みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Suffer, Nihil, Subdue.⬛︎

 

 

 轟音。

 霊子が吹き荒れる中、リンデンの視界の前で、光を纏った何かが立ちはだかっていた。

 その姿は、炎の縁をまとった幻のようで、形を掴もうとするたびに滲んでいく。

 巨大な二つの影が衝突し、火花が散る。世界が軋み、空気の粒がひとつ残らず焼けた。

 右腕が勝手に持ち上がる。

 振り下ろしたのか、押し返されたのかも分からない。

 金属が噛み合うような音が鳴り、胸の奥にまで震えが走った。

 その痛みを、彼は懐かしいものだと錯覚した。――誰かと手をつないだ時のように。

 

 伸ばす。

 もう一度、光の方へ。

 けれど、目の前の輝きはまたも弾かれるように離れていった。

 届かない。

 まるで“拒まれる”という動作が世界の法則に組み込まれているかのようだった。

 

 ――何をしているんだろう。

 

 自分が誰に向かって腕を伸ばしているのか、思い出せない。

 けれど、その光だけは確かに“帰り道”のように見えた。

 掴めば帰れる。帰ればきっと、痛みは消える。

 だから、腕を振る。

 血が滲み、歯列が鳴る。

 声が漏れる。

 紅蓮の瞳に映る景色が、波のように崩れていく。

 誰かが叫んでいる。けれど、その言葉の輪郭は霧に溶けた。

 意味は無い。ただ音の波。

 そして、自分の喉もまた勝手に震える。

 

 ――神魔調伏。悪鬼覆滅。

 

 それは、祈りでも呪いでもなかった。

 呼吸と同じように自然に生まれ、空気に混ざって消えていく。

 どんな意味を持つのかを考えることもなく、

 リンデンはただ、胸の奥から押し出される声の震えを感じていた。

 金属の悲鳴。

 世界のひび割れた音。

 爆ぜる霊子の火花が頬をかすめ、焼けた匂いが肺に降りてくる。

 それでも、どこかで安らぎを覚えた。

 光の中に、家族の面影を見た気がした。

 

 ――暖かい。

 

 その一言の感覚だけが、確かだった。

 遠くにもうひとつの光が見えた。蒼い。

 青という名の安心を、彼はまだ覚えていた。

 だから、もう一度だけ手を伸ばした。

 届かないと分かっていても、伸ばさずにはいられなかった。

 その度に右腕は悲鳴を上げ、歯列が何かを噛み砕く。

 地面が割れる。

 音が散る。

 そして、痛みだけが彼に現実を思い出させた。

 

 

 轟音がまだ耳の奥で鳴っていた。

 霊子の風が肌を裂く。地面が崩れ、粉塵が吹き上がる。

 リンデンの右腕が再び振り下ろされ、爆ぜた衝撃が周囲の岩盤を叩き割った。

 それを、光を纏った誰かが受け止めている。

 鋼鉄の腕のような光が、ぶつかり合うたびに火花を散らした。

 弾かれた反動で背中が軋み、骨が鳴る。

 

 ――どうして、届かないのだろう。

 

 踏み込むたびに、足元が崩れる。

 それでも光は後ろへ下がらない。

 必死に支えている。

 その姿が、まるで迎えに来てくれた人のように見えた。

 だから、リンデンはさらに腕を振るった。

 金属と金属が噛み合う音。

 火花の霧の中で、視界が紅く染まる。

 誰かの祈りの声が、轟音の奥から滲み出てきた。

 槍が地面を突き、眩い光が壁となって彼の腕を逸らす。

 祈術の波が皮膚を焼き、霊子が耳鳴りに変わる。

 ██イ姉⬛︎ん。

 名前を思い出しかけた瞬間、紅蓮の瞳が反射的に輝いた。

 

 ――神魔調伏。悪鬼覆滅。

 

 言葉はただの衝動だった。

 口が勝手に動き、喉がそれを押し出した。

 世界の合わせ目を縫い直すような響き。

 意味も、違和感もない。ただ声が通る。

 光が弾け、足元から熱風が吹き上がった。

 地表が溶け、空気が叫び声を上げる。

 そこへ重なる別の声。詠唱。

 玄⬛︎の低い詠いと、⬛︎羽の澄んだ声が混ざり、空が震える。

 その音の交差点で、リンデンは息を呑んだ。

 

 ――歌だ。

 

 帰り道を照らす灯りみたいに、柔らかく、美しい。

 胸の奥に青い火が灯る。

 紅蓮の瞳が細まり、歯列が震えた。

 右腕の奥から、圧縮された熱が滲み出す。

 紅蓮の奔流が、祈りに応えるように噴き上がった。

 光と影が衝突した。

 白と黒の奔流が交わり、世界がひとつの音になって鳴った。

 轟音の中、彼は立ち尽くしていた。

 何かが体を貫いたのを感じた。

 それが光なのか、祈りなのか、死なのかも分からなかった。

 

 

 

 

 爆裂の光が、ゆっくりと静まっていく。

 空を満たしていた轟音が引いて、代わりに耳鳴りのような低い唸りが残った。

 焦げた風が頬を撫で、肌に張りついた灰がざらりと崩れ落ちる。

 リンデンは、その灰の重みでようやく自分が膝をついていることを知った。

 

 右腕がまだ動いている。

 歯列が空しく噛み合い、金属が擦れる音を立てている。

 その音が、どこか心臓の鼓動に似ていた。

 身体の奥で何かが溶けて流れていく。

 熱いのか冷たいのか、もう区別がつかない。

 

 外套は焼け落ち、胸の奥で血が泡立つ。

 息を吸えば、内側で音がした。

 ズズ……ッ。空気の代わりに痛みが肺に満ちる。

 呼吸をすれば、世界が軋む。

 それでも彼は俯かない。

 

 顔を上げる。

 紅蓮の瞳が、まだ光を捉えていた。

 その光の中に、何人もの影が立っている。

 拳を構え、魔術を構え、祈りを構える影たち。

 彼らの輪郭が滲んで、誰が誰かも分からない。

 けれど、胸の奥では確信していた。――家族だ。

 

 だから、左手が動いた。

 ずっと使わなかった手。

 焦げて、震えて、もはや感覚のない指先。

 それでも、伸ばさずにはいられなかった。

 

 風が吹く。

 灰が舞い、血の雫が指先からこぼれる。

 掌を開いた。

 頼りなく、けれど真っすぐに。

 その先に、光の中の影がひとつ、こちらを見ていた。

 彼女の瞳が、揺れている。

 

 ――トロイ、姉さん。

 

 思い出す。

 笑って、叱って、祈ってくれた人。

 槍の先に宿る光が、彼女の心のように見えた。

 もう少しで、触れられる気がした。届けば、帰れる気がした。

 空気が強張る。

 光の向こうで、トロイが槍を下げていた。

 彼女の唇が震え、もう一方の手がゆっくりとこちらへ伸びる。

 あと少しで、触れられる距離。

 その仕草があまりにも優しくて、リンデンの胸が軋んだ。

 

 ――帰れる。

 

 心がそう告げた。

 その時、二人の視線が交わる。

 紅蓮と紫。

 光の中で、互いの瞳が確かに映り合った。

 

 

 

 

 

 ――なんだ、これは。

 

 光が、砕けた鏡のように揺れていた。

 その中に、トロイの顔があった。

 涙を溶かしたような瞳の奥に、紅蓮の光が映っている。

 その光は、彼女を焼いているのではなく――自分だった。

 自分が、燃えていた。

 皮膚がひび割れ、筋肉の間から赤黒い光が漏れている。

 歯の列が、勝手に噛み鳴らされている。

 右腕の奥で、何かが笑っていた。

 それが、自分の身体を動かしている。

 

 ――これが、私なのか。

 

 声にならない言葉が胸の奥で弾けた。

 いままで祈りの音だと思っていた轟音は、誰かの悲鳴を押し潰すための音だった。

 抱きしめたいと思っていた光は、焼き滅ぼすために伸ばした腕の閃光だった。

 トロイの瞳の中で、自分が膨張していく。

 血と光と歯列の塊。

 人の形を取り繕っていた“何か”。それが、家族に向かって口を開けている。

 彼女の手は、まだ伸びたままだ。

 その指先が震えている。届くはずの距離だった。

 なのに、リンデンの腕は止まらない。

 

 ああ、違う。

 こんな形で帰るつもりじゃなかった。

 手を取ってほしかっただけだ。

 ただ、貴女のもとへ――。

 

 焼け焦げた息が喉を突く。紅蓮の光が視界を塗り潰す。

 世界が軋み、祈りの音が悲鳴に変わる。

 トロイの瞳の中で、異形の自分が咆哮した。

 その声が空を裂き、大地を焼く。

 自分の叫びだとは、もう思えなかった。

 

 ――ああ、間違えた。

 帰る場所を。

 帰る方法を。

 帰る自分の姿を。

 

 指の先から力が抜けていく。血が掌を滑り落ち、灰の上に散った。

 右腕が咆哮し、歯列が開き、閃光が弾ける。

 大地が砕け、風が逆巻く。

 世界が、真白に反転する。

 その光の中で、彼は確かに見た。

 トロイが、自分の名を呼ぶ口の形。

 その唇が、何かを言おうとして――音になる前に、紅蓮が全てを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅蓮の光が遠のく。

 光の奔流が止み、崩れた断崖に夜のような静けさが戻った。

 リンデンはその中心で、ゆっくりと立ち上がる。

 足元が崩れ、瓦礫が滑り落ちた。

 身体が傾き、膝が笑う。それでも、歩こうとした。

 上ではまだ風が唸り、誰かの声が響いていた。

 けれど、もう届かない。

 右腕の先が重い。

 焼けた皮膚が剥がれ、黒い靄のようなものが滲み出していた。

 それが血の代わりに流れ、岩肌に触れた瞬間、じゅっと音を立てて蒸発した。

 痛みはなかった。

 ただ、身体の奥が空洞になっていくような感覚があった。

 

 ――間違えた。

 

 呟く声が、自分のものに聞こえない。

 肺に残った空気が漏れていくだけの、風の音。

 何を間違えたのかも、思い出せない。

 ただ、もう戻れないということだけが確かだった。

 

 足が前に出ない。

 膝から下が石のように重く、皮膚の下で何かが蠢いている。

 嫌な音がする。

 筋肉が泡立つように膨れ、骨がきしむ。

 膝から太腿へ、腹部へ。血の代わりに霊子が脈打つ。

 それが右腕の中の“何か”と共鳴している。

 脈動が早まる。

 呼吸のたびに、胸の奥で弾けるような痛みが走った。

 骨が軋み、関節が鳴る。

 皮膚が内側から押し拡げられていく。

 張り裂けるような圧。

 肉が伸び、骨が軋み、筋が引きちぎられて再構築される。

 

 右肩から、異形の影が這い出していく。

 白い塊が肉と混ざり合い、ぶくぶくと膨張を続ける。

 泡のように、皮膚の表面で無数の突起が生まれ、弾け、また形を変える。

 手首の歯列が新しい関節を生み、腕の長さが伸びていく。

 肉と金属の境界が曖昧になり、

 リンデンの身体は、もはやどちらにも属さないものになっていった。

 

 ――やめろ。

 

 そう思った。

 だが、声は出ない。

 喉の奥で霊子が泡立ち、黒い光が漏れた。

 背中が裂け、そこから骨のようなものが突き出す。

 それが風を受けて震えるたび、鈍い金属音が響いた。

 

 膨張は止まらない。

 肩が、胸が、腹が、音を立てて膨れ上がる。

 皮膚がひび割れ、光が漏れる。

 人の形が、保てない。

 身体が外側に押し出されるように、内側の“何か”が膨れ続ける。

 リンデンはその場に崩れ落ちた。

 足が砕け、腕が地を掻く。

 爪が剥がれ、歯列が地を噛む。

 霊子の奔流が岩を削り、周囲の地面を泡立てていく。

 

 ――姉、さん。

 

 その言葉が、最後の“人間の声”だった。

 次の瞬間、右腕の影が全身を覆い尽くす。

 紅蓮の瞳が、黒い光の中でふっと沈んだ。

 そこに残ったのは、歪んだ輪郭と、止まらない脈動だけだった。

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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