みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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Shatter, Nightfall, Signal.6

 

 

 熱より先に、輪郭が揺れた。

 爆ぜた翡翠の粒子は、光というには硬すぎた。

飛沫のように散ったはずが、床へ落ちる前から空間の継ぎ目へ噛み込んでいる。

赤黒い限定神域の中央で、主核の周囲だけがわずかに遠のいた。

いや、遠のいたのではない。そこにあったはずの損傷の位置だけが、視界から薄く剥がれていく。

 

 アンサーの踏み込みが半拍ずれた。

 槍の穂先はたしかに前へ出ている。だが、焼け崩れかけていた胴の深さが、その一瞬だけ合わない。

刺さるはずの位置へ肉がなく、消えていたはずの厚みだけが、翡翠の光の向こうで曖昧に戻っている。

 

『――違う』

 

 最初に声を裂いたのは運命だった。

 限定神域の縁へ立ったまま、彼女の視線だけが主核を射抜く。仮面のディスプレイに走った青い光が一度だけ強く瞬いた。

回復ではない。縫合でもない。もっと手前。損傷という事実そのものの置き場が、別の座標へ差し替えられている。

 

 白い肉が、ぬるりと鳴った。

 塞がるのではない。崩れていた輪郭が、別の壊れ方へ入れ替わる。

焼け落ちていた肩の一部は焼けたままだ。だが、胴を縦に割っていた深い亀裂だけが、最初からそこまで届いていなかったみたいに浅くなる。

失われたはずの均衡だけが、翡翠の粒子に押し戻される。

 

「うそ!?」

 

 プロブレムの声が裏返る。

 高く跳ねていたドローンが急制動し、光学砲口を再びひらく。エラーは踏み込みかけた足をねじるように止め、DISKの向きを強引にずらした。オーバーフローの中継機が空中で鋭く旋回し、乱れた味方の位置情報を一気に噛み合わせる。

 

 主核が、立ち直る。

 白い巨体は半壊したままだった。

 肩の女形も欠けたまま。胴の肉も焼け爛れたまま。見た目だけなら、たしかに瀕死に近い。

だが、その内部に通っていたはずの“限界”だけが抜け落ちている。膝を折る寸前だった重量が、別の場所で支え直されていた。

 

 運命は歯を食いしばる。

 ――十三層。脳裏に浮いた語を、まだ口には出さない。だが翡翠の粒子が爆ぜた瞬間、この場にない何かと線が繋ぎ替わったのは明らかだった。主核はもう、自分自身の損傷だけでは倒れない。

 

「戻らず! 囲んで!」

 

 アンサーの声と同時に、運命が合わせるように限定神域の強度を再構成させる。

 主核の足元だけをわずかに沈ませ、踏み込みの角度を奪う浅い段差。大きな拘束ではない。全員の足を殺さず、敵にだけ半拍の遅れを押しつけるための薄い細工だった。

 

 その半拍へ、エラーが滑り込む。

 DISKの一基が唸りを上げ、蒼電を纏ったまま斜め下から主格の脇腹へ叩き込まれる。鈍い衝撃。白い肉がひしゃげ、遅れて内側から破砕音が走った。さらにオーバーフローの電気信号が床を這い、主格の重心移動に微細な誤差を差し込む。

 

 アンサーの槍が、今度は外さない。

 炎熱を引きずる穂先が、差し替えきれなかった損傷の縁へ深く潜る。焼ける音。肉の奥から噴いた濁った蒸気が、翡翠の粒子と混ざって白く曇る。

 

「計画、修正。次で穿つ!」

 

 張った声だった。

 すでに答えは一つに絞られている。崩した端から差し替えられるなら、その差し替えが追いつかない密度で壊すしかない。

 

 外周では、残っていたナンナリスクリーチャーの群れがざわつき始めていた。

 頭のない胴の先端で、縦に裂けた大口が揃ってひらく。背部の三砲身がそれぞれ別の角度へぶれ、狙いも定まらないまま熱だけを溜めている。

白い肉の継ぎ目が膨らみ、収縮し、また膨らむ。どの個体も制御しきれていない。学習したものを、まだ自分の構造へ落とし込みきれていない音だった。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 赤く灯る。

 

 アンサーが気づいて振り向いた時には、もう遅かった。

 最初の熱は爆発だった。

 背に三つの砲身――あるいは炎熱霊槍を歪に模した器官を生やしたクリーチャーたちが、一斉に溜め込んだ熱を吐こうとして、吐ききれずに裂けた。

膨張した白い肉が内側から破れ、臓腑めいた赤熱が噴き出し、そのまま数体の異形が身体ごと爆ぜる。

火球とまでは呼べない。もっと湿っていて、もっと不完全な破裂。焼けた脂と結晶の臭いが、遅れて戦場へ広がった。

 

「な……っ」

 

 濡羽の喉が詰まる。

 後方の空気が一瞬だけ止まった。失敗。だが、失敗で終わっていない。爆ぜた個体のすぐ隣で、別のクリーチャーが同じ構えを取りながら、ほんのわずかに砲身の角度を変えている。自壊した情報が、そのまま次の個体へ流れ込んでいた。

 

「学習、早すぎるでしょ……!」

 

 玄鉄の声が低く擦れる。

 前線では主核が再び腕を振るい、斬とオラスがその内側へ潜り込み、ライドルが高機動の軌跡で引き裂くように横を抜ける。銃剣のガーデナーが踏み込み、呪術蹴鞠が床面を跳ねて鈍りを撒く。

ぶつかっている。押している。

だがその外側で、別の速度で敵の“次”が育っていく。

 

 コンテナ群の陰。

 簡易拠点の制御卓に接続したまま、マシーナリーはほとんど身動きせずに戦場を見ていた。

 見ていたのは本体ではない。四機の少女型戦闘機人、その全ての視界が彼の内側で重なり、同時に違う角度から前線を掴んでいる。ひとつは補給箱の影。ひとつは壊れた足場の上。ひとつは前線寄りの横腹。最後のひとつは、より高く、熱源の分布ごと俯瞰していた。

 

 その全部が、同じ異常を拾う。

 

 爆ぜた個体の残熱。

 次の個体の砲身角。

 内部圧の立ち上がり。

 肉が裂ける寸前に走る、補正。

 

「……あ?」

 

 一機の声帯ユニットから声が漏れる。

 ひとつの視界では、たしかにクリーチャーが止まっていた。砲身を持ち上げたまま、硬直している。だが別の視界では、その停止のあいだにも背の肉がみしみしと組み替わっている。さらに別の視界では、爆ぜた個体の破片の一部が、翡翠の粉をかぶってなお微かに熱を保持していた。

 

 不自然に止まる。

 次に動く。

 動いた時には、前より少しだけ正しい。

 ひとつの失敗が、そのまま次の照準になる。

 

「おい、待てよ……」

 

 声が掠れた。

 四機の視界の中で、ひとつの個体が再び砲身を持ち上げる。直前に自壊した個体と、ほとんど同じ構え。だが違う。熱の溜め方が浅い。角度が低い。放出口の開きが、ほんの僅かに絞られている。

 

 補正している。

 自壊しながら、修正されていく熱源。

 

 四つの視界が同時に収束した。戦場の一角。主格とぶつかる前衛のさらに外。

 ちょうど、呪術蹴鞠の軌道とライドルの突入線が交わるあたりへ、その新しい砲身の角度が向いている。

 

 マシーナリーは理解する。

 次は失敗では終わらない。

 喉ではなく、四機の音声出力が先にひらいた。

 

 

 

 

「お前ら、避けろ――っ!!」

 

 

 

 

 声の終わりを待たず、最初の一体が吐いた。

 

 砲身が開く。

 開いた、というより裂けた。背の三つの器官が揃って後方へ反り、内側に溜め込んだ赤熱を押し出す。白い肉の継ぎ目が一斉に裂開し、支えきれなくなった胴が中央から捩れた。それでも止まらない。崩れながら、熱だけが前へ出る。

 

 極大炎熱(BLAST)

 アンサーの炎熱霊槍、その放出工程だけを歪に模した一撃だった。

 

 光が走る。

 線ではない。柱でもない。もっと粘度のある、押し潰すような熱の塊が前線を薙いだ。限定神域の床面が一拍で焼け、赤黒い空気そのものが捲れ上がる。吐いた個体は、放出の終端まで持たなかった。胸郭から上が内側へ崩れ、遅れて下半身が爆ぜる。だが、撃ち切っていた。

 

 成功だった。

 

 その事実だけで、十分だった。

 

 次の複数体が、間髪を入れず背の砲身を持ち上げる。

 今度は揃っている。角度も、溜め方も、熱の立ち上がりも。失敗個体の自壊をなぞった上で、削るべき過程だけが落ちている。背の肉が裂ける。砲口が赤く脈打つ。照準はばらけているようで、中心だけは同じ一帯へ寄っていた。

 

 前線と、後方の境目。

 ちょうど人の手が届く範囲をまとめて焼くつもりの角度だった。

 

 機人四機が動いたのは、ほとんど同時だった。

 

 ひとつは低く走る。

 跳ね返ってきた呪術蹴鞠を追っていた中衛の脇へ潜り込み、呪術蹴鞠のガーデナーの胴へ肩からぶつかる。呼吸ひとつぶん遅れて、細い身体が横へ弾かれた。蹴鞠が空中で軌道を失い、遅れて甲板を滑る。

 

「――っ!?」

 

 声が出るより先に、元いた位置を熱源予測が横切った。

 

 もうひとつは真正面から行った。

 砲身を持ち上げた一体へ、加速を残したまま衝突する。華奢な少女型の外装が、白い肉の胸へ深くめり込む。脚部アンカーが砕ける音。両腕のフレームが折れる音。それでも押す。砲口がわずかにぶれ、狙いが主格の外へ流れる。

 だが、それだけだった。

 止まらない。熱の充填は止まらない。

 

 三機目は後方へ返る。

 コンテナ群の前。玄鉄と濡羽、そのさらに半歩外で身を起こしかけていたトロイメライの前へ滑り込み、機体の両腕と胸部装甲を展開した。薄い光の板が、重なる。防御スクリーン。十分な厚みではない。だが、何も無いよりましだった。

 

 その遅れを埋めるように、トロイが前へ出る。

 気だるい語尾は無かった。細い喉を裂くような鋭い声だけが走る。

 

「――リタ先輩っ!」

 

 祈術障壁。

 薄緑の光が、展開済みのスクリーンへ外から重なる。

拒絶ではない。通してはならないものを、一枚ぶんだけ押し返すための壁だった。

 

 最後の一機は、最も近い一体へ跳んだ。

 正面からでは届かない。

 だから斜め上から被さる。砲身の付け根へ両腕を差し込み、そのまま全推力で抱え込む。白い異形の背が軋む。少女型の外装がみしみしと潰れる。クリーチャーの大口が開き、近すぎる距離で熱が鳴る。

 次の瞬間、両方とも消えた。

 

 相打ちだった。

 砲身の基部が内側から裂け、抱きついた機体ごと喰い破る。火花と肉片と装甲片が、同じ高さで四散した。

 その一瞬の出来事のあと、残った個体群が一斉に吐き出した。

 

 

 

 

 熱は、ごう、という音よりも早く、空間を走った。

 複数の極大炎熱が、時間差をほとんど持たず戦場へ落ちた。軌道を逸らされた一射は主格の外を舐め、限定神域の床を大きく削り取って遠方で弾ける。だが、それだけだった。残りは正しく、人のいる場所へやって来た。

 

 呪術蹴鞠のガーデナーがいた位置を、赤熱が通過する。

 さっきまで身体のあった空間だけが、刳り抜かれたように消える。突き飛ばされて転がった先で、その顔が熱風に引き攣る。

 

 クリーチャーへ衝突していた二機目は、砲口の真正面で焼かれた。

 機体表面が白く発光し、遅れて輪郭が解ける。頭部。肩。腕。胸郭。順番ではなかった。装甲の薄い箇所からではなく、熱の芯に近い部分から均等に壊れていく。最後まで残った脚部が半歩だけ地を噛み、それも消えた。

 

 コンテナ前の三機目は、防御スクリーンごと撃ち抜かれた。

 最初に割れたのは光の面だった。次に祈術障壁が軋む。薄緑の膜が押し込み返す。ほんの一呼吸。ほんの一枚。それで十分だった。玄鉄が濡羽の肩を掴んで後ろへ引き、トロイが身を滑らせるだけの時間ができる。

 直後、三つ全部が砕けた。

 

 防御スクリーン。

 祈術障壁。

 少女型機体。

 積層していた守りが、上から順に熱へ剥がされる。三機目の胸部フレームが溶断され、頭部ユニットが遅れて弾け飛ぶ。残った片腕がなお前へ伸びた姿勢のまま、焼けた装甲片へ崩れた。

 

 相打ちに入っていた四機目は、爆散の余熱ごと呑み込まれる。

 もともと原形は残っていなかった。ただ、クリーチャーの砕けた砲身と絡み合ったまま、高熱の奔流に撫でられて、そこにあった残骸ごと黒い粉になった。

 焼ける。

 四つ、同時に。

 

 分かれていた視界が、四方向から一斉に途切れた。

 コンテナ群の陰。

 制御卓へ接続されたマシーナリーの身体が、椅子ごと跳ねた。

 びくん、と一度だけ痙攣する。

 

 それだけだった。

 喉は鳴らない。叫びも出ない。背骨を走った逆流が、そのまま脳へ届いていた。四機ぶんの損壊。断線。焼損。衝撃。熱。視界喪失。定位喪失。まとめて返ってきた破壊が、その身体の内側で逃げ場を失う。

 鼻腔から血が落ちる。

 すぐに耳からも垂れた。

 片方、ではない。両耳だった。赤い筋が頬を伝い、顎先から制御卓へ落ちる。

 

 手はまだ端子に触れたままだった。

 指先が何かを掴もうとするみたいに、ひとつだけ震える。

 そのまま力が抜ける。

 彼の身体は、コンソールへ突っ伏した。

 後頸部へ接続されたニューロジャックから、白い煙が細く上がる。

 金属の焦げた匂いが先に立つ。

 遅れて、焼けた肉の臭いが混ざった。

 

 戦場の誰かが名を呼んだ。だが、その声は届かない。

 主核は、まだ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱の通過したあとだけが、妙に静かだった。

 耳鳴りではない。

 さっきまで当然のように混じっていたはずの補助音声、警告音、投下指示、射線修正、その細い層だけが戦場から抜け落ちている。

 

「マシーナリー!」

 

 誰かが呼ぶ。

 返事はない。

 コンテナ群の陰で、白い煙だけがまだ細く上がっていた。

 接続されたままの端子が焦げ、制御卓の表示が一枚ずつ暗くなる。

 四機の識別灯も、もう点らない。

 支援が死んだ。

 人がひとり倒れた、より先に、戦場はそう認識した。

 

 直後、その空白へ主核が腕を振るう。

 翡翠の粒子をまとった白い腕が、さっきまでなら警告ひとつで避けられた角度を通る。

エラーのDISKが受ける。鈍い衝突音。

オーバーフローの補助信号が半拍遅れて地を這い、運命の限定神域がその遅れだけを削る。

 

「補給線、停止! 前線、自分で繋げ!」

 

 スリーの声が飛ぶ。

 銃声と共に発されたそれは短い。

 余分がない。

 だが、その短さのあいだにも、外周のクリーチャー群は次を終えていた。

 背の砲身が持ち上がる。

 今度は不自然な停止が短い。自壊で得た補正が、もう最初から組み込まれている。熱の立ち上がりが滑らかだった。危うさがない。だからこそ、嫌なほど目立つ。

 

「固定された……!」

 

 濡羽が掠れた声を漏らす。

 玄鉄の目が、細くなる。

 失敗して覚える段階を越えた。

 もう次からは、失敗の分だけ強くなるのではない。最初から、成功だけが来る。

 

 主核が一歩、前へ出た。

 その足運びに合わせて、クリーチャー群の砲身角も同時にずれる。

 別々に見えて、ひとつだった。

 翡翠の粒子が両者のあいだを細く渡り、照準と間合いが同じ拍で噛み合っていく。

 

 このまま押し込まれれば終わる。

 誰が見てもそうだった。

 だから、先に動いたのは中衛だった。

 

 呪術蹴鞠のガーデナーが、転がっていた蹴鞠を踏み上げる。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 土を滑っていた呪符封入球が、つま先の角度だけで別々の軌道へ跳ねた。

 低い弾道。

 高い弾道。

 遅れて沈む弾道。

 三つとも違う。

 だが、狙っている先は同じだった。主核の視界ではない。翡翠の粒子が結んだ、主核とクリーチャー群のあいだ、その照準補正の細い線を断ち切る角度だった。

 

 呪術が弾ける。

 最初の一球が主核の足元で破裂し、地面へ鈍りを撒く。

 二球目がやや高く炸裂し、砲身角の追従へ遅れを差し込む。

 三球目は最も遅く着き、ちょうど次の補正が噛み合う瞬間へ濁った偏差を押し込んだ。

 

 最適解だった。

 人の手でできる攪乱としては、たぶんそれ以上がない。

 

 その足元へ、翡翠の粒子が沈む。

 遅れていた一歩が、急に軽くなる。

 靴底が地を捉えた感触だけが先に抜けた。

 呪術蹴鞠のガーデナーが視線を落とすより先に、右足のつま先が、輪郭ごと薄くなる。焼けない。砕けない。ただ、そこに質量があった手応えだけが落ちる。翡翠の光が巻き上がり、脚の半分が戦場から剥がれる。

 

「――っ」

 

 声は短い。

 だが、身体は止まらない。

 残った左脚だけで体幹を捻り、最後の一球を蹴り抜く。

 遅れて飛んだ呪術球が、ライドルの突入線へ被っていた一射の追尾をずらした。たった一枚ぶんの空白が開く。

 その空白を作ってから、呪術蹴鞠のガーデナーは消えた。

 

 腰まで。

 胸まで。

 首まで。

 

 崩れない。

 倒れもしない。

 立っていた姿勢のまま、翡翠の粒子が通った高さから順に、薄い光へほどけていく。最後に残った片腕が、蹴り抜いたあとの振りをまだ終えていなかった。

 

 そこへ、銃剣のガーデナーが踏み込む。

 迷いはない。

 最初から、そう使うつもりだったように、超大型銃剣を低く寝かせる。重い切先が大地を削る。火花が走る。加速は止めない。踏み込みながら刺し、刺しながら撃つ、その兵装の正しい使い方だった。

 

 狙いは主核ではない。

 主核の外周。

 翡翠の粒子を纏って照準補正の軸になっていた、砲身持ちの成功個体。

 

 銃剣が胸を貫く。

 そのまま銃口が内側へ押し込まれる。

 零距離発砲。

 肉の奥で爆ぜた衝撃が、成功個体の上半身を遅れて裂く。

 砲身角が崩れる。次に吐かれるはずだった複数の極大炎熱が、半拍だけ遅れる。

 

 その半拍で、前線が呼吸を繋ぐ。

 アンサーが主核の懐へもう一歩潜る。

 エラーのDISKから蒼電弾が横殴りに叩き込まれる。

 オラスと斬が外周の切れ目を押し広げる。

 

 だが、銃剣を刺し込んだ腕へ翡翠の粒子が絡んでいた。

 手甲が消える。

 指が消える。

 握っていたはずの感触だけを置いて、前腕の存在が削がれる。

 それでも銃剣のガーデナーは柄を離さない。

いや、離すための腕が、もうない。

肩まで登ってきた光の中で、残った胴を前へ預ける。体重と慣性だけで、巨大な銃剣をさらに半寸押し込んだ。

 

 最善手だった。

 押し込みきれば、この個体は次を吐けない。

 その結果だけを残して、彼もまた消えた。

 

 肩。

 胸。

 喉。

 

 輪郭が薄れ、装備の重みだけが一瞬遅れて地へ落ちる。

 超大型銃剣だけが、砕けた成功個体の内側へ刺さったまま残り、持ち主の姿だけがそこから抜け落ちた。

 残ったのは、機動だけだった。

 

「ダーリン、行くよ……!」

 

 ライドルの声が、大地の上を裂く。

 グラヴィティア・レイヴンが唸る。エアバイク形態の機体が、さっき呪術蹴鞠がこじ開けた細い空白へ鼻先をねじ込む。正面突破ではない。主核とクリーチャー群、その両方の射線が一番薄くなる瞬間を選び、斜め上から横切る。

 

 狙いは三つあった。

 主核の視線を上へ引くこと。

 翡翠の粒子の流れを一度だけ撹拌すること。

 そして、後方へ向き直ろうとしていた一体の砲身へ、機体ごと突っ込むこと。

 全部、正解だった。

 

 機体下部の推進器が限界まで唸る。

 ライドルは手動補正へ切り替え、最後の角度を自分の手で引いた。自動制御では間に合わない。翡翠の粒子は、もう機械の予測より速く修正してくる。だから人が捻るしかない。

 

 グラヴィティア・レイヴンの機首が、砲身持ちの個体の肩口へ叩き込まれた。

 衝角が白い肉を裂く。

 そのまま機体が半回転し、推進の惰性で相手の上半身を外側へ持っていく。吐き出されかけた極大炎熱が、狙うはずだった後方を外れ、赤黒い空へ捩れながら抜けた。

 

 戦場の角度が、一瞬だけ崩れる。

 その一瞬で、運命が限定神域の構造を組み替える。

 アンサーが主核の足を払う。

 オーバーフローが補助信号を通す。

 

 ライドルは、その全部を通したあとで、遅れて気づいた。

 操縦桿を握る指が、透けている。

 手袋の上からではなかった。

 もっと手前。

 握っているはずの指そのものが、翡翠の粒子に縁取られている。機体へ流れ込んだ粒子が、接続線を逆に辿っていた。肘。肩。胸。座席へ固定された身体が、前へ倒れることすら許されないまま、操縦席の中で薄くなる。

 

「……ダーリン、最後まで、ありがと」

 

 小さかった。

 だが、声は揺れなかった。

 

 ライドルは残った片手で補助レバーを押し込み、機体の推力を最後にもう一段だけ上げる。

 誰かを庇うためではない。

 機体が自分ごと墜ちる角度を、主核から最も遠い方向へずらすためだった。消えたあとの残骸でさえ、味方の足を取らせないための操作。

 

 それを終えてから、彼女も消えた。

 操縦席が空になる。

 固定具だけが残る。

 座っていたはずの体積だけが、翡翠の粒子に喰われたみたいに静かに抜ける。

 推力を失ったグラヴィティア・レイヴンが、遅れて横滑りし、砕けた地面へ火花を引きながら倒れ込んだ。

 

 沈黙は、一拍遅れて来た。

 呪術の跳弾がもう来ない。

 銃剣の突破線がもう伸びない。

 高機動の影がもう戦場を横切らない。

 穴ではなかった。

 三つの機能が、まとめて剥がれた。

 

 その空白へ、主核の肩から翡翠の粒子が噴く。

 白い肉の巨体が、まだ立っている。

 むしろ、残っている。

 

 運命はそこで、ようやく理解する。

 

 ――違う。

 

 これは、不老不死を殺す力だけではない。

 騎士たちに起きていたのは、固定された内部時間の剥離だった。

 世界へ正しく定着できない不死の肉を、外へ押し戻すための拒絶。

 だが、今この場で起きた消失は、それとは別だった。

 

 呪術蹴鞠のガーデナーは、不死ではない。

 銃剣のガーデナーも、ライドルも、ただこの世界に立っていた生者だった。

 その三人が焼かれもせず、砕かれもせず、血さえ零しきらないまま薄れていった。

 

 翡翠の粒子は、存在の強度そのものへ触れている。

 定着を外すのではない。

 もっと手前。

 そこに在ったという事実ごと、戦場から剥がしている。

 

『……通常存在まで、消すの……?』

 

 喉の奥で、言葉が軋む。

 誰へ向けた問いでもなかった。

 赤黒い神域の中央で、主核だけがまた一歩を踏み出した。

 

 






話が全然進まなくて申し訳ないという気持ち……


恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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