地響きのような轟音が走った瞬間、プロブレムの背後に浮かぶ二基の巨大な光学ドローン――『Q』と『A』が唸りを上げた。収束された光と光が交差し、まるで檻のようにクリーチャーの導線を縛る。光が炸裂するたび、大地の砂塵が跳ね上がり、異形の姿が光壁に遮られては唸り声を上げた。
「クー!エー!そのまま一網打尽にしちゃってっ!」
プロブレムの声は軽やかだが、響く熱は苛烈だった。
狭まった軌道を見計らうように、スリーが
「命中確認。……次は右脚を削る」
乾いた報告とともに、スリーは次弾をすでに装填済みだった。
咆哮。縛られた導線を踏み破り、クリーチャーが地を蹴る。白い逆関節の脚がばねのように弾け、巨体が一瞬で前方へ躍る。その動きを待ち受けていたのはアンサーだった。
「計画通りよ。突進線は──ここ」
その間隙を縫うように、斬が踏み込む。刀身は鞘走りに閃光を描き、息を呑むほど清廉な一太刀がクリーチャーの脚を狙う。
だが敵はただの怪物ではなかった。背中に癒着した折れたナンナリスのアームが赤く灼き、放射状に奔る光線を四人へ撃ち放つ。地形ごと抉り取るビームが炸裂し、砕けた石片が雨のように降り注ぐ。
「くっ……!」
反射的に跳び退った斬の頬をかすめる熱線。続いて、巨口が迫る。噛み砕かれた残骸を散らしながら、クリーチャーはなおも速度を増していた。
前衛と後衛の連携、そして光と炎と刃が交錯する。互いの攻防が重なり合う中で、空気はすでに戦場そのものへと変貌していた。
「はぁぁッ──!!」
踏み込むたびに土煙が舞い、刀身が閃光を放つ。左右、上下、前後。人の形を忘れた怪物の動きに食らいつくように、斬は刀を走らせていく。逆関節の蹴りを刃で受け流し、噛み付こうと迫る巨口に閃きを差し込む。轟音と衝撃が荒野を震わせ、二つの影が並走しながら幾度も火花を散らした。
わずかに生まれた間隙を見逃さず、アンサーが炎熱を収束させたOWを突き込む。赤熱した槍身が怪物の脇腹を抉り、迸る熱で表皮を焼いた。
「これで、進行を止める──!」
突き抜ける手応え。しかしすぐさま背中の癒着アームが赤光を閃かせ、放射の一撃を返す。
「甘いな」
間髪入れずにスリーのライフルが火を吹く。弾丸がビームの発射口をかすめ、クリーチャーの軌道を逸らした。
さらに頭上から光が奔る。プロブレムのQとAが空を切り、収束したレーザーを一直線に降らせた。眩い光壁がクリーチャーの進路を遮断し、逆関節の脚を強引に捻じ曲げさせる。
「どっち行く?どっちも塞いであげるからっ!」
四人の連携が、走る刃と重なる光でクリーチャーを追い詰めていく。斬は刀を振り抜きながら荒野を駆け、怪物の動きに寸分も遅れず寄り添い続けた。その背を守るように、炎熱の槍と狙撃と光学兵器が交錯し、わずかずつだが確実に押し返していく。
荒野に響くのは、鋼の衝突と咆哮。拮抗が、やがて均衡を崩す予兆を孕み始めていた。
しかし押し返されていた巨体が、ふと動きを変えた。勝ち筋を掴みかけていた四人の刹那を狙ったかのように、クリーチャーは荒野を駆けながら散乱する残骸に身を投じる。砕けたドールの金属片、魔剣種子体の鉱片――それらを巨口ががむしゃらに噛み砕き、飲み込んでいく。
ズズッ……と音を立てて、異形の肉が膨張を始めた。
裂け目から肉芽が伸び、腕の形を模して盛り上がる。背部からはぶよぶよとした肉の塊が突き出し、やがてねじれた翼へと変じた。
︎︎背中に癒着していたナンナリスのアームの両脇からは、新たに砲身が二本ずつ生え、禍々しい光を帯びる。
「自己進化か……!」
スリーの声が鋭く走る。
好機を逃すまいと、斬はさらに踏み込み、真横から刀を振り抜いた。刃は確かに肉体を裂いた――はずだった。
︎︎だが次の瞬間、生成された翼がばさりと広がり、衝撃波のような風圧が吹き荒れた。斬の斬撃は浅く逸れ、怪物は空へと舞い上がる。
「っ……!」
空に逃した刹那、眩い光が膨れ上がった。
癒着アームと増設された砲身が同時に赤熱し、四方八方に光線を撒き散らす。散弾のように広がるビームが荒野を切り裂き、爆炎が花開く。砕けた大地が宙を舞い、荒野は閃光に焼き尽くされていった。
その中心に、四人は散開して防御と反撃の態勢を必死に整える。
赤黒い空を切り裂く轟音とともに、クリーチャーは肉の翼を広げて宙空を舞った。地を駆ける戦闘から一転、今度は制空を取られた形だ。逆関節の脚がぶら下がり、胴体先端の口は満足げにかち合う歯を鳴らしている。
「……まずいな」
スリーの低い声が響く。ライフルを構え、飛翔する異形を正確に捉える。
引き金を絞れば、弾丸は翼の膜を易々と貫いた。鮮血のような体液が飛び散り、羽ばたきが一瞬乱れる。
だが、その裂け目はみるみるうちに蠢き、肉塊が盛り上がって修復していった。
「再生……っ、厄介だ」
スリーの眼帯の奥の視線が鋭さを増す。
続けて、上空を巡るQとAが収束光を照射した。二本のレーザーが交錯し、クリーチャーの軌道を狭めるように走った。
「今度こそ逃がさないっ!」
プロブレムの声と同時に、光束が怪物の胴を捉えた――かに見えた。
しかし直後、爆ぜたのは肉の塊だった。クリーチャーは口に取り込んだ残骸を練り合わせ、己の分身のような肉デコイを次々と吐き出していた。焼き切られたのは囮、残骸に偽装された空の影は本体ではなかった。
「なっ……デコイ!?」
「チッ……数で誤魔化してくるか」
プロブレムとスリーが同時に声を上げる。
その間にもクリーチャーは翻り、増設砲身から光線をばら撒いた。雨のようなレーザーが荒野を焼き、砕けた岩が飛び散る。地を這うように走り回る斬とアンサーは、距離を詰める術を完全に断たれた。追撃に走ることも、跳び上がることもできない。
「……地上戦に引きずり戻さないと、勝機はないわ」
アンサーが槍を構え直し、低く息を吐く。だが炎熱の槍は届かず、ただ熱気を荒野に漂わせるばかりだ。
四人の連携は確かに崩れてはいない。だが、空を支配したクリーチャーを仕留められるのは、スリーの狙撃とプロブレムの光学兵装のみ。二人が矢面に立たざるを得ず、残る二人は苛立ちを押し殺しながら次の一手を模索するしかなかった。
均衡は崩れた。先ほどまで見えていた勝ち筋は霞み、再生と囮と制空によってじわじわと押し返されていく。
空を裂く咆哮と閃光が重なり、戦況は泥沼へと沈み込んでいた。
轟音。
︎︎霊子が吹き荒れる中、正面で異形と化したリンデンとぶつかり合っているのはオラスだった。
「うっ……! リンデン……! オラスのことが、分からないの……っ!?」
叫ぶ声は必死さに滲んでいた。だが返ってくるのは沈黙。
紅蓮の瞳がただ無表情にオラスを射抜き、異形の口が勝手に動く。
『神魔調伏……! 悪鬼覆滅……!』
それは言葉ではなく、呪詛のような機械的応答だった。
オラスが歯を食いしばり耐えている背後で、運命が魔剣を地面に突き立てていた。蒼光の結界が展開し、周囲に限定神域を形成する。荒れ狂う霊子の流れをねじ伏せ、仲間たちが本来の術を行使できるよう支配している。
結界の加護を受けたトロイが聖槍リタを構え、祈術の光を纏わせてオラスを援護する。
「しっかりして、オラスちゃん! トロイさんがカバーするから──ッ!」
槍の先から放たれる光弾が、リンデンの巨腕を逸らす。
玄鉄はコートの内から取り出した古典魔術の媒体を握り、短い詠唱を紡ぐ。空気が震え、拘束の陣が足元に広がった。
「これで、足止めくらいにはなるでしょっ!」
符術の鎖がリンデンの脚に絡みつき、わずかに動きを鈍らせる。
濡羽もまた、棒付きキャンディを咥え直し、近代術式を組み込んだ魔術を撃ち込む。
「──っ、そのまま止まっててください!」
閃光弾のような魔弾が炸裂し、視界を焼く光で異形の顔を照らした。
だがリンデンは怯まない。巨腕を振り払うと、鎖は千切れ、光は霧散し、再び右腕が呪詛を紡いだ。
『神魔調伏! 悪鬼覆滅!』
オラスは押し潰されそうな圧力に抗いながら、必死に声を張る。
「……ねぇ、リンデン! ほんとに、ほんとに分かんないの!? オラスだよ……!」
だが、その紅蓮の瞳には温もりも応答もなく、ただ敵を滅する意思だけが宿っていた。
リンデンの体がぐらりと揺れ、異形の腕が振り下ろされる。
地面が轟音と共に陥没し、石礫が四散する。衝撃波に吹き飛ばされ、救出班の体勢が一斉に崩れる。
『――悪鬼』
『――覆滅ッ!!』
噛み合う歯の列が震え、轟音が爆ぜる。紅蓮の閃光が咆哮と共に放たれ、戦場を薙ぎ払った。
「くっ……!」
咄嗟にトロイが槍の石突を地に突き立てる。祈術の光が奔流し、オラスの背を庇うように光壁が展開された。紅蓮の光がぶつかり、轟音が重なり、光壁が軋む。
火花のような残光が散る中、なおもリンデンの瞳は揺らがなかった。
目を焼くほどの紅蓮の閃光が収束する。
︎︎轟音の奔流を祈術の光壁で押し返し、辛うじて戦場に立つ余地を作り出したトロイ。その背を支えにしたオラスの双腕ユニットマクスウェル、ラブレスが、再び咆哮を上げる異形の右腕を飛び込むように受け止めていた。
軋む金属音。砕け散る霊子の火花。紅蓮の瞳がなおも冷たく彼らを見下ろす。
「……リンデン……っ!」
オラスの声は、悲鳴にも似ていた。
噛み合う歯列が地響きのように鳴る。今にも押し潰されそうなその圧力を、彼女は必死に耐えながら――叫んだ。
「目を……覚ませぇええええッ!」
渾身の力でラブレスを叩き込む。
金属が火花を散らし、異形の腕が僅かに仰け反った。圧倒されるだけだった攻防に、わずかな“押し返し”の兆しが生まれる。
その気配を見逃す運命ではなかった。
魔剣を地に突き立てたまま、蒼白の神域をさらに拡張する。重苦しい霊子の流れが一瞬だけ均され、場を支配する。
そして、声を張り上げた。
『――玄鉄、濡羽! 今!』
指示に応え、二人の魔術師が同時に動く。
玄鉄は黒衣の裾を翻し、砕けた霊子媒体を空へと撒き散らす。冷徹な響きの古典詠唱が、その口から紡がれた。
一方、濡羽は術式干渉小型ドローンを展開し、少女らしい声で鮮烈な近代詠唱を重ねる。
「――霊基の流れよ、古を映し、形なき理を鎧え」
「――現代の理よ、因果を穿ち、形あるものを撃ち砕け!」
互いの詠唱が反響し、対となる句が絡み合う。
古式と現代式――異なる系統の魔術が、共鳴の帯を結び、音律のごとく溶け合う。
空気が震え、戦場全体を覆うほどの霊子濁流が奔流し始めた。
リンデンが、その紅蓮の瞳を細める。
紅い光が応答のように強く瞬き、噛み合う歯列が怒号のように鳴り響く。
『――神魔調伏ッ! 悪鬼覆滅ッ!!』
咆哮が戦場を揺らす。
しかし、もう退く者はいなかった。
オラスはラブレスを軋ませながら必死に右腕を押し止め、トロイは槍を構えて祈術の光をさらに重ねる。
その背後で、玄鉄と濡羽の合唱が、最終節へと近づいていく。
互いの句が響き合い、まるで二重奏の旋律のように、魔術は臨界点へと至った。
「――いま、理を鎖す枷を砕け!」
「――いま、霊を縛る因果を焼き払え!」
対走式合唱魔術――二つの異なる術式が一点に収束する。
濃厚な霊子が渦を巻き、運命の限定神域に導かれて、矛先を一つの異形へと定めた。
紅蓮の瞳を輝かせるリンデンの右腕が、大地を抉るほどに振り上がる。
ガチガチガチッと無数の歯が噛み鳴り、呪詛の絶叫が響き渡る。
その瞬間、玄鉄と濡羽の魔術が撃ち放たれた。
閃光が交差し、古の詠唱と現代の理が融合して生み出された奔流が、巨大な霊子の槍と化して突き進む。
オラスが咄嗟にマクスウェルを前に突き出し、トロイが槍を地へ突き立てて光壁を展開する。
全てはただ、その一撃を通すため。
白と黒の霊子奔流が異形へと突き刺さる。
轟音と共に爆裂する光と影。
紅蓮の瞳が、一瞬だけ見開かれた。
圧倒的な衝撃が戦場を薙ぎ払い、断崖の岩盤を崩し、霊子を四散させる。
リンデンの異形の右腕が裂け、歯列の噛み合わせが途切れ、断末魔のような響きが空気を震わせた。
爆裂の光が収まり、荒れ果てた断崖に静寂が落ちた。
その中心に立っていたリンデンは、もはや“立つ”というよりも膝で耐えているようだった。
異形の右腕はなおも蠢いていた。無数の歯が「ガチガチ」と空しく噛み合い、霊子を食らうかのように音を立てている。だが、その巨大な腕で奔流を受け止めきった代償は、彼の生身を容赦なく蝕んでいた。
羽織っていた外套は、爆裂の余波で焼き切られ、灰となって崩れ落ちていた。
露わになったダイブギアスーツの上半身は、裂け、焼け爛れた布地が皮膚と溶着している。黒焦げの匂いが辺りに漂い、軽装甲の破片は剥がれ飛んだものもあれば、逆に内部へめり込み、胴体に突き刺さったまま赤黒い血をにじませていた。
息を吸うたび、胸からズズ……ッと血が泡立つような音が漏れる。
吐き出された息には血の飛沫が混じり、大地を汚して滴り落ちる。
ぐらつく身体が、ついに膝を突いた。
砂と瓦礫の上に落ちるその音が、戦場に重く響く。
だが、顔を俯かせたまま沈み込むことはなかった。
その顎が、ゆっくりと持ち上がる。
焼け爛れた頬に血の筋を残しながらも、紅蓮の瞳が救出班を見上げていた。
けれど、その瞳の色はほんの僅かに沈んでいた。
真紅に燃える炎よりも、少しだけ暗く、揺らぐような深さを帯びていた。
トロイは槍を握る手を強く締め、思わず後ずさりそうになる自分を抑え込んだ。
玄鉄は無言で次の魔術媒体に指を滑らせ、濡羽は小さく息を呑む。
オラスの大型アームは音を立てて駆動し、今にも飛び出しかねない緊張を纏っていた。
リンデンは血に濡れた唇をわずかに開いた。
声にならない呼気が喉を震わせ、血の味を含んだ吐息だけが零れ落ちる。
それでも彼の瞳は、揺らぎながらも、確かに――家族を捉えていた。
荒い呼吸の合間、膝を突いたまま、リンデンの身体が小さく震える。これまで戦場で一度も使おうとしなかった左手が、わずかに動いた。指先が痙攣するように揺れ、次の瞬間、まるで抗えぬ衝動に導かれるかのように、その腕はふらふらと宙に持ち上がった。
行き先はただひとつ――トロイの方。
血で濡れた掌が、頼りなく、けれど真っ直ぐに彼女へと伸ばされる。
突如の動きに、濡羽が身をすくめ、玄鉄は次の媒体を即座に構える。オラスのアームユニットが唸りを上げ、運命もまた魔剣を強く握った。
――攻撃かもしれない。そう考えるのは当然だった。
しかし、構えた誰もが、すぐに違和感を覚える。
その伸ばされた左手は、殺意の鋭さとは程遠い。
戦場に似つかわしくない、弱々しい震え。
掌のひらき方も、まるで縋り付くように、何かを求める仕草にしか見えなかった。
トロイは、胸の奥が軋むのを感じながら槍を引き寄せた手を緩めた。
聖槍リタの先端をわずかに下げ、目を凝らす。
紅蓮に濁った瞳の奥、その影に、確かに――助けを乞うかのような光が宿っている。
「……リンデン、ちゃん……?」
小さく、震える声が漏れる。
気付けば、彼女の手もまたそっと前へ伸びかけていた。あと少し、触れられる距離ではないが、その仕草は迷いを振り切るように見えた。
だが――そこで。
トロイと視線が交錯したリンデンが、不意に目を見開いた。
その瞳に、恐怖とも諦めともつかぬ色が閃く。
掴みかけていた希望が、唐突に指の間から零れ落ちるかのように。
「――」
言葉にならない声を吐き、リンデンは力なく腕を下ろした。
次の瞬間、右腕が咆哮するように開き、歯の隙間から奔流の閃光を吐き出す。
大地が抉れ、岩盤が粉砕され、激しい衝撃が砂塵を巻き上げて視界を覆った。
その粉塵の中、揺れる影がひとつ。
紅蓮の瞳が最後に煌めき、すぐに闇へと掻き消えた。
光と砂煙が収まった時、そこにはもう誰の姿もなかった。
残されたのは、焼け焦げた地表と、まだ揺れる熱気だけだった。
閃光と轟音が去った神域の別の域。
焼け焦げた岩肌の上に、巨大な肉塊が崩れ落ちていた。
それは、ナンナリスのアームを背負い、肉の翼を生やしていたクリーチャーの成れの果て――今は断末魔の余熱すら失い、ただの異形の死骸と化している。
熱で歪んだ空気の中、プロブレムが浮遊ユニットをQとAを収束させながら、額の汗を拭った。
「……っはー! やっと静かになったー……。まーじでしんどかったんだけどー!」
口調は軽いが、その声は掠れていた。ドローンの表面には焼け焦げと弾痕が残り、レーザー照射装置の幾つかは過熱で沈黙している。
アンサーはOWを地に突き立て、静かに深呼吸をした。
「油断しないで。熱反応、まだ微かに残ってる。けど……これは、ただの残滓ね」
槍先から立ち昇る霊炎が消えるのを確認して、ようやく構えを解く。
スリーはゆっくりとラストダンスⅡの弾倉機構を触診しながら、焦げた地面を見つめていた。
「……火力も防御も異常値だ。ナンナリスのアームを取り込んで、あの再生速度……。あれが単独の個体とは思えんな」
静かな声音には、戦場経験者としての冷徹な分析が滲んでいる。
「同感ね」
アンサーが頷く。
「霊子の流れも、ずっと乱れてる。どこかでまだ“主”が動いてる気配があるわ。あれは……ただの尖兵に過ぎないかもしれない」
斬は血の滲んだ刀を布で拭いながら、周囲を警戒していた。
「斬撃を何度も入れましたが、致命傷に届くまでが遅すぎました。あれほど硬化していた肉体……生物兵器としてなら完全に近い状態でしょう」
「つまりさー……」プロブレムが言葉を継ぐ。
「これが群れで出てきたら、詰みってことだよね?さすがの天才プロブレムちゃんでも、ちょーっと勝てる気がしないんだがー?」
冗談めかした笑いが、誰にも返されなかった。
風が吹く。焼けた空気が冷め、血の匂いと焦げの残り香が漂う。
スリーが確認を終え、ライフルを格納すると、低く呟いた。
「……だとしたら、この神域全体が“巣”ということだ」
四人の視線が、無言のまま交わる。
次に来る戦いが、ただの延長ではないことを誰もが理解していた。
その沈黙を破ったのは、微かな耳鳴りのような音だった。
「……っ、ねぇ、今の聞こえた?」
プロブレムがドローンを再起動させながら周囲を見回す。音は風ではない――もっと高く、鋭く、どこかで金属を擦るような周波を含んでいた。
アンサーが槍を構え直す。
「聞こえるわ。……霊子の流れがまた歪んでる。何かが近づいて――」
その言葉を遮るように、彼女の槍身が微かに震えた。
感応機構が異常を検知している。だが、数値は一定のまま。
「……おかしい。読み取れない。ノイズ……?」
スリーが眼帯越しの目を細め、空を仰ぐ。
「ノイズじゃない。……光だ」
翡翠色の粒子が、空から降り注いでいた。
雨のようでも、霧のようでもない。
それは空気の分子に干渉しながら、まるで光そのものが神域の構造に“感染”していくかのように、地面や岩肌へと染み込んでいった。
「……なにこれ、霊子じゃないよ……。QとAのセンサーが反応してないのに、内部データが揺れてる……」
プロブレムが不安げに自分の胸元を押さえる。
体の奥で、微かに“ノイズ”が走ったような感覚――それは心拍と同期せず、どこか別のリズムを刻んでいた。
アンサーも息を呑む。
「私も……ナノ制御の遅延。信号がずれてる。プロブレム、データリンク確認して」
「ダメ。回線、生きてるのに通信レイヤーが沈黙してる。……え、ちょっと怖いってば」
スリーは無言で拳を開いた。掌の皮膚が、わずかに青白く光っている。
だが、次の瞬間にはその光がふっと消える。
「……再生因子が、一瞬だけ停止したように感じた。血流の流れが鈍い……」
その声には焦りよりも、戦場で数多の異常を見てきた者の静かな警戒があった。
「オレもです」
斬が頷く。
「霊脈の循環が滞っている……術の回路が、どこかで断ち切られたような。これでは通りも鈍い」
風が止んだ。
翡翠の粒子が降り注ぐ空域の下、空気そのものが粘性を帯びていく。
プロブレムが息を飲み込み、声を絞り出す。
「……ねぇ、アンサー。これ、“死にかけてる”感じがしない?」
「違う……“死にかけてる”んじゃなくて、“奪われてる”のよ」
アンサーの瞳が、遠くの断崖を捉えた。
そこに――光が、広がっていく。
霧のような翡翠の奔流が、断崖の頂点を中心に円を描いて拡散していく。
風景の一部が歪み、空気が沈む。
「中心……あれは、人か……?」スリーが指差した。
彼らの目に映ったのは、人影のようなもの。
けれど距離が遠すぎて、輪郭は曖昧だ。
それでも直感だけは告げていた――あれは、“敵”だと。
そして、翡翠の光が一層強く輝いた。
地鳴りが走る。
断崖の影が揺れ、そこから何かが蠢く。
「……っ、また来るぞ!」
︎︎スリーが叫ぶ。
地面を突き破って現れたのは、さっき倒したはずのクリーチャーによく似た異形たちだった。
ナンナリスのアームを模した砲身を背負い、翼のように広がる肉片を震わせながら、次々と立ち上がる。
ひとつ、ふたつ。いや――数十を超えていた。
「これ、まじで……冗談じゃ済まないやつだよ……」
プロブレムが乾いた笑いを漏らした。
アンサーは槍を握り直し、仲間たちに視線を送る。
「後退しながら陣形を維持。分析と迎撃を両立するわ。絶対に、ここで崩れないで」
その声に、全員が頷いた。
だが、誰も気づいていなかった。
――彼らの皮膚の下で、“不死”を支えていた霊構造が、音もなく崩壊を始めていたことに。
恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。
-
ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
-
息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
-
叡智閑話
-
イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった