそろだな」

 

 控えめな声で呟いたのは中年女性だった。寝起きとは思えない静かな所作でシートを畳み、黙々と装備を身につけていく。

 リンデンも目を覚まし、ゆっくりと上体を起こす。テント内にはささやかな物音と、すぐに消えていく呼吸音だけが残されていた。

 

「……行こうか」

 

 ダグザの一声に、班員たちは各々の武装を確認しながら、静かに移動を開始した。

 交代地点までの道は、さほど長くない。

 だが、湿った風に紛れて流れてきた“何か”が、全員の足を少しだけ重くさせた。

 交差点に差し掛かり、前方に薄暗い人影が見えた。

 

「……来たな」

 

 先頭を歩いていたダグザが足を止める。その目の先には、確かに第二班の面々が揃っていた。

 だが──その姿は、明らかに異様だった。

 数名の装甲には破損が目立ち、肩で息をする者、無言で足を引きずる者。

 血と泥の混じった痕跡が、各所にべっとりとこびりついている。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 かしるが思わず声をかけると、そのうちの一人のガーデナーがやや遅れて首を振る。

 

「いや……まだマシな方だ。だが、奴ら……群れ方が変わってきてる。おそらく、夜が近い」

 

 夜。

 神域の霧が濃くなり、視認性も思考制御も、環境干渉率もすべてが悪化する“時間”。

 

「マップ送信とレコードはすでに共有済みだ。あとは……任せる」

 

 中の一人が、傷だらけの体でリンデンの肩を軽く叩く。その手は熱を失い、震えていた。

 言葉少なに、第二班は撤収していった。

 その背を見送りながら、ガーデナーたちは黙って前を向く。

 

「……状況は不明。だが、俺たちはやることをやるだけだ」

 

 ダグザが前を見据えたまま言う。

 リンデンは無言でヘイロリウムの防御機構を展開する。盾の中心、リング状の刃が低く唸りを上げて振動を始めた。

 

「配置につけ。……来るぞ」

 

 風の流れが変わった。

 神域の気配が、再び、牙を剥こうとしていた。

 

 夜が、来た。

 神域の霧は深く、ぬるく、肌に貼りつくように広がっていた。

 視界は既に肉眼の限界に達しており、各人が装着する霊子ゴーグルが頼りだった。

 

「接近──左前方、座標a-7! 群れだ!」

 

 索敵の青年が即座に警告を発した。その言葉と同時に、四方の空気がぴりりと張りつめる。

 

「来るぞ!」

 

 ダグザが叫ぶと同時に、林立する巨木の向こう側から、影が飛び出した。

 それは群れだった。

 霧の中から浮かび上がったのは、異様な生物の群体──人型に似た輪郭を持ちながら、肢体は不均衡で歪んでいる。

 脚を引きずりながらも高速で突進してくるそれらは、異常な“熱”を帯びていた。

 

 「――ヘイロリウム、展開」

 

 リンデンが囁くように唱え、盾を前に掲げる。

 分厚い展開盾が機械音と共に弾け、中心のリングが振動回転を開始。

 微細な振動が空気を切り裂き、不可視の線が敵影を迎え撃つ。

 一体、また一体と接近してくる敵を、

 ヘイロリウムの振動刃が分子ごと削り取っていく。

 その先端に触れた敵の腕が、胸が、首が、まるで消しゴムでこすったように“消えて”いく。

 

「やば、詩的に粉々じゃないですか……!」

 

 かしるが呟く暇もなく、後方から散弾が展開される。

 術式を刻んだベアリング弾が舞い、霧の帳を鮮やかに引き裂いた。

 

「カバー、頼む!」

 

 中年女性が前線の隙を狙うように前に出て、敵を押し返す。

 鋼鉄のごとき姿勢と脚さばきが、彼女の戦歴の深さを語っていた。

 

「右からもう一波くる……!」

 

 青年が即座に指示を飛ばすと、背中に槍と術具を背負った男が音もなく動いた。

 突撃してきた敵に術式を叩き込んだかと思えば、追撃で槍が突き刺さる。

 絶え間ない連携、無駄のない布陣。

 まさしく“精鋭”と呼ぶに相応しい動きだった。

 そしてリンデンもまた、隊列の先頭で敵を削り続けていた。

 ──それでも。

 その中に、妙な“感覚”が混じっていた。

 一部の個体が、盾を避けるような動きを見せている。

 まるで、学習しているように。

 

「……」

 

 リンデンは静かに口を結び、視線を研ぎ澄ませた。

 たとえ敵が変化していたとしても──今はまだ、“崩れる”段ではない。

 敵の波は、断続的に続いていた。

 突発的な突撃を挟みながらも、総じて統率のない衝動的な襲撃。

 それはいつも通りの“魔界の常識”だった。はずだった。

 

「……右方、群れが……散った?」

 

 索敵青年の声が低く漏れた。

 その観測に、背を向けていた中年女性が振り返る。

 

「まばらに? いや……回り込んでる?」

 

「散文的に、いや抒情詩的に不穏ですね」

 

 かしるが弾を詰めながら囁いた。

 林の奥──光も届かぬその向こうで、確かに敵の気配が“散っていた”。

 中央突破から、包囲へ。

 それは野生の獣ではなく、“戦術”だった。

 

「リンデン!」

 

 砲身から火を吹かせながらダグザの声が飛ぶ。

 彼もまた、同じものを感じ取っていたのだろう。

 

「左翼、防衛を固めろ! ……右も、来るぞ!」

 

 敵影が揺れた。

 その動きは、あまりにも“無駄がなかった”。

 まるで、前の波で得た情報を元に“対応”してきたかのように──

 

「……やはり、学習しています。彼らは……!」

 ヘイロリウムを前に掲げたまま、リンデンは小さく呟く。

 敵の一体が、盾の射線をギリギリで外し、斜めから突っ込んできた。

 刹那、盾のリングが横薙ぎに振られる。

 振動する刃が、空間ごと敵の上半身を掻き消した。

 血も肉も骨も、まるで“気体のように霧散”する。

 ──だがその背後には、すでに次の個体が控えていた。

 連携。統率。繰り返し。

 “襲撃”ではない。“戦闘”だ。

 

「こいつら……ほんとに神域生物か?」

 

 槍の男が低く呟く。

 その言葉に答える者はいなかった。

 それでも、布陣は崩れなかった。

 交錯する光と影の中、七人のガーデナーが、それぞれの役割を寸分違わず果たし続けていた。

 そして──

 

「交代、第一班の時間だ!」

 

 青年がゴーグル越しに目を細める。

 小さく、ホログラムが浮かんでいた。

 四時間、防衛任務完遂。

 

「……全員、交代まであと一息だ。気を抜くなよ」

 

 そう言ったダグザの声音には、どこか張り詰めたものがあった。

 誰もが気づいている。

 “想定よりも敵が洗練されている”という事実に。

 それでも任務は完了した。

 ──そして、次の班が来る。

 

 

 

 

 

 交代の時間を迎え、第一班のガーデナー達が配置に就く頃。

 リンデン達第三班は指定された仮設拠点の一角に集まり、簡易な食事と装備の点検、そして交代前の軽い情報共有を行っていた。

 

「第一班、配置完了。……全員異常なし」

 

 索敵青年が端末を覗き込みながら報告を投げる。

 

「ふぅ……詩的に限界ですね。疲れが抒情詩的に染みてきました……」

 

 かしるは背中からスリングを外し、散弾銃を膝に置いて肩を回す。

 

「“戦術的”な動き、見えてたな」

 

 ダグザが何気なく口にした。

 装備の点検を終えた手で、ランチパックの包装を破りながら、視線だけを隣のリンデンへ向ける。

 

「ええ。第一波からの反応の変化が明確すぎました」

 

 リンデンは静かに頷く。

 

「次に動きがあれば、今度は連携の起点を潰さないと、崩しきれません」

 

「全く、随筆的にやばいですね……」と、かしるも小声で付け加える。

 

「今後の行動パターン、記録に残しておこう」

 

 槍の男が言い、すぐ近くで中年女性が小さく頷いた。

 言葉は少ないが、視線の鋭さと指の動きからは、この班全員が確実に“理解している”ことが感じ取れる。

 夜の静寂が、ひときわ濃くなる。

 ──だが、それは無言の信頼でもあった。

 

「……さ、休むぞ」

 

 ダグザが区切るように立ち上がり、空いたカプセル用地に敷かれた簡易シートの方へ向かう。

 仮眠時間は四時間。

 最低限の睡眠と回復のため、順番ではなく全員同時に横になる時間が設けられていた。

 

「俺が──」

 

 索敵青年が言いかける。

 

「見張りは任せる。信頼してるからな、“眼”」

 

 ダグザが言葉を遮るように肩を叩き、他の班員達にも目線を送る。

 リンデンは荷物から取り出した保温シートを敷き、静かにその上に身を預けた。

 疲労の残る身体が、重力に素直に沈んでいく。

 

「となり、いいですか?」

 

 かしるが言って、隣に腰を下ろす。

 

「どうぞ」

 

 リンデンは小さく返し、体を横に向けた。

 かしるも同じように体を丸め、肩が少しだけ触れる距離に横になる。

 

「……脚注的に、ですね」

 

「……はい?」

 

「――いえ、なんでもないです。今は、おやすみなさいです」

 

 空に星はなく、上空にはうっすらとGARDENの雲影が広がっていた。

 この静寂が、長く続くことを願うように、リンデンは目を閉じた。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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