みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Save, Nonsense, Suicide.5

 

 

 肩に担がれた魔剣が、微かに翡翠の粒子を撒き散らしていた。

 風に乗るその煌きは、美しいというよりもどこか生々しい――肉の蒸気と血の熱を帯びた、危険な輝きだった。

 片割れの少女は相変わらず力を抜いたまま立っていた。

 その姿勢にはまるで隙がなく、膝も腕もわずかに弾力を保っており、“次の瞬間にでも飛び掛かれる”状態を保ったまま、彼女は運命たちを真正面から見据えていた。

 誰かひとりでも不用意に動けば、殺し合いはすぐに再開される。

 だが、運命は一歩も引かなかった。

 そして、ゆっくりと仮面の奥の声を発する。

 

『少しだけ、話をしない?』

 

 その言葉に、少女の眉がわずかにひそめられた。

 

「……は? なに、知りたいことでもあんのかよ?」

 

 目つきも、声の調子も変わらなかったが、空気がわずかに張り詰めた。

 

「敵に説明役でもやらせるつもりか? 流石に舐めすぎだろ」

 

 唾を吐くような声音だった。だが、それ以上の敵意はない。

 彼女の足元から広がる翡翠の粒子が、風に流れて一瞬その場の空気を静かにした。

 しばらくの沈黙。

 それを破ったのは、少女自身だった。

 

「……まあ――少しくらいなら、いいか」

 

 彼女は肩から魔剣をずらして、地面に片足を引きながら軽くため息をついた。

 

「ただし、条件付きな」

 

 顎をしゃくるように指し示されたのは、運命たちの周囲――特に、その後方。

 

「そこのギャルかぶれのドローンな。背後取れてるつもりだろうが――さっきから、音、うるせぇよ?」

 

 名指しされたプロブレムが「わっちゃー……バレてたかー」と舌を出す。

 指先の操作で、少女の背後を取っていた光学ドローン(QとA)を静かに下降させ、起動を停止させた。

 

「んで、そっちのちんちくりんの手首。線譜が動いてる」

 

 濡羽が目を見開く。自身が発動寸前まで整えていた線譜魔術――神経系の起動式防御詠唱が、完全に見透かされていた。

 

「ちっ、ちんち……!?」

 

 身長でからかわれたことに顔を真っ赤にして抗議しかける濡羽だったが、その背後から玄鉄の声が投げられる。

 

「濡羽ちゃん抑えろ抑えろー。いいから深呼吸ー」

 

「う、ぐ……っ……! あとで覚えててください……!」

 

 唇を噛みながらも、濡羽は拳を解き、魔術の構成をゆっくりと解いた。指先の輝きが霧散する。

 

「――あとひとつ。後ろで隠れてる眼帯野郎な」

 

 少女の視線が向いたのは、完全に死角のはずの岩陰。

 

「銃口、突き付けたまんま喋るのがそっちのマナーか?」

 

 その言葉に、岩陰の向こうでスリーが微かに眉を動かす。

 静かに回転式小銃(ラストバレットⅠ)をホルスターに戻すと、両手を上げたまま姿を現した。

 

「……やはり、これほどの距離でも感知されるか。

 この状況では、こちらの敗北で間違いないな」

 

 そう言って静かに一礼するスリーの動きは、兵士というより紳士的だった。

 それを見て、少女はわずかに口角を上げる。

 

「最初からそうやっておけばいいのにな。まあいいか。

 そういうとこ、嫌いじゃねぇぞ?」

 

 風が流れる。

 誰もがまだ警戒を解き切れないまま、空気だけが徐々にやわらぐ。

 少女は魔剣を担いだまま、ゆるりと片足を回し、運命たちに正面から向き直る。

 その顔には、勝者の余裕とも、ただの悪戯心とも取れる笑みが浮かんでいた。

 翡翠の粒子が風に散り、まだ温度の残る結晶の欠片が足元に散らばっている。

 瓦礫の上に無造作に腰を下ろし、剣を肩から下ろすと、翡翠に染まった戦場を背景に脚を組む。

 それは無防備でありながら、どこか“完成された構え”にも見えた。力を抜いているのではない――すでに勝っているとでも言いたげな態度だった。

 

 運命は、仮面の奥の視線で少女を見つめながら、ひとつだけ足を前に出した。

 その歩みは、挑発ではない。だが、確かな意思が込められていた。

 その歩みを警戒して、スリーがほんの僅かに重心を傾けかけたのを、斬が手で制止する。

 

『じゃあ、ひとつ聞いていいかな』

 

 その柔らかな声に、少女はわずかに顎を上げ、ニヤリと口角を歪めた。

 

「一つどころか、三つ四つ聞きたい顔してるじゃねえかよ」

 

 肩をすくめながら、瓦礫の隙間から翡翠の欠片をつまみ上げると、爪先で弾いて岩に当てる。乾いた音が空気に響いた。

 

「……ま、いいけど。どうせそのうち全部ぶつかる。言葉より、剣の方が手っ取り早いだろうけどな」

 

 少女の口調は軽い。だがその視線は鋭く、誰かの内面を測るような探りが混じっていた。

 軽口の奥にあるのは、“いつでも牙を剥ける”という確固たる自信だ。余裕ではない。自分に対する徹底的な信頼。

 運命はその挑発を受け止めながらも、真正面から問いかける。

 

『……まず、あなたの“目的”は?』

 

 少女は答える前に笑い、翡翠の粒子が風に乗って空へと昇る。

 

「それはお前らも、もう知ってるだろ」

 

 口元には笑みが浮かんでいるが、言葉の温度は冷たい。

 

リンデン(オレ)と一つになること。それ以外に、オレに何があるよ?」

 

 あまりに自然に出たその言葉に、アンサーがわずかに眉をひそめた。

 しかし、少女の語りは止まらなかった。

 

「けどな――記憶、覗いたんだよ。あいつの。

 そしたらまあ……苦悩だらけで、ヘドが出そうになった」

 

 そこに感情はない。怒りも、悲しみも。

 あるのは、ただ一言――“不快”という冷たい拒絶。

 

「だから、ムカついた。こんな風に、“お前ら”はリンデン(オレ)をぶっ壊したんだって分かってさ。

 ――だったらぶっ殺すしかないだろ。そっちの方が、筋が通る」

 

 プロブレムが小さく息を呑む。少女の視線が誰に向いているのか、正確には分からなかった。だが、その言葉は誰に向けてもいないのに、誰の胸にも突き刺さっていた。

 運命は表情の見えない仮面越しに、静かに次の問いを口にする。

 

『この神域について、何か知ってる?』

 

 その瞬間、少女の顔に“つまらなさ”が浮かぶ。

 軽く首を傾けて、空を見上げるようにして呟いた。

 

「……オレが知るかんなもん」

 

 脚を組み直し、結晶片を爪先で蹴り上げる。石に当たったそれが粉砕し、淡い光の粒となって散る。

 

「説明してくれるやつがいたら、逆に引くわ。

 ただ……あいつらが彷徨いてる場所だ。“終われない”ままの、“終わった”場所」

 

 誰もがその言葉にひっかかった。“あいつら”。

 まだ言葉にされたことのない存在を、少女は当然のように口にしている。

 運命が目線を落とさずに問う。

 

『“あいつら”?』

 

 少女は返すように、肩で息を吐いた。

 

「言わせる気かよ……まあ、名前は知らねぇ。

 でも、見たろ? 白い肉の塊みてぇな奴ら。あいつらとオレは違ぇ。どこまでもな」

 

 口調には怒りも敵意もない。ただ、確かな“線引き”があった。

 仲間ではない。利用されるつもりもない。

 それは、自らの意思で戦う者の態度だった。

 

『その……あいつらのこと。さっき戦っていた異形との関係はある?』

 

 運命の言葉に、少女は舌打ちに近い音を鳴らす。

 

「知らねーよ」

 

 鋭い拒絶の言葉が、その場の温度を一気に冷ます。

 

「猿真似“野郎ども”のことなんて、知るかっての。

 真似される側の気分は、最悪だぞ。

 それに――それを判断すんのは、オレじゃなくてお前らの仕事だろ」

 

 吐き捨てるような声音の奥に、明確な不快が滲んでいた。

 最後の問いが、慎重に口にされる。

 

『……これで最後。この神域に“魔剣使い”がいるとしたら、あなたは何か知ってる?

 そして……私たちは、やっぱりあなたと戦わなきゃいけないの?』

 

 少女の目が細められる。

 その瞬間、緊張が再び場を支配した。

 まるで剣を振るう前の静けさのように、空気が息を潜める。

 

「……最後のくせに、二つ聞いてくるなよ。せめて順番守れ」

 

 笑いながら、魔剣の柄を指先で軽く撫でる。

 その仕草は、言葉と違ってとても静かだった。

 

「魔剣使いのことなんか、知らねぇよ。

 魔剣について言うなら、そこのウサギ――」

 

 少女の視線が、オラスを射抜く。

 

「お前みたいにぬくぬく安全圏で震えてる奴と変わらねぇよ。

 “見えない場所”に引きこもって、内弁慶してイキってるんじゃねえの?」

 

 オラスが小さく身を縮める。誰よりもそれが“当たっている”ことを知っていたからこそ、否定もできなかった。

 

「んで、後者な。……戦うしかねぇだろ」

 

 少女は、ふっと表情を崩す。

 それは笑顔のはずなのに、どこか乾いた音を伴っていた。

 

「逆にオレがお前らをぶち殺さない理由、あると思うか?」

 

 誰も答えなかった。

 ただ、運命だけが、仮面の奥で瞬きをひとつだけした。

 

 静寂が落ちた。

 翡翠の粒子が宙を漂う中で、誰もが息を潜めていた。少女が最後の問いに答え終えたその場には、もう“対話”の余白など残っていなかった。

 数秒の間。風が通り、瓦礫の隙間で結晶の破片が転がる音だけが響く。

 その沈黙を、少女自身が破った。

 トン――と、軽い音。

 少女は腰をかけていた岩からすっと立ち上がった。まるで、なにか儀式めいた段取りでも決まっているかのような動作で。

 

「んじゃ、こっちが一方的に喋らされるお話はこれでおしまいな」

 

 声には、疲れも緊張もなかった。

 ただ、軽く、けれど“拒絶”の色だけをはっきりと含んでいた。

 少女の足元に散らばる翡翠の欠片が、彼女の気配に呼応するようにわずかに震え、音もなく宙に浮かびはじめる。

 魔剣はまだ肩に預けられていたが、気配が変わった。

 

「さっさと始めようぜ」

 

 片手を軽く広げて見せるその仕草には、余裕しか感じられなかった。

 けれど、その立ち姿はさながら狩人。次の瞬間、何かを殺す者の在り方。

 

「準備くらいは、させてやるからさ」

 

 その言葉は優しさでもなく、侮りでもなく。

 ただ、目の前にいる相手を“対等の敵”と見なしたからこその“礼儀”だった。

 運命の周囲で、風が音を変えた。

 斬が静かに刀を半分抜き、プロブレムがドローンの再展開信号を送信する。濡羽が口の中で呪文の節を刻み、アンサーが小さく頷いた。

 オラスの魔拳が、震えていた。けれど視線だけは逸らさない。

 スリーが背後で玄鉄の体を庇うように立ち、銃の安全装置を解除する。

 その全てを、少女は見ていた。

 視線ひとつ動かさずに、戦場の“気配”を読み切っていた。

 

「前は四人、今回は六人。人数が増えたんだから、まともにやり合えるだろ?」

 

 その声に、翡翠の粒子が一斉に揺れた。

 霊子が、少女の魔剣に自然に吸い寄せられるようにして収まる。

 戦いの合図は、まだ誰の口からも出ていない。

 だが、空気がそれを告げていた。今この瞬間、神域は再び血を求めて口を開こうとしている。

 運命の仮面が、青く光った。

 その光の中で、彼女は静かに深く息を吸い込む。

 運命は一歩、静かに歩を踏み出し、右手に光の粒を集める。

 虚空を掴むようにして指を閉じた刹那、音もなく“それ”は現れた。

 

 魔剣。

 彼女の手の内に収まるにはあまりにも重たく、しかし清らかな“力の核”。

 

 ぎ、と重い音が鳴る。

 その剣が地面に突き立てられる音だった。

 大地が鳴動し、周囲の気流がひときわ高く震え、地に眠る霊子構造が共鳴を始める。

 

『展開するよ』

 

 小さく、けれど揺るぎなく、運命は言う。

 魔剣を中心にして、空間が染まり始めた。

 淡い蒼の光。指向性を持った霊子の流れが、彼女の周囲に展開していく。

 足元の土は軽く浮き、空気は透明な層を巻くように流動する。

 

 それは“場”だった。

 ただの支援でも、結界でもない。

 GARDENの騎士たちが最大限に力を発揮できるよう、神域そのものの位相を調整し、霊子の基盤そのものを彼らにとっての正規構造へと書き換える、限定展開型の構築領域。

 

 彼女が“最後の魔剣使い”である理由のひとつ。

 その力の意味を、この場の全員が知っていた。

 

 限定神域。

 

 それに呼応するように、騎士たちが己の装備が起動する。

 プロブレムのドローンユニットが光学波をまとって浮上し、アンサーの炎熱槍が淡い残滓を撒きながら充填を終える。

 斬が音もなく鞘から刀身を抜き放ち、スリーはその手にある無限供給される短機関銃を構える。

 濡羽の魔術回路が周囲の霊子と直結し、オラスの魔拳が拳を打ち付ける。

 それぞれの戦闘形態が、限定神域の恩恵で“本来の戦場適応状態”へと遷移していく。

 戦場が整った。

 空気が研ぎ澄まされ、誰もが、ただ“始まり”を待っていた。

 

「――準備はそれで終わりか?」

 

 少女の声が、低く、冷たく響く。

 その言葉に、運命が視線を向けると、彼女はすでに備えていた。

 

 気配が一変していた。

 軽口すらも影を潜め、そこにいるのは“戦う者”としての少女。

 彼女の周囲に浮かぶ、無数の爪刃。

 空中に漂う翡翠色の結晶群は、まるで生きているように回転し、時折光を反射して鋭利な軌跡を描いていた。

 背後からは濃密な霊子の滲みが立ち上り、上空には展開された“何か”が、目に見えないまま牙を剥いている気配があった。

 包囲ではない。狙撃でもない。

 全方位からの“収束殺意”そのものだった。

 だが――運命は、その殺意すら受け止めるように。

 

『うん――行くよ』

 

 そう、静かに告げた。

 そして。

 限定神域の空に、最初の閃光が走った。

 

 騎士が動いたのか、少女が先に放ったのか。

 それはもう誰にも分からない。

 ただ、交錯の中心にいる者たちだけが、戦場の“始まり”をその目に収めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷鳴のような足音が、神域の空に響いた。

 飛び込んだのは斬。その背に風を纏い、居合いの姿勢から鋭く踏み込む。

 少女の目前、わずかに土煙が舞い――

 

「断つ――!」

 

 振り抜かれた斬撃は、風そのものを引き裂いた。

 だが、少女は身じろぎひとつせず、首を傾けただけでその軌道をかわしていた。

 空を斬った斬の刃が、岩肌を裂いて火花を散らす。

 続けて、右からアンサーが突撃した。

 その一歩一歩が地面を焼き、炎熱槍(OW)の穂先が閃く。

 

 「計測完了。敵反応、予測範囲内。――突破するわ」

 

 少女の頭上からは、砲火が降った。

 プロブレムの光学ドローン(Q&A)が展開し、奇襲軌道で放たれた光の奔流が、戦場の一角を抉る。

 オラスが叫びながら踏み込む。爆煙の中から突き出た左拳が、少女の足元へ打ち込まれる。

 

「ぶち抜くぞーッ! ラブレスッ!」

 

 鉄と熱がぶつかり合い、神域の地層が割れる。

 轟音。爆風。揺れる地面。舞い上がる粉塵の中、前衛三人が縦横無尽に少女を囲む。

 その間、後衛もそれぞれの位置を固めていた。

 スリーは冷静に銃種を交換し、遮蔽越しに連射と牽制を繰り返す。

 

 「この動きなら、弾道補正が必要か。濡羽、霧は保てるか?」

 

 「当然です。詠唱、簡略化しますよ……っ」

 

 濡羽の魔術陣が宙に浮かび、霧と結界が絡み合いながら少女の視界を制限していく。

 プロブレムのドローンがその隙間を縫い、上空からの火力支援を継続。

 有利――とまでは言い切れない。

 けれど、じわじわと彼女の動きに“ほころび”が見え始めていた。

 

 斬の刀身が、かすかに少女の頬を掠める。

 アンサーの突きが、衣の端を灼き焦がす。

 オラスの拳圧が、足場を揺るがし、彼女の重心を僅かにずらす。

 

 ――運命は、戦場の中央からそのすべてを見つめていた。

 

『……あと少し。焦らず、今の流れを維持して』

 

 仮面の奥で、ディスプレイが淡く光を瞬かせる。

 魔剣はまだ地面に刺さったまま。神域の構成を維持し、騎士たちの霊子を補強し続けていた。

 手応えは、確かにあった。

 少女の動きは速い。反応も的確。けれど、対多戦闘を想定していないのか、明らかに“集団戦の流れ”に対する対応が後手に回っている。

 仮面の奥から投げられた運命の言葉が、戦場のリズムを整える。

 同時に、空気が一瞬だけ澄んだ。

 

 斬の踏み込みが、アンサーの後ろに隠れて影のように伸びる。

 アンサーはあえて正面から、火花を散らす槍撃で少女の視線を引く。

 次の瞬間、プロブレムのQAの拡散レーザーが上空から炸裂し、眩い光と爆風が少女の周囲を覆い尽くした。

 

「前の時の――」

 

 視界を覆い尽くす爆煙の中から抜け出したのは、オラスだった。

 地面を踏み砕く勢いでマクスウェルが振りかぶり――

 

「お返し、だぁっ!」

 

 重い一歩と同時に放たれた一撃は、これまでとは別格の重さを帯びていた。

 魔拳が空間を歪め、爆音と共に少女の腹部に直撃する。

 

 ドン――!

 

 鈍い音が空気を裂き、少女の身体が派手に吹き飛んだ。

 浮いたまま数メートルを滑り、背中から神域の地面に叩きつけられ、岩盤を削りながら転がる。

 石が砕け、煙が舞い上がる。

 

「……やった?」

 

 誰かの声が漏れた。

 オラスはまだ拳を突き出したまま、じっと立ち尽くしていた。

 煙の向こう、少女の姿が見えない。

 視界を遮る塵の奥で、ただ一点、微かに結晶の光が揺れている――

 

 沈黙。

 

 ほんの数秒の、それは誰にとっても“想定外の成功”に思えた。

 けれどその一方で、運命だけが視線を逸らさず、静かに言った。

 

『……構えて。まだ、終わってない』

 

 立ち上る土煙は、まだ戦場に立ち込めていた。焦げた大地の匂いと、爆裂の余韻が皮膚に張り付くように残るなか――少女は、ゆっくりと立ち上がった。

 砕けた地面の中心、立ち姿のまま沈黙していたその背中が、僅かに揺れる。

 肩のあたりに鋭く穿たれた裂傷。腹部の外装も浅く捩れ、頬には跳弾のような斜めの切り傷。戦闘開始以来、初めて彼女の身体に「損傷」が刻まれていた。

 

 だが、彼女はそれらを一瞥すらしない。

 土埃にまみれた長髪を指先で払うと、まるで朝靄でも断ち切るような、軽い動きでその場に立ち上がる。そして、気怠げに口を開いた。

 

「――なるほど。思ったより痛いんだな、魔拳(ソレ)

 

 声色は平坦。けれど、その淡白さがかえってぞっとする冷気を孕んでいた。

 少女はそっぽを向き、口の端に溜まった血をぬぐいもせず吐き捨てる。濃い血が土に染み、赤黒く泡立つ。

 その一歩が、戦場を再び緊張で満たす。

 確かに、オラスの一撃は通った。

 だが、彼女は怯まず、痛みを“確認”しただけにすぎない。

 運命たちは誰ひとりとして、安堵の息をつけなかった。

 

「……ようやく、リンデンの記憶が馴染んだ(記憶とすり合わせが出来た)

 

 少女の呟きに、運命の肩が僅かに強張る。

 彼女の前に立つ斬とアンサーも、構えを引き絞った。

 空気が、また変わる――。

 少女はひとつ、鼻で笑うと、手にしていた魔剣を握り直すでもなく、ただスッと消し去った。

 無防備とも取れるその仕草に、一瞬、誰もが目を奪われる。

 

「なあ、兄姉様方よ」

 

 その呼びかけは皮肉げで、どこか楽しげですらあった。

 

「――お前らの弟くんは、相当勉強熱心だったみたいだな」

 

 運命たちの背に冷たいものが走る。

 少女は一歩、足を引き、腰を落とす。

 まるで古式の武術家のような静かな構え。

 ……スリーの眉がピクリと動いた。

 

「その構えは――」

 

 言い切る前に、オラスが駆けた。

 追従するマクスウェルとラブレスが、煙を裂いて跳ぶ。

 

「オラス、気をつけろ! その構えは――!」

 

 スリーの警告が戦場に響く。

 けれど、その声が届くよりも先に、オラスは少女の間合いに入っていた。

 魔拳の先が迫る、その瞬間――。

 少女の身体が、揺れるように流れた。

 わずか一歩、右足を滑らせたその動きは、重力の支点を踏み砕くような“圧”を生む。

 

 そして、踏み込んだ。

 

 ドン、と地面が低く唸る。

 少女はオラスの右側面に滑り込むように回り込み、無言で――靠撃を叩き込んだ。

 肩と肘と体幹、そのすべてを殺しにかかるように連動させた、完璧な打撃。

 振り抜きざま、オラスの身体が弓なりに折れ、口から短く息が漏れた。

 

「がっ――!」

 

 骨が軋む嫌な音。

 拳が軋み、霊子の流れが一瞬断ち切られる。

 直後、オラスは吹き飛ばされた。

 マクスウェルもラブレスも強制解除され、硬い地面を転がる。

 戦場の縁、斜面へと追いやられた彼女の姿は、土煙の中に飲まれて見えなくなった。

 少女はその姿を見届けず、ただ言った。

 

「――お前らが教えたこと、全部覚えてるみたいだぞ」

 

 淡々と。

 冷たく、正確に。

 運命たちの呼吸が、鋭く変わった。

 これまでの戦闘は“情報の確認”に過ぎなかったのだ。

 本当に始まるのは、ここから――。

 少女の目が、今度はスリーを射抜いた。

 爆ぜる砂塵の向こう、少女の靴音はほとんど響かない。

 その脚が、ふわりと宙を蹴った瞬間――スリーの感覚が、わずかに遅れを取った。

 

 ――霊子式縮地。

 

 それは、かつて彼自身が机上で教えた“理論”だった。

 霊子駆動と反力制御を活用した短距離爆発移動。

 けれど、リンデンはそれを“身体が追いつかない”と断念していた。

 だが今、少女の姿が、彼の視界の中で霧のように掻き消えた。

 一歩で二間以上を詰める、理論上しか存在しない筈の歩法が、彼女の肉体で現実になっていた。

 

「――来るか」

 

 スリーは即座に身体を半身に捻りながら、短機関銃(ラストダンスⅣ)を構える。

 セミからフルへ、スイッチを撫でるように切り替え――引き金を絞った。

 発砲。

 機械の咆哮が、戦場に連なる。

 しかし。

 

「弟は、ちゃんと覚えてるぞ」

 

 少女の声が、耳元で囁くように届いた。

 弾が通過する、その瞬間に。

 一発目、二発目、三発目――どれも的確に軌道を外されていた。

 それは避けているというより、“知っている”動きだった。

 四発目で、銃身がわずかに跳ねる。

 リコイル補正が間に合わない瞬間。

 五発目は、彼の経験でも防げない癖――右上へのブレ。

 

 ――撃たれるより早く、読まれていた。

 

 視界の隅、疾風のように少女の姿が滑り込んでくる。

 スリーは即座に銃を手放し、両腕をクロスして前面に突き出す。

 その一瞬が、生死を分けた。

 拳が、身体を貫いたような衝撃を伴って突き刺さる。

 防御の上からでさえ、骨に響く破砕のような打撃。

 脇腹の肋骨が軋む音を、彼は内側で聞いた。

 

「くっ……!」

 

 呻きながらも、スリーはその場に膝をつかず、体軸を捻る。

 

 ――反撃。

 

 左脚を捻り上げ、反動を活かした回し蹴りを繰り出す。

 破壊力よりも、距離を作るための牽制として。

 だが、その足先が空を斬った。

 紙一重で後方へ躱した少女は、わずかに構えを変えていた。

 右足を半歩引き、腰を落とす。

 その構えに、スリーは既視感を覚える。

 

 ――軍式近接戦闘術、その二型。

 

 腕力よりも体重移動を重視し、肘打ちと掌底を組み合わせた短距離制圧技術。

 それを最初にリンデンに教えたのは、間違いなく自分だった。

 

「……まさか、ここまで正確に写してくるとはな」

 

 皮肉にも似た言葉が漏れる。

 それは教育の集大成であり、反逆の証。

 少女は、無言のままさらに踏み込んだ。

 スリーの懐へ、殺意だけを纏って――。

 彼は即座に、全く同じ構えをとった。

 

「……なら、教師の意地、見せてやるさ」

 

 その目には、鋼のような光が宿っていた。

 そして、ふたりの距離が再びゼロに収束する。

 神域の中に無数の打撃音が響いた。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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