空気のきしみが、一瞬だけ別方向へ裂けた。
赤黒い靄に満たされた神域の空を、黒と銀の機影が低く掠める。
地表すれすれを滑るように突入したそれは、白い肉塊の群れへ、そのまま突き刺さった。
重機関砲のマズルフラッシュが、濁った闇の中で白い線の連続に変わる。
鉛の群れが、ナンナリスクリーチャーの身体を正面から削り取り、白い筋繊維の装甲を粉々に砕いていく。反動に合わせて砲身が震え、その度に薬莢が雨のように撒き散らされた。
続くのは、レーザーブレードの溶断光だった。
機体の側面から伸びた光刃が、脚部の関節を選んでなぞるように走り、白い肉と翡翠片をまとめて焼き切る。
焦げた匂いと、焼成された結晶の粉塵が混じり合い、すでに汚れきっていた空気にさらに別の層を重ねていった。
戦場の中に、今まで存在しなかった軌跡が一本、乱暴に引き込まれる。
その新しい線をなぞるように、わずかに遅れて、別の影が限定神域へと飛び込んでくる。
「――陛下、遅くなりましたわっ!」
華やかな声が、赤黒い空気を押し広げた。
複数の狐尾が、光の少ない空間でふわりと揺れる。
砲身に刻まれた擦過痕と焼け色が、ここに来るまでの戦線をそのまま連れてきていた。
エリスの声が響いたのと同時に、運命の頭上を別の影が滑っていく。
円柱形のドローンが、静かな羽音とともに空を横切り、その底面から青白いスパークを散らした。
ばら撒かれる電気信号が、細かい霊子ノイズとして神域全体に染み込んでいく。
それは祈りの声ではない。
トロイの祈術が“痛みの意味”を掬い上げて書き換えるものだとすれば、こちらは“起きている事象”の方を、別の可能性にずらす手つきだ。
傷ついていた騎士たちの筋肉が、唐突に"まだ切れていない"として再構成される。
アンサーの皮膚に残っていた焼け焦げの縁が、"それは少し前の別の分岐での話だった"と塗り替えられ、今この瞬間だけ傷の深さを誤魔化していく。
「カピストラーノ! オバフロパイセンじゃん……!」
プロブレムの声が、ひときわ甲高く跳ねた。
その叫びに応じるように、エリスから少し遅れて、別の足音が駆け寄ってくる。
白いコートの裾を翻しながら、少年が息を弾ませて飛び込んできた。
「間に合った! このまま援護入るよ、陛下っ!」
杖の先端に宿った雷光が、赤黒い空の中に、違う色の線を一本描いた。
『二人とも、来てくれたんだ……!』
仮面越しの電子音声が、小さく震える。
運命の視界に、雷光と狐尾、黒銀の機影が重なった。
「とーぜんですわ! ……家族を奪われたままなんて、キツネには耐えられませんもの!」
エリスが鋭く笑い、狐尾をふわりと広げる。
「オレたちだけじゃないけどね。うちの筋肉バカと、一緒に来てくれたもう何人かは側面から飛び込んでるよ」
オーバーフローが息継ぎもそこそこに告げる。
運命は再び戦場に目を向けた。
仮面のディスプレイに表示された簡易マップ上で、新たな光点が一斉に膨らんでいく。
赤黒い地表の上、白い肉塊の群れを囲うように、それぞれの庭師達の影が飛び込んでいた。
「
別方向から聞こえた笑い声が、銃声と衝撃音を割って届く。
十字を模した武装塊を肩に担ぎ上げたエラーが、クリーチャー群の頭上に飛び込むように躍り出る。
規格外武装の集合体である
青白い電撃がDISKから解き放たれる。
空間を裂くような雷のアークが、ナンナリスクリーチャー達の表層を走り、翡翠結晶の装甲に亀裂を走らせた。
内部の白い肉が一瞬だけ痙攣し、動きのリズムが乱れる。
その脇を、もうひとつの影がかすめていく。
超大型の銃剣を両手で抱え込むように構え、重心を極限まで前へ投げ出した前傾姿勢のガーデナー。
走っているというより、転びかけた身体を前進に利用しているような、ギリギリの速度域。
地面を蹴る度に、靴底と赤黒い地表の間から、乾いた砂と霊子の火花が跳ね上がる。
銃剣の刃が、輪壊者の配下たちの間を縫うように突き出される。
引き金が短く弾かれ、発射された銃弾と刺突の貫通力が合わさって、一本の太い穴を白い肉体の中心に穿っていく。
また反対側では、機甲形態へと変形した《グラヴィティア・レイヴン》の背後に、別の庭師の姿が見えた。
その手元で、黒い丸い物体がひとつ、軽く跳ねる。
蹴鞠ほどの大きさの球体。表面には呪術式を封じ込めた細かな文様が刻まれている。
庭師はその蹴鞠を、地面と白い肉の壁とを利用して、跳弾させるように蹴り飛ばした。
球体は一度地表で弾み、次にナンナリスクリーチャーの肋骨に当たり、さらに別の肉塊の肩口へと軌道を変える。
跳ねるたびに、内部の呪術が圧縮されていく。
音もなく膨らんでいく霊子の圧力が、最後に《グラヴィティア・レイヴン》の射線上で弾けた。
短い閃光とともに、クリーチャー数体の動きが一瞬だけ固まる。
ライドルの重機関銃が、その硬直の隙を逃さず、まとめて削り落としていった。
黒銀の機体の前面で火花が散り、その左右を、DISKの雷撃と銃剣の突撃、呪術蹴鞠の跳弾が塗り潰していく。
崩れかけていた縫い目に、さらに粗い糸が幾重にも通されていくように、戦場の輪郭がわずかに持ち直していた。
ガリ、という音がした。
砕けた地表の表面を、何か四角くて重いものが無理やり引き摺っていく音だった。銃声と爆ぜる霊子の雑音の合間を縫って、その低く不快な擦過音だけが妙に耳へ残る。赤黒い神域の外縁、増援部隊が雪崩れ込んできた方角から、ゆっくりと、しかし確実に四角い影がこちらへ入り込んでくるのが見えた。
中型コンテナ。
装甲板で固められた、牽引車前提のサイズ。人間ひとりでどうにかする大きさではない。
それを、ひとりの男が金具に指を掛け、肩と腰と脚の全部で引き摺っていた。
「ぜぇ……っ、ぜぇ……
喉の奥で擦れた声が、息と一緒に漏れる。
増援部隊の最後尾らしいガーデナーは、全身を水でも浴びたように汗で濡らしていた。額から顎へ、首筋から防護服の襟へ、滝のように流れ落ちた汗が赤黒い光を拾って鈍く光る。
腕の筋肉は細かく震え、握ったベルトの革がきしんでいる。それでも男は歩みを止めず、地面を削りながらコンテナを神域の中央寄りまで引き込んだ。
「ぜぇ……運命陛下……楽園聖典からの、ぜぇ……援護部隊……これで全員、到着……っす……!」
最後の一歩で膝を折りかけながら、それでも報告だけは崩さない。
運命は限定神域の構造を支えたまま、仮面越しに彼へ顔を向けた。ディスプレイの端では、今も綻び続ける戦線の線が明滅している。傷んだ肩と脇腹が脈打つたび、神域の赤がわずかに沈む。
『ありがとう……ごめんね。すぐに参戦してもらう形になるけど』
仮面越しに混じるノイズは、疲労と痛みと、わずかな申し訳なさだった。
「大丈夫っすよ……そのための庭師ってやつですからね……」
男は肩で息をしながらそう返し、コンテナの脇腹へ、苛立ち半分の蹴りを入れた。
鈍い打音。
それに反応するように、コンテナ側面のロックが連続して解除される。金属の噛み合いが外れ、装甲板が左右へ開いた。内部に畳まれていた機材が、暗い口を開けたように露出する。整然と並んだガンケース、魔術媒体の収納棚、簡易コンソール、電源ユニット、ポッド状の格納槽。現場組み立て前提の、小さな兵站拠点だった。
そこへ、援護射撃の火線を引きずるようにしてスリーが後退してくる。
片手で牽制射撃を続けながら、彼はわずかに目線だけを流した。
「ご苦労だった、マシーナリー。補給物資は?」
マシーナリーと呼ばれたガーデナーは、荒い呼吸の合間に顎をしゃくってコンテナの中を示した。
「オッター貿易からの支援物資複数、ナノマシン素子に魔術媒体とエナゲル、あとスリーさんの火器も何点か預かってるっす」
「助かる」
短く返した次の瞬間には、スリーの姿はもうコンテナの内部へ滑り込んでいた。
彼の動きに迷いはない。壁面と床に固定されていたガンケースを次々と開き、内容物だけを視線より速く選別していく。特殊弾頭、携行型誘導弾、散弾銃、予備マガジン、用途別に分かれた炸薬パック。必要なものだけを掴み、不要なものには一瞬たりとも指を触れない。
金属の留め具が跳ねる。
弾薬箱が鳴る。
新しい火薬の匂いが、戦場の血と焼けた肉の臭いの中へ割り込んだ。
装備を抱え直したスリーは、そのまま踵を返す。コンテナから飛び出す時には、すでに次の射線が頭の中で組まれている顔だった。振り向きざま、背中だけで言葉を残す。
「すぐに補給線を戦線に繋ぐ。そちらは任せる」
その声音には、命令でも激励でもない、冷静な確信だけがあった。
入れ替わるように、マシーナリーはコンテナ中央へ膝をつく。
小型コンソールを展開し、立体投影された簡易インターフェースに指を走らせる。起動音。識別灯。通信許可。擬似ネットワーク形成の進捗バーが高速で伸びる。
「擬似ネットワーク形成、メインシステムオンライン……」
彼はそこで一度、額の汗を手の甲で乱暴に拭った。
それから自分のバイザーを外す。露わになったうなじ、その後ろ首に埋め込まれた
「……戦闘モード、起動」
接続完了の電子音が鳴る。
その瞬間、マシーナリーの肩がぴくりと震えた。呼吸のリズムが変わる。ひとつの肉体が、複数の感覚器へ同時に開かれていく時の、ほんの一瞬の空白。
そこへさらに、玄鉄と濡羽が前線から転がり込むようにコンテナへ飛び込んできた。
玄鉄はいつもの飄々とした顔のまま、収納棚を一瞥して口笛まじりに言う。
「おー、思ったより媒体揃ってるじゃん。助かるー」
「これと、これと……って、新型AFドローンもあるじゃないですか!
……一機くらい貰っても」
濡羽の目が、棚の奥に収まっていた新型機に露骨に吸われる。
玄鉄はその頭に、いつものようにぽす、と手を乗せた。
「はいはい、後でいくらでも向こうにおねだりしていいから。ウチらも戻るよー!」
「わ、わかってますから! 頭乗せないでくださいってば、縮むのでっ!」
抗議の声は張っているのに、手は止まらない。
二人は必要な媒体だけを抜き取ると、ほとんど同時に身を翻してコンテナの外へ飛び出した。わちゃついた会話の熱だけを置いて、次の瞬間にはもう前線へ火花を返している。
コンテナの周囲が、短い時間だけ呼吸の場所になる。
だが休息ではない。戦うための補修だ。
マシーナリーは接続したまま、視線だけを上げた。
コンテナ背面に固定されていた四つのポッドが、内部ロックを順次解除していく。低い機械音。油圧。圧縮空気の放出。装甲が左右に開き、その内側から冷気めいた白い排気が流れ出る。
「
声が、微かに機械に近い音色へ変わる。
ひとつの喉から出ているのに、どこか多重に響く声だった。
四つのポッドが、同時に開放される。
「
次の瞬間、そこから四体の影が跳び出した。
着地音は、人のそれより重い。
赤黒い地面に膝をつくように降り立った四つの機体は、いずれも少女の輪郭をしていた。
細い首、肩の線、腰のくびれ、脚部の比率。だが皮膚の代わりにあるのは積層装甲で、関節部には人工筋繊維と駆動ケーブルが覗いている。
顔立ちは驚くほど精巧で、まつげの角度すら人形じみた精密さで再現されているのに、その瞳だけが均一な発光色を宿している。
四体の機人が、運命とマシーナリーの前に整列する。
そして一拍遅れて、同じ角度で顔を上げた。
接続されたコンソール上で、四つの視界が一斉に展開する。
前方、左方、上空、熱源、弾道予測。マシーナリーの指先がぴくりとも動かないまま、四体の機人の指がそれぞれ同期して開閉した。神経はすでに繋がっている。彼の肉体は一つでも、戦場へ出る「手足」は四つある。
「反応誤差コンマゼロゼロイチ以下、感度良好」
その報告は、マシーナリー自身の口から発せられたのか、四体の少女型機人のいずれかから漏れたのか、一瞬では判別できなかった。
運命の限定神域が、微かに軋む。
前線ではまだ輪壊者が吠え、クリーチャーが群れ、火線が交差している。持ちこたえているだけの戦場。その縫い目へ、新しい糸がさらに通されていく。
マシーナリーは接続ケーブルを揺らしたまま、口元だけで笑った。
「それじゃあマシーナリー、参戦するっすよ――」
四体の機人が、同時に一歩を踏み出す。
「
その宣言とともに、少女たちの形をした機械の群れが、赤黒い神域の中へ散った。
熱が、少しだけ引いていた。
引いた、といっても静まったわけではない。
赤黒い神域の底で煮え続けているものが、ただ一段、表へ吹き上がる勢いを弱めただけだ。爆ぜる霊子の火花も、肉の擦れる音も、砕けた翡翠結晶の転がる硬い音も消えてはいない。ただそれらが、一定の間隔で繰り返される"前線の音"として、いったん形を持ちはじめていた。
膠着だった。
押し返せてはいない、潰されてもいない。
だが、どちらにも転ばないまま、戦線だけが擦り減っていく。
限定神域は、いま一度閉じられている。
運命が魔剣を通して展開していた心象の檻は、ほんの短い時間だけ畳まれていた。
維持を続けるだけでも削れる。まして傷を負ったままでは、維持そのものが自分の血を燃やすのと大差ない。だから今だけ、呼吸を繋ぐために落としている。
神域の補助が消えたことで、術式組はコンテナ周辺へと引いていた。
コンテナ側面の影。
即席の補給拠点の脇に、トロイ、玄鉄、濡羽の姿がある。前線から完全に離脱しているわけではない。ただ、この赤黒い空間そのものが霊子を濁らせ、術式を通しづらくしている以上、限定神域の恩恵がない今、前に出ても出力が噛み合わない。
トロイは壁面にもたれ、ゆるく息を吐いていた。
薄桃色の髪が汗で頬に貼りつき、首元のチョーカーデバイスが、赤黒い光を鈍く返している。乾いた血と汚れが、金属の縁に薄く残っていた。指先が、無意識みたいにその表面をなぞる。なぞって、止まる。何かを確かめるような仕草だったが、視線は前線から一度も外れていない。
「んー……相変わらず、やな空気だねー……」
声はいつも通り間延びしていた。
けれど語尾の奥にある疲労は隠しきれていない。
玄鉄は補給したばかりの媒体を指先で転がし、濡羽は新しく確保した術式札の束を抱えたまま、前線の火線を睨んでいた。
「神域抜きでここまで通り悪いと、やっぱり気持ちよくないねぇ」
「気持ちよさで魔術やってるわけじゃないですけど……でも、ほんとに嫌です。この空間、なんか術式が肌にひっかかる感じがして……」
濡羽の言葉は正しかった。
この空間では、術式がまっすぐに流れない。見えない濾過器か、目の細かい網がそこらじゅうに吊られていて、通すたびに少しずつ削られるような感覚がある。
今、前線を支えているのは、術式以外の側の者たちだった。
赤黒い地表の上で、プロブレムの大型ドローン《Q&A》が唸りを上げる。
浮遊ユニットの光学兵装が、予測不能な軌道でクリーチャーの群れを薙ぎ払い、空中から乱暴な光の杭を打ち込んでいく。
「そこの白いやつ、並んでくれると助かるんだけどーっ!」
陽気な声に反して、放たれる火力は容赦がない。
着弾と同時に肉片と翡翠が吹き上がり、焼けた空気が前線の上を転がる。
その下を、アンサーが走っていた。
受けた一撃がまだ身体の奥に燻っている。完調ではない。それでも槍を構えた彼女の足取りには、計算の癖が戻りつつあった。輪壊者の膝を狙うように間合いを詰め、最短の刺突で動線だけを切る。
「そこ、今なら崩せる。オラスちゃん、右から!」
「りょーかいっ! 左手は、添えるだけ……!」
オラスの魔拳が、光の尾を引いてクリーチャーの顔面を抉る。
エリスの《にゃんこさん》が、その上を面で削る。多連装砲身の回転音が、一定の脈拍みたいに戦場へ刻まれていた。
「道を作りますわ! 前へ、前へ!」
狐尾が翻るたび、弾幕が前線に幅を生む。
その隙間を縫って、ライドルの《グラヴィティア・レイヴン》が低く滑り込み、機甲形態のまま衝角めいた突進でクリーチャーの密度を割った。
さらにその向こう。
「バチッといくぜ!
エラーのDISKが唸り、青白い電撃が弧を描く。
その脇を、超大型銃剣のガーデナーが極端な前傾姿勢で走り抜けた。刺して、撃つ。撃ちながら、さらに前へ体重を投げる。まるで転倒の勢いだけで敵陣を貫いているみたいな突撃だった。
その二人のさらに後方。
コンテナの前に残されたマシーナリー本体は、コンソールと後頸部ニューロジャックを接続したまま、一言も発さない。発せない。神経の大半を外へ開いている以上、本体はただの“中継点”に近い。
代わりに、四体の少女型機人が前線へ散っていた。
斥候。火力支援。中継。近接。
それぞれ異なる役割を持たされた中で、ウルフカットの髪型を模した近接型機人が、エラーと銃剣ガーデナーの少し後ろで足を止めた。
銀色の瞳が、輪壊者の主核個体を捉える。
主核は変わらず外縁にいる。動かない。立っているだけだ。
それなのに、前線の輪壊者たちが踏み込む半拍、クリーチャー群が密度を変える瞬間、翡翠装甲個体が飛び込む角度――そのすべてに、説明しきれない“揃い”がある。
機人の首が、わずかに傾いた。
次の瞬間、彼女は踵を返し、運命のもとへ走っていた。
砂を蹴る音。
跳ねた薬莢を踏み越え、補給拠点の脇まで一気に戻ってくる。機械のはずの脚運びが、不思議と焦りを帯びて見えた。
「陛下」
声は平坦だ。
けれどその平坦さの下に、急ぐ必要を判断した機械らしい鋭さがある。
運命は、仮面のディスプレイ越しに機人へ視線を向けた。
限定神域を休止している今、彼女は展開のための魔剣を静かに握り直しながら、短く息を整えているところだった。
「少し、違和感を感じます。敵個体群の反応同期に、微小な偏差ではなく、一点基準の収束が見られます」
言葉だけでは、すぐには戦況にならない。
だがそれは、戦場ではよくあることだ。重要な違和感は、たいてい説明の形をしていない。
『……一点基準?』
「四体が揃っている、ではありません。ひとつの変化を、全体が後追いしているように見えます。再構成タイミング、反応角度、被弾回避……とくに“見る必要がある瞬間”だけ、誤差が薄い」
運命が答えるより先に、別の声が横から差し込んだ。
「それ、オレも思ってた」
オーバーフローだった。
雷杖を肩へ引っ掛け、前線への回線を維持したまま、こちらへ半歩だけ寄ってきている。上空ではドローンが周回を続け、青白い信号を薄く散らしていた。
「個体ごとのズレにしては、嫌なくらい揃いすぎてる。四体で見てる感じじゃない。……もっとこう、一本の視界を分けて使ってるみたいな」
運命の仮面の内側で、思考が一度だけ静かに沈んだ。
一本の視界。
外縁に立ったまま動かない主核。
目の位置を覆う女形の手。
前線の個体たちが、振り向くはずのない角度へ同時に反応した瞬間。
今まで何度も視界に入っていたはずの情報が、ようやく一つの輪郭として噛み合う。
その横で、補給を終えた斬が、何も言わずに刀の柄へ手をかけた。
聞いていたのだ。必要なところだけを。
少し離れた位置、ライドルの後ろで援護を続けていた呪術蹴鞠のガーデナーが、蹴り上げかけていた球を足元へ戻す。
顔はよく見えない。だが、前線の騒音の中でも、その一言だけは妙に静かに届いた。
「――じゃあ、少し止めようか」
次の瞬間、蹴鞠が消えた。
あまりに速い蹴り飛ばし、そこにあった黒い球体が、一度視界から抜け落ちる程だった。
直後、赤黒い地面の一点で火花が散る。
跳弾。そこからさらに白い肉塊の肩をかすめ、砕けた翡翠装甲を踏み台に、ありえない角度でもう一度跳ねる。軌道上の空気が、遅れて裂けた。
狙いは主核。
一直線では届かない。
だから、戦場そのものを壁にして届かせた。
主核の足元へ滑り込んだ蹴鞠が、封じ込められていた呪術を一瞬だけ開く。
大爆発ではない。拘束でもない。ほんのわずかな位相の鈍り。筋肉と関節のあいだに薄い砂を噛ませるような、微細な遅延。
その半拍を、斬が踏み込んだ。
地面を蹴る音がひとつ。次にはもう、彼は主核の懐にいた。
「――っ!」
裂帛の気合いすら、ほとんど呼吸の内へ畳んでいる。
刀が走る。狙いは胴ではない。主核そのものでもない。肩から生えた女形、その“目を覆う手”ごと切り落とすような軌道。
主核が、そこで初めて大きく身を逸らした。
完璧には止められなかった。
斬の刃は手前を裂いたが、浅い。女形の頬から手首の外側へ、細い線を引いただけだ。
だが、逸らした。
その瞬間を、スリーが逃さない。
少し後方、補給拠点から再展開した男は、すでに射線を引き終えていた。
息を止める時間すら惜しい短射。だが狙点は鋭い。
銃声は、乾いていた。
弾丸が、逸らされた主核の肩口へ飛び込む。
斬の切っ先が刻んだ浅い裂傷の、わずか外側。女形の手の甲を掠め、そのまま肉を抉る。
傷は浅い、致命打には遠い。
それでも、確かにそこへ入った。
その直後だった。
前線でアンサーと打ち合っていた輪壊者の肩の女形に、同じ角度の裂傷が走る。
エリスの弾幕を浴びていた個体の手の甲が、何の被弾もないままぱっくりと割れる。
オラスの拳を受け止めていた個体の頬に、遅れなく同じ線が浮かぶ。
もう一体、翡翠装甲の奥にいた個体にも、寸分違わぬ位置に血が滲む。
誰も、そこを攻撃していない。
それなのに、全ての輪壊者が同じ傷を持った。
しかも、“移った”のではない。
主核が傷ついた結果として、全員の状態がそこへ揃った。そんな発生の仕方だった。
前線の輪壊者たちが、半拍だけ止まる。
まるで同じ場所に、ひとつの痛みが走ったみたいに。
戦場の音が、そこで一瞬だけ薄くなった。
運命はその光景を、仮面越しに見ていた。
呼吸をひとつ入れる。
傷の位置。同期の速度。個体差の無さ。
答えはもう、推測の形ですらない。
『うん……』
静かな声だった。
前線に再び音が戻る。
けれど運命の内側では、もう別の何かが定まっている。
『つまり、そういう事だね』
四体が一体なのではない。
一体の状態が、四体へ配られている。
見ているのも。
傷つくのも。
恐らく、死ぬのも。
主核個体の肩で、傷ついた女形の手がゆっくりと持ち上がる。
いま初めて、隠していたものを庇うような動きだった。
露見したのだ。自分たちの繋がり方が、観測の起点が、弱点に近い構造が。
赤黒い空気の奥で、主核がわずかに重心を沈める。
今まで一歩も動かなかったものが、ようやく、こちらへ向いた。
トロイちゃんイベント凄かったね……勝手に関連性見つけて勝手に一人で転がってました。
モノちゃんの誕生日メッセージも全く同じニュアンスのセリフが入ってて大横転してました……(10歳と瞳路の一部分)
恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。
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ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
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息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
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叡智閑話
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イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった