みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Smile, Needed, Secret.4

 

 

 

「……許可出来ないわ」

 

 澄んだ声が、広大な司令室に冷ややかに落ちた。

 高天井を支える鋼鉄の梁の隙間から光が射し込み、磨き込まれた床に幾筋もの線を描いている。その光の中で「楽園聖典」第一席であるマリアは静かに佇み、年端もいかぬ外見とは裏腹に、秩序そのものを体現するかのような威圧感を漂わせていた。

 冷ややかな横顔。だがその奥にある心までは、誰にも読み取れない。

 

「ガーデナーひとりのために、皇帝と騎士団を動かすことは出来ない」

 

 彼女の蒼い瞳がまっすぐに突き刺さる。理を告げるその声音は硬く、運命の胸を重く抑え込むようだった。

 隣に立つメイズが、ため息をひとつ吐いてから口を開いた。

 桃色の髪が光を受けて揺れ、慈母のような微笑が一瞬浮かんだ。だが次の瞬間、その表情は陰りを帯びる。

 

「ごめんね、運命くん」

 

 柔らかな声音に似合わず、その言葉には苦さが滲んでいた。

 運命は黙して聞いていた。自らの不手際でリンデンを危地に置き去りにしてしまった――その罪悪感が、どんな言葉よりも強く胸を圧していた。

 

「……ママもあの子を助けたい。ほんとうに、そう思ってる」

 

 メイズの眼差しは優しい。けれどその奥には、医療最高責任者として数え切れぬ死と犠牲を見届けてきた影が潜んでいた。

 

「だけど、今のあの子はただのガーデナーで……犠牲を背負う役目を選んだ子なの」

 

 静寂が司令室を包み込んでいた。

 マリアの冷ややかな声と、メイズの苦渋を帯びた言葉。そのどちらも正しく、組織を背負う者としての判断だった。だが――理を突きつけられるほどに、運命の胸は締め付けられていく。

 彼女はゆっくりと一歩、机へと歩み寄った。

 長い黒衣の裾が床を擦り、光の筋に重なって揺れる。

 伏せかけていた顔を上げると、仮面のディスプレイに浮かぶ青い光が微かに揺れ、迷いのない眼差しとなって二人を見返していた。

 

『……分かってる。あの子はガーデナーで、犠牲を選ぶ立場にあるってことも』

 

 低く静かな声。けれどその奥には、張り詰めた熱が滲んでいた。

 

『でも、私にとってはただの役割の一言じゃ片づけられない。十年前に信じて送り出したあの子を、今さら見捨てるなんて――できない』

 

 机の縁に置かれた彼女の拳が、わずかに震える。

 感情を抑え込んでいるからこそ、押し殺した熱が沈黙の中に響いていった。

 

『理屈なら分かってる。けど、理屈だけで全部切り捨ててしまったら、あの子は……本当にどこにも居場所がなくなってしまう』

 

 深く息を吸い込み、吐き出す。

 その声は切実さを増し、言葉は短く、だが重く床へ落ちた。

 

『だから、私は行きたい。あの子を助けに』

 

 光と影が交錯する室内で、運命の言葉だけが真っ直ぐに響いた。

 静寂を割ったその想いに、マリアとメイズの胸奥にも小さな揺らぎが生じていた。

 長い沈黙の後、マリアは小さく溜息をついた。

 

「……それでも、“救出のために”は許可出来ないわ」

 

 突き放すような声音。しかし、ほんの一瞬だけ視線が揺らいだのを、隣に座るメイズは見逃さなかった。

 

「マリアちゃん……」

 

 困惑を含んだ声で呼びかける。桃色の瞳は、妹のような少女を諫めるように、あるいは庇うように揺れていた。

 運命は唇を噛み、顔を俯かせる。握りしめた拳に爪が食い込み、返す言葉は見つからなかった。

 その沈黙を断ち切るように、マリアは小さく吐息をつき、声の調子を変えた。

 

「――それよりも、貴女にはやってもらいたい任務があるの」

 

 その言葉に、運命の顔がはっと上がる。

 

「原因不明の急拡張が発生した、とある神域の調査。……及び、可能であればその原因の排除」

 

 マリアの瞳は再び冷たさを帯び、視線を合わせぬまま机に置かれた書類に手を置いた。

 

「内部は貴女の方が詳しいんだから、連れていく騎士は勝手に決めて」

 

 最後の一言は、冷たさを装うように放たれた。

 マリアは小さく顔をそむけ、窓の外へ視線を逸らした。その仕草に、理と情のせめぎ合いの痕跡が確かに残っていた。

 マリアの言葉が落ちた瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。

 冷たさを装うその声音の裏に隠された意図を、メイズはすぐに察した。長い付き合いである彼女には、マリアが本当に「突き放しているだけ」ではないことが分かっていた。

 桃色の髪を揺らし、メイズは小さく微笑む。

 俯いていた運命の仮面ディスプレイが上がり、瞳に青い光が灯る。

 それは一瞬の驚きと、そして深い感謝の色を映していた。

 

『……二人とも、ありがとう』

 

 短い言葉を残し、運命は黒衣を翻す。

 音もなく扉が開き、司令室を飛び出すその背中に、張り詰めた空気が一筋の風となって流れ込んだ。

 後に残されたのは、並んで立つ二人。

 

「ほんと、素直じゃないんだから」

 

 メイズは肩を竦めて呟いた。声色には苦笑が混じっていたが、その眼差しは確かに温かさを帯びていた。

 しかしマリアは変わらず机に視線を落としたまま、そっぽを向いた姿勢を崩さなかった。冷ややかな表情に見えたが、その胸中には、隠しきれない情がざわめいていた。

 

 ――脳裏に浮かんでいたのは、三歳の頃のリンデン。

 小さな手で自分の指をぎゅっと握りしめ、買い与えたばかりの靴を「ピコ、ピコ」と音を立てて鳴らしながら歩いていたあの日の姿。

 まだ言葉もおぼつかず、それでも必死に自分の名を呼ぼうとしていた幼子の笑顔。

 理を背負い続ける少女の胸の奥で、その記憶がひどく眩しく疼いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒衣の袖口から覗く指先が、卓上の端末に静かに触れた。

 無機質な光が一瞬瞬き、OTTER SKYの画面に新たな投稿が浮かび上がる。

 

【任務通達】

神域急拡張の調査および原因排除。

付記:リンデンの救出。

集合場所――第六層、騎士待機所。

 

 ただ数行の文字列。

 飾りも修飾もなく、必要最低限の指示だけが刻まれていた。だが、その簡潔さこそが緊急を物語っていた。

 

 運命はしばし指先を離さず、画面に映る文面を見つめ続けた。

 ――この呼びかけに応じる者はどれほどいるだろうか。

 思考が胸をよぎった瞬間、画面の端に小さな光が灯り、既読の通知がひとつ、またひとつと並び始める。

 雪崩のように増えていく反応。

 まるで水面に落とした一滴が波紋となって広がるように、短い言葉は瞬時に騎士たちへと伝わっていった。

 静まり返っていた待機所の空気が、急速に熱を帯びていく。

 やがて遠くから、床を打つ硬質な靴音が響き始めた。

 最初の一人が扉を押し開くまで、もはや時間の問題だった。

 

 

 騎士待機所の厚い扉が、容赦のない力で開けられた。

 乾いた金属音が壁に跳ね返り、静かな空気を鋭く断ち切る。

 そこに姿を現したのは、銀の髪を風に散らしながらもきっちりとシャツの襟を締め、ネクタイを正した青年。左の眼には漆黒の眼帯、腰には規格外の銃器を提げた男――第六騎士団(オッター貿易株式会社)のQUEEN、スリーだった。

 彼は一歩、また一歩と足を進める。乱れた呼吸はない。だがその足取りには確かに焦燥が宿っていた。

 形式を重んじる男らしく、運命の前に立つと片拳を胸に当て、きっちりと敬礼した。

 

「閣下に敬礼。……いや、今は形式よりも迅速さを優先すべきか」

 

 きりりとした声が待機所に響く。

 だがすぐに、その言葉を柔らかく修正するように彼は短く息を吐いた。

 

第六騎士団(オッター貿易)、スリー=スターズ。参上した。──契約完了(ザッツオール)だ、運命」

 

 その声音はいつも通り穏やかで、企業の副社長として数多の交渉を乗り切ってきた者の落ち着きがある。

 だがその眼差しの奥に潜むものは、仕事としての任務ではなく、ただ弟を想う兄の決意だった。

 

「……弟の窮地を前に、手をこまねいている兄など存在しない。だからオレは来た。それだけだ」

 

 言い終えると同時に、腰の銃器を軽く叩き、その音が短い誓いのように響く。

 鉄と硝煙の匂いを纏いながらも、その佇まいは冷静で、慌てふためく気配など微塵もなかった。

 ただ一人の弟を救うため、彼は迷いなくこの場へ駆け込んできたのだ。

 スリーの言葉を受けて、運命はしばし黙していた。

 その胸に去来するのは、これまでの戦場で彼の背に預けてきた数多の時間、そして何より――弟を案じる兄として、真っ先にここへ駆け込んでくるであろう姿の確信だった。

 やがて、フードの下から小さく笑みが漏れる。

 

『……やっぱり、一番最初に来てくれるのはスリーだと思ってたよ』

 

 柔らかく、しかしどこか頼もしさを信じ切った声音。

 その言葉に、スリーは目を細め、わずかに口元を緩めた。

 

「フッ……ならば、その期待に応えるのも兄の務めだな」

 

 彼は壁際に寄りかかり、静かに銃の安全装置を外してはまた戻す。

 無言の中に漂うのは、戦場に向かう前の準備動作でありながら、不思議と落ち着いた空気だった。

 待機所の空気は張り詰めていた。

 だが二人は焦らない。次に駆け込んでくる足音を、静かに耳を澄ませながら待っていた。

 扉の向こうから響く微かな気配は、確実に仲間が集まり始めている兆しだった。

 

 

 待機所の扉が、勢いよく開かれた。

 張り詰めた空気を切り裂くように、飛び込んできたのはひときわ大きな声だった。

 

「リンデンくん救出枠、まだ空いてるーっ!?」

 

 プロブレムだった。

 いつもの天真爛漫な調子は少し影を潜め、その顔には焦りと決意が入り混じっていた。

 彼女にしては珍しく声が上ずり、今にも駆け出しそうな勢いで待機所の中央に立ち止まる。

 続いて、落ち着いた足取りで入ってきたのはアンサー。

 プロブレムの後ろ姿を追うように現れると、深く息を整えてから運命とスリーを見渡した。

 

「……私たちも来たわ。がんばるのは禁止、だけど――今回はその言葉、少しだけ撤回してもいいかもしれないわね」

 

 視線の奥に、決意の炎が宿っていた。

 プロブレムの弾ける声と、アンサーの落ち着いた声。

 二人の対照的な登場が、待機所の空気を一層引き締めていった。

 

 

 そこからまた少し間を置き、待機所の扉が音を立てて開く。途端、冷えた空気を断ち割るように凛とした声が響いた。

 

第二騎士団(千紫)FORTRESS(刃塞)――斬、参上仕りました」

 

 黒の羽織を纏った青年は、堂々とした足取りで室内に踏み入った。桜吹雪の残り香を纏うような気配があり、その姿は礼儀を重んじる武人でありながら、どこか懐の広さを漂わせている。

 アンサーが軽く手を挙げ、柔らかに笑む。

 

「千紫からは斬くん一人?」

 

 問いに、斬は苦笑を浮かべて頷いた。

 

「ええ、御館様の采配でしてね。きっと他の騎士団からも続々と集まるだろう――そう仰せで。今回はこの斬ひとり、先陣を切らせてもらいました」

 

 その言葉は飾らず率直で、気さくさの奥に確かな信頼と覚悟がにじむ。彼は腰に手を添え、視線を運命へと向ける。その眼差しは真剣さと温かさを併せ持つ、兄が弟を見る時のそれだった。

 

「リンデンはオレにとって、弟でもあり、愛弟子のようなものですからね」

 

 声にわずかに熱がこもる。

 

「――救う為なら、如何様にも振るって下さいよ、陛下」

 

 その一言に、場の空気がぐっと引き締まる。気さくに笑みを残しながらも、斬の立つ姿はすでに戦場を覚悟した騎士そのものであった。

 

 

 

 続いて待機所の入口から鋭いヒール音を響かせて現れたのは、黒と赤を基調とした魔術衣装を纏う少女――濡羽だった。

 頬をわずかに赤らめながらも、背筋をしゃんと伸ばし、意地でも平静を装っているのが分かる。

 

「……し、仕方ないから来てあげただけですっ! べ、別にリンデンの為とかじゃ……!」

 

 突き放すような声音と裏腹に、どこか目が泳いでいる。だが、そのまなざしの奥に宿る光は明らかに必死なものだった。

 すぐ後ろから、ゆったりとした足取りで姿を現したのは玄鉄だった。白銀の髪に余裕を漂わせ、唇には微笑を浮かべている。

 濡羽とは対照的に落ち着いた佇まいで、場にひときわ柔らかな緊張を持ち込む。

 

「やれやれ……ほんとに素直じゃないんだから」

 

 肩を竦めた後、玄鉄はにやりと笑みを深めて茶化す。

 

「それにさ、最初に通知を見た時なんて、めちゃくちゃ取り乱してたじゃーん? 『どうしよう、どうしよう……!?』って声、まだ耳に残ってるだけど?」

 

「~~っ! い、言わなくていいですからっ! ……次言ったら本当に訴えますよ!!」

 

 濡羽は耳まで真っ赤にして、必死に反論する。

 玄鉄はひらひらと手を振り、「はいはい、こわーい♪」と楽しげに受け流すと、運命に向き直った。

 

「でもまあ、うちの可愛い子がこうして飛び込んでくるくらいには本気、ってこと。もちろんウチも一緒に行くよ。……ほら、ウチらだって、リンデンの『お姉さん役』みたいなもんだからね」

 

 その余裕混じりの声音には、どこか甘やかすような温度があった。

 運命は二人を見渡し、そして微かに頷いた。

 濡羽は腕を組んで「べ、別に期待されても困りますけど!」と声を上げるが、その足取りは扉からしっかりとこちらへ踏み込んでいた。

 

 

 重い扉が再び開いた。

 次に姿を現したのは、第七騎士団(アクシオンゲート)の面々だった。六人もの影が一度に差し込んでくるその迫力に、待機所の空気が一瞬で張り詰める。

 先頭に立つのは狼耳を揺らした青年――QUEEN、レアリザス。鋭さと温かさを兼ねた金の瞳が、真っ直ぐに運命を射抜いた。

 

「……全員で押し掛けてすまん、運命!」

 

 声には迷いも逡巡もなく、ただ一片の確信だけが響いていた。

 狼耳がピンと立ち、そして低く唸るように続ける。

 

「だけど兄ちゃん達は――アクシオンゲートは、家族を絶対に見捨てたりしない」

 

 その言葉に、背後に並ぶ仲間たちが一斉に頷いた。

 ヴェクサスも、オラスも、シオンも、エリスも、いつもは眠っているハルさえも。

 それぞれの瞳が一つの意思を映している。

 ――リンデンを、家族を、必ず取り戻す。

 待機所に張り詰めた空気が震えた。

 個々の力ではなく、「全員で」来たことが何よりも雄弁に彼らの決意を示していた。

 その光景に、既に集まっていた騎士たちの胸にもまた熱が灯る。

 運命は小さく息をつき、仮面のディスプレイに淡い光を浮かべた。

 

『……ありがとう、みんな』

 

 待機所は、騎士たちの気配で満ちていた。

 重なり合う声、交わされる短い会話、それぞれの心臓の鼓動までもが、ひとつの大きなうねりとなって響いている。

 スリーの静かな眼差し、プロブレムの抑えきれない熱、アンサーの柔らかな微笑み、斬の落ち着いた佇まい。

 濡羽の真剣な視線、玄鉄の飄々とした余裕、そしてアクシオンゲートの仲間たちの揺るぎない結束。

 ――これだけの戦力が集まった。

 運命は胸の奥で、強い確信と共に静かな熱を感じていた。

 

『……これなら、必ず救える』

 

 しかし、その確信の奥底に、まだ消えない影がある。

 仮面の奥で視線を伏せながら、運命は心の中でひとりの人物を思い描いた。

 いつも気怠げに笑い、赦しの言葉を与える少女。

 今この場にいないが、必ず最後に姿を現すであろう者――。

 

『……あとは、君だけだよ。トロイ』

 

 運命の呟きが、騎士たちのざわめきに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オペレーションセルの中、淡い光に照らされたコンソールが規則的に点滅を繰り返していた。

 その前に座るリーインシアは、震える指先で何度も同じ操作を繰り返している。

 エラー音、途切れたノイズ、再送信。

 それでも決して止めようとせず、ただ必死に「繋がる」ことを願っていた。

 

「……どうか、応答して……」

 

 呟きは声にならぬほどか細く、しかし諦めの色は微塵もない。

 背後でその姿を見守っていたトロイは、壁にもたれかかったまま小さく息を吐いた。

 ふわりと桃色の髪を揺らしながら歩み寄り、彼女のすぐ傍らに腰を下ろす。

 

「……リーちゃん、もうずっとやってるねー」

 

 気だるげな声音。だがその目は優しく、真剣に彼女の横顔を見つめていた。

 コンソールから目を離さず、リーインシアは唇を噛む。

 

「私は……間違っていたんでしょうか」

 

 指が止まる。薄暗い照明の下、彼女の横顔は痛みに揺れていた。

 

「今の関係にこだわって……ずっと、踏み出せなかった。

 あの時、もう少し勇気があれば……リンデンくんを、もっと違う形で支えられたかもしれないのに……」

 

 声が震え、手が膝の上で握りしめられる。

 後悔と自責が、彼女の胸を苛むように溢れ出す。

 トロイはしばらく黙って聞いていた。

 やがて肩を竦めるようにして、彼女の両手に自分の手を重ねる。

 

「んー……間違いだったかどうかなんて、誰にも分からないよー。

 でもさー、リンデンちゃんの隣にずっと居たのは、リーちゃんでしょ?

 それだけで十分なんじゃないかなー」

 

 唐突にも聞こえる柔らかい慰め。けれどその声は、彼女の痛みを真正面から受け止めている響きだった。

 

「……トロイさん……」

 

 リーインシアの瞳に揺らめく光が、少しだけ緩んだ。

 コンソールの画面に反射した淡い光が、リーインシアの瞳を濡らしていた。

 

「……でも、私は臆病でした。

 リンデンくんが辛いとき、寄り添うことはできても……踏み込む勇気がなかった。

 結局、ただの“都合のいい支え”でしかなかったんです」

 

 吐き出した言葉は、彼女自身を追い詰める刃のように鋭く響いた。

 トロイは少しだけ首を傾げ、彼女を見やる。

 

「ふーん……それで、リーちゃんはリンデンちゃんを突き放したのー?」

 

「……そんなこと、できるわけありません」

 

 即答だった。震えた声の奥には、強い意志が滲んでいる。

 トロイはゆるやかに微笑んだ。

 

「だったら大丈夫だよー。

 臆病でも、勇気がなくても……そばにいるってことが、リンデンちゃんにはきっと一番効いてるんだから」

 

 リーインシアは目を伏せたまま、息を吸い込む。

 

「……そう、でしょうか」

 

「そうだよー」

 

 トロイは軽やかに断じると、わざとおどけたように肩をすくめた。

 

「だってねー、トロイさんだって同じだもん。全部赦すとか言って、結局一番臆病で、一番強がってる。……顔だけじゃなくて、中身も似た者同士で草だよねー」

 

 リーインシアは小さく笑った。

 涙がまだ瞳に残っているのに、笑い声が重なった。

 しばしの沈黙の後、彼女はまっすぐにトロイを見据えた。

 

「……私はここで最後まで戦います。

 たとえ後悔が残っても、それが今の私にできるすべてだから。

 だからどうか――リンデンくんをお願いします……」

 

 トロイは立ち上がり、ふわりとスカートの裾を払った。

 

「んー、任されたー」

 

 軽く片手を挙げる仕草はどこまでも気楽に見えた。

 だがその背中には、確かな決意の色が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 転送施設の奥深く、円環型の転送装置が静かに稼働を始めていた。

 床を走る霊子の光が淡く広がり、灰色の壁面に揺らめく模様を描き出す。

 空間に漂うのは重圧というよりも、これから先に進むための静かな覚悟だった。

 集まった精鋭たちは、それぞれのやり方で出立の刻を待っている。

 スリーは手元の簡易端末を確認しながら、落ち着いた表情で視線を巡らせる。

 プロブレムは普段の弾けた調子を抑え、足先で小さくリズムを刻みながら落ち着かなさを隠そうとしていた。

 アンサーはそんな彼女に視線をやり、柔らかな微笑みを浮かべて頷く。

 斬は腰に手を添え、軽く肩を回して呼吸を整えている。

 濡羽は腕を組み、横顔に浮かんだ影を隠すように顎を引く。

 玄鉄はその姿に小さく笑みをこぼし、気楽そうに見せかけていた。

 アクシオンゲートから一人選出されたオラスはソワソワとしながらも、決意を示すように進んでいた。

 

 誰もが言葉少なだったが、そこに焦燥はなかった。

 ただ、帰るべき弟を迎えに行くための一致した想いが、この空間を満たしていた。

 運命もまた、仮面の奥で静かに目を伏せる。

 これだけの顔ぶれが揃った。きっと大丈夫――そう信じる強さが胸にあった。

 その時。

「――おー、間に合ったー」

 

 軽やかな声が背後から響いた。

 視線が一斉に入口へ向かう。

 転送施設の扉口に、桃色の髪を揺らす影がひょっこりと顔を出していた。

 肩に聖槍を掛けたまま、トロイメライはにやりと笑う。

 

「みんなごめんねー。トロイさん、お遅刻上等シスターさんだけどー……さすがに置いてかれるのは寂しいからねー。

 ほらほら、まだ枠、残ってるでしょー?」

 

 不意に空気が和らぐ。

 張り詰めた静けさの中に、安堵と温かさが染み渡っていく。

 運命は小さく首を振り、仮面越しに言葉を零した。

 

『……遅いよ、トロイ』

 

 その声音には、叱責よりも「待っていた」という想いが滲んでいた。

 

 霊子光が円環の縁を駆け巡り、低いうなりを発した。

 運命は装置の中央へと一歩を進め、仲間たちを見渡す。

 

『――行こう』

 

 短く告げられたその言葉に、全員が迷いなく頷いた。

 発光は一層強くなり、彼らの輪郭を白に染め上げていく。

 その中で、トロイはひときわ小さく、しかし確かに呟いた。

 

「待っててね、リンデンちゃん」

 

 誰にも届かぬほどの声。

 けれどその想いは、確かに光の奔流に乗って――。

 次の瞬間、一行の姿は眩い霊子の閃光に呑まれ、転送装置の中心から掻き消えるように消えていった。

 





なんだか生き急ぎすぎた展開な気がするけど、ままええやろ

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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