みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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アンチヘイトタグ光る回その2です。苦手な方はスルーお願いします。
もはや登場する騎士全員の性格が、完全にうちの時空仕様になりつつありますね……。



ガーデナーと断絶.4

 風雅の叫びが、霊子結界を突き破るように演習場に響き渡った。

 

 その声を聞いた者は、誰よりも早く動いた。

 対天使殲滅研究所・第12試験演習場、その重厚な扉が強引に開かれる。

 駆け込んできたのは、ソナタだった。

 

 「風雅……?」

 

 最初に発せられたその名は、呼びかけにも、警告にも聞こえなかった。

 ただ、喉から自然にこぼれた音。

 だが、目に飛び込んできた光景が、次の言葉を震えさせた。

 

 血溜まり。

 

 赤く、濃く、温かく広がる血液が、演習場の床を染めている。

 その中心には、肩を震わせる風雅がいた。

 腕の中に抱かれていたのは、胸元を大きく斬られ、意識を失った弟――リンデン。

 

 「……な、何を……」

 

 息を飲む。

 その続きを、口にすることさえ躊躇うほどに、ソナタの声は震えていた。

 

 「何を、している……?」

 

 震え、かすれ、割れるような音。

 庭師の頂点にある少女の声が、恐怖と困惑に染まる。

 その声に、風雅の肩がぴくりと跳ねた。

 顔を上げることができない。

 言葉を返すこともできない。

 自分が犯してしまったことの重さが、全身を縛り付けていた。

 

 遅れて、管理スタッフと医療班が駆け込んでくる。

 ソナタの命令が飛ぶより早く、訓練用霊子カーテンが解除され、周囲に処置スペースが設けられた。

 

「出血は広範囲!でも臓器貫通は……なし!ギリギリで外れてる!」

 

「止血!すぐに!転送準備、急いで!」

 

 数名がリンデンに群がり、風雅の腕から彼を優しく、だが急速に引き剥がす。

 運び込まれた担架の上に移され、次々と補助魔具と結界式が展開されていく。

 風雅は、何も言えなかった。

 ソナタも、何も言わなかった。

 二人はただ、並んで立ち尽くしていた。

 

 目の前で処置が進む。

 それでも、立ったまま、影のようにそこに居ることしかできなかった。

 “助かる”と分かっていても。

 それでも、“取り返しのつかない何か”が確かにそこに存在していた。

 

 

 

 

 消毒液の刺すような匂いが、密閉された空間に満ちていた。

 人工照明の白い光が、機械のボディと無機質な壁を均等に照らし、心音のような規則的な電子音が、時を刻むように響いている。

 GARDENの上位医療区画。

 その中心、精製霊子による高出力治癒カプセルの中に、リンデンは安らかに横たわっていた。

 ――安らかに、という言葉が、あまりにも場違いに思えるほど、彼の身体は惨憺たるものだった。

 傷口はすでに縫合され、再生処置の進行によって血の滲みは止まっていた。

 けれど胸元を覆う幾重もの包帯の下には、風雅の手によって斬り裂かれた、深い傷痕が眠っている。

 肌は土のように色を失い、わずかに上下する胸の動きが、彼がまだ“生きている”という事実だけをかろうじて示していた。

 命は――繋がっている。

 けれど、今の彼は「意識ある存在」としてこの場にいるわけではない。

 ただ生体反応という線で保たれているだけの、儚い光。

 

 集まっていた者は、わずか五人。

 最も早く駆けつけた姉ソナタ。

 加害者にして最も苦悩する風雅。

 医療とは別枠の癒し手として招かれたトロイ。

 そして、リンデンが運ばれていくのを偶然見かけて駆けつけたプロブレムとモノ。

 ガラス越しに見えるリンデンの姿に、プロブレムの肩がほんのわずかに震えた。

 普段の彼女からは想像できないほど、沈んだ声が空気に落ちる。

 

「……リンデンくん……」

 

 その呟きに、トロイが小さく息を吐く。

 

「大丈夫だよー、プロブレムちゃん」

 

 彼女の声は、いつものように、どこか飄々としていた。

 だがその表情は、わずかに硬く――それでも“日常”の口調を崩すことなく、優しく諭すように笑った。

 彼女の視線はカプセルの中の少年に注がれたままだった。

 

「MAZE.labの医療と、トロイさんのお祈りがあれば、もう心配いらないってー。

 この子、運はいい方だからさー」

 

 “この子は死なない”――そう言葉にしてやることで、恐怖を断ち切ろうとしていた。

 プロブレムは、わずかに頷いたが、不安の色は完全には消えない。

 その中で――モノの瞳だけは、ずっと風雅を見据えていた。

 沈黙を裂くように、モノが低く、鋭く問うた。

 

「……それで。いったい何があったの」

 

 その声音に責め立てるような色はなかった。

 ただ、目の前の現実を受け止めるための、問いだった。

 風雅は、何も答えられずに立ち尽くしていた。

 喉が強く締まり、唇を噛む。

 問いに答えることすら――自身への赦しを拒まれるように、怖かった。

 それでも、逃げなかった。

 視線を床に落とし、声を潰しながら、吐き出すように告げる。

 

「……シドウが。……この子を……斬ったわ」

 

 室内の空気が、音を失ったように静まり返る。

 

「――な、なんで……どうして!?」

 

 プロブレムの声が、裂けるように響く。

 彼女は信じられないものを見るように、風雅に詰め寄る。

 その足取りは震えていて、怒りか、恐怖か、それとも別の感情か――彼女自身も分かっていなかった。

 

「……あー……まあ、そうなるよねー。予想はしてたけどー」

 

 トロイはそう言いながら、プロブレムの肩に手を置いた。

 責めるでも、慰めるでもなく――ただ“予感していた現実”を受け止める者としての声だった。

 モノは何も言わず、静かに目を伏せた。

 まるで、痛みという感情を、言葉ではなく沈黙で抱きしめるように。

 プロブレムが風雅に詰め寄ろうとした、その瞬間だった。

 

「待ってくれ」

 

 その言葉が、空気を裂くように響いた。

 遮るように一歩を踏み出したのは、ソナタだった。

 蒼白な顔色のまま、それでも凛とした姿勢を崩さず、彼女は風雅の前に立つ。

 

「これは……私の責任だ」

 

 その声には、震えがあった。けれど、その震えを押し殺すように、言葉は前へと放たれていく。

 

「私が原因なんだ。だから、責めるなら――私を責めてくれ」

 

 その背中を見つめる風雅の肩が、小さく、しかしはっきりと揺れた。

 深く俯いたまま、声を発することもできずに、拳をぎゅっと握りしめる。

 指先の白さが、その悔いと羞恥の深さを物語っていた。

 沈黙が、部屋の中に張りつめる。

 やがて、その沈黙を破ったのも、やはりモノだった。

 普段と変わらぬ静かな口調。けれど、その声の奥には、問いの刃が確かに潜んでいた。

 

「その原因って、何なの?」

 

 ソナタは何も言わなかった。

 代わりに懐から一枚のタブレットを取り出し、無言のまま前に差し出す。

 それは、風雅にも見せた――リンデンの戦闘記録ログ。その簡易版だった。

 

 画面の中、命を背負った少年がいた。

 血濡れた地を這い、倒れかけた仲間を背負い、なおも前へ進もうとする姿。

 逃げろと叫び、援護のために立ち向かい、斃れそうになりながら、それでも誰かを守ろうとする、その姿。

 やがて――誰一人救えなかったという結末とともに、全てが無意味だったことを知って、崩れ落ちる彼の映像。

 肩を震わせ、地に膝をつき、嗚咽のように何かを吐き出しながら、ただそこに蹲る姿。

 

「…………っ」

 

 それを見たプロブレムの表情が、みるみるうちに青ざめていった。

 目を大きく見開いたまま、まるで心に刃を突き立てられたように、口元を覆う。

 

「そういう、事ね……」

 

 モノが低く呟く。

 感情を押し殺したその声に、理解の影がにじむ。

 トロイは何も言わなかった。

 けれどその瞳には、かすかに宿る哀しみが、静かな夜の炎のように揺れていた。

 

「私が……軍事を預かる者として――この子に、そうさせた」

 

 ソナタの言葉は、鋼のようにまっすぐだった。

 そこに言い訳も弁明もなかった。ただ、責任だけがあった。

 それが彼女の覚悟であり、罪だった。

 

「なにそれ……訳、わかんない……! なんで、それで……リンデンくんが斬られなきゃいけないの……!」

 

 プロブレムの声が震え、喉の奥から絞り出されるように放たれる。

 怒りと困惑と、どうしようもない悲しみが交錯し、声は崩れ、涙が頬を伝う。

 

「わかるよー」

 

 その声に応えたのは、トロイだった。

 まるで晴れた午後の空のような調子。けれど、その言葉の中には、酷く優しくて、酷く残酷な理解が宿っていた。

 

「リンデンちゃんを秤にかけて――ソナタちゃんは“人類”の方が重かった。風雅ちゃんは、ソナタちゃんの方が重かったって話。でしょー?」

 

 無邪気な声音に載せられたその真実は、どこまでも正確で、どこまでも痛かった。

 部屋に満ちるのは、赦しも、救いもない空白。

 誰も否定できず、誰も肯定できず、ただその事実だけが、胸に沈み続けていた。

 

 「リンデンくんを……ガーデナーの道を進ませなければ良かったのかな……」

 

 それは、ぽつりと零れ落ちた独白だった。

 誰に向けるでもなく、誰の返答を求めるわけでもない。

 ただ、カプセルに横たわる弟を眺めながら、胸の奥でずっと渦巻いていた思いが、ようやく唇をすり抜けた音。

 プロブレムの声はどこか震えていた。けれどそれは嗚咽の予兆ではなかった。ただ深く濡れていた。どうしようもない罪悪感の湿り気を帯びて、まるで肺の奥から絞り出されるように、重く、遅く、空気に滲んでいった。

 言葉が空中を漂う。

 誰もがその音に、心のどこかが引っ張られた。けれど、それを受け止めたのはたった一人。

 

「……それ以上は、やめて。バカブレム」

 

 すぐ傍に立っていたモノの声は、氷のようだった。

 情がまるで剥がされて、意志だけが残ったような声音だった。

 目も、肩も、息さえも揺れていない。ただ、瞼の奥にだけ、割り切れなさが積もっている。

 それでもプロブレムは止まれなかった。

 胸のうちに渦巻いていた思いは、痛みと共に言葉へ変わりはじめていた。

 

「だって……ガーデナーになんかしなければ、この子はこんなふうに――!」

 

 ――壁が震えた。

 ドン、と空気が爆ぜるような音が響いた。

 瞬間、プロブレムの背が壁に打ちつけられていた。

 モノの両手が、まるで何かを止める杭のように、彼女の肩を押さえている。

 掌に込められた力は決して強くない。けれど、拒絶の意志が、刃より鋭くその場を貫いていた。

 

「バカブレム、本当にやめて。それ以上言ったら――本気であなたのこと、嫌いになる」

 

 モノの睫毛が微かに揺れる。

 声の震えは怒りじゃない。涙の寸前の臨界だった。

 表情は凍ったままなのに、込み上げる熱だけが、彼女の全身を細かく震わせていた。

 指先も震えていた。けれど、それでも尚、壁から手を離さなかった。

 

「……なんでっ!?」

 

 プロブレムが叫んだ。

 その声も、泣きじゃくる子供のようだった。

 

「私たちの弟が……泣いてるんだよ!? リンデンくんが、あんなふうに苦しんでるのに……モノは、それでも平気なの!?」

 

 心臓に杭を打ち込まれたような一言だった。

 それでも、モノは逃げなかった。目を背けなかった。

 静かに、ゆっくりと、言葉を拾い上げた。

 

「……平気?」

 

 その一語だけで、空気の温度が数度下がる。

 足元から濃密な湿度が立ち上ってくる。

 声は囁きのようでいて、真っ暗な深海の底から響いてくるような重さを持っていた。

 

「平気な、訳――」

 

 息が詰まりかけた。

 声が、喉の奥でせり上がる感情に詰まっていた。

 唇を噛みしめた。歯が鳴った。

 

「……そんなわけ、ないじゃない……ッ!!!」

 

 それは爆発だった。

 自分の中に溜め続けた感情が、限界を越えて噴き出した音だった。

 声が、震えながら響いた。

 その震えは、凍えの震えじゃない。耐えて、耐えて、耐えてきた全ての感情が、支えきれずに零れ落ちた結果だった。

 

「この子は、自分で選んだのよ。誰に強いられた訳でもない。自分の意思で、あの場所に立って、傷を背負って、立ち上がって……」

「それでも前を向こうとしてるのに……!」

 

 それは、切実だった。

 今にも倒れそうなほど、全身が軋んでいるのに、それでもなお、誰よりもあの弟の“意思”を信じている――そんな、彼女の唯一の希望だった。

 

「今さら私たちがその手を引いたら……この子は、本当に全部を失ってしまう」

「価値も、意義も、存在も……自分自身そのものも……!」

 

 言葉が、途切れがちに吐き出されるたびに、彼女の細い肩が震えた。

 あれほど冷静で、鋭くて、誰よりも現実を見ていたモノが。

 今、この瞬間だけは、ただの姉だった。

 弟の苦しみに、自分が何もしてやれない現実を、どうしようもなく悔やむ姉だった。

 

「私たちにできるのは……ただ、後ろから支えることだけ」

「この子が、どこにたどり着くとしても……その時に、帰る場所だって思ってもらえるようにしておくことだけ……」

 

 ゆっくりと、プロブレムを押さえていた手が、離れていく。

 その掌には、じっとりと、汗と、震えと、未練が滲んでいた。

 

「――それだけが、今の私たちに残された役割」

 

 その言葉の余韻が、静かに部屋の空気に沈んでいく。

 湿った沈黙のなか、誰も何も言わなかった。

 重力のように全員を押し潰していた感情が、ようやく落ち着きの代わりに、深い倦怠を残す。

 

「……頭、冷やしてくる」

 

 短くそう告げたきり、モノは背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 床板に落ちる靴音が、やけに乾いて聞こえる。

 乱れた感情も、言葉も、すべて置き去りにして。

 まるで、感情という熱源から自分自身を遠ざけるための逃走のように。

 

「私達は、ここまでだ。――もう、この子の姉には、なれない……」

 

 その背中に重ねるように、ソナタがぽつりと告げた。

 押し殺した声だった。けれどそこには、濁りも飾りもなかった。

 軍略の才を持つ少女は、今はただの姉として、その終わりを受け入れようとしていた。

 傍らで、風雅は何も言わなかった。

 ただ瞳を伏せたまま、ひどくゆっくりとした足取りで、モノとソナタの後を追う。

 その指先は僅かに震えていたが、背筋だけは真っ直ぐだった。

 

 ――扉が閉まる。

 

 その瞬間、室内からすべての熱が失われたような気がした。

 空調の送風音すら遠ざかっていくようで、室内には、規則的な電子音と、カプセルから伝わる微かな呼吸音だけが残された。

 孤独のリズムのように、それらが静かに空間を刻む。

 誰もいなくなった広い部屋の中心で、プロブレムは静かに、その場に崩れるように座り込んだ。

 まるで力を失った子供のように、背を丸めて三角座りの体勢で、ぎゅっと膝を抱える。

 

「……ねえ、トロイちゃん」

 

 掠れる声。

 けれど、その声には痛みと疑念が滲んでいた。

 自身を責めることしかできない誰かの声だった。

 

「んー?」

 

 トロイの返事は変わらなかった。

 いつも通り、脱力した気だるげな調子。

 けれど、その響きは妙に遠く、優しかった。

 すぐ隣に座っているはずなのに、まるで夢の向こうから返ってくるような、奇妙な温度だった。

 

「私が言ったこと、間違ってたのかな……? 私バカだから、よくわかんないや……」

 

 プロブレムは顔を伏せたまま、言葉を零した。

 膝に額を押し当てるように、逃げるように。

 いつもの自分を演じることすら、もうできなかった。

 

「んー、まあ……思うことは人それぞれだからねー?」

 

 トロイは、まるで独り言のように呟いた。

 その声には、感情の温度がなかった。けれど、どこか底が深かった。

 空っぽに見える器の底に、泥のように澱んで沈んでいるものを、誰も気づけないまま見過ごすような、そんな声。

 

「皆が皆、ここに来るまでにたくさんの地獄をくぐってきたから、すこーし麻痺しちゃってるのかもねー」

 

 その言葉は、どこか遠くを見るようだった。

 乾いた瞳の奥に、色褪せた血の匂いが宿っていた。

 生き延びた者たちの、誰にも見せない傷痕をなぞるように。

 

「プロブレムちゃんだって。地獄、見てきたでしょー?」

 

 ふいに呼びかけられて、プロブレムは顔を上げた。

 その目は、赤く潤んでいた。

 怒りも、悲しみも、後悔も、全部ごちゃ混ぜになった感情の濁流が、瞳の奥に溜まっていた。

 

「……うん、見てきた。嫌なくらい、見てきたけどさ――」

 

 言葉が途切れた。

 ほんのわずかに息を吸い、また吐き出す。

 

「私たちが見てきた地獄と、この子が泣いてることは、関係ないじゃん……」

 

 それは、諦めではなかった。

 投げやりでもなかった。

 ただ――

 それでも許せなかったのだ。

 自分たちの地獄を言い訳にして、あの子の涙を正当化することが。

 声は細く、けれど確かに震えていた。

 その小さな呟きだけが、深い沈黙の水面に波紋のように広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が病室を去ってから、いくばくかの時間が過ぎていた。

 やがて、静かな電子音だけが支配するその空間で、カプセルからベッドに移され、横たえられたリンデンの睫毛がかすかに震える。

 顔をしかめるようにして、ゆっくりと瞼が開かれた。視界はぼやけ、目元には乾き切らぬ涙の痕がうっすらと残っている。

 全身にまだ鈍い痛みが残っていた。裂かれた肉が縫合され、皮膚の下に疼くように違和感が渦巻く。

 呼吸を一つするだけで、喉奥からくぐもった嗚咽にも似た吐息が漏れた。

 

 誰の声もなかった。ただ、規則的な機械音と消毒液の匂いが、過去の痛みと孤独を再確認させるように染みついていた。

 傍らの小さなサイドテーブル。そこには、飲みやすく加工された水容器と──一枚の、稚拙だが優しいタッチの花の絵。

 不格好なチューリップの下には、見覚えのある、まるい癖のついた筆跡で、短い一文が添えられていた。

 

 ──「きょうも がんばったね」

 

 震えるまぶたを伏せるように、リンデンはそっと視線を天井に戻す。蛍光灯の白が滲むようににじんで見えた。

 ひとつ、呼吸を挟み、掠れた声で言葉が漏れる。

 

 ︎︎――あぁ、死ねなかったんだ。

 

 それは誰に向けたわけでもない。

 ただ、自分自身への、諦めと悔いと、呪いにも似た実感の吐露だった。

 そして──彼がこの病室を後にしたのは、それから三日後のことだった。

 特別な見送りもなければ、誰かの呼び止める声もなかった。

 ただ、身に纏う衣服の感触だけを頼りに、彼は静かに歩き出す。

 まるで、誰にも悟られずに夜を出る影のように。

 

 

 それは、“巣立ち”と呼ぶにはあまりに痛ましく、

 “別れ”と呼ぶにはあまりに静かすぎる一歩だった。

 その後、誰もいなくなった病室には、たったひとつだけ痕跡が残されていた。

 ──データがすべて消去され、まっさらになった一台の携帯端末。

 それは、もう誰の連絡も受け取ることのない“弟”が、過去と共に手放した、小さな決別の証だった。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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