みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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ガーデナーと断絶.1

 

 ――靴音だけが響いていた。

 照明に影がないほど均一に照らされた無機質な通路。そこを、リンデンは何も言わず歩いていた。

 目的地は、軍事局第七ブリーフィングルーム。

 任務の割り当ては、前日の夜にデバイスへ一斉送信された。内容は中規模神域への遊撃任務。編成は三名、うち二名は新人と記されていた。

 任務の詳細よりも先に、リンデンが確認したのは――「今回、誰かが少しでも生き残れる可能性があるか」だった。

 それが“全滅保証”という不名誉な異名を背負わされた自分にとって、唯一確認する意味がある項目だった。

 

 天井のパネルが滑らかにスライドし、角を曲がる。

 扉の前で一度立ち止まり、手元の端末でログイン認証を済ませると、ブリーフィングルームの扉が静かに開いた。

 そこには、まだ誰もいなかった。

 ただ、あと数分で“誰か”が入ってくる。それは、今まで幾度となく繰り返してきた光景のひとつ。

 そして、その“誰か”がこの部屋を出て、生きて戻ってくる光景だけは、いまだ一度も見ていない。

 

 静かに足を進め、リンデンは壁際の席に腰を下ろした。

 ヘイロリウムは量子格納されており、今は軽装のまま。

 両手を膝の上に置き、正面のスクリーンをただ見つめる。

 その表情は、鏡のように無機質で、感情の気配すらなかった。

 けれどその胸の奥底には、言葉にもならない願いが、僅かに沈んでいた。

 ブリーフィングルームのドアが開いた。

 リンデンがわずかに顔を上げた瞬間――肺の奥がきゅう、と縮こまった。

 

 目の前に立っていたのは、二人の若者だった。

 ひとりは少年。短く刈り上げた黒髪に、あどけなさの残る顔立ち。瞳は快活に揺れ、見たものすべてを吸収しようとするような無垢な光をたたえていた。

 もうひとりは少女。肩口で切りそろえた薄茶色の髪、きりりとした眼差しの奥に、僅かな不安と決意が同居しているように見えた。

 

 ――似ていない。

 

 声も、髪も、瞳の色も。

 それでも、どうしようもなく重なってしまった。

 あの時の、カイとユナに。

 無意識のうちに、リンデンは息を止めていた。

 喉が微かに震え、胸が妙に苦しかった。

 意識的に息を吸い込んでも、うまく肺が満たされない。

 そんな自分の反応を見られまいと、そっと目を逸らす。

 けれど心の奥では、もう止められなかった。

 過去の残像が、彼らの背後に影のように差し込んでくる。

 

「わっ……! やっぱり本物だ、すげぇ……!」

 

 少年が声を弾ませて部屋に飛び込んでくる。

 その勢いのまま、まっすぐリンデンの前へと歩み寄ってきた。

 

「マジで本物の成功保証(ガランティ・リンデン)さんじゃん! 本部のSNSで見たやつだ!“成功保証の守護者”ってタグ付いてた動画、バズってましたよ! 初任務で一緒なんて……マジで運がいいッス!!」

 

 勢いだけで喋りきった少年を、少女が肩で止めた。

 小さくため息をつきながらも、どこか呆れを含んだ優しい口調だった。

 

「……はしゃぎすぎ。すみません、うちの幼馴染がちょっと浮かれてて」

 

 そう言って、少女はリンデンに向き直ると、きちんとした姿勢で頭を下げる。

 

「私はアイナ=ベルノード。後方支援と簡易修復を担当します。よろしくお願いします」

 

「オレはユウト=セイガ! 突撃前衛志望です!」

 

 また勢いよく挨拶する少年。少女はまた苦笑したが、次の言葉は静かに、真っ直ぐに放たれた。

 

「……本当に、光栄です。初めての任務でご一緒できるなんて。少しでも、足を引っ張らないようにがんばります」

 

 リンデンは、ただ黙って立っていた。

 返事をするべきタイミングは分かっていたのに、喉が動かなかった。

 

 ――違う。彼らは、カイでもユナでもない。

 

 分かっているはずだった。けれど、あの頃と同じ“光”が、また目の前にあった。

 痛むように胸が軋む。

 それでも、言わなければならなかった。

 

「……こちらこそ。久条リンデンです。どうか、よろしくお願いします」

 

 声がかすれないように、喉の奥をそっと押し出すように。

 感情が滲まないよう、無機質に。

 でもほんのわずか、指先が震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の空が、見えた。

 

 軍事局の無人輸送機が、軋むような音を立てて着地する。

 ドアが開き、冷たい風が吹き込む中――リンデンたち三人は、廃墟と化した戦闘都市の谷間に降り立った。

 周囲は鉄とコンクリートの残骸で埋め尽くされていた。

 崩れかけた高層ビル、剥き出しになった鉄骨、砕けた窓ガラス。

 かつてこの地が、人類の兵器技術文明の極致だったなど、今や誰も信じられないだろう。

 ここは、第六軌道人類史を模した神域。

 “火力による均衡”を是とした歴史が辿り着いた、最終戦域のひとつ。

 足元には、砕けた薬莢と熱変形した装甲片。

 半ば地面に沈んだ戦車の残骸が、静かに横たわっていた。

 

「……うわ。ここ、戦場そのままじゃん……」

 

 ユウトが小さく声を漏らす。

 アイナは無言で周囲を一瞥し、手元の支援端末で即座に環境スキャンを始めた。

 リンデンは一歩後ろに下がり、着陸していた輸送機を見送る。

 機体は無言のままハッチを閉じ、揚力を上げてゆっくりと上昇していく。

 そのまま、空へと消えていった。

 戻る手段はもう、ない。

 この任務が終わるまでは、帰る道は開かれない。

 リンデンは視線を周囲に巡らせた。

 この景色を、彼はもう何度も見ている。

 過去の任務でも、よく似た戦場を歩き、そして共に歩いた仲間達は二度と帰らなかった。

 彼は、静かに息をついた。

 

「気を抜かないでください。この神域は、地形変異と敵性反応の兆候が読みづらい。……最短で通り抜けます。ついてきてください」

 

 背後の二人が「はい」と小さく答えるのを聞きながら、リンデンは足を踏み出した。

 アスファルトの上で、薬莢が靴音に弾かれ、からん、と虚しく転がった。

 

 

 高層ビルの谷間を、三人の影が進んでいく。

 足元に転がるガレキと砕けたガラスの音だけが、風に紛れて耳に残る。

 そのとき――

 

『……こちら、管制オペレーターのリーインシアです。リンデンくん、通信は正常に届いていますか?』

 

 視界右上に、淡くアイコンが点灯する。

 リンデンは軽くバイザーに触れ、小さく応答する。

 

「こちらリンデン。受信、良好です」

 

『了解しました。それでは現地の最新状況を共有します』

 

 リーインシアの声は、いつも通り落ち着いていた。

 感情を排した、事実の羅列。だが不思議と冷たさはなく、耳に澄んで届く。

 

『現在、本隊は神域北部にて主戦闘を展開中。遊撃支隊が複数ルートで展開中です。リンデンくんの部隊は第8サブルートに位置。事前通達通り、遊撃進行および異常反応時の記録が主任務となります』

 

「了解。進行中です。問題なし」

 

 淡々としたやりとり。しかし、通信はそこで終わらなかった。

 

『……加えて、追加任務についても再確認を行います』

『この神域を発生させたとされる魔剣使い、またはその行使権限と推定される切り札を発見した場合。そちらの判断で即時交戦を許可します。判断優先権は、今回もリンデンくんにあります』

 

「了解。指示、確認しました」

 

 一瞬だけ、通信が切れたかのように沈黙があった。

 だが次に届いたのは――ほんの僅かに温度を孕んだ声だった。

 

『……どうか、ご武運を』

 

 その言葉を最後に、通信が静かに途切れた。

 音が消える。戦場の沈黙が、また風の音と瓦礫の軋みに支配されていく。

 リンデンは何も言わず、先頭の歩を止めることなく進んだ。

 後ろから続いてくる足音。

 その間を縫うように、小さな声がぽつりと漏れる。

 

「……なあ、アイナ。やっぱちょっと、緊張するよな?」

 

 ユウトの声だった。

 笑っているような響きだったが、その笑みはどこか空回っていた。

 

「うん。そりゃするよ。初任務だもん」

 

 アイナは素っ気なく返す。けれどその声には、責めるような色はなかった。

 

「でもさ、思ったより静かっていうか……ほんとに敵、いるのかって感じ。逆に怖いっていうかさ」

 

「油断しないで。静かなのは、何かが潜んでる証拠かもしれない」

 

「……うわー、そう言うなって~」

 

 リンデンは背後の会話に何も言わなかった。

 けれど耳は、確かに拾っていた。

 無邪気で、けれど精一杯緊張をごまかそうとする二人のやりとり。

 

 ――ああ、似てる。

 やはり、似すぎてる。

 

 言葉にすれば、呼吸が乱れそうだった。

 だからリンデンは、何も言わずに、ただ前を向いたまま歩いた。

 瓦礫の路地を抜け、鉄骨が軋む廃ビルの影を進む。

 空は灰色のまま、時間の感覚すら曖昧になるような無音の世界だった。

 

 そのとき――

 

「……待って。反応がある」

 

 アイナが小さく言った。

 彼女の視線が止まったのは、崩れた塀の隙間。

 半ば地面に埋もれるように、それは静かに“咲いて”いた。

 結晶のように光を反射する、小さな塊。

 中心には淡い脈動を繰り返す霊子の核があり、周囲を黒く光る鉱物の棘が、まるで守るように取り巻いていた。

 

「魔剣種子体……?」

 

「……初期段階ですね。発芽前の状態」

 

 リンデンはそう呟くと、無言のまま左腕の接続ユニットに指をかけた。

 

 ――カチリ。

 

 音とともに、霊子空間からの転送が起動する。

 光の帯が左腕に沿って走り、次の瞬間、リンデンの腕には巨大な斧盾(ヘイロリウム)が接続・展開された。

 展開直後の状態は盾形態。

 重厚な金属の塊が静かに質量を主張し、上部のリングユニットが、低くうなるように回転を始める。

 ユウトとアイナが小さく息を呑むのが分かった。

 

「……見本を見せます。二人は後方に下がって」

 

 その声は、静かだった。

 けれど圧倒的な“戦場の匂い”が、そこにあった。

 リンデンは一歩、種子体に向かって踏み出す。

 その足取りは、教科書のように正確で、迷いがなかった。

 リンデンが一歩踏み出した瞬間だった。

 ――ピィ……と、甲高い振動音のような、言語化できない“共鳴”が空気を震わせた。

 地面に埋もれかけた魔剣種子体が、脈動の速度を上げる。

 中心の霊子核が不規則に点滅し、周囲の黒い霊子鉱がまるで“毛を逆立てるように”硬化・膨張する。

 

 「反応した……!」

 

 アイナの声が響いた直後だった。

 種子体の上空に、赤黒い粒子が集まり始める。

 爆発ではなく、静かに燃える霊子の塊――それは、じわりと空間を染めながら形を成していく。

 やがてそこから落ちてくるように――一体、また一体と現れる“白”。

 全身球体関節で構成された、細く長い四肢。

 顔面には表情がなく、穴のような空洞がぽっかりと穿たれている。

 首元には巨大なチョーカー、そしてぼろ切れを纏ったような“奴隷”の外観。

 

 「汎用型ドール……!」

 

 ユウトが呻いたように声を漏らす。

 その瞬間、リンデンの右足が一段階深く地を踏みしめた。

 盾状態のヘイロリウム――その上部に設置されたリングユニットが、回転音を高めながら振動数を跳ね上げる。

 唸るような空気の震えが発生し、接近してきた最初のドールが腕を振りかぶった刹那――。

 リンデンは半身を滑らせるように前へ踏み込み、盾を向けたままリングの縁を頭部へ斜めに押し付けた。

 

 瞬間、金属同士が擦れるような高音が跳ね上がる。

 次の刹那、振動するリングユニットに触れたドールの頭部が、音もなく分子レベルで崩れた。

 ドールの身体が、そのままふらりと力を失い、がしゃりと崩れ落ちる。

 ユウトが言葉を失う気配が、背後から伝わってきた。

 

 最初の一体が崩れ落ちた瞬間――その場の空気が変わった。

 赤黒い粒子が再び渦巻き、ドールが次々と“落ちてくる”。

 だがそれを待つまでもなく、リンデンは踏み込んだ。

 

 ――重い金属が地を穿つ音。

 ――反力場の圧が空気を押し返す。

 ――唸る振動回転が、音より先に対象を削る。

 

 ヘイロリウムは展開せず、盾形態のまま。

 だがその一点突破の機動は、まるで斬撃の連打だった。

 首を、肩を、胸部装甲を、

 敵が振りかぶるよりも先に、振動輪が触れる。

 触れた瞬間、そこにあるものは全て構造単位で解けて消えた。

 ドールたちは防御も反撃もできず、ただ“間に合わずに死ぬ”。

 一体、また一体。数秒ごとに、白い人形が壊れていく。

 その姿に、背後の2人は言葉を失っていた。

 ユウトが思わず呟いた。

 

「……全部、一撃……」

 

 アイナはそれに答えなかった。ただ、何かを見極めるように、無言でリンデンの背を見つめていた。

 そして、最後の一体を崩したリンデンは、立ち止まることなくそのまま進んだ。

 魔剣種子体――霊子核の結晶が、脈打つように明滅を続けていた。

 

 リングユニットの振動が、再び最大出力に跳ね上がる。

 次の瞬間、リンデンは迷いなく盾の縁を鉱石の中心へと押し当てた。

 きぃぃ……という金属音のような、

 霊子が悲鳴を上げるような、異様な共鳴音が響いた。

 

 ――そしてそれは、亀裂もなく、ただ淡く砕けて消えた。

 

 粉砕された霊子核は光を失い、

 種子体は“命を持たない鉱物”へと戻っていく。

 わずかな風が、黒い霊子鉱を削れた砂のように舞い上げ、空へと流していった。

 舞い上がった霊子鉱の残滓が、空中でゆっくりと消えていく。

 現場に残ったのは、砕けた黒鉱の欠片と、リンデンの静止した背だけだった。

 

「……すげぇ、なんだよ今の……」

 

 ユウトがようやく声を漏らした。

 驚きと、どこかに混じる恐れと、尊敬と。混ざりきらない感情が、言葉を歪ませていた。

 アイナは答えなかった。

 彼女はただ、支援端末を見下ろすふりをして、微かに震える指先を抑えていた。

 リンデンは2人の反応に、目も向けなかった。

 

「進みます。まだ予定ルートの半分も終えていません」

 

 淡々とした声。

 振り返ることもなく、彼はヘイロリウムを再び量子格納し、その場を離れた。

 金属が収束する音と共に、静けさが戻る。

 だがその沈黙の質は、さっきまでとは違っていた。

 

 ――何かが、ずれていた。

 ほんのわずかに。けれど、確かに。

 高層ビルの影が伸びる方向へ、三人の影が再び動き出す。

 かつての砲撃の痕が残るコンクリートの壁、風化した軍用機の機体、落ちたまま朽ち果てた兵士のヘルメット。

 誰も語らぬ戦争の死体が、この地にはまだ幾重にも眠っている。

 その中を、無言で歩く三つの影があった。

 誰も喋らないまま、次の角へと、視線を向けていく。

 次の角を曲がったその瞬間――

 リンデンの足が、音もなく止まった。

 

 「……来ます」

 

 その言葉と同時に、地面が微かに軋むような音を立てた。

 アスファルトの隙間から、黒い霊子鉱の棘がせり上がる。

 続いて、根から引きずられるように、結晶核を抱いた魔剣種子体が地表を突き破った。

 

 数は三体。

 進行方向を塞ぐように、まるで「ここから先へは進ませない」とでも言うように並び立っていた。

 リンデンは即座に左肩を開き、背部ユニットを起動する。

 

 「ナンナリス、展開――全域霊子補助モードに移行。リンク制御、私に固定」

 

 金属音とともに、霊子収束ユニット《ナンナリス》が背部に量子展開される。

 展開と同時に、空中へ向かって淡い青白い霊子の光糸が伸びる。

 その光が、リンデンからユウト、そしてアイナへと、まるで”筋”のように接続された。

 

「バフが入った……?」

 

「全身が軽い……?」

 

 ユウトとアイナが戸惑う間もなく、リンデンは踏み出す。

 

 「いいですか――三体の配置は【右・中央・左】。

 最初に潰すのは中央。防御核が露出してる。

 振動による破砕に弱いので、攻撃タイミングを合わせてください」

 

 歩調は止まらない。

 説明と同時に加速し、盾状のヘイロリウムが再び展開される。

 

 「右の個体は偽核の可能性があります。観察しながら動いて」

 

 彼の動きは、まるで教科書のようだった。

 誰もがそう教わるべきだった。

 けれど、教わる者がいなければ、死ぬだけだった。

 

 「ついてきてください。……見て、覚えてください」

 

 その言葉に、ユウトが息を呑み、アイナが頷いた。

 ふたりは反射的に走り出す。

 追いかけるように、命を生き延びさせる技術を――その背中から、必死に覚えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンクリートの瓦礫を踏み越え、ユウトが一気に跳び込む。

 その足取りはもう、初陣の震えを感じさせなかった。

 

 「……ッ、はああッ!!」

 

 右腕に接続された射出装備が展開される。

 ガトリングロッド――六本の杭が連なる、近接戦闘用の霊子射突機構。

 ガトリングの回転音とともに、螺旋状の推進エネルギーがチャージされていく。

 ユウトは加速しながらそのまま種子体の結晶核に肉薄、そして――

 

 「撃ち抜けっ!!」

 

 振りかぶった一撃が、霊子核の中心に叩き込まれた。

 衝撃とともに杭が全弾射出され、結晶体が内側から砕け散る。

 黒い霊子鉱が四方に弾け、白い煙が舞った。

 

「……やった、今の完全に入ったよな!? 破壊確認っ!」

 

 興奮を抑えきれないような声で、ユウトが叫ぶ。

 その背後では、アイナが既に祈術コードを展開していた。

 手元の霊子端末が淡く発光し、構成式を自動展開。

 祈りにも似た手順で、結界による広域霊子防御を展開しつつ、周囲の空間に探査をかけていた。

 

 「……異常反応なし。敵性霊子波も途絶。安全域、確保できたと思う」

 

 アイナはそのまま、端末を操作してデータをまとめ、

 落ち着いた声でリンデンに報告を送る。

 

「――以上、ユウトが対象を撃破。周囲、反応ありません。次行動に移れます」

 

 リンデンは少しだけ視線を横に向け、静かに頷いた。

 

「了解。二人とも……正確でした」

 

 その評価は、決して感情を大きく乗せたものではなかった。

 だが、言葉の裏には確かな“肯定”が含まれていた。

 

「うっしゃー、やったー……マジでオレ、やったわ今……!」

 

 ユウトが肩で息をしながら、破壊した種子体の前で両手を上げて喜んだ。

 霊子に馴染んだ装備の反動がまだ腕に残っているのか、手首を振りながら、にやりと笑う。

 

「……ちょっと、気を抜かない」

 

 アイナがすかさず口を挟む。

 けれどその声には、ほんの少しだけ、笑みが滲んでいた。

 その表情は――厳しさの中に、安心と誇らしさが隠されていた。

 ユウトが「いつも通りに」戦えて、無事だったことへの、心からの安堵。

 リンデンは、そんな2人の様子を静かに見つめた。

 

 ユウト=セイガ。

 まだまだ動きに粗が多く、状況の読みも甘い。

 だが意外にも、一度教えたことをきちんと記憶し、反復し、実践に落とし込む力を持っていた。

 見た目以上に、真面目で吸収が早い。

 

 アイナ=ベルノード。

 慎重で、飲み込みはやや遅い。

 だが一度習得した技術は、構造理解と応用の回転が利く。

 支援職にありがちな依存体質はなく、自立して動ける晩成型。

 時間がかかっても、必ず本物になるタイプだ。

 

 ――この2人は、間違いなく“才能”がある。

 

 このまま任務を完了して、帰還できれば。

 いずれは、どこかの部隊の中核として育ち、主力ガーデナーになっていく。

 

 そう、もし“生き残ることさえ出来れば”――

 

 リンデンの視線が、ふと揺れた。

 その右手が、無意識のうちに自らの胸元を、そっと握る。

 手袋越しに感じた自分の鼓動は、やけに静かだった。

 

 (……生き延びさせなければいけない)

 

 それが、唯一の使命だった。

 それだけが、今の自分がここにいる理由だった。

 

 

 黒い瓦礫と砕けた霊子鉱を踏み越えながら、3人は進んでいた。

 種子体の殻を砕き、召喚された天使を破砕しながら、

 指示されていた第8サブルート――複数の遊撃部隊が散開し交錯する狭間の進行経路を、淡々と消化していく。

 足取りはまだ軽い。

 疲労は蓄積しているが、戦況は安定しているように“見えていた”。

 そのとき――

 

『こちらオペレーターのリーインシアです。リンデンくん、状況確認をお願いします』

 

 耳元から届く通信に、リンデンは手元で即座に受信操作を行った。

 

「リンデンです。進行中。経路に異常なし、反応済の敵性霊子体は殲滅済みです」

 

『確認しました。……追加報告に入ります』

 

 通信の向こうから、淡々とした報告が届く。

 だがその内容は、小隊の進行に大きく関わるものだった。

 

『現在、主力部隊が神域北部の第二層にて大規模種子体群と交戦中。進行速度に遅延が発生しています』

『そのため、こちら側の遊撃部隊を再構成し、挟撃経路を形成するよう新たに指示が下りました』

 

『リンデンくんの部隊は、第8サブルートから第6-A区画へと進路を変更してください。

 別働隊との合流は不要、各自で進行と殲滅を行い、主力の合流と合流点での合戦火力支援をお願いします』

 

 短く整った報告だった。

 だがその文面には、「孤立を前提とした命令」が、まるで当たり前のように組み込まれていた。

 

「進路変更、了解。第6-Aへ進入、独立進行継続します」

 

『ありがとうございます。次報まで通信保持――以後も、どうかお気をつけて』

 

 通信が切れる。

 再び戻る無音の廃墟に、風だけが吹き抜けていた。

 

「進路変更します。二人とも、展開警戒でついてきて」

 

 リンデンが後ろに向けて指示を飛ばすと、

 ユウトとアイナは即座に頷き、フォーメーションを微調整しながら続いた。

 変更された第6-A区画は、先ほどまでの廃墟よりもさらに荒れ果てていた。

 風化した高層構造物が重なり、視界が入り組み、崩れた橋脚や鉄骨が迷路のように進行を制限する。

 そして、その迷路の各所に――

 

「……種子体、こんなに?」

 

 ユウトの声に、リンデンは小さく頷いた。

 見える範囲だけでも、七体以上の種子体が進路を遮るように生えていた。

 そのいずれもが、防御核を守るように黒鉱を硬化させており、周囲の地形とも巧妙に噛み合っていた。

 何かがおかしい。

 そう感じたのは、リンデンだけではなかった。

 

「……この配置、ちょっと変じゃないですか」

 

 隣を歩いていたアイナが、低く呟いた。

 

「通常の種子体って、ここまで”戦術的”に出現しません。

 ……まるで、“最短ルートを塞ぐように”仕組まれてるような……」

 

 リンデンは数秒だけ沈黙し、視線を巡らせた。

 霊子波の流れ、遮蔽の形、地形の制限――それらすべてが「ここを通るな」と主張していた。

 

「……可能性は二つです」

 

 静かに言葉を返す。

 

「一つは、この先に魔剣使い、あるいはそれに相当する“切り札”が配置されている。

 ここを進まれるのは都合が悪いという可能性」

 

 そして、もう一つ。

 

「もう一つは……こちらの“挟撃”計画を逆手に取られた。

 進行路を意図的に潰して、後方から包囲してくるつもりかもしれません」

 

 ユウトの表情から、一瞬だけ緊張が滲んだ。

 だがリンデンはそれ以上は言わず、視線だけで二人に意志を伝える。

 

 

「ですが――進みます」

 

 リンデンのその一言で、空気が確定した。

 アイナとユウトは即座に頷く。

 だがその直後、リンデンは2人に手をかざして制止をかけた。

 

「私が先行します。二人は後方支援位置で待機」

 

「え……でも――」

 

「消耗を抑えてください。まだ、これで終わりではない」

 

 その言葉には、命令というより“保証”が込められていた。

 「ここまでは自分が切り開く」――そう語るように、リンデンはヘイロリウムを量子展開する。

 盾形態。リングユニットが振動を始める。

 霊子の収束がナンナリスから再構成され、彼の全身に支援用の補助霊子が染み込んでいく。

 そのまま、一歩踏み出す。

 砕けたアスファルトを越え、棘のように伸びる霊子鉱を蹴散らし、リンデンはただ一人で、目の前に立ちはだかる三体の種子体へと向かっていった。

 配置は狭く、正面からの突破には高いリスクが伴う。

 だが、迷いはなかった。

 最初に動いたのは、中央の個体だった。

 魔力核が赤く点滅し、霊子の振動音が周囲に響く。

 リンデンは即座に反力場を展開。

 それと同時にリングユニットの振動を臨界まで跳ね上げ、真正面からぶつかっていった。

 

 ――衝突。

 霊子波と霊子波が激突し、周囲の空気が一気に撥ね飛ぶ。

 黒い鉱石が砕け、灰が舞い、音より早く空気が焼けた。

 そのただ中を、リンデンの影だけが突き抜ける。

 空気が震えた。

 中央の種子体が高く霊子を吹き上げ、その中心に赤黒い粒子が集まり出す。

 

 召喚――天使が呼び出される。

 光と影を逆巻くようにして、白く塗られた汎用型ドールが空間の裂け目から滑り出すように現れる。

 一体、二体。止まらない。

 この狭い区画に似つかわしくない密度で、奴らは数を増やしていた。

 だが――

 

 「構わない」

 

 リンデンは、ほんのわずかに呟いた。

 盾のまま振動臨界へと達したヘイロリウムが、正面のドールの頭部に押し当てられるようにぶつけられた。

 ぶつけるのではない。

 削る。崩す。圧で砕く。

 リングユニットの振動が霊子の構造を破壊し、天使の頭部が粒子のように霧散する。

 間を置かず、リンデンは身体をひねり、右側の天使の肩をリングの縁で縦に断ち割る。

 接触と同時に、霊子構造が崩れ、ドールの身体は折れるように崩壊した。

 前進。

 振り下ろされる腕、振りかざす脚部。そのすべてが、盾の一撃で粉砕される。

 構えも姿勢も変わらない。

 彼はただ、歩きながら破壊していく。

 まるで、天使たちがリンデンの進行を止める役割でしかないかのように。

 彼は、そこに“戦っている”という意識すら置いていなかった。

 最後の一体が頭部から砕かれる頃には、中央の種子体は露出していた。

 防御層が失われ、核の明滅だけがむき出しに震えている。

 リンデンは、そのまま盾を構え直すこともせず、

 振動輪の側面を結晶核に押し付けた。

 ごぉ、という低く唸るような音とともに、

 種子体はただ静かに、溶けるように崩れ去った。

 その瞬間、周囲の霊子圧が一段階、緩んだ。

 

 

 

 

 

 ――気が付けば、あっという間だった。

 七体いた種子体は、影も形も残っていなかった。

 砕かれ、削がれ、焼き尽くされ、周囲には霊子鉱の粉すら残っていない。

 瓦礫の先に立っているのは、たったひとり。

 重斧盾(ヘイロリウム)を携えたリンデンだけが、そこにいた。

 装備には傷ひとつない。

 否――彼自身に、戦闘の痕跡すら見当たらなかった。

 最初から戦闘などなかったかのように、彼は静かにそこに立っていた。

 ユウトとアイナは、思わず言葉を失ったまま、その背中を見つめた。

 風が吹いた。

 その風に乗って、リンデンの髪がふわりと揺れる。

 

 ――黒に近い深緑。

 腰まで届く長い髪はひとつに結われ、

 周囲を包むヘイロリウムの振動音に合わせるように、ゆらり、ゆらりと揺れていた。

 目を凝らせば、彼の瞳はどこか優しさを湛えているように見えた。

 けれどその奥には、決して手の届かない“無機質な光”が宿っていた。

 冷たい。けれど、穏やか。

 優しい。けれど、どこにも感情がない。

 それは、ただの強さではなかった。

 

 (……これが)

 

 (現行GARDENの“最主力ガーデナー”の一角――)

 

 (成功保証、その人――)

 

 2人の胸に、はっきりと刻まれた。

 “自分たちとは決定的に異なる存在”が、目の前にいるのだと。

 





次回、次々回あたりで強いアンチヘイトタグ働きます。
特定のキャラにヘイトが集中するので、苦手な人は回避するようお願いします。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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