準備回その2。
GARDEN第六層、騎士寮のエントランスホール。その一角に置かれた丸テーブルで、ブルーはぽかんと口を開けたまま、見事なまでにフリーズしていた。
前傾姿勢のまま、微動だにしない。肩がほんの僅かに震えているのは、恐らく現実逃避と緊張が同時に脳を焼いているせいだ。
彼女の正面には携行用の中型ホログラムディスプレイ。
そこに並んでいたのは、カフェD&Dのカスタムメニュー――甘さの段階、ミルクの種類、氷の有無、トッピングのパターン、サイズ、シロップの選択肢に至るまで、文字通り呪文のような羅列。
隣のパネルには、リンデンとの待ち合わせ予定地周辺の商業エリアのマップと、店舗のリアルタイム混雑情報まで表示されていた。
その横で、タブレットを片手に資料をスクロールし続ける影がある。
表情ひとつ変えず、淡々と要点を読み上げていくモノだった。
ホログラム端末を操作する手の動きは無駄がなく、会議資料のように整然とした配布スライドが次々と生成されていく。
一方、ブルーの脳内ではとっくに何かが過熱しきっており、「読み取る」「理解する」「覚える」の各機能が順々に焼き切れていた。
そんな二人の様子を、少し離れたテーブルで静かに見守る三人の姿があった。
カノン、ロンド、そしてトロイ。
飲み物を片手に、状況を楽しむでもなく、止めるでもなく、あくまで観察するスタンスだ。
──数時間前。
「――そう。なら完璧な計画を立ててあげる」
その言葉は、思ったよりもあっさりと、モノの口からこぼれた。
いつもなら一度は「それ、私の仕事じゃないでしょ」とか「なんで私が」と文句を言う彼女が、トロイの頼みに首を縦に振るのは、なかなかにレアな展開だった。
案の定、トロイは目を細めて笑う。
「意外ー。トロイさん、モノちゃんはそういうの最初に少し渋ると思ってたけどなー」
その言葉に、モノは視線を逸らしながら、そっと髪先に触れた。
細く揺れる銀髪を無意識に指先に巻き取る、その癖を見て、トロイは――ああ、もう考え始めてるな、とすぐに気づく。
「……正直、めんどいけど」
前置きのように淡く吐かれた言葉に続いて、モノは小さく肩をすくめた。
「私が渋って、
ぶっきらぼうで、冷めた言い方。けれどその目は、ほんの少しだけ柔らかかった。
トロイはふふっと笑いながら、わざとらしく目を細めて言う。
「あははー、相変わらず素直じゃなくて草ー」
「でもモノちゃん、考え始めた時ちょっと
その一言に、モノの手がピクリと止まった。
はっとして、自分の口元にそっと指をやる。触れたその唇の端が、思っていたよりも緩んでいることに、ようやく気づいた。
モノは視線を逸らし、少しだけ肩を丸めるようにして小さく呟いた。
「……うっさい」
トロイの笑い声が、陽だまりのようにその場に広がった。
現在――。
騎士寮のエントランス、そのテーブルに据えられたホログラムディスプレイを前に、ブルーは再び魂を抜かれたように固まっていた。
ディスプレイには、カフェD&Dの人気カスタムメニューが30通り、鮮やかな映像と共に並べられている。
だが、ブルーの目に映っているのは、抹茶ショットや焦がしアーモンドミルク、レイヤーキャラメルクリームなんて優雅な単語ではない。
ただただ、文字の軍団――それも牙を剥いて襲いかかってくる猛獣のような“群れ”だった。
「ひえ……」と、無意識に呟いたブルーの喉がひくりと鳴る。
「各メニューの基本種類は108、そこにカスタムを加えると8万7千通り」
モノの淡々とした声が、背後から重力のようにのしかかる。
「そのうちの人気カスタムを30通りだけに絞って覚えてもらう」
その一言で、ブルーの肩がびくんと跳ねた。
「……もしかして、これ全部……?」
声はかすれて、震えている。
「全部よ」
その返答の冷たさは、まるで氷水の中に叩き落とされたかのようだった。
「全部!?!?」
反射的に上ずった声がテーブルに反響する。目が泳ぎ、ホログラムがぐにゃりと見えた気がする。
「――全部よ」
モノは微塵の感情も見せずに、繰り返す。そこにあるのは、事実と現実だけだった。
ブルーの脳内に、白いノイズが一気に広がる。
いける、これはいける、って言い聞かせてたのに、なんでこうなってるんだろう。
甘くてかわいくてキラキラしてる飲み物たちが、まるで敵意に満ちた暗号に見えてきて、頭が……熱い。熱い……。
「……………ぬ゛ぅぅぅ…………」
ブルーの額から、物理的な湯気が立ち上るのに、そう時間はかからなかった。
額から立ち昇る湯気は、幻ではなかった。
テーブルの真上にある空調がわずかに反応し、気流を変えたほどだ。ブルーは今にも机に突っ伏しそうになりながら、震える指先でホログラムの一角を指さした。
「……じゅ、じゅうにょん……? しょ、しょと、さ……? アマ……アマッ……アマゾ……」
言葉にならない呪文を唱えているようなブルーの横顔を、モノは無表情に一瞥した。
そのタブレットの画面を横スワイプし、新しい情報を表示する。
「次は、上映中の映画タイトルと、周辺の上映館一覧」
「えっ」
「上映中の本数は現行で32本、そのうちカップル向けに推奨されるものが11本。
うちデートに適したものを5本に絞り、それぞれの作品のジャンル・あらすじ・鑑賞時間・館内混雑予想を把握しておくことが推奨されているわ」
「えっっっ」
「加えて、上映スケジュールの最短ルート計算も頭に入れておいて。映画が候補に挙がった場合、咄嗟にプランを組めるように」
「無理無理無理無理無理……!」
今度こそブルーは机に突っ伏した。
ばふん、という鈍い音と共に、細い腕が両脇から力なくぶら下がる。
肩から腕、背中にかけて「がんばろう」とか「まけるな」とか書かれていそうなほど、魂が抜けていた。
モノは静かに息を吐く。
「……開始五分で思ったより折れるの早いんだけど」
すぐ横で、ロンドが小さく手を叩きながらつぶやいた。
「メイド的には、まだまだ行けそうなんですけどねー」
突っ伏すブルーの背中を、モノは一瞥だけしてスルーした。
指先でタブレットを操作し、今度はディスプレイ上にイベント情報を展開する。地図に沿って煌びやかなポップが次々に浮かび上がるたびに、ブルーの体温が反比例するように下がっていく。
「続いて、周辺の開催イベント。三日後から大型ショッピングモールで“春の文化祭フェア”、屋外ではキッチンカーグランプリ、路上演奏やプロジェクション演出のスケジュールは随時更新」
「む、無理無理無理ぃ……」
ブルーは呻くように呟き、テーブルに貼り付いた頬をゆるく横にスライドさせながら呻いた。
「なにそれぇ……どれかに行くの……?やだぁ……」
「それらしい話題をふられたときに“行ってみたいな”って自然に言えるよう、最低限の説明くらいは入れておくべき。
加えて開催地までの最短ルート、混雑を避ける時間帯、雨天時の代替案も想定しておいて」
「雨も考えるのッ……!!?」
ブルーの声が半音ほど裏返った。もはや学習ではなく拷問の領域に踏み込んでいる。
「やだぁ……もう、むりぃ……」
今度は顔の下に手を入れて、テーブルにしがみつくようにしながら、涙声混じりに震える。
「もうこれ絶対、ぜったい、ぜーったい間違える……おぼえられないし、しゅつりょくもできないし、ぜんぶぐちゃぐちゃになって、おわるぅ……」
それでもモノは、タブレットの次のスライドに手を伸ばしていた。
「最後に、予約特典付き店舗と事前チケット制スポットの……」
「トロイさん、たすけてぇ……!!!」
ついにブルーが悲鳴を上げた。
顔を涙と鼻水と混乱でぐしゃぐしゃにしながら、頭だけをゆっくりトロイの方へと向ける。腕はテーブルに残し、まるで溺れる人間が岸に手を伸ばすような、必死のSOSだった。
その様子を見ていたトロイは、手にしていたストローカップのジュースを啜りながら、にこにこと微笑んでいた。
「よくがんばったねー、ブルーちゃん。はいはい、ここまでが初期耐性テストだからー」
「テストだったのぉ……!!?」
またしても裏返る悲鳴が、エントランスの天井にこだました。
GARDEN第六層の夜は、人通りこそまばらだが、通りに並ぶネオンはまだ眠っていない。
カフェやバー、複合店舗の灯りが歩道に色彩を落とし、その光の下を歩く三人の影が並んでいた。
バーを後にしたリンデン、エイト、そしてオーバーフローの三人。
目的地は、深夜まで営業している複合型のライフスタイルショップ。アパレル、雑貨、カフェ、さらにはサロン機能まで備えた超大型施設で、いわば“何も持たない者の救済所”ともいえるスポットだった。
その道すがら、前を歩くオーバーフローが片手をひらひらと振りながら言った。
「――って、なってると思うから。そういうの、データ的なところはリンデンが覚えておかないとだね」
横目もくれずにサラッと言うその声は軽いが、内容は完全に実務モードだ。
エイトはタバコを咥えながら「お、出たな仕事人モード」と笑う。
リンデンは静かに頷いた。
「……はい。問題ありません」
それは虚勢でも、謙遜でもなかった。
彼の記憶力は、データと計算の最前線である
一読すれば、ほぼすべてを脳内で保持できる。映画のスケジュール、カフェのカスタムメニュー、イベント情報、それらを照合し最適解を出す作業は、むしろ彼にとっては「準備の範囲内」にすぎなかった。
ただ――。
「……それでも、私は“デート”というものにおいて、それらをどう活用するべきか、その感覚はまだありません」
その一言には、素直な戸惑いがにじんでいた。
記憶できる、処理できる。しかし「気持ちに応じた応用」がわからない。それがリンデンという男の限界でもあり、今回の壁だった。
オーバーフローはその言葉に振り返ると、肩を竦めながらウィンクを送る。
「うん、それはオレの得意分野だから、任せて?」
その言葉に、後ろからエイトが口を挟む。
「でもお前、恋愛偏差値で言ったらちょっとズリぃぞ?」
「なんでよ!技術と演出の勝利でしょ!?努力だよ努力!」
「生まれついての外見ショタで中身アーティスト気質のハッカーアイドルが何を言ってんだ」
「やかましいなパワープレイモテ野郎!」
そんな軽口の応酬が交わされる中でも、リンデンは前を見据えたまま小さく息を吐いた。
――四日後、自分はあの少女に会う。そのとき、彼女が後悔しない一日にするために。
今は、学ばなければならない。戦場ではなく、日常のことを。
自動ドアが静かに開く音と共に、GARDEN第六層の複合アパレルショップ「ark:frame」の空調が三人を迎え入れた。
明るく開けたフロアは、深夜帯とは思えないほどの品揃えと照明で満ちている。ウィンドウディスプレイには秋先取りのコートと、キラキラしたカジュアルユニセックスウェア。
「とりあえず、どの系統が得意かから見ていこうか」
オーバーフローは足早に進みながら、視線だけで棚を精査する。完全にハンターの目だった。
「カジュアル、モード、クラシック、ナチュラル、ストリート、フォーマル、サブカル、オタク系、スチームパンク、……あ、オタスチームとかいう地雷ジャンルもあるね」
「なんだよその災害系融合ジャンルは……」
エイトがタバコを指先で回しながら、苦笑交じりに漏らす。
その後ろで、リンデンは整然とした姿勢のまま問うた。
「……まず、私に似合うジャンルというのは、どういうものになりますか?」
オーバーフローはくるりと踵を返し、リンデンを下から上まで一瞥した。
「まずさ、顔が中性的で肌も白くて綺麗、しかも背はあるけど線が細い」
「三つ編みが超ロングってのも個性ポイント高ぇよな」とエイトが口を挟む。
「つまり!モデル体型! ナチュラル素材で透明感を押していくのもアリ、逆にモード系でキメると非現実感が際立つし、いっそアンニュイな少女風でも……」
「もしくは全部合わせて“キメラスタイル”にするか?」
エイトがニヤリと笑う。
「上はシースルーシャツにヴィンテージジャケット、下はプリーツ入りワイドパンツにマーチン合わせて、ヘアはそのままで縁なし眼鏡でインテリ盛り。
そんで香水は微香性のムスク、カバンは小さめのショルダーにカラビナでガジェットぶら下げる。……どうだ、歩く知能兵器だろ」
「それ、武装型ファッションテロリストじゃないですか」
オーバーフローが即座に返した。
そんな掛け合いを背後で受け止めながら、リンデンは首を小さく傾げた。
「……ファッションとは、随分と多層的な装備なのですね」
「そう!だからこそ楽しいの!」
オーバーフローは指を鳴らし、手近なラックからジャケットを数枚引っ張り出す。
「とりあえず、5ジャンル、3パターンずつ試着いこう。時間はない、けど選択肢は要る」
「……了解しました」
リンデンは静かに頷き、服を受け取った。
「全力で最適化を行いますね」
試着室の扉が開くたびに、フロアに小さな感嘆が生まれた。
「うわ、モード寄りのアシンメトリージャケットもイケるね……!」
「いや待て、そのスラックスの落ち感と三つ編みのコンボは完全に“絵”だぞ?」
ストリート、モード、クラシック、ナチュラル、ジェンダーレスミックス──
どの系統を試しても、リンデンの中性的な顔立ちとスッと伸びた体格、動作の丁寧さが、スタイルの精度を跳ね上げてしまう。
試着ルームの前で服の山を積みながら、オーバーフローとエイトは交互に腕組みをし、うんうんと真剣に唸っていた。
「なんかもう……どれも似合いすぎて逆に決まんないんだけど」
「なあ、コーデの最適解って3つじゃねぇのか……?」
「そう。だけど今、10個くらい正解出てる……」
そこにはもう、軽口を叩く余裕すらなかった。
もはや「衣装選び」というより「完成したキャラビジュに選択肢を与えすぎて混乱するスタッフ」の様相だった。
しかし当のリンデンは、二人の反応とは別の方向で、わずかに視線を落としていた。
――服はどれも良い。どれも似合うと言ってもらえる。でも。
「……この中のどれかが、あの人の隣に立てる姿なのか、と言われると……自信がありません」
思わず漏れたその独白に、エイトとオーバーフローは顔を上げた。
だが、声をかけるよりも早く、店内に微かな変化が走る。
気づけば、いつの間にか視線が集まっていた。
各試着ブースの奥、商品棚の隙間、レジ横のアクセサリーセクション──。
そこに立っていたのは、このフロアを担当する各ブランドの“スタッフ”たち。
彼らは皆、制服の名札をつけた精鋭スタイリスト。
一目見てファッションに命を懸けているとわかる、着こなしと立ち姿の迫力。
その目が、まるで獲物を見定める狩人のように、3人……いや、正確には“リンデン”の周囲を囲み始めていた。
「……おい、これ……」
エイトが眉をひそめた。
「店員の数が……増えてね?」
「完全ににじり寄って来てるね。しかもガチの本職の気配」
オーバーフローの目が、冷静に周囲の配置を読み取っていた。
「来るよ――“ブランド同士のガチンコスタイリング提案バトル”ってやつが」
リンデンの試着は、もはや個人の買い物ではなくなっていた。
あらゆるジャンルの最高峰たちが、静かに、しかし確実にその牙を研いでいた。
店内の空気が、ピンと張った弦のように緊迫する。
まるで誰かが「始まる」と予感して息を呑んだその瞬間、声を上げたのは――リンデンでも、エイトでもなく、外見最年少の彼だった。
「身長174!」
オーバーフローの声が、フロアに響き渡る。
その発声と同時に、すべての視線が彼に集中した。
けれどオーバーフローは怯まない。むしろ舞台に立った俳優のように堂々と、腕を広げながら続ける。
「細身の中性顔!肌はブルートーン寄りのクリア、目元は涼しめのツリ気味、耳小さめ、首細め、指長っ!」
「腰下三つ編みでスタイル変更可!現在ノースタイリングだけど軽く崩せばアンニュイ演出も対応!」
「背筋良好!猫背要素ゼロ!モデルポーズ指導で5分以内に順応可!」
エイトがぽかんと口を開けた。リンデンも理解が追いついていない。
だがそれでも、オーバーフローは止まらなかった。
「ボディラインはジェンダーレス対応!ウエストくびれてます!脚長いです!肩幅そこそこあります!骨格タイプ未分類ですがシルエットは“映え”一点突破!」
そして、トドメとばかりに右手を高く掲げ――。
「オールジャンルOK!各ブランド、1スタイルだけ!今、この場で一番“映える提案”を持って来たところが勝ち!!」
その言葉が放たれた瞬間。
ピタリと沈黙した空気が、一気に炸裂した。
「──了解です」
「ウチの“UnQuiet”でシルバーラインの新作、絶対似合う」
「フルホワイト+ミニマルアクセで殺しに行くしかないだろコレ」
「いけるいけるいける……ずっとこういう素材欲しかった……!」
にじり寄っていた各ブランドのスタッフたちが、一斉にスッと後方へと引いた。
散開。整列。即座に自ブースへと戻り、自分たちの最強の一着を選びにかかる。
深夜テンションの中で、理性と職業魂だけが冷静に燃えていた。
気づけば、売場全体が戦場になっていた。
その中心に立つのは、選ばれし試着モデル・リンデン。
その傍らで口を押さえながら笑いをこらえるエイトと、どこまでも真顔で状況を指揮するオーバーフロー。
そして、リンデンの身体を使った各ブランド同士の企業戦争が、静かに幕を開ける――。
五分後。
空気が変わった――などという陳腐な表現が、これほどしっくりくる瞬間も珍しい。
売り場の奥から歩み寄ってくる数人のスタッフたち。それは“従業員”ではなく“職人”だった。
彼らの手には、トルソー。あるいは、慎重に折りたたまれたパッケージとハンガー。
視線は研ぎ澄まされ、手の動きに迷いはない。明らかに、このフロアを統べるトップクラスのスタイリストたちだった。
その先頭にいた女性は、深く切り込んだ黒のロングジャケットを纏い、柔らかく微笑む。
かすかに響いた声は、空間そのものの色調を一段落とすような静けさを纏っていた。
「“夜に溶ける”をコンセプトに、漆黒のレイヤードと曲線パターンで、静かなる捕食者の佇まいを演出します」
そのコーディネートを掲げたのは、夜系ラグジュアリーに特化したストリートブランド《NOCT.》の主任スタイリストだった。
黒のドレープが流れるように揺れ、三つ編みの長髪を引き立てるように計算されたジャケットの構成に、エイトが小さく唸った。
そのすぐあとに現れたのは、視認しただけで眼を惹く異素材の奔流。
淡いパステルとメタリックの組み合わせに、グラデーションのかかった裾の揺れ――一見して“正気じゃない”構成を見事にまとめた一着を、朗らかな青年が抱えていた。
「“違和感は魔法”、それを体現する構成です。左右非対称のジャケットにメタリックプリーツを合わせ、ミラーネイルとの連動を想定しています」
その男が肩にかけていたネームタグには、《Éclettico》のマーク。
“選ばれた混沌”を体現する、混成モード系ブランドの旗手だった。
続いて、空色のラインと自然素材で統一されたリラックスコーデを持ち込んできたのは、いかにも職人気質な白衣の男。
彼は、まるで風の動きを読むような手つきで服を掲げた。
「繊細な陰影で“在ること”を際立たせる。言葉はいらない、“空気になる美学”を」
ナチュラル志向のミニマルブランド《Himmelblau》。
その代表らしい彼のコーデは、今までの攻め手とは正反対。“引き算”で勝負をかけていた。
そして、その後方からは、硬質な質感をまとった存在が現れた。
ミリタリー調、ギアテイストの混ざるユニセックスウェア。その重量感だけで、見る者を制する。
「この骨格には、主張の強さが必要。“隠す”んじゃない、“通す”んだよ」
タクティカルベルトとシンプルなセラミックアクセを組み合わせ、実用美と威圧感を両立させた《V.A.C.》。
そのスタイルはまるで戦闘用スーツのようだった。
最後に現れたのは、どこか中性的で不思議な色素を持った人物。
その腕に抱えられていたのは、淡いピンクと銀を基調にした繊細な布――それはまるで“夢”を形にしたかのようだった。
「彼が無意識に持つ“儚さ”を最大値まで拡張しました。
……この服に負けない瞳をしてるから、成立するコーデです」
《seraphic:tone》、幻想派ガーリィブランドの雄。
スタイリストの語る“最大値”は、確かに言葉ではなく完成予想図で証明されていた。
その瞬間、誰かが静かに息を呑んだ音が、リンデンの耳に届いた。
――いよいよ、逃げ道はなくなった。
彼の目の前には、それぞれの美意識を極限まで高めた、“プロたちの情熱”が揃っていた。
誰の服を着るか。何をまとうか。どの顔で、誰の隣に立つか。
そのすべてが、試されようとしていた。
「――とか言ってねー。リンデンちゃん、素材がいいから服屋の玩具にされてそうで草生えるよねー」
トロイの声が、のんきに響く。
その横でストローを啜る音が続き、まるで昼下がりの雑談のような空気がエントランスの片隅に漂っていた。
だが実際の現場は、そう牧歌的なものではなかった。
「ト、トロイさん……」
机に突っ伏したまま、ブルーは半泣きの声を漏らした。
「私、まだ映画とイベントとスイーツフェアの違いもわかってなくてぇ……『チュロスって武器ですか?』って言いそうになってぇ……」
「実際に言ってからが本番だよー?」
「ねえトロイ、それは洒落にならないんじゃないかな……」
隣に座るカノンが冷静にツッコミを入れる。
しかし、モノは動じなかった。
既に次のタブを開いており、今度はタッチパネルに“音声で覚えるおすすめフレーズ集”のページが表示されている。
「次は“相槌パターン”。想定される質問に対して、『へえ』『たしかに』『それは知らなかった』を自然に言えるように――」
「たすけてぇ……!」
ブルーは再び悲鳴をあげた。
さっきから何回目か分からない“限界の音”だったが、今回はやけにクリティカルだった。
「トロイさん……ほんとにほんとに、たすけてぇ……」
目をうるませながら、まるで地面に溺れる子猫のような視線でトロイを見上げる。
その姿にロンドがぽそっとつぶやいた。
「これ、あと3日続けたらブルーちゃんの魂が解けて消えそうですねぇ」
オリ主あるあるのよくあるやつやってみたかったので楽しい……!
恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。
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ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
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息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
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叡智閑話
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イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった