みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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デート回前半です。
次のイベはブルーメイン回だったので軽症で済みました。




ソロガーデナーと告白.4

 

 

 GARDEN第六層、市街地の中心部にほど近い複合商業エリア。

 朝の柔らかな陽光が白く舗装されたタイルの歩道に反射し、行き交う人々の影が幾筋も流れていた。

 その人並みの中を、リンデンはひとり歩いていた。

 足取りは急がず、けれど迷いなく。

 その背筋はまっすぐに伸び、周囲のざわめきがどこか遠くに感じられるほど、彼の意識は一点に集中していた。

 

 目的地は、中央プラザの噴水前。

 周囲にベンチやカフェテラス、イベント掲示板が点在するこの広場は、今朝も多くの人々で賑わっていた。

 普段であれば、ただの通過点。何気ない日常の一部でしかない。

 だが今日は、違う。

 

「……静か、ですね」

 

 小さく、誰にともなく言葉が漏れた。

 本当は人の声も、風の音も、遠くのモビリティの走行音も耳に入っている。

 けれど、彼の世界は今、あまりにも静かだった。

 昨日までの時間が、まるで予行のように過ぎていく中で、今日という日が“現実”になるまでに想像よりも多くの準備が必要だったことを、リンデンは知った。

 服を選び、振る舞いを学び、彼女と対等に並ぶための自分をつくる。

 それは、戦士として培った技術でもなければ、任務で培った直感でも補えない、未知の領域だった。

 けれど今、その“未知”の真ん中に足を踏み入れているという感覚が、確かにあった。

 

 ゆっくりと噴水のある広場が見えてくる。

 人だかりの奥、通路の縁、植栽の影。

 ……そこで、彼女を見つけた。

 

 黒ではない服を纏い、蒼い髪を軽やかに揺らしながら、背筋を伸ばして立っている――。

 いや、今は少しだけうつむき、顔を赤らめている。

 目の前の少女。

 それが、あのブルーだと気づくまでに、ほんの一瞬だけ時間がかかった。

 凛として立つその姿は、まるでこの場所だけ別世界のようだった。

 蒼色の髪が光を反射し、細い指先は緊張のあまりぎゅっとスカートの端を握っている。

 すれ違う者たちの視線が、まるで磁力のように彼女へと吸い寄せられていた。

 誰もが言葉を呑み、誰もが歩を緩め、ただ彼女の姿に見入っていた。

 その光景は、美しい、を通り越して――現実に存在するべきかどうか、迷ってしまうほどだった。

 

「……ブルー、姉さん……」

 

 口元が、自然とその名を零した。

 次の瞬間、リンデンは少しだけ足を速めた。

 小さく息を吸い込み、整える。視線をまっすぐ前へ。

 ︎︎今、彼女のもとへ歩いていこう。この“日常ではない時間”を共にするために。

 ︎︎歩を進めるたびに、人波の輪郭が薄れていく。

 ︎︎あれほど雑多だった景色が、いつの間にか音もなく沈んでいた。

 ︎︎ただ一つ、視界の中央――。

 ︎︎少女の蒼が、ゆっくりと、風に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 足元の石畳をじっと見つめるばかりで、ブルーはもう何分そこに立っていたのか分からなくなっていた。

 待ち合わせ場所に指定した、中央噴水の広場。その一角にある植栽の影。

 ここは風通しがよく、視界も広く開けている場所だった。

 ……いや、それはあくまで、視線を“浴びる側”にとっての話だ。

 四方から降り注ぐ好奇と賞賛と戸惑いの入り混じった視線。

 すれ違う人の足が止まり、スマートレンズのシャッター音が隠れて響く。

 店の中からガラス越しに見つめてくる視線、会話の途中で振り返る背後の人々。

 どうしていいか分からず、ブルーは小さく肩をすくめた。

 

「……な、なんで皆見てくるの……」

 

 思わず漏れた声は、喉奥で掠れた。

 背筋をぴんと伸ばしていなければ、今すぐその場から逃げ出してしまいそうなほど、身体の芯が熱くなっていた。

 いつも通りの黒服なら、ここまで目立つこともなかったはずなのに。

 でも、今日の自分は──

 今日のための、自分だった。

 

 指先がぎゅっとスカートの裾を握る。

 視線を足元に落としたそのとき、不意に風が吹いた。

 顔を上げた。

 ……そして、見つけた。

 

 人波の向こう、通路を挟んだ街路樹の列の先。

 “それ”が、こちらへと歩いてくるのが見えた。 

 黒緑の三つ編み髪が、ゆっくりと揺れていた。

 その動きは、まるで水面に一筋の羽を落としたように静かで、確かだった。

 とたんに、空気が変わった。

 視界が、淡く滲みはじめた気がした。

 彼が近づいてくるだけで、風が――音が――すべてが、別の時間に変わっていく。

 

 彼は、白に近い霧灰色の衣服を纏っていた。

 まるで朝霧そのものが人の形を成したような、柔らかく、輪郭を持たないその色彩。

 直線的で襟のないトップスは、一見すると何の装飾もないようでいて、胸元から裾にかけて流れる花脈のようなプリーツが、歩みとともにそっと開いては閉じた。

 その布地は極薄のマットサテン。内側に仕込まれたフェードグラス繊維が、光を柔らかく散らし、表情を浮かばせない。

 袖口は手首を覆い、手を前に出すたびに、ふわりと“ひだ”が空気を泳いでいた。

 下半身は……一瞬、ロングスカートかと思った。

 しかし歩みの拍子に布が割れ、そこに深く切れ込んだスリットと、黒いパンツの気配が覗いた。

 

 静かだった。

 とにかく、音がしない。

 衣擦れも、足音も、何も響かない。

 けれど確かに彼は、此方に向かって歩いている。

 

 軽量のシフォンと吸音性の布地。

 まるで、意図して“存在感”そのものを消すように設計されたその動きは、気づかぬうちに見る者の思考を奪っていた。

 そして足元。

 濡れた灰紫色のブーツ。

 その表面には、近づかないと気づかないほど浅く花弁模様が彫られていて、

 それが歩むたびに、微かに微かに陽光を弾いていた。

 そして――耳に。

 ひとつだけ付けられたピアス。

 透明に近い花弁型のガラスが、角度を変えるたびに揺れる。

 ミソハギの花を模したそのピースは、何度見ても花には見えなかった。

 完全に花であるはずなのに、完璧には花に見えない、そのわずかな“歪み”が、彼という存在の中に宿る異質さを際立たせていた。

 

 まるで人の形を借りた機構装置。

 言葉を失う。呼吸が止まる。

 ブルーはただ、そこに立ち尽くしていた。

 視界の中心を歩いてくるその姿が、“人”であることを忘れてしまいそうになるほどに――。

 

 

 歩みは、止まった。

 ふたりの距離は、もう目と鼻の先。

 そのはずなのに、互いの足は微動だにしなかった。 

 

 リンデンは、ただブルーを見つめていた。

 あのいつも慌ただしく、どこか抜けていて、周囲を巻き込んでばかりの彼女が――

 今日、そこに立っていたのは、“蒼”の名を纏うに相応しい、あまりにも儚く整った少女だった。

 光を受けて淡く透ける髪、金のメッシュが揺れるたび、きらきらと跳ね返る微光。

 花の蕾のように赤らんだ頬、少しだけ怯えた目、けれど視線を逸らさずに自分を見つめている。

 まるで風の中に咲くひとひらの花弁。

 それはただ“綺麗”という言葉で片付けてしまうには、あまりにも生々しくて、そして美しかった。

 

 ――一言、声をかけるだけのはずだった。

 たったそれだけが、どうして、こんなにも遠いのか。

 リンデンの呼吸が、浅くなる。

 その一方で、ブルーもまた、彼を見上げたまま、硬直していた。

 

 

 彼女は思っていた。

 どうして、あんなに綺麗なの――。

 遠くから見ていたときから、近づくにつれて現実味が薄れていった。

 風景のノイズが消え、足音も、雑音も、全てが滲んでいく中で。

 霧灰の衣服が光を柔らかく散らし、そのすべての輪郭が、夢と現実の間に立っていた。

 歩くという行為が、どうしてこんなにも静かで、どうしてこんなにも綺麗なのか。

 布の揺れと髪の動きが、全く同じリズムで揺れるのを見た瞬間、ブルーは本気で「この子、本当に人間かな……」と混乱していた。

 

 だから、ただ見つめ合っていた。

 ほんの数秒? いや、体感では5分以上かかっていたように感じる。

 視線を外すのが怖くて。

 声をかけるのがもったいなくて。

 でも、何か言わなきゃいけないことも、知っていた。

 リンデンが、口を開いた。 

 

「――お待たせ、してしまいましたか?」

 

 その言葉は、驚くほど穏やかで、低くて、優しかった。

 その瞬間、ブルーの肩がびくりと跳ねた。

 

「あっ、う、ううんっ、わた、私も! 今来たところ!」

 

 思わずブンブンと首を振って叫ぶように返した自分の声が、思ったよりも大きかったことに気づいて、ブルーはさらに顔を真っ赤にした。

 言ったそばから、“明らかに先に来ていたのは自分”という事実が背後から刺してくる。

 でも今は、それを突っ込まれないことだけを祈るように、両手を前でぎゅっと組み直した。

 

 ――ようやく、始まった。

 たった一言を交わしただけなのに、心臓はもう、最高潮に跳ねていた。

 

 言葉を交わして、数秒。

 ブルーが、ぎこちない笑顔のまま硬直していた時。

 リンデンが、ふとその名を呼んだ。

 

「ブルー姉さん」

 

 静かな、けれどはっきりとした声。

 

「うぇっ?」

 

 ブルーの反応は、思わず跳ね上がるような声だった。

 自分でも驚いたのか、口元を手で覆いながら瞬きを繰り返している。

 そんな彼女を、リンデンはまっすぐに見つめていた。

 そして、ほんの少しだけ――微笑んだ。

 

「……とても、似合ってますよ」

「とても、お綺麗です」

 

 その言葉は、まるで空気の層を一枚、そっと滑らせてくるようだった。

 決して熱のこもった大声ではないのに、ブルーの耳には、それだけがはっきりと聞こえた。

 喉の奥が詰まり、何かを返さなきゃと焦って、でもうまく声が出ない。

 

「り、リンデンも……」

 

 とにかく何か言わなきゃと、彼女は唇を開いた。

 

「凄く、綺麗だから……!」

 

 それは想定していた返しとは、きっと違った。

 けれど、まぎれもないブルーの“本心”だった。

 言った瞬間に顔が火照る。

 視界がぐらりと揺れた気がして、彼女は両手で頬を包み込んだ。

 リンデンは、一瞬だけ驚いたように瞬きをして。

 だが、すぐに柔らかな空気を纏って、頬にうっすらと色を差した。

 

「――ありがとうございます」

 

 その言葉には、形だけの礼ではなく。

 ――確かに、受け取ったという意味が、静かに込められていた。

 ふたりの間に、わずかにあった“緊張”という名の膜が、音もなく溶けていく。

 噴水の水音が、風に乗って微かに揺れた。

 

 互いに言葉を交わし、ふわりとほどけた空気が噴水の水音に馴染んでいく。

 リンデンは、ひとつ息を整えるように目を伏せ、すぐに視線をブルーへ戻した。

 そして、ごく自然な動きでその右手を、そっと差し出す。

 何も言葉は添えられなかった。

 だが、その手には“エスコート”としての礼節と、今から始まるひとときを丁寧に扱う意思が込められていた。

 ブルーのまつ毛が揺れる。

 差し出された手を見て、すぐに顔が赤くなった。

 あわあわと視線が泳ぐ。彼女の中で「これは取っていいの? 取らなきゃ失礼? でも恥ずかしい……!」と、感情が何重にも折り重なっていた。

 

 それでも、勇気を出して。

 ブルーはそっと、自分の手をリンデンの手に重ねた。

 その瞬間、指先が少し震えた。

 リンデンの手は思っていたより大きくて、でも優しく包み込むように彼女の手を受け止めてくれた。

 皮膚の温度が、心臓の鼓動と共鳴する。

 

「……では、行きましょうか」

 

 低く落ち着いた声に、ブルーは「うん……」と小さく頷いた。

 並んで歩き出す。

 まるで歩幅が自然と合ったように、ふたりの足音はぴたりと揃った。

 通路脇にいた人々の気配が、すっと静かになる。

 それは“注目されなくなった”という意味ではない。

 むしろ、注目がピークに達したからこそ、誰もが声を失っていたのだ。

 霧灰の衣服と蒼い髪。

 装飾を捨てた静寂と、感情をそのまま乗せた鼓動。

 まるで“対”として作られた存在が並び歩くその姿は、この街のあらゆる騒がしさを一時的に黙らせるだけの力を持っていた。

 

 ブルーは、少しだけ上目遣いでリンデンの横顔を盗み見た。

 表情は変わらず淡々としているのに、時折まぶたの動きが、ほんの僅かに焦点を迷っている。

 それに気づいて、彼女の唇がわずかに緩む。

 

「……リンデン、ちょっと緊張してる?」

 

「……え?」

 

「えへへっ……だいじょうぶ、私も……すっごく緊張してるから」

 

 そう言って、ぎゅっとリンデンの手を握った。

 そのぬくもりに、彼もまた、心のどこかでほっとしていた。

 こうして、ふたりの時間が動き始めた。

 ぎこちなく、でも確かに繋いだ手の中には、まだ何も決まっていない未来が宿っていた。

 けれどそれで、きっと十分だった。

 

 

 

 

 

 リンデンの手に導かれるように、ブルーは街の通りを歩いていた。

 空気はやや涼しく、通り過ぎる人々のざわめきが背中の向こうへと滑り落ちていく。

 ふたりの歩幅は、自然と揃っていた。わざと合わせたわけではない。けれど、気づけば息の数も重なっていた。

 ブルーは、ちらりと隣を歩くリンデンを見上げた。

 その横顔は、変わらず整っていて、でもほんの少しだけ、どこか緊張が残っているようにも見えた。

 それに少しだけ安心して、ブルーは自分の手の中の温もりを、もう一度ぎゅっと握った。

 

 やがて、小さな十字路を越えた先、角地に佇むカフェが見えてきた。

 看板には「D&D」の文字。第六層の全区画で展開している大手チェーン。

 柔らかな木目とマットな金属フレームで統一された外観は、都市部の喧騒を遮るように、静けさを滲ませていた。

 入口の自動ドアが開いた。

 ふたりが足を踏み入れた瞬間、カウンター奥のスタッフが一礼しながら迎える。

 

「いらっしゃいませ」

 

 木の香りと焙煎された豆の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

 ブルーは少しだけ、肩の力を入れ直した。

 ――大丈夫、メニューは……練習した。

 

「こちら、テーブル席でよろしいですか?」

 

 「はい、お願いします」と、リンデンが即座に答える。

 促されるまま、窓際の席に腰を下ろす。

 メニュー表は、ホログラフィック式だった。

 手元のテーブル上に触れると、パネルがふわりと立ち上がり、無数のカスタマイズメニューが浮かび上がる。

 ブルーの目が、ピクリと揺れた。

 あの、忌まわしくも見慣れた、情報の海――。

 

(だいじょうぶ、だいじょうぶ、昨日の夜も久理さんと……!)

 

 恐る恐る指を伸ばし、項目をスクロールしていく。

 “ホットドリンク”から“シーズナルメニュー”、さらに“カスタムランキング”。

 見つけた。

 ブルーの目が光る。

 

「わ、私、注文……しても、いい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 リンデンの穏やかな返答を受け、ブルーは指先を震えさせながら、スタッフを呼び出すボタンにそっと触れた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 制服を着たスタッフが微笑む。

 ブルーは、緊張のあまり一度口を開きかけて詰まるも、首を横に振って一息、そして――。

 

「……ダブルショット・ダークモカフラペチーノ、チョコチップ追加で。ミルクはソイ、ホイップ控えめ、氷少なめ……で、お願いしますっ」

 

 一瞬の沈黙。

 スタッフの目が少しだけ見開いた。だがすぐに「かしこまりました」と礼をし、オーダーが登録されていく。

 ブルーは――口から心臓が出そうだった。

 「ちゃんと言えた……!」という実感と、緊張の反動で視界が霞んでいた。

 その姿を、リンデンは黙って見つめていた。

 声に出しては言わなかったが、その努力と覚悟は、誰よりも伝わっていた。

 

「お見事でしたよ、ブルー姉さん」

 

 ぽつりと、テーブル越しに届いた言葉に、ブルーはびくりと反応する。

 

「そ、そうかな……!? ちゃんと……なってた……?」

 

 リンデンはゆっくりと頷いた。

 

「ええ。落ち着いていて、丁寧で……とても素敵でした」

 

 その一言が、ブルーの頬にぽっと火を灯した。

 さっきまで感じていた緊張は、どこかへ流れ、代わりに胸の奥がふんわりと温かくなっていた。

 

 ――努力したことが、ちゃんと届いた。

 ――彼の隣に並ぶための一歩が、ちゃんと形になった。

 

 その小さな“成功”が、ブルーの背中を押した。

 

「……えへへっ。次は……スイーツ、選ばなきゃ……!」

 

 そう呟いたブルーは、目の前のホログラムパネルに視線を戻した。

 先ほどまでと違って、その瞳はわずかに落ち着きを取り戻している。ページを指先でめくりながら、目移りするようにひとつひとつを追っていた。

 その横で、リンデンも静かにホログラムへと視線を移した。

 

(……ブルー姉さんが選んだメニュー、甘味と豆乳の調和次第では、少しクセが強いかもしれませんね)

 

 彼の思考は静かに巡っていた。

 練習の成果を発揮したブルーに水を差すようなことはしたくない。

 けれど、もし彼女が一口飲んで「うぅ……」と苦しんだらどうするか。

 答えは決まっていた。

 

「――カスタムで注文をお願いします」

 

 近づいてきたスタッフに、リンデンはそう告げる。

 

「ホット・スチーム・シュガーフォーム・オーツミルクラテ。ダブルショットで。バニラエキス少量。トッピングはなし、温度は60度。カップは二重構造のマットタイプで」

 

 スタッフはすぐに理解したようで頷いたが、その目にわずかな驚きが浮かぶ。

 その注文内容は、店舗に通い詰めた常連ですらなかなか到達できない、いわば「裏・裏メニュー」に近い構成だった。

 リンデンの眼差しは淡々としていたが、その実。

 彼が選んだその飲み物は“香りは深く、甘みは軽く、苦味は滑らか”という特性を持っており、口直しに極めて向いているものだった。

 そして何より、ブルーの好きなカカオ系と合う味覚構成をしている。

 

「こちらで、よろしいですか?」

 

「ええ、お願いします」

 

 ブルーのほうはというと、スイーツページで長考の真っ只中だった。

 「な、何これ……パンケーキが花びらみたいになってる……」「ティラミス……くずすのもったいない……」と、ひとりであたふたしている。

 

「決まりましたか?」

 

 リンデンの声に、ブルーは「う、うんっ!」と胸を張る。

 

「えっと、ストロベリー・リリィの……セミフローズン、食べます! すごく……見た目が、綺麗だったから……!」

 

「いい選択ですね。……私は、サブレ・オ・ショコラを」

 

 そう返すリンデンに、ブルーはぱちぱちと瞬きをした。

 

「チョコレート、好きだったの?」

 

「好きというより……以前、ブルー姉さんが甘い物を召し上がる時、自然と笑っていた記憶がありまして」

 

「へ……? え……?」

 

 突然の発言に、ブルーの頭が一瞬真っ白になった。顔がじわじわと赤くなっていく。

 

「お、覚えてたの……?」

 

「……ええ、些細なことでも、覚えていますよ」

 

 その一言で、ブルーの口から「ぴゃっ……」という謎の声が漏れた。

 手のひらで両頬を包んだまま、熱が一気に沸騰する。

 

 ――気づけば、自然に笑っている。

 

 まるで当たり前のように、こうして向き合って話している。

 たった数十分前まで、足が震えるほど緊張していたことを、もう少しで忘れてしまいそうになるほどに。

 注文が確定され、スタッフが再び頭を下げて離れていく。

 あとは、スイーツとドリンクの到着を待つだけ。

 

 ふたりは改めて、向かい合って座り直した。

 ガラス越しに差し込む柔らかな午後の光。

 噴水の水音が遠くに聴こえる。

 周囲のざわめきはあるはずなのに、テーブルの上だけは不思議と穏やかな静寂に包まれていた。

 ブルーの指先が、机の下でそっと揺れていた。

 

(……これから、もっと頑張らなきゃ)

 

 そう、彼女は思っていた。

 

 

 

 テーブルに差し込む陽光が、ゆっくりと傾きを増していく頃。

 スタッフが、トレーに乗せたドリンクとスイーツを手際よく運んできた。

 

「お待たせいたしました。ご注文のドリンクとスイーツです」

 

 その声に、ブルーの肩がぴょこんと跳ねる。

 テーブルに置かれたストロベリー・リリィのセミフローズンは、名前の通り花のように盛られた苺のピューレが、ふんわりと冷気を纏いながら立ち昇っていた。

 淡いピンクとクリームのコントラストが、まるで夕方の空に浮かぶ雲のように儚い。

 

「わぁ……」

 

 ブルーは感嘆の声を漏らすと、身を乗り出してそっとスプーンを手に取った。

 その横でリンデンのもとには、淡いキャラメル色のカップと、濃厚なチョコレートの艶を湛えたサブレ・オ・ショコラが並べられる。

 どれも香り高く、空気ごと“甘さ”に染まりそうなほどに豊かだった。

 ブルーは目を輝かせながら、フローズンの端にスプーンを差し込み、控えめにひとすくいすくうと、そっと口元へ運んだ。

 

 ――ひんやりとした冷気、苺の酸味と、ミルクの優しい甘さ。

 

「……んっ……!」

 

 思わず肩がすくむほどの幸せが、舌の上に乗っていた。

 目がまんまるになる。次の瞬間には、くすぐったそうにほほ笑んでいた。

 

「これ、すっごく美味しい……! 私、こういうの初めてかも……」

 

 頬に赤みを差したまま、ブルーはスプーンをもう一度。今度は勢いよくすくって、口へ。

 その様子を、リンデンは穏やかな視線で見守っていた。

 まるで、子どもが本当に嬉しそうにプレゼントを開けているのを、そっと見ているような眼差しだった。

 そのまま、自身のカップに手を伸ばす。

 飲む直前に、ちらりとブルーの表情を確認する。口角は緩み、目元も柔らかい。

 どうやら、口に合ったようだ。

 

(……問題なさそうですね)

 

 小さく息をついて、リンデンも一口、ラテを啜る。

 優しく泡立ったフォームが、口内でゆっくりほどけていく。温度、香り、甘み、すべてが狙い通りの仕上がりだった。

 そんな静かな満足を味わっていたところに、不意に聞こえてくる声。

 

「ふへへ……おいしすぎて、鼻血出そう……」

 

「えっ……?」

 

 思わずリンデンが視線を戻すと、ブルーがスプーンをくわえたまま、頬を染めて恍惚の表情を浮かべていた。

 

「……い、いえ、鼻血は出ていませんが……その、顔が……」

 

「……ふにゃっ、あっ、えへへっ……なんか、幸せすぎて……」

 

 どうやら、極限まで力が抜けているらしい。

 そのふにゃふにゃな表情に、リンデンの肩の力もまた、すっと抜けていった。

 

「ブルー姉さん」

 

「んぇ……?」

 

「食後、もしよければ――次は、お散歩でもどうでしょう」

 

「……うんっ! 行く! 行きたいっ!」

 

 あまりに即答だった。

 その元気いっぱいな返事、スプーンをくわえたままぶんぶんと頭を下げているブルー。

 どこか子犬のようで、それでいて、先ほどまでの美しい佇まいがまるで嘘のようだった。

 だが、それを見て、リンデンの頬がゆるむ。

 綺麗に着飾っていても、頑張って練習してきても、こうして“いつものブルー”が顔を出すことに、どこか安心する自分がいた。

 少しずつ、互いの「知っていた部分」と「知らなかった部分」が、溶け合いはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドリンクの香りとスイーツの余熱が、まだ舌の奥に残っていた。

 ブルーは頬を少し紅潮させたまま、空になったグラスを見つめていた。

 さっきまでのふにゃふにゃとした笑顔はすでに引き締まっているけれど、それでも口元の隅に残る小さな緩みは、きっと隠しきれない。

 テーブル越しにリンデンが微かに頷いた。

 それが「満足していただけたようで何よりです」と言っていることを、ブルーはちゃんと察していた。

 ふたりはそっと席を立ち、店を後にする。

 カフェの自動ドアが開くと、午後の光が再びふたりを包み込んだ。

 通りに出て、ふと足を止める。

 人々が行き交う中、ブルーは少し戸惑うように足をもじもじと揃えた。 

 

「……あのね、リンデン」

 

「はい」

 

「……さっきみたいに、また……手、つないでいい?」

 

 問いかけというには小さすぎる声。

 けれど、リンデンはしっかりと聞き取っていた。少しも迷わず、手を差し出す。

 ブルーは、一瞬だけその手を見つめたあと――

 そっと、指先を伸ばした。

 最初はためらうように手を重ねるだけだったが、やがて小さく、指を滑らせて、絡めた。

 自然に、でも少しだけ緊張して。

 絡めた指と指のあいだから、鼓動が伝わってきそうだった。

 

「……ありがとうございます」

 

 リンデンの声は、いつも通り淡々としていたけれど。

 その口調の奥に、ほんのひとしずく分の、熱が宿っていた。

 並んで歩き出す。

 今度は先ほどよりも少しだけ密接した距離感で。

 繋いだ手の温度が、歩調に合わせてじんわりと馴染んでいく。

 ブルーはときおり、顔を伏せて足元を見ていた。

 でもほんの少しだけ視線を上げると、ガラス越しに映るふたりの姿が目に入った。

 そこには、しっかりと“恋人”のように見えるふたりがいた。

 思わず、こっそり笑ってしまう。 

 

「イベントエリアまで、少し歩きますが……大丈夫ですか?」

 

「うん、だいじょうぶ……ずっと歩いてたって、今日は平気だから……」

 

 口調は控えめでも、気持ちはしっかり伝わってくる。

 リンデンもまた、歩幅をほんの少しだけ緩め、ブルーに歩調を合わせていた。

 通りを抜け、街灯の影が斜めに落ちる小道を進む。

 彼らが向かうのは、季節の屋外イベントが開催されている広場。

 花を模した照明、音楽、手作りの雑貨やスイーツの屋台が並ぶ、静かな祭のような空間。

 華やかではあるけれど、喧騒はなく、ふたりが並んで歩くにはちょうどいい“非日常”。

 

「……ねえ、リンデン」

 

「はい」

 

「今日ね、ここまで全部……たのしい、よ」

 

「……私もです。とても」

 

 それ以上、言葉はいらなかった。

 指先が少しだけ、もう一度きゅっと結ばれる。

 夕暮れの光に包まれながら、ふたりはイベントエリアへと歩を進めていった。







恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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