みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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赤ちゃんと騎士達.2

昼下がりのGARDENランヴィリズマ第六層、空調植物園通路。

 

屈折された太陽光がゆるやかに照らす中、ガラス越しに見える熱帯植物の影が、床一面に網目のような模様を描いていた。吹き抜けの回廊を渡るのは、穏やかな空調の音のみ。湿り気を帯びた空気が頬を撫で、ここだけ時間の流れが止まってしまったかのような静けさに包まれていた。

 

その中を、ひとりの少女が歩いていた。

 

淡い銀髪に、淡々とした無表情を湛えた少女──モノ。

彼女の腕には、柔らかな毛布に包まれた赤ん坊が静かに抱かれている。生まれたての新生児ではないが、まだ言葉も話せぬ年齢。指先を丸めながら、小さな寝息を立てて、モノの腕の中で穏やかに眠っていた。

 

その姿を、モノはふと足を止めて、見下ろす。

 

「……また少し、重くなったわね。リンデン」

 

ぽつりと漏らした言葉は、だれに向けたものでもなく、ただ確認するような独り言だった。

 

そう――この赤ん坊の名は、リンデン。

かつて魔剣から生まれた、小さな命。GARDENで彼を育て始めてから既に二ヶ月、いや、三ヶ月近くが過ぎていた。

その成長速度は出生が特殊な割に驚くほど普通で、泣き声も小さく、手がかからない子だった。違うとすれば、ほんのわずかに賢いという印象を与えることくらい。それが魔剣由来の特性なのか、あるいは彼自身の性質なのかは、まだ誰にもわからない。

 

けれど、今この瞬間のリンデンは、ただ静かに眠る赤ん坊だった。

無防備な寝顔を見つめるモノの瞳に、かすかな安堵が浮かぶ。

 

「……今日も無事に、終わるといいけど」

 

それは任務の話か、それとも彼の未来への祈りか。

どちらとも言えない呟きが、通路の静寂に溶けたそのとき――

 

「モノ発見~!やっぱ抱っこしてるじゃーん!」

 

軽やかで、ちょっと騒がしい声が、通路の奥から跳ねるように響いた。

現れたのは、明るいブラウンの髪をかき上げながら歩いてくる少女。

プロブレムと呼ばれる少女は、胸元にサングラスを引っかけたまま、ウキウキした足取りで近づいてくる。

 

「お昼寝タイムって感じ?今日もリンデンくん、ぬくぬくおやすみモード?」

 

「……ええ。交代要員の予定だったけど、陛下が急な任務で抜けたから」

 

「なるほどねー。あーあ、またスケジュール大渋滞じゃん。さっすがORANGE(うち)のモノちゃん、運命くんに頼られっぱなし!惚れ直しちゃうんだけど~?」

 

プロブレムはおどけた調子で軽く体を揺らしながら、モノに向かって両腕を広げた。

「モノ〜〜、ぎゅーってしていい~?」

まるでぬいぐるみにでも飛びつくような勢いで近づこうとする。

 

だが、モノは半眼のまま、冷ややかに返した。

「リンデン、抱いてるんだけど」

その一言で、ぴたりとプロブレムの足が止まる。

 

「え~、そっちの抱っこは許されるのに~」と口を尖らせながらも、すぐににししと笑い、代わりにモノの横へそっと並ぶ。

そして、今度はいたずらっぽくリンデンの顔を覗き込んだ。

 

「……寝顔、またちょっと変わった?目元、なんかこう……キリッとしてきてない?」

 

「成長は、早いから」

 

「ほんとそれねー。将来絶対モテるやつだなぁー?」

 

少しふざけるような口調に乗せながらも、プロブレムの声はほんの少しだけ柔らかくなっていた。

 

「ねぇモノ、今日さ、私もちょっと付き合っていーい?」

 

「……別に、構わないわ。でも、騒がしくはしないで」

 

「えぇー、この大天才に信頼ないじゃーん。でもわかってるってばー。ほらリンデンくんも、いいよね?」

 

そう言って、プロブレムはリンデンの小さな手に自分の指をそっと添える。

しばらくの間。

その指が、ゆるやかにプロブレムの指を握り返した。

 

「……わ。握られた。これは……完全に沸いちゃうやつだなぁー!」

 

思わず目を丸くしたあと、プロブレムは心の底から幸せそうに笑った。

その表情には、あどけない赤ん坊と向き合う“等身大の彼女”が滲んでいた。

モノはそれを、特に何も言わず横目に見るだけ。

けれど――その目元に浮かぶものは、どこかやわらかく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

GARDEN第六層、居住区画の奥――騎士待機所。

 

ガラス張りの天井越しに、淡い青が静かに広がっている。

昼下がりの光が斜めに差し込み、床のタイルには窓枠の影がくっきりと伸びていた。

改装された空間には、旧式のソファやテーブルが雑多に置かれ、観葉植物と古本棚が隅に寄せられている。それらが、ここがかつて倉庫だったという面影をかすかに残していたが、今は騎士たちの居場所として、静かに息づいているようにも見えた。

 

「……着いたわ」

 

モノが静かに電子ロックを開くと、機械仕掛けの音とともに、わずかにひんやりとした空気が頬を撫でた。

彼女の腕には、毛布に包まれた赤ん坊――リンデンが変わらず眠っている。

モノは慣れた足取りで部屋に入ると、手近なソファのひとつへと向かい、そっと腰を下ろす。

その動作のどれもが慎重で、赤ん坊の重さを知っている者の動きだった。

 

すぐあとからプロブレムが続く。

買い物袋を両手に提げたまま、足取りは軽く、どこかウキウキとした調子を含んでいる。彼女もまた、モノの座るテーブルへと足を運び、袋を台に置いた。

 

「ふぅー、やっと着いたー。やば、けっこう歩いたよね?ねぇモノ、重くなかった?」

 

「別に。慣れてるから」

 

モノの答えは簡潔だったが、その声音に疲れは無かった。

この生活も、もう日常のひとつなのだろう。

 

「そっか。じゃあプロブレムちゃんは気遣いの天才ってことで、飲み物出す係やるねー」

 

そう言うや否や、プロブレムは手慣れた様子で飲料サーバーのほうへ向かった。

動きに無駄はないが、どこか抜けたようなリズムがあって、騎士らしからぬ生活感が滲んでいる。けれど、その軽さがこの空間には妙に馴染んでいた。

一方、モノはリンデンを寝かせるため、静かに動いていた。

座ったまま毛布を直し、隣の座席に薄手のブランケットを敷くと、抱いていた赤子の体をゆっくりと横たえる。

指先の力加減も、視線の配り方も、どこまでも丁寧だった。

眠るリンデンの頬がわずかに上下するたびに、その命の小ささが際立って見えた。

 

「リンデン、起きずにいてくれてよかったわ。騒がしいのが一緒にいた割には」

 

「ねー、それ絶対私のことじゃん!」

 

プロブレムの声が、弾んだ調子で跳ね返る。

彼女はすでにカップを手にして戻ってきていた。

 

「でもほら、見てよ。今日のプロブレムちゃん、けっこう静かだったっしょ?」

 

平時のバカブレム(いつものあなた)よりは、ね」

 

モノは正面から相手を見ることなく、淡々と答える。

それでも言葉の端には、ほんの少しだけ柔らかさが滲んでいた。

 

「わー、地味に傷つくやつ~。……まぁ、否定できないけどさー?」

 

そう返しながらも、プロブレムはにししと笑い、紙カップを片手に、モノの向かい側へと腰を下ろす。

そしてプロブレムは紙カップを手のひらで温めながら、ちらりとブランケットの上に眠るリンデンを見やった。

その寝息はまだ穏やかで、まるでこの場所が、彼にとって“安心していい場所”であると告げているようだった。

 

しばしの沈黙が、部屋を満たす。

騎士待機所の窓から差し込む午後の陽が、ふたりの影を静かに重ねる中――

プロブレムが、ぽつりと口を開いた。

 

「……ねぇ、モノ」

 

その声は、いつになく落ち着いていた。

はしゃぎ声でもない、茶化しでもない。ふと胸の奥に浮かんだ疑問を、そのまま言葉にしたような響きだった。

 

「育てるって、どういうことだと思う?」

 

モノは一度だけ瞬きをして、視線を外に向けた。

ガラス越しの天窓には、淡い水色の空が広がっている。雲ひとつないその空を、彼女はまっすぐに見上げた。

 

「答えを知らないから、預けられたんじゃないの。私たちに」

 

「……うん、かもね」

 

プロブレムは軽く頷く。

その頬に、紙カップの縁からのぼるぬるい蒸気がふっとかかって、ほんの少しだけ瞳が伏せられた。

 

「でもさ、こういうのって、答え合わせができる頃にはもう“間違ってたかも”って気づけないこと多いじゃん?なんか、怖くなるときない? この子にとっての“正解”って、なんなんだろって」

 

「あるわよ。怖いとか、不安とか。いくらでも」

 

モノはそう言って、ソファの背にゆっくり体を預け直す。

その声音は相変わらず平坦で、表情もほとんど動かなかったけれど、ほんの一拍、言葉が遅れた。

それだけで、心の奥に触れたものの重みが伝わる気がした。

 

「でも、それでも預かったのなら、やるしかない。怖くても、不確かでも、引き受けた以上は続ける。それだけの話」

 

「……そっか」

 

プロブレムは、しばらく黙っていた。

湯気の立たなくなった紙カップを見つめながら、ひとつ息を吐いたあと、ぽつりと微笑む。

 

「さっすがモノ。ブレないの、ちょっとかっこいい」

 

「別に。私はただ、選ばされただけよ」

 

その言葉は、どこか遠くを見つめているようだった。

けれど“それでもやる”と断言した彼女の在り方は、確かに“信じていいもの”に思えた。

 

「……ねぇモノ。今日のプロブレムちゃん、ちょっと真面目じゃない?」

 

「うるさい。気づいてないふりしてたのに」

 

「えぇ~、冷たい~。でも、話してよかったかも。ありがと」

 

「別に、感謝されるほどのことは言ってない」

 

「でも、聞いてもらえるだけでちょっと助かるときってあるじゃん。……そういうとこ、頼りにしてるよ」

 

その言葉に、モノは応えない。

ただ、ブランケットの中の小さな寝息へと視線を落とし、そっと紙カップを持ち直した。

沈黙がふたたび満ちる。けれどそこには、さっきよりも少しだけあたたかさが残ったような気がした。

そこから幾ばくか、その静けさを割るように、電子ロックが控えめな音を立てて開いた。

スライド式の扉の隙間から、そっと黒髪の少女が顔を覗かせる。

 

「こんにちはー、へーかさん、は……いらっしゃらない感じです……?」

 

二人の視線がその少女へ向けられる。三つ編みに下ろされた黒髪に、程よく気崩された和装。垂れた瞳と相まって、彼女の柔和さがそのまま姿になったようだった。

 

「あっ、楓ちゃんやっほー!」

 

「ひゅへへ、プロブレムちゃんどうもー」

 

第二騎士団《千紫》のWIZARDである楓は、ソファにいるプロブレムの手を小さく振り返すと、室内へと静かに足を踏み入れる。

 

「楓さん、何かあった?」

 

モノの問いかけに、楓は少しだけ目を伏せながら答える。

 

「えーと、実はこれといって用事は無かったんですけど……」

 

曖昧な言葉の端に滲む何かを、プロブレムはすぐに察したらしい。

彼女はちらりと楓の視線を追い、その先――モノの隣で眠る赤子へと目をやる。

そして、得心がいったとばかりに、にやりと笑った。

 

「ははーん?さては目的は運命くんじゃなくて、うちのリンデンくんかなぁー?」

 

「ひゅへ!?ちちちちが……っ、違うっていうか……違わないっていうか……!」

 

楓は焦ったように肩をすくめ、言葉を噛みながらしどろもどろになる。

そして、観念したようにふぅと息を吐いて、少しだけ頬を赤く染めた。

 

「……でら可愛いんだもん、しかたないよー……ねぇ?ちょっとだけ、癒されに来ちゃったってことで……許してくれると、うれしい……な?」

 

しおらしく視線を伏せるその姿に、プロブレムは嬉しそうに頷きかけ――

 

「……静かにして。起きるわよ、楓さんの声でも」

 

その直後、モノの低く静かな声が部屋に落ちた。

けれど、その声には刺すような棘はない。ただ、小さな命を守る者としての気遣いが滲んでいた。

 

「あ、はいっ……ごめんなさい……!」

 

慌てて口元を押さえる楓に、プロブレムは肩をすくめながら笑う。

 

「モノこわ~い。でも、リンデンくん起きちゃうのはたしかにイヤかも」

 

「だったら最初から抑えておいて。二人とも」

 

モノの声は相変わらず静かだったが、言葉の最後にほんのわずかだけ、口調が和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れのGARDEN、第六層の旧倉庫区画に向かう管理通路。

頭上のガラス天井から差し込む光が、青から薄紫、やがて橙へと変わりゆく。静かな気流が吹き抜け、通路全体に緩やかな余熱を残していた。

 

足音がふたつ、一定のテンポで並ぶ。

 

ひとりは、黒衣の仮面の人物。

顔を覆うディスプレイには、波打つような光のエフェクトが“穏やかな笑み”の形を描いていた。

隣を歩くのは、第六騎士団《オッター貿易株式会社》のQUEEN――スリー。

銀灰の髪、無駄のない所作、隙のない歩調。どこまでも均整のとれた姿で、すれ違う職員たちの誰もが無言で姿勢を正すような存在感をまとっていた。

 

「……処理は通信で完了している。書類確認と署名のみ、あとは任せていいか?」

 

変わらぬ速度のまま、スリーが静かに言葉を投げる。

その言い回しに礼儀はあるが、積み重ねてきたやり取りに生じた阿吽のような呼吸が、そこにはあった。

運命はゆっくりと首を傾けて――仮面の表示を少しだけ柔らかなものに切り替えた。

 

『うん、大丈夫。私が通すよ。今回もありがとう、スリー』

 

「気にするな。副官というのは、そういう立場だ」

 

会話は必要最小限。けれど、互いにその背後で流れる情報の重さや戦況の変化を、すでに共有している。

言葉よりも、歩く速度と呼吸と疲労の位置だけで、理解が成立していた。

しばしの沈黙が落ちる。

夕暮れの光が通路の端まで差し込み、床面の金属光沢に淡く反射していた。

そしてスリーが、ふと調子を変える。

 

「……リンデンは、変わりないか?」

 

その名が落ちた瞬間、運命の仮面に走る光がわずかに揺れた。表示の目がゆるやかに細くなり、感情の影が現れる。

 

『うん。特に大きな問題はなかったみたい。今日も静かに、よく眠ってるって』

 

「……そうか」

 

淡々とした返答の中に、スリーはほんのわずかに顎を引いて、記憶をなぞるような間を置いた。

 

『でもね、少しずつ……見え方が変わってきた気がしてる』

 

「ほう?」

 

小さな声で首を傾け、スリーはその言葉を促す。

 

『プロブレムやモノが言ってた。“リンデンの目は、ただ見てるんじゃない。ちゃんと、見てる”って』

 

その見るという言葉に含まれた深度を、スリーは理解していた。

彼は表情を変えないまま、口の奥で軽く息を吐く。

 

「……オレもそう思った。あの目は“記録”ではなく“観察”をしていた。まるで、世界の輪郭を確かめるように」

 

『……あの子は、私たちが思ってるより、ずっと早く……いろんなことを、知っていくかもしれない』

 

「だろうな。……だが、それは悪いことではない。必要なのは、誰がそれを受け止めるかという話だ」

 

運命は足を止めず、仮面越しにスリーの横顔を見やる。

その目元にこそ感情は見えないが、胸の奥に浮かんだひとつの問いを、そっと言葉に乗せる。

 

『……私は、守るつもりだよ。あの子が、どんなものを見たとしても』

 

「……頼もしいな、閣下。いや、運命」

 

名前を直に呼ばれ、仮面の表示がわずかに笑みに変わる。

互いの歩調が揃い直したその瞬間、前方に目的地の自動扉が見えた。

 

「着いたようだ。扉の先、騎士待機所だな?」

 

『うん。みんな、まだここにいるはず。行こう、スリー』

 

「了解だ運命。今度は……小さな弟が居る兄としての顔で入るとしよう」

 

『ふふ、それがいいね』

 

軽く頷き合い、ふたりは扉の前で歩を止める。

重圧も任務も、この時だけ脇に置いて――仮面の奥で、運命の目が細くなる。

 

──そのとき、扉の奥から聞こえてきた。

 

 

 

 “いやー、やっぱり天才のセンス光っちゃうなぁー!どうよこのリンデンくんの格好!”

 “ああもう、見直したと思った矢先に――!このバカっ、バカブレム!”

 “ひゅへへ、やっぱりリンデンちゃんのこの愛らしい姿が(ハオ)――へぎゅっ!?膝っ、膝がァ――!

 

 待機所の中から響いた騒がしい声に、ふたりは揃ってキョトンと立ち止まった。

 仮面越しに見合わせたあと、どちらからともなく、フッと小さく笑う。

 

「……どうやら我々の可愛い弟君が窮地のようだ。どうする、突入するか?」

 

 スリーの問いに、仮面の目元が笑みに変わる。

 

『うん、突入しよう。ちょっとだけ、家に帰るって気分で』

 

 静かな電子音とともに扉が開く。

 その瞬間、姦しい空気の中に運命の声が、確かに響いた。

 

『ただいま』

 

 

 

 




解釈違いとかキャラの口調おかしいとか多々あると思うんですけど
自分、魔法の言葉「うちの時空のリバリバ世界なので……」使っていいっすか……?

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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