みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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オリキャラ回その3


ガーデナーと非情.3

 

 仮眠を終えた第三班の面々が、まだ薄暗い天幕の中でゆっくりと装備を確認していた。

 夜明け前の時間帯。空気は冷え込み、息を吐けば白く曇る。

 休憩を終えた彼らは後詰待機に移行するため、静かに準備を進めていた。

 誰もが無駄口を叩かず、黙々と自身の武器を確かめている。

 その静寂を破ったのは、索敵青年が手元の端末を睨みながら呟いた一言だった。

 

「……第二班からの通信。内容、転送」

 

 投影された簡素な霊子信号には、ただ一言だけが刻まれていた。

 

 ――《第一班、第二班共に戦闘継続中、応援に来られたし》

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 仮眠から目を覚ましたばかりのかしるは、手にしていた小さな呪詛刻弾を落としそうになりながら、思わず言葉を漏らす。

 

「詩的に……最悪ですね……」

 

 ダグダヴェアがゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。

 その声は低く、しかし確かに命令としての力を帯びていた。

 

「全員、出撃準備。交代地点へ向かう。第二班の引き継ぎは――現地でだ」

 

 即座に装備のチェックが加速する。

 霊子のチャージ、護符の確認、弾薬の補填。皆が機械的に動き、口数は少ない。

 この班はまだ、一人の戦死者も出していない。その事実が、重く彼らの背を押していた。

 武装を整えた七人は、仄かに明るみ始めた東の空に背を向けながら、戦場へと歩を進め始める。

 その一歩は重く、しかし確かに、命を繋ぐための前進だった。

 

 

 戦場は、まだ夜を引きずっていた。

 かすかな霧が地表を這い、霊子の粒子が淡く漂う中――第三班の影がその霧を裂いて進んでいく。

 小高い斜面の先に、拠点防衛陣地の外縁が見え始めた。そこには、すでに立てこもる者たちの気配があった。

 第一班、第二班。

 本来なら交代を済ませ、すでに後方で休息に入っているはずの者たち。

 だが今、そこにあったのは――

 砕けた遮蔽板。溶けかけた結界杭。

 壁際に設置された臨時陣地には、傷だらけの兵士たちが寄りかかっていた。

 防弾布の破れたジャケット、焼け焦げた霊子弾筒、血を滲ませた包帯。

 そのどれもが、長時間の戦闘がもたらした爪痕だった。

 

「……遅れてすまない」

 

 ダグダヴェアが真っ先に斜面を駆け下り、前線陣地に向かって声を張る。

 応じたのは、第二班のリーダーと思しき若い女騎士だった。目の下に隈があり、声もかすれている。

 

「いいえ……助かるわ。……少しでも早く、引き継いで」

 

 彼女の背後では、もはや自力で歩けない者が二名、仲間に肩を借りている。

 第一班の面々も同様だった。

 交代のタイミングはすでに限界に近く、いや、過ぎていたのかもしれない。

 ダグダヴェアが短くうなずき、振り返る。

 

「配置に入れ。索敵、右後方。術支援、中央支柱横。前衛は――俺と槍術士が展開。リンデン、お前は左翼を守れ。残りの盾組は支援砲塔の陰から援護」

 

 七人が即座に散開する。

 すでに誰一人として、無駄な言葉を交わす者はいなかった。

 そして、交代する第二班と第一班の面々が、重い足取りで後方へ下がっていく。

 かしるがすれ違いざま、顔に返り血を浴びたままの年若い隊士に、そっと囁く。

 

「自由詩的に……無事を願ってます」

 

 その隊士は、少しだけ目を細め、しかし何も言わずに去っていった。

 戦場の空は、まだ明けない。

 だが確かに、彼らの一歩は、夜明けへと向かっていた。

 

 ――最初の一発は、警告すらなかった。

 

 斜面の下方、霧が濃く漂う地帯で何かが爆ぜた。

 瞬間、索敵型の青年が短く警告を叫ぶ。

 

「接近、五秒以内! 数、八――いや十以上、速いッ!」

 

 光学照準が霧を貫き、リンデンの視界に黒い影が浮かぶ。

 だがそれは、今までの敵とはどこか違っていた。

 明確な陣形。横並びの散開配置。

 前衛二体が直線的に突進し、後方の個体が弧を描くように包囲を仕掛けてくる。

 個体ごとの動きも無駄がなく、まるで“統制”されているかのようだった。

 

「――来ます!」

 

 叫ぶ間も惜しい。

 リンデンは即座にヘイロリウムを量子展開し、斜め前方に盾形態を展開。

 次の瞬間、前方から飛びかかってきた異形の腕が、鋭い爪を振りかざして衝突してきた。

 衝撃。火花。圧力。

 だがそれすら、序章だった。

 左方から回り込んできた個体が、地面に設置されたかしるの呪術トラップをギリギリで避け、地を滑るように迫る。

 

「抒情詩的に……学習してる!?」

 

 その声に、誰も返す余裕はない。

 霊子弾が放たれ、敵の脚部に命中するも、一瞬の躊躇すら見せず跳躍してくる。

 攻撃への執着、それ自体が進化している。

 

「左翼が薄い!」

 

 誰かの警告に呼応して、リンデンが回り込む。

 霧の中で次の敵影を捉え、瞬時に回転刃形態へと切り替えたヘイロリウムを振り抜く。

 霊子粒子を砕き、敵の肩口を削り飛ばすも、倒れない。

 敵は怯まない。逃げない。

 戦術を持ち、損耗を恐れず、確実にこちらを削りに来ている。

 

「こんな動き、初めてだ……」

 

 中年の女兵が低く唸る。

 その言葉は、重く静かに事実を示していた。

 この敵は、これまでのような“野生”ではない。

 明確に“洗練”され、今この瞬間にも戦場で進化している――

 それが、第三班に与えられた最初の洗礼だった。

 第一波を退けた斜面の前哨線は、霧の中でわずかな静寂を取り戻した。

 砕かれた肉片と、霊子干渉の火花が残骸のように宙を漂う。

 だが誰も、勝利を確信していなかった。むしろ、全員が直感していた。

 

 ――次は、すぐに来る。

 

「索敵、確認。第二波、五十秒以内に接敵。数、第一波の倍以上」

 

 青年が冷静に読み上げる。声は沈着だが、喉が乾いているのが分かった。

 

「さっきの奴ら……以前と違って、呪術式の発動タイミングを見て避けてました」

 

 かしるが弾筒を抱えながら報告する。その顔には焦りよりも驚きが濃かった。

 

「抒情詩的に学習されてる。記憶型の術式特性でも……ないと、こんな動き、できない……」

 

「じゃあ、敵は人間以上に“戦術”を身につけ始めてるってことか」

 

 中年女性が短く言いながら、装填済みの補助弾倉を静かに抱え直す。

 その態勢のまま、ダグザが低く全員に告げた。

 

「前線は維持。敵の狙いは“浸透と崩し”だ。対応遅れたら、今度は俺たちが潰される」

 

 その時だった。霧が震えた。

 

 ――ギイィィィ……!

 

 まるで機械音のような異音。

 次の瞬間、地表の霊子が逆流し、霧が強制的に“裂けた”。

 

「来るぞ、前面展開――!」

 

 リンデンが盾形態のヘイロリウムを再展開し、先頭へ出る。

 その眼前には、既に第二波が迫っていた。

 今度の敵は、より高速に、より正確に。

 後方の個体が投擲弾のように爆発する“囮”を投げ込み、前衛二体がその爆煙に乗じて飛び込んでくる。

 視界妨害、陽動、強襲――三段構え。

 

「……詩的に洗練されすぎてます!」

 

 かしるの悲鳴混じりの報告を遮るように、敵が一斉に迫る。

 リンデンは両脚を強く踏み込んで霊子を足元に定着させ、斜めから迫る爪撃をヘイロリウムで受け止める。

 反動。逆跳。重心を殺してから、右の回転刃で反撃。

 だが、敵はまたしても“見切った”。

 

「回避、早い……!」

 

 喉を焼くような霊子の火花。

 振るえば振るほど、敵の挙動は読みやすくなり、同時に“適応”が加速していく。

 これは明確に、進化している。

 ただの本能ではない。敵は戦術を獲得し、“戦士”としてこの戦場に適応しつつある――

 中盤戦は、既に始まっていた。

 ――分断の兆候は、ほんの一瞬だった。

 左翼を守るリンデンの前方、濃霧の裏に動いた敵の軌跡。

 それは“彼”が予測していた通りの動きではなかった。

 斜面を上るのではなく、わざと中央へ誘導し、左右を切り離すように動いていた。

 

「これ……分断される……!」

 

 中央支柱横に展開していたかしるが叫ぶ。

 前線と中衛の間に、奇妙な“抜け道”が作られ始めている。

 ただの接近戦じゃない。

 彼らは“配置”を見て、“狙いどころ”を選び、“仲間との連携”を意識している。

 もはやこの敵は、獣ではない――戦術的に動く集団だった。

 

 そして――

 

「左、抜けた! 一体侵入、中央に出る!」

 

「中央支柱が――ッ!」

 

「かしるさん、下がって!」

 

 その瞬間、リンデンの視界が切り替わった。

 敵の配置。味方の陣形。遮蔽、死角、応答時間。

 空間把握と戦術の再構築が、霊子式の軌道とともに脳内で加速する。

 

「……左、囮です。狙いはかしるさんの呪術式! 全員、配置交代――!

 前線、斜めに! 盾持ちは後退、支援を中心に扇型展開! 右の援護にダグザさんが!」

 

 ダグダヴェアが短く息を呑んだ。その指示は、完璧だった。

 しかも“時間内”に成立する再配置――この混乱の中で。

 

「っ、了解!」

 

「詩的に、完璧です!」

 

 各自が即座に動き、配置は変わった。

 敵の中央突破はその直後、真横からの霊子斬撃によって粉砕される。

 前衛と中衛が再び連動し、呪術式と弾幕が合わさる。

 リンデン自身は左斜面へ踏み込み、今まさに突破を狙う敵三体を同時に迎撃。

 ヘイロリウムの刃が回転する。

 霊子の火花が横薙ぎに飛び散り、盾の半力場を発生させた瞬間に、後ろの敵を反射で弾き飛ばす。

 前へ、斜めへ、そして下へ。

 敵の足をすくい、肘を砕き、最後の一体の頭部へ刃を叩き込んだ。

 

 ――第二波、殲滅完了。

 

 が、すぐさま次の気配が押し寄せる。

 

「第三波、近接。数、十六体。高速型と、重装型を含む混成!」

 

「切れ目なし……散文的に酷すぎますッ!」

 

 だが、第三班はもう崩れていなかった。

 リンデンの再配置指示が功を奏し、陣形は整っている。

 

「ダグザさん、交代ポイントは下に一段下げてください。敵の重装型を引きつけて、下段の霊子杭で拘束します」

 

「……いいだろう。全員、指示通りに」

 

 地形の特性と、霊子流の流れを読んだ配置変更。

 霧の中、敵の重装型が轟音とともに突進してくる――が、リンデンがすでにその進路に罠を設置していた。

 

「術式、開放」

 

 かしるが呟き、霊子杭が青白く閃く。

 突進していた敵の脚部が拘束され、前のめりに倒れたその上から、槍術士の男が霊子槍を突き立てる。

 次々と崩れていく敵の隊列。

 砲撃、呪術、霊子刃――連携が回り始めた。

 

「敵、残り五体――!」

 

 最後の高速型が背後から跳びかかる。

 リンデンは振り返らず、右肘で盾を振るい、返す刃で首を切り裂く。

 

 ――第三波、撃破完了。

 

 その場に、ようやく静寂が戻った。

 霧がほんの少しだけ、晴れていた。

 リンデンは呼吸を整え、背後のかしるの無事を確認する。

 彼女は小さく頷き、呟いた。

 

「詩的に……生きてます、ね……」

 

 かしるの言葉が、戦場に溶け込むように消えていく。

 霧がわずかに晴れ、第三班の周囲に束の間の静寂が訪れた。

 敵の気配は遠のき、空気の霊子濃度も安定しつつある。

 この瞬間を逃さず、各員は補給に移った。

 水筒の蓋が開き、乾いた喉を潤す音がそこかしこで響く。

 かしるは詠唱済みの呪符を新しい刻弾に張り替え、隣では女兵士が手際よく弾帯を補充していた。

 そんな中、ダグダヴェアは少し離れた位置で、リンデンに歩み寄る。

 

「……指揮を、お前に任せる。俺は後方支援に徹する」

 

 その一言は、決して軽くない意味を持っていた。

 歴戦の兵士である彼が、まだ若い“後輩”に自らの任を託す――

 それは、先ほどの戦術的判断を評価した結果だった。

 

「……承知しました。状況が許す限り、私が戦術の指揮を引き継ぎます」

 

 リンデンは水を一口だけ含み、静かに答えた。

 目の奥に、燃えるような緑光が差す。

 

 そして再び、戦場が動き始めた。

 霧の向こうから、第四波――いや、それに続く連続的な襲撃が始まった。

 だが、すでに第三班は違っていた。

 リンデンの戦術によって、迎撃配置は地形に沿って緻密に再編されていた。

 斜面の傾斜、霊子の流れ、呪術の射線、誘導の罠――

 全てが噛み合い、敵の動きを封じていく。

 突撃型には狭窄域での斜撃。

 遊撃型には霊子杭の誘導線と予備射線を用いた包囲。

 変則的な動きをする個体には、かしるの即応刻弾を用いた“分断”の一撃。

 

「左、次来る個体は加速型です。弧を描く前に、正面で落とします」

 

「詩的に、対応しますね……!」

 

「右後方、少し膨らませて。罠をわざと踏ませて、足を止めてください」

 

「了解、回す!」

 

 言葉と動きが一致し、敵が一手動くごとに、それを逆手に取った迎撃が展開されていく。

 戦術に対して、戦術で応える――それは、単なる力の衝突ではない。

 知性と判断が勝る者が、戦場を制する。

 そして、刻は流れた。

 どれほどの敵を撃退し、どれほどの陣形を維持したのか。

 やがて、霧が徐々に薄れ始めた頃――

 

「……おかしい。第一班、第二班への応答要請が……返ってこない」

 

 索敵青年の声が、静かに落ちた。

 空気が、わずかに張り詰める。

 彼はもう一度操作端末を見下ろし、冷静に言葉を継いだ。

 

「中継信号は正常。けれど、個別応答がない……それも、両班から」

 

 水を打ったような沈黙が、第三班を包んだ。

 索敵青年の報告に、全員の動きがわずかに鈍る。

 冷たい風が霧を揺らし、どこかから、聞こえないはずの“足音”のような霊圧が混じる。

 

「全班壊滅の可能性……?」

 

 ダグダヴェアが呟いた。

 戦場経験のある彼でさえ、その言葉に含まれた現実を直視しきれないようだった。

 撤退――その言葉が、誰の心にも浮かぶ。

 だが、判断を下す暇も与えられなかった。

 次の瞬間、また新たな敵の群れが小刻みに押し寄せてきた。

 わずか四、五体。

 だが、そのたびに配置を立て直さねばならず、補給も回復も途切れる。

 

「時間をくれない……!」

 

 かしるが悲鳴のように呟きながら、刻弾を打ち込む。

 その霊子が閃き、また一体が砕ける。

 リンデンも、左手に握ったヘイロリウムを振るい、前へ、斜めへ、横へと敵をなぎ払っていく。

 だが――

 戦いの最中、リンデンの中に、ひとつの違和感が芽生えていた。

 

(何かがおかしい。引っかかる……。)

 

 敵の戦術ではない。霊子の流れでも、配置のズレでもない。

 もっと根源的な、何か。

 ――何かが、ずっと“余分”なのだ。

 

「……かしるさん」

 

 気づけば、言葉が口をついていた。

 盾を振るいながら、リンデンは振り返る。

 

「私達は本当に、“七人”なんですか……?」

 

 問いかけに、かしるは驚いた顔をした。

 まるで“なぜそんなことを訊くのか”とでも言いたげな顔だった。

 

「韻文的に七人ですよっ! 索敵さん、女兵士さん、槍術士さん、かしる、ダグザさん、リンデンくん、███さん――!」

 

 その言葉が終わるよりも早く、リンデンの視界が収縮した。

 

 “███”――?

 

 誰だ、それは。

 そんな人物、聞いた覚えがない。

 名簿にも、構成にも、居なかった。

 だが、かしるは何の迷いもなく“七人”を挙げた。

 まるで“そこにいるのが当然”であるかのように。

 

「ッ、罠――!」

 

 言葉に出たその瞬間、背後から風が割れる音が走った。

 音すらなく、ぬるりと血が散った。

 振り返るよりも早く、霧の中で――

 索敵青年の首が、すっと消えた。

 同時に、中年女性の胴が肩口から斜めに裂けた。

 

「――ッ!?」

 

 目を見開くかしるの隣で、リンデンは即座に身を低くする。

 空間が軋む。

 否、“誰か”がそこにいた。

 彼らと共に、最初から“七人目”として在った“何か”が――

 今、その仮面を脱いだ。

 

 斬撃の余波がまだ空気を震わせている。

 索敵青年と中年女性の身体が、音もなく崩れ落ちる。

 生き残った4人――リンデン、かしる、槍術士の男、そしてダグダヴェアは、

 その場でぴたりと動きを止めた。

 誰もが息を呑み、ただ霧の中を見つめる。

 

 そこにいた。

 

 林立する歪な木々の、うねるような根の盛り上がった上――

 足を組むようにして座る、少女の形をした“ドール”。

 赤黒い仮面のようなアイガードが顔を覆い、

 首には、何かの刻印が細かく刻まれたチョーカーが巻かれていた。

 それはGARDENで用いられる文字ではない。

 意味の読み取れない古い意匠で構成された、異質な文様だった。

 返り血を浴びたままの胸当てには、細い体躯に不釣り合いな重厚さが宿っている。

 顔の中央、虚ろに穿たれた楕円形の“スリット”が、まるでこちらを見ているように蠢いていた。

 その“穴”が、真っ直ぐ、四人を見据えた。

 ――静止。緊張。呼吸さえ許されない沈黙。

 

「……天使……!」

 

 ダグザが、喉を震わせながらその名を絞り出した。

 ドールは、何も言わなかった。

 ただすとん、と音もなく木の根から降りた。

 

 その瞬間には、既に踏み込んでいた。

 地を割るような加速。霊子の流れが一気に逆巻く。

 

「――ッ」

 

 リンデンがヘイロリウムを展開しようとした刹那、

 その視界の隅で、別の影が飛び出していた。

 槍術士の男――彼が、剣閃を遮るように飛び込み、

 霊子槍を振りかざしたまま、殺意の籠もった表情でドールに突っ込んでいく。

 

「させるかよ……ッ!!」

 

 空気が裂ける。

 ドールの背から引き抜かれたのは、鈍く赤黒く染まった両手剣。

 刃は重く、長く、無骨でありながら淀みなく振るわれた。

 槍と剣が正面から激突する。

 霊子が火花を散らし、波打つような衝撃が周囲を包み込む。

 打ち合い――一合、二合、三合。

 目で追えぬ速さで、剣が横薙ぎに来る。

 槍がそれを押し上げ、反転し、突き上げを狙う。

 ドールはそれを読んでいたかのように後退し、背中を軸にそのまま半回転して重く剣を振り下ろす。

 ――正真正銘の剣闘技。

 ただの暴力ではない。荒々しく洗練された動き。美しい、死の芸術。

 

「援護に――ッ!」

 

 リンデンが叫びかけたその時、

 木々の間に咲く、歪な形の花々が一斉に“開いた”。

 どくん、と何かが鼓動する音。

 霊子の匂いを孕んだ花弁が裂け、そこから異形の影がぞろりと這い出してくる。

 人型。獣型。半壊した擬態体。

 先ほどまで戦っていた敵とは明らかに違う“制御型”の群れ――

 

「来ますッ! 韻文的に……迎撃入りますっ!」

 

 かしるが即座に呪術弾を展開。

 ダグザも斜めに身を引きながら、支援砲撃用の展開式装備を立ち上げる。

 リンデンは唇を噛み、ヘイロリウムを完全展開。

 ドールとの距離は詰められない――今は、この3人で、ここを防がなければならない。

 

「散開して撃ちます! 近づかせず、ここで止める――!」

 

 怒涛のように敵の群れが押し寄せる中、

 槍術士とドールの死闘はまだ止まらない。

 剣と槍のぶつかる音が、戦場の中央で雷鳴のように響き続けていた。

 

 

 鉄と霊子がぶつかり続ける。

 槍術士の身体は、既に何度も打たれ、裂かれていた。

 だが彼の瞳は、熱を失っていなかった。

 

「……あの時の奴じゃねぇとしても――」

 

 口元から血を垂らしながら、言葉を吐く。

 その言葉は、過去の“何か”を見据えるように震えていた。

 

「テメェだけは、殺す……ッ!」

 

 脚を踏み出す。霊子を巻き上げ、地を砕くほどの踏破。

 剣が振り下ろされる瞬間に、その間合いを制して槍を叩き込む。

 重い金属の音。

 ドールの剣が弾かれ、わずかに軌道が崩れる。

 その隙を、見逃さなかった。

 

「これで――終わりだッ!!」

 

 全力で放たれた霊子槍が、赤黒い空気を裂いて伸びる。

 刹那、槍はドールの胸部を貫いた。

 装甲を砕き、霊子を撒き散らしながら、深々と、確かに突き立った。

 そのまま、槍術士の体勢が止まる。

 彼の呼吸が乱れ、次の一撃を繰り出す余力もない。

 けれど――それで、決まったはずだった。

 

 ドールは、動かない。

 

 その両腕は、だらんと垂れ下がり、

 身体も微動だにせず、ただそこに“人形”のように立ち尽くしている。

 霧が、静かに舞った。

 リンデンたちは敵の波を迎撃しながらも、その中心に目を向ける。

 かしるが、息を飲む音を漏らした。

 

 そして――

 

 ドールが顔を上げた。

 黒い空洞が、まっすぐ、槍術士の瞳を見た。

 次の瞬間、口でもなく、空洞から直に放たれた“声”が戦場に響いた。

 

『オマエ、デハ……役者不足、ダ』

 

 異質な、合成音のような音声。

 人間の声帯を通さない、明らかに“機構”の声。

 槍術士の目が、見開かれた。

 その時、垂れ下がっていたドールの右腕が、力を持ち直した。

 手にしていた大剣が、まるで引力に吸い寄せられるように持ち上がる。

 

 そして――

 横一閃。

 曇天の下、血の軌跡が描かれた。

 霊子が炸裂するような閃光とともに、槍術士の身体が上半身と下半身に、泣き別れた。

 時間が止まったかのように、周囲の空気が凍りついた。

 斜めに落下した槍と、崩れた肉体が、地面に音を立てて転がる。

 その中心に、立っていた。

 血のついた刃を静かに構え直す、赤黒い仮面のドール。

 誰の声も届かない静寂の中、その空洞だけが――生き残った三人を、見据えていた。

 

 槍術士の最後の一撃――それは確かに、ドールの胸を穿っていた。

 霊子槍の刃は、装甲を割り、内部構造へと到達していた。

 だが――それだけでは、足りなかった。

 “天使”が纏う神性。

 この世界の理から逸脱したその加護は、ただ攻撃を受け流すだけでなく、

 あらゆる物理的因果の到達そのものを否定する。

 ――それを突き崩すには、“何か”が足りなかった。

 たとえば、それは因縁。あるいは、信念。

 あるいは、もっと別の何か――

 いずれにせよ、槍術士の想いは届いても、刃そのものは届かなかった。

 そして今。

 赤黒い仮面のドールは、再び顔を上げた。

 その空洞が、残された3人をまっすぐ見据える。

 地を踏みしめる音が、ゆっくりと近づいてくる。

 左右非対称に歪んだ根の上を、まるで軽やかに舞うように、ドールは踏み出した。

 静かに、確実に、命を刈り取るために。

 敵の波は、止まっていた。歪な花々は、もう開かない。

 蠢く影も、もういない。

 残されたのは――この一体。

 理不尽の化身。

 神性という名の“絶対”を纏い、剣を手に立ちはだかる“天使”。

 リンデンは左腕を下ろし、短く息を吐いた。

 左腕の接続ユニットに霊子回路が瞬時に展開され、

 振動する刃を持つヘイロリウムが静かに発光する。

 

「かしるさん、ダグザさん――覚悟をお願いします」

 

 その声は、冷静で、それでいて震えていた。

 ダグザは既に、弾切れとなった重火器を無造作に投げ捨てていた。

 代わりに引き抜いたのは、GARDEN制式の近接対応型短機関銃。

 霊子共鳴の深い部位にのみ微かに届く、対神性仕様の微弱補正弾を搭載した旧式の火器。

 

「使う日が来るとはな……この骨董、噛みつけるか」

 

 無理に笑おうとした口元が、わずかに震えている。

 かしるもまた、霊子散弾銃に最後の弾を込め終え、

 懐から、呪刻された杭をゆっくりと取り出した。

 

「詩的に……絶望的ですけど……」

 

 それでも、彼女の手は震えなかった。

 空虚な穴に見つめられても、なお、詩を詠む者としての矜持を失わずに。

 3人が構える。

 重なるように、陣を組む。

 前へ、そして正面へ――。

 立ちふさがる“神の人形”に、今、抗う。






うちの時空の天使はこの位の強さです。


恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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