Chapter1『How I wonder what you are!』ActⅠ
ジグジグと未来の調べを奏でるのは誰ぞ彼。
朝焼けを告げるのは誰ぞ彼。
白鳥の乙女に見定めるのは誰ぞ彼。
How I wonder what you are!
二〇三〇年四月十五日 朝。
公立天音高等学校、二年C組ホームルーム。
クラスメイトの前で、担任の真島辰彦に紹介されたのは、大きな釣り上がった猫目の男子生徒だった。
黒板に彼の名前が描かれており、音読する。
「彼の名前は山田⋯⋯ええと?」
「しろうです。士狼と書いてしろう」
「だそうだ、山田さんはご両親の都合で転入してきた、みんな仲良くしてやってくれ」
教室はざわめきに満ちる。
「席は瀧の隣でいいだろう」
真島は気怠そうに席を指定すると、涼やかな目元に泣きほくろが特徴な少年は、眼鏡を上げたあとにこやかに挨拶する。
「山田さんだね。僕は
見た目と話し方だけで伝わってくる、真面目な生徒だった。
「あ、そうだ。山田さん、君の教科書が届くのは十八日だそうだ」
名前を消しながら真島はお知らせする。
「えっ教科書がないの!?」
はつらつとした女子生徒の声が聞こえる。
「地方によって違うんだよ。俺、いっぱい転校してきたから色んな教科書を知っている」
士狼は答えると、女子生徒はそうなんだと返した。
「それまでは瀧の教科書を一緒に読んでくれ、それじゃあホームルーム終わり」
チャイムが鳴り響いた。
※
休憩時間。
士狼の席に人だかりができていた。
好みの話や前住んでいた場所などと、他愛のないものばかりだ。
士狼が答えていくと、瀧慈宗の声が人混みから聞こえてくる。
「山田さん、何か困った事とかあるかい?」
士狼は首を振る。
「良かった。君に伝えたい事がある、入学式で校長先生が話していたんだが……」
瀧は咳払いをする。
「旧校舎が老朽化で立ち入り禁止、来年に向けて取り壊すそうだ」
「旧校舎?」
瀧が真面目に伝えると士狼は首を傾げる。
「この学校は歴史ある学校でね、一昨年辺りで校舎と制服も一新したそうだ」
紺色の燕尾服を思わせる裾元の制服を眺める士狼。
「迷って入ったりするなよ、危ないから」
瀧は忠告すると会釈をする士狼。
するとさっきのはつらつとした声の女子生徒が、話に混ざってきた。
「あー旧校舎ね。昨日さー見ちゃったけど、神主さんとお坊さんも来てたよ」
人ごみをかき分けて現れたのは、ふんわりとした薄茶髪を後ろにまとめた勝ち気そうな顔つきの女子生徒だった。
「どうしてだろうね?
瀧は女子生徒の名前を呼ぶと、芥川はすかさずデコレーションされたスマートフォンを取り出しネットで調べる。
「
芥川の大きい人形がついたストラップが揺れる。
「さあ、僕に聞かれても。そのうち先生が話をするだろうし」
瀧が答えた頃、次の授業を告げるチャイムが鳴った。
※
放課後。
昼休みは瀧から校内を案内され、見物客の対応で体は休まれなかったなと士狼は思いながら窓越しの桜を眺める。
転校初日はこんなものだろうと、父親の仕事上引っ越しばかりだった士狼は思いを更けていると、いかにも古そうな扉を目にする。
「……」
扉には立ち入り禁止の貼り紙があり、今朝の忠告を思い出す。
新校舎と旧校舎が連結した作りになっている事を知る。
いくつの学校に点在してきた士狼から見ればこの造りは初めてだと、目を丸くした。
(……お祓いか)
士狼は神主と僧侶が視察に来た話を思い出す。
昼休み、士狼も気になってネット検索した。
解体清祓は土地神や建物に宿る神に対して行う儀式であり、僧侶は取り扱っていないという。
ではなぜ、僧侶も呼んだのであろうか。
(確かに芥川の言うとおりだ)
答えはまだ出ない、確かなのは芥川の言い分が正しいことだけだった。
夕方、五時を告げるチャイムが鳴り響く。
部活動の喧騒や桜が夕闇に溶け込む風景の中、士狼はその場から離れようとすると。
旧校舎の扉から突如、炎が吹き上がった。
「……うわあ!」
士狼は思わず腰を抜かし、廊下に座り込んで驚愕する。
すると白い荘厳な扉のデザインに変化し、炎は出なくなった。
「……なんだよこれ、プロジェクションマッピング?」
建物に立体映像技術を使っていると思わないと、正気を保てなかった。
目の前の現実に脳が拒絶する。
士狼はその場から逃げようと、腰を抜かしたまま廊下を移動しようと試みる。
すると今度は鳴り響く鐘と何かぶつかっているような音を思わせる、ピアノの調べが士狼の耳に届いた。
(俺、頭がおかしくなったのか!?)
旧校舎は老朽化で立ち入り禁止と聞いたが、誰もいないのにピアノ独奏曲が高らかに鳴り響いている。
(も、もしかしてお坊さんが来たのは)
歴史ある学校と瀧は言っていた。
なら、高校二年生の年端ならこう考えるのが自然だ。
(ゆ、幽霊!?)
転校初日に幽霊沙汰は勘弁して欲しい。
不良の溜まり場でいて欲しい。
そう祈りつつもようやく士狼は立ち上がると、顔を青ざめて逃げ出した。
※
二〇三〇年四月十六日 昼休み。
「ってな事があった」
士狼はぐったりして手づくり弁当を頬張りながら、席をくっつけた瀧に相談していた。
「幽霊か。疲れてたんだろうと言いたいが……いくらなんでも限度があるな」
幻覚幻聴の一種だと、瀧は姿勢よく弁当のおかずを咀嚼する。
「……俺、霊感がないのに」
大仰かつ大胆な調べの洪水がまだ耳に残っていると、肩を下げてげんなりとする。
「しかし旧校舎からピアノの音か……不良が勝手に入り込んで聞いているしか思えないな」
箸をおいて瀧は考え込むと、聞き覚えのあるはつらつとした女子の声が耳に入った。
「おっ、ちかりんだ。弁当の時まで転校生を独り占めー?」
とまたしても、芥川が二人の間に入ってくる。
「違う。山田さんの相談に乗っていた」
「おーそうなんだ。ろうちん来たばっかだから、大変そうだよね分かるわ」
ボタンを外したジャケットを翻し近くて空いている椅子に座り、うんうんと頷く芥川。
「ろうちん?」
「僕も芥川さんのあだ名が変わっている気持ち分かるよ、ちかりんって……」
瀧は眼鏡を上げて受け取り方に困惑する。
「えー二人とも名前が難しいじゃん。特にちかりん、
士狼は瀧の顔を見て、納得した。
「住職さんが名前を付けたんだよ」
瀧が水筒から注がれた緑茶を啜っていると、芥川も士狼と同じ反応をした。
「どおりでカワイクないわけだわ」
とあだ名を付ける理由を明かされた台詞を聞かされると、ハイテンションな甲高い声が教室に響き渡る。
「C組の転校生ちゃん! ここいるかなー!?」
「げっ、この声は……」
芥川はそう台詞を吐いてげんなりとし、瀧は言葉に詰まり、士狼は不思議そうに昼食を再開してた。
「君が例の転校生?」
士狼は食事をしながら頷き挙手をすると、男子生徒はやれやれと表情を作る。
「可愛い子が来たと思ってたんだけど、なーんだ男か……」
残念そうな表情を作る男子生徒は、次に不快そうな表情の芥川を見下ろし、仕方がないと言いたげな表情に変わる。
「なんだよ
瀧を見た瞬間、軽薄な言葉を紡ぐ男子生徒を士狼は見上げた。
「二人と知り合いなのか?」
士狼は崩した制服を纏った金髪に銀ピアスの男子生徒に問いかける。
「前にいる
んで君の隣りにいる眼鏡ちゃん
「終わったって何だ? 瀧はいいやつだぞ」
士狼は真顔で男子生徒にそう講義する。
「勘違いしないで欲しいけど、瀧は嫌いじゃない。ただ、コイツの方針が合わなかっただけだよ」
「ちょっとよしりー、これ以上はやめな」
芥川は立ち上がり、不快そうな声色で男子生徒に歩き向かい釘を刺す。
士狼が隣に視線を向けると、どこか陰りのある表情をした瀧と目があった。
「……本人の目の前で言うのは良くないんじゃないかな」
その表情は明らかに嫌がっていると判断し、士狼は静々と窘める。
よしりーと呼ばれた男子生徒は、二人に詰められてあとすざりをする。
そしてようやく瀧の異変に気づいたのか、たじろぎ始める。
「た、瀧。その……」
「……帰ってくれ」
瀧は思い詰めた表情で、静かに告げるとよしりーは一目散に逃げ出した。
「本当。よしりーって昔からああいうとこ好きじゃないのよね……」
芥川は呆れて座りこむと不機嫌な表情で愚痴を零す。
「……アイツは悪いやつじゃないけど、どうして余計な事を言っちゃうんだろ」
士狼は無言で芥川を見ていると、咳払いをする瀧がいた。
「……二人とも、僕を庇ってくれてありがとう」
引きずった笑顔の瀧を見た士狼と芥川は、不安な表情を見せる。
「ちょっと大丈夫? 今からキツく言ってくるから!」
と芥川は席を立ち去り教室から走って出た。
「大丈夫か瀧」
士狼は心配そうに眺める。
「いや……で、君の相談だったね……続けようか」
士狼は首を振る。
「昨日の事はまた今度にするよ」
自分の事より具合の悪そうな瀧の方を優先した。
「本当にすまない」
※
放課後。
「あっ」
士狼と出会ったのは芥川の幼馴染と名乗ったよしりーと、玄関で出会う。
頬は平手で赤く腫れており、げんなりしているのを確認する。
「その……腫れてるけど、大丈夫?」
「お前ー! 俺があんな事言っちゃったのに心配してくれるのか!!」
と目元を潤ませて士狼に縋ってくる。
「……いや、単純に痛そうだなと思って」
ずるりと崩れ落ちるよしりー。
「なんだよそれ──ー!!」
咆哮するよしりー。
「じゃあ、もうああいう事、瀧の前では言うなよ」
と士狼は軽くいなして自分の下駄箱に向かおうとすると、肩を寄せてきたよしりー。
「ちょっと、ちょっともう終わり!? 俺が誰に平手打ちしたとか興味ないの?」
「芥川だろ?」
昼間の芥川の反応を見れば明白だと、士狼は淡白に対応する。
「そー!! アイツ、真っ先に平手打ちして来たんだよ! しかも得意の回転つけてな!」
「……」
士狼は無表情で彼の軽口を聞き流し、腕を払って、外に出る。
馴れ馴れしいなと士狼は心中毒づくと。
待ってと声が聞こえ、後を追っている事が分かった。
「でさ、昼に瀧達と何してたの?」
「……相談事」
隣によしりーが寄り、士狼は一応付き合う事にした。
「なんか、トラブったの?」
士狼は軽薄な男に昨日の話を喋るかどうか黙考すると、決断した。
「旧校舎のピアノの音。そーいや、クラスの奴から回ってきたんだが……」
話した結果、その馴れ馴れしさの事だから顔は広そうなのが分かる反応をし出した。
「放課後、五時のチャイムが鳴ると旧校舎の扉からピアノの演奏が聞こえるっていう怪談」
よしりーは後頭部に手を組んで話を続ける。
「二十年前ぐらい? に吉田杏奈っていうピアノがめちゃくちゃ上手い子がいて、その子が自殺したんだよ」
士狼は固唾を飲み彼を見守る。
「で、杏奈さんは幽霊になってもピアノを弾いているとかなんとか、坊さんが来たならマジネタっぽいよな」
士狼が酷く落ち込んでる様子を見たのか、へらへらと笑い顔を見せるよしりーはまずいと表情を変えて反応をする。
「わー!? でも、そういうのはオカルト研究部に話した方が喜ぶと思うし、多分俺らよりも詳しいと思うから、解決するならそっちだな」
よしりーは彼なりになんとかフォローすると、スマートフォンを取り出してきた。
「俺は二年B組、
タレ目の満面の笑みを作る近衛由成に、士狼は呆気を取られる。
「なんだ、まだ昼の事を根に持ってんの? もう瀧の事は言わないから、スマホ貸して」
拗ねた表情の由成を眺めつつ。
流れで近衛由成とスマートフォンアプリ『
※
二〇三〇年四月十八日 放課後。
今日は約束の教科書を受け取る日時になった。
職員室で用事を済ませる。
今日まで瀧に教科書の件でお世話になったなと思い、礼として食堂にある自動販売機でコーラを買う。
次に士狼は瀧はどこにいるのかと、探しに行くと二階の教室がある廊下で立ち尽くしている瀧がいた。
「いた、瀧。教科書、ありがとうな」
声をかけると、意気消沈の瀧がそこにいた。
「……ああ」
「どうしたんだ? 瀧。暗い顔をして」
コーラを差し出すと瀧は同じ相槌を打って受け取った。
「……なんでもないよ」
瀧は話をはぐらかそうとしたので、士狼は怪訝な顔を作る。
「もしかして、近衛の事また気にしているのか、ちゃんと反省していたぞアイツ」
「それならいい……けど」
瀧は眼鏡を夕闇に光らせて、視線を落とし落ち込んでいた。
「一体、去年に何があったんだ? 俺でよければ相談に乗るよ」
士狼はなかなか話そうとしない瀧に対して探りを入れると、瀧はこちらを見てきた。
「実は……」
五時を告げるチャイムが鳴った。
桜の木がざわめき、数少ない花びらを散らす。
この時間帯は部活動に勤しむ生徒しかおらず、ほぼ生徒はいない。
閉じられた教室から。
───跳ね上がるようにドアをノックするようなピアノの音色が鳴り響いた。
「……誰だ、大きな音で音楽を聴いてるのは」
瀧が疑問を口に出す。
(また吉田杏奈なのか? けど、俺が聞いた曲と違う……!)
炎は吹き上げてはいないものの似た現象が起きていると、士狼はたじろぎ分析する。
士狼が聞いた曲はミステリアスな旋律であったが、この曲は
怒涛の如く奏でられる音符は違う意味で圧倒される。
瀧は扉の引き戸に触れ開けようとした。
突如ピアノの音が止み、金属質の尖ったものがドアから伸び、瀧の胸を貫いた。
「がっ!」
胸を貫かれているのに血は出ていない、まるで手品をサプライズとして見せられている感覚に陥る。
そして串刺しのまま瀧慈宗は、金色の靄が張ったドアに吸い込まれ始める。
「瀧!!」
コーラ缶が無慈悲に落ちる。
士狼は瀧を追うように肩を掴もうとするが、その腕は払われ両腕で士狼の体を強く押し倒した。
吹き飛ばされる中、苦悶な表情を浮かべながら凛とした態度で佇む瀧がそこにいた。
「お前は逃げろ!! 山田くん!!」
瀧は鬼の形相で叫ぶと黄金の靄へと吸い込まれ、扉は閉ざされた。
士狼は混乱し、思わず扉を開くといつもの机と椅子が並んだ風景が瞳に映っていた。
「何にが起きてんだよ!」
誰もいない教室に向かって叫んだ。
由成の言葉が過る。
旧校舎の怪談は本当だったんだと、士狼は怪奇現象に巻き込まれた学級委員長を助けたいと不安で頭いっぱいになった。
(近衛にれんら……いや違うここは!)
ギョロギョロと目玉を動かして、焦る中ようやく案が浮かんだ。
それは先生に相談し助けを求める事であった。
職員室に向かって士狼は走りした。
会って三日目だが自分を気にかけてくれた瀧に報いたい。
それに彼の悩み事をまだ聞き出していないのではないかと、混乱する頭の中で思惑を抱くとまたしてもピアノが聞こえた。
その旋律は華やかで力強さを感じさせるものだった。
(……ゲームの曲? 一体誰が……)
音のする方の視線を向けると、目にしたのはあの
「あ……」
あるゲームのタイトル曲を感じさせる音楽は、やがて高音部を歌い上げるように展開したところで止まり、声がした。
「────」
籠って聞き取りづらい声が聞こえたが、意味を考える場合ではない。
そのまま走って、やり過ごそうとしたら背後から瀧と同じ銀の槍に胸を貫かれた。
士狼は力を振り絞って後ろに視線を向ける、白い翼を持ち、同じ色の羽根で両目を隠した無機質な存在がいた。
「おまえは……なに……もの……」
視界が霞んでいき、意識が遠のいて暗闇に堕ちた。