美少女Vtuber(男)はじめました!スキル「世界一可愛い声」で借金2億男子高校生、V界を駆け上がります! 作:流石ユユシタ
──俺の人生、マジでツマラねぇ……
俺、佐久間が会社から帰宅したのは…… 日付が変わってしばらく経った頃だった。最寄り駅から家まで歩く間、俺はかすかな痛みを覚える足に鞭を打つようにしていた。
朝から夜遅くまで続く業務は量も多く、最近は残業が当たり前。終電にかろうじて乗り、自室に倒れ込むようにして毎日をやり過ごす。
そんな生活がもう何か月続いているだろう。新入社員の頃は「とにかくがむしゃらに頑張ろう」と意気込んでいたのに、今は心のどこかで「もう何も考えずに眠りたい」と願うようになっていた。
今日も疲弊した心を抱えたまま、玄関の扉を開ける。電気をつけると、明るいはずなのにどこか冷えきった空気が身体にまとわりつく。冷蔵庫にミネラルウォーターのペットボトルがあったので、それを乱雑に取り出して一気に喉に流し込んだ。
深夜に戻る生活を繰り返しているうちに、きちんとした食事もずいぶん疎遠になっている。自分でも健康に良くないと分かっているが、どうにも改善する気力が湧かない。
何も考えられないほど疲れているけれど、ベッドに直行すれば朝がすぐに来てしまう。惰性でスマートフォンを取り出し、SNSを眺めたり、動画サイトを見たりするのが、いつもの日常だ。
……ただ、惰性で続いていく毎日だ。
「こんな毎日で、良いのかな……」
今日もほとんど無意識のうちに動画サイトを開く。いつもなら人気のあるDチューバーや、その切り抜きをぼんやり見るだけなのだが、
「気分変えるために、普段見ないような人でも見てみるか……大物は大体見たことあるし……見たことない新人とかでも……ん?」
ふと、手が止まった。【世界で1番声の可愛い】そんな文言があったからだ。
「こういうのって偶にあるよな。前にこんな感じでバズったVチューバー居たし、そこから真似する奴らも居たからもう流行が終わったネタだと思うけど」
だが、試しにと思ってサムネイルを見た。金色の髪とオッドアイが特徴のキャラクターが表示している。
「……これ……面白いのかね?」
そこには「ヴィクトルナ、ダンジョンについての雑談アーカイブ」という文字が小さく書かれていた。視聴者数が少ないのか、再生回数はわずか二桁も届いていなかったが、なんとなく試しにと思って……
タップしてみると、動画が始まる。画面に映し出されたのは、まるで幻想的な世界を背景にした美少女の姿。
『え、えっと、どうもー、ヴィクトルナですー。今日は雑談ですー』
という柔らかい声が聞こえてきた。
ヴィクトルナは勝利と月を司る女神という設定らしい。
フワリとした声色なのに、どこか気高く、そしてどこまでも優しい響きを持っている。ゆっくりとした丁寧な口調も相まって、不思議と耳に心地よい。
「いや、この声、可愛すぎないか。なんだこの子は……ガチで世界で1番なの……? え、釣りじゃないの?」
こんな可愛い声を持っているVチューバーが居ただなんて。いつの間にか俺は、その声を聞き漏らすまいとイヤホンを装着し、布団の上で体を起こしていた。
配信の内容そのものは、世間話に近いものだった。今日はこんなことがあったとか、ダンジョンについてとか。
そこまで目立った雑談内容ではないが、そのあまりに可愛い声に思わず、見続けてしまった。
声だけ聞けば、まるで優雅な姫君とお話ししているかのようで、思わず心が和む。
「こんな可愛い声を持つ子が、存在するのか……?」
日頃、動画サイトでは大手Vチューバーの名前がしきりに目に入ってくる。しかしヴィクトルナは、どうやら新人か、あるいはほとんど無名の部類に入るようだ。
配信のコメント欄やチャンネル情報を確認してみると、リアルタイムの視聴者数は一桁。登録者数は……たったの2人。いや、何度リロードしても増減がない。俺は少し驚いて、動画を視聴しながら
「これだけ魅力的なのに、なんで全然伸びないんだろう?」と首をかしげた。
だが、チャンネルなどを調べると彼女が配信を開始したのは丁度、昨日くらいのことらしい。まだ2回しか配信をしていないのならば、伸びてないのもしょうがないのかもしれない。
6月20日初配信、本日6月21日に2回目としてダンジョンについてなど雑談をしていたらしい。
「とんでもなく、声可愛いんだけどなぁ。でもまだ駆け出しだからこその慣れてないのも可愛い」
この飾り気のない雑談配信が心地よかった。ヴィクトルナはまだまだ配信に慣れていないのか、終始落ち着きがないように見えた。
「この初々しい感じがすごく良いわ……」
ふと腕時計を見る。深夜2時を過ぎていて、彼女の配信時間帯はとっくに終了していた。
だから、自分が視聴できるのはアーカイブのみ。リアルタイムで参加するのは難しいだろう。
俺の会社の就業時間を考えれば、夜20時からの配信なんて到底観られない。
少し残念だと思いつつも、アーカイブだけでも魅了されている自分に気づいて、思わず苦笑いが漏れた。正直、これほど心が安らぐコンテンツがあるとは思わなかったのだ。
もう可愛いのだ。めっさ可愛いのだ。
こんなに包容力のある声を聞いたのは初めてかもしれない。
時間を忘れてこれまでの配信2回分のアーカイブを観続けた結果、気づけばもう朝方に近い時間帯になっていた。翌日も早朝からの仕事だ。これ以上起きていればまた身体に支障をきたす。
けれど、仕事のことを考えると暗い気持ちになりがちな俺が、こんなふうに熱中できるものに出会ったのは久しぶりだった。
「あ、やべぇ……時間を忘れて見すぎた……ね、眠くなってきた」
あまりに夢中に見すぎていたのだろう。俺の体は既に仕事で限界だったのを忘れていた。
──チャンネル登録だけ……して寝よう……
翌日である6月22日、夜に地震があったが当然のように結局残業で、帰宅は深夜。
ヴィクトルナのライブ配信にはやはり間に合わなかったが、アーカイブが上がっていたので帰宅後すぐに再生する。疲れて眠いはずなのに、彼女の声を聞くと不思議なほど身体が軽くなる。
まるで月の光に照らされ、癒やされているような気がするのだ。
「ライトセイバー……へぇ、この人がよくコメントしてるな。っていうかこの人しか居ないが」
アーカイブを見ていると、Bランク冒険者と思われるリスナーがヴィクトルナにコメントをしている。
「あー、この応援してるヴィクトルナも可愛い……これマジでよく埋もれてるな。まぁ、配信者の数ってマジで多いからおかしな話でもないか」
昨今はVチューバー、だけでなくDチューバーもいる。更にDチューバーの方が人気として大きいし、そのほかにも配信者もいる。
そりゃ……こんな可愛い子が埋もれてしまうわけだよ。
「だけど、こんな可愛い子だからこそ、敢えて教えたくないなぁ……こんな可愛い子が一気に有名になりすぎたら、変な奴らに荒らしとかされたら酷いダメージを受けてしまうかもしれない」
うん……可愛すぎて人に教えたくないなんて感情を抱くなんてな。可愛すぎるというのも考えもんだな。
その日も3回目の配信アーカイブを見て、ついでに2回目の配信アーカイブを見て眠りについた。
そして、また次の日。6月23日は土曜日であるのだが、仕事は依然として忙しいので終電にて帰宅する。
疲れているはずなのだが、家に着くと疲れた消えたように真っ先にヴィクトルナのチャンネルを覗いてしまう。
「はぁー、可愛い……アーカイブしか見れないけど、それでも楽しい……あと、今回はこのライトセイバーに対しての応援が凄まじいな!」
『はい!! 応援します! 頑張れ! ヒーロー!! ずっと応援してます!!! だけど、怖かったらまたここに来てください!! 私がここに居ます!! また絶対配信します!!
『──貴方が勇気をまた、貯めてくれるまで!!!』
『──頑張ることに疲れたら、また来てください!! 私がいる!!』
「かぁーーーーーーーー!!!!! メンタルに効くぜぇ……」
いや、分かってる。俺が応援されてるわけではないということは……だが、それでも、この声でまっすぐ応援されていると思うだけで心が大きく動いてしまった。
「あぁ……なんだが、明日も仕事頑張れそうだ。このライトセイバー、俺と同じ男だろうけど、直接応援されてて良いなぁ。羨ましいぜ」
これはいずれ人気になるのは間違いないだろう。なぜなら素人である自分でも分かるほどにこの子は光っている。
「この光が世間に理解されないとは悲しい……だが、これを言いたくない……敢えて心に留めておく優越感……堪らない!!」
ひっそりと輝き続けるその姿を、独り占めしたい気持ちが抑えられない。
もしかしたらいつか有名になって、数万人の視聴者が彼女のチャンネルに押し寄せるかもしれない。そのとき、ネットにはどうしたって荒らしや冷やかしが発生する。
誹謗中傷のコメントなんかが目立つようになったら、彼女はどう思うだろうか。
もしかしたら、心を痛めるかもしれない。そんな悲しい瞬間が訪れるのは耐えられない。
俺は、同僚や友人に「こんなに素晴らしいVチューバーがいるんだ!」と声を大にして言いたい気持ちと、「誰にも言わずにそっと守っていたい」という気持ちとのあいだで揺れ動いていた。
結局、どちらも強くて決めかねたまま、アーカイブを再生する。静寂な部屋に響く、ヴィクトルナの声。それが、乾いた心をまるで救うように、柔らかく包み込んでいく。
俺は今、確かにヴィクトルナという存在によって精神を回復させてもらっている。
「うーん、この子は癒しだー。これは癒しだー!」
夜が更けていくほどに、次々と過去アーカイブを再生する。いつしか眠気は通り越し、朝方になって鳥のさえずりが聞こえ始めた。すぐ近くで空が白み始めているのをカーテンの隙間から察しながら、俺はスマートフォンをそっと握りしめた。
そして呟くように言った。
「よし、今日も仕事頑張るか!」
登録者数4人の小さなチャンネル。
でもそこには、どんな大舞台にも負けないくらいの愛が詰まっている。
くったくたの状態になったとしても、ここに来るとまた体に活力が湧いてくるのだ。
彼女のアーカイブを再生し、癒され、いつか眠りに落ちる。それが自分にとって最大の癒やしであり、明日を生き抜く力になっていた。
これは本当に凄まじいVチューバーだ。だが、しかし、まだチャンネル登録者が4人しかいない……
「まぁ、この子はすぐに有名になるだろうな。さて、俺も営業頑張ろうかな」
俺も営業成績最下位だけど……
『頑張って! 保険営業!!』
よーし、ヴィクトルナちゃんが応援してくれると自分に言い聞かせて頑張るか!! パソコンにヴィクトルナちゃんのイラストを保存して、お守りがわりにしておくか!!
◾️◾️
超高層ビルの最上階にある社長室――周囲を圧倒するほどの豪奢なインテリアに囲まれながら、大企業グループを率いる
彼の会社は製造業を中心に複数の事業を抱えており、その名を知らぬ者はほとんどいないほどの大手企業だ。石神自身も多くのメディアから「鉄壁の経営者」と評され、また個人でも莫大な資産を持つ大金持ちとして有名である。
だが、石神は近年どこか物寂しげであった。妻を数年前に病で失い、つい最近は最愛の一人娘が結婚し、家を出てしまった。
娘の幸せを喜びつつも、家に帰ると広すぎるリビングの静けさが胸に沁みる。以前なら仕事に打ち込むことで孤独を忘れようとしたが、残業を終えた夜にふと感じる虚しさまでは拭いきれない。
そんな石神の心を、ほんの少しだけ癒やしてくれる存在があった。月の女神と勝利を司るという設定のVチューバー
――【ヴィクトルナ】という少女だ。
石神が彼女を見つけたのは本当に偶然だ。なんとなく、娘が結婚をしてから、新たな趣味を開拓しようとした時、Dチューバー、Vチューバーなどが人気なのでみてみようと思ったのだ。
メジャーな配信者をみても良かったのだが、石神はどうせ見るなら輝かしい原石を見たいと思っていた。会社を大きくした時の癖なのだが、いずれ大きくなりそうな場所にベットするのが彼の癖でもあるのだ。
そこで彼女を見つけた。
チャンネル登録者数はわずか3人。配信時の視聴者も数名に満たないほど無名だったが、彼女が不慣れな敬語で
『えっと……あ、ライトセイバーさん、本日も配信に来てくださって、ありがとうございます……! わ、私、がんばりますね……!』
「ガッ!!!!!????」
と一生懸命しゃべる姿は、どんな大スターよりも石神の胸を打った!!!!!!
大金を動かし大勢の部下を従えても、失った家庭の温もりは戻らない。そんなときこそ、拙いながら懸命に語りかけるヴィクトルナの声が静かに心を照らしてくれるのだ。
あと、石神は単純に声が可愛い人が好きだった。
「くー、可愛い……娘が家に居た時はこそこそアニメとかを見るしかなかったが……うむ、大画面でこんな可愛い子を観れるとは……うむ、失われたオタク魂が蘇ってくるようだ」
石神は娘の前では一切オタクを出さない男だった。更に言えば会社でもオタクであるということは隠している。それは社長のかっこいいイメージを保つためだ。
表向きの趣味はゴルフ、将棋、文学小説を読むという趣味。
だが実際は同人誌読み、漫画読み、ラノベ読み、ウェブ小説読み、アニメ視聴、Vチューバー視聴。
こっそり家の隠し部屋にはフィギュアなどが敷き詰められている。
だが、それらを全てコソコソ隠していたのだ。
「うーむ、この子は可愛いな。今まで聞いたどのアニメや同人音声作品よりも可愛い」
石神はあらゆるオタク作品に精通している。それはアニメ声優だけでなく、同人音声にもである。
そして、彼はある結論を出す。
「これは……いずれ伸びる。まさに原石だ。しかし、私が4人目の登録者か。ここまで素晴らしいのが脚光を浴びないのも腹立たしい。だが、この原石に対して古参になれたことを誇るとするか」
6月22日、早朝まだ2回しか配信が行われていないVチューバーを見て、石神は一気にファンとなっていた。
だが、あまりここにのめり込むわけにはいかなかった。石神は多忙な男なのだ。
「おっと、そろそろ仕事か」
仕事に向かう石神。いつものよに厳格な顔で出勤する彼であったが、社員達は知らない。
この日から、石神はとあるVチューバーのアーカイブを見まくっているということに。
「くっ、夜は会食とかが多くて配信を実際に見れないのは痛いな」
そして、自らの多忙さで生配信を見れないことへの葛藤を持ち合わせてしまったことに。
そんな毎日が続いていった、7月2日……石神はとある営業マンと会う約束をしていた。
その日も石神は、取引先との会議を終えたあとに待っている保険会社の営業マンとのアポイントを、正直あまり気が進まないまま確認していた。
今までも数えきれないほどの営業が訪れたが、彼は自社にとって本当に必要な商材以外は容赦なく断ってきた。保険の提案など外部から何度も受けたが、一度も契約したことはない。
そもそも、自分は保険をする必要がないくらいに大金を持っているからだ。
だったのだが……石神は最近少し考えが変わっていた。その理由は……昨今、地震が多いことだ。
(昨今、妙に地震が多い……ダンジョンが出来た黎明期から今に至り、モンスターによる被害は激減した。ダンジョンからモンスターが出ないように冒険者が守っているからだ)
(だが……この間の地震。この間の地震は調べると近くにAランクダンジョン
(杞憂であると良いが……会社としてモンスターリスク総合保険に入ることも検討しなくてはな)
モンスターリスク総合保険。これはモンスターによる……
社員のケガや死亡の治療費、建物や設備が壊された場合の修理費、被害で事業が止まったときの売上損失……などを補填してくれる。
だが、現代のダンジョンは殆どが事前に冒険者によってダンジョン内にて討伐されるため、モンスターリスク保険を受ける人は少ない。
石神は生命保険などは受けていない。それは受ける必要がないくらいに大金を抱えているからだ。だがしかし、そんな石神でもモンスターの被害による損害などはどの程度になるのか、そもそも払えるかもわからない。
だからこそ、会社として事前に何かしらの保険に入るべきであると考えていた。そんなことを考えていると秘書から……
「モンスターリスク総合保険の佐久間様がいらっしゃいました」
と内線が入った。だがしかし、石神の心境としては……
「どうせ今度も断ることになるだろう」
と思っていたのだ。モンスターリスク総合保険には興味があるが、いまいちどの営業マンもパッとしない。大金を任せてみたいと思うほどの人材がまだ来ないからだった。
見た目だけ爽やかんで適当なことを言う者、取り敢えずペラペラと専門用語を言って混乱させなんとなくで契約させようとする者、ただ不安を煽ろうとする者。
それは彼が求めるものではなかった。彼が求めるのはまじめと誠実、そして、先を見据えることができるような人材なのだ。ダンジョンに関しては未だ未知であることが多い。
先を見据えられるような……納得感があれば良いのだ。
打ち合わせ室には、まだ若さが残るスーツ姿の青年が待機していた。彼こそがモンスター・リスク保険の営業マンだ。
彼は緊張した面持ちで、
「佐久間と申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
「うむ」
と名乗り、頭を下げた。石神は短く挨拶を返し、席に着く。佐久間が用意した資料を示しながら、会社規模や役員の待遇に合わせた特別プラン、さらにグループ企業全体に適用できる団体保険の可能性――と、流れるように説明が続く。
しかし石神は慣れた様子で内容を聞き流しつつ、内心では「今まで受けた会社と内容的にはさほどの変わりはないか」と思い始めていた。
(まぁ、どの会社もさほど保険内容には差はないか。当然だろうがな……どちらかと言うとこの営業マンに大金を任せて良いか、それが問題なのだが)
(真面目そうだが……今ひとつ、と言ったところか)
「え、えっと社長。それでいかがでしょうか?」
「……ふむ、もう少し詳しく聞きたい。先ほどのプレゼン資料を見せてもらえるかね?」
「は、はい!」
そのとき、佐久間がパソコンを操作してプレゼン資料を映し出そうとした瞬間、機器の接続がうまくいかなかったのか、映し出されるはずの資料画面ではなく、パソコンのデスクトップが投影されてしまう。
そこに大きく表示されていたのは……金髪にオッドアイの瞳、そして月を背負ったような神秘的な少女のイラスト――ヴィクトルナそのものだった。
「お、おわっ……! すみません! 間違えまして……!」
「なん……だと……まさか!? これは……」
慌てた佐久間は、すぐにパソコンの画面を切り替えようとするが、トラブルで操作が思うようにいかない。仕事の場で思わぬプライベート画像を晒してしまい、彼は真っ赤な顔で脂汗をかいている。ところが、それを見た石神は驚きに目を見開き、思わず低く声を発した。
「まさか……ヴィクトルナか?」
「え……社長、ご存じなんですか……?」
登録者が4人しかいないマイナーチャンネルのVチューバー。まさか世界が違うはずの大社長が同じファンだとは夢にも思わず、佐久間は息をのむ。石神は、ほんの少し口元をほころばせながら言った。
「まさか君も彼女を観ているとはな。あの、一生懸命な敬語で必死にがんばる姿……私にはとても癒やされるんだ。つい最近見つけたのだが、一気にファンになってしまったよ。君も、そうじゃないか?」
恥ずかしそうにパソコンを抱えながら、佐久間は
「はい……実は……私、あの声を聞いて救われてるんです。残業続きでクタクタになることが多いんですが、アーカイブを観ると何とか元気を取り戻せる気がして……」
「私も似たようなものだ。娘が結婚して家から離れ、妻を失ってからは……夜に帰っても誰もいない家だ。そんなとき、ふと見つけたあの子の存在が心を癒やしてくれた」
「それとその、私ダンジョン関連の保険をしてるとのことでよくDチューバーとかを見てるのですが、彼女もかなりダンジョンについては詳しいようでなんだか、勉強になると言うか」
「ふむ、確かに彼女はダンジョンにも精通していたな。アーカイブでも詳しい情報を話していた」
「ダンジョンに長く潜っていたと言ってましたよね……最近も冒険者を応援してたりもして。いやーあれほどの逸材をこんなに早く見つけられて古参になれるのって最高だなと思ってます」
石神はその話を聞きながら、なるほどと彼の情報をまとめていた。まさか、自分と同じVチューバーを推してるとは思っても見なかったからだ。
「まだチャンネル登録者が4人とは信じられんな」
「そうですよね。自分が登録した時なんて2人しかいませんでした」
「私の時は3人だったな……と言うことは私よりも早く登録してたのか」
「ほぼ同時期かと。夜に登録して朝になったら4人になっていましたので……」
(ふむ、私よりも彼女を見つけるのが早かったと言うわけか……それに会社外でもDチューブなどでダンジョンに対して理解を深めていたのか)
「ところでだが、君は冒険者をしていたのかね?」
「え、わ、私ですか? そうですね、才能はありませんでしたが……Dランク冒険者ではありました」
「ふむ……Dランクとは中々だな」
「い、いえいえ、私はさほど荒ごとが苦手でして。ダンジョンはすごく怖くて……だから、モンスターリスク保険に加入して冒険をしていました」
「今もしているかね?」
「そうですね……まだ、してます」
そこで、石神はふと頭を押さえた。なんとなくだが、この青年は今までとは違う気がすると感じていたからだ。
「その理由を聞いても? 冒険者としてもう活動しないなら、リスク保険をする必要ないと思う人が多い中でなぜ君は加入をしているのかね?」
「……私、昔イレギュラーモンスターを見たことがありまして」
「ほう? 稀に現れる希少種か」
「あれがトラウマというか、今Dチューバーとか居ますけど、ダンジョンって本当に未知なんです。特にイレギュラーモンスターが居たからこそというか……だから、モンスターによって何かあったらと常に考えてしまうというか」
「そうか。そういう理由か」
(ふむ……悪くないか。さほど他の会社と違いがある保険ではない。まぁ、元々、違いなどないのはわかっていたがな)
(大事なのは任せても良いと思わせられるほどの、魅力があるかどうか……)
(ダンジョンのイレギュラーをよくわかっている、私よりも先に逸材を見つけていたという事実。運が良いというだけだが、運の良さがどれだけ重要なのか。私は知っている)
石神は軽く咳払いして表情を引き締めると、改めて佐久間の持参した資料に目を落とす。
「……そうか。ここまできちんとまとめているとはね。実は私は、これまで外部の保険営業は一切受け入れたことがないんだ。だが……今まで声をかけてきた連中は、ただ数字を押しつけるだけで、中身をしっかり理解していない者ばかりだった」
「そ、そうでしたか」
「ただ、君は自分が怖かったからこそ保険を利用し、熟知しているように感じる……何より、君には見る目がある。少なくとも、私よりも先にヴィクトルナを見つけていた」
「そ、それは偶然というか」
「私は大金持ちだが、かすかなことで人生が変わる、人生とは紙一重であると知っている。だからこそ、そのかすかな差が大事なのだ」
そう言って微笑む石神に、佐久間は一瞬息を呑む。普段鉄壁の経営者と呼ばれる男が、自分の知らない人情をのぞかせた瞬間だった。佐久間は思わぬ形で営業の扉が開かれたことに気づき、緊張しながらも深く頭を下げる。
「紙一重なのだ。そう、君の保険の内容自体は他とは相違がない。しかし、君という営業マンは何やら期待できそうだ。君の会社で保険を受けようと思う」
「え!? あ、ありがとうございます! 弊社としても、石神社長のところほどの大企業に導入いただけたら、何より光栄です。ぜひ、詳しいお話を詰めさせていただきたいと思います」
「よし、では改めて日程を調整しよう。詳細を確認して、私の方で問題なければ一気に話を進めたい。……ところで、商談が終わったら少し時間はあるか? 今夜は会食も入れていないし、もしよければ軽く飲みにでも行かないか。君とはもう少し話をしてみたいんだ」
突然の誘いに、佐久間は驚きを隠せない。石神のような大物に食事を誘われるなど、営業人生でも滅多にないことだ。業務を含め、まだ二度目の対面でここまで親しくされるのは異例とも言える。しかし、その理由が同じ推しを愛する仲であると考えると、不思議と胸の奥が温かくなる。
「え、ええ……もちろん、ぜひご一緒させてください! あの……お酒の席であれば、ヴィクトルナの話も思う存分できますし……」
言いながら、二人とも自然と笑顔になる。それは契約のための作り笑いでも、接待のための取り繕いでもない。孤独と疲れの中で出会った小さなVチューバーが、こんなところで二人の縁を繋ぐとは誰が想像できただろうか。
会議やプレゼンが一通り終わり、部屋を出ようとする佐久間を見送ったあと、石神はふとスマートフォンを手に取った。まだ昼下がりだが、夜にはヴィクトルナの新しいアーカイブが上がっているかもしれない。帰宅して一人きりの時間を埋めてくれる彼女の存在を思えば、この日の商談の成功より嬉しい気持ちさえ湧いてくる。
「さて……と。今夜は配信を見ようと思っていたが……急に飲みの予定が入った。残念だが、またアーカイブを見ることになりそうだ」
石神は誰もいない室内で、静かに笑みを浮かべる。人生の寂しさを埋める手立ては、必ずしも大きな出来事や特別な出会いばかりではない。
たった登録者数4人の無名Vチューバーが起こした小さな奇跡が、これから大きな契約関係を生み出そうとしていた。
孤独な夜を照らす月の女神と、そのファン同士が語り合う飲みの席は、きっと仕事の話だけでは終わらないだろう。声を頼りに結ばれた不思議な縁は、今まさに始まったばかりである。
だが、そんな事実はヴィクトルナが知らぬ話だった。
面白ければ、赤バーを目指して乗るで感想、高評価お願いします!!