PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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Chapter8『My art's now a masterful act for profit, charming high society.』 ActⅢ

 夕方。

 泊まるホテルの駐車場にある、男子トイレで鏡を見つめる和也(かずや)

 あれからの桜木譲介(さくらぎじょうすけ)近衛由成(このえよしなり)について、思い出していた。

 近衛は自分の為に、跳び蹴りをしたせいで、先生に叱られていた。

 

 とても不服そうな姿は、カッコつけて庇ったわけではないようだ。

 一方、桜木はやりすぎだと近衛に抗議していた。

 父親はロシア人じゃないソ連人だろという発言に対しては、謝罪はない。

 和也的には別に自分の事ではないので、謝罪は不要だと思っていた。

 それでも、近衛は自分の前に桜木を連れてきて、頭を強制的に下げさせようとしていたので、その気持ちだけは伝えたが。

 

"父ちゃんの悪口を言ったようなモンだぞ、お前にも関係はある"

 

 と話していた。

「⋯⋯」

 鏡には物悲しく伏せる、目元の自分。

 鏡を見る度に、この瞳が嫌になってくる。

 髪の色は日本人と変わらないのに、大きく澄んだ青い瞳が、それを否定する。

「⋯⋯」

 

”お前さー目すごい綺麗だよね”

”なんで、おまえだけ許されているんだよ”

 

「っ!」

 由成の発言と同時に重なる、罵声(ノイズ)

 洗面器部分を強く掴んで、唇を噛み締める。

 自分の瞳は、よくない物を引き寄せてしまう。

 殴られ、避けられて、踏みにじられる。

 自分の人生はそうであった。

 これは呪いだ。

 ただ一点違うだけで、こうも寂しく、つらい思いを抱えねばいけないのだ。

 だからこそ、あの子を思い出す。

「⋯⋯そうだよね」

 脳裏に浮かぶのは、三本足で歩く小さな生命体。

 自分の足元を擦り寄せ、甘えたい仕草を見せる。

 記憶の中の和也が屈むと、青い目を持つ黒猫が気持ちよさそうに、目を細めている。

 そして、手を伸ばして話しかける。

「⋯⋯ルナ」

 悲痛に染まった顔を浮かべた後、精神を落ち着かせて、トイレから出る。

 

(⋯⋯)

 バーベキューの時、桜木と近衛が対立しており、向き合わないで串を持って食べていた。

 井上が呆れ果てて、角野はいつまで喧嘩してんだと串を焼いていた。

 角野の家は焼き鳥屋で、彼が焼くバーベキューがとても美味しかった。

 あまりの美味しさなのか、最終的に桜木と近衛は食べる担当になってしまい、角野に怒られていた。

 

 そう夕焼けを眺めながら、記憶に浸って口元が緩むと、突如駆けつけてきた、派手な女子三人組に囲まれた。

 突然の出来事に恐怖に染まると、その場から動けなくなった。

 もしかして、一人でいるところを狙われたのかと疑心にかられる。

 

「あ、コルサコフくん、写真撮っていい? メイクの参考にしたいからさー」

 ストラップの塊をぶらさているスマートフォンを向けられると、思わず腕を顔の前で交差して、防御姿勢を取る。

 

「撮られるの、嫌?」

 隣の女子が話す。

 

「てか、どうやったらそんなに肌白くなんの? 化粧水とかクリームとか、使ってないんでしょ?」

 いきなり手を触られて、じっくり見られると、ひっと小さな悲鳴を上げて、恐怖のあまり振り払う和也。

 肌を見てきた女子はぽかんと、その拒絶反応を眺めてるだけだった。

 

 いきなりずけずけと入ってくる、女子達が怖くなって、和也の足は一歩下がる姿勢を取る。

 だが後ろを振り向けば、入ってはいけない獣道が見えた。

 

 ああ、これは逃げ出せないと絶望に染まっていく。

「睫毛が長くて超うらやましいんだけど、あんたと似たような、つけまあるかな?」

(⋯⋯あ、あ、助けて!)

 現在の自分を作り出した根底から生えてきた、茨のツルは心を締め上げてくる。

 

 瞳は生気を失い、パニック状態に陥る。

 思考が真っ白になると、対応できなくなり、美容モデル目的の女子達の押し詰め化する。

 いつものように、目を反らして怯える事しかできない。

 息を荒げて、どうしたらいいのか分からず、和也は混乱していると、向こうから声が聞こえてくる。

 

「ちょっと女子ィー! コルサコフ君が困ってますう!」

 おどけた台詞をかまして、登場したのは、近衛由成であった。

「げ!? 今日は様子がおかしい近衛じゃん!」

 スマートフォンの女子が焦りを見せる。

「誰が様子がおかしいって!? ゴルァ!」

 ばっと小さな体を両腕いっぱいに広げて、近衛は和也と女子達の間に入り込む。

 

「おい、大丈夫か?」

 近衛はこちらを向いて、心配そうに話しかけてくる。

「⋯⋯怖い」

 パニックのあまり、和也はそれしか言えなかった。

「コルサコフは、怖がりだから、あんまし距離詰めない方がいいぞ。下手したら、逃げるからな」

 近衛の言葉に信じられないと言わんばかりに、和也を見てくる。

(⋯⋯そうだよね、変だよね⋯⋯)

 人に出会うと怖くて逃げる人間なんてと、目を伏せてしまう。

 コルサコフは、ただ震え無言でコンクリートを見つめるだけだった。

 

「あっち行け、しっしっ!」

 近衛の声で強制的に解散させている台詞を聞くと、肩を叩かれる。

「ほら、行ったぞ。たく⋯⋯お前、本当に何があってどうしてそうなったんだ?」

 頭を上げると、心配そうにこちらを見上げてくる近衛がいた。

「⋯⋯その⋯⋯ごめん」

 片腕を掴んで寄せて、小さな声で呟く。

「別に謝らなくてもいいぞ」

 何かを察してくれたのか、近衛がこちらを見てくると、目をパチパチと瞬いていた。

 

「⋯⋯んーあれ? なんかお前の目の色が変わってね? 初めて見た時は、青だったのに⋯⋯」

 そういう風に驚かれたのは、初めての経験だと和也は呆気に取られた。

 思考を停止し固まる。

 

 だが、近衛は遠慮なしに顔の前に手のひらをかざして、上下に動かしてきたので、現実に返ってくると、小さな声でからくりを話す。

「⋯⋯光の加減で変わって、見える事もあるよ⋯⋯」

 その言葉を聞いた近衛は「かっけえー!」と目を輝かせてこちらを見てくる。

 ここまではしゃがれるのは、新鮮な気持ちだった。

 小学二年生の頃から、人との交流と避けてきたので、こういう態度を取られるのは、久しぶりなのかも知れない。

 

「しゃ、写真や洋画をみ見れば、分かりやすいかも⋯⋯特にヘーゼルの人は⋯⋯」

 善意を浴びても、ルナがこちらを見てくるので、褒められても、素直に受け取れない。

 それにどうせ、近衛君は──

 

 後ろめたい感情が支配すると目を合わせず、解説する。

「へーぜる? ヘーゼルナッツの事か、瞳の色が変わるなんていいなー、オレも七色に光りてえよ」

 なんだか話が諧謔的(かいぎゃくてき)になってきていないかと、和也は別の意味で畏れ多くなってきた。

「⋯⋯な、七色は⋯⋯欲張り⋯⋯過ぎじゃないかな⋯⋯」

 

 林間学習。夜、宿泊施設。

 古めのホテルらしく、ここでは班で宿泊と共にする事になる。

 尚男女が入り混じる班の場合、ここで男と女に別れる。

 

 由成達は男性のみの構成なので、班のメンバーは同じだった。

 割り当てられた部屋に向かっている時に、由成は気づく。

 あれから視線がまだ続いているなと、由成は気だるそうにため息をつく。

 

 最近は戦争やら難民やら出稼ぎやら観光客やらで、増えたとはいえ、まだまだ外国人は好奇な目で見られがちである。

 コルサコフは混血(ハーフ)だけど。

 

(⋯⋯落ち着かないんだろうな)

 そんな視線ですら、挙動不審なコルサコフを見上げて、心配そうに眺めると、角野がトントンと背中を叩いてきた。

「なあなあノッチ」

 角野が何やら企んでいそうな笑みを浮かべていたので、由成は楽しいをキャッチする。

「なーんだ、す・み・のくん♡」

 ニンマリと由成は笑うと、指された方を見ると、自販機らしき機械がポツンとあった。

 

 デザイン的に見れば飲み物では無さそうだ。

「あれ、テレビが観れるカードを買えるヤツだよな」

 その台詞を聞いて、由成の表情は冷めた顔になる。

「それがどうしたんだ?」

 首を傾げると井上は何かに気づいたのか、いい仕事してますねとか、言ってきそうな表情を作ってきた。

「ノッチは知らなそうだが、俺が教えてやろう」

 由成は「なんで急に、エラそうになるんだコイツ」と、冷静にツッコむと話が進んでいく。

 

「なんでも⋯⋯」

 一旦溜めて真剣な表情を作る井上に、皆が緊迫した表情を見せた。

 果たして、自販機の正体とは一体。

 もしも、テレビ番組だったら一旦コマーシャルに入ってくる形式であろう。

 井上は真面目な声でコマーシャル明けの、カットを見せた。

 

「エロい番組が見れるって、話だぞ」

 その言葉に、由成は歓喜の雄叫びをした後、ガッツポーズをする。

 そして班内の空気は一気に色欲に染まっていく。

 このメンツは山田や瀧と違って、こういう話で通じ合うからいいんだよなと、由成は感じる。

 

 コルサコフだって、普段は暗いだけでこういう色事関連は同志だろうと、ちらりと見上げると。

 

 距離を置かれ、引かれていた。

(え? まさかのドン引き?)

 由成は目を丸めてまたかよと、思ってしまった。

 最近の人間運は三善以外、悪いなと近衛は思ってしまった。

 

 自販機の正体が分かったところで、コルサコフ以外の人間は、プリペイドカードを売っている自販機に群がるとまずは、値段を見る。

「千円かよ!」

 由成は叫んだ。

 ジュースを買う感覚だと思っていたら、まさかの値段が四桁である。

「千円って、うまか棒いくつ買えんだ?」

 高校生からしたら、高く感じるのか桜木が値段に動揺する。

 

「でも、千円払って、うまか棒で腹いっぱいするよりもお得だろ」

 井上が、うまか棒で払うよりも価値はあると真顔でコメントする。

 

「でも、今ここで買ったら、センコーに没収されんぞ」

 角野は現実的な案を出してきた。

 

 ただでさえ、コルサコフというクラスから目立つようになってしまった存在を抱えているんだ、真面目な層がそれを見て、しょっぴかれたら、本日二回目の、お叱りが飛んでくるのは確実だと由成は絶望する。

 

「ノッチどうする?」

 桜木が昼間の因縁を忘れたかのように、由成に問いてみた。

 他の生徒や担任にバレず、かつ、プリペイドカードを購入し、自分達の部屋で見る方法。

 由成は目を閉じて、集中する。

 

 途中心の中の幸恵が出てきて、くだらないと言ってくるが、一蹴する。

 うるさい、こっちは今、宝物を見つけた気分なんだ。

 くだらないで終わらせるかよ!

 と格闘し終えて、答えが見えた。

 

「⋯⋯そんなの決まってるだろ?」

 この絶望から立ち向かう為に、真っ先に出た答えは。

 

「みんなが寝てからだろ!」

 片目だけ細め、歯を見せて不敵で勝ち気な笑顔を浮かべて、班のみんなの前で決める。

 

 波が来るようなストリングスとジャズサウンドが鳴り響く、曲が開幕を告げるような一場面である。

 汚たない色欲(こころ)の怪盗団が結成された瞬間であった。

 

 みんなが寝静まった夜。

 由成が静かに廊下を歩く。

 作戦はこうだ、隠れる場所はない一本道。

 メンバーが、間隔を開けて入るというものだ。

 こうする事により、万が一徘徊する先生と出会っても、囮となりその隙に別のメンバーが、廊下を渡るという仕組みだ。

 シンプルだが実に分かりやすい。

 そして、その一番槍は近衛由成。

 

 バスの件と跳び蹴りの件で、警戒されているかつ、人の懐に入るのが得意な彼なら気を引きやすいと、メンバー一致でご指名が入った。

 

 最初は由成の弱腰が発動し「囮は嫌だと」嫌がったが、井上が奢ると千円を渡してきたので、あっさりと平伏し承諾。

 コルサコフは完全に乗り気でないので、由成はこう言った。

 

「もしセンコーに見つかったら、寝ていたので、止められませんでしたとか、言っとけ」

 

 乗り気がないコルサコフが、巻き込まれないよう配慮をした上の、決死のプロジェクト。

 スマートフォンのライトで、薄暗い廊下を照らす。

 これに隠れるような壁があったら、ステルスゲームじゃんかと、由成はワクワクして想像する。

 

 目的地までまだ遠い。

 後ろには班内で一番のしっかりもの井上が、間隔を開けて歩いている。

 忍び足で四人は見事な連帯っぷりで、廊下を歩いていく。

「本当、ノッチがいるとできないことが、できるよーになるよな」

 桜木は小声で嬉しそうに、笑う。

 

「⋯⋯そうか? オレも観たいからやってるだけで、別にお前らの為じゃねえぞ」

 よく分からない事を言うなと、由成は眉を潜めた。

 

「そうじゃなくても、お前がいなかったら、女子の情報とか聞けないワケだしー?」

 由成は目を伏せて考えていると、井上が「前だ前!」と小声で話しかけると、眼前には懐中電灯を持った、ジャージ姿の男がいた。

 

 あれは、生活指導の沢屋敬一(さわやけいいち)

 よりにもよって一番相手したくない相手だ、何せ由成の頭は金髪でパーマかけているし、おまけに銀のピアスもしている。

 説教をするには、恰好の的である。

 

「お前達、もう消灯時間は過ぎてるぞ」

 三人がざわつく中、由成が愛想笑いして沢屋に近づく。

「喉が乾いて、自販機に行くところッス」

 やましい事考えていませんよという態度で、半分嘘を付く。

 

「はあ、お前は口が上手いからな⋯⋯いつも(けむ)に巻いて、困らせる」

 目で三人に行けと合図すると、井上達がそのまま通り過ぎて行く。

「困らせてるのはそっちッスよ、おしゃれぐらいいいじゃないデスカー、見逃して欲しいッスよー、せーんせい♡」

 反抗期らしい少年の台詞を吐きつつも、愛嬌を振りまく作戦に出る由成。

 

「ぶりっこしてもだめだぞ、いつまでも誤魔化せると思わない」

 大人は甘くないと、言わんばかりの態度で返された。

「校則違反の格好もそうだが、昼間に生徒と口論した挙げ句に、蹴り飛ばしたって? まったく⋯⋯ヤンチャは程々にしなさい」

(小山内の野郎ー! チクりやがったな!)

 由成はげっと顔を青ざめると、今日一番突かれたくない話を沢屋がしてきた。

 説教が長くなりそうな予感がする。

 

「いや、アイツが悪い。アイツの父ちゃんに失礼な事を言ったから、蹴ったんですー!」

 口を尖らせて自分非が無いと主張する由成。

「だからって、蹴り飛ばす事無いだろう」

 由成は無言で沢屋を見上げて不服な表情で訴えると、三人がカードを買って帰るのを目撃した。

 

「ノッチ」

 井上の合図で由成は沢屋を振り切ると、歴戦の生活指導の沢屋は、お宝を見逃しはしなかった。

 

「待ちなさい! そのカードを元に戻しなさい!」

 沢屋は目的を察したのか追っかけて来る。

「マズイ、マズイ、マズイ!」

 由成は三人と走る。

「ナイス、ノッチ!」

 桜木が親指を立てて褒める。

 

「⋯⋯お前なー昼間の事、すっかり忘れただろ」

 むむと由成は唇を噛み締め、納得がいかないと愚痴をこぼす。

「お願い、チャラで!」

 目的一致でいい利益も得れる状況下なのか、手を合わせて、謝ってくる桜木。

「あのな⋯⋯オレ、あの話マジで怒ってんだが?」

  バチバチと桜木と由成の視線に火花が激しく散る。

 追いかけられているの最中なのにと言わんばかりに、井上心中を口にした。

「お前ら、なんでこんな時に、おっぱじめるなって!」

 あと少しで部屋に辿り着く。

 あと少しでとドアの前に辿り着く──

 

 あと少し──!

 

 結果は。

 

 担任の小山内勝(おさないまさる)の挟み撃ちとなり、結局は目的を果たせなかった。

 

 四人は二人の先生にこってり絞られたあと、テンションが低い空気の中、大人しく布団に入った。

 

「⋯⋯」

 由成は天井を眺めながら、桜木が言った言葉を思い出す。

「オレがいると⋯か⋯⋯」

 進学して一ヶ月間、振り返ってみる。

 顔が広いのが、取り柄だろう。

 様々な生徒の情報が、入ってくるから助かる。

 切り込み隊長をやって、喜ばれる。

 狙われなさそうだから、仲間に入れられる。

 人の輪に入った際、自身の評価を整理し、箇条書きをすると由成はある事に気がついた。

 

(⋯⋯あれ? 誰も『オレ』の事──)

 ドクンと心臓が跳ね上がり、ある事に気づいてしまった。

 額から汗が溢れ出てくる。

(⋯⋯見ていない?)

 近衛由成という人間に惚れ込んで見ていないのでは、と思い始める。

 だから桜木は、自分の怒りを向き合ってくれず、むしろ自分が切り開いた道の恩恵を預かって、チャラにしろとか言えるのか。

 いやまさか、きっと頼りがいがあるから呼ばれたんだ。

 きっとそうに違いない。

 

 ドッドッドッと、心臓が小刻みに動いている。

 よく考えれば、一年の時つるんでいた時も現在もグループを組む鉄板の相手が、芥川姉妹しかいない事に気づく。

 

(いや、いや、オレは見込みがあるから、頼りになるから呼ばれた男だろ! しっかりしろ!)

 モゾモゾと布団の布擦り切れ音を立てて、首を振る。

 疑惑に飲まれては駄目だ、アイツがやってくる。

 未だに無機質に追ってくる白い翼を思い出すと、背筋が凍りつく。

 本当に、あんなのに、よく立ち向かえたよな。

 

(落ち着け。こういう時こそ、まななの力を借りるんだ!)

 とヘッドホンを取ろうと起き上がると、コルサコフと目が合って、由成の小さな心臓が思わず軋んだ。

「ぎゃあああーーーーー!!」

 口を思いっきり開けて、白眼になって驚く由成。

 その形相は、異形に追いかけられた恐怖の影響をありのままに、見せびらかしたのだ。

 そして、うるせえぞと、悲鳴で目を覚ました井上に枕を投げられ、再び眠りにつかれた。

 

「な、なんだよ。コルサコフかよ⋯⋯幽霊だと、思った⋯⋯」

 双方怯えながらのご対面である。

「⋯⋯ごめん」

 コルサコフは申し訳ない表情を作るが、地獄に落とされたみたいな表情をしていると由成は感じて、ため息を吐いた。

 

「オレが勝手に驚いただけなのに、大袈裟だな⋯⋯」

 あぐらを組んで布団の上に座ると、肘を床について頬杖を取る。

 コルサコフはすすと距離を取る。

(いや、遠いわ!)

 彼の落ち着くポジションだろう場所は、由成にいるところから十歩分ぐらいであった。

 

「お前は、人間に助けられたばかりの保護犬か猫なの?」

 テレビやネットで見た事がある。

 人間に捨てられて救出した犬猫は、初日は人を信頼できず威嚇するか、攻撃態勢はしないが距離を取るかなどの反応が顕著だ。

 コルサコフは見たところ後者寄り。

 そう考えると、最初の反応は近寄るなという、威嚇行為なのかも知れない。

 

「⋯⋯保護⋯⋯猫⋯⋯か⋯⋯」

 また過剰に落ち込んでいるみたいだなと、由成は彼の付き合いづらさに、苦笑いを浮かべる。

「ひょっとして、動物が扱い嫌だったのか?」

 だったらすまんと手を合わせて、頭を下げて謝罪する由成。

「⋯⋯ちが⋯⋯う、なん⋯⋯でも、ない」

 コルサコフは、苦しそうに視線を落としている。

 まるで責め苦を味わっているかのようである。

 あまりの異様さに由成は、息が詰まったような表情である不安に駆られる。

 

 そう、昔から無自覚に人の隠していたい心情に触れて、怒られ、泣かし、自爆してきた過去からくる不安だ。

 

「⋯⋯なんでも無くないだろ」

 トーンを低く目を細めて、コルサコフに訊く。

 おふざけはここでおしまいだ。

 周囲に好かれようと、人を楽しませ話を転がし懐に入る近衛由成ではない。

 異形を見て動けなくなるであろう芥川要(あくたがわのかなめ)の手を取り、みんなを守ろうと、立ち向かった近衛由成として、コルサコフに問う。

 

「コルサコフ──お前になんか、あったのか?」

 コルサコフみたいなタイプにも関わってきた男から見たら、明らかに異常な怯え方をしているのがわかる。

「僕は⋯⋯僕は⋯⋯」

 さらに顔色は色白になり、見開いて涙を浮かべ、どもり始めるコルサコフ。

 初めてだ、おどける自分を封じ、とても真剣に人と向き合うのは。

 

「⋯⋯聞いても⋯⋯どうせ⋯⋯君に⋯⋯君に⋯⋯」

 由成は焦らさず黙って待っていた。

 思っていたよりも、コルサコフが抱えていたものが深刻だと伝わってくる。

 コルサコフが太い眉毛を八の字に寄せて、長い沈黙の後──

「⋯⋯()()()()()()()()()

 そう絶望に染まった表情を浮かべて、また拒絶された。

「どういう意味だ、きちんと話せ」

 閉じこもったままだと、お前はつらいままだぞ由成は、睨みつける。

 話せばきっと、その傷を癒せるかも知れない。

 由成の表情は険しいが、その言葉は善意であった。

 

 だが、コルサコフは咄嗟に立ち上がって逃げ出そうと、足を運んだ。

「嫌だ⋯⋯次は⋯⋯僕の番にされるんだ⋯⋯」

 拒絶態勢に入ったコルサコフの動きに合わせて、由成が手を取ろうと手を伸ばそうとしたが、コルサコフはその手を弾く。

 由成は助けの手を拒絶されて、ショックを受け一時停止する。

 目を見開いたまま、なびく黒髪碧眼の少年の背中を見送るしかできなかった。

「踏みにじられる? 自分の番? くそ! 意味わかんねー!」

 うるさいぞノッチと、角野の呟き声だけが響いていた。

 

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