液晶画面は二〇三〇年 五月二十一日(火)
午前十七時十五分と表示されていた。
白い旧校舎の扉に『死者の舞踏』ではなく、知らない曲が弾かれていた。
「要さん! みんな大丈夫か!!」
瀧の言葉でなんとか鞘に納めたが、火は燻ったままだ。
(⋯⋯
大きな猫目をただ燃え盛る白い扉を見ていた。
「ニセアンナさんが弾いてる時は、扉は開かなかったな」
瀧が肩を叩いてくると、士狼は思わず後ろに振り返る。
「近衛くんの事は、君の落ち度じゃないよ。彼はアレは怖いモノだと実感が無かったんだろうな」
声色が優しげであり、慰められているのが伝わってくる。
「まさかペルソナを召喚したいって、本気で言い出すのは思いもしなかった」
士狼は視線を落とし声を震わせる。
「こうなる事なら、話すじゃなかった⋯⋯」」
今までの積み重ねが一気に放出される。
「⋯⋯俺が言うのもあれだが人付き合いって難しいよ、良かれと思った事が、裏目に出たりする」
瀧は真剣な表情で、ホルダーに納められた白銀の指揮棒を見ていた。
「近衛くんの事を分かっていなかったから、起きた事故だと思えばいい⋯⋯説得力がないな」
自嘲なのか苦笑を浮かべる瀧。
「⋯⋯」
どうせすぐにやり直しされると人間関係周りをろくにやってこなかった士狼にとって、その言葉は耳が痛かった。
「それに⋯⋯これから、人付き合いを勉強するのも悪くは無いと思う」
刹那、ダイアナの言葉を思い出した。
”簡潔に述べますと、芸術の街であるニュルンベルクにやってきた騎士ヴァルターは、歌姫のエーファと結ばれる為にザックスからルールを教えて貰いながら、歌合戦に挑むというお話です”
騎士ヴァルター。
外からやって来て、作法を学びながら歌合戦を学ぶ。
「⋯⋯そうか」
瀧の言葉とヴァルターを内人格として、顕現できる理由で頷く。
「まずはみんなの事を、友達と言えるようになる練習からだ」
そう瀧が背中に平手を打つ。
背骨から伝わる激痛に士狼は思いっきり顔をしかめた。
「痛っ!」
モヤモヤが吹き飛んだ気がする。
士狼は瀧の方を見ると、普段は鉄仮面の瀧が微笑みを浮かべてた。
「だから、俺も一緒に考えるからさ」
その言葉に士狼は目を丸めて、硬直してしまった。
初めてなのかも知れない。
同級生にそこまで言ってくる人間に出会えた事を。
一つの場に長くて三年しかいない環境を十六年も生き続けた少年に、一筋の光が差し込んだ。
「俺は⋯⋯」
踏み出していいのだろうか。
また
友達なんて作ってもどうせ───
「俺は⋯⋯」
無理だ、欲しいのに目が眩んで、鎖が絡んで言い出せない。
士狼は喉がつっかえたような表情になると、瀧は驚いてこう言葉をかける。
「無理しなくていい、ゆっくりでいいから」
その言葉に士狼は目を伏せてようやく口を紡げた。
「ゆっくりって、俺は⋯⋯」
その時、白い扉は黒い扉に塗り替わっていく。
「!」
二人は思わずその変化に息を呑んだ。
「⋯⋯なんだこれ」
見覚えあるなと士狼は記憶を探ると思い出した。
「あの扉だ」
「あの扉?」
瀧は返す。
「あの
その言葉に瀧はハッとして、スマートフォンで芥川達の状況を確認していた。
(⋯⋯ドアから離れても、逃げ切れなかったのか?)
近衛が階段があると言っていた。
教室の扉以外でも出てくるのかと、士狼は思った。
(そういえば、俺の時も急に背後から⋯⋯)
恐らく他のところからすり抜けて、不覚を取られたのだろう。
操り手は手練れとみる。
「⋯⋯例の槍の。階段の壁から現れて、三善さんを連れて行ったそうだ」
瀧の報告を聞いて士狼の予想は当たったと思い、この事を話す。
「⋯⋯アレにとって、この校舎は海みたいだと思えばいいな」
ごうごうと黒く燃える炎を静かに士狼は眺めていると、瀧と一緒にその扉をくぐった。
※
繊細で儚く日本民謡的な旋律が包むのは。
黒く塗りつぶされた学校の廊下。
ほのかに照らすアンティークのランプ。
窓の風景は黒い炎に包まれていた。
ここに来るのは二回目だが薄気味悪いところだと士狼は、再認識する。
「熱くない?」
初めて入った瀧の感想はそれだった。
「だよな。炎が見えるのにな」
瀧が窓に寄って景色を見る。
「建物も空らしきものも見えない、まるで切り絵の中に入ったみたいだ」
なるほどなと、士狼は思いながら前に進み出す。
「そういえば、まだペルソナの出し方を聞いていなかったな」
士狼から廊下に潜む敵について聞かせた瀧は訪ねてくる。
「集中した後、名前を呼んで指揮棒で合図を送る。で、技出したい時は、腕の動きを変える」
給料は六月になる為、まだベルトに挟んでいる指揮棒を抜いて、振りかざす。
「だから指揮棒なのか」
瀧は顎に片手を当てて関心していた。
「今昔問わず音楽作品は、心の発露でもあるのです」
ダイアナの声が頭の中に響き渡る。
それを聞いた士狼はびくんと肩を跳ね上がらせると、心の中で返す。
(うわ! 急にやめてくれ⋯⋯それ)
瀧は不思議そうにこちらを見てくる。
どうやら、ダイアナと会話できるのは士狼だけのようだ。
「失礼しました」
士狼は聞き返す。
(心のはつろ?)
またよくわかんない事を言っているぞと、士狼は心の中で怪訝する。
「ええ、芸術作品は制作者の心の表現する手段の一つでございます」
士狼は頭痛がしてきた。
相変わらず難しい話をするなと、瀧がいなかったら眉を寄せていた。
「ペルソナもまた心のカタチ。指揮という表現方法で召喚するのです」
士狼は虚空を見つめる猫のような表情で、ダイアナの話を聞いていた。
「それともう一つ、あなたにはタキ様という頼れる仲間がいらっしゃるので、
ペルソナは心のカタチと、支援は不要は士狼は理解できた。
(え、じゃあ。もう話せないって事か)
瀧の戦いには助けられたなと思いつつも、ダイアナは淡々と読み上げるように返した。
「はい。ですが、どうしても必要ならばいつでも呼んで、訪れてくださいませ」
そうダイアナは終わらせた。
「山田くん?」
はっと士狼は瀧の視線を向ける。
「なんでもない、三善を助けに行こう」
士狼は首を横に振ると、要が話していた、蝶々夫人の『ある晴れた日に』のピアノの音色を聞きながら、瀧と一緒に走り出した。
「どうして、炎に包まれているんだろうかここは」
瀧が士狼にそう質問すると、士狼は黙考した。
数分後、士狼が出した答えは。
「おしゃれ?」
その回答に瀧は無言となり、スクエアフレームの眼鏡を上げた。
「なんか言えよ」
士狼はツッコむと、目の前に現れたのは、王冠と仮面をかぶった長い黒髪の生首と、ハートのエリザベスカラーをつけたカラスが出現した。
「これが山田くんが言っていた、僕らを排除する敵!」
瀧は指揮棒を刀のようにホルダーから抜くと、足を止める。
「⋯⋯」
瀧は腕を降ろし構えると一呼吸すると、雰囲気が一変する。
ピリピリと士狼の皮膚に刺激する。
剣道をやっているだけあって、気迫に満ちている。
「⋯⋯来い」
腕を振り上げると、青い炎と五線が足元から登っていく。
ボタンをきっちりと閉めた、モーニング形式のジャケットのテール部分は揺らぐ。
「ファウスト!」
力強く瀧のペルソナの名を呼ぶと、真っ直ぐ竹を斬るように、指揮棒は振り下ろされた。
ガラスを割る音が響き渡る。
ベレー帽には円盤の時計が、胸には砂時計が埋め込まれた長いローブの若き魔法使いのペルソナが、
士狼はそれを見て気付いた。
色は黒ではなく、切りそろえてはいないがファウストの白い前髪が瀧と同じ中分けである事を。
「これが瀧の⋯⋯」
士狼は呟くと、瀧が何か気づいた表情を浮かべている。
「⋯⋯山田くん。炎の攻撃を全体にやってくれないか?」
瀧はそう指示してきた。
「え、なんで?」
いきなり言われたので、士狼はきょとんと返している。
「よく分からないけど、ファウストがそう言っているから⋯⋯」
士狼は困惑していると、二匹は先に向かってきた。
「攻撃を仕掛けてきた!」
瀧は叫ぶと、士狼は仕方がないと思いこう言ってきた。
「やればいいんだろう! ペルソナ!」
指揮棒を振るい、ヴァルターを召喚すると、火炎の指揮を取る。
それに合わせて、ヴァルターはガイコツマイクにカーボンマイクの円を組み合わせた持ち手が特徴の細剣をマイクのように握って、歌う仕草をする。
燃え盛る炎が二体を襲う。
そのうち生首が真っ先に灰となった。
「なるほど。嘆くティアラは炎が弱点なのか」
瀧はそう呟くと、士狼が思わず瀧を見てしまった。
「えっ? お前のペルソナ、こいつらの名前とか分かるの!?」
カラスの方が襲ってきたので、斬撃の指揮を士狼は取り、攻撃して防御を取った。
足止めとなったのはいいが、あまり効き目がないようだ。
「どうやらそうらしい、ファウストが敵の気になるところを、教えてくれるんだ」
瀧が頷いて返すと、指揮棒を一閃するかのように振るう。
ファウストは本を見て杖を翳すと、冷気が集っていくのが肌で感じた。
「⋯⋯助けがいらないって⋯⋯」
ダイアナの言葉を思い出す。
放った冷気はカラスを凍らせると、砕け散らした。
「そういう事か」
士狼は納得してしまった。
「三善さん以降戦いが続くのなら、敵の弱点や耐性をまとめる手帳がいるな」
瀧はファウストを眺める様子を見ながら、士狼はポツリと呟いた。
「これが瀧の心のカタチかー⋯⋯」
その後、瀧の指示とどうやら士狼のヴァルターには、風の攻撃が効きづらいらしく。
カラスもとい、瀧が言うにはヴィーナスイーグルの風攻撃返しは主に士狼が盾となり、ファウストの杖や氷によって対処されていた。
一方、嘆くティアラは氷が効かないので、士狼が全部焼き尽くしていた。
戦いを通じて分かったことは。
瀧のペルソナは、氷結と敵の探索の他に、回復と力を増幅させる能力を持っている事が判明した。
凍らせによる足止め、探索、回復、力の増幅。
実にみんなを導きたい瀧慈宗らしい
本当にダイアナの言うとおりである。
次にヴァルターは風の攻撃に強い事が分かった。
士狼の感想は日焼けしたみたいなヒリヒリしたような痛みだそうだが、瀧がつかさず心配して回復をかけてくる。
そのせいであろうか、士狼よりも瀧の方が疲弊していた。
「おい、瀧。大丈夫か?」
ぜえぜえと息を荒げ、俯いて膝に手を置く瀧を心配しながら士狼は聞いた。
「まだ、まだ⋯⋯」
眼鏡が落ちそうだなと、あまりの詰め込み具合に、流石の士狼も困り眉になってしまう。
「ペルソナは心の力。あまり乱用すると使用者に負担をかけてしまうので、使い所を考えましょう」
ダイアナが脳内で囁くと、どおりで初戦ものすごい疲れたのかと、士狼は確信すると瀧に近寄る。
「タキ様は助けたいと思う人間に対して、自分を追い詰める癖があるようですね」
ダイアナは瀧の事をそう分析すると、士狼は淡々と返した。
(だから鴨沢の事、悔いてんだろうな)
もじゃもじゃ黒髪で目を合わせない為に、前髪で隠した少年を思い出す。
「ええ。それがあなた様を助ける為に、今回も裏目に出ててしまったようです」
知ってるよと士狼は返すと、瀧の隣まで近寄るとその場に座った。
「休憩。次からはもっと戦い方を考えよう」
士狼は見上げて瀧に話すと、汗だくの瀧は首を横に振る。
「⋯⋯大丈夫だ、まだ行ける⋯⋯急がないと⋯⋯三善さんが⋯⋯」
泣きほくろがある涼やかな目元を覗かせる眼鏡のレンズは、熱気で曇っていた。
その言葉に士狼は立ち上がると瀧の肩を掴んで、ぐっと下に沈めさせようとする。
「な、何をしているんだ!?」
流石、剣道部員。
体幹が強くて、下に押そうともびくともしない。
帰宅部の士狼の腕力ではとても座らすことができなかった。
「俺だって、三善を助けたい」
押しても押してもびくともしない。
「けど、お前が倒れたら元も子もない」
一人で乗り込もうものならダイアナでも頼れるのだが、似た能力持ちでも時々現れる難解な助言を言う婦人よりも。
目も当てられない疲弊の仕方をしている人間が、心配でたまらなかった。
真剣な目で瀧を見ながら、この石像を一生懸命に座らせようとしていた。
「⋯⋯分かった。試合に挑むなら、コンディションを整えるのが一番だしな」
思いが通じたのか、その場で瀧は座り込んだので、士狼もその場に座り込んだ。