みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Save, Nonsense, Suicide.1

 

 

 赤黒い霊子が、断崖の風に煽られて渦を巻く。

 翡翠の粒子がそれを追い越して、荒野の向こうへ散っていった。

 風は熱い。光はざらついて、喉を焼く。

 地を走る霊子の流れが、踏み出すたびに足首を掴むようだった。

 濡羽は片手で帽子を押さえ、振り返らないよう必死に走った。

 息が続かない。詠唱を口にすれば、声が霊子に呑まれる。

 隣を駆けるオラスが、血走った目で笑い声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと!後ろ見て!アンバランスなのにえぐいスピードなんだけど!!」

 

「だから見ないでくださいって言ってるでしょう!訴えますよ!」

 

「いやぁ、訴える暇ある? 追いつかれそうだけど!?」

 

 笑い混じりの悲鳴が風を裂いた。

 地響きが、ひときわ大きく跳ね上がる。

 ――音じゃない。肉が擦れ合う音だ。

 白く膨れ上がった筋が、裂けた皮膚の下でうごめいている。

 逆関節の脚が、地を抉るたびに沈み、背の三つの砲身が呼吸のように膨張する。

 膨らんではしぼみ、内部から濁った液体を噴き上げる。

 それは声の代わりに、自らの肉を鳴らしていた。

 ――生きるために、音を出すことを覚えた臓腑。

 濡羽は、その「音」に反射的に身をすくめる。

 オラスが振り返りもせずにマクスウェルとラブレスを展開。

 咄嗟に打ち払った光弾が荒野を削り、爆発が風景を塗りつぶした。

 

「こっち!崖沿いなら――!」

 

「崖!? 霊馬……二段ジャンプ失敗……うっ、頭が……!!」

 

「言ってる場合ですかっ!!」

 

 爆風の中、霊子の嵐が弾けた。

 赤と緑と白が入り交じるその中で、二人の姿はただ奔る。

 背後の“それ”は、笑い声と悲鳴の区別を知らないまま、ただ二人へと迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ほんの数分前まで、あんな音の中にいたのに。

 いまは、耳が変に軽い。

 赤黒い霊子が、裂け目から吹き上がっては荒野を染める。

 その流れに煽られて、翡翠の粒子がゆらゆらと漂う。

 まるで風景そのものが、血と光で呼吸しているみたいだった。

 濡羽は慎重に歩を進めた。

 靴底が焼けた地面に触れるたび、きいん、と小さな音が鳴る。

 オラスは数歩うしろから、妙に明るい声を出した。

 

「はぁ……生きてる、よね? オラス、生きてるよね?」

 

「質問して自問して自己完結しないでください。生きてますよ、ちゃんと」

 

「うぇっ、マジで? いやー、よかったー! 死後の世界とかだったらどーしよって!」

 

「そんな明るい地獄ありますか。やめてくださいよ、怖くなるじゃないですか……」

 

 濡羽は一息吐いた。冗談めかしていても、オラスの声は震えていた。

 空気が、熱の膜を張ったように歪んでいる。

 霊子の粒が肌をかすめるたび、静電気のような痛みが走った。

 

「オラスさん、霊子の流れ……おかしくないですか?」

 

「え、ど、どれ? あー、あれか、あの、ほら、ピカピカしてるやつ?」

 

「全部ピカピカしてます!」

 

「えー……じゃあ特別ピカピカしてるやつ?」

 

「それを探してるんですってば!」

 

 言いながらも、濡羽の目は笑っていなかった。

 彼女の視線の先、霊子の風向きが一点だけ逆を向いている。

 流れに逆らうように、風の“穴”があった。

 オラスもそれに気づき、思わず息を呑む。

 

「……あそこ、吸ってる?」

 

「ええ。……風じゃありません。何か、います」

 

 霊子が一斉にうねり、翡翠の粒子が逆光のように閃いた。

 白い何かが、その中でゆっくりと形を取り始めていた。

 

 空気が、鳴った。

 

 低い、腹の底を撫でるような音。

 風でも、爆発でもない。音の形が掴めないまま、濡羽の髪が一斉に逆立った。

 次の瞬間、足元の霊子が泡立つように浮き上がり、

 白い“もの”が地表を突き破って立ち上がる。

 筋肉だ。皮膚ではない。

 まだ固まりきらない繊維が蠢きながら、形を模索している。

 光ではなく、血と霊子で縫われたような存在。

 

「ええと……これ、冗談ですよね……?」

 

 オラスの声は裏返っていた。

 

「冗談なら、誰かが笑ってくれるはずです」

 

 濡羽は微かに息を呑んだ。彼女の目には、笑いの余地など残っていなかった。

 “それ”は、視線を持たないまま彼女たちを向いた。

 胴体の先端に開いた口が、空気を掻きむしるように開く。

 白い筋肉が軋み、背の砲身が生き物の呼吸のように膨張した。

 

 ──そして、撃った。

 

 霊子の奔流が、世界を押し潰すように爆ぜる。

 二人は反射的に身を伏せ、砂と光の津波に飲まれる。

 耳が、焼けたように痛い。息を吸うたび、血と光の味がした。

 

「オ、オラスさんっ!」

 

「いっ、生きてる生きてる生きてるっ★」

 

「そのテンションで言われても信用できませんっ!!」

 

 崩れる断崖、飛び散る翡翠の粒子。

 濡羽はオラスの腕を掴み、光の奔流の合間をすり抜けるように走り出した。

 背後では、“それ”が新たな音を鳴らしていた。

 ──今度は、笑うように。

 

 

 

 

 

 

 霊子の風が横から叩きつけてくる。

 崖の縁は焼け焦げ、岩肌の裂け目から翡翠の粒が噴き上がる。

 濡羽とオラスはほとんど転がるように走っていた。

 足元で石が砕け、赤黒い光が裂け目から吹き上がるたび、空気が悲鳴を上げる。

 

 背後では、あの逆関節の脚音が追ってくる。

 ずるり、ずるりと肉が擦れる音。

 白い筋肉質の図体が、霊子を浴びて半透明に輝いていた。

 その動きは速い。筋肉がほどけ、再び編み直されるように地を蹴るたび、重力という言葉が無意味になるほどの加速を見せる。

 

「ねぇっ、これ無理じゃない!? 逃げ切れるスピードじゃないってっ!!」

「わかってます!でも立ち止まったら死にますっ!」

「戦うのは!? オラスが殴る、濡羽ちゃんが燃やす、で!」

「霊子が暴走してます!術式が展開できませんっ!」

「……え、つまり?」

「逃げるしかありません!」

「おっけ! オラス、逃げは得意!」

 

 会話が途切れるたび、呼吸と心臓の音だけが世界を埋める。

 濡羽は息を切らしながらも、目の前の地形を読む。

 断崖が、急に途切れている。

 風が上へ吹き上がっているのに、そこだけ“落ちている”気配。

 

「オラスさん、前方に断崖!」

「えっ!? やばくない!?」

「やばいです!でも使えます!」

「なにそれ怖い!?」

「このまま走り抜けて、あいつを落とします!」

「……落ちてくれんの!? あれ!」

「信じましょう! 重力くらいは!」

 

 濡羽の叫びが風に攫われた瞬間、背後で肉の爆ぜる音が響いた。

 クリーチャーの脚が跳ね、赤黒い霊子の波が二人の背を押す。

 崖の端まで、あと十メートル。

 オラスの顔には、恐怖と笑いが同居していた。

 

「死んだらオラスが訴えるからね!!」

 

「生きてから言ってください!!」

 

 二人はそのまま、風と光を割るように走り抜けた。

 風が割れた。

 霊子の流れが逆巻き、崖の縁の空気が不自然に沈む。

 下は深淵。霊子の霧が渦を巻き、底はどこにも見えない。

 濡羽は走りながら息を呑み、ほんの刹那、計算した。

 距離、速度、風圧。落ちる軌道と、飛び込む角度。

 

「オラスさん、右へ――!」

「なに!?どこへ!?」

「とにかく右ですっ!!」

 

 その声と同時、二人はほとんど反射で身体を投げた。

 地面が砕け、霊子の光が耳のすぐそばで爆ぜる。

 視界が白く焼け、重力が一瞬だけ失われた。

 背後を、肉の塊が通り抜ける。

 あの白いクリーチャーが跳躍したのだ。

 巨大な脚が空を蹴り、残像のような筋線が視界を裂く。

 しかしその勢いは、崖の終わりを知らなかった。

 

 ――風が鳴った。

 真下へと落ちていく白い影が、砲身を暴発させる。

 濁った霊子の光が断崖を染め、轟音が世界を揺らした。

 濡羽とオラスは崖の陰に叩きつけられ、岩に背を預ける。

 息が合わない。耳の奥が、まだ爆風の音を鳴らしている。

 

「……生きて、る?」

 

「……たぶん。生きてる、と思いたいです……」

 

「おぉぉぉ、生還! オラスたちの勝利!」

 

「勝ってません!これ負け試合です!」

 

 崖の下から、しばらく白い光が断続的に瞬いていた。

 だがやがて、音も光も途絶える。

 霊子の風だけが、静かに吹き抜けていった。

 濡羽は肩で息をしながら、崖の縁を見上げる。

 

「……落ちました、よね?」

 

「……確認しに行く?」

 

「行きません!!」

 

 ふたりの声が重なり、荒野の風に流れた。

 笑い声なのか、恐怖の余韻なのか、自分でもわからないままに。

 しばらく、風と心臓の音しか聞こえなかった。

 崖の下では、霊子の渦が静かに収束していく。

 赤黒い粒子が薄まり、翡翠の光がまた漂い始める。

 それを見届けるように、濡羽は長く息を吐いた。

 

「……さて。どうしましょうか」

 

「どうするって……とりあえず、逃げ続けるのはごめんなんだけど」

 

「私もです。……けど、二人では戦えません」

 

「救出班を探す? それとも、別働隊?」

 

 オラスの声が少しだけ落ち着いている。

 強がりと、諦めの中間みたいな音だった。

 濡羽はポケットを探って、棒付きキャンディを一本取り出した。

 口に咥え、ひとつ噛んでから、もう一本をオラスに差し出す。

 

「どうぞ。脳が糖分を欲してます」

 

「うわ……この状況で飴ちゃん出すんだ……」

 

「ふふん、常備です。――戦えないなら、せめて考えましょう。食べながら」

 

 二人は黙ってキャンディを口の中で転がした。

 翡翠の粒子が光を反射して、飴の表面に揺れている。

 少しだけ、現実が遠のいた。

「……でもさ」オラスが呟く。

 

「どっちに行っても、またさっきみたいなの出てきたら、結局逃げるだけだよね」

 

「ええ。逃げるか、隠れるか。あとは……うまくいけば生き延びる、くらいです」

 

「楽しくないね」

 

「楽しくないです」

 

 それでも、歩くしかなかった。

 立ち止まれば、考える時間さえ奪われる。

 濡羽はゆっくりと立ち上がると地面の小石を蹴り飛ばし、オラスに頷いた。

 

「行きましょう。生きてるうちに、合流を」

 

「りょーかい。オラスたちの足はまだ付いてるもんね」

 

 二人はゆっくりと歩き出す。

 足音が霊子の風に溶けていく――その背後で、空気がひとつ裂けた。

 

 ばさり。

 

 肉が打ち合う音。

 風向きが変わり、赤黒い霊子が上へ吹き上がる。

 濡羽の肩がびくりと震え、オラスが顔を引きつらせた。

 振り返った瞬間、崖の下から“それ”が浮かび上がる。

 白い筋肉が、翼のように広がっていた。

 血と霊子の滴を散らしながら、逆関節の脚が宙を掴む。

 ――ないはずの目が、確かに二人を見ていた。

 

「と……」

「と――」

 

「「飛んでるーーーーーーっ!!!!」」

 

 悲鳴が重なり、霊子の風が一気に暴れた。

 翡翠の粒子が砕け、断崖の光が再び赤黒く染まる。

 二人は同時に踵を返し、叫びながら駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊子の風が、薄い灰のように漂っていた。

 赤黒い空は遠くで明滅を繰り返し、地平線の向こうではまだ戦闘の残響が燻っている。

 プロブレム、アンサー、スリー、斬。

 四人は廃墟のような岩場を縫うように進んでいた。

 爆裂音はもう聞こえない。

 代わりに残るのは、肉が潰れるような湿った音。

 異形たちはまだ追ってきていたが、もう視界の外だ。

 それでも、油断は誰の顔にも浮かんでいなかった。

 

「はぁ〜……まーじ死ぬかと思ったぁ。あんなの連チャンとか、きついっしょ」

 

 プロブレムが肩を回し、浮遊ユニットQとAを肩越しに操る。

 砲身から立ち上る霊子煙がまだ消え切らない。

 

「軽口が出るうちは大丈夫そうね」

 

 アンサーが笑う。

 彼女の声は穏やかだったが、握る槍の先は微かに震えていた。

 

「閣下ならどう動くと思う?」

 

 スリーが問いながら、手元の銃身を交換する。

 動きは冷静そのもので、射撃の余熱がまだ手袋越しに伝わっていた。

 

「おそらくは再集結を優先するでしょうね。ばらけた戦線を、情報でまとめにかかるはずだわ」

 

「つまり、動くってことですね」

 

 斬が肩に掛けた刀の柄を軽く叩いた。

 彼の声は静かだが、疲れを隠す色はない。

 

「それなら一刻も早く、合流を。……救出班を探しましょう」

 

 その時、アンサーがふと足を止めた。

 灰色の風が流れ、翡翠の粒子が微かに反射する。

 どこか遠く――いや、かなり遠く。

 風を渡って、甲高い叫び声が届いた。

 

「あら……?」

 

 アンサーは耳を傾け、瞳を細めた。

 その表情に、プロブレムが首を傾げる。

 

「どしたのー?」

 

「今の……聞こえた?」

 

「え、なにが? 爆発?」

 

「違うわ。……悲鳴。ふたり分、かしら」

 

 風が止む。

 残響だけが、灰の空の向こうで反響していた。

 

「方向は……南西、崖沿いだ」

 

 スリーが即座に答える。

 銃のサイトに霊子を流し込み、音の反射を解析していた。

 

「距離は二キロほど。生体反応も混じっている」

 

「それは……救出班、でしょうか」

 

「判断はまだ早い。だが、放ってはおけないな」

 

 アンサーが小さく頷き、霊子の槍を構え直した。

 

「ええ、行きましょう。

 ――それが誰でも、まずは助けるのが正解よ」

 

 プロブレムがユニットを浮かせ、斬が前へ歩み出る。

 悲鳴の方角へ、四人は駆け出した。

 灰色の風が逆巻き、赤黒い霊子が地を這う。

 近づくほどに、叫び声は明瞭になっていく。

 それは悲鳴というより、恐怖と怒りと、そしてどうしようもない生への執着が混じった音だった。

 

「誰か、いる……!」

 

 アンサーが声を上げる。

 

「生体反応、二つ。両方とも走っている!」

 

 スリーが解析結果を叫んだ。

 

「速度からして……戦闘じゃない、逃走だ!」

 

 斬は無言のまま速度を上げた。

 身体が勝手に前へ出る。

 風が頬を切り、視界の向こうに翡翠の粒が跳ねる。

 次の瞬間、砂塵の向こうに二つの影が見えた。

 

 ひとりは帽子を押さえながら走る濡羽。

 もうひとりは、腕を振り回しながら叫んでいるオラスだった。

 息は乱れ、服は焼け焦げている。だが――生きている。

 

「オラスさん! 濡羽さん!!」

 

 斬の声に、二人が同時に顔を上げた。

 

「え、えぇ!? うそ、斬さん!? ほんと!? 助けてほんと助けてぇぇぇ!!」

 

「そっち、後ろっ!! 飛んでます!飛んでますからぁぁ!!!」

 

 叫びながら二人が手を振る。

 その背後、灰色の霧を切り裂いて現れたのは、白い巨影。

 翼とも筋肉のひだともつかない肉の束を広げ、

 背部の砲身を脈打たせながら霊子を吐き出していた。

 

 スリーが反射的に銃を構える。

 

「またか……! 同型個体確認!」

 

「やっぱり、この神域内ではどこでも産まれるみたいね」

 

 アンサーの声が冷える。

 プロブレムが顔をしかめ、ユニットを前に浮かせた。

 

「勘弁してよぉ……もう同じ問題は解いたはずなんだけど?」

 

「どうやら再試験の時間らしい」

 

 スリーが淡々と答え、照準を合わせる。

 斬が刀を抜いた。刃が霊子の風を裂く。

 

「濡羽さん! オラスさん! 下がってください!」

 

「無理無理無理! もうこれ以上下がると崖ですっ!!」

 

「ならそのまま前へ!」

 

 白い巨体が咆哮を上げた。

 肉の翼が広がり、濁った霊子が空へ噴き上がる。

 風が赤黒く歪んでいた。

 霊子の奔流が荒野を舐め、肉の翼が空を切る。

 その中央を、アンサーが一歩前に出る。

 OWに霊子が収束し、炎熱が周囲の空気を押しのけた。

 

「全員、私の合図で――」

 

 彼女の声が低く、凛と響く。

 逃げる濡羽とオラスがその声に振り返る。

 四人は示し合わせたように彼女の横をすり抜け、前方へと走り出した。

 霊子の風が吹き荒れる中、斬が先陣を切る。

 黒い髪が炎熱の反射で光り、身体がしなやかに跳躍した。

 足元には、プロブレムの支援ドローンが待ち構えている。

 

「多少の土汚れは勘弁してくださいよ!」

 

 斬が一声残して、ひとつ目のAを踏み台に飛ぶ。

 

「へーきへーき!そのまま行っちゃって!」

 

 プロブレムの笑い声が風に混じる。

 ドローンが即座に位置を変え、次の一歩の足場を差し出した。

 刃が閃き、空気が裂ける。

 白いクリーチャーが咆哮を上げた。

 砲身が膨張し、濁った霊子を圧縮していく。

 スリーがそれを察知した瞬間、銃口を上げる。

 

「次の射撃口、左翼根本!」

 

 号令と同時、三発の連射が砲身を撃ち抜いた。

 金属質の悲鳴のような音が上がり、砲身が暴発。

 斬の刃がその隙を逃さない。

 翼の付け根を一閃、続けざまに逆脚をもう一閃。

 白い肉が飛び散り、霊子の光が滲む。

 空が裂けるような衝撃音とともに、異形が墜落した。

 

「――計画通りね」

 

 アンサーが息を吐いた。

 炎熱の槍が真紅に光り、地を蹴る。

 彼女の背中に炎の軌跡が走り、崩れ落ちる異形の腹部めがけて一直線に踏み込む。

 霊子が焼ける。

 風が悲鳴を上げ、白い筋肉が灼かれて黒く変色した。

 アンサーの槍が貫通した瞬間、内部の霊子核が暴発。

 炎と熱風が弾け、灰の粒が空に舞った。

 

 爆風を背に、彼女はゆっくりと槍を引き抜く。

 燃え上がる肉塊の前に、四人の影が並んだ。

 濡羽とオラスが遅れて駆け寄り、その光景に息を呑む。

 

「……やっぱり、化け物って言葉で片づけられないね」

 

 プロブレムが肩越しに呟く。

 

「ええ。でも、片づけるのは私たちの役目よ」

 

 アンサーが穏やかに微笑んだ。

 炎の槍を霊子へ還し、空を見上げる。

 翡翠の粒子が再び漂い始めていた。

 その美しさに、誰も何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤黒い霊子の風が遠くで揺れている。

 断崖の連なりを抜け、砂混じりの丘を越えた先に――ようやく、それはあった。

 瓦礫。けれど、自然崩壊ではない。

 支柱の骨格、床材の素材、断片的に残る光沢。

 それらは明らかに“建造物”の痕跡だった。

 

『……これまでの人類史のものじゃ無さそうだね』

 

 運命が崩れた壁面に触れる。

 灰色の外装は霊子の風を受けても劣化していない。表層は、どこか有機的ですらあった。

 

「んー……ウチもちょっと判別できないなー」

 

 玄鉄がしゃがみ込み、指先で欠片を弾いた。

 硬質の音が鳴り、破片は淡く光った。

 

『構造材じゃない。記録媒体にも近い、けど……情報が残ってない』

 

「だねぇ。どの軌道人類史の素材パターンにも一致しない。

 つまり、“以前”か、あるいは“並行してた”やつか……」

 

『並行史……か。可能性としては、否定できないね』

 

 二人の声が霊子の風に消えていく。

 この神域は、どの軌道人類史の複製にも該当しない。

 遺された建造物が語るのは、“記録された過去”ではなく、“まだ記述されていなかった層”の存在だった。

 

「やっぱ、ここ、根っこから変だね」

 

『うん。……たぶん、誰も見たことのない場所だと思う』

 

 運命の仮面のディスプレイが、青い光を放つ。

 静かな声が、わずかに低くなる。

 

『ここが、片割れ(あの子)の神域じゃないとしたら……別の“何か”がこの構造を動かしてる』

 

「別の、ね。……それが“創造側”か、“模倣側”か、どっちだと思う?」

 

『……今のところ、どちらにも見えるよ』

 

 霊子の風が、建造物の隙間を通り抜けた。

 音のない呼吸のように、世界が微かに脈打つ。

 二人はそのまま、崩れた構造物の奥へと足を踏み入れた。

 

 崩れた通路を抜けた先で、ふと空気が変わった。

 砂混じりの風が止み、霊子の粒が壁の表面に沿って流れていく。

 そこに――色があった。

 古びた壁面。

 けれど、描かれた線は鮮明だった。

 時間ではなく、記録そのものがそのまま残っているような、奇妙な保存の仕方。

 運命が手を伸ばし、表面をなぞる。

 淡い光がディスプレイの上で揺れ、模様の輪郭を照らし出した。

 

『……壁画、だね』

 

 玄鉄が後ろから覗き込む。

 そこに描かれていたのは、空を走る複数の飛行船だった。

 浮遊する都市のような艦。翼を広げ、光の尾を引いている。

 その下では、剣や槍を構えた地上の民が空を睨んでいた。

 燃える空。裂ける雲。

 そして絵は、そのまま地下へと続く通路の壁面へと伸びていた。

 

『やっぱり、私たちが知ってる人類史のものじゃないみたい』

 

「んー……だねぇ。

 きな臭さもあるっちゃあるし、第八(SF系)みたいなのと第一《幻想系》みたいなのがぶつかってるような話っぽいし……」

 

 玄鉄は指先で絵の端をなぞり、軽く肩を竦めた。

 

「まー、例え話だけどねー。

 でも、これが“例え”じゃないとしたら――少し、面倒なやつ」

 

 運命は壁の先を見た。

 絵の線が、地下へと導くように続いている。

 まるで、描いた者が「まだ終わっていない」と告げているかのように。

 

『……行ってみよう。何か、残ってるかもしれない』

 

「了解っと。ウチらが掘り出すのは、歴史か、それとも地獄か……」

 

 玄鉄が軽く笑い、足を進めた。

 壁画の光が二人の背に映り、霊子の風が静かに後ろから押した。

 

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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