二〇三〇年 四月二十九日
「以上でよろしいでしょうか、あちらのセルフレジをお願いします」
ここは学校近くの商店街、名前を中央通り。
ゴールデンウィーク期間限定で三時間勤務。
店長が社会勉強になるならと、多忙な時期もあって許してくれた。
「あっ私、ホットスナックの補充やっときますね」
隣りにいるもう一人の女性は佐藤京子。
素朴な顔立ちはそばかすで染まっており、ストレートな黒髪は上に結っている。
顔合わせの時に話したのだが、天音高校の一年生になるという。
なので先輩と呼んで来たのだが、ここでは同じ新米という立場の職場では気にするなと伝えた。
祝日のコンビニは人が多く、同じシフトの先輩達に教えながら作業をこなした。
※
二〇三〇年 五月三日
自宅夜。
ノートと教科書の隣に置いてあるスマートフォンが震えた。
士狼は手を止めてタップすると、
◀[ういっす。テスト勉強どうよ?い]
[バイトもしてるから、時間配分がなかなか難しいな]▶
◀[へえー、なんでバイトしてんの? ]
士狼は理由を文字にして送る。
◀[あの指揮棒ホルダーかー、オレ持ってないのに買っちゃった!え]
この場に瀧がいたならば、顔をしかめてたのだろうか。
少々無計画過ぎないか。
と士狼は思い、この心情を士狼なりに綴った。
[なんで? ]▶
既読が付き返信は早かった。
◀[オレもペルソナを呼べたらなーって、考える為のモチベよモチベ]
その文章に士狼の目は憂いに染まる。
ペルソナを得るということは、ニセアンナさんと共に現れる白い羽根の頭の装飾が特徴的な異形の餌食になると同義だ。
流石の山田士狼も狙われないと思って仲間に入れたのに、意味がないのではと呆れた感情になる。
[近衛。ホルダーを買うのはどうでもいいけど、俺が仲間に入れた意味がなくね?]▶
また既読がついた。
が今度は返信が遅い。
返信が来るまでテスト勉強して数分、黒いスマートフォンは音共に震えた。
◀[別にお前にケチつけてるわけじゃねえよ、ただ夢ぐらいは見たいよなって]
なんだろう、文章だけでも捨てられた子犬のような表情が脳裏に過る。
◀[気を悪くしたならすまん。お前らの話を聞くとオレもなれたならなって、けどダメか、ほらオレの人生は順風満帆だから、見込んだんだろう? ]
ナイーブさを感じさせる文章に士狼は既読した後、眉間にシワを寄せてしまった。
なんのために近衛由成を誘ったのか、見込み違いなのではと、少し士狼の心を陰らせていく。
◀[山田? おい?]
[俺、テスト勉強に戻るわ。おやすみ]▶
士狼は送信すると退出した。
※
二〇三〇年 五月四日
時刻は午後二時三十分。
天音高校付近なのもあって、この時間帯は休日にも関わらず、袖に橙色の線が二本描かれた黒い燕尾服の制服を見かける。
今日もコーソンのレジ前で、あくせくと働く山田士狼。
今ではレジ打ちに慣れて、流れるように捌けるようになった。
最初はぎこちなかった佐藤京子も今では、スムーズに働いていた。
今日はシフトに入っている筈のバイトの先輩が、家の都合で遅刻すると店長に聞かされた。
「そういえば、山田先輩はなんでバイト初めたんですか?」
先輩と呼ばなくてもいいと言ったのに、佐藤京子は先輩と呼んでくる。
「欲しいものがあって」
彼女の不安を嗅ぎつけ槍を振るう白い翼の異形と、ニセアンナさんに狙われないよう、手を洗いながら曖昧な言い方で返す。
「あ、私もです」
「そうなんだ」
レジ付近にある取り扱い商品在庫を確認する、士狼。
「先輩が欲しいもの⋯⋯バイク?」
その言葉に士狼はガクリと肩を落とす。
「どうしてそう思ったんだ?」
目を丸めて佐藤を見下ろす。
「乗ってそうな雰囲気に見えたからです」
目を輝かせて見上げてくる佐藤に対して、複雑な表情を作って士狼は答える。
「⋯⋯俺、引っ越しが多いから荷物はあまり増やしたくないからハズレだな」
次はタバコの在庫を確認する士狼。
「そうなんですか、大変なんですね」
「もう慣れたよ」
士狼はいつもの回答を返すと。
「おい」
後ろから威圧を感じる声が聞こえた。
「い、いらっしゃいませ」
後ろを振り向くと、いかにも不良ですというような身なりをした人間を見た。
「これ売ってくんないかな?」
不良は背後のタバコを指差す。
「ね、年齢確認をお願いします」
怯えてはいるが接客態度は見事だと思っていたが、明らかに同い年そうだぞと士狼は眺めていた。
「あ? どっからどう見ても成人してますが?」
高圧的な態度を取ってきた。
「で、でも必要なのでお願いします!」
佐藤の声が怯えて上ずっていたので、士狼の足は動いていた。
「なんだよ? いちゃもんつける気かこの店は!」
「すみません、すみません」
士狼は謝る佐藤の肩を置いた。
震えている、恐怖が伝わってくるようだ。
ぐいっと前に出て、レジ前に立つと変わらぬ口調で不良に言う。
「あのすみません、規則なので年齢確認お願いします。従わないなら、店長呼びますよ」
士狼はバックヤードに目配せした。
この騒ぎを聞いて来ていたのか、小太りのハゲ頭の店長が慌てふためいている様子を見かける。
「なんだてめえ、やる気か? チビ助」
佐藤京子を庇う形になり、士狼は不良を見上げて、無言で凛とした態度で抗議する。
火花が散り硬直状態が続く中。
「お客様」
別の声が背後から聞こえた。
「この二人は新人で、代わりに自分が受け持ちます」
その声を聞いて、不良の様子がおかしくなった。
青ざめて顔から滝のような汗が流れている。
状況は一変、士狼は声のする方へ振り向く。
ツリ目がちな三白眼に厳つくしかめた顔立ち。
ボサボサの硬そうな黒髪は左目だけを覆い隠した髪型の男を見上げて第一声。
(でっ⋯⋯か⋯⋯!)
強面の顔に加えて、肩幅があり百八十センチはありそうな
(圧が⋯⋯やばい)
袋の鼠というのはこういう事か、士狼も縮こまってしまった。
「どうもレジ打ち変わります
すっと士狼は自然と避けてしまい、震える佐藤をなだめる事しかできなかった。
「お客様。年齢確認をしないと煙草とお酒は販売できませんので、ご了承ください」
ちゃんと丁寧な接客できているのに、威圧感がすごいと士狼は思わず圧倒されてしまった。
「い、いや。もういいです!」
不良は思わず逃げ出して行った。
「遅れてすまん。家の都合が無ければ、あの手のヤツは追い払えたんだがな」
二人に向けてお辞儀をすると、士狼は恐る恐るお辞儀を返した。
「佐藤さん? 大丈夫か?」
士狼が佐藤を気にかけると頷いてくれた。
「もしああいう客が来たら俺を呼べ、大抵は追い払える」
「デスヨネー」
迷惑客を追い払う体格と顔立ちに恵まれているなと、士狼は納得するしか無かった。
その後、伊福部の加入により仕事がスムーズになった。
先輩なだけあって、色々知っており為になったと士狼は感じた。
「いやーお疲れ様! 佐藤君。助けられなくて、ごめんね。
私は荒事がどーも苦手で毎度、伊福部君に頼ってしまう有り様だ」
店長が仕事あがりの伊福部と佐藤と士狼をバックヤードに呼び、申し訳ない表情で礼と謝罪をする。
「いや良いんです店長、世話になっているから、このぐらいは」
ぶっきらぼうだがしっかりとした性格が伺えると、士狼は思った。
「もう大袈裟だなーそんなに構えなくていいよ」
店長の視線が士狼の方へと向く。
「君もね。佐藤君を庇って立ち向かったなんてすごいじゃないか」
褒められた。
「いやあの体が勝手に動いて、その⋯⋯」
照れ臭くなってきたので、士狼は思わず視線を落とした。
「私にはできないからね」
店長は自虐してきた。
「お礼としてちょっとだけ、ボーナス入れとくよ二人とも」
士狼は目を輝かせると、ふと怯えていた佐藤京子の事を思い出す。
「あの佐藤さんには⋯⋯」
「クレーム対応としてちょっとだけね、恐い思いしただろうし」
士狼は安堵をする。
「そんなにボーナス出して、大丈夫なんですか?」
伊福部が店長に訊くと、法律範囲内の増額と返ってきたので、給料は安心していいだろうと士狼は思った。
※
二〇三〇年 五月六日
今日でゴールデンウィークは終わり。
中間テストの備えも万全である。
コーソンで変わった事といったら、庇ったあの日から佐藤京子の様子がよそよそしいものになっていた。
どうして俺といるとぼんやりしているんだろう。
最後のスタッフルーム、士狼は制服から私服に着替え終えると、佐藤京子がいたので
不思議そうに佐藤を見る。
「⋯⋯具合が悪いの?」
びくと佐藤は跳ね上がると、ぎこちなくこちらを見てきた。
彼女の顔は強ばっている。
「違う違う! 私は元気だよー!」
と力こぶを作るポーズをして上ずった声で返された。
「ならいいけどさ」
よく分からない反応をされて、士狼は疑問符を浮かべる。
そして、不良を庇った日を思い出す。
(まさかな)
困っていたから助けただけだよな、そんな漫画みたいな事あるのかと、悶々としながら帰宅の準備を始めていた。
「バイト色々とありがとな」
トラブルはあったもの、一緒に働けて良かったと士狼は微笑む。
「⋯⋯!」
なぜか佐藤は顔をうずくまっていた。
「伊福部さんにも、お礼言ってくれ頼りになったって」
佐藤は素早い餅つき機の様に縦に首を振られた。
「あ、あの! 欲しいもの買えるといいですね」
士狼は振り返ると「ああ」と返す。
そしてふと、思い出した。
「そういえば、あんたの欲しいものってなんだ?」
不良のトラブルで聞きそびれた事だった。
「⋯⋯画材が欲しくて」
空気が一変、佐藤の視線が落ちて暗い表情を作る。
「美術部?」
士狼が首を傾げると、佐藤は頷いた。
「はい。うち貧乏で画材がまともに買えないから、お金が必要なんです」
佐藤曰くここの店長は家の都合で困っている学生を助けてくれるらしい。
なのでバイト先はここに決めたみたいだ。
「そうなのか。じゃあ、部活もバイトも頑張れよ」
士狼はドライに別れを告げて、バックヤードから出ようとする。
「あの!」
佐藤が呼びかけてきた。
「バイト辞めてもまた来てくれますか? 先輩!」
満面の笑みを浮かべる佐藤京子に対して、士狼は微笑み返すと手を振ってコーソンから立ち去った。
※
二〇三〇年 五月九日
二年C組教室 放課後。
「ねえ、ちかりんとろうちん?」
「なんだい? 芥川さん」
瀧は聞き返すと、ふわりと亜麻色の後ろにまとめたボブを軽やかに芥川は揺らす。
「テストまで後一週間だし、アタシんちで勉強会しない? よしりーがもれなくついてくるけど」
士狼は瀧と顔を合わせた。
「芥川がいるから大丈夫か」
「そうだな。近衛くんの手綱握れるしな」
二人とも参加に同意すると、芥川は少しばかり不服そうな表情を見せてきた。
「おーい、アタシはよしりーのお守りじゃないんだぞー」
その言葉を聞いて、瀧と一緒に謝った。
「よろしい。よしりーは本当に困るわ、あの性格」
幼馴染が言うと説得力が違うなと士狼は思った。
「⋯⋯二人とも嫌いにならないでね。アイツ、ああ見えて結構繊細なとこあるから」
困ったように笑う芥川を見た士狼は澄ました表情で、近衛由成について考えていた。