みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Shatter, Nightfall, Signal.3

 

 

 GARDEN第八層。

 無人の通路が静まり返るなか、オペレーション・セルの扉の奥からだけ、微細な振動と光が漏れていた。

 暗室に近いその空間には、照明らしい照明はない。

 ただ、多重展開されたホログラムだけが淡く輝き、空間全体を脈動するような青白さで満たしていた。

 

 四方に浮かぶ情報ウィンドウが、絶えず形を変えて流れ続けている。

 表示されているのは、神域内の局所霊子分布、戦闘参加者の生命状態、位相断層の出現率予測、増援部隊の進行軌道、そして限定神域の安定度――。

 仮面越しに運命から届くリアルタイムの神域情報は、極めてノイズが多く、霊子的乱れに満ちていた。

 

 正確な数値を取得するにはあまりに過酷な環境。

 だがリーインシアは、その乱流の中から意味をすくい上げるように指先を動かしていく。

 眼前には情報の奔流。

 彼女のまなざしは、そのすべてを読み取り、繋ぎ合わせ、戦場へと還元するためにある。

 

「……この霊子変位、局所干渉……いえ、これは因果干渉の副次変動……」

 

 低く、独り言のように呟く。

 表情は凛としているが、額には細かな汗が浮かび、背筋は張り詰めたまま緊張を強いられていた。

 

 運命たちの戦場は、崩壊の瀬戸際にある。

 限定神域が軋み、仲間たちは損耗し、それでもなお戦線を維持している。

 その中で、彼女にできることは一つ。

 一秒でも早く、援軍をたどり着かせること。

 

 戦術地図の端で、新たな情報が割り込む。

 別ライン――楽園聖典からの報告だった。

 GARDEN第十三層にて、別の個体が騎士たちと交戦しているという。

 運命たちと交戦している個体とは異なる。

 つまり、輪壊者は複数体に分かれてGARDENを侵食しようとしている。

 リーインシアの脳裏に、一つの警告が浮かぶ。

 

 ――これは、殲滅戦ではない。

 侵入でもない。

 存在の並列性を“塗り替えに来ている”。

 

 思考の一角が冷えたように感じた瞬間、視界の端で増援部隊の動きが変わる。

 神域の位相を迂回し、霊子の安定層を利用して、合流ルートを切り拓こうとしていた。

 

 リーインシアは素早く視線を滑らせ、ルート計算を補正、最適化された軌道を前方へ上書きする。

 数秒の短縮。それが、命を繋ぐ差になる。

 

「進路再定義完了……どうか走って……!」

 

 指先が微かに震えた。

 だが止めない。止まらない。

 

 この部屋は、彼と彼女がかつて“借りた”空間。

 ガーデナーである彼と、支える側である自分が、何年も共に過ごしたこのセルは、リンデンという存在がいたことを唯一肯定してくれる場所だった。

 そこに、彼の姿はもうない。

 けれど――彼の戦場が、まだ続いている限り。

 

 リーインシアは、支える。

 情報の波に身を浸し、すべてを戦場に繋げる。

 

「……まだ、間に合う……」

 

 震えるまなざしの奥で、彼女の瞳は決して折れていなかった。

 沈黙するホログラムの一面に、神域の外縁へと進みゆく援軍の姿が映る。

 そのデータの向こうに、運命がいて、騎士達がいて。

 そして――

 

「……リンデンくんが、きっと見ている気がするから」

 

 誰に向けたわけでもないその呟きが、薄暗いオペレーション・セルの中に、静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「BLADE――!」

 

 アンサーの叫びと共に、手にしたSOデバイスの爪が己の肌を裂いた。

 胸元に走った切創から、蒼白い光がにじみ出る。

 それは痛みではなかった。解放だった。

 魂に刻まれた刻印が熱を帯び、全身の霊子回路を逆流させていく。

 

「限界値、超えて当然。計画通りよっ――!」

 

 その言葉が口を突いた瞬間、槍の穂先が青白く光を放つ。

 通常の霊子活性を遥かに超えた、超々高密度の熱が凝縮され、空間そのものを焼き潰すような密度で発熱を始める。

 

 前線でその光を見た輪壊者の一体が、すぐさま反応した。

 身体を低くし、風を裂いて踏み込む。

 それはまるで、“これまでに何度もこの攻撃を見てきた”かのような、最適化された迎撃行動。

 同時に、背後の虚空からクリーチャーたちが姿を現す。

 形状は不定。だが一様に、炎熱霊槍の形を模していた。

 槍の形をした“彼女の熱”を、模倣し、後方から刺し違えようとしてくる。

 

 まさに、挟撃。

 それを止めたのは、予想外の方向から走った閃光だった。

 

「ナイス直感っ★いっけぇっ!」

 

 上空から、プロブレムのドローンが急降下する。

 超常的な勘によって指示された軌道から、斜め上方へと回り込んだユニットが、複数方向からレーザーを照射する。

 高出力の線が重なり、クリーチャーたちの模倣体を一瞬で焼断していく。

 挟撃のタイミングが崩れた。

 アンサーは一瞬も迷わず、全霊子を槍に集中させた。

 

「射抜け――BLASTッ!!」

 

 神域が、一瞬光に呑まれた。

 突き出された霊槍の穂先から、蒼白の極大炎熱が解き放たれる。

 まるで星の核を凝縮したような炎柱が、輪壊者一体を真正面から貫く。

 

 異形は咄嗟に女形の肉体を盾にしようとした。

 肩から生えた女性型のパーツが、そのまま身代わりになるように前へ突き出される。

 

 だが遅い。

 熱は肉を、骨を、概念を焼き溶かし。

 その筋繊維を纏めて蒸発させながら、一直線に貫通した。

 防御の構えが成立した時には、輪壊者の上半身はすでに消し飛んでいた。

 

 爆風が巻き起こる。

 熱光が拡散し、クリーチャーたちの一部を巻き込みながら吹き飛ばす。

 神域の地面が焼け爛れ霊子が収束する中心に、アンサーは黒く変色し始めた肌を強張らせながら、なお前を向いていた。

 

「これで一体……っ! 次は――」

 

 過負荷によって、全身に霊子が逆流している。

 肌の色が浅黒く変わり、血管が光に浮かぶ。

 魔王モードと呼ばれる自己強化暴走状態。

 だが、意識はまだある。理性もある。制御もできている。

 次へ向けて、彼女は槍を振り上げた――その瞬間だった。

 

「っ……え……?」

 

 音が、なかった。

 

 ただ、視界の端が揺れ、次の瞬間には衝撃が来ていた。

 振り上げた槍を軸にした姿勢のまま、アンサーの身体がぐらつく。

 右側から、剛拳が突き刺さっていた。

 

 輪壊者――さっき“殺した”はずの個体が、消し飛んだはずの上半身を再構築しながら、極めて滑らかな動作でアンサーの側頭部を殴打していた。

 筋繊維が、逆再生のように繋ぎ直され、女形のパーツも半ばまで再構成されている。

 それはまるで “ここまでは死んでもいいと知っていた” かのような、損耗を折り込み済みにした動きだった。

 

 アンサーの右の視界が、文字通り潰れた。

 頭蓋の陥没と共に脳が揺れる。霊子が乱れる。

 後方でトロイが叫ぶのが聞こえる。

 その声を頼りに意識を繋ぎ止めながら、彼女は崩れるように後退した。

 

「ま……だ……折れない……わよ……!」

 

 立っている。

 倒れていない。

 しかし――その一撃は、戦況に刻まれる“限界の印”だった。

 

 

 アンサーの後退が、皮切りとなった。

 たった半歩。ほんの数十センチの後退。

 それだけで戦線が崩れるはずがない――本来なら。

 

 だが、この戦場は“本来”で出来ていなかった。

 アンサーが下がったことで、彼女の槍が占めていた“熱の間合い”が一瞬だけ空く。

 そこに、輪壊者の足が滑り込む。

 速い。

 否、速いのではない。その隙に入ることが最初から決まっていたような動きだった。

 

「っ、アンサー!」

 

 スリーが即座に射線を調整し、援護射撃でその侵入を止めようとする。

 だが輪壊者は、弾道の“意図”を読むように、半身をずらして躱す。

 避けたのではない。

 当たらない未来へ移動したという方が近い。

 

 その瞬間、プロブレムのドローンが上空で軌道を変えた。

 アンサーの後退に合わせて、支援ラインを再構築するためだ。

 だがドローンの移動は、空の一角を空白にした。

 

 空白は、呼吸のように埋められる。

 ナンナリスクリーチャーが、そこへ雪崩れ込んだ。

 白い筋肉と金属の混成体。砲身が唸り、光が凝縮されていく。

 

「やっっば!そっち行った!?」

 

 プロブレムが叫ぶより早く、オラスが拳をねじ込み、前に出た。

 ――前に出ざるを得なかった。

 

「オラスが行く!カバー!入るからぁ!!」

 

 その一歩は、勇気でも無謀でもない。

 空いた穴を塞ぐための反射だ。

 だが穴を塞ぐという行為は、別の場所に新しい穴を作る。

 オラスが前に出たことで、背後の守りが薄くなった。

 そこへ輪壊者の端末個体の一体が滑り込み、濡羽の展開していた魔術陣の縁を踏み抜く。

 

「っ……!」

 

 濡羽の腕が振るわれ、術式が再構築される。

 だが再構築には、ほんの瞬きほどの時間がいる。

 

 輪壊者は、その“瞬き”を待っていた。

 剛腕が振るわれる。

 濡羽の頬を掠め、髪が舞い、血が一筋散った。

 

「っ……!暴行罪、ですからっ!!」

 

 叫びは強がりに似ていたが、声は確かに震えていない。

 ただ、彼女の足元に広がる魔術陣は、ほんの僅かに乱れた。

 

 乱れは波紋になる。

 波紋は、連鎖する。

 

 玄鉄がその乱れを押さえようと詠唱を走らせる。

 斬が前へ出て、濡羽の前に刃を差し入れる。

 トロイは祈術を重ね、アンサーの脳震盪のような揺れを抑えにかかる。

 

 ――全員が、正しい動きをしている。

 

 正しい。

 正しいのに、間に合わない。

 運命の限定神域が、また一度震えた。揺れは、さっきより深い。

 空間の“継ぎ目”が軋む音がする。

 運命は、その振動で悟る。

 

 この戦線は、崩れている。

 爆発ではない。

 壊滅でもない。

 ほんの少し、少しずつのズレが、まるで糸がほつれていくように、ゆっくりと全体を解体していく。

 

 輪壊者たちは、押し込んでこない。

 無理に突破もしない。

 ただ、こちらの“正しい補修”に合わせて、次の穴が空く場所を、淡々と選び続けている。

 

 そして主核個体は、まだ動かない。

 動かずに眺めている。

 それが、いちばん恐ろしい。

 

 運命は奥歯を噛みしめた。

 

 ――今はまだ、耐えられる。

 ――でも、もう“持ちこたえている”だけだ。

 戦線は、確実に崩壊へ向かっていた。

 

 

 翡翠結晶の装甲をまとったナンナリスクリーチャーが、戦場の外縁を舐めるように四足で疾り抜けた。

 白い筋繊維の身体。その上から、層を成すように貼り付いた翡翠の結晶片が、走るたびにかちゃり、かちゃりと不快な音を立てて擦れ合う。

 その軌道は直線ではない。まるで神域の“縁”をなぞるように、限定空間と輪壊者たちの干渉領域の境目を、器用に踏み抜きながら走っていた。

 

 クリーチャーの背から、翡翠の結晶がふわりと宙へと浮かび上がる。

 重さを失ったかのように、指先ほどの結晶片がいくつもいくつも離脱し、尾を引く光の粒となって後を追う。

 それらはただ散らばるのではなく、回り込むように、一点を目指していた。

 

 限定神域の中心。

 運命の立つ場所へ。

 

 完全な“空白地帯”からの強襲だった。

 そこは本来、敵影が入り込まないはずの領域。

 神域の干渉が濃く、騎士たちの視線は自然と別方向に割かれている。

 誰も気づけない。

 誰も、手が届かない。

 翡翠結晶の群れが、流星群のように軌道を変え、光の尾を引きながら、一斉に運命めがけて降りかかった。

 

『くっ――!』

 

 限定神域の維持に意識の大半を割いている運命は、避けるための自由度をほとんど持っていなかった。

 神域を解けば、この場はもっと早く崩壊する。

 だから、動けない。動いてはいけない。

 

 それでも、死なないための最低限だけは捻じ込む。

 仮面の向こうで歯を食いしばり、運命は身体を捻った。

 急所を外すように、胸と腹だけは守るように。

 だが、それだけだ。

 

 肩。

 脇腹。

 太腿。

 翡翠結晶が、ほとんど音もなく肉を貫いた。

 皮膚を破り、筋肉を裂き、骨の手前でぴたりと止まる。

 次の瞬間、結晶そのものが“杭”となって固定されるように、傷口からじわじわと霊子を吸い上げ始めた。

 

 限定神域が、強く揺らぐ。

 展開座標の一部が乱れ、仮面ディスプレイに走る情報が一行だけ赤く染まる。

 空間全体が一瞬だけきしみ、戦場の地平がわずかに傾いだ。

 

 『陛下っ!』

 

 リーインシアの声が、通信越しに弾ける。

 冷静を保ち続けていた声に、初めてはっきりとした動揺が滲んでいた。

 ナンナリスクリーチャーが、そのまま間合いを詰める。

 翡翠結晶の装甲が、走りの勢いを維持したまま剥がれ落ち、右前脚へと収束していく。

 結晶の断片がまとめて形を変え、鋭利な爪刃へと再構成される様は、まるで“殺意”そのものが可視化されたかのようだった。

 

 跳躍。

 

 白い肉体が空を切り裂き、運命めがけて飛び掛かる。

 伸び上がった右前脚。その先端で煌めく翡翠の刃が、限定神域の維持に意識を固定されたままの運命を、真正面から両断しようとしていた。

 

 だが、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はいだらああぁぁっ!!!!」

 

 少女の渾身の絶叫が、神域の震えを上書きするように響いた。

 

 次の瞬間、極大の衝突音が戦場を叩きつけた。

 空間そのものが一瞬だけぺしゃんと潰れたかと錯覚するほどの、鈍く重たい衝撃。

 飛び込んできたクリーチャーの側面に、金属の塊が横から叩きつけられていた。

 

 衝角。

 重装甲の突撃用衝角ユニットが、クリーチャーの胴体を正面から砕き、翡翠装甲ごと弾き飛ばす。

 白い肉片と結晶片が混じり合って宙に散り、そのまま地面を転がった。

 轟音の残響がまだ空間に貼り付いている中、運命の視界の前に、黒と銀の機影が滑り込んで停止した。

 

 それは、地面を走っているわけではなかった。

 浮いている。

 甲板からわずかに離れた位置で、反重力フィールドが唸りを上げている。

 機体各部に埋め込まれたスラスターが、蒼白い光の尾を引きながら減速する。

 機体表面を走るラインが、霊子の流れに同期して脈動する。

 

 GARDEN制式高機動突入機(グラヴィティア・レイヴン)。その特化モデル。

 

 無骨なシルエット。

 衝角を前面に備えたエアバイクユニットは、本来なら突入・離脱専用の強襲機だ。

 だが今、その機体は“盾”として、運命の前に立ちはだかっていた。

 

 エンジン音が落ち着き、反重力フィールドが安定する。

 遮光バイザーに覆われた操縦席から、ひとりの少女が上体を起こした。

 黒に近い髪を、高い位置でまとめたポニーテールが揺れる。

 ガーデナー用のバイザーが額を覆い、顔の上半分は隠れている。だが、口元に浮かぶ笑みだけははっきりと見えた。

 

「間に合ったぁ!」

 

 息を切らしながら、それでも誇らしげに声を上げる。

 

「コードネーム『ライドル』、単機先行で合流しまぁす!!」

 

 その宣言が、崩れかけた戦線に、一瞬だけはっきりとした“新しい線”を引いた。

 

 

 

『助かったよ、そのままみんなの援護をお願い!』

 

 運命の声が、限定神域の制御フィードバックと一緒に仮面から響く。

 短く、しかし確かな信頼のこもった指示だった。

 

「了解っ!」

 

 少女はきっぱりと頷くと、グラヴィティア・レイヴンのハンドルを握り直した。

 指先に伝わる金属の冷たさが、さっきまでの乱戦の熱をひとつ、内側へ押し込む。

 目の前に、小さなホログラムウィンドウが展開される。

 ガーデナー用の簡易UI。そこに浮かぶのは、起動プロトコルの最終項目だった。

 

《音声起動承認――待機中》

 

 少女は息を吸い込み、胸の奥で一度だけ鼓動を確かめる。

 

「行くよ、ダーリン……」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな呟きだった。

 彼女と愛機だけの合図。その直後に、はっきりとした声量で続ける。

 

S.P.D.L-ACT(スパダリ・アクト)――!」

 

 音声入力を受理したホログラムが光を弾けさせる。

 次の瞬間、エアバイクユニットの各部でロック解除音が連鎖した。

 

 機体先端にあった衝角が折り畳まれ、両脚部ユニットへとスライドしていく。

 左右のフレームが割れ、少女の脚部を挟み込むように装甲が展開された。

 膝関節を覆うカバーが閉じるたび、軽い衝撃と共に内部の固定アクチュエータが連結される。

 上半身側では、ハンドルユニットがそのまま肩部フレームへと移動した。

 バックボーンにあたるメインフレームがスライドし、彼女の背骨に沿うように密着する。

 背面の推進スラスター群が、彼女の呼吸に同調するように微かに脈動を始めた。

 

 グラヴィティア・レイヴン機甲形態――。

 

 半ばパワードスーツめいたそれは、もはや“乗り物”ではなかった。

 彼女の四肢の延長として起動する、外骨格のような機動兵装へと変貌していた。

 

 腕部フレームが閉じる感触と共に、彼女の手指の動きが機体の関節へ同期する。

 指を握れば、強化外骨格の指も同じように握る。

 足首をわずかにひねれば、そのまま脚部スラスターの向きが微妙に調整される。

 

「っ……いい感じ、いい感じ……!」

 

 視界の端で、HUDが立ち上がる。

 周囲の霊子密度、敵影マーカー、味方位置、限定神域の揺らぎ。

 それらが重なりながらも、ひどく“クリア”に見えた。

 

 格納されていた武装ロックが外れる。

 右側フレームから、重機関銃ユニットがアームレールに沿ってせり出してきた。

 外装こそコンパクトだが、内部には高回転霊子駆動の砲身が収められている。

 少女はそのグリップを掴み、カチリとロックを掛けた。

 

 左側からは、折り畳まれていたレーザーブレードユニットが展開する。

 まだ刃は形成されていない。ただの鈍く光る金属板。

 だがトリガーに触れれば、そこに収束した霊子光刃が形成される仕組みだ。

 

「よし……視界良好、応答良好、ダーリンも絶好調っと」

 

 軽口に混じるのは、緊張と高揚と、そしてどこか安堵にも似た感覚だった。

 この機体に包まれている限り、自分の手足はもっと遠くまで届く。

 さっき、運命の前でぎりぎり届かなかった距離にも。

 機甲形態となったグラヴィティア・レイヴンが、一度だけ低く唸る。

 浮上推進フィールドが強度を増し、少女の身体がふわりと軽くなった。

 

「それじゃ――援護、始めまぁすっ!」

 

 翡翠結晶の残骸が散る戦場の中心へ向けて、黒と銀の機影が、再び疾り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何重にも重なった蒼の閃光が、輪壊者の胴体に次々と突き刺さっていった。

 ブルーの聖弓から放たれる矢は、無駄な一射が一つもない。

 その一つひとつが、異形の関節、筋繊維の継ぎ目、再構成の核となる結節点を、寸分違わず穿っていく。

 

「はぁっ……! そこっ!」

 

 蒼い残光を引きながら放たれた矢が、輪壊者の胸部に開いていた傷口の縁へと突き立つ。

 矢じりが埋まり込んだ瞬間、淡く収束しかけていた白い筋繊維が、再び弾けるように裂けた。

 

 再構成は止まらない。

 だが、遅くなる。

 その「ほんの数瞬」の遅延を、ブルーは狙い続けていた。

 

 再生が始まる前。

 始まりかけた直後。

 結節点が結び直される前に、別の矢が叩き込まれる。

 その精度は、知性ではなく、ほとんど本能の域だった。

 

「――今!」

 

 ブルーの射線が一瞬だけ横へ逸れる。

 それは“外した”のではない。

 彼女が撃ち抜いたのは、輪壊者の重心をわずかに前へ引き寄せる位置。

 それを合図のように、カノンが地を蹴った。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 純白のコートが翻り、巨大な聖剣が輪壊者の正面へと躍り出る。

 蒼矢に引かれたバランスの狂いを逃さず、カノンはその片腕を狙って振り下ろした。

 刃が白い筋肉を割り、骨のような構造物を断ち、次の瞬間、輪壊者の片腕が肩口から丸ごと切り飛ばされた。

 赤い血は出ない。

 ただ、白い肉片と、筋を束ねていた“意味の線”のようなものが、空中でほどけていく。

 

 反撃は速かった。

 切り飛ばされた側とは逆の腕が、ほとんどノータイムでカノンの肩を薙ぐ。

 拳でも、爪でもない。開いた手刀。

 それは、単純な打撃ではなく、“そこにあるものを削り取る”という意志を帯びた軌道だった。

 

「っ……!」

 

 コートが裂け、肌が割れ、血が飛沫を描く。

 カノンの身体がわずかに仰け反った。

 その直後、足元から冷たいものが吹き上がる。

 

 砕け散った氷の粒――モノが事前にばら撒いていた氷塊が、淡い光を帯びながら蒸気のように溶けていった。

 霜の残滓がカノンの傷口にまとわりつき、痛みと出血の推移を強制的に“遅延”させる。

 

「回復フィールド、起動。大きく動かないで。……それ以上削れたら、計画が狂う」

 

 少し離れた位置で、モノが短く告げる。

 氷冥桜の内部で走るコードが、霊子の流れを補正しているのが分かる。

 

 傷は完全には塞がらない。

だが、今戦えなくなる未来だけは強引に帳消しにされていた。

 

「ありがとうございます、モノ!」

 

 カノンは片膝をつきかけた身体を無理やり持ち上げ、そのまま後方へ一歩下がる。

 それと入れ替わりに、別方向から不穏な霊的気配が奔った。

 

「悪霊さんたち出ておいで!」

 

 久理が振り上げた手の先に、鬼とも猫ともつかない輪郭の霊魂がいくつも生まれていた。

 悪霊たちは輪壊者の周囲へ散開し、次々にぶつかっては爆ぜる。

 それは決定打には程遠い。

 輪壊者の身体は、炸裂のたびに崩れ、そして再構成される。

 けれど、動きは確かに乱れていた。

 

 悪霊がぶつかるたび、輪壊者の挙動は、ほんの一瞬だけ硬直する。

 それは筋肉ではなく、“内部のリンク”への干渉に近い感触だった。

 

 「再構成の経路……乱してるつもり……なんだけどっ……! これ、ちゃんと効いてるよね……!?」

 

 久理の半ば悲鳴混じりの叫びに、ブルーが小さく笑う余裕を見せた。

 その笑みごと、次の矢を番える。

 再生する。

 削っても戻る。

 それでも、攻撃が無意味なわけではない。

 モノはずっと、それを数値で見ていた。

 

「データ取得完了……再構成速度、さっきより遅い。学習してるのは向こうだけじゃないってことね」

 

 氷冥桜の内部ディスプレイに走るコードが、再び書き換えられていく。

 戦況が楽になっているわけではない。

 むしろ、じりじりと押されている。

 それでも、まだ踏みとどまれている。

 

 ブルーの矢が、輪壊者の胸を再び穿つ。

 カノンの聖剣が、再構成の“継ぎ目”を狙って割り込む。

 久理の悪霊が、見えないリンクにノイズを走らせる。

 モノの氷が、味方の“死ぬタイミング”だけを乱していく。

 

 成立している。

 この戦いはまだ、人類側の手のひらの上に、ギリギリ乗っている。

 その均衡を、輪壊者がどう評価しているのかは、誰にも分からない。

 ただ、翼とも指ともつかない白い羽根が、ぎちぎちと音を立てながら、また一度だけ不気味に震えた。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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