赤黒い霊子が、断崖の風に煽られて渦を巻く。
翡翠の粒子がそれを追い越して、荒野の向こうへ散っていった。
風は熱い。光はざらついて、喉を焼く。
地を走る霊子の流れが、踏み出すたびに足首を掴むようだった。
濡羽は片手で帽子を押さえ、振り返らないよう必死に走った。
息が続かない。詠唱を口にすれば、声が霊子に呑まれる。
隣を駆けるオラスが、血走った目で笑い声を上げた。
「ちょ、ちょっと!後ろ見て!アンバランスなのにえぐいスピードなんだけど!!」
「だから見ないでくださいって言ってるでしょう!訴えますよ!」
「いやぁ、訴える暇ある? 追いつかれそうだけど!?」
笑い混じりの悲鳴が風を裂いた。
地響きが、ひときわ大きく跳ね上がる。
――音じゃない。肉が擦れ合う音だ。
白く膨れ上がった筋が、裂けた皮膚の下でうごめいている。
逆関節の脚が、地を抉るたびに沈み、背の三つの砲身が呼吸のように膨張する。
膨らんではしぼみ、内部から濁った液体を噴き上げる。
それは声の代わりに、自らの肉を鳴らしていた。
――生きるために、音を出すことを覚えた臓腑。
濡羽は、その「音」に反射的に身をすくめる。
オラスが振り返りもせずにマクスウェルとラブレスを展開。
咄嗟に打ち払った光弾が荒野を削り、爆発が風景を塗りつぶした。
「こっち!崖沿いなら――!」
「崖!? 霊馬……二段ジャンプ失敗……うっ、頭が……!!」
「言ってる場合ですかっ!!」
爆風の中、霊子の嵐が弾けた。
赤と緑と白が入り交じるその中で、二人の姿はただ奔る。
背後の“それ”は、笑い声と悲鳴の区別を知らないまま、ただ二人へと迫ってきていた。
――ほんの数分前まで、あんな音の中にいたのに。
いまは、耳が変に軽い。
赤黒い霊子が、裂け目から吹き上がっては荒野を染める。
その流れに煽られて、翡翠の粒子がゆらゆらと漂う。
まるで風景そのものが、血と光で呼吸しているみたいだった。
濡羽は慎重に歩を進めた。
靴底が焼けた地面に触れるたび、きいん、と小さな音が鳴る。
オラスは数歩うしろから、妙に明るい声を出した。
「はぁ……生きてる、よね? オラス、生きてるよね?」
「質問して自問して自己完結しないでください。生きてますよ、ちゃんと」
「うぇっ、マジで? いやー、よかったー! 死後の世界とかだったらどーしよって!」
「そんな明るい地獄ありますか。やめてくださいよ、怖くなるじゃないですか……」
濡羽は一息吐いた。冗談めかしていても、オラスの声は震えていた。
空気が、熱の膜を張ったように歪んでいる。
霊子の粒が肌をかすめるたび、静電気のような痛みが走った。
「オラスさん、霊子の流れ……おかしくないですか?」
「え、ど、どれ? あー、あれか、あの、ほら、ピカピカしてるやつ?」
「全部ピカピカしてます!」
「えー……じゃあ特別ピカピカしてるやつ?」
「それを探してるんですってば!」
言いながらも、濡羽の目は笑っていなかった。
彼女の視線の先、霊子の風向きが一点だけ逆を向いている。
流れに逆らうように、風の“穴”があった。
オラスもそれに気づき、思わず息を呑む。
「……あそこ、吸ってる?」
「ええ。……風じゃありません。何か、います」
霊子が一斉にうねり、翡翠の粒子が逆光のように閃いた。
白い何かが、その中でゆっくりと形を取り始めていた。
空気が、鳴った。
低い、腹の底を撫でるような音。
風でも、爆発でもない。音の形が掴めないまま、濡羽の髪が一斉に逆立った。
次の瞬間、足元の霊子が泡立つように浮き上がり、
白い“もの”が地表を突き破って立ち上がる。
筋肉だ。皮膚ではない。
まだ固まりきらない繊維が蠢きながら、形を模索している。
光ではなく、血と霊子で縫われたような存在。
「ええと……これ、冗談ですよね……?」
オラスの声は裏返っていた。
「冗談なら、誰かが笑ってくれるはずです」
濡羽は微かに息を呑んだ。彼女の目には、笑いの余地など残っていなかった。
“それ”は、視線を持たないまま彼女たちを向いた。
胴体の先端に開いた口が、空気を掻きむしるように開く。
白い筋肉が軋み、背の砲身が生き物の呼吸のように膨張した。
──そして、撃った。
霊子の奔流が、世界を押し潰すように爆ぜる。
二人は反射的に身を伏せ、砂と光の津波に飲まれる。
耳が、焼けたように痛い。息を吸うたび、血と光の味がした。
「オ、オラスさんっ!」
「いっ、生きてる生きてる生きてるっ★」
「そのテンションで言われても信用できませんっ!!」
崩れる断崖、飛び散る翡翠の粒子。
濡羽はオラスの腕を掴み、光の奔流の合間をすり抜けるように走り出した。
背後では、“それ”が新たな音を鳴らしていた。
──今度は、笑うように。
霊子の風が横から叩きつけてくる。
崖の縁は焼け焦げ、岩肌の裂け目から翡翠の粒が噴き上がる。
濡羽とオラスはほとんど転がるように走っていた。
足元で石が砕け、赤黒い光が裂け目から吹き上がるたび、空気が悲鳴を上げる。
背後では、あの逆関節の脚音が追ってくる。
ずるり、ずるりと肉が擦れる音。
白い筋肉質の図体が、霊子を浴びて半透明に輝いていた。
その動きは速い。筋肉がほどけ、再び編み直されるように地を蹴るたび、重力という言葉が無意味になるほどの加速を見せる。
「ねぇっ、これ無理じゃない!? 逃げ切れるスピードじゃないってっ!!」
「わかってます!でも立ち止まったら死にますっ!」
「戦うのは!? オラスが殴る、濡羽ちゃんが燃やす、で!」
「霊子が暴走してます!術式が展開できませんっ!」
「……え、つまり?」
「逃げるしかありません!」
「おっけ! オラス、逃げは得意!」
会話が途切れるたび、呼吸と心臓の音だけが世界を埋める。
濡羽は息を切らしながらも、目の前の地形を読む。
断崖が、急に途切れている。
風が上へ吹き上がっているのに、そこだけ“落ちている”気配。
「オラスさん、前方に断崖!」
「えっ!? やばくない!?」
「やばいです!でも使えます!」
「なにそれ怖い!?」
「このまま走り抜けて、あいつを落とします!」
「……落ちてくれんの!? あれ!」
「信じましょう! 重力くらいは!」
濡羽の叫びが風に攫われた瞬間、背後で肉の爆ぜる音が響いた。
クリーチャーの脚が跳ね、赤黒い霊子の波が二人の背を押す。
崖の端まで、あと十メートル。
オラスの顔には、恐怖と笑いが同居していた。
「死んだらオラスが訴えるからね!!」
「生きてから言ってください!!」
二人はそのまま、風と光を割るように走り抜けた。
風が割れた。
霊子の流れが逆巻き、崖の縁の空気が不自然に沈む。
下は深淵。霊子の霧が渦を巻き、底はどこにも見えない。
濡羽は走りながら息を呑み、ほんの刹那、計算した。
距離、速度、風圧。落ちる軌道と、飛び込む角度。
「オラスさん、右へ――!」
「なに!?どこへ!?」
「とにかく右ですっ!!」
その声と同時、二人はほとんど反射で身体を投げた。
地面が砕け、霊子の光が耳のすぐそばで爆ぜる。
視界が白く焼け、重力が一瞬だけ失われた。
背後を、肉の塊が通り抜ける。
あの白いクリーチャーが跳躍したのだ。
巨大な脚が空を蹴り、残像のような筋線が視界を裂く。
しかしその勢いは、崖の終わりを知らなかった。
――風が鳴った。
真下へと落ちていく白い影が、砲身を暴発させる。
濁った霊子の光が断崖を染め、轟音が世界を揺らした。
濡羽とオラスは崖の陰に叩きつけられ、岩に背を預ける。
息が合わない。耳の奥が、まだ爆風の音を鳴らしている。
「……生きて、る?」
「……たぶん。生きてる、と思いたいです……」
「おぉぉぉ、生還! オラスたちの勝利!」
「勝ってません!これ負け試合です!」
崖の下から、しばらく白い光が断続的に瞬いていた。
だがやがて、音も光も途絶える。
霊子の風だけが、静かに吹き抜けていった。
濡羽は肩で息をしながら、崖の縁を見上げる。
「……落ちました、よね?」
「……確認しに行く?」
「行きません!!」
ふたりの声が重なり、荒野の風に流れた。
笑い声なのか、恐怖の余韻なのか、自分でもわからないままに。
しばらく、風と心臓の音しか聞こえなかった。
崖の下では、霊子の渦が静かに収束していく。
赤黒い粒子が薄まり、翡翠の光がまた漂い始める。
それを見届けるように、濡羽は長く息を吐いた。
「……さて。どうしましょうか」
「どうするって……とりあえず、逃げ続けるのはごめんなんだけど」
「私もです。……けど、二人では戦えません」
「救出班を探す? それとも、別働隊?」
オラスの声が少しだけ落ち着いている。
強がりと、諦めの中間みたいな音だった。
濡羽はポケットを探って、棒付きキャンディを一本取り出した。
口に咥え、ひとつ噛んでから、もう一本をオラスに差し出す。
「どうぞ。脳が糖分を欲してます」
「うわ……この状況で飴ちゃん出すんだ……」
「ふふん、常備です。――戦えないなら、せめて考えましょう。食べながら」
二人は黙ってキャンディを口の中で転がした。
翡翠の粒子が光を反射して、飴の表面に揺れている。
少しだけ、現実が遠のいた。
「……でもさ」オラスが呟く。
「どっちに行っても、またさっきみたいなの出てきたら、結局逃げるだけだよね」
「ええ。逃げるか、隠れるか。あとは……うまくいけば生き延びる、くらいです」
「楽しくないね」
「楽しくないです」
それでも、歩くしかなかった。
立ち止まれば、考える時間さえ奪われる。
濡羽はゆっくりと立ち上がると地面の小石を蹴り飛ばし、オラスに頷いた。
「行きましょう。生きてるうちに、合流を」
「りょーかい。オラスたちの足はまだ付いてるもんね」
二人はゆっくりと歩き出す。
足音が霊子の風に溶けていく――その背後で、空気がひとつ裂けた。
ばさり。
肉が打ち合う音。
風向きが変わり、赤黒い霊子が上へ吹き上がる。
濡羽の肩がびくりと震え、オラスが顔を引きつらせた。
振り返った瞬間、崖の下から“それ”が浮かび上がる。
白い筋肉が、翼のように広がっていた。
血と霊子の滴を散らしながら、逆関節の脚が宙を掴む。
――ないはずの目が、確かに二人を見ていた。
「と……」
「と――」
「「飛んでるーーーーーーっ!!!!」」
悲鳴が重なり、霊子の風が一気に暴れた。
翡翠の粒子が砕け、断崖の光が再び赤黒く染まる。
二人は同時に踵を返し、叫びながら駆け出した。
霊子の風が、薄い灰のように漂っていた。
赤黒い空は遠くで明滅を繰り返し、地平線の向こうではまだ戦闘の残響が燻っている。
プロブレム、アンサー、スリー、斬。
四人は廃墟のような岩場を縫うように進んでいた。
爆裂音はもう聞こえない。
代わりに残るのは、肉が潰れるような湿った音。
異形たちはまだ追ってきていたが、もう視界の外だ。
それでも、油断は誰の顔にも浮かんでいなかった。
「はぁ〜……まーじ死ぬかと思ったぁ。あんなの連チャンとか、きついっしょ」
プロブレムが肩を回し、浮遊ユニットQとAを肩越しに操る。
砲身から立ち上る霊子煙がまだ消え切らない。
「軽口が出るうちは大丈夫そうね」
アンサーが笑う。
彼女の声は穏やかだったが、握る槍の先は微かに震えていた。
「閣下ならどう動くと思う?」
スリーが問いながら、手元の銃身を交換する。
動きは冷静そのもので、射撃の余熱がまだ手袋越しに伝わっていた。
「おそらくは再集結を優先するでしょうね。ばらけた戦線を、情報でまとめにかかるはずだわ」
「つまり、動くってことですね」
斬が肩に掛けた刀の柄を軽く叩いた。
彼の声は静かだが、疲れを隠す色はない。
「それなら一刻も早く、合流を。……救出班を探しましょう」
その時、アンサーがふと足を止めた。
灰色の風が流れ、翡翠の粒子が微かに反射する。
どこか遠く――いや、かなり遠く。
風を渡って、甲高い叫び声が届いた。
「あら……?」
アンサーは耳を傾け、瞳を細めた。
その表情に、プロブレムが首を傾げる。
「どしたのー?」
「今の……聞こえた?」
「え、なにが? 爆発?」
「違うわ。……悲鳴。ふたり分、かしら」
風が止む。
残響だけが、灰の空の向こうで反響していた。
「方向は……南西、崖沿いだ」
スリーが即座に答える。
銃のサイトに霊子を流し込み、音の反射を解析していた。
「距離は二キロほど。生体反応も混じっている」
「それは……救出班、でしょうか」
「判断はまだ早い。だが、放ってはおけないな」
アンサーが小さく頷き、霊子の槍を構え直した。
「ええ、行きましょう。
――それが誰でも、まずは助けるのが正解よ」
プロブレムがユニットを浮かせ、斬が前へ歩み出る。
悲鳴の方角へ、四人は駆け出した。
灰色の風が逆巻き、赤黒い霊子が地を這う。
近づくほどに、叫び声は明瞭になっていく。
それは悲鳴というより、恐怖と怒りと、そしてどうしようもない生への執着が混じった音だった。
「誰か、いる……!」
アンサーが声を上げる。
「生体反応、二つ。両方とも走っている!」
スリーが解析結果を叫んだ。
「速度からして……戦闘じゃない、逃走だ!」
斬は無言のまま速度を上げた。
身体が勝手に前へ出る。
風が頬を切り、視界の向こうに翡翠の粒が跳ねる。
次の瞬間、砂塵の向こうに二つの影が見えた。
ひとりは帽子を押さえながら走る濡羽。
もうひとりは、腕を振り回しながら叫んでいるオラスだった。
息は乱れ、服は焼け焦げている。だが――生きている。
「オラスさん! 濡羽さん!!」
斬の声に、二人が同時に顔を上げた。
「え、えぇ!? うそ、斬さん!? ほんと!? 助けてほんと助けてぇぇぇ!!」
「そっち、後ろっ!! 飛んでます!飛んでますからぁぁ!!!」
叫びながら二人が手を振る。
その背後、灰色の霧を切り裂いて現れたのは、白い巨影。
翼とも筋肉のひだともつかない肉の束を広げ、
背部の砲身を脈打たせながら霊子を吐き出していた。
スリーが反射的に銃を構える。
「またか……! 同型個体確認!」
「やっぱり、この神域内ではどこでも産まれるみたいね」
アンサーの声が冷える。
プロブレムが顔をしかめ、ユニットを前に浮かせた。
「勘弁してよぉ……もう同じ問題は解いたはずなんだけど?」
「どうやら再試験の時間らしい」
スリーが淡々と答え、照準を合わせる。
斬が刀を抜いた。刃が霊子の風を裂く。
「濡羽さん! オラスさん! 下がってください!」
「無理無理無理! もうこれ以上下がると崖ですっ!!」
「ならそのまま前へ!」
白い巨体が咆哮を上げた。
肉の翼が広がり、濁った霊子が空へ噴き上がる。
風が赤黒く歪んでいた。
霊子の奔流が荒野を舐め、肉の翼が空を切る。
その中央を、アンサーが一歩前に出る。
OWに霊子が収束し、炎熱が周囲の空気を押しのけた。
「全員、私の合図で――」
彼女の声が低く、凛と響く。
逃げる濡羽とオラスがその声に振り返る。
四人は示し合わせたように彼女の横をすり抜け、前方へと走り出した。
霊子の風が吹き荒れる中、斬が先陣を切る。
黒い髪が炎熱の反射で光り、身体がしなやかに跳躍した。
足元には、プロブレムの支援ドローンが待ち構えている。
「多少の土汚れは勘弁してくださいよ!」
斬が一声残して、ひとつ目のAを踏み台に飛ぶ。
「へーきへーき!そのまま行っちゃって!」
プロブレムの笑い声が風に混じる。
ドローンが即座に位置を変え、次の一歩の足場を差し出した。
刃が閃き、空気が裂ける。
白いクリーチャーが咆哮を上げた。
砲身が膨張し、濁った霊子を圧縮していく。
スリーがそれを察知した瞬間、銃口を上げる。
「次の射撃口、左翼根本!」
号令と同時、三発の連射が砲身を撃ち抜いた。
金属質の悲鳴のような音が上がり、砲身が暴発。
斬の刃がその隙を逃さない。
翼の付け根を一閃、続けざまに逆脚をもう一閃。
白い肉が飛び散り、霊子の光が滲む。
空が裂けるような衝撃音とともに、異形が墜落した。
「――計画通りね」
アンサーが息を吐いた。
炎熱の槍が真紅に光り、地を蹴る。
彼女の背中に炎の軌跡が走り、崩れ落ちる異形の腹部めがけて一直線に踏み込む。
霊子が焼ける。
風が悲鳴を上げ、白い筋肉が灼かれて黒く変色した。
アンサーの槍が貫通した瞬間、内部の霊子核が暴発。
炎と熱風が弾け、灰の粒が空に舞った。
爆風を背に、彼女はゆっくりと槍を引き抜く。
燃え上がる肉塊の前に、四人の影が並んだ。
濡羽とオラスが遅れて駆け寄り、その光景に息を呑む。
「……やっぱり、化け物って言葉で片づけられないね」
プロブレムが肩越しに呟く。
「ええ。でも、片づけるのは私たちの役目よ」
アンサーが穏やかに微笑んだ。
炎の槍を霊子へ還し、空を見上げる。
翡翠の粒子が再び漂い始めていた。
その美しさに、誰も何も言わなかった。
赤黒い霊子の風が遠くで揺れている。
断崖の連なりを抜け、砂混じりの丘を越えた先に――ようやく、それはあった。
瓦礫。けれど、自然崩壊ではない。
支柱の骨格、床材の素材、断片的に残る光沢。
それらは明らかに“建造物”の痕跡だった。
『……これまでの人類史のものじゃ無さそうだね』
運命が崩れた壁面に触れる。
灰色の外装は霊子の風を受けても劣化していない。表層は、どこか有機的ですらあった。
「んー……ウチもちょっと判別できないなー」
玄鉄がしゃがみ込み、指先で欠片を弾いた。
硬質の音が鳴り、破片は淡く光った。
『構造材じゃない。記録媒体にも近い、けど……情報が残ってない』
「だねぇ。どの軌道人類史の素材パターンにも一致しない。
つまり、“以前”か、あるいは“並行してた”やつか……」
『並行史……か。可能性としては、否定できないね』
二人の声が霊子の風に消えていく。
この神域は、どの軌道人類史の複製にも該当しない。
遺された建造物が語るのは、“記録された過去”ではなく、“まだ記述されていなかった層”の存在だった。
「やっぱ、ここ、根っこから変だね」
『うん。……たぶん、誰も見たことのない場所だと思う』
運命の仮面のディスプレイが、青い光を放つ。
静かな声が、わずかに低くなる。
『ここが、
「別の、ね。……それが“創造側”か、“模倣側”か、どっちだと思う?」
『……今のところ、どちらにも見えるよ』
霊子の風が、建造物の隙間を通り抜けた。
音のない呼吸のように、世界が微かに脈打つ。
二人はそのまま、崩れた構造物の奥へと足を踏み入れた。
崩れた通路を抜けた先で、ふと空気が変わった。
砂混じりの風が止み、霊子の粒が壁の表面に沿って流れていく。
そこに――色があった。
古びた壁面。
けれど、描かれた線は鮮明だった。
時間ではなく、記録そのものがそのまま残っているような、奇妙な保存の仕方。
運命が手を伸ばし、表面をなぞる。
淡い光がディスプレイの上で揺れ、模様の輪郭を照らし出した。
『……壁画、だね』
玄鉄が後ろから覗き込む。
そこに描かれていたのは、空を走る複数の飛行船だった。
浮遊する都市のような艦。翼を広げ、光の尾を引いている。
その下では、剣や槍を構えた地上の民が空を睨んでいた。
燃える空。裂ける雲。
そして絵は、そのまま地下へと続く通路の壁面へと伸びていた。
『やっぱり、私たちが知ってる人類史のものじゃないみたい』
「んー……だねぇ。
きな臭さもあるっちゃあるし、
玄鉄は指先で絵の端をなぞり、軽く肩を竦めた。
「まー、例え話だけどねー。
でも、これが“例え”じゃないとしたら――少し、面倒なやつ」
運命は壁の先を見た。
絵の線が、地下へと導くように続いている。
まるで、描いた者が「まだ終わっていない」と告げているかのように。
『……行ってみよう。何か、残ってるかもしれない』
「了解っと。ウチらが掘り出すのは、歴史か、それとも地獄か……」
玄鉄が軽く笑い、足を進めた。
壁画の光が二人の背に映り、霊子の風が静かに後ろから押した。
恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。
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ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
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息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
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叡智閑話
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イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった