みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Save, Nonsense, Suicide.3

 

 

 断崖の風が悲鳴を上げた。

 数十合目のトロイの槍が閃き、岩肌を削るほどの勢いで異形へと突き出される。

 金属と肉の軋む音。赤黒い火花が散り、空気が震える。

 それでも異形は止まらない。逆関節の脚が信じがたい角度でひしゃげ、次の瞬間には反発するように跳躍した。

 白い巨体が、弾丸のように迫る。

 肥大化した右腕が地を抉りながら、砕けた岩を弾き飛ばす。

 一撃でも受ければ骨ごと粉砕される。

 トロイは身を翻し、空いた隙間を滑り抜けるように走った。

 だがそのたび、祈術が軋んだ。

 霊子が拒絶するこの神域では、祈りは届かない。

 織り上げようとする度、術式は崩れ、光は散り、皮膚を裂くような痛みだけが残る。

 

「……っ、リタ先輩……もう少しだけ、動いてねー……!」

 

 苦笑のような声が漏れる。

 聖槍リタが鈍く脈打ち、槍身に微かな緑光が走った。

 トロイはその光を見届けると、息を整えずに踏み込んだ。

 右腕が横薙ぎに振るわれ、風が悲鳴を上げる。

 避けきれない。彼女は槍の柄で受け止め、そのまま滑るように体を捻った。

 重力の流れを読み、左足で地を蹴り、槍を引き抜く。

 異形の胸を掠めた瞬間、聖槍の穂先が霊子の抵抗で弾かれた。

 

 ――弾かれる。彼に拒まれている。

 

 異形の肩から、翡翠色の霧が吹き出した。

 右腕の軌跡が光を裂く。

 間合いを取る暇もなく、異形は再び突っ込んできた。

 その姿勢――人ではない。

 四肢を地につけ、逆関節の脚で疾駆する。

 音より早く迫る白い暴力。

 トロイはその足の動きに合わせるように、袖の内側へと手を滑らせた。

 細い鎖の先、拷問具として愛用する赤黒いニードルが揺れる。

 彼女はそれを三本、指で挟んだ。

 

「……赦しの針、ちょっと痛いよー?」

 

 投げた。

 光が弧を描き、異形の膝関節と肘に突き刺さる。

 爆ぜるように、霊子の光が走った。

 わずかに動きが鈍る。だが、それだけだった。

 異形は、痛みを知らない。

 いや――リンデンが、痛みを拒んでいる。

 “これ以上、痛くないように”。

 その祈りだけが、まだ彼の中に残っていた。

 

「……ほんと、優しいねー。そんなとこまで――」

 

 息が詰まる。

 次の瞬間、右腕が振り抜かれた。

 空気が悲鳴を上げ、衝撃波がトロイの身体を吹き飛ばす。

 岩壁に叩きつけられ、肺の奥で何かが潰れる音がした。

 吐血。喉の奥に鉄の味が広がる。

 それでも、立つ。

 聖槍を杖のように突き立て、トロイは呼吸を整えた。

 痛みに笑いながら、瞳を細める。

 

「……強いね、リンデンちゃん。

 でもね、トロイさん――痛いのも苦しいのも慣れてるからさー」

 

 祈術を再び織る。

 血の滲む掌で印を結び、槍身に霊子を強引に流し込む。

 この世界に拒まれようとも、槍は彼女の祈りそのものだ。

 赦しを与えるために、命を懸けるための形。

 異形が動いた。

 再び距離を詰め、巨大な腕を振りかぶる。

 地鳴りが響く。世界が揺れる。

 その刹那――トロイが地を蹴った。

 槍の穂先が、流星のように閃く。

 肉を裂く音が響く。

 裂いた左腕の指先から赤い霊子が噴き上がり、断崖の空が光で満たされた。

 それでも、異形は止まらない。

 ニードルが突き刺さった関節を無理やり動かし、爪を振り抜く。

 トロイの頬を掠め、血が飛ぶ。

 背後の岩壁が崩れ落ちる。

 ︎︎剛腕の攻勢は緩む事が無かった。

 

 

 

 

 

 ――拮抗は崩れ始めていた。

 槍が鈍る。祈術の糸が切れる。

 トロイの足元が、少しずつ後退を始める。

 そのたびに、断崖の砂利が滑り落ちた。

 

「リンデンちゃん……どうして、こんなとこまで来ちゃったんだろうねー……?」

 

 返事はない。

 ただ、異形の中で息づく“彼”の残滓が、トロイを見つめていた。

 異形の右腕が振るわれるたび、風が悲鳴を上げた。

 突き出された拳が地を砕き、肉片と血飛沫が舞う。

 トロイの体のどこかが削げ、裂け、吹き飛ぶ。

 皮膚が焼け、骨が軋む。呼吸をするだけで肺が悲鳴を上げた。

 

「トロイさんに“苦しい”って言って、弱音を吐いて――」

 

 握るリタの手が震える。

 振り抜いた穂先が空を切った。

 異形はもう、彼女の動きを完全に読み切っていた。

 次の瞬間、剛腕が彼女の身体を殴り飛ばす。

 鈍い音。

 視界が裏返り、岩に叩きつけられる音が鼓膜を破るように響いた。

 折れた肋骨が内臓を貫く感覚。

 熱い痛みが波のように押し寄せ、呼吸が奪われる。

 それでも彼女は笑おうとした。唇の端に血が滲む。

 

「トロイ、さんが……“それ”を全部、受け入れて……」

 

 声が掠れる。

 喉の奥に溜まった血反吐を吐き出す。

 呼吸と共に、肺から熱い泡がこぼれた。

 それでも槍を拾い上げ、膝で立ち上がる。

 

「ずっ、と……一緒に居れば、良かった、のに、ねー」

 

 目の奥で光が瞬いた。

 ここまでの打ち合いで、異形の全身には彼女の放ったニードルが突き立っていた。

 毒と祈りを混ぜたその針が、霊子の流れを乱し、少しずつ動きを鈍らせている。

 さらに、袖口から繰り出された九叉の有刺鉄鞭――“猫の九尾”。

 それが女性の形をした肉塊の腕に絡みつき、塞がれた異形の顔を締め上げていた。

 それでも、異形は止まらない。

 肉が裂け、針が弾け、鉄鞭が千切れてもなお、右腕が振るわれる。

 その一撃は風そのもの。

 トロイは必死にステップを踏むように躱そうとした。

 けれど、その動きはもう鈍かった。

 

「っ、避けきれな――」

 

 剛腕が、左脚を捕らえた。

 その瞬間、骨が軋む音が響く。

 掴まれた脚が、握り潰される。

 痛みではなく、意識が白く塗り潰される。

 

「ぁ――っ、」

 

 声にならない声が漏れた。

 そのまま、巨腕がトロイの身体を地に叩きつけた。

 一度、二度――三度。

 地面が悲鳴を上げ、岩が砕け、血が飛沫を上げる。

 手から、リタが滑り落ちた。

 右腕がひしゃげ、ありえない方向へ折れ曲がる。

 左脚から下は、すでに形を保っていなかった。

 

「……ぁ……あは、は……」

 

 笑いとも嗚咽ともつかぬ声が零れる。

 ぶつりという鈍い音が響き、トロイの身体が宙に放り上げられた。

 血のしぶきが軌跡を描き、空がひっくり返る。

 背が岸壁に叩きつけられた衝撃で、世界が割れた。

 ちぎれた左脚が地面に転がる音が遠くに聞こえる。

 視界が滲み、音が遠ざかる。

 ︎︎ズルズルと座り込むように岸壁から滑り落ちたトロイの身体は、動く気配を失っていた。

 それでも、まだ――彼女の目は、リンデンを探していた。

 

 視界は、霞んでいた。

 血を流し過ぎたせいで、輪郭というものが曖昧になっていく。

 眼前の光景が、まるで水の底のように揺れている。

 ――そしてその揺らめきの向こう、翡翠色の粒子をかき分けるように、ゆっくりと“それ”が近づいてきた。

 

 異形だった。

 しかし、トロイの目には違って見えていた。

 歪んだ光の中、歩いてくるのはリンデンだった。

 懐かしいあの面差しで、静かに、確かに、自分に歩み寄ってくる。

 

 “――あー、やっぱり綺麗な子だなー”

 

 そんな場違いな言葉が、ふと頭をよぎった。

 息をするように自然に。もう痛みよりも先に、そんな感想が浮かんでいた。

 異形の足音が、静寂を切り裂く。

 巨大な影が覆いかぶさる。

 振り被られた右腕が、ゆっくりと、だが確実に、彼女の上へと持ち上がる。

 この一撃で、きっと“終わる”。

 死ににくい、だが不死ではなくなった今の自分には、逃げる術などない。

 岩壁にへばりつく汚い染みのひとつになる。

 それでも、いいか――と、思えてしまった。

 

 もう、いいのではないか。

 世界のことも、仲間のことも。

 何百年何千年も積み重ねてきた理屈や信念なんて、血に塗れたこの断崖で、とうに意味を失っていた。

 トロイは静かに瞼を閉じた。

 仲間だけは、絶対に裏切らない魔王でいようとした。

 誰かに寄り添って、誰よりも赦す騎士であろうとした。

 けれど、一番大事な“あの子”を裏切ってしまった今――

 一体、何が残っているというのだろう。

 

 トロイの喉が微かに動く。

 息ではなく、言葉にもならない音を漏らして、喉奥に溜まった血をもう一度吐き出した。

 赤黒い雫が唇を伝い、顎を濡らして落ちていく。

 地に落ちた血が翡翠の粒子と混じり、淡い光を放った。

 風がまた、少しだけ吹いた。

 その風に押されるように、トロイは顔を上げた。

 目の前には、もはや彼女が知る“リンデン”ではない姿があった。

 けれど――霞む意識の中、トロイにはどうしても、その目の奥に確かな“彼”が居るように思えて仕方なかった。

 

「……ごめんね、リンデンちゃん」

 

 掠れた声で、笑った。

 笑いながら、静かにその瞳を閉じた。

 異形の腕が、ゆっくりと振り下ろされる。

 風圧が彼女の髪を揺らす。

 ︎︎何かを粉砕する音を最後に、トロイの意識はぶつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――肺が、酷く痛む。

 呼吸をするたび、胸の奥で軋むような音がした。

 骨が擦れ合い、空気がそこを通るたびに悲鳴をあげる。

 痛い。けれど、その痛みだけがまだ“生”を告げていた。

 生きている――そう思うたび、逆に現実が遠のく。

 耳鳴りが、ずっと鳴っている。

 爆音の残響が鼓膜の裏にこびりついて、低い唸り声のように震えていた。

 視界は白く滲み、赤黒い線がぼやけて流れる。

 焦点が合わない。世界が斜めに傾いて見えた。

 

 “……ここは、どこだっけ。”

 

 喉を鳴らそうとしたが、声にならなかった。

 唇がひび割れ、そこから乾いた血の味が滲む。

 手を動かそうとしても、感覚がない。

 ただ、微かに、焦げた匂いと、甘ったるい鉄の香りが漂っていた。

 目の奥で、光がちらついた。

 赤とも白ともつかない淡い光。

 それが何かを照らしているのだと、遅れて気づいた。

 呼吸をもう一度、無理やり押し出す。

 肺が焼けるように痛む。

 空気を取り込んで、ようやく、彼女はまぶたを開けた。

 

 視界の端に、崩れた岩と翡翠の粒子が揺れていた。

 赤黒い霧が地を這い、どこまでも静かだ。

 さっきまで響いていた咆哮も、風の唸りも消えている。

 音がない。世界の音が、まるごと奪われてしまったようだった。

 身体を動かそうとした。

 けれど、すぐに後悔した。

 背中を走る痛みが、刃物のように鋭く突き抜けた。

 何かが、折れている。いや、いくつも。

 肺の奥に残る血が喉を塞ぎ、呼吸がまた浅くなった。

 左腕――動いた。

 石の上を這わせる。感覚は鈍いが、確かにそこに在る。

 右腕は、重い。いや、違う。

 動かそうとしても、肩から先に何の応えもない。

 骨が砕けたのか、それとも神経が切れているのか。

 何にしても、使い物にはならない。

 

 脚。

 意識がそこに触れた瞬間、現実が崩れる。

 膝下の感覚がなかった。

 痛みも、重さも、何も感じない。

 ――ああ、置いてきたんだ、あの時。

 淡い記憶が浮かぶ。血の海の中で、自分の脚が転がっていた光景。

 それを見て笑った自分を、まだ覚えている。

 

 あのあと、どうなった?

 誰かを――いや、“彼”を。

 止めようとしていた。

 槍を振るって、祈って、でも、届かなかった。

 リンデン。

 その名前を心の奥で呼ぶ。

 血の味が、また口に滲んだ。

 岸壁に背を預けたまま、トロイはぼやけた意識のまま視線を彷徨わせた。

 世界が、まだ揺れている。

 鼓動と呼吸の間にわずかな間があって、意識がそこに沈みそうになる。

 崩れた岩の隙間から吹き込む風が、血と焦げの匂いを運んでくる。

 皮膚を撫でるその冷たさだけが、現実に引き戻してくれる唯一のものだった。

 

 ――何かが、そこにある。

 

 焦点を合わせようと、無理やり瞳を動かす。

 視界の中で、翡翠の粒子がゆらゆらと舞い上がっていた。

 その奥に、白いものが見えた。

 最初は岩だと思った。

 けれど、それは――岩ではなかった。

 滑らかすぎる。

 光の反射が、肉の艶に似ていた。

 表面には焼け焦げた跡があり、所々が脈打つように震えている。

 人の形を模したような、けれど人ではない白の塊。

 そこに、見覚えがあった。

 トロイの喉が、音にならない息を洩らす。

 

 ――あの“異形”。

 

 そして、その中心に、微かに――見覚えのある色があった。

 焦げた翡翠と紅の中に、淡い黒緑が混じっていた。

 彼の、髪の色。

 視界が、少しずつ輪郭を取り戻していった。

 光と影が分かれ、揺らめいていた景色が静かに形を持ち始める。

 崩れた大地、焦げた風、翡翠の粒子が血の上を漂っている。

 世界が、戻ってくる。

 けれど――戻ってきてほしくなかった。

 

 息を吸うたび、肺の奥が焼けた。

 浅い呼吸が、勝手に乱れていく。

 空気を飲み込むたび、喉がきしんで音を立てた。

 胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。

 寒さでも痛みでもなく、ただ、理解が近づく感覚。

 

 白い塊の輪郭がはっきりと見える。

 肉と金属が融合したような質感、爆ぜた焦げ跡、散った霊子の光。

 その奥に――見えた。

 人の腕。

 肌の色を残したまま、異形の胸から伸びている。

 細い、けれどよく知っている形。

 そして、そこに生えている“頭”。

 血と煤に汚れてもなお、わかってしまう。

 トロイの喉が、かすれた音を漏らした。

 

「……リン、デン……ちゃん……?」

 

 声は掠れて、風に溶けた。

 その名前を呼ぶと同時に、胸の奥の痛みがぶり返す。

 息がまた乱れた。

 呼吸を整えようとしても、どうしても落ち着かない。

 もう、そこにあるものが――何なのかを、理解してしまったから。

 

 リンデンの亡骸は、まだ熱を帯びていた。

 その中心――胸の奥から淡く立ち上る煙。

 人工脊柱ユニットの焼却プロトコル。

 それが作動したのだと、すぐにわかった。

 トロイには、それに似た匂いを、何度か嗅いだ記憶がある。

 最期に己の核を焼き尽くす、霊子の焦げる匂い。

 そして、もう戻れない命の終わりの匂いだった。

 周囲の翡翠の粒子が、その身体を包み込むように漂っている。

 まるで光が帰る場所を見つけたみたいに、彼の周りで揺らめいていた。

 胸には、半ば溶けた片手剣の残骸。

 その刃が、自分の中へと真っ直ぐ突き立っていた。

 表情は穏やかだった。

 痛みを拒むように閉じられた瞳は、どこか安らぎさえ帯びている。

 

 ――この子は、誰にも見送られなかったのだ。

 

 その事実が、ゆっくりと胸に沈んでいった。

 彼が何を思い、どんな痛みを抱いてその剣を突き立てたのか。

 その全てを、誰も、何ひとつ、見届けられなかった。

 

 トロイは、震える左腕で地面を掴んだ。

 指先に砂が食い込む。

 壊れた右腕は動かない。脚ももう、残っていない。

 それでも、這い出す。

 血の跡を引きずりながら、岩の破片を巻き込み、焦げた空気の中をズルズルと進む。

 息が詰まり、痛みに喉が震える。

 肺が潰れても、心臓が悲鳴をあげても、止まれなかった。

 彼の傍まで、あと少し。

 そのたびに意識が遠のき、世界が揺れる。

 届かないのではないかと、何度も思った。

 けれど、止まれなかった。

 

 ――死に際にすら、間に合わなかった。

 あの子が、自分を見ないまま終わってしまった。

 その事実だけが、全ての痛みよりも重くのしかかってくる。

 唇を噛みしめた。

 血が滲む。

 涙は出なかった。

 ただ、喉の奥で、誰にも聞こえない声が嗚咽のように震えた。

 

 ようやく、指先が触れた。

 焦げた地面を滑るように這い寄った手が、冷たくなりはじめた肌に届く。

 そこから先は、もはや意志ではなく衝動だった。

 崩れ落ちるように、トロイはその胸元へ身を預けた。

 

 焼け焦げた匂いが、鼻の奥を刺す。

 それでも――ああ、これが、リンデンの匂いだ、と分かってしまった。

 いつか抱きしめた時と同じ、微かな金属と霊子の混ざった香り。

 涙の代わりに、息が詰まる。

 震える手が彼の首元に縋りついた。

 肩を寄せ、額を押しつける。

 触れた皮膚の下には、もう脈動はなかった。

 それでも、確かに彼がそこにいるという現実だけが残っていた。

 トロイは小さく息を吸い込んだ。

 そして、震えた。

 音もなく、嗚咽だけが喉の奥を擦り抜けていく。

 

 血で濡れた彼の髪が、指の間に絡まる。

 ︎︎いつかの日、トロイが綺麗だと口にし、リンデンが伸ばし続けた小さな恋慕の証。

 その一本一本に、彼の生きた時間が宿っている気がした。

 まだ温もりの残る頬に触れる。

 それだけで胸が軋み、視界が滲む。

 

 赦すためにここに来たはずだった。

 けれど、赦す相手はもういない。

 言葉は、届く場所を失っていた。

 

 「――っ」

 

 喉の奥で、かすれた音が漏れた。

 言葉にならないまま、息に変わる。

 震えが止まらない。

 肺の奥が焼けるように痛いのに、それでも呼吸を止められなかった。

 吸い込むたび、世界が沈んでいく。

 翡翠の粒子が静かに降っていた。

 光の雨の中、彼女は顔を埋めたまま、動かなかった。

 指先で、まだ温もりの残る首筋を撫でる。

 皮膚の下に何も感じないその静けさが、ただ残酷だった。

 

 やがて風が吹き抜けた。

 薄桃の髪が揺れ、霊子が流れる。

 空の色がゆっくりと翡翠に溶けていく中で、

 トロイは、リンデンの首元に顔を埋めたまま、小さく、小さく震え続けた。

 

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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