白い照明は薄暗い青いボックス席を照らす。
「⋯⋯彼女は彼の愛を信じ待った結果、彼の正式な妻と出会い絶望し、最愛の息子を託し散った⋯⋯これが『蝶々婦人』のペルソナ」
ダイアナの本の上でくるくると回る青いタロットカード。
「ミヨシ様も危うく夢を託して、自刃するところでしたね」
とダイアナは目玉の飛び出た鼻と手足が長い男に視線を送る。
「彼女の心の在り様は、優美さの中に三年も待ち続けた一途さと、身内の愛深さ同士として目覚めたのでしょうな」
イゴールは口元を釣り上げて笑うと、タロットカードは消滅する。
「女教皇のアルカナを手に入れましたね、おめでとうございます」
紫のアイシャドウを伏せて、ダイアナは微笑む。
「えっ? ”難しい説明の上に、いきなり大量のペルソナの情報を流しやがって”ですか?」
「嬉しくないのですか?」
士狼は頭を掻いてため息をついて、目をじとりと伏せた。
「ってきり、外の皆様は”ちーとのうりょく”に憧れるモノかと思いまして⋯⋯特にあなたの年頃は⋯⋯」
士狼は口をきゅっと結んで、ダイアナに返答する。
「使い方が分からないモノを急に渡されても、扱いきれなかった、しかも、大量にですか⋯⋯」
ダイアナは考える仕草を見せ、隣のイゴールはどこか呆れている表情でダイアナを見ている。
「あなた様にとって、ワイルドの力は過ぎた力でしたか⋯⋯大変、失礼致しました」
ダイアナは白金の眉毛を八の字に作り丁寧に謝罪すると、話を続ける。
「おかしいですね、他のワイルド持ちはすぐに受け入れ、扱いきれたと⋯⋯仲間内から聞いていたのですが⋯⋯」
その言葉に士狼は呟く。
「俺とえらい違いだ⋯⋯ご謙遜を、結果的に自分で考え扱えたので、善しとしましょう」
すうと視界は青いボックス席から見慣れた天井に切り替わる。
しばしの沈黙の後、士狼は叫ぶ。
「何がよしだ!! 頼むから能力周りは、分かりやすく説明しろよ!!」
ダイアナの難解な言い回しはなんとかならないのかと思いつつ、ベットから勢いよく起き上がる。
なんとかなったし、闇に囚われ時も助かったのは感謝はするが。
こっちは命がかかっているのだ、説明が伝わらないと意味がない。
まだ
士狼は灰色のフリースを乱暴に脱ぎ捨てた。
すると、スマートフォンが通知音と共に振動した。
(
士狼から彼の好感度は低くなってしまっているので、若干話したくない気分だ。
と選択肢出るまでもなく、即通話を拒否した。
「⋯⋯」
さてと着替えて朝ごはんでも食べるかと、ズボンを履き替えると、また鳴り響く。
「⋯⋯」
さてリビングへ行こうとするが、まだ通知音は鳴り響いており、とうとう士狼のストレスゾーンはピークに達する。
構ってちゃんかと士狼はスマートフォンを取り、無言で通話に応じた。
「無視すんな!!」
「何?」
ダイアナ関連で荒んでいるのも相まって、思わず圧をかける低音で答えた士狼。
「アッハイ」
怯えたのか察したのかよく分からないが、いつもの恐怖に平伏した態度をまず取られる。
「ちょっと、サシで話そうぜ⋯⋯林間学習の準備もしながらな」
次に仕切り直しにか、本題らしき話になるといつもの軽い声色ではない。
真剣な態度だと伝わる声だ。
近衛の通話は以上だった。
※
二〇三〇年 五月二十五日
昼、リオンにて──
「へえ、お前の班、幸恵いるのか」
士狼はずっと困惑していた、何せあの言動も思考も軽い近衛由成のテンションが低いのだから。
いつもの様子は出会って挨拶された時だけで、後はずっと気だるそうな態度で接している。
なにかおかしいと、士狼は疑心でいっぱいになっていた。
「これだけは言っとく、幸恵のセンスはちょい変わってるから、メシはあんまし期待しねえ方がいいぞ」
一体、どうしてしまったのだろうかと、金髪ふわふわ内巻き頭を、士狼は見下ろしていた。
「⋯⋯なんかゴミでもついてんのか、オレ?」
視線に気づいたのか、近衛は問いかける。
言ったほうが、良いのだろうか。
悩んだ末出した言葉は。
「今日のお前は、なんか⋯⋯」
近衛は首を傾げて見上げてくる。
「変だ」
士狼はそう宣言すると、近衛はおどけた顔を見せる。
きゃるんという擬音が似合いそうだ。
「そうー!? オレはいつもどおりよ♡」
で、すんとまた冷めた表情に戻っている。
「今のは冗談、今日はマジだから封印してるワケ」
カラカラとスーパーの車輪の音が、やけに大きく聞こえた。
「⋯⋯オレさ、ペルソナ出したいってのは、本当」
それぞれのカゴには、班の食材を入れていく。
「だって、マンガみてえでカッコいいもん」
士狼は真顔で、近衛の話を聞いている。
「で、ホルダーを買っちゃたりさ、舞い上がってたところに、槍のヤツだろ?」
もう四日も経過しているにも関わらず、顔を青ざめて吐きそうな表情を見せてくる。
追いかけられた事に、相当応えたらしい。
「オレこんなんだから、ああいうのに立ち向かえたのは、正直びっくりしてる」
近衛はカートの持ちを強く握りしめる。
「⋯⋯山田や瀧の刺されて、誰かに助けられたい気持ち⋯⋯もうちと、考えときゃあよかったなって」
その表情は今にも泣き出しそうであった。
「オレ、本当に最低だ」
瞳が潤んで、こちらに視線を向けていない。
士狼は思った。
本当に反省していると。
それに、近衛の事だったら会った瞬間、槍に刺さりたいとか言い出しそうだ。
目撃しただけで、こんなに萎えているのならば──
「⋯⋯分かった、もう言わないな?」
近衛に対する士狼の態度が氷解してきた。
(けど、うっかりするからなコイツは⋯⋯)
過ちを犯しそうと士狼は判断したのか、近衛の前に契約書に判を押すよう促す作業に入る。
すると近衛の口元が上がり、晴れやかな表情を浮かべた。
「言わねえよ!」
ここから先は二人で楽しく話しながら、食材やらを買っていく。
近衛は初めて他人から誘われて入ったグループだが、居心地がいいらしく、事件解決後もここにいたいと語っていた。
それに対して、陰が差す表情を士狼はしたので、近衛は気を遣うが、士狼はもう慣れたと返した。
「近衛」
士狼は精肉コーナーである物を見つけ、共有をしようと名前を呼ぶ。
「おっなんだ」
士狼はくるりと振り返ると、無表情で近衛に見せびらかした。
「これは良いな」
ずしりと重い感触を感じながら、両手に持ったそれは──
お徳用ソーセージだった。
量があれば、ある程いいと士狼は思った。
ただ、その嬉しさが表情に出ていないのだが。
「お前さては、林間学習にめちゃくちゃ、ワクワクしてんだろ」
近衛はお得意の察しの良さなのか、それを見抜いてくる。
不思議だと士狼は猫がきょとんしている風な顔を作る。
「男だけなら食いきれるけど、女子がいるのお忘れか、幸恵は食べる方だが⋯⋯」
冷静な指摘に士狼はしょんぼりとする。
「⋯⋯そうか」
と、俺楽しみにしているのかと、ソーセージを物悲しく見つめて、無意識の感情と向き合った。
「⋯⋯同じ班じゃないのが、残念だな」
と慰めるように肩を置かれた。
※
フードコーナーにて。
買い物を終わらせた士狼はアイスコーヒーと、近衛はコーラースラッシーを手にし、二人は相席となり座る。
「そういえば、コルサ⋯⋯コルサ⋯⋯」
「コルサコフな」
背もたれに腕をかけて座る近衛は、名前をあっさりと訂正をする。
黒茶色のどろりとした飲み物を、近衛は啜っている。
「コルサコフとの進展はどう?」
ストローでプラスチックのコップかき混ぜ、士狼は聞く。
「アイツは、野良猫かって、ぐらい逃げる」
テーブルに顎を乗せてお手上げと訴えるかのように、乾いた笑みを浮かべた。
「⋯⋯そのぐらい、顔について嫌な思い出があるわけか」
士狼は容姿にコンプレックスを持った事はないので、コルサコフの行動に、首を傾げてコーヒーを飲む。
近衛はぴっと鼻先を向けてきた。
「幸恵は目の色が違うから、いじめられたんじゃないかって、言ってた」
コルサコフという名前からして、どう聞いても外国人な彼だ、余所者の疎外感は士狼も想像できる。
「どういう感じのヤツ?」
近衛にだらしなく飲まれていく、清水飲料。
「髪色以外は外国人ってヤツ、後ろから見たら、デカいだけで見分けがつかねえと思う」
まずは容姿の説明に入る近衛。
「で、話しかけるうち分かった事は⋯⋯」
たるんでいる体を起き上がらせると、近衛は拳を作る。
「一、お前と同じ匂いがする」
立つ、人差し指。
「二、お前は人とちゃんと話せるけど、コルサコフは⋯⋯みんなと話すのを怖がっているっぽいな」
立つ、中指。
「三、話すのを怖がってる癖に、オレ達が絡んでるところを寂しそうに見ていた」
立つ、薬指。
「四、ワケアリだからか、話しかけても喋らねえ」
立つ、小指。
「まーこんなもん」
パッと指輪をたくさんはめた手のひらを開く。
「お前は転校しまくってんだろ、オレよりも顔が広いってワケじゃん?」
次に近衛は何気なく、士狼の禁域にするりと入ってくる。
「なんか、そういうヤツ見たことがある?」
近衛のタレ目は、真剣な眼差しを向ける。
おふざけはなし、真面目に向き合っているのが伝わってくる。
「⋯⋯」
士狼は考える。
自分が教室の片隅で見てきた、様々な人達。
もう名前すらも覚えていない人達の中から、コルサコフと似た境遇の生徒を探し始める。
いた、ある同級生だ。
後から知ったがいじめられていたらしい、気弱そうな同級生。
中学生の頃──
その同級生が「触っても平気なのか」と聞かれて、「よく分からない」と答えた記憶が蘇る。
「⋯⋯よく分からないけど、誰かに言われて、傷ついたぐらいしか思い出せない」
ずるりと力が抜けたように、近衛は椅子に体を預ける。
「振り出しに戻るなっての」
前髪を上げて顔をしかめてくる、近衛。
その表情はどこかもどかしさを感じさせる。
どうやらご期待にそえなかったらしいと、士狼は下を向いてストローをくわえた。
結局、答えは分からずじまいであった。
※
夕方。
山田士狼と別れた近衛由成は、マンションの階段を上がる。
部屋がある反対方向の景色には芥川邸があり、相変わらずでかいなと、首から下げたシルバーアクセサリーは夕焼けに反射させた。
ドアに掲げられた近衛の表札見ると、ポケットから鍵を取り出す。
由成の好きな五人組アイドル
「⋯⋯ただいまー」
扉の音が大きく響いた。
薄暗く狭い廊下に夕日が差し込む。
「っていないか」
目を閉じて悟った表情を作り、武骨で大きな靴を脱ぐと、台所に向う。
林間学習の食材を入れるために、冷蔵庫を開けた。
そこにはラップで包まれた、大きなおにぎり二個と味噌汁がまず目に留まった後、買ってきた食材を入れる。
そして、おにぎりと味噌汁を取り出し冷蔵庫を閉じる。
帰りの途中に、コンビニで買ってきた、明太ポテサラのパッケージを取り出すと、小鉢に移し替える。
(オヤジはいつ帰ってくんだか)
由成は夕食を用意しつつ、そう呟くように思う。
おにぎりと味噌汁と明太子ポテトサラダを、テーブルに置き箸とコップを用意した。
そして、カラフルなペンキが幾重も重なり塗りつぶしている絵柄のカバーをされたスマートフォンを取り出す。
(⋯⋯十九時か、オッケーな)
液晶画面にはPUFF CUTESの公式アカウント。
音楽番組に出演するらしく、由成も当然向かいの液晶型テレビで見ると決めた。
ラップと指輪を外して、おにぎりを掴んでかぶりついて、咀嚼しながら飾られた写真を見る。
ゴテゴテした飾りが目を引く、アートトラックを背にした三人の家族写真だ。
そこには角刈りをした父親。
茶髪の穏やかな雰囲気を持つ色白い母親。
そしてその間にいるのは、元気よく笑っている黒髪の小さな頃の自分が写っている。
「⋯⋯」
今日も一人で夕飯を食べている由成。
母親は夜勤の看護師であり、学校に帰る時は大抵家にはいない。
父親は長距離トラックドライバーなので、いつ帰れるか分からない。
一週間のうち、家族が揃って食事をするのは、ほんの数日しかない。
それが近衛家の日常であった。
そして、これが近衛由成がフットワークが軽い理由でもあった。
基本的に、家には誰もいないのである。
だから、時々芥川の家に遊びに行くのだ。
両親が常にいない環境は同じだが、あそこなら、早苗さんもいるし、遊び相手もいる。
なんなら、早苗さんは家の事情を知り、小さな頃は面倒も見てくれた。
お陰で今では、母親と仲のいいご近所付き合いになっている。
もしも、自分がゴム飛行船で遊んでいなかったら、もっと違った未来があったのだろう。
「はあ⋯⋯今日は、幸恵レッスンの日だしな⋯⋯ヒマ⋯⋯」
十九時まで、まだ時間はある。
アがる曲を聞くか、スマホゲームをやるか、電子書籍の漫画を読むか。
ゲームセンターに行って、ギターの音楽ゲームをやるか、矢印を踏んで体を動かすゲームをやるか。
遊びの選択肢はあるが、ホルダー代がえらく響いて、お金を使う遊びは控えたいのが心情。
「⋯⋯あー、コルサコフの事マジでどうしよう⋯⋯」
またテーブルに寝伏せる。
今度はおにぎりを持ったままだ。
脳裏にこびりつく、コルサコフのあの瞳。
寂しそうにこちら見てきたあの目、由成の心にずっと囚われている。
(⋯⋯なんだろうな、この気持ち⋯⋯ほっとけねえっての)
なんで、ほっとけないんだオレと、もやもやとした衝動から、頭をわしゃわしゃとかきむしった。
そして、襲いかかる謎の疲労感。
(わかんねえよ、山田と芥川達と会ったのとは違う⋯⋯)
由成しかいない賃貸のリビングで、由成は底無し沼に嵌り、耳にはめたピアスをきらめかせるだけ。
そして、コルサコフといえばと貼られたカレンダーを見る。
今日は二〇三〇年、五月二十五日で土曜日。
林間学習まであと三日まで迫っていた。