みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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デート準備回でした……。





ソロガーデナーと告白.1

 

 

 GARDEN第六層──半人工気候の昼下がりは、外壁に沿って並ぶ窓から注ぐ光までもが、柔らかく加工されたような色を帯びていた。昼食を終えた騎士寮の廊下は静まり返り、時折、遠くで誰かの笑い声や靴音が反響するだけだ。

 その穏やかさを、唐突に破ったのは、寮の一室から響いたトロイの素っ頓狂な声だった。

 

「デートの約束!?したの?!ブルーちゃんが!?!?」

 

 声は壁に反響し、部屋全体の空気を揺らした。布団の中に丸まっていたブルーは、その音にビクンと肩を震わせ、潜り込んでいた毛布の中で息を呑む。

 湿った吐息がこもり、肌にまとわりつく。心臓が脈を打つたび、体温が余計にこもって逃げ場を失った。

 

「うん、自覚して飛び出して言っちゃったみたい」

 

 カノンが何気なく事実を告げる。その横で、トロイはふぅ、と長く息を吐いた。諦めとも呆れともつかない音だった。

 

純情(ギルティ)ですよねぇ……」

 

 芝居がかった声が続き、ひらりとスカートの裾が揺れる。メイド服姿のロンドが、どこからか細い枝を取り出すと、布団の膨らみに向かってつん、と先端を押し当てた。

 

「メイド的にはぁ、一応止めようとはしたのですけどぉ?

 今の殿下にぶつかるなら、ブルーちゃんが適任かな〜って……ロンドさん、完全に独断でスルーしました!後悔しても遅いですけどねぇ?」

 

 声には悪戯めいた笑みが滲み、枝の先がもう一度、つつ、と布団を押す。布団の中の住人は、芋虫のように身じろぎするだけで顔を出そうとはしなかった。

 くぐもった声が、布団越しに聞こえた。

 

「……うぅ……自分で言い出した事だけど……デートってなにすればいいの……?」

 

 耳に届いたその声音は、困惑と怯えを半分ずつ混ぜたような、湿り気のある音色だった。

 トロイは腰に手を当て、眉を下げて軽く嘆息する。

 

「もー、考えないで行くからだよー?

 ほら、ブルーちゃんってば勢い余る(気持ちよくなる)と戦場に突っ込むクセ、こういう時にも出てるんだからー」

 

 戦場とデート──あまりにもかけ離れた二つの単語が、布団の中で渦を巻く。頭ではわかっていても、足の運び方ひとつ知らない場所に向かう緊張は、戦場以上に重く感じられた。

 カノンは肩を竦め、布団の山を冷静に見下ろす。

 

「服はどうするの? そのままいつもの着てくの?」

 

 返ってきたのは、ためらい混じりの短い返事だった。

 

「そ、それは……ちょっとだけ考えるけど……」

 

「ちょっとだけじゃ足りませんよぉ?」と、ロンドが枝をくるくると回しながら畳みかける。

 

「デートってぇ、“見られる”前提ですよねぇ? ロンドさんはブルーちゃんがもじもじしてる顔を想像しただけで笑えますけどぉ?」

 

 そのからかいに、布団の中から小さく抗議の声が返るが、湿気た声では反論の切れ味も鈍い。

 トロイは軽く笑い、壁にもたれて腕を組む。

 

「まぁ、ブルーちゃんらしく行けばいいよー。無理して大人っぽくしようとすると絶対転ぶからねー」

 

 カノンが頷き、「でも当日まで時間あるの?」と何気なく問いかけた瞬間、布団の中の空気がさらに沈む。

 わずかに間を置いて、ぽしょぽしょと小さな声が漏れた。

 

「……四日後……」

 

 ぴたり、と場の温度が変わる。

 トロイの笑みも、カノンの視線も、ロンドの枝の動きも止まった。四日──あまりにも短い。全員がその現実を一瞬で理解し、互いの顔に同じ色の驚きが浮かんだ。

 

「……はい!今から全力準備モードでーす♪

 ︎︎各所の手配と応援は、このスーパーメイドにお任せあれ〜♡」

 

 ロンドがにやりと笑みを浮かべ、枝でスパァンと芋虫の尻を叩いた。

 ︎︎「いったぁっ!」の言葉と共に布団からブルーが跳ね上がる。

 こうして、ブルーの短期決戦型デート準備は、半ば強制的に幕を開けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GARDEN第六層、市街地の路地裏。人通りから一歩外れたその場所に、古びた木製の看板を掲げる小さなBARがある。

 ︎︎外装の塗装はところどころ剥がれ、扉の真鍮ノブも手垢で鈍く光っている。だが、昼夜を問わず常連が絶えないのは、そのくたびれた風情ごと愛されている証だった。

 

 カウンターの奥、エイトは琥珀色の液体を満たしたロックグラスを片手に、肩の力を抜いた姿勢で腰を預けていた。

 ︎︎氷がグラスの中で小さく鳴るたび、彼はそれをゆっくり口へ運ぶ。長年染みついた癖のような動きだ。

 

「今日の仕事は早上がりですか」

 

「まあな。……たまには仕事より酒のが優先だろ」

 

「いつもじゃないですか」

 

 口元を歪めるエイトに、マスターも目尻をわずかに緩めた。

 ︎︎こうした軽口の応酬も、開店当初から三十年以上の付き合いだからこそだ。

 

「……そういや、この前連れてきた姐さん、まだ続いてるんですか」

 

「さあな。聞くなよ、そういうのは」

 

 マスターは肩をすくめ、次の一杯の準備に取りかかる。

 そんな他愛もない会話が、氷の音とグラスの触れ合う音に溶けていく。

 

 小さなカラン、という音が扉から響く。視線は動かさない。それがこの店のマナーだ。

 カウンター席の端に、外套姿の人物が入ってくる。密着性のあるスーツの上から肩まで覆うフードを被り、そこから覗く長い三つ編みが歩みに合わせて揺れていた。

 その人物はあえてエイトの隣に腰を下ろす。マスターはまっすぐ視線を向け、落ち着いた声で問う。

 

「――ご注文は」

 

 返ってきたのは、小さな、しかし迷いのない声だった。

 

「――マティーニを。ウォッカではなくジンで。封を切ってないシャルダンテのボトルを横目で見ながら、十秒ステアを」

 

 マスターは一瞬だけ目を見開き、それから小さく頷いて作業に取りかかる。ボトルが棚から下ろされ、静かにグラスが冷やされる。

 エイトはその横顔を視界の端で捉え、口許を緩めた。

 

「……似合わねぇな。誰から習ったんだよ」

 

 淡々とした声だが、その瞳はわずかに楽しげだった。氷が溶ける音が、間を埋めるように静かに響く。

 マスターがバー・スプーンを回す手を止めずに、ちらと二人の間を見やる。

 外套の人物は、声を掛けられてもすぐには振り向かない。ただ、手元のグラスを磨く音や、カウンター越しの微かな酒の香りを確かめるように、ほんの一瞬の沈黙を置いた。

 やがて、相手がこちらを見るより先に、エイトは名を呼ぶ。

 

「なあ、リンデン」

 

 その名が空気を切り裂くように落ちた瞬間、フードの奥で影がわずかに揺れる。

 

「……やはり、すぐ分かりますか」

 

 低く整った声とともに、フードがゆっくりと下ろされる。

 暗紅の瞳が現れ、店内の灯りを受けて小さく光った。

 

「――お久しぶりです、エイト兄さん」

 

 マスターは何も言わず、冷やしたグラスの縁にオリーブを添え、静かにカウンターへ置いた。その音が、再会の場面を区切る合図のように響いた。

 

 

 

 

 

 マティーニのグラスが、そのまま静かな音を立ててリンデンの前に差し出された。薄く曇ったステムを指先で軽く回し、彼はグラスの縁に触れることなく、ただ香りを確かめるように一息つく。

 エイトはロックグラスを揺らしながら、その瞳を視界に収め――そして、リンデンの「実は……」から切り出され投下された言葉に対して唐突に声を張り上げた。

 

「はあ!? 女とデートぉ?! お前が!?!?」

 

 その瞬間、カウンターに満ちていた静けさが弾け飛ぶ。厚い木の壁に跳ね返った声が二度、三度と響き、グラスの中の氷が細かく揺れた。

 マスターは手元のボトルを支えたまま、一拍だけ目を細める。客が声を荒げることは珍しくないが、今のは酒ではなく、純粋な驚きから出た声だとわかる。

 リンデンは眉ひとつ動かさず、その反応を真正面から受け止める。

 

「――ええ。ですので、エイト兄さんが昔『女の扱いだったら一から十まで教えてやるよ』と仰っていたのを、頼りにさせて頂きたいのです」

 

 淡々とした声音に、エイトの脳裏で何かが引っかかる。

 

 ……やべー、覚えてねー……いつ言った? いや、あの時だ。たぶん三本目のバーボンに手を出した頃。ああ、間違いなく酔ってた時だな……

 

 グラスの縁に残った水滴を親指でぬぐいながら、片手でガシガシと頭を掻く。

 

「あー……そういうこって」

 

 軽く受け流すような言い方だが、口元には僅かに笑みが浮かんでいる。

 その笑みは、ただの興味本位ではなく――久しぶりに弟が自分を頼ってきたことへの、兄としての愉悦が混じっていた。

 エイトはロックグラスを軽く揺らし、残った琥珀色を口に含んでから、カウンター越しに視線を戻す。

 

「つってもよ……女の扱いを教えるたって、まずは相手がどういう手合いか知っとかねぇとなぁ」

 

 指先でグラスの縁をなぞりながら、半分は興味、半分は面白がるような声音だった。

 リンデンはわずかに首を傾げ、短く返す。

 

「……何からお聞きになりますか」

 

「そうだな、まずは……どっちから誘ったデートなんだ?」

 

 短い沈黙の後、リンデンは視線を落とす。

 

「――向こうから、です」

 

 エイトの眉が、わずかに動く。

 

「ほぉ……で、年は?」

 

「十代半ばです」

 

「おいおいお前……」

 

 エイトは思わずグラスを置き、指先でこめかみを押さえた。二十六の弟が十代半ばの娘とデート、という事実が、やけに滑稽に思えてくる。

 

「……性格は?」

 

「明るくて……少し不器用な方で、天然……というのでしょうか。それでいて、恥ずかしがり屋です」

 

 言葉を選びながらの説明だったが、その端々から柔らかい感情が滲んでいた。

 

「好きなものは?」

 

「……戦場と、殲滅戦です」

 

「……は?」

 

 エイトは一瞬言葉を失い、やがて口角を引きつらせた笑みを見せる。

 この時点で、エイトの中でひとりの顔が浮かび始めていた。

 

「……あー……それってお前……」

 

 リンデンは何も言わず、ただ沈黙を保つ。その無言こそが、答えだった。

 エイトは深く息を吐き、背もたれに体を預ける。

 

「……十代半ば、しかもあの相手じゃ、オレの“酒と会話と手癖”で点を取るやり方は悪手どころか大火傷だな。……そもそもデートなんだろ? なら“女の扱い”ってより、エスコートの問題だよな」

 

 そう言うと、カウンターの上に転がしていた携帯端末を手に取る。

 

「オレよか適任がいるだろ……助っ人呼ぶわ」

 

 低く呟きながら、エイトは親指で素早く文字を打ち込み始めた。小さな画面の中で送信マークが点滅し、やがて確定する。その動作は、ただの兄の気まぐれではなく、何かを企んでいるとしか思えないほど手慣れていた。

 携帯端末の画面を消すと、エイトは無造作にそれをカウンターへ転がすように置いた。

 

「マスター、おかわり」

 

 そう言って、グラスに微かに残った琥珀を喉の奥に流し込む。氷が、音を立てて最後の主を見送った。

 

「助っ人……ですか?」

 

 反芻するような声で問いかけるリンデンに、エイトはグラスを掲げながら肩をすくめて見せた。

 

「まあな。オレよりずっと、こういうのに向いてる奴がいる」

 

 静かなBARの空気は、その言葉を最後にわずかに沈黙へと戻る。外の夜は変わらず深く、店内の灯りは変わらず穏やかだった。

 

 ──だが、数分もしないうちに。

 

 遠くから、路地を蹴るような小さな足音が近づいてきた。高いピッチの、少年のようなリズム。

 それが次第に大きくなり、扉の前でピタリと止まると、バーンと勢いよく扉が開かれた。

 

「エイトさん!リンデン絡みの非常事態ってどういう事!?」

 

 勢いよく飛び込んできたのは、小柄な身体に軽やかなコートを羽織った少年──否、第八騎士団(ORANGE)のWIZARD、オーバーフローだった。

 肩で息をしながら、ぱっと店内を見回すその顔は汗ばみ、けれどどこか興奮に似た光を湛えている。

 その視線が、カウンターに座るフードの青年にぶつかった。

 リンデンは思わず目を見開いた。

 

「……オーバーフロー兄さん」

 

 そして、同時にオーバーフローもまた、驚愕の色を浮かべた瞳でじっとその顔を見つめる。

 

「リンデン……!」

 

 互いの名を、ただ一言。

 六年の時を飛び越えるような、それだけで場の空気が一瞬止まる。

 グラスの氷がコトリと音を立て、ようやくマスターが無言でエイトの新しいロックを注ぎ始めた。

 

 

 

 

 空いたグラスを前に、三人は一度静かに深呼吸するように、沈黙を共有した。

 さっきまでの再会の余韻が、ようやく熱を失い、いつもの静かなBARの空気が少しずつ戻ってくる。

 

 マスターが手際よくオーバーフローの前に水と軽いソーダを出してくれたのを皮切りに、リンデンは、自分がなぜここに来たのかを一つずつ言葉にして語り始めた。

 エイトはその間、一切口を挟まずに耳を傾け、オーバーフローは、肘をカウンターにつきながら、じっとリンデンを見つめていた。

 店の片隅で、氷の溶ける音が小さく響く。

 語り終えたあと、リンデンはほんのわずかに、手元のグラスを見つめながら息を吐いた。

 それを受けて、オーバーフローは静かに、だがはっきりと頷いた。

 

「……あー、なるほどね。完全理解」

 

 真面目な顔でそう言うのがかえって印象的だった。いつもの軽口や芝居がかった調子はない。けれど、決して堅苦しくはなく、どこか芯の通った声だった。

 

「つまり……あの子が自分からデート誘ったってことでしょ?」

 

 言葉の端に、ふっと浮かんだ柔らかい感情が滲んでいた。

 

「あのブルーさんが、だよ?」

 

 オーバーフローはそう繰り返すと、グラスの水を一口だけ飲み、再びリンデンの方へと視線を戻す。

 

「正直、びっくりっていうより……うん、あの子なら本当に、何日も前からぐるぐる悩んで、思い切って飛び込んだんだなって思う」

 

 その口調には、優しさがあった。同じ“不老不死の騎士の仲間”だからこそ知る、あの子の不器用さを思いやる響き。

 エイトもロックを傾けながら頷いた。

 

「……傍から見りゃ、そそっかしいし、空回るし、言い方悪ぃけど純粋へっぽ子供が服着て歩いてるような感じだしな」

 

「うん。で、そんな相手に『それは違う』とか『悪手』とか言ったら、それこそ台無しだよ。リンデンの性格からしても、ちゃんと誠実に応えようとしてるんだってのもわかるし」

 

 そこで、オーバーフローは、にっと少年らしい笑みを浮かべて胸に手を当てる。

 

「ってことは、確かにオレの出番だよね」

 

「……よろしくお願いします」

 

 深く頭を下げるリンデンに、オーバーフローはふっと肩をすくめた。

 

「やだなぁ、礼なんていらないって。仲間の勇気と弟の誠実さの後押しができるなら、オレは全力でやるよ」

 

 オーバーフローもブルーのことは知っている。

 天真爛漫で、不器用で、照れ屋で、でも戦場では頼れる仲間だと理解している。そんな子が、数万年ぶりの“意志ある一歩”を踏み出したことを、無下になどできるはずがなかった。

 そして同時に――その想いを受け止める覚悟で、ここに相談に来たリンデンの姿も、誇らしく映っていた。

 水を一口飲んで喉を潤したあと、オーバーフローは軽く手を打った。

 

「よしっ、じゃあまずはコーデから考えようか」

 

 いつもの調子で明るくそう切り出すと、カウンター越しにリンデンの方へ身体を向ける。

 

「で、リンデンは普段どういうジャンルの服を着てるの?カジュアル?モード?ミリタリー?」

 

 軽快に投げかけるその質問に、リンデンは……ほんの一瞬だけ、表情を曇らせた。

 わずかに伏せた視線。八の字に曲げられた眉。口元に浮かぶ戸惑いの影。

 その「困った」と顔に書かれたような表情を見た瞬間、エイトとオーバーフローは、同時に嫌な予感を覚えた。

 

 「おい……」と、先に声を漏らしたのはエイトだった。

 

「まさかとは思うが……」

 

 言いながら視線をリンデンの着衣に走らせる。

 密着性の高いダイブギアスーツ、その上に羽織った重めの外套。魔界任務の帰還かと思いきや、市街地に出てきているのは明らかに別件。

 そして……よく見れば、靴まで外付式の戦闘用ブーツ。完全に「戦うため」の装備。

 ……そんなはずは、と願いを込めてエイトは問いかけた。

 

「なあ、リンデン……お前、服、他に持ってるよな?」

 

 その問いに、リンデンは静かに、しかし申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「――すみません。私服は……持ち合わせておりません」

 

 言葉を聞いた瞬間、エイトは盛大に頭を抱えた。

 

「おいおいおい……」

 

 目を覆い、掌で顔をぐりぐりと擦るようにして呻く。

 その隣で、オーバーフローもカウンターに額を落とすように突っ伏した。

 

「そう来ちゃったかぁ……っ!」

 

 声は軽いが、言葉の端に混じるのは笑いではなく、本気の戦慄。

 

 ――つまりこれは、エスコートの指南どころの話ではない。

 まずは「デートどころか普段着としての格好で、外を出歩ける服を持っていない」という、スタート地点以前の問題から手を付けなければならない、ということ。

 目の前の道が突然途方もなく遠くなった気がして、エイトとオーバーフローは無言で視線を交わした。

 そしてその視線の先で、無自覚に事の深刻さを理解していないリンデンが、少しだけ不安そうにマティーニのグラスを見つめていた。

 迫るタイムリミットは、あと四日。

 その刃先が、今まさに彼らの首筋に突きつけられているような気さえした。

 

「――こんなことしてる場合じゃない!」

 

 ︎︎オーバーフローは椅子を蹴るようにして立ち上がった。グラスの水を一息にあおり、カウンターに置く音が小気味よく響く。

 

「まだやってるアパレルか、深夜まで開いてる複合店舗……急げば間に合う! 行くよ!」

 

 事の重大さにいまひとつ実感が追いつかないリンデンも、その勢いに押されるようにすっと席を立った。背筋を伸ばし、用意は万全といった様子だ。

 当然、次はエイトが腰を上げる番――のはずだった。

 だが、兄はなぜかその場で動かず、バツの悪そうに眉を寄せると、頭をガシガシとかきはじめた。

 

「エイトさん! 早く行かないと間に合わなくなるって!」

 

 カウンター越しにオーバーフローが振り返り、急かすように声を上げる。

 

 「あー……」と、エイトは曖昧に声を濁す。

 その態度に、リンデンはわずかに不安をにじませた。

 

「――何か、不都合なことがありましたか?」

 

 エイトは数秒の間を置き、観念したように吐き出した。

 

「――わりぃ、飲み代払う金、貸してくんね?」

 

 店内の時計の針は、静かに進む。

 タイムリミットまで、残り四日。

 だが今この瞬間、三人の足を止めているのは、緊急事態とは似ても似つかぬ兄の懐事情だった。

 

 

 

 

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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