みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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詰め込みたいものが多すぎて錯綜してる……!





ガーデナーと非情.4

 ドールが、踏み込んだ。

 赤黒い剣が空気を裂き、真っ直ぐリンデンを斬り裂かんと振り下ろされる。

 だが、その瞬間にはもう、彼の左腕が動いていた。

 

 「……来ます。かしるさん、杭を!」

 

 左腕に接続されたヘイロリウムが、盾のまま正面に展開される。

 厚く重い防御面。その中央部――外周に沿って、リングユニットが常時高速で回転していた。

 金属が唸り、微細な振動が霊子を削る音を立てる。

 次の瞬間、ドールの剣が盾に叩きつけられた。

 激突――

 盾と刃が噛み合う刹那、内蔵された反力場が瞬時に展開される。

 斜めに偏光された霊子膜が衝撃を受け流し、軋むような音とともに剣を逸らす。

 ドールの斬撃は地面を穿ち、亀裂が横に走った。

 

「角度、反転……受け流します!」

 

 二撃目。三撃目。

 斬撃が連なるたびに、リンデンは盾の傾きを変え、反力の方向を切り替える。

 攻撃を正面で受けることなく、力の軌道を制御して“殺す”。

 盾のリングがわずかに跳ね、回転速度が一段階上がる。

 ドールの剣と再び噛み合った瞬間――回転刃がその間隙を抉った。

 甲高い裂断音。

 ドールの左肩の装甲が浅く裂け、霊子の火花を散らす。

 

「今……通りました!」

 

「詩的に、確かな一撃ですっ!」

 

 かしるが杭の呪文を完了し、弧を描いて投げ放つ。

 霊子杭が地面に突き立ち、起爆と同時に霊子逆流の重力場が生まれる。

 その渦に、ドールの動きが一瞬だけ鈍った。

 

「ダグザさん、右脚を!」

 

「了解ッ!」

 

 ダグザの短機関銃が火を吹く。

 古式ながらも霊子強化された弾が、集中してドールの右脚に着弾。

 神性の加護をかすめるわずかな隙間に届き、機構の動きに歪みが生じる。

 リンデンはさらに前へ出た。

 ヘイロリウムを振り上げるのではなく、盾ごと前に突き出し――

 

 「回転、最大出力……!」

 

 盾から突き出たリングが爆発的に加速し、

 次に訪れる斬撃との衝突に合わせて、振動刃が刃を喰らうように噛み込む。

 斬撃が止まる。

 リングの回転がドールの剣を削り取り、軋む火花が迸った。

 リンデンは足を踏み締め、盾を押し返す。

 反力場が制御された衝撃波となって、ドールの身体を弾く。

 刃と盾、神性と抵抗のせめぎ合いが、霧の中で火を吹いた。

 

 

 

 

 剣と盾が激しくぶつかり合う音が、戦場の中心を支配していた。

 霊子杭の光はすでに尽き、ダグザの弾も切れていた。

 援護に回っていたかしるも、刻弾の供給に追われ、射線を作る余裕がない。

 リンデン――今この瞬間、天使と対峙しているのは、彼ひとりだった。

 ヘイロリウムを腕に一歩踏み出す。

 先端に設けられた振動回転リングが高音を撒き散らし、

 斬撃を逸らし、弾き、削りながら、絶えず押し返し続ける。

 だが、ドールの剣撃はさらに熾烈を増していた。

 一撃ごとに重さが乗り、剣閃はより速く、軌道はより鋭く。

 神性の加護が纏う剣は、見る者の理性を削るほどに美しかった。

 それでも、リンデンは食らいついた。

 その剣がどれほど洗練されていようと――彼には、それ以上の“原体験”があった。

 

(……違う)

 

 受けた衝撃の余波を、反力場で逸らす。

 振動リングを一瞬だけ逆回転させて刃を引き剥がす。

 間合いを保ち、次の攻撃に備えながら、リンデンは確信していた。

 

(この剣、確かに美しい。鋭く、速く、完璧に近い)

(でも――)

 

 一撃の重さなら、カノン姉さんのほうが遥かに重い。

 剣速は、風雅姉さんには遠く及ばない。

 剣閃の鋭さも、斬兄さんの一振りには勝てない。

 

(この天使よりも、私がずっと見てきた“家族たち”の方が、強かった)

 

 それは、誰にも届かない信仰だった。

 だが、リンデンにとっては確かな“剣の記憶”だった。

 

 「――ッ!」

 

 ドールの剣が縦に振り下ろされる。

 リンデンは膝を折り、盾を深く構える。

 衝突。

 刃が盾を叩き、反力場が軋み、霊子が火花を吹き上げる。

 リンデンは下から支えるように盾を突き上げる。

 振動回転するリングユニットが唸りを上げ、ドールの剣を喰らうように叩き返す。

 

 「……ッらぁッ!!」

 

 身体ごと踏み込み、反力場を“前”に押し出す。

 盾の重みが、リングの回転が、ドールの剣を押し返す――

 そして。

 剣と盾の力が均衡を失い、

 ドールの身体が、わずかに仰け反った。

 不動だったはずの“天使”が――明確に、“押された”。

 仰け反ったドールの動きが、一瞬だけ鈍った。リンデンはその機を逃さず、さらに踏み込んだ。

 盾の重量が全身に乗り、リングの唸りが甲高く上がる。ドールの剣が咄嗟に振るわれるが、すでに遅い。

 リンデンの中で、何かが確かに変わっていた。

 自覚はなかった。だが、彼の存在から発せられる霊子の波が、確かに――ドールを包んでいた“神性”を、じわじわと“中和”し始めていた。

 ドールが後退する。

 機械的な精度で一歩、また一歩と距離を取ろうとする――そのとき。

 片脚が、引っかかった。

 見ると、地面に転がる血だまりの中、下半身だけを残したままの槍術士が、微かに動く腕を伸ばし、ドールの足首を掴んでいた。

 その手は力強くはなかった。

 だが、その“意志”は確かにそこにあった。

 

 「……!」

 

 リンデンはそのまま一気に突き進み、盾を構えたままドールを押し倒す。

 地面に背を打ちつけたドールの胸元へ、リングを振動させた盾の先端がぐいと押し付けられた。

 ドールは剣を盾に差し込むようにして押し返す。

 刃とリングが噛み合い、火花を巻き上げる。

 

 しかし――

 もう、剣は耐えられなかった。

 神性を中和されたドールの武装は、ただの金属でしかない。

 リングの超振動に曝された剣は、少しずつ、だが確実に削られていく。

 ギリギリ、と金属が裂ける音。

 削り取られた破片が舞い、赤黒い霊子がちらつく。

 その時、ドールが――小さく言葉を発した。

 

『ナル、ホド……』

 

 掠れたような、途切れた音。

 だがそこには、わずかに“感情”のようなものが宿っていた。

 リングは止まらない。剣がさらに短くなる。

 剣身の半ばが砕かれ、鉄塊のように地面へと弾け飛んだ。

 

『オマエ、モ……』

 

 最後の言葉を紡ごうとした瞬間。

 ――リングが剣を、完全に砕いた。

 振動はそのまま、ドールの胸元を切り裂く。装甲が剥がれ、内部の霊子中枢に亀裂が走った。

 その瞬間、ドールの全身が一気に崩れ始めた。

 言葉の続きを紡ぐこともなく。

 その“感情”が何だったのかを伝えることもなく。

 “神の人形”は、音もなく――リングの餌食となった。

 

 

 

 

 

 盾を押し込んでいたリンデンの腕が、ようやく力を抜いた。

 リングの回転が静かに収束していく。

 高周波が霊子の層に擦れていく音が、すうっと風の中へ消えていった。

 気がつけば、音がなかった。

 霧も、風も、歪な花も、ただ“止まっていた”。

 残されたのは、血と土と、金属の匂い――そして、命を削り合った痕跡。

 リンデンはゆっくりと膝をついた。

 肩で息をするたびに、制服の隙間から熱が漏れるように感じる。

 正面には、もうドールはいなかった。

 血も、破片も、何も残っていない。

 ただ、盾に焼き付いた“削り跡”だけが、確かにそこに在った。

 

「……かしるさん、ダグザさん……」

 

 静かな声が漏れる。

 返事は、すぐには返ってこなかった。

 だが、数秒後。

 

「……韻文的に、ギリ……生きてます……」

 

 かしるの声は震えていたが、確かに生きていた。

 膝をつき、杖のように散弾銃を支えながら、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

 ダグザは背中を壁に預けたまま、短くうなずいた。

 左腕からは血が滴っていたが、表情にはいつものような渋い諦観があった。

 

「……やったな」

 

 たった一言。

 それだけで、すべてが伝わった。

 リンデンは小さく頷き、目を伏せる。

 そして、静かに目を開いたとき――

 そこには、先ほどまでの戦場とは違う、ほんのわずかな“空白”が広がっていた。

 風が、戻ってきた。

 歪な木々がかすかに揺れ、霧が地を這うように流れていく。

 戦いの残響は、土に沈み、誰にも語られることはない。

 ただ、この地に刻まれた“在った証”だけが、静かに残っていた。

 

 ――そのときだった。

 淡い霧の切れ間を縫って、わずかに陽が射した瞬間。

 3人の頭上を、何かが過ぎった。

 風を裂くような、しかし音すら感じさせない“影”。

 それは一瞬で空を横切り、再び霧の向こうへ消えていった。

 誰も、声を出せなかった。

 その影が何だったのか、確信など持てるはずもない。

 けれど、全員が直感していた。

 ――戦いは、まだ終わっていない。

 

 霧の向こう、影が消えていった方向から――鈍く、地面を抉る音が響いた。

 

 「……ッ!?」

 

 3人が反応するより早く、“何か”が音を立てて、大地に突き刺さっていた。

 数秒の間をおいて――また、ひとつ。

 さらにもう一つ。

 立て続けに、重く鋭い“着弾音”が地面に打ち込まれてくる。

 霧が、震えた。

 空気を切る音と共に、何かが周囲の木々を貫いて落下してくる。

 

 そして――風が変わる。

 

 霧が完全に晴れた。

 視界の先、破壊された木々の裂け目。

 そこに“それ”はあった。

 ビキビキ、と音を立てながら地面が裂け、

 その中心から、淡く輝く巨大な鉱石が隆起するように生まれた。

 霊子を孕み、光を反射しながら、まるで脈動するかのように地鳴りを起こす。

 

 「……っ……あれ、は……」

 

 かしるの顔が引き攣る。

 ダグザの表情からも、血の気が引いていく。

 リンデンは、言葉を失っていた。

 彼らは、それを知っていた。

 それは、今いちばん来てほしくなかった存在。

 先ほど倒した強襲剣闘型ドール――あれはただの処刑者ではなかった。

 命を刈り取るための“狩人”であると同時に――場所を知らせる“呼び水”だったのだ。

 それを告げるように、鉱石の内部から何かが音を立てる。

 

 ――魔剣種子体。

 魔剣の“苗”となる存在。

 それは神域を苗床にして霊子を取り込み成長する、破滅の扉を開く“鍵”そのもの。

 種子体の周囲の空間が、歪み始める。

 視界がにじみ、重力がずれるような錯覚。

 霊子濃度が急激に跳ね上がり、黒い靄のような粒子が空間を満たしていく。

 

 次の瞬間――“召喚”が始まった。

 

 黒霊子を撒き散らしながら、裂けた空間から這い出すように姿を現す影たち。

 

 ――汎用型ドール。

 ぼろ切れを纏った、小柄な球体関節の身体。

 顔の中央にぽっかりと空いた、真円の“穴”。

 機械とも人形ともつかない、その異質な存在。

 首には刻印の入ったチョーカーが巻かれ、

 空洞の奥からは、かすかなノイズのような呼吸音が漏れていた。

 天使たちが、次々と出現していく。

 数ではない。

 “際限がない”。

 魔剣種子体が霊子を飲み込み、世界を侵食しながら。

 この地に、確かに根付こうとしていた。

 

 ――戦端が、開かれた。

 空間の裂け目から、次々と現れる汎用型ドール。

 その姿はみな、ぼろ切れのような布を纏い、球体関節の四肢を引きずるように歩く。

 顔の中央には、何もない――黒い空洞だけがぽっかりと開いていた。

 それでも、彼らは間違いなく“天使”だった。

 神性は薄く、弾丸や呪術が届く。

 だが――

 

「散文的に、量がっ……多すぎますっ!」

 

 かしるが息を吐きながら、霊子杭を再装填する。

 その周囲を守るように、ダグザが短機関銃を振るう。

 霊子強化弾が汎用型の胸や脚を吹き飛ばすが、群れは止まらない。

 

 「右、崩れる! 押し返せ、前に出ろ!」

 

 その言葉を聞いて、リンデンが盾を振るう。

 ヘイロリウムは盾形態のまま、振動リングが軋みを上げて高速回転する。

 ドールの腕を受け止め、反力場で逸らす。

 防御と反撃を繰り返しながら、なんとか前線を保つ。

 だが、数は容赦なく増えていった。

 ドールは人並みの速度でしか動けない。

 だが一体一体の力は圧倒的だった。

 腕を掴まれた者は、ねじ切られる。

 身体を抱き締められた者は、骨ごと潰される。

 その暴力を、リンデンたちは霊子と戦術で、ただ必死に打ち返し続けていた。

 だが、じわじわと後退は始まっていた。

 杭が追いつかない。

 弾が尽きかけている。

 防御の間隙を突かれ、霊子の遮蔽が一枚一枚削れていく。

 

「――後退限界です!」

 

 かしるの声が上がる。

 その直後、地面を砕いて飛び込んできたドールがダグザの脇をすり抜けた。

 リンデンが咄嗟に盾を叩きつけて排除したが、限界は近い。

 そして、ついに。

 最終防衛ライン近くまで、押し込まれた。

 リンデンたちの背後に広がるのは、輸送班の補給機材、採取班の作業設備、そして積み上げられた、ここ数十年分の魔界資源。

 それはGARDENにとって、自分達では再現不可能な貴重な霊子資源であり、これが破壊されれば、支援計画は数十年単位で破綻する。

 背負うものは――重い。

 

「……これ以上、下がれません……!」

 

 リンデンの声に、かしるが頷く。

 ダグザも弾倉を交換しながら、短く言った。

 

「そうだな。ここで食い止めなきゃ、全滅だ」

 

 それは、兵士としての“確認”だった。

 そして、誰も口にしないが――この状況は、持ちこたえるには厳しすぎることも、全員が理解していた。

 汎用型ドールたちが、じりじりと迫る。

 無数の黒い空洞が、3人を見据えていた。

 ダグザが腰のホルダーから、金属製の球体を取り出す。

 

「全員、目ぇ閉じろ!」

 

 叫んだ瞬間、彼はそれを投擲した。

 霊子錯乱用――ショックグレネード。

 数秒後、低い重音と共に空間がぐにゃりと歪んだ。

 霊子の流れが強制的に崩され、空間に浮かんでいた汎用型ドールたちの動きが一斉に止まる。

 重たい静寂が戦場を包み込む。

 

「持って十数秒だ。……リンデン、何かあるか?」

 

 ダグザが低く問うた。

 かしるも、荒い息を吐きながら振り向く。

 

「……散文的に、詩的な突破案……期待しても、いいですか?」

 

 その言葉に、リンデンは……応えなかった。

 盾を構えた姿勢のまま、ただじっと沈黙していた。

 振動するヘイロリウムのリングが、わずかに音を立てる。

 その音が、この場にいる3人の鼓膜を刺激する唯一の“答え”だった。

 ――考えていなかったわけではない。

 ずっと、ずっと、戦いながら思考を巡らせていた。

 どうすれば、この地獄のような状況を突破できるのか。

 どうすれば、最終防衛ラインの先にある資源を守り抜けるのか。

 そして、たった一つだけ。

 現実的で、戦術的で、確実な“打開案”があった。

 ……だが。

 それはあまりにも、あまりにも“犠牲の上に成り立つ”選択だった。

 だから、除外した。

 真っ先に、頭の中から追い出したはずだった。

 

 なのに――

 

「……ひとつだけ、あります」

 

 その声は、喉の奥で引っかかったような声だった。

 盾の影に隠れるようにして俯くリンデンの顔は、2人からは見えない。

 だが、彼の声の中にある“重さ”だけは、痛いほど伝わった。

 

 「……ただ、それは……」

 

 言葉が続かない。

 ダグザが目を細めた。

 かしるも、そっと息を呑む。

 この子は――嘘がつけないのだ。

 だからこそ、言わないという選択もまた、痛みの証拠だった。

 時間が刻一刻と過ぎていく。

 ドールたちの霊子波が再構築される気配が、空気の震えから伝わる。

 

「……時間がねえ、リンデン」

 

 ダグザの声は、穏やかで、けれど急かすような響きだった。

 

「言え。判断は俺たちがする」

 

 リンデンは――言えなかった。

 その代わり、ぎゅっと歯を食いしばる音が、盾の内側から響いた。

 ──霊子錯乱の余波が、音もなく消えた。

 空間に再び“軸”が戻る。歪んでいた霊子が整い始め、静止していた汎用型ドールたちの身体が一斉に再起動した。

 首を傾け、無音のままこちらを向く無数の顔の空洞。

 その奥で、光るものはなにもない。殺すためだけに作られた器が、静かに殺意を満たしていく。

 

 ──来る。

 

 誰かが息を呑んだ、その瞬間だった。

 

「……させません」

 

 ぽつりと呟いた声があった。

 盾を構えたリンデンが、ふたりに背を向けて、踏み出した。

 

「させません、それだけは……」

 

 次の瞬間、リンデンの足元が、音を断ち切って跳ね上がる。

 霧と木々の影を裂きながら、彼はただひとり、突っ込んだ。

 

「リンデンくんっ!?」

「おい、待て!」

 

 叫びも届かない。

 ヘイロリウムが正面のドールを殴り飛ばす。

 リングが唸りを上げて唸動し、刃のように切り裂いていく。

 突撃するたび、盾の振動波が天使の仮面を砕き、関節を粉々にした。

 一体、二体、三体──まるで無双のようだった。

 だが。

 敵は、数を以て迫ってくる。

 ひとつ倒せば、すぐにまた、ふたつ生まれる。

 切り裂いた向こうに、すでに次のドールが武器を構えていた。

 リンデンの動きが、わずかに鈍る。

 すぐさま四方から迫る、無数の手、足、刃。

 包囲網が完成する。逃げ場は、ない。

 

「――させないですっ!」

 

 かしるが叫んだ。

 彼女の懐から、金属杭が次々と飛び出す。

 《霊子杭》──

 地面に突き刺さった瞬間に呪術的陣が広がり、空間を束縛する杭。

 すべてを使い切るようにして、彼女はありったけを前方に投げつけた。

 

 爆ぜる光。凍る空間。鈍る天使の動き。

 

「今っ……ダグザさんっ!!」

 

 叫びと同時に、ダグザが走った。

 腰から下げていた予備の斧銃をぶん投げ、ドールの頭部を砕きながら、

 迷わずリンデンの身体を後ろから引きずり戻した。

 

「――ふざけんな、全部背負うなっ!」

 

 耳元で叫んだ声が、リンデンの脳に焼きつく。

 盾のリングが天使の腕を断ち切る。その代償に、リンデンの肩を刃がかすめていく。

 それでも、彼はまだ振り返らなかった。

 ダグザの腕の中で、リンデンはかすれた声で呟いた。

 

「……駄目です、これ以上……誰も、巻き込めない……」

 

「巻き込んでんのは今この瞬間もだろ、馬鹿野郎が……!」

 

 足止めされている天使たちの動きが、僅かに速まった気がした。

 杭の呪力が、もう持たないのだ。

 この猶予は、たった今しかない。

 

「……なあ、リンデン。時間ねぇぞ」

 

 ダグザが短く促す。声は低く、だが静かに切羽詰まっていた。

 

「どんな案でもいい。言え。今、ここでだ」

 

「詩的でもいいんですよ」

 

 かしるの声が優しく響く。

 霧の向こうで足音が揃い始めているのに、彼女は微笑みすら浮かべていた。

 

「たとえ散文的でも……抒情詩的でも、壊滅的でも……」

「でも、それが“リンデンくんが考えてくれた答え”なら……それで、いいんです」

 

 リンデンは、喉を詰まらせたように息を呑んだ。

 唇が、噛み合わさる。

 ──ぷつ。

 柔らかく、皮膚が裂けた。

 口の端から血が滲み、顎を伝って、滴った。

 そして。

 

「……ヘイロリウムの中にある廻転機関、二機を臨界稼働させて直列仕様にします」

 

 ひとつめの言葉が落ちる。

 それは、あまりにも冷静で、明晰で、絶望的な言葉だった。

 

「振動域を、過拡大させる。盾の展開機構……あれを使います。

 まだ試しきってない。でも、やるしかありません」

 

 彼の手は震えていた。

 そして、その震えを押し殺すように続けた。

 

「内部コードをここで書き換えます。臨界点が来るまで待って……それを、実行します」

 

 ──ここで、一拍。

 唇が、また噛みしめられる。

 声が、出ない。

 喉が、焼けるほどに乾く。

 昔、誰かに語った言葉が脳裏を過ぎる。

 

『――戦略的非情(この手)の話はどうしても、喉が乾いてしまう』

 

 ──ああ。

 まさに、いまがそれだ。

 

「……犠牲に、なってください」

 

 言葉が、落ちた。

 

「……天使を、死ぬまで引きつけて。殺されてください」

「二人で引きつけられるのは、せいぜい一分……。

 なぶり殺しにされている時間も合わせて、一分二十秒──」

「……その間に、私がソレを、終わらせます」

 

 沈黙が、支配した。

 霧の奥で、またひとつ、足音が近づいてくる。

 かしるは、最初こそ目を見開いた。

 その言葉が意味するところを、理解するのに、ほんの一瞬の間だけ必要だった。

 だがその後、彼女はそっと目を細めて、微笑んだ。

 まるで、夕方に咲く小さな花のように、儚く、優しい笑顔だった。

 

「……それが、リンデンくんの……唯一の打開策なんですね」

 

 彼女の声が、静かに霧の中に溶けていく。

 けれど、表情は崩れない。崩させない。

 自分の役割を、誰よりも早く飲み込んで、こう言った。

 

「なら、任せてくださいっ!」

「こう見えても――聖典学園のガーデナーコースでは、詩的に首席だったので!」

「……生き汚くなるのは、抒情詩的に得意です!」

 

 胸を、ぽんと叩いた。

 力強く。けれどその声は、ほんの僅かに、震えていた。

 それでも、彼女は笑っていた。

 

「……なんだよ、そんな話」

 

 続いたのは、ダグザの吐息混じりの、どこか呆れたような声だった。

 ため息をついて、肩をすくめるようにして言う。

 

「さっさとそう言えってんだよ、ったく……」

「ガーデナーってのはな、GARDENのために死ぬ職業だろうが。

  その順番が、今回は俺たちだったってだけの話だ」

 

 そう言って、口の端を吊り上げる。

 にっと、笑った。

 その笑みは、まるで戦友に最後の冗談を飛ばすような、吹っ切れた強さがあった。

 そんな二人を見ていたリンデンは、何も言えなかった。

 そして、俯いたまま、小さく、小さく――

 

「……ごめんなさい」

 

 それだけを呟いた。

 霧が揺れ、足音が、もうそこまで来ていた。

 かしるとダグザは、ためらいも見せずに前へ出た。

 その背を見送って、リンデンは無言のまま、最終防衛ライン――守るべき命と希望の境界へと、ゆっくりと後退する。

 冷たい霧が彼らの背をなぞる。

 空気は湿り、遠くで金属が軋むような音がしていた。

 その時だった。

 ダグザが胸元のドッグタグを手で握り、無造作に引きちぎると――くしゃりと丸めて、リンデンに放った。

 

「リンデン。責任とか、そういうのは……もう考えなくていい」

 

 乾いた声。けれど、芯のある言葉だった。

 

「今から言うことも、あんまり重く受け止めすぎんなよ?」

 

 濁りのない眼差しのまま、ダグザは静かに告げた。

 

「――どうか、リーインシア(俺の娘)を、頼む」

 

 金属の冷たさが指に伝わる。

 リンデンは、そのドッグタグを両手で大事そうに受け取った。

 そして、小さく、しかし確かに――首を縦に振った。

 

「軍の醍醐味ってやつですよねっ、かしるもやっておきますね!」

 

 軽やかな声が場の緊張をふっと和らげた。

 かしるも同じように、胸元のチェーンに手をかけて引っ張る……が、外れない。

 

「んんーっ、硬いですね……!」

 

 苦戦するように唸り、それを手伝おうとリンデンが手を伸ばす。

 それに気づいた瞬間――

 かしるは、ぐっと彼に顔を寄せて、ためらいもなく唇を重ねた。

 

 ……プチン。

 あっけなく外れるチェーン。

 最初から、外れなかったのは――きっと嘘だった。

 

「……自由詩的に、死ぬ前なのでっ! せっかくだから、リンデンくんに――あげておきますね!」

 

 恥じらいを笑顔に変えて。

 イタズラが成功した少女のように、かしるは楽しげに微笑んだ。

 

 そしてリンデンは、背を向けて走り出す。

 濡れた地面を蹴って、全身で風を裂いていく。

 十数メートル。

 ――されど、その距離が、未来を分ける。

 残されたふたりは、互いに目を合わせることなく、量子展開と霊子換装を始めた。

 薄く立ちのぼる蒸気と、武装の展開音が、まるで出撃の合図のように鳴る。

 

「ダグザさん、聞いてください」

 

「ん? なんだよ」

 

「最初に会ったとき……詩的なナンパの話、したじゃないですか」

 

「……ああ、あったな」

 

「――あれ、嘘つきました」

 

 霧の中で、かしるは小さく笑った。けれどその笑みは、どこか強がりで、やさしかった。

 

「本当は……リンデンくんに声を掛けたくて。話しかけたんです」

「だから、かしるの方のナンパですね!」

 

 不意に照れたように笑いながら、視線を逸らす。

 その声に、ダグザがくつりと笑った。

 

「死に間際に恋バナかよ。……でも、いいぜ。続けろ」

 

 グレネードのピンを引き抜く。

 白熱する霊子閃光が放たれ、天使たちの群れが再び足を止める。

 

「実は……かしる、学園で一度だけリンデンくんを見かけたことがありまして」

 

 それは、リンデンが十五歳だったあの日のこと。

 制服姿で兄姉たちに囲まれていた彼の姿を、かしるは廊下の窓越しに――たった数秒だけ見た。

 

「とっても詩的で、素敵で……韻文的に言うと、一目惚れでした!」

「だから、この任務が終わったら、絶対にアプローチかけようって……」

 

 ふふっ、と笑ったかしるが、ぽつりと呟く。

 

「……自分で死亡フラグ、立ててましたね。詩的に!」

 

 その言葉に、ダグザも声を上げて笑った。

 

「なんだよ、あいつ――やっぱ女引っ掛けてるじゃねえか」

「……まあ、うちの娘もお熱上げてるしな。見る目はあるぜ」

「なんせ、あいつの姉曰く――」

 

 『リンデンちゃんは顔も性格もいいからねー』

 

 霊子グレネードの効果が、じわじわと切れはじめていた。

 迫りくる、白い人形たちの群れ。

 天使。殺戮者。否応なく、すべてを壊す神の遣い。

 その瞬間――

 ふたりは目を合わせて、何も言わずに頷いた。

 そして、最後の足を踏み出す。

 無数の敵を前にして、なおも笑みを崩さぬまま。

 

 「それじゃあ、行くか」

 

 「ええ、詩的にいきましょう!」

 

 まるで、これが舞台のクライマックスであるかのように。

 

 ――叫ぶ。

 

 「「GARDEN《ランヴィリズマ》に、栄光をっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 






水着イベのカウントダウンで水着トロイさんが出てきて心が荒れてる。
実装キャラならセリフと新しい設定にぶん殴られて死ぬし、未実装ならそれはそれでとてつもなくしんどい。
なんだこれ、どっちも地獄じゃねえか……!!

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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