みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Shatter, Nightfall, Signal.5

 

 

 風の切れる音が、長く尾を引いていた。

 GARDEN第十三層の甲板は、すでに戦場として何度も踏み荒らされている。

 外縁を囲う防護柵はところどころが捻じ切れ、床面の装甲板は熱と衝撃で波打っていた。

 裂け目の向こうに見える空は暗い。浮遊大陸の高度が生む冷えた風が吹き抜けているはずなのに、甲板の上だけは焼けた金属と白い肉の臭気が居残り、温度の層を作っていた。

 

 有翼の輪壊者が、甲板中央の少し上を旋回する。

 大きすぎる翼は飛ぶための形というより、空気そのものを押し潰すための器官に見えた。

 ひとたび羽ばたけば、衝撃の塊みたいな風圧が走る。白い筋肉質の巨躯。その肩から生えた女の形をした肉体。目のあるべき場所を覆う手。戦っている間も、その輪郭だけは少しも乱れない。

 

 蒼の閃光が、そこへ何重にも突き刺さった。

 ブルーの放つ矢は速い。

 聖弓ベルガンテの弦が鳴るより先に、すでに光が着弾しているように見える。

 連続して放たれた霊子矢が有翼個体の胸部と肩口、翼の付け根を穿つ。白い肉が裂け、翡翠色の薄い膜が破れ、その向こうにある組織まで届く。だが、深く入ったはずの傷が、次の瞬間にはもう違う形にずれている。

 

「右、二秒後に下降するわ。ブルー、翼の付け根を続けて削って」

 

 モノの声は、戦場の風より冷たい。

 肩掛け式の氷冥桜から淡い冷気が漏れ、甲板のひび割れた表面へ薄く霜を噛ませていく。

零型霊子感応ノマシンによる接続が、戦場の霊子と情報を結び、散りかけた局面を凍らせる。彼女が指定した座標へ、即座にブルーの第二射が走る。

 

「……っ」

 

 短い息だけが漏れた。

 ブルーは返事をしない。返す余裕がないというより、今はそれが不要だった。指の動きだけでベルガンテを引き絞り、指定された一点へ、寸分違わず矢を重ねる。

 

 今度は、カノンが踏み込んだ。

 巨大な聖剣が、甲板の焼けた装甲を擦って火花を上げる。

 その一歩は重いのに速い。風を切るというより、前方の空気ごと押し裂いて進んでいく。輪壊者が翼を半ば畳み、高度をずらしたところへ、カノンはそのまま剣を振り上げた。

 

「逃がしませんっ!」

 

 明るい声。

 けれど剣筋は明るさと無縁だった。まっすぐで、迷いがない。聖剣の斬撃が、羽ばたきのために開かれた右側の翼膜を大きく裂く。白い肉と霊子片が散り、甲板へ熱い雨みたいに降った。

 その下を、久理の術式が這う。

 

「冥王顕現、骸群招来――っ、ちょ、暴れるないでって、いうか今それどころじゃないんだけどっ!」

 

 高飛車な詠唱の形を取りかけて、途中で少し崩れる。

 黒い術式陣から這い出た骨の腕や半透明の悪霊群が、有翼個体の脚や翼端へ絡みついた。直接止められるほどの強度はない。だが、空中での軌道に半拍だけ重さを足すには十分だった。

 

 その半拍を、ブルーはまた撃ち抜く。

 

 矢は命中している。

 カノンの斬撃も、久理の拘束も、モノの制御も、全部通っている。だが有翼個体は落ちない。落ちないどころか、墜ちかけたように見える瞬間でさえ、次の動きへ繋いでくる。

反応が早い。いや、早いというよりこちらの行動を知っているみたいに、体重の逃がし方が浅い。

 甲板の斜め後方、比較的残っている装甲壁の陰で、モノが視線だけを横へ流した。

 

「……来たわね」

 

 その一言の直後、彼女の耳元で小さく通信の接続音が鳴る。

 楽園聖典を経由した回線。

 ノイズの向こうで、女の息遣いが一度だけ整った。

 

『モノさん、聞こえますか』

 

 リーインシアの声だった。

 戦場の騒音を切って届くには細い声だったが、輪郭は崩れていない。彼女側も、かなりの数の回線と情報を束ねているのがわかる。

 

「聞こえてる。手短にして」

 

 モノは氷冥桜の接続先を二つ増やしながら返す。

 視線は有翼個体から外さない。

 

『こちらで、輪壊者の損傷状態に同期反応を確認しました。主核に生じた損傷が、他個体にも同時に発生しています』

 

 言葉の合間に、甲板上ではカノンが再び剣を打ち込んでいた。

 有翼個体が身を捻る。そこへブルーの矢が三本、翼の基部に連なる。ひとつは深く入った。だが、もうひとつの傷口が、なぜかその角度を先に知っていたみたいに薄い。

 

『そちらでも、不自然な損傷があれば共有を。撃破よりも、まずは足止めへ切り替えてください』

 

 リーインシアの声は急いでいる。

 だが慌ててはいない。言葉の並びが、既にいくつかの戦場へ同時に投げられているものだとわかる。

 

 モノは一瞬だけ黙った。

 その沈黙のあいだにも、氷冥桜から流れた零と一の呪術コードが、甲板の一部を凍結させ、有翼個体の着地予定点をわずかにずらしていく。

 

「確認しているわ」

 

 短く返す。

 

「こちらでも、説明のつかない裂傷が数度発生した。今の個体は独立していない。少なくとも、“自分ひとりの損傷”だけで戦ってない」

 

 通信の向こうで、リーインシアが小さく息を呑む気配がした。

 それだけで十分だった。報告は繋がった。

 

「了解しました。情報は共有します」

 

 そこで回線がわずかに揺れた。

 向こうも向こうで、別の指示を飛ばしているのだろう。通信の向こう側にある忙しさが、声を介さず伝わってくる。

 

「じゃあ、こっちは止める側に回るわ」

 

 モノはそう告げ、回線を維持したまま視線を前へ戻す。

 

「カノン、深追いしない。切断より拘束優先」

「えっ、あ、はいっ!」

「久理、脚と翼の根元へ呪縛を重ねて。落とすんじゃなく、動きだけ削る」

「ふ、ふふん、この冥王がしかと承った……!」

 

 高飛車と焦りの間みたいな声が返る。

 久理の術式が形を変え、悪霊たちの群れが今度は引き裂くよりも絡め取る方向へ流れを変えた。

 

「ブルー」

 

 呼ばれた瞬間、ブルーの肩が微かに動く。

 

「仕留めるんじゃなく、翼を切らせないで。動線だけ縫って」

 

「……うん」

 

 短い返事。

 声は出ている。だが、その響きにいつもの明るさは少ない。

 

 ベルガンテがもう一度引かれる。

 蒼い光が、今度は殺傷ではなく封鎖の軌道を取った。翼の先、風を切り返す角度、着地の爪先、その少し前。矢が空中に見えない柵を作るように次々と打ち込まれていく。

 それで足りている。

 戦術としては、ちゃんと噛み合っていた。

 

 なのに。

 ブルーの指先だけが、僅かに硬い。

 ベルガンテを握る手の内側に、乾いたざらつきが残っていた。

 敵を見ている。矢も狙い通りだ。モノの指示にも応じている。なのに、何かひとつ、別の感覚だけがずっと皮膚の内側に貼りついて離れない。

 

 知っている。

 その形を、まだ言葉にできない。

 でも身体が先に知っている。風の切れ方。霊子の濁り方。敵の肉の内側に混ざる、何かの癖。知らないはずのものなのに、ずっと前から指が覚えているみたいに、弓を引くたび胸の奥の毛が逆立つ。

 ブルーは、次の一射を放ったあと、一瞬だけ呼吸を浅くした。

 誰にも気づかれない程度の乱れ。だが、自分にはわかる。喉の奥が乾いている。矢を番える指が、ほんの少しだけ急いでいる。

 

「ブルー?」

 

 カノンの声が飛ぶ。

 だがブルーは「大丈夫」とも言わない。ただ首を振り、前を見る。

 有翼個体が、また傷を受ける。

 カノンの剣で左肩を裂かれ、ブルーの矢で翼端を抉られ、久理の悪霊達で片脚の運びを鈍らせる。

 それでも崩れない。

 白い巨体が、甲板中央に降り立つ。翼が半ば開き、女形の腕が、目を覆うように同じ位置を保つ。今までと変わらない構え。変わらないはずだった。

 

 有翼個体が、急に止まった。

 

 攻撃を受けたからではない。

 拘束が決まったからでもない。

 空中でも地上でもない、ちょうどその中間みたいな位置で、ひどく不自然に、動きだけが途切れた。

 

 風が止まる。

 正確には、翼が生んでいたはずの風圧が、一拍だけ消えた。

 甲板を舐めていた気流が途切れ、散っていた煤と霊子片がその場でふっと沈む。

 カノンの剣先が半歩ぶん迷う。

 久理の悪霊群が、絡みつく先を失って薄く乱れる。モノの瞳が細くなり、氷冥桜の演算軌道がわずかに組み変わる。

 ブルーだけが、そこで息を止めた。

 

 見えない何かを、受け取った。

 

 そんなふうにしか見えなかった。

 誰かの声があったわけじゃない。光が走ったわけでもない。

 けれど、有翼個体の白い肉の内側に、遠くから何かが流れ込んだように、静かに、確実に、立ち方が変わった。

 

 ――数秒の沈黙。

 

 長くはない。

 でも戦場では十分すぎる長さだった。

 その沈黙のあとで、有翼個体がゆっくりと顔を上げる。

 目はない。覆われたままだ。なのに、待ちわびていたものへようやく触れた時みたいな、そんな静かな納得だけが、その巨体の立ち姿に差した。

 

 次の瞬間、翡翠の粒子が漏れた。

 最初は、ごく少量だった。

 翼の付け根。裂けた傷口の縁。肩の女形の胸元。そのあたりから、細かな光の粒がじわりと滲む。霊子というより、もっと乾いた鉱質の輝き。淡い緑の粒が、熱を持たないまま風に乗る。

 

「……っ」

 

 モノの声が、そこで初めて詰まった。

 氷冥桜の出力表示が一瞬だけ乱れる。

 演算結果より先に、何か別の認識がその目に触れたのがわかる。

 翡翠の粒子は、そこで止まらない。

 滲みだったものが、次第に放出へ変わる。翼の節々から、傷口から、白い肉の表面から、待っていた水位が一気に上がるように、粒子の量が増えていく。

 

 甲板の上の空気が変質した。

 冷たいのに、古傷に触る。軽いのに、肺の内側へ引っかかる。ブルーはその感覚を知っていた。知っているはずがないのに、知っていた。

 ベルガンテの柄を握る手に、急に力が入る。

 関節が鳴るほどではない。だが、白くなる直前まで血の色が引く。

 

 胸の奥で、何かが一度だけ強く脈打った。

 嫌悪とも違う。恐怖とも違う。もっと手前の、身体だけが思い出してしまう種類の反応。

 ブルーの視線が、有翼個体から離れない。

 翡翠の粒子が舞う。

 その色を見ているだけで、皮膚の内側がざわつく。背筋の毛が逆立つ。喉の奥に、言葉になる前の音だけが溜まる。

 

 知らない。

 でも知っている。

 

 その感覚の正体だけが、どうしても名前にならないまま、甲板の上に積もっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱の薄膜が、もう一度だけ空気の内側へ張り直された。

 運命の足元から、薄蒼い色が静かに持ち上がる。

 解かれていた限定神域が、再びこの場を包み直していく。大地に散った血、砕けた翡翠片、焼けた金属片、そのどれもが薄い蒼を噛み、心臓の内側を模したような湿った色合いへ寄せられていった。

 展開は大きくない。だが、それで十分だった。

 術式の通りが少し戻る。味方の足場が揃う。

 敵の濁りに、運命の色が一枚だけ被さる。

 

 仮面のディスプレイに細い走査線が走り、運命は前を見た。

 肩の痛みは残っている。脇腹も重い。だが、神域が張り直されたことで、視界に入る戦場の輪郭だけは再び掴めるようになっていた。

 

『行こう』

 

 短い一声。

 それだけで、前線の呼吸が変わる。

 先に動いたのは、オラスだった。

 

「ひとつ残らずぶん殴るっ! オラスちゃんなめんなぁっ!」

 

 細い身体が、赤黒い床を蹴って前へ飛ぶ。

 魔拳《マクスウェル》《ラブレス》が唸り、振り抜かれた拳がナンナリスクリーチャーの顎を下から砕いた。白い肉の塊が浮く。その浮き上がりを追うように二撃目が叩き込まれ、翡翠装甲ごと前脚が横へ千切れ飛ぶ。

 

 その横を、斬が抜ける。

 音は低い。

 刃の走る軌跡だけが、短く、白く残った。

 

「前、開けますよ――!」

 

 敬語の形のまま、熱のある声。

 刀が右から左へ払われ、輪壊者の通常個体の膝裏を断つ。続く返しで肩口を切り上げ、白い筋肉の束を崩す。

完全には倒れない。倒れないが、半歩ぶん沈む。その沈みを道に変えるように、ライドルの機体が滑り込んだ。

 

 黒と銀の装甲が、火花と一緒に突っ込む。

 グラヴィティア・レイヴンの衝角が、再構成しかけていたクリーチャーの胴を横殴りに弾き飛ばした。重機関銃の連射がその空隙へ続く。崩れた肉の奥で翡翠片が爆ぜ、白い群れが連鎖的によろめいた。

 

「ダーリン、左! そのまま踏み潰して!」

 

 ライドルの声と動きに応えるように、外骨格が駆動音を響かせた。

 機体の脚部が赤黒い地を抉り、レーザーブレードが低くなぎ払われる。白い脚がまとめて焼き切られ、倒れた敵の上をさらに別の影が突き抜ける。

 

 超大型の銃剣を抱えたガーデナーだった。

 極端に前傾した姿勢。

 身体そのものを弾丸に変えるような走り方。

 刺し、撃ち、また刺す。銃剣の穂先が一体の胸を貫き、そのまま引き金が引かれる。内側で炸裂した発射音が肉と骨の間で潰れ、開いた穴へ次の踏み込みが重なる。

 

 オラスが叩き、斬が切り、ライドルが押し、銃剣が穿つ。

 道は広くない。だが、一本の突撃路としては十分な幅が開いていく。

 その外周を、エリスの弾幕が覆った。

 

「さあにゃんこさん、畳み掛けますわよっ!」

 

 ガトリング砲が、駆動系()をゴロゴロと鳴らす。

 多連装砲身が回転し、吐き出された鉛の雨が面で前線を削った。

輪壊者の通常個体へ直接致命傷を与えるには足りない。だが、それにまとわりつくナンナリスクリーチャーの群れと、再構成のために寄り集まろうとする白い肉片を散らすには十分だった。

 

 白い身体が千切れる。

 翡翠装甲が割れる。

 飛び散った破片のその間を、黒い蹴鞠が何度も跳ねた。

 跳弾のたび、軌道が変わる。

 地面、肉壁、翡翠片、倒れた装甲板。そのどれもが反射板になり、球体は射線の空白を勝手に見つけて入り込む。鈍い衝突音のあと、見えない呪術がほどけ、輪壊者の脚運びにわずかな遅れを生む。肩の回転に、半拍だけ重さを載せる。狙いは殺傷ではない。動きの継ぎ目を濁らせることだった。

 

「そこ、動きが遅れたよ」

 

 誰にともなく、小さく落ちる声。

 次の蹴鞠が、もう別の角度で跳んでいる。

 その切り開かれた道の中心を、第八騎士団(ORANGE)が走った。

 

 最初に前へ抜けたのはプロブレムだ。

 大型ドローン(Q&A)が頭上で唸り、複数の光学兵装が展開される。彼女は笑っていた。息は上がっているのに、笑い方だけが軽い。

 

「沸くねぇっ! ほらほら、主役はそこにいるんでしょ!」

 

 レーザーが降る。

 一本ではない。角度の違う複数の線が、主核個体の周囲へ檻みたいに突き刺さった。肩、腰、足元、逃げ道の外側。直撃そのものより、動線を切るための焼き方だ。赤黒い神域の床が白く灼け、主核の足場が細く狭まる。

 

 そこへ、アンサーが踏み込む。

 息を吸う音が、短い。

 炎熱霊槍(OW)の穂先に、赤を越えた白熱が集まり始める。彼女の身体はまだ完全ではない。さっきまでの損傷が、動きの節々にわずかな硬さを残している。それでも踏み込みは鈍らない。

 

「対象を固定、このまま行くわね――!」

 

 槍が前へ出る。

 突きではない。追いすがるような、間合いをそのまま刺突へ変える一歩。プロブレムのレーザーで逃げ道を削られた主核へ、炎熱の穂先が連続して追撃を重ねる。肩から脇腹へ、脇腹から胴中央へ。焼けた肉の匂いが一気に濃くなった。

 主核が身を捻る。

 その捻りに合わせるように、別方向から青白い光が走る。

 

「合わせろよクソガキっ!」

 

 エラーの声だった。

 DISKの先端へ、超高電圧のエネルギーが一点収束していく。

 蒼白の雷光は槍ではない。もっと太く、もっと重い。打ち込むための杭。圧縮された電荷の塊が空気の水分を奪い、周囲の音を先に痺れさせる。

 

「言われなくてもわかってるっつーの!」

 

 オーバーフローが吠え返す。

 雷杖が振るわれ、中継機から散った電気信号が、主核の周囲の事象へ薄く噛む。回避し切れていたはずの軌道に、ほんのわずかな遅れを差し込む。主核の重心移動が半拍だけ痩せる。アンサーの追撃が通る。プロブレムのレーザーが逃げ場をさらに狭める。

 エラーが踏み込んだ。

 

「ぶち抜くぜお嬢様方(レディース)! 超高電式穿杭衝(ハイボルトグレイバンカー)!」

 

 収束された蒼白の雷電が、杭の形を取って主核の胴体へ突き立つ。

 衝突の瞬間、音が遅れた。

 最初に来たのは閃光だけだ。主核の白い胴が一度だけ透け、その内側で張り巡らされていた霊子の流れが、青白い稲妻の形で輪郭を晒す。次の瞬間、内側から爆ぜた。

 肉片が散る。翡翠片が跳ぶ。肩の女形ごと胴の一部が大きく抉れ、主核の巨体が半歩ぶん後ろへ押し戻される。

 

 その瞬間を、運命は見ていた。

 仮面のディスプレイ越しではなく、自分の神域の中心として。

 限定神域の赤黒い空気が、主核の損傷にあわせて微かに震える。今の一撃は深い。ただの浅傷ではない。主核の状態が他個体に同期しているなら、これで前線の輪壊者にも同等の損耗が走るはずだった。

 

 実際に、それは走った。

 オラスの前にいた通常個体の胴が、同じ位置で内側から爆ぜる。

 斬と打ち合っていた一体の胸部が、不意に深く裂ける。

 ライドルが押し込んでいた個体の肩口が、まるで遠隔で穿たれたみたいに崩れた。

 道が、さらに開く。

 

「いまっ!」

 

 誰の声だったかは分からない。

 だが戦場全体がその一拍で前へ出る。

 そこへ、別の音が重なった。

 

 後方。

 コンテナ寄りの位置で、玄鉄と濡羽が並んでいた。

 風ではない震え。

 言葉が形になる前の、喉と肺のあいだで鳴る細い振動だった。

 玄鉄の古式魔術が、先に骨組みを置く。

 古い文法。古い韻律。意味より先に秩序を立てるための、直線的な詠唱。彼女の足元に広がる魔術陣は簡素に見えて、その実、複数層の基底式を折り畳んでいる。柱だけを先に立てるやり方だった。

 その柱の隙間へ、濡羽の現代魔術が細部を流し込む。

 

 接続式。

 分岐式。

 出力補正。

 対象追尾。

 

 古式の骨格に、現代の制御が肉付けされていく。

 

「基礎式、ずらさないでくださいよ……!」

 

「ずらしてないって。そっちこそ盛りすぎ、折れるよー」

 

「折りません! 現代魔術舐めないでくださいっ!」

 

 口では言い合っている。

 だが、詠唱の拍だけは一度も外れない。

 玄鉄の低い音に、濡羽の高い音が重なる。

 二人の声が並行ではなく、絡み合う。古式魔術の骨組みの節々へ、現代魔術の細い制御線が編み込まれ、ひとつの大きな混成術式が、後方でゆっくりと立ち上がり始めていた。

 

 前線ではまだ、ORANGEが主核を押している。

 プロブレムのレーザーが主核の動線を切る。

 アンサーの槍が焼き、裂き、追い立てる。

 オーバーフローが回避の余白を奪い、エラーがさらにDISKを持ち上げる。

 その外周で、オラスが殴り、斬が切り、ライドルが踏み、銃剣が穿つ。

 エリスの弾幕が面を削り、呪術蹴鞠がその内側へ幾重もの鈍りを撒く。

 

 運命の限定神域は、全員の足場だけを一枚ぶん揃えている。

 勝てる、とはまだ言えない。

 だが、主核へ届く形は初めてここまで揃っていた。

 赤黒い空気の中で、主核の巨体が大きく損傷し、前線の輪壊者たちもまた同じ傷を抱えたまま揺れる。

 その揺れを見ながら、運命はほんのわずかに息を詰めた。

 通っている。

 少なくとも今は、確かに。

 

 

 後方で積み上げられていた詠唱が、ひとつの形へ閉じた。

 玄鉄の古式魔術が骨組みを保ったまま、濡羽の現代魔術が最後の継ぎ目を噛み合わせる。

 複数の術式環が、後方の空中で重なった。円ではない。いくつもの薄い面が、わずかに角度を違えて重なり、主格へ向けて砲身のように整列していく。

 

「下がらないと、当たりますよ――っ!」

 

 濡羽の声が、甲高く戦場を裂いた。

 その声より先に、オーバーフローが動く。

 カピストラーノが急旋回し、ORANGEの周囲へ薄い電気信号を散らす。退避に必要な一歩だけを押し出すような、小規模事象改変。転ぶはずの足が前へ出る。踏み込みすぎた身体が半歩だけ軽くなる。

 

「全員、退避!」

 

 短い声。

 それと同時に、主格へ肉薄していた面々が一斉に離脱へ移る。

 プロブレムのドローンが高く跳ね、レーザー砲口を閉じながら後退する。

 アンサーは槍の穂先を引き抜き、炎熱の残滓を引きずるように飛び退いた。

エラーは舌打ちひとつでDISKを肩へ戻し、爆裂寸前の地面を蹴って横へ抜ける。オーバーフロー自身も、最後まで残していた補助信号を引き戻しながら距離を取った。

 

 直後、合唱魔術が解き放たれる。

 音は、一拍遅れて来た。

 先に見えたのは光だった。後方で構築されていた複数層の術式面が一斉に崩れ、その全てが主格へ向けて収束する。

古式魔術の重い骨格が中心を貫き、濡羽の現代魔術がその隙間を埋めるように細かい制御を重ねる。一本の巨大な砲撃というより、精度の違う幾本もの干渉が、同じ一点へ集中しているような光だった。

 

 主格が、それに呑まれる。

 赤黒い神域の中央で、白い巨体が光の中へ沈む。

 輪郭が崩れ、肩の女形が見えなくなり、目を覆っていた手の位置すらわからなくなる。

遅れて衝撃が広がり、周囲の床面がひび割れた。吹き上がった霊子の濁流が、火花と結晶片と肉片をまとめて押し流す。

 

 その瞬間だった。通常個体の輪壊者たちが、前線の各所で揃って軋んだ。

 オラスと打ち合っていた一体の胸が、何の前触れもなく内側から崩れる。

 斬の刀を受けていた個体は、肩口から胴へかけて一気に裂け、踏みとどまる前に白い粒へほどけた。ライドルの射線の中にいた個体も、超大型銃剣のガーデナーの前へ立っていた個体も、同じように輪郭を保てなくなる。

 

 同期と負荷。

 主格へ集まりすぎた損傷に、連結された側が耐えきれない。

 支えを失った肉体が、順番ではなく同時に限界へ触れる。白い巨体たちは苦鳴もなく崩れ、砕けた結晶の粉と一緒に光の中へ散っていった。

 

「……消えた」

 

 誰の声だったかはわからない。だが、その一言で十分だった。

 前線が、一瞬だけ開く。光が薄れていく。

 中心に残ったのは、半ば肉片と化した主格だった。

 胴の半ばは焼け、肩の女形も輪郭が欠けている。腕の一部は消し飛び、白い肉の内側から走るひびのような損傷が全身へ広がっていた。もう崩れる。そう見える。次の一撃で終わる。誰が見ても、そこまで行っていた。

 

「行ける!」

 

 プロブレムが叫ぶ。

 アンサーの足がもう一度前へ出る。エラーがDISKを構え直し、斬も一歩を詰める。オラスは砕けた床を蹴り、ライドルの機体が再加速の唸りを上げた。

 

 あと一歩。

 あと一瞬。

 それが届く直前だった。

 

 主格の内側で、何かが脈打つ。

 白い肉の裂け目の奥。焼け残った胴の中心。翼もないはずのその身体の深部から、硬い光がひとつだけ滲む。

 次の瞬間――輪壊者の内側から、翡翠の粒子が爆ぜるように放出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翡翠の粒子は、風に攫われるより先に、ブルーの皮膚の内側へ触れていた。

 冷たいはずなのに、喉の奥だけが熱を持つ。自分の中身が、何か一つ“格を落とされてしまった”ような感覚を覚える。

 ベルガンテの柄を握る指が軋む。敵への視線は外れないまま、あるはずの無い粒子の匂いに、胸の奥で何かが一度だけ強く跳ねた。

 

 ――知っている。

 ――確かに、自分はこの匂いを知っている。

 

 だがそれは、本来ここに在るはずのない気配だ。

 

「……っ」

 

 モノの指先が、氷冥桜の端末上で一瞬だけ止まった。

 演算結果ではなく、その前段で引っかかった何かを、無理やり拾い上げるような止まり方だった。

 小さく、通信音が鳴る。

 甲板の上を走る風音と、遠くで軋む装甲の音。その隙間を縫うように、細い声が割り込んだ。

 

『モノさん――見えていますか』

 

 リーインシアの声だった。

 楽園聖典を経由した回線。

 遠い。だが輪郭は崩れていない。向こう側でも複数の戦場を束ねながら、必要な言葉だけをこちらへ通しているのがわかる。

 

「見えてるわ」

 

 モノは短く返す。

 視線は有翼個体から外さない。氷冥桜の端末上で、いくつもの演算窓が高速で開閉していた。翡翠粒子の拡散速度、霊子干渉率、存在圧の低下傾向。数字は並ぶ。だが、どれも“何であるか”までは示さない。

 

『神域内の主核個体に変化がありました。損傷状態の参照先が、別個体へ切り替わった可能性があります』

 

 言葉は冷静だった。

 けれど、その奥にある緊張は隠れていない。

 

『そちらの有翼個体に、不自然な停止や状態変化は』

 

「……あったわ」

 

 モノの返答は、半拍ぶん遅れた。

 視線の先で、有翼個体の白い肉から翡翠の粒子がなおも滲み続けている。翼の付け根。肩の女形の胸元。裂けた傷の縁。そのどこも、先ほどまでは持っていなかった光だった。

 

「数秒、完全に止まった。足止めの結果じゃない。外から何かを受け取ったみたいに」

 

『やはり……』

 

 リーインシアの呼吸が、向こうで一度だけ浅くなる。

 

『主核個体の損傷は、いったん確かに限界に達しました。

 ですが直後、損傷状態そのものが差し替わったように消失しました。そちらの個体が、新たな同期元になった可能性があります』

 

 モノは答えず、端末上の波形だけを睨んでいた。

 存在値の揺らぎ。霊子ではない別の干渉。計算上は処理できても、前提がない。氷冥桜の演算は速い。速いが、未知の名前までは与えてくれない。

 

「……粒子の性質が違う」

 

 独り言みたいに、モノが言う。

 

「霊子じゃない。少なくとも、いままで輪壊者が持っていたものとは別系統の減衰がある。空間に散っているのに、散逸していない」

 

 その声を、ブルーは聞いていた。

 聞いていたが、言葉として受け止めるより先に、別のところが反応している。

 

 呼吸が、ひとつ浅くなる。

 視界はまだぶれていない。ベルガンテの照準も乱れていない。それでも、指先だけが普段より強く柄を掴んでいるのがわかる。握っているというより、離さないように押さえ込んでいる。

 翡翠の粒子が、風に乗って流れてくる。

 頬をかすめる。喉に触る。肺へ入る前に、皮膚の内側が先にざわつく。

 

 知っている。

 戦場で嗅いだ匂いではない。

 焼けた肉でも、霊子の焦げでもない。もっと近い。もっと手前だ。もっと、自分にとって言い逃れのできない位置にある何かだった。

 

「ブルー」

 

 カノンが、短く呼ぶ。

 その声で、ようやく肩が小さく揺れた。

 

「大丈夫?」

 

「……だい、じょうぶ」

 

 返事は返る。

 けれど、その声音は少し硬い。自分でもうまく掴めていないものを、無理に平らな形へ押し込んだみたいな響きだった。

 

 有翼個体が、甲板の上でゆっくりと翼を開く。

 白い巨体。肩から生えた女形。目を覆う手。形は変わらない。変わらないはずなのに、その内側だけが別のものへ置き換わった気配がある。

 モノの端末上で、観測波形がもう一度大きく跳ねた。

 

「……リーインシア」

 

 今度の呼びかけは、確認ではなかった。

 答えを、半歩手前まで掴んだ声だった。

 

『はい』

 

「そっちの主核、今まで翡翠粒子は使っていなかったのね」

 

『はい。少なくとも、彼等が姿を現してからは観測されていません』

 

 その返答の直後、通信の向こうで何かのデータ窓が開かれる気配がした。

 リーインシアもまた、別の何かに辿り着きかけている。

 

『この粒子は――』

 

 そこで、彼女の声が一瞬だけ詰まる。

 ブルーのもとで、ぎり、と何かが鳴った。

 音は、ベルガンテの柄からしたのか、ブルーの奥歯からしたのか、自分でもわからなかった。

 翡翠の粒子はまだ風の上にある。散っているのに、消えない。冷たいのに、喉の裏だけを焼く。

 皮膚の内側へ薄い刃を何枚も差し込まれたかのように、身体の輪郭がざらついていた。

 

 甲板の上を吹き抜ける風が、その先を持っていく。

 有翼個体は翼を半ば開いたまま、翡翠の粒子を漏らし続けている。肩の女形の胸元。裂けた傷口。白い肉の継ぎ目。そこから滲む淡い緑が、まるで内側に別の臓腑が埋め込まれたみたいに光っていた。

 

 リーインシアが、もう一度口を開く。

 

『……間違いありません』

 

 細い声だった。

 けれど、今度は揺れなかった。

 

『これは……リンデンくんの力です』

 

 その瞬間、ブルーの中で何かが沸いた。

 戦場の熱より先だった。

 風圧よりも、剣戟よりも、霊子のざわめきよりも早く、頭の奥で白いものが煮立つ。

 思考ではない。理解でもない。ただ、あの子、という像だけが先に立ち上がる。黒に近い緑の髪。光に透ける色。小さく笑う時の口元。遠慮がちな声。名前を呼ぶ時の、あの柔らかい響き。

 

 それが、いま目の前の白い肉の中にある。

 

 奪われて。

 使われて。

 燃やされるみたいに、漏らされている。

 

「――は」

 

 声にならない音が漏れる。

 次の呼吸で、それはもう別のものになっていた。

 全身の毛が立つ。

 肩から腕へ、背骨から首筋へ、細い棘が一斉に起き上がる。

 ベルガンテを握る指が、軋む音ごと食い込んだ。蒼の長髪が、風ではなく立ち上がった気配に揺れる。

 

「……した」

 

 小さかった。

 自分にしか聞こえないくらいの音量だった。

 有翼個体が動く。

 翡翠の粒子を曳いたまま、翼を打ち、空気の壁を前へ押し出す。迎撃。いつもと同じ反応速度。いつもと同じ、浅くずらす回避。

 

 ブルーはもう弓を引かなかった。

 ベルガンテの中で何かがずれる。

 聖弓の骨組みが分かれ、蒼光が左右へ裂ける。次の瞬間、ブルーの手の中にあるのは、双剣状態へ移行したベルガンテだった。

 

 甲板が鳴る。

 蹴った場所の装甲が半歩遅れてひび割れ、ブルーの身体だけがまっすぐ前へ飛ぶ。

 速い、では足りない。視界の中で、有翼個体の翼がまだ次の羽ばたきへ入っていない。その隙間へ、蒼の二閃が先に届く。

 

「何を、した」

 

 一太刀目が、右の翼端を裂く。

 二太刀目が、肩の女形の腕へ噛み込む。受けられる。受けられた。白い肉の腕が割り込んで、刃の角度を外す。だが、止まらない。剣速の途切れがそのまま次の振りへ繋がる。

 

「何をした――」

 

 横薙ぎ。

 返しの斬り上げ。

 身をひねり、着地と同時に刺突。蒼の光が、一拍の間に四度、五度、六度と甲板の上で折り返す。有翼個体の白い肉が開き、閉じ、またずれる。受け止める腕が削れ、翼膜が千切れ、肩の女形の手の甲に浅い線が増えていく。

 

 カノンが、息を呑む。

 

「ブルー――!」

 

 呼びかけに返事はない。

 ブルーの目はもう、目の前の個体を見ていない。もっと奥を見ている。白い肉の内側、翡翠の粒子が滲むその中心へ、刃の軌道全部が吸い込まれている。

 

「あの子に」

 

 有翼個体が反撃へ移る。

 翼が真正面から打ち下ろされる。

 空気の塊が甲板ごと押し潰しに来る。ブルーはそれを左手のベルガンテで弾き、滑った衝撃を右手の刺突へ変える。だが、刺さる直前に白い腕が首を狙って薙いだ。避け切れない。カノンが割って入るより早く、ブルーは半歩だけ深く踏み込んだ。

 

 懐へ入る。

 腕が頬を掠める。

 皮膚が裂け、血が細く飛ぶ。その熱を頬に乗せたまま、ブルーは右手の剣を有翼個体の脇腹へ押し込んだ。翡翠の粒子が散る。散った粒子が頬の血に貼りつき、肌の上で淡く光った。

 

「あの子に、何をした――ッ!!」

 

 叫びが、甲板の空気を裂いた。

 高い声ではない。

 潰れたような、裂けたような、喉の奥の肉ごと押し出した声だった。

 蒼の双剣が、その叫びに合わせてさらに加速する。理屈の順番が崩れている。間合いも、受けも、避けも、全部を置き去りにしたまま、ただ切るための軌道だけが残っていた。

 

 有翼個体の肩から生えた女形が、その手で顔の位置を覆ったまま、もう片方の腕を伸ばす。

 受ける。

 捌く。

 受け止めながら、反撃する。

 

 ブルーの右肩へ、白い拳がめり込む。

 衝撃で骨が鳴る。身体が半歩ぶん浮く。そこへ翼の打撃が横から叩き込まれ、装甲板の上を蒼の髪ごと転がされた。

 

 止まらない。

 滑った勢いのまま、ブルーは片膝で立ち上がる。

 息が上がっている。肩は下がっている。右腕の動きがわずかに鈍い。それでも、ベルガンテは両手に残っていた。

 翡翠の粒子が舞う。

 頬の血と混ざる。喉の奥が焼ける。頭の中で、あの子、という像だけが何度も明滅する。

 

「返せ」

 

 低い。

 歯の隙間から零れた音だった。

 

「返せよ」

 

 有翼個体が、今度は真正面から突っ込んでくる。

 翼を畳み、白い筋肉の塊そのもので押し潰す軌道。ブルーも踏み込む。両者の距離が、呼吸ひとつの間に潰れる。

 ぶつかる直前、モノの声が飛んだ。

 

「ブルー、右!」

 

 氷冥桜の制御が、甲板の一角を凍らせる。

 有翼個体の着地角度がわずかにずれた。その半拍を、ブルーは右へ切る。すれ違いざま、左の剣が翼の根元を断ち、右の剣が肩の女形の胸元を深く裂いた。

 

 白い肉が弾ける。

 翡翠の粒子が、今度はまとまった量で噴き上がる。

 その光景を見た瞬間、ブルーの顔から血の気が消える。

 怒鳴り声は途切れない。だが、その奥でもっと静かな何かが壊れていく。奪われた。使われている。ただ傷つけられたとか、殺されたとか、そういう単語では追いつかない位置で、あの子のものが目の前で消費されている。

 

 呼吸が乱れる。

 それでも足は止まらない。

 

「滅べ……」

 

 ほとんど囁きだった。

 次の瞬間には、また刃が走る。

 

「滅べ……ッ!」

 

 有翼個体が受ける。

 拳が落ちる。翼が薙ぐ。肩の女形が視界を塞ぐように割り込み、白い肉のどこを切っても中心へ届かせない。ブルーの斬撃は深い。深いが、相手もまた、受け止めながら確実に削り返してくる。

 

 右腿に裂傷。

 左脇腹に打撃。

 頬、肩、肘。細い傷と鈍い損傷が、短い間に増えていく。

 

 それでも蒼の双剣は止まらない。

 止めるべき理性の方が、先に焼けていた。

 カノンが踏み込みかけ、モノが短く制した。

 

「――まだ」

 

 声は低い。

 冷たいのではない。ただ、いま割り込めば、ブルーの刃筋ごと崩れると判断していた。

 甲板の中央で、蒼と白が何度もぶつかる。

 翡翠の粒子がその間を漂い、ブルーの髪へ、頬へ、剣へ降り積もる。ベルガンテの蒼い光が、それを払いながらなお深く食い込んでいく。

 

 ブルーの喉から、もう言葉にならない音が漏れる。

 泣いているわけではない。笑ってもいない。ただ、熱に焼かれた鉄が鳴るみたいに、細く高い音が漏れ続ける。

 

 そのまま、ブルーはもう一歩踏み込んだ。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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