別働隊と合流した運命達は、断崖の影に身を寄せていた。腰を下ろしてひと息ついても、荒い呼吸がすぐには落ち着かない。夜とも昼ともつかぬ空の下、風が吹き抜ける度に、血の匂いと焦げた機械油の臭気が混じり合い、肺に冷たく刺さった。
運命は視線を巡らせる。
それぞれ軽傷とはいえ、全員が疲労の色を濃く浮かべている。だが――玄鉄だけは違った。
彼女の服は裂け、黒いコートの内側には深い朱が広がっている。左肩はすでに感覚が途切れているのか、力なく垂れ下がっていた。笑みの形だけがいつもと変わらぬ位置に浮かんでいるのが、余計に痛々しい。
「まー、陛下を助ける時に盛大に転んだってやつ? 唾つけても治らんやつだけどなー」
軽口は、平常を装う楔のように響く。
だが唇は血の気を失い、声の底には震えがあった。
「カラスちゃん膝枕ー」
「私は膝枕じゃありませんからね!……じゃなくて、冗談はいいから早く休んでください!」
玄鉄の身体を支えながら、濡羽は渋々と言いつつも手際よく彼女を座らせる。膝を差し出し、コートの裾で相手の頭を受け止めるその動作には、隠し切れない優しさがあった。
『ごめん玄鉄、だいぶ無理させちゃったね』
運命の声は静かで、しかし奥に鋭い自責の棘があった。
玄鉄はかぶりを振る代わりに、力なく手を振る。ひらひらと、まるで「気にすんな」とでも言うように。
その仕草を見てなお、運命の胸の奥は重かった。
彼女自身も、右脇腹を押さえる仕草がふと漏れる。傷口が疼いたのだろう。仮面の奥のディスプレイに浮かんだのは、歪んだ青い光。
不死性を奪われた痛みは、肉の傷よりよほど始末が悪い。
――今、誰ひとり倒れることは許されない。
その事実が、この小さな休息をさらに苦いものにしていた。
「では、現状の我々の状態を改めて確認しよう。
閣下を含め、全員の不死性が機能していない……これは間違いないな?」
スリーが周囲を見渡し、淡々と声を落とす。その声音は静かだが、言葉が意味するものはあまりに重い。
その発言を否定する者は誰もいなかった。それぞれの身体に刻まれた傷が、その事実を如実に物語っている。
「オラスたち、言い方は変だけど……もう“死んだら死ぬ”って事だよね……?」
小さく零したオラスの言葉。
震える指が、無意識に自分の胸元を握る。
アンサーは短く息を吐き、それでもきちんと頷いた。
「ええ、その認識で間違いないわ。――ここからは、本当に無茶も無理も出来ない状況ね」
当たり前のはずの言葉が、こんなにも冷たく響いたことは無かった。
原因は明白だった。
救出班が片割れの少女と交戦した、あの最後。
少女が放った翡翠色の粒子が、神域全体に霧のように広がり、触れた者たちから“不死”という歪んだ加護を容赦なく剥ぎ取っていった。
「閣下の限定神域で相殺する事は?」
スリーの問いは、すがるような現実的な策だった。
しかし運命は、静かに首を横に振る。
『ダメだった。私の限定神域も、濡羽たちの魔術防御も、トロイの祈術防壁もすり抜けてたよ』
仮面の青い光が一瞬だけ、翡翠を思わせる色に揺らいだ。
『霊子とは違う。因果干渉に近いなにかが、翡翠の粒子を“形”として持たせて……私たちの不死を打ち消したみたい』
運命の言葉に、濡羽は唇を噛みしめる。
玄鉄は横たわったまま眉をひそめ、遠い空を睨んだ。
「その片割れの少女の発言から見ても、あれはリンデンくんの内にあった……“魔剣”の力」
アンサーの推測は、皆が心の中で目を逸らしていた結論だった。
「そして彼女がリンデンの力を奪った結果……救出班が遭遇したリンデンは、異形化していた、と」
スリーの声は低く、怒りと哀悼が均等に混ざり合っていた。
運命は拳を握り、言葉を探す。
しかし口から出るのは、短く硬い事実だけ。
『あの子は……助けを求めていたのに
その手は、私たちを殺すためのものだった』
痛いほどの沈黙が、断崖の上に広がった。
――リンデンはもう、半分こちら側ではない。
――でも、まだ完全に失われたわけでもない。
その狭間に彼は落とされ、苦しみ、逃げた。
そして今の彼を、間違いなく創り直した者がいる。
だがそれは片割れの少女ではない、自分達が遭遇していない――全く別の何かが。
「リンデンのそれに関連するかは分からないが、こちらからも報告がある」
断崖の岩肌に、かすれた靴音がこだました。
スリーの軍靴。そしてその傍らに静かに立てかけられているのは、ナンナリスの支援アーム――正確には、その一本だった。リンデンの背を支え、霊子の流れを制御していた精密な支援装備の一部。いまはただの廃材のように見えるそれが、まだ微かに鈍い発光を続けている。
「……“ナンナリスクリーチャー”と仮称しよう。これらは、我々が遭遇した異形の群れだ」
スリーが低く口を開いた。
全員の視線が、断崖の壁に立てかけられたそのアームへと集まる。
「複数体存在しており、我々は交戦を余儀なくされた。魔剣種子体の残骸を捕食し、天使の構造すら分解して取り込んでいた。知性は……“学習”という言葉が最も近い」
スリーの言葉には、戦場での観察から導き出された冷静さがあったが、その内側には明らかな警戒が滲んでいた。
「こちらとの戦闘を経て、奴らは着実に強くなっている。現に、この支援アームと同型のユニットが、ある個体の背中から“砲身”として突出していた」
「え、それって……」
オラスが不安げに声を漏らす。
「そう。リンデンくんの装備のひとつが、すでに“模倣”されていたということよ」
アンサーが短く頷いた。
静かに揺れる視線の中で、濡羽が続けた。
「……私たちも、片割れと名乗る少女と戦ったあと、あの異形と接触しました」
「あれの一撃で散り散りになった直後――オラスさんと二人、それに追われながら、逃げて、逃げて……そこで別働隊の皆さんに拾ってもらったんです」
オラスはこくりと頷く。彼女の両腕には細かな擦り傷が無数に走っていた。
『……私と玄鉄も、合流までの間、何度か身を隠してやり過ごしたよ。複数体、同時に探索行動を取ってる可能性がある』
運命がそう口にする声には、冷静さの奥に、確かな焦りがあった。
スリーが一度目を伏せ、再び顔を上げる。
「今、不死性を奪われた我々にとって、この手合いは戦うだけ不利になる。……可能ならば、戦闘自体を避けるべきだが」
その言葉に、場が再び静かになる。
クリーチャーたちの存在が、もはや“倒す対象”ではなく“避けるしかない脅威”になったことを誰もが理解していた。
ややあって、運命がゆっくりと頷いた。
『そうだね……クリーチャーたちを避けながら、片割れの子を探して――あの翡翠の粒子を止めるのが、理想だよ』
ディスプレイに、一瞬だけ滲むような輝きが走る。
『でもそれって、すごく細い糸を手繰るようなことだよね。……でも、やらなきゃ』
誰も、それに異を唱えなかった。
彼らの沈黙は、決意の裏返しだった。
敵を倒すことよりも、壊された希望の根を探すための行動。
それがどれだけ危うい橋の上でも、進まなければならない。
沈黙の中、誰からともなく視線が空に向く。
霞がかった神域の空は、相変わらずを顔色を変えることは無い。ただ広がるだけの赤黒い澱みは、時間の経過さえ曖昧にしていた。
「……で、結局ここは何なの?この神域って」
オラスの問いは、素朴で、けれど核心を突いていた。
誰もが思っていながら、簡単に言葉にできなかった疑問。
運命はゆっくりと顔を上げ、膝の上に置かれた手を組み直す。
視線の先には、断崖に沿って微かに残された建築物の遺構。柱、回廊、彫刻――どれも第九軌道人類史を含む、これまでのいずれの文明様式にも該当しないものだった。
『まずはっきりしてるのは……この構造物は、第九軌道はおろか、第一軌道人類史までのどれにも一致しない事』
言い切るその声には、重みがあった。
断定ではなく、確認済みの事実として。
『だから、少なくとも“私たちの知る過去”には存在しない』
「では、それ以前の文明……あるいは“模倣”された、過去にも属さない幻影?」
アンサーが問い返す。知性が言葉を紡ぐ音には、戦闘時とはまったく異なる冷たい緊張感があった。
「霊災では、ないのですよね?」
濡羽の言葉に、玄鉄が静かに頷く。まだ濡羽の膝の上に身を預けたまま、半ば眠っているような状態だったが、その声ははっきりとしていた。
「霊災なら、魔剣も魔剣使いも不在のまま神域が展開する。でも、ここにはよくわからん“意図”があるってのかなー。……でしょ、陛下」
運命が小さく返す。
『うん。……私と玄鉄がさっき、少しだけ奥に潜ったときに……壁画を見つけたんだ』
静かに、話し出す。
壁画には、明らかに“魔剣使いらしき者”が描かれていた。抽象的でありながらも、掲げられた輝く魔剣と、そしてそれを振りかざす男性像。顔は潰されており判別不能だったが、その姿は魔剣使いとしか思えない。
『だから――この神域には、“根幹の魔剣”と“魔剣使い”が、存在している。……はず』
スリーが頷き、手元の記録端末に手を滑らせながら補足する。
「だが、未だにその魔剣使いの姿を誰も見ていない。
存在しているが隠れているのか……それとも」
そこで言葉が切れた。
姿を“現せない”のかもしれない。
誰もが、そこまで思い当たっていた。何かの理由で、あるいは条件で、魔剣使いはこの神域に“居る”のに、干渉できない。あるいは既に何かに変貌し、姿を変えてしまっているのか。
「この神域が、再現された“原始の箱庭”だとすれば……その創造主もまた、何かしらの制約を受けている可能性は高いわ」
アンサーが続ける。
声には理性が満ちていたが、どこか切迫していた。
『でも、だからって……待ってるわけにもいかないよね』
運命が目を伏せ、手を組み直す。
『魔剣使いがいつ出てくるか分からない。
でも、この神域は動いてる。片割れの子が暴れて、翡翠の粒子で私たちの“不死”を奪って……ナンナリスクリーチャーは進化して』
『……それに、リンデンも……壊れていってる』
その言葉には、場の誰もが顔を上げることができなかった。
誰よりも運命が分かっている。
いま、自分たちが置かれているこの状況が、一つでも取りこぼせば全てが崩れるという現実を。
『この神域を終わらせるには、三つ』
指を折りながら、ゆっくりと、しかし確かな声で言った。
『ひとつは、“根幹の魔剣”を破壊するか、回収すること』
『ひとつは、片割れの子を止めること』
『そして、最後のひとつが――』
一呼吸、置いて。
『……リンデンを、どうにかして、取り戻すこと』
静かに、その場の空気が締め付けられる。
どれかひとつでも難しい。
それを、全て同時に成さねばならない。
濡羽が、絞り出すように呟いた。
「どうやって……全部、同時に……?」
その答えは、誰にもまだ見えていない。
だが、それでも運命の瞳は、画面越しに前を向いていた。
たとえ絶望しかなくても。
それでも、進まなければならない。
断崖の縁を少し離れた位置で、足音がふたつ近づいてくる。
岩を踏みしめるブーツの硬い音と、その合間に聞こえるわずかに軽やかな調子。
「はぁー……マジでしんど……ほんとサガる事しか言えなくてマジごめんなんだけど……」
プロブレムの声が、少しだけ落ち着きを帯びていた。
いつものハイテンションな口調ではなく、抑えたトーン。だがその中に感じられる焦りと苛立ちは、隠しようもなかった。金属音を引き摺るように歩きながら、指先で胸元のサングラスを弄る姿にも、どこか気が立っている気配がある。
その隣に並ぶ斬は、周囲に目を配りつつも、短く報告を告げる。
「周辺は粗方見て回りましたが――やはり、彼女の痕跡は辿れませんでした」
プロブレムの声に続けるその言葉は、淡々としているが、それ以上に丁寧だった。
確かに彼は戦士であり、刃塞としての務めを果たそうとしていた。だが今、その言葉の奥には明確な“喪失の気配”がにじんでいた。
運命はゆっくりと立ち上がり、二人に歩み寄る。
膝を汚すことなど気にも留めず、仮面の奥から優しい声が漏れる。
『ううん、そんな事ないよ。ありがとう、二人とも』
その一言に、プロブレムは顔を背けて小さく鼻を鳴らした。
斬は目を伏せ、一礼で答える。
片割れの少女が翡翠の粒子を放った、その刹那。
世界が反転したような衝撃の中で、救出班は四散した。足場を崩され、霊子の道筋を断たれ、視界が歪む中で――トロイの姿が見えなくなった。
以来、彼女の通信も、霊子シグナルも、一切確認されていない。
「本当に……どこにも痕跡がないんだよね……。霊子の乱れもヤバいし、いつもの手段が全然使えないってマジつらすぎなんだけど……」
プロブレムの声が徐々に小さくなる。
不満というより、自分の無力さに苛立っているようだった。
運命は彼女の苛立ちを解くように、代わりに言葉を重ねた。
『……この神域の霊子、完全に淀んでる。痕跡を辿るには向かい風すぎるよ』
断崖の上空を見上げる。赤黒い空が、蠢くように濁っていた。
光がないわけではない。けれど、それは太陽ではなく、ただの焼け焦げた霊子反応のようなもの。道を示すものではなく、ただ神域の“生”を示すだけの輝きだった。
『もしかしたら……トロイは、一人でリンデンを追ってるのかもしれない』
ぽつりと呟いたその言葉が、風に乗って、静かに皆に届いた。
アンサーが目を伏せ、濡羽は拳を握る。オラスは口元を噛みしめていた。
トロイの行動は読めない。
だが、彼女が“選ぶ”ときは、いつだって迷わなかった。
「あの人なら……ことリンデンに関する事であれば、恐らく何かしてくれているはずです」
斬の声が静かに重なった。
その言葉は慰めではなく、信頼からくる確信だった。
そしてその信頼を胸に、一行は徐々に動き出す。
今ここにいる全員にとって、やるべきことはあまりにも多い。
だが一歩でも進まなければ、何も変わらない。
プロブレムが最後に端末をポケットに放り込み、指を鳴らした。
「ふぅ……さーて、へこんでばっかもいらんないし。行こっか。あのエメラルドクソ女――ぶっ飛ばしに」
運命は、無言で頷いた。
その青い光は揺れていたが、視線に迷いはなかった。
断崖の縁をなぞるように、一行は進んでいた。
足場は狭く、ところどころ崩れかけており、神域の霊子の流れは未だ澱んだまま。靴音が岩肌に吸われ、呼吸の音だけが耳に残る。
赤黒い空の下、構造物の陰影は歪み、まるで誰かの視線が常に背中をなぞっているような感覚を引きずっていた。
その静寂のなかで、不意に明るい声が響いた。
「おー、これが高身長男子の景色ってやつー? なーんか風が違う気がするねぇ。いや、血の気が引いただけかこれ」
背中で揺れながら、玄鉄が笑う。
彼女は今、スリーの背に背負われていた。上半身に巻かれた即席の包帯は、すでにいくつかの血の滲みを広げていたが、表情にはまだ余裕が残っていた。
スリーは淡々と、しかしどこか肩の力を抜いた声で応える。
「レディーを背負う経験は多くはないのでな。こちらとしては静かにしてもらえると助かるが……気を紛らわせる意図なら、嫌いじゃないな」
そのやりとりに、前を歩いていたプロブレムが小さく噴き出す。
「ぷっ……あー、それ、ちょっと和んだかも。スリーくんもそういう事言うんだ?」
「さてな」
短く返しつつ、スリーは玄鉄の足場を崩さないよう微細な体重移動を繰り返していた。彼の視線は常に前方へ――ただし、その前線で斬が黙々と刃を抜いたまま道を切り拓いている姿を見失わないように。
霊子濃度は濃く、翡翠の粒子も微かに空気中を漂っていた。
それは目視で確認できるほどではないが、感覚に敏い者には、肌を撫でる“薄膜”のような違和感として届く。
濡羽が軽く口元を覆いながら、小声で呟いた。
「……粒子が、また濃くなってきてます」
アンサーがすぐに足を止め、ポータブルの
「流れが滞ってる……というより、何かが逆流させてるわね。それも意図的に」
その言葉に、運命が一歩進み出た。
前方を見つめるその姿は、影のように無言で、けれど確かに“進む意思”を帯びていた。
先導する斬が、ふと足を止めた。
鋭敏な感覚が、空気のわずかな“乱れ”を察知していた。
刀を手にしていない方の手をわずかに上げ、後続を制止させると、斬は姿勢を低くする。
その動作に呼応するように、運命たちも瞬時に身を屈め、物陰へと潜り込んだ。音もなく、沈黙だけが場を支配する。
次の瞬間、
子気味の良い、そして異常に軽い四足の駆動音が、岩肌を伝って耳に飛び込んできた。
風を切る。土を裂く。
斬が示したその先を、三体の異形が、凄まじい速度で走り抜けていった。
だが、その姿にはかつて見たナンナリスクリーチャーとは明らかに違う“変異”があった。
先頭の個体――その前脚と肉の翼には、翡翠色の結晶が装甲のように纏われていた。
その結晶はただ硬質なだけではない。どこか有機的に脈動しており、光を帯びて収縮と膨張を繰り返している。砲身として変異したナンナリスの支援ユニットもまた、薄く結晶化しており、そこから霧のような微粒子が零れていた。
さらに奇妙だったのは、クリーチャーの周囲を漂う数十の“爪刃”。
空気中に浮かび、微かに翡翠の残光を残しながら回転していたそれは、明らかに――片割れの少女が放っていた、“降り注ぐ刃”を模していた。
まるで、彼女の“翡翠結晶術式”を、進化学習によって再現しているかのようだった。
先頭の個体が急停止し、荒い息を吐くように咽喉のない口を開いた。
そこから放たれたのは、音ではない――霊子の空間を震わせる、咆哮の“衝撃”だった。
信号。
報せ。
あるいは、確信。
次の瞬間、後続の二体に新たな肉翼が生え、三体は同時に跳躍。
広げた翼は羽ばたく音もなく、異形たちは宙を裂いて進路の彼方――神域の深部へと飛び去っていった。
その方向は、翡翠粒子の濃度が向かっていた先。
片割れの少女がいると予測されていた“場所”。
沈黙のなか、スリーが背中の玄鉄に負担をかけぬよう静かに立ち上がる。
そして、吐息のように言葉を漏らした。
「これは……片割れの力も、模倣されたのか」
数歩前にいた斬が同じく立ち上がり、異形たちの消えた空を見上げながら応える。
「――おそらくは、そうなのでしょう。
先ほどの刃、粒子の反応、すべてがそれを示しています」
アンサーが隣で霊子の計測端末を確認していた。
画面上の数値は、先ほどよりもさらに高濃度な反応を記録していた。
「翡翠粒子の成分が、“彼女の放っていたそれ”と一致するわ。
でも……あれは、もはや敵としての模倣よ。彼女の味方ではない」
「ってことは……さっきの三体、アイツのこと喰いにいくつもりじゃん……」
プロブレムが眉を寄せて呟く。
その声音は珍しく低かった。
運命は、無言で目を細めた。
翡翠の結晶、模倣された刃、肉の翼。
――彼女の“真似”をする者たちが、彼女に向かって牙を剥く。
因果が反転する音が聞こえたような気がした。
『……行こう。クリーチャー達が向かっている場所――そこに、きっと彼女がいる』
その言葉に、全員が頷いた。
決断は、もうすでに出来ていた。
破砕音。鉄と骨の軋み。肉が裂け、結晶が砕ける不協和音。
神域の深部へ続く広場のような空間――そこから轟音が響いていた。
一行は、音の届く範囲で足を止めた。
岩陰に身を潜め、斬が無言で手を上げる。誰もが言葉を飲み込み、目だけで状況を探る。空気が、音と霊子で震えていた。
視線の先、崩れかけた石柱の向こうで――戦いが起きていた。
先ほど追っていた三体のナンナリスクリーチャー。その姿はさらに変異していた。翡翠の結晶が全身を覆い、筋肉繊維の隙間からも結晶化した瘤が芽吹いている。かつて支援アームだった砲身は完全に変質し、魔剣のような光を帯びながら回転していた。
そして、それを迎え撃つのは――あの少女だった。
黒と深緑を基調にした、アシンメトリーのジャケットがひるがえる。
靴音が地を裂く直前、少女は跳躍し、降り注ぐ結晶の雨を刹那の間合いで避けた。
魔剣が唸り、すれ違いざまに振るわれた一閃が、先頭のクリーチャーの筋繊維を寸断した。白い肉の束が、斬撃の軌道に沿って波打つ。
「ハッ! 紛い物ごときで止められるとでも思ってるのかよ?」
嗤うように吐き捨てる声が、響く。
魔剣を振るうその動作は、流れるようでありながら、獣じみた勢いがあった。
その瞬間、新たに生成された爪刃が彼女の背から噴き出し、弧を描いて舞う。
結晶が空を裂く。
砲撃の準備に入っていた後続のクリーチャーのナンナリス砲身――それを狙い澄ました一撃が直撃する。
翡翠の衝突が爆ぜ、砲身が粉砕されると同時に、肉の翼が千切れ、白い破片が辺りに降り注いだ。
それでも異形は怯まない。
否、怯むという概念が無いのかもしれない。
後続の一体が、失った砲身の代わりに腹部から針状の結晶弾を発射しようと体勢を低くする。
少女は目を細める。
その身体の周囲に、翡翠の螺旋状の霊子が絡みつく。空気が凍り、構造物の欠片が巻き上げられる。
「さっきから真似ばっかだな……
“それ”、あいつの
左手を振り上げる。
その軌道に沿って、十数本の結晶の爪刃が一斉に射出された。
それは雨ではない。狙い澄ました殺意の群れ。
一撃ごとに空が軋み、肉の壁が穿たれる。
クリーチャーの一体が背を丸めて衝撃を防ごうとするが、結晶は滑らかに曲線を描き、装甲の隙間へ突き刺さる。
砲身がねじれ、砕け、そして火花を撒きながら崩れた。
遠くから見守っていた運命たちの位置にも、肉と結晶の臭いが漂ってくる。
見間違えようもない――この交戦は、“力を貸し合う共闘”ではない。
完全に、殺し合いだった。
アンサーが低く呟く。
「……クリーチャーたち。彼女の力を模倣している。でも、それ以上に――あれは彼女を排除しようとしているわね」
「生態系の変異、に近いか。……もはや“彼女”が最も危険と判断されている。なら、あの個体たちは……」
スリーの言葉に、濡羽が息を呑む。
そのまま玄鉄が、スリーの背でかすれた声を吐いた。
「……リンデンの“次”に、片割れの少女を取り込もうとしてる……ってとこ、だろうねぇ」
誰も笑えなかった。
目の前で少女は、白い巨躯を斬り裂いている。
その動きは狂気のようで、そして“正確”だった。
運命の仮面がゆっくりと翡翠色の光を反射した。
『あの子……』
その言葉の続きは、誰も聞かなかった。
ただ――戦場の中心にいる少女の姿を見つめていた。
孤独に、狂気に、憎悪と誇りを剥き出しにして戦う“その存在”を。
地を割る音。肉が焼け、砕け、結晶の破片が跳ねる。
最後の一体――背部に砲身を残していた個体が、捨て身の突進で少女に肉薄した。
だが、その軌道は読まれていた。
翡翠の結晶を纏った魔剣が、回転するように振り抜かれる。
空気が裂ける一拍遅れで、異形の胴体がずれるように崩れ落ちた。
砲身も、肉翼も、全てがばらばらに飛び散り、地に沈む。
残響だけが、あたりに残った。
少女は無言で剣を一閃し、残った結晶を弾き落とすと、血飛沫を帯びた魔剣をそのまますとんと肩に預けた。
「……いくら猿真似しようが、本物に勝てる道理はねえよ」
吐き捨てるように言った声は、どこか冷めていた。
勝利の高揚もなく、ただ当然の結果を確認したような調子。
次いで少女は、乱れた前髪をざっとかき上げる。
その動きには、手慣れた癖のような粗雑さがある。
そして、顔を向けた先――
「――んだよ。お前ら、覗き趣味か? 褒められた趣味じゃねぇだろ、ソレ」
刃を振るっていた時とは違う声音。
挑発とも、冗談とも取れる軽口。
けれど、背筋に鋭い何かを刺すような圧がそこにはあった。
運命たちは、息を呑んだまま岩陰から互いに目を見合わせた。
プロブレムが苦笑いを浮かべ、アンサーは無言で頷いた。スリーは静かに玄鉄を下ろすと、彼女の顔を覗き込んだあとで視線を正面へ戻す。
運命が一歩、岩陰から進み出る。
その後ろに、斬、濡羽、オラスらも続く。
少女は肩に剣を預けたまま、にや、と口角を上げた。
「なんだ、死ぬようになったのに死ななかったんだな」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
殺気はもうなかった。
でも、目の前の彼女から滲み出るものは、“味方”のそれではなかった。
気まぐれと、嘲笑と、どこか空虚な憐れみのようなものが混ざり合っていた。
魔剣を構えていたはずの手は、もう力を抜いている。
けれど、誰も油断できなかった。
ただ――少女は、最初からここに“来るのを待っていた”ようにも見えた。
恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。
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ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
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息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
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叡智閑話
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イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった