PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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Chapter9『Oh, I share your sorrows and joys with no one.』 ActⅡ

「黒い」

 山田士狼(やまだしろう)は緊迫した表情で、呟いた。

 いつもの切り絵の廊下では無かった。

 ずっと黒が続く漆黒の空間であった。

「って事は、普段はこんなんじゃあないって事ね」

 ペルソナの治療を施された近衛由成(このえよしなり)は、士狼の背中からひょっこりと顔を覗かせている。

 

「……近衛くん」

 瀧慈宗(たきちかむね)はその様子を呆れた声で、こちらを見ていた。

「こえーもんは、こえーもん! これにオバケとか、出たら最悪」

 近衛が士狼を盾にして、抗議しだす。

「オバケといえば。近衛君の時は、小さなシャドウがいっぱい出てきて、大変だったな」

 三善明美(みよしあけみ)はしみじみと返すと、近衛が「マジかよ」と呟いていた。

 歩いても歩いても墨で塗りつぶした世界。

 道がさっぱり分からなかった。

 いつもは流れているピアノの曲も、霞んでよく聞き取れなかった。

 

「とても強い力の反応ですね……これを世に放たれたら、お客様の世界ごと食らいつくされますね」

 脳にダイアナは、淡々と話しかけてきた。

(槍野郎は、とんでもないことしたな……)

 ダイアナの言葉が正しければ、コルサコフをますます助けなければいけないと、強く思い、士狼は固唾を飲む。

 ゴゴゴゴゴと廊下は音を立てて揺れると、ピアノの音がますます遠のいていく。

 

「ぎゃあああああ!! もうヤダーッ!!」

 コルサコフ・和也(かずや)を助けたいと、言い切った威勢はどこへやら、近衛は士狼の肩を強く握りしめてくる。

「……泣いていないだけ、マシか」

 近衛のリアクションに、呆れてため息を吐く瀧と。

「シャドウが出てきた時が心配……」

 不安気な表情を見せた三善も近衛を見ながら、進んでいく。

 

「三善ィ……それ、ホラーの前フリだからやめろ!」

 近衛はやかましく喋っているのを見届けていると、黒い世界にぽつんと、小さな光が灯る。

「やっぱり出たじゃねえか!」

 近衛は目をつむって、叫ぶとその光が大きくなっていく。

 三人はシャドウだと思い、指揮棒を抜こうと構えた。

 

「にゃあ」

 目の前に現れたのが、首輪にランプがついた黒猫だった。

 

「な、なんだよ。猫かよ」

 近衛は安堵した声で呟く。

 そして、士狼から離れて、近衛は黒猫に向かって歩き出していた。

「おい、シャドウかも知れないんだぞ!」

 瀧は警戒して、近衛に伝える。

 

「そうだ。油断させて、襲うかも知れない」

 士狼も警戒態勢で声掛けをするが、近衛は聞く耳持たず近衛はこちらを振り向いて、気楽そうな表情を見せる。

 

「もし、シャドウだったら、オレが倒してやる」

 白い歯を見せてニタリと近衛は笑っていると、三善がある事に気づいたのか、ポツリと呟いた。

「この猫。大人になっても青い目だ、珍しいね」

「そうなのか?」

 士狼は興味深く三善に聞く。

 

「うん。種類によっては違うけど、大抵は子猫の目が変わっちゃう事が多いの」

 三善の話はまだ続く。

「それと……この子、左前脚がない」

 ランプに照らされた四肢をよく見ると、確かに脚一本がない。

 

「へえー」

 近衛が気が抜けた返事をしていると、黒猫が、近衛の足元に擦り寄ると、ゴロゴロと喉元を鳴らしながら甘えて来た。

「か、かわいいな……オレは犬派だけど、猫もいいな」

 照れ臭く笑って嬉しそうに近衛は言うと、撫でたいのか、両手がプルプルと震えていた。

 その様子を見た士狼は、まずいと思い眉を寄せ、真顔で言った。

 

「駄目だ……完全に骨抜きされている」

 ためらいなく指揮棒を抜いて、ヴァルターを呼び出す。

 それに続くように、瀧はしかめ面でファウストを呼び出し、本と杖を掲げた。

 

「猫相手に乱暴はやめろよ!!」

 近衛は両腕を広げて、ランプの黒猫を庇う形で立ち塞がると、黒猫は、勢いよく後ろに飛び上がった。

 まるで、きゅうりを見て驚いてるようだ。

 着地をすると、毛を逆立て尻尾を膨らませると「シャーッ」と掠れ声で鳴かれた。

 

「大丈夫だ。この猫は危害を加えない」

 瀧の分析結果を聞くと、ペルソナを消えさせる。

「うーん今まで、会ったシャドウと違うな。気になるところや、役名すらもない」

 ようやく警戒を解いた瀧は、不思議そうに黒猫を見ていた。

 

「それじゃあ、一応ただの猫でいいのね」

 三善がどこか嬉しそうに話しているのは、気のせいであろうか。

「にゃあ」

 黒猫は近衛の元から離れると、後ろを振り向いて、こちらをじっと見ていた。

「えっと、猫さん? どうしたの」

 子供に話しかける口調で三善は、スカートを抑えて視線を黒猫に合わせる。

 すると黒猫がまたひと鳴きすると、ランプの光が大きくなり道を照らし始めたのだ。

 大きく引っ掻いたような傷だらけの壁と、ひび割れた床が光によって露わになった。

 

「道が見えた!」

 瀧は驚いた表情で猫を見る。

「これで少しは、先に進める」

 不明瞭だった事が明らかにされて、士狼は安堵して微笑んだ。

 小さな光明に歓喜の中。

 近衛だけは思い詰めた、表情でこちらを見てきた。

 

「……あのさ、盛り上がっているとこ悪いケド。お前らの場合、ここって、ボロボロだったのか?」

 その言葉に、三人は静まり返ると、士狼が答えた。

「違う」

 それを聞いた近衛は黒猫に近寄りながら、話しかけてきた。

「ここは、コルサコフの心の中だろ? オレさ保護猫って言ったら、家ん中に殺人鬼が入ってきたみたいな反応したんだよな」

 近衛は屈んで、黒猫を撫でていると語り始める。

 

「もしかして、アイツ猫で酷い目に遭ったから、ここはひどい有り様になったんじゃねえの」

 その語り口調はひどく真面目で、和んだ空気を一変させる。

「もしお前がここの案内役だったら、頼むコルサコフがいる場所に、案内してくれ」

 近衛は黒猫に向かって頼むと、黒猫は「にゃあ」と鳴いて、歩くと、四人を振り向いて待っていた。

「行くぞ」

 士狼は黒猫に頷くと、四人は前進した。

 

 

「……怨霊か、ははは。ぼくたちは、アイツらみたいな事……してもいいのかな……」

 生気のないおどろおどろしい声が、闇の中で反響する。

 照明が落とされた劇場で、プリモシャドウは、観客席でたゆたい浮遊していた。

 

「……力を得たら、きみもアイツらのように踏みにじるんだね……」

 何も見えない闇の中で、コルサコフの感情を確かめるように、シャドウは呟く。

「……楽になりたくて死んだはずなのに、苦しみしかない……嬉しいはずなのに……苦しみしかない……」

 シャドウは天井を見上げて、静かに腕を伸ばす。

 パキリ、パキリという音が劇場に響き渡った。

 上空にはヒビが入った。

 

「刑期はあと二年……アイツが出たら、また踏みにじるんだろうね……」

 ボソボソと呪言を紡いでいる。

「だから──ぼくたちが怨霊になって、殺さないと……」

 まるで殻を破る雛のように、劇場を穴に開けんとする。

 闇が支配する空間に、扉が開く音が響き渡った。

「……来たね」

 スマートフォンのライトがチカチカと動いていた、真面目で凛とした声が聞こえた。

 

「コルサコフくん!! どこだ! 返事をしてくれ!」

 眼鏡をかけた真面目そうな男の人が、どうやら和也を探しているらしい。

 

「……明かりが足りない!」

 続けて林間学習で、近衛に山田クンと呼ばれた人が、ここについてそう話していた。

 

「どこなの、コルサコフくん!」

 黒髪をハーフアップにまとめた女の人の声が、響き渡った。

 

「ぼくたちは……ここにいるよ」

 ノイズかがった声で話しかけて、四人を見下ろす。

 

「お前はうわさのシャドウだろうが、さっさとコルサコフを出せ」

 

「!」

 

 この軽い喋り口調、間違いない──近衛由成の声だ。

 

「……生きてたの?」

 あの白い異形は、てっきり生徒を突き刺して、どこか遠くに連れて、殺す存在だと思い込んでいたようだ。

 

「勝手に人を殺すなバカ! こちとら、ピンピンしてらあ!」

 この態度はまさに、林間学習で女子組に待ち伏せされ、質問攻めに怖くて困っていた時、間に入って追い払ってくれた、近衛由成だ。

 

「……本物だ」

 シャドウは安堵した声色でそう言うと、ふとある事に気づく。

 

「あれ? つまり、ぼくたちも死んでいない?」

 疑問に口をすると、この反応がよほど不思議だったのか、四人は円陣を組んで何やら話していた。

 何を言っているのかよく聞き取れないが、そんなに珍しがられる存在なのかと。

 シャドウは、四人のやり取りを見ていると、もう一つある点に気づいた。

 

「……もう疲れたよ」

 生きているという事は、まだあの恐怖に支配される日々が待ち受けている事に。

「かわいそうだって、また誰かの点数稼ぎに、怯えるのは、嫌だ……」

 そう呟くと、四人は振り返ってきた。

 

「みんなと姿が違うだけで、そこに生まれただけで──」

 隣国に侵攻をした国の血が混ざっているだけで、仲間外れにされる幼い記憶が浮かぶ。

 

「踏みにじられるのが、嫌だ……怖いよ……」

 和也の理不尽な暴力の記憶の影響で呼吸を乱しながら、頭を抑えて俯き、ガタガタと体を震わせた。

 

「なんだか倒しづらいな……」

 眼鏡の人が、気まずそうに話す。

 黒髪の人も、山田君も、同調するかのように頷いていた。

 

「心が生んだ不安って、随分と大袈裟な事を言っちゃってサ」

 そんな様子に見かねたのか近衛が臆せずに、こちらに向かって歩いてきた。

 まるで班に誘ってきてくれた日みたいだ。

 心臓があったら、跳ね上がっていたに違いない。

 近衛のいつもと変わらない態度を見たシャドウは、恐怖と先程の殺意を思い出し、後退する。

 

「近づくな! ぼくたちは……犯人を祟り殺そうと思ったんだ!」

 その言葉に後ろの三人は驚いた表情をしていた。

 近衛だけは例外で、和也の痛みに真剣に向き合おうとしていた、林間学習の夜を思い出させた。

 

「そりゃあ、あの道を見ればそうなるの分かるわ」

 一体、何の話をしているんだと、シャドウは近衛の台詞に疑問を抱く。

 

「お前は……コルサコフが生み出した、不安じゃない──」

 その言葉にシャドウは拒絶の感情が沸き上がり、取り乱す。

 

「違う! ぼくたちは怨霊なんだ! 嫌だ! やめてくれ!!」

 あの路地でボロ雑巾になるまで殴られ、カッターで顔を傷つけようとした、同級生と似たような台詞を叩きつけ、近衛に抵抗する。

 

「お前は()()()()()()()だ!」

 近衛の言葉にシャドウは悶え始め、ゆらゆらとクラゲのように激しく揺れる。

 

「⋯⋯違う⋯⋯ぼくたちは⋯⋯ぼくたちは⋯⋯」

 人に傷つけられ、騙され、奪われた少年は幽霊となり、教室の隅に佇むだけの存在となった。

 その結果、同級生達の談笑を羨ましそうに眺める和也の姿が、脳内に走った。

「照明すらもない、タイトルロールだ!!」

 

 

 シャドウが力強く宣言すると、劇場を揺らし、ヒビが入り始めた。

 走る亀裂から、夕陽の光と黒炎が溢れだして、暗闇の劇場を包み込む。

 

「……シャドウがコルサコフだって?」

 有事の時は、あまり感情を表に出さない士狼は珍しく、険しい表情でシャドウと近衛の対面を見た。

 

「けど、近衛くんの言葉で、いい案が思いついたよ」

 瀧は眼鏡を光らせると、指揮棒を手に取り、真っ直ぐと振り下ろし、ファウストを呼ぶ。

 無気力に浮遊するシャドウに指揮棒を向けると、ファウストは本と杖を掲げた。

 

「あのシャドウを違う視点で分析する! それまで、コルサコフくんを見つけだしてくれ!」

 三人は頷くと、近衛はベルトから白銀の指揮棒を抜くと、くるりとドラムスティックのように回した。

 

「念願のデビュー戦だ!」

 近衛は不敵に微笑みを浮かべると、高く腕を上げ、ためらいなく大振りに振り上げ名を叫んだ。

 

「行け!」

 足元に青い炎と五線譜が吹き荒れる。

 

「ジョバンニ!」

 ガラスの割れる音がした。

 音符と破片の放流に現れたのは、三角帽子を被った蝶の仮面で素顔を隠した貴族風の怪人であった。

 白地のシャツの胸と袖口は、バラの花弁を彷彿とさせるデザインで華やかであった。

 次に視線を落とすと腰には白い仮面がついたクリノリンをつけており、白い膝の関節部品にはハートを逆さにしたような金細工が施され、炎を彷彿とさせるグラデーション模様が入った、ヒールの高いロングブーツを優雅に履きこなしていた。

 

「まずはオレだ!」

 ジョバンニは近衛の指揮棒に合わせて、レイピアを上空に掲げると、パチパチと放電している。

 シャドウは何も仕掛けてこないみたいだと、士狼は冷静に見ていた。

 

「ぴしゃんってな!!」

 指揮棒とレイピアが降ろされると、雷撃がシャドウに落ちた。

 が、その雷撃は跳ね返されてこちらに向かってくる。

「マジかよ……」

 近衛が顔を青ざめて呆然と立っていると、士狼の指揮棒は回る。

 

「ナルキッソス!」

 頭にスイセンを咲かせた裸の美男が現れさせると、その雷を受け止めに行かせる。

 同事に士狼は制服であるモーニングのテールをなびかせ、近衛の肩を掴んでこちらに引き戻した。

 

「つっ!」

 静電気を二倍にした痛みが、士狼の体を支配する。

 

「だ、大丈夫か?」

 近衛が心配そうにこちらを向いてくると、士狼は顔をしかめたまま返した。

 

「大丈夫だ」

 効きづらい痛みは厄介だと士狼は思っていると、コチョウフジンと共に三善が駆け寄ってきた。

 瀧はまだ分析しているらしく、時間稼ぎとして、三人で乗り切るしかない戦局に立たされた。

 

「あのシャドウ、変ね……戦う気あるのかな?」

 無気力に漂うシャドウを三善はそう呟くと、士狼は頷いた。

「ああ、やる気がない」

 士狼の言葉に続くよう、近衛は口を動かす。

 

「コイツさ、さっき自分は死んでいないって言ったよな、まさか──」

 近衛は恐怖に支配された表情を作って、こちらを見た。

 

「まさか、生きるのに疲れて、死のうとしてんのか?」

 もう疲れたよ、確かにシャドウはそう言った。

 話を思い返すと、シャドウにとって、怖いものに溢れたこの世界に怯えて暮らすのは、苦痛であると士狼は理解した。

 それがこの不安(シャドウ)を生み出した元凶。

 

 士狼は黙考していると、シャドウは独り言のように返した。

「その筈だったんだ……だから次は、きみ達でぼくたちを……終わらせて、欲しいんだ……」

 その言葉に近衛は訝しげな表情で、三善は前に出て話す。

 

「私だって、お父さんとお母さんが苦しめられるなら、自分を傷つけて、終わらせたいと思ったよ」

 三善は悲しそうな顔で、シャドウをなだめ始める。

 

「けど、きっとそれを選んだら、後悔するだけだと思う」

 だが、シャドウの反応は変わらずだった。

 

「きみとぼくたちは違う……見た感じ、この四人と仲が良さそうだけど?」

 

 ”三善はまだ……(かなめ)ちゃんがいるから”

 

 近衛と同じ答えで返ってきた。

 士狼は失敗したと、無言にされてしまった三善を見る。

 

「ぼくたちは……仲のいい人でもだめだったんだ……最初から……ぼくたちは……仲間外れだから……きみと違う……」

 腕を組んで、シャドウと三善の話を聞いていた近衛は、足をだんだんと鳴らすと、目を見開いて叫びだした。

 

「あーもう!! バスん時より、パワーアップしてやがるコイツ!!」

 金髪マッシュルームヘアーを両手で掴んで、ぐしゃぐしゃにしながら、近衛は後ろに仰け反ったので、士狼はきょとんとした表情で見る。

 

「なんで人を黙らすような会話しかできねーの!? お前はーっ!!」

 怒っている、近衛が怒っている。

 怒っている近衛を見たのは二回目だと、士狼は無言で見守っていた。

 

「黙らすも何も……ぼくたちは後悔じゃなくて……寂しさと……恨みだったから……この子とは違う」

 三善は非常に困惑していた。

 

「確かに三善、婆さんを殺すまでは、いかなさそうだもんな」

 士狼はシャドウの洞察力に称賛しつつ、三善に感想を述べた。

 

「山田君!?」

 三善は驚いて、こちらを見ていた。

 

「でも……そうか、私はお父さんとお母さんが守ってくれたから、あなたほど強い気持ちはない」

 どうやら三善も士狼と同じく、シャドウの言い分に納得すると、近衛が不安な表情でこちらを見た。

 

「言いくるめられてるし!」

 一体どっちが説得しに来たのか、分からない状況。

 三善の言葉にシャドウはノイズ混じりに言う。

 

「いいな……ぼくたちはそれでも……足りなかった……」

 まるで、小さい子が届かない、おもちゃを見つめているような声色だ。

「……どうすればいいんだ」

 自分達の説得すらも効かず、後ろの瀧はまだ結果は出ておらず、ただ劇場が壊れていくのを見るしか無かった。

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