みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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最後アンケートちょっと入れました。





ガーデナーと非情.5

 

 最終防衛ラインの、限界点。

 後方では爆音が重なり、焼けるような霊子の匂いが鼻を刺す。

 その最中、リンデンは左腕の接続部に手をかけた。

 装着されていた《ヘイロリウム》のジョイントを外すと、重厚な盾が軋んで解放され、地面に沈むような重量を示した。

 間髪入れず、量子展開機構が起動する。

 空間に光のラインが走り、数基のコントロールユニットがリンデンの手元に出現。

 それは《廻転機関》を臨界出力に書き換えるための緊急用端末――手動式の中でも最も原始的な“自動制御のない”タイプだった。

 リンデンの指が、その端末に舞い落ちる。

 電撃のような入力速度。構文も計算式も、迷いなく書き換えられていく。

 数十メートル先――ダグザとかしるが囮として応戦している音が届く。

 銃声。霊子杭の破砕音。血の匂い。足音。そして、爆風。

 命が削れていく音だと、わかっていた。

 だからこそ、リンデンの手は一秒たりとも止まらない。

 ――プログラム完了。

 認証サインが青く点滅し、書き換えは成功した。

 リンデンはヘイロリウムを再装着し、重く構え直す。

 そして、動作を開始する。

 内部構造が反応し、ガシャリと内部でロックが外れる音がした。

 盾形態の中央下部――接合ジョイントを軸に、下部フレームが“横回転”を始める。

 

 内部に収納されていた柄部が左右にせり出し、両側から展開・ロック。

 可動するアームがカチリ、カチリと順に噛み合っていく。

 

 盾の裏面にあった補助ユニットも露出し、反力場発生装置が稼働モードに切り替わる。

 最後に、上部に取り付けられていたリングユニットが、緩やかに回転を始めた。

 

 ――展開、完了。

 全長170センチを超える、戦場用重斧。

 斬撃と衝撃の両面を兼ね備えた、リンデンの主力《ヘイロリウム》がその姿を変えた。

 展開された事により大部分を露出したリングからは、淡い振動が空気を揺らしていた。

 それはまだ始まりに過ぎない。

 これから《廻転機関》は臨界へと達し、機構は制御限界に向かって回転数を高めていく。

 霊子のざわめきが、肌を穿つように刺してくる。

 あとはただ、あの2人が“最期まで”時間を稼いでくれることを祈りながら――この虚輪を、臨界の果てへ導くのみだった。

 

 

 ヘイロリウムの廻転機関が、普段は聞かせない音を上げた。

 金属が軋むような振動が芯から伝わり、リングユニットが熱に膨張しながら加速を続ける。

 もうすぐ、通常稼働域の限界点を突破する。

 十数メートル先では、地獄が現実になっていた。

 

 かしるの散弾銃が、最後の一発を火を噴いた。

 目の前のドールの頭部が粉砕され、砕けた破片が周囲のドールに呪詛の靄を撒き散らす。

 

「詩的に――散りなさいっ!」

 

 だがその詩は、まだ終わらなかった。

 別のドールが横から割り込むように現れ、鈍重な腕を振るう。

 骨ごと握りつぶすような一撃が、かしるの肩を抉った。

 鈍い音と同時に、かしるの身体が仰け反り、くぐもった悲鳴が漏れる。

 

 「ぐぅ……韻文的に……まだ……!」

 

 倒れかけながらも、もう片方の手で懐から取り出した呪具を投げつける。

 霊子が暴れ、ドールの視界を遮るように濁流が走る。

 

 その隣――

 ダグザの小銃が短いバーストを放ち、次々と迫るドールに風穴を開けていく。

 手元の弾が尽きた瞬間、腰の手斧を抜いて逆手に構え、前方の敵に向かって勢いよく投げつけた。

 

「らぁああっ!!」

 

 飛翔した斧はドールの頭蓋に突き刺さり、破壊音と血しぶきが重なる。

 が、その瞬間だった。

 

「――っ!」

 

 背後から迫っていた別の天使が、跳躍と同時にダグザの右足を蹴り砕いた。

 嫌な音が、骨と靭帯を断ち切る。

 ダグザはよろめきながらも倒れない。

 砕けた足を庇いながら、短剣を引き抜くと、なおも天使に向かって咆哮を上げた。

 

「おいおい……これでもまだ足りねえのかよ……」

 

 

 その叫びに応じるように、ヘイロリウムが赤く灼けた音を立てる。

 リングユニットが、通常の限界点へ突入した。

 回転速度が一段と上昇し、外周部は赤熱に染まる。

 回転する刃の外周には、淡く発光するような“輪光”が重なるように出現し始める。

 それはまるで、臨界の夜明け。

 次の段階が、迫っている。

 彼らの“命の価値”を、無駄にしないためにも――。

 

 

 手元の銃が、沈黙した。

 弾はもう残っていなかった。

 散弾も、地雷も、呪具も――

 かしるはよろめく足取りのまま、迫る天使の群れを転がるようにかわした。

 地面に手を突き、這うようにして立ち上がる。

 右肩は既に砕かれ、まともに上がらない。左手は血で濡れ、震えていた。

 それでも、まだ一つ。

 たった一つだけ――残っていた。

 胸ポケットから、小さく折り畳まれた紙片を取り出す。

 防水のフィルムに包まれ、何度も折り重ねられたその呪符は、かつて自分が初めて手にした“詩”だった。

 呪術式の武器を使おうと決めた、すべての始まり。

 かしるはその紙片を握り締めるように見つめ、静かに名を呼んだ。

 

 「――紫亜ちゃん……」

 

 記憶の中の笑顔が、ふと過った。

 その一瞬に、祈るように呪符を振りかざす。

 呪符が青紫に発光し、音もなく紫炎を生み出す。

 業火が旋回しながらドール2体を巻き込み、悲鳴の代わりに金属を焼き裂く音が響いた。

 しかし――そこまでだった。

 焼かれたドールの後ろから、新たな影が殺到する。

 

 「……っ」

 

 かしるの腹部に、冷たい腕が巻きついた。

 抱きしめるようにして締め上げ、肋骨を軋ませ、内臓を押し潰す。

 

 「が、はっ……ぅ……っ!」

 

 左右の腕を別々のドールが掴む。

 引きちぎるようにして綱引きされる腕――

 

 「いやっ、やだ、離して――っ」

 

 嫌だ、と叫んだのは、人生で最初で最後だったかもしれない。

 

 「り、ん……で……ぅ――」

 

 肉が裂ける音。骨が外れる音。関節が壊れる音。

 ブチブチと粘着質な音を伴って、両腕が肩から外された。

 意識が飛びかけた瞬間、正面のドールが拳を振り上げた。

 

 ――一撃目。

 胸元に振り下ろされた拳が、粉砕音と共に胸骨を叩き割る。肺からくぐもった声が漏れる。

 

 ――二撃目。

 呻きの代わりに、鮮血が口元から噴き上がる。

 

 ――三撃目。

 頬骨が砕ける音。歯が砕け、白と赤が飛び散る。視界が割れた。

 

 それが、最後だった。

 かしるは倒れなかった。

 引きちぎられた腕と、潰れた胸と、砕けた顔で、ただ、静かにその場で崩れ落ちた。

 詩は、もう終わっていた。

 それでも――彼女の呪符は、まだかすかに、紫の残光を残して燃えていた。

 

 

 「かしる……!」

 

 咄嗟に振り返った瞬間、あまりに鮮やかな死が目に焼き付いた。

 崩れ落ちる華奢な身体。引きちぎられた両腕。砕けた胸と、血に染まった顔。

 だが、叫びは次の瞬間に飲み込まれる。

 ――時間がない。

 

 「くそがァ……!」

 

 怒鳴るように吐き捨てて、ダグザは右手に残っていたナイフを投げる。

 回転しながら飛んだ刃が、ドールの胸に突き刺さり、空間に火花を撒いた。

 しかし殺しきれない。数が多すぎる。

 右足は既に砕かれていた。動けるのは左足一本。

 それでも、彼は前へ進んだ。

 

「おい、かかってこいよ……っ! オレを見ろ、こっちだ!!」

 

 怒声と共に、腰から引き抜いたハンドガンが火を吹く。

 残弾4。4体倒せるか――否、構わない。時間を稼げればいい。

 

「オレはここだ……! ガーデナーだぞ、舐めんなよッ!!」

 

 一発、二発と撃ち抜きながら、ドールの胸元へ飛び込むように突っ込む。

 返り血を浴び、息が荒れる。

 

「はあ……っ、はあ……っ」

 

 それでも止まらない。

 肩で息をしながら、無理矢理身体を支え、最後の手榴弾のピンを歯で引き抜いた。

 

「――リーインシア。……すまん、オレはここまでだ」

 

 それでもいいか?と、心の中で問いかける。

 

「だがな……あいつは生かす。オレが生かすんだよ」

 

 崩れた体勢のまま、最後の手榴弾を背後のドールに向けて放る。

 爆発と共に後方が吹き飛ぶが、もう次の天使が目前に迫っていた。

 振りかぶられた腕が、彼の胴を砕こうと襲いかかる――

 ダグザは笑っていた。

 

「……へっ、悪くない、最期だ」

 

 ドォン、と世界が揺れた。

 光と血飛沫が交錯する中、彼の身体が吹き飛ばされ、何もかもが霧散する。

 最後まで――背中を、未来に向けていた。

 

 

 ――臨界。

 振動機関が、悲鳴のような音を上げていた。

 回転するリングは既に赤熱を超え、眩く白光を放ち、異常な振動周波を空間に叩きつけていた。

 周囲の空気が揺れ、熱がねじれ、何も触れていない地表の岩片すら粉々に霧散していく。

 ――それは、存在という存在を否定する波長。

 それでも、彼は斧を握る。

 震える手で、歯を食いしばって。

 前方には、倒れた仲間の姿があった。

 小さく折り畳まれたように崩れた少女――かしる。

 原型をとどめぬほどに焼き潰された男――ダグザ。

 リンデンは、唇を噛んだ。

 皮膚が裂け、血が溢れる。その痛みの先に、彼は声を届ける。

 

「……ありがとう、ございました」

 

 かすかに震えたその声は、誰に届くこともない。

 だが確かに、感謝の言葉は宙に溶けた。

 斧の柄と取っ手を握る両手に力を込める。

 機関の熱で、掌が焼けつくように痛む。

 それでも、構える。正面へ――真横へ。

 ――思い出す。

 視覚情報だったはずの“ハートのエフェクト”を、掌で掴んだあの感覚。

 現実と幻像を隔てるはずの膜を超え、存在しないものに物理を宿した感覚。

 それが、“届かせる”ということだった。

 どうすれば、振動が遠くへ届くのか。

 どうすれば、天使すら消せるのか。

 どうすれば、2人の死が無駄にならないのか。

 

 ――カチリ。

 

 頭の中で、何かが噛み合う音がした。

 左足を前へ踏み出す。

 地面が震える。靴底が砕ける。

 それでもなお、身体の全てを使って斧を薙ぐ。

 

 「――っ」

 

 ごう、と唸るような音が大気を裂いた。

 リングが閃光を纏い、世界のあらゆるエネルギーを“振動”へと書き換えていく。

 熱が、光が、音が、命が、情報すらも――その軌跡に触れた全てが、ただひとつの振動へと還元された。

 空気が、土が、岩が、木が。

 天使が、種子体が、肉が、血が。

 

 ――2人の亡骸さえも。

 

 振りかぶられた斧の正面。数百メートルに渡る扇状の範囲が、音もなく“空白”になった。

 あったはずのものは、もうどこにも存在しない。

 そこに残ったのは、霧のような振動残滓と、焼き切れた世界の“痕”だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空白となった防衛線には、もう敵性存在も天使の影ひとつも現れなかった。

 全滅した第二班が発信していた緊急信号は、僅かに遅れて受理され――

 数十キロ後方の支援拠点から、別のガーデナー部隊が応援に駆けつけてきたのは、それからおよそ二時間後だった。

 最終的に、任務は“成功”と記録された。

 物資は護られ、GARDENへの補給は成された。

 それは戦略としては、正しい結果だった。

 ――だが、それは「何を失ったか」を語らない記録だった。

 

 補給物資が集積されたエリア。ガーデナーや輸送班、大型の多脚ドローンが忙しなく行き交う。

 タラップが開かれ、資材の積み下ろしが行われるその片隅。

 誰の目にも留まらないような場所で。

 ひとつのコンテナの縁に腰掛けて、リンデンはじっと項垂れていた。

 顔を上げることはなかった。

 言葉も、呼吸すらも押し殺していた。

 隣には、変形機構が軋んだまま膝をついて動かなくなったヘイロリウムが、半ば崩れるように横たわっている。

 焼け焦げた掌の上。

 その手のひらに、重なるようにして置かれている二つの金属片。

 

 ――ドッグタグ。

 

 ひとつは、口づけと一緒にはにかむように笑っていた少女のもの。

 もうひとつは、不器用な背中で仲間を護った男のもの。

 タグの表面には、炭化した血痕と擦過傷。

 読めるはずの名前は、熱で滲んで曖昧になっていた。

 それでも、リンデンは見つめていた。

 じっと、ただ見つめていた。

 何も語らず。

 涙も流さず。

 まるで、その二つが手から落ちないように――祈るように。

 設営された照明が、彼の影を長く伸ばしていた。

 

 項垂れるリンデンの視界に、不意に見覚えのある靴が映った。

 黒光りする革のパンプス。どこか舞台用の小道具のような、過剰なまでの磨き上げ――

 

「おやおやぁ〜? 殿下がいらっしゃるなんて奇遇ですねぇ♥」

 

 その声は、いつも通り軽やかで芝居がかっていて、どこか浮いてさえいた。

 目を上げずとも、誰なのかは分かる。

 

「ギルティですねぇ♥ こんな所でしょんぼりなんて〜? しょんぼり男子は可愛いけど、ちょっと度を越してるかもですよぉ?」

 

 第一騎士団《ブレイドライン》JOKER、ロンド。

 きらびやかな調子と、どこか人を食ったような表情を崩すことなく、彼女はリンデンの前に立った。

 軽口と誇張された仕草は、いつもの彼女の「顔」――そのまま演技のように振る舞っていたが、

 その脚の動きだけがわずかに、慎重だった。

 気を抜くと音を立ててしまいそうな、壊れものに近づくような足取りで。

 だが、リンデンは何も言わなかった。

 応じる声も、反応もなく、ただ焼け焦げた掌に乗せたドッグタグを見つめ続けるだけ。

 ロンドは小さく息を吐く。

 その笑顔の奥で、目がほんのわずかに細められた。

 

「……さてさて。これは、ただごとじゃない感じですねぇ」

 

 彼女はしゃがみ込み、目線を合わせるようにゆっくりと腰を落とす。

 リンデンの影の中に、迷わず踏み込んだ。

 

「殿下、何があったんですか〜?」

 

 問いかけは柔らかく、だが逃さない。

 答えるまで待つという強い意志を、あの軽口の奥に潜ませて。

 沈黙が落ちる。

 静かな集荷エリアの隅。

 遠くではドローンの駆動音が響き、ガーデナーたちの報告の声が飛び交っている。

 それでもここだけは、時間が止まったようだった。

 やがて、リンデンの唇が小さく動いた。

 

「……仲間を、犠牲にしました」

 

「……ふむ」

 

「私が……言ったんです。犠牲になれと。……死んでくれって」

 

 ロンドは言葉を挟まない。

 ただ、目を伏せ、聞く。

 言葉の途中に噛んだ声。喉の震え。その一つひとつが、今のリンデンの全てだった。

 

「……最期も、亡骸も、……全部、私が……まとめて、消しました」

 

「…………」

 

「……私は……正しいことを、したんでしょうか」

 

 声はひどくかすれていて、問いかけというより――祈りに近かった。

 ロンドはしばし目を閉じた。

 そのまま、静かに手を差し出し、焼け焦げた掌の上――ドッグタグごと、優しく自分の手で包み込む。

 肌に伝わる熱と、金属の冷たさ。

 それをそのまま、受け止めた。

 

「正しいかどうかなんて、ロンドには分かりませんよぉ。だってぇ〜、正しさなんていつも後出しジャンケンですしぃ?」

 

 口調は、少しだけ柔らかく。

 それでも彼女なりの“いつも通り”を崩すことはなかった。

 

「ギルティかセーフか。そんなの、あの神様でもジャッジミスっちゃうもんなんですよ〜?」

 

 それでも、とロンドは言う。

 芝居がかった口ぶりの奥に、ひどく真っ直ぐな声を落とす。

 

「でも、ロンドは知ってます。殿下が、最後まで“やり切った”ってこと」

 

 笑うでもなく、泣くでもなく――ただ、まっすぐに。

 

「だから、ちゃんと言わせてくださいね?」

 

 指先に力が込められる。

 包み込むように、抱きしめるように。

 

「お疲れ様でした、殿下♥」

 

 ロンドの声が届いた瞬間――

 リンデンの瞳が、ほんのわずかに見開かれる。

 驚きとも、安堵とも、名付けがたい揺れがその眼差しに浮かんだ。

 それはすぐに消えて、彼はそっとロンドの手の中の自分の手を――

 焼け焦げ、何もかもを失ったその掌を、ぎゅっと握りしめる。

 目を伏せる。

 閉じたまぶたの裏に、幾つもの「もしも」が溢れてくる。

 

 ──もっと最善の手があったのではないか。

 

「そりゃまぁ、あとから見れば盤面なんてぜーんぶ見えるもんですよぉ〜。

 ロンドもメイド業のミス、いつも後で気づきますしぃ?」

 

 ──もっと前に、罠に気づけていたなら。

 

「でもねぇ? 罠って大抵、かかった後にやっと見えるもんなんですよぉ。

 そんなの見破れるのはね、だいたいズルいお姉さまたちですからぁ♥セコい!卑怯者(ギルティ)!」

 

 ──もっと自分が、なにか出来ていたなら。

 

「うーん、何かって何ですかねぇ? 火を吹く? 空を飛ぶ? それとも時間を巻き戻す?

 できないことを悔やむのはぁ、できたことを罪扱い(ギルティ)にしちゃいますよぉ?」

 

 ──もっと自分が、兄さんや姉さんみたいに強かったなら。

 

「そ・れ・は! 他人比べ禁則事項(ギルティ)ですねぇ〜〜〜♥」

 

 ピシッと指を立てて、ロンドはふざけたような笑顔で軽く首を振る。

 けれど、包み込む手のひらは決して離さない。

 むしろそっと、温もりを重ねるように。

 

「殿下はね、殿下のままでいいんです。

 他の誰にもなれない代わりに、誰にもできないこと、ちゃんとやってきてますからぁ〜」

 

 ふふーん、と鼻を鳴らして、言葉に少しだけ照れを混ぜる。

 

「……ロンドさん、ちゃーんと見てるんですよ?

 まったく、殿下は不器用なくせに、抱えすぎなんですからぁ。愛おしい(ギルティ)♥」

 

 言い切ったロンドは、ふぅーと誇らしげに息をついてから、

 膝に乗せられた彼の手の上に、もう片方の手もそっと重ねた。

 ふと視線を上げて、大切な弟(リンデン)の顔を覗き込む。

 

「……ま、返事がないのも殿下らしいですねぇ。ギルティ♥」

 

 そう言いながらも、その声にはからかうような響きはない。

 ただ、いつものテンポで喋るロンドの口調の奥に、どこか柔らかく滲む静けさ。

 やがて彼女はすっと立ち上がり――そして、すぐに隣に腰を下ろした。

 焼けた金属の匂い、霧散しかけた血の気配、遠くで動くドローンの機械音。

 それらのすべてが遠のくほど、ロンドの隣は不思議なほど静かだった。

 

「……誰も責めてませんよ? ねぇ、殿下」

 

 囁くようにそう言って、彼女はスカートの裾を整えながら、空を見上げた。

 何も言わず、リンデンも同じように視線を空へ向ける。

 傷だらけの手には、まだふたつのドッグタグ。

 ロンドの手の温もりはもうないが、その分、胸の内に残る言葉がじんわりと沁みていく。

 影が動く。風が、通り過ぎる。

 だが、この一瞬だけは――

 誰にも邪魔されず、過去も、戦場も、悲しみも、すべてが黙していた。

 ただ、ロンドとリンデンだけがそこにいて。

 無言のまま、ひとつの夜明けを待っていた。






恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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