「……ここは」
士狼が痛む体をさすって目を覚ます。
黒で塗りつぶされた校舎の廊下と思わせる真っ直ぐな道。
照明は、豪奢なアンティークの蝋燭ランプが控えめに辺りを照らしていた。
「もしかして死後の世界だったりして」
起き上がり窓枠のようなものを覗くと、辺りは燃え広がる炎に包まれていた。
異様な光景に不安になっていると、その場に似つかわしくない明るく華やかなピアノの音色は光を与えているみたいだった。
「一体何の曲だ?」
刺される直前流れていた曲だと呟くと辺りを見渡す。
薄暗い中壁にはポスターが貼られているのを発見する。
何か手掛かりがあるに違いないと近寄った。
ポスターの前に辿り着くと、書かれている文字を音読する。
「その騎士は歌合戦に現れた『ニュルンベルクのマイスターシンガー』を、山田士狼が実演……えっ俺?」
名指しで書かれていたのだから、思わず冷や汗が出てきた。
「……歌合戦に現れたって、俺が聞きたいよ……」
不気味な廊下で困惑しながらも、とりあえず出口を探し出そうと歩もうと決意する。
(……気味が悪い)
しばらく歩いて、分かった事がある。
ここは校舎を模した建物であり、おとぎ話をテーマにした海外アニメに出てきそうな装飾が施された空間。
それを華やかではなく、薄暗く不気味な雰囲気に仕上げた場所。
ホラーゲームの古い洋館と形容した方がわかりやすいだろう。
外は赤々と轟く炎に包まれており、不思議と熱くはなかった。
何かの映像技術でも使ったものでしか見えなかった。
(……なんで俺の名前知ってんだろう、あの変なヤツ?)
演出が凝った洋館型のお化け屋敷を歩かせている気分であった。
こちらに合わせて足踏みを思わせる曲調は、まるで鼓舞されているようで、士狼の恐怖を半減させていた。
長い時間探索をしていると、ピアノの演奏は終わった。
「なんか俺、逆に応援されてる?」
九分ぐらい流れた音楽を簡潔に感想を述べつつ、足取り重く進んでいくと今度は声が頭上から鳴り響く。
「瀧の事心配だよね」
その声を聞いた士狼は思わず立ち止まり、戸惑ってしまう。
誰だってこの現象に立ち向かったら、困惑するのは当然であろう。
何故なら。
「俺の声?」
ノイズがかかってはいるが間違いなく自分の声だ。
手の込んでいるなと現実逃避をしようと士狼は試みようとした時。
実像を隠すかのように黒い靄と五本縦線のノイズを纏った巨大な人型の何かが姿を現す。
「な……!?」
あまりにも現実離れした出来事に、山田士狼は体を硬直させる。
「だけど、自分だけではどうしようもできないって思っているでしょう」
胸元には穴があり、その下にはいくつもの楽譜が巻かれた体をたゆかせる黒い影。
「何を言ってるんだお前……」
黒い影に向かってつばを飲み込み恐怖心いっぱいな態度を取る士狼。
「何って? おまえの未来だよ。早くしないと瀧も戻れなくなって、二人とも死ぬ未来だよ」
黒い影は弾むように返答すると、士狼は一呼吸置いて声を震わせる。
「違う。俺は必ずここへ出て瀧を助けたいんだ、だからお前と喋っている場合じゃない」
すると、黒い影は士狼に近づき大きな掌を優しく彼の顔を包み込んだ。
「タイトルロールは────決まったね」
優しい声色で黒い影は紡ぐと直後二人の間に光が発生し、士狼は目を細める。
「じゃあもう一つだけいいかな? おれと契約してもこの先、助けられない事があるかも知れないよ」
光が小さくなると、銀色の鍵みたいな小さい杖が浮かび士狼はそれを見て目を丸める。
「それでも、おまえはこの力が欲しいのかい?」
念押しつつ浮かび上がる杖を差し出すかのように語る黒い影に対して、士狼は怯まず前のめりになる。
「当たり前だろ! 契約とか知らないけど瀧を助けられるなら、その力をよこせ!!」
士狼は黒い影を恐れずそう宣言すると、固まっていた足が自然と動けるようになっていた。
あまりにも早い取引に黒い影は少しだけ驚いた様子を見せ、穏和な態度を取ると自分の穴を指差し指示をする。
「じゃあ、この穴に指揮棒を刺してね」
士狼は眉毛を八の字に寄せつつ頷くと、走って黒い影の穴に指揮棒を入れた。
強風が吹き荒れジャケットをはためかせながら、その場に立っていると。
黒い影が光に包まれ変化をした。
光輝き落ちてくるのは、0と指揮者が台でふらついた絵が描かれたカード。
士狼の手元まで来ると、光の粒子となって砕け散る。
「……!」
ドクンと心臓が跳ね上がり、目を見開いて俯き唸ると、誰が教えたわけではないのに体が無意識に動き出す。
黒い影に指揮棒と呼ばれた杖を指揮するかのように構え、集中し紡ぐ。
「ペ……ル……」
真面目な顔で士狼は、両手を掲げて振り下ろして叫ぶ。
「ソ……ナ……!」
指揮棒が勢いよく振り下ろされると、竜巻が発生し士狼の髪や燕尾服のようなジャケットをはためかせる。
そして、それは強風と共に顕現した。
右腕と両足には月桂樹が彫られた金甲冑を纏い、肩から金糸で縫われた月桂樹とトリムをあしらった真紅の短いベロアマントが揺れている。
体はフリルをあしらったクラシックな白いシャツ。
頭には目元が隠れるぐらいつばが広い黒い帽子。
その飾りとして右横には、宝石がはめられたブローチと大振りな羽飾りが目を引く。
手には持ち手がガイコツマイクをはめたマイクスタンドを彷彿とさせる細剣を構えた、派手な男の巨躯が背後に出で立つ。
「我は汝、汝は我。我は汝の心の海より出でし者、伝統の挑戦者『ヴァルター』なり!」
士狼の無意識の海から生まれた内なる人格、ヴァルターが産声をあげた瞬間だった。
『ヴァルター』
アルカナ:愚者
『ニュルンベルクのマイスターシンガー』に登場する騎士。
恋した村娘と結婚する為に、師匠である主人公から知識を学び、伝統に厳しい歌合戦に参加した騎士。