「たまたま姿が違って生まれただけで、踏まれてしまうんだ⋯⋯ぼくらは、何をしたんだ⋯⋯」
劇場の崩壊と共に紡がれる悲痛と怨嗟。
声が届かない深く
「……苦しい、苦しいよう……生きるのはもう嫌だ……早く……ぼくたちを……倒してくれ……」
助けを求めている声は、感情がなく淡々と発するだけである。
「……コルサコフ、今度は自分ごと、いなくなるつもりか」
コルサコフと心を通わせたであろう
「ああ……顔の下が見えない人間が、ぼくたちに近寄るのが、たまらなく怖い……」
ノイズ混じりの声は震えていた。
「いい顔をして……近づいて……傷つけられると思うと……心が張り裂けそうになる……」
「あと何か一手が欲しい、あの時の黒猫が来て欲しいが……どこかへ消えてしまったからな」
案内が終えるとランプの黒猫が消えてしまった事を、士狼は思い出した。
「コルサコフ君を巻き添えにしたら、大変だよ」
「かといって、下手に触ったら何が起きるか、分からねえし」
我先一番に雷撃を食らわせ、反射された近衛は険しい表情を作っていた。
「けど、コイツを倒すには、俺達しかできない」
士狼は床のひび割れを眺めながら、三人に向けて言った。
「ひゅう、相変わらずクールだなお前」
近衛が軽口を叩いてきた。
「まずはコルサコフを起こそうぜ、まだ寝てるかも知れないしな!」
三善も士狼の言葉で背中を押されたのか、指揮棒を振りコチョウフジンを召喚した。
「コルサコフ君! どこなの!」
三善が声をかけながら、風を起こした。
それを見た士狼はヴァルターにチェンジすると、炎を吹き出し三善の風に乗せた。
「……ようやく……倒す気に……」
火の海を防ぐ素振りもしないシャドウを直撃する。
(どこだ、どこだ!)
炎の灯りで鮮明になった舞台を目を凝らして探す。
三人の時は、必ず舞台にいて、シャドウと
頼む、これだけは例外にしないでくれと、士狼は祈った。
だが、現実は残酷であった。
「いない!?」
照らされた舞台は空っぽであった。
その代わり目に映ったのは──
「……あれ? 気持ちいい?」
炎を吸収して、無感情に呟くシャドウの様子であった。
「効いてない!?」
士狼は三善との渾身の攻撃が効かないと知ると、顔を歪ませる。
それを見たのか、近衛が指揮棒を振るった。
「雷も火もダメなら!」
ジョバンニがシャドウに向って、右腕に鋭い一突きを浴びせた。
「痛い……!」
シャドウはぐらりと揺れて、悲鳴を上げさせると近衛が言ってきた。
「剣でどーよ!」
反撃してこないと読んだのか、舞台に立つジョバンニが辺りを見渡してくれる。
「いない、コルサコフ!! どこだ!!」
必死の形相で近衛は叫ぶが、虚しく響くだけであった。
「だから……」
ぽつりとシャドウは呟いて、舞台へと向かい始めていた。
「まずい!」
士狼はヴァルターに向かわせるよう、指揮棒を振るう。
「
事務的に淡々した声で発すると、シャドウの腕がジョバンニに向けて上げられる。
コチョウフジンが一番に辿りついて
「!」
その言葉を聞いたのか、瀧の剣道で鍛えられた声は、大きく劇場に響き渡った。
「シャドウの中に反応がある! シャドウを無闇に傷つけるな!」
その言葉を聞いた三善がこう言ってきた。
「分かった!」
コチョウフジンは拳を跳ね上がらせると、ジョバンニを守りの姿勢に移させた。
「倒してって言っているのに、倒さないって難しいな」
士狼はヴァルターの赤い肩マントをひるがえすと、
「嫌だ! やめてくれ!」
突如、レイピアで傷つけられ、怯えだすシャドウ。
「仕方がないじゃないか……僕だって……嫌だよ……こんな色なんて!!」
壊れた機械のように支離滅裂な言葉を発すると、取り乱す姿に三人は困惑した。
「一体、何が……」
士狼は理解できない現象に、立ち尽くしていると。
劇場に小さな鳴き声が響いた。
「にゃあん」
士狼達の前に現れたのは、あの時のランプを首に下げた黒猫であった。
「お前!? 危ないぞ!」
黒猫は何事もないように、シャドウに近寄り、士狼もつられて追いかける。
「あ……ああ……ルナじゃないか! 一体、どうなっているんだ!?」
シャドウがまるで長い月日を経た再会のように振る舞うと、泣き出しそうな声で黒猫を迎え入れようとした。
「フーッ!」
毛を逆立て警戒のポーズを取られると、シャドウはひどく動揺する。
「なんで? ……ぼくたちだよ? 忘れちゃったのかい?」
一匹と一体の反応を見た、近衛はやれやれという態度を取って、言い放つ。
「だから、お前はシャドウだっつーの、気づいていないのか、その姿」
その言葉を聞いたシャドウは、崩れ落ちひどく取り乱した。
「何を……言って?」
自分の姿を見ている仕草をとる。
「なんだ……これ? 僕はどうなっているんだ?」
ノイズが取られた声で動揺すると、黒猫が鳴き始めた。
「眩しい」
ランプの光にシャドウが目をくらませると、瀧が指示を出してきた。
「胸の穴! 僕達が指揮棒を差し込むところだ!!」
その言葉を聞いた三人は頷いた。
「二人とも、一曲アガるヤツちょーだい!」
近衛がにやりと勝ち気に微笑むと、三人は一気に仕掛ける。
三善が風を起こし、士狼が炎を乗せると、再び直撃する。
「嫌だ! もうルナと離れたくない!!」
シャドウが炎を浴びながら、わめくとランプの黒猫に手を伸ばし始める。
「倒されたくない! 倒されたくない! ここにいたい!」
取り乱した隙に火炎放射をやめると。
ジョバンニの剣先がシャドウの穴を狙う。
「目を覚ましやがれ!!」
一閃。
胸の穴を命中させた攻撃を食らわせると、黒い繭のようなモノが、シャドウから排出した。
「繭みたいのが⋯⋯」
三善が呟くと、士狼は無言でそれを眺めていた。
「ヤベー……瀧とルナがいなきゃ、丸ごとやるとこだった」
近衛が青ざめた表情でそうコメントすると、真っ先に繭が落ちたところに向かう。
「ああ⋯⋯! ぼくを返せ、『ぼく』を返してくれ⋯⋯! 独りぼっちはもう嫌だ⋯⋯!!」
シャドウが振り返り、黒い繭を取り返そうと近衛ごと手を伸ばそうとするが、ヴァルターがその腕を掴んだ。
「お前だけじゃないよ、俺だってずっと独りだったから」
転勤族の士狼の言葉に、シャドウはヴァルターを見てくる。
「それ言うなら、早苗さんがいなきゃ、オレも芥川も家で独りぼっちだぞ」
続けて近衛もそう返す。
「……けど、ぼくは……」
シャドウがまだ何か言いたげである。
「本当に面倒くさいな、お前は」
近衛がそうポツリと呟くと、黒い繭がほどけて、穏やかに眠る和也が姿を現した。
※
「⋯⋯ここは」
コルサコフが目を開けると、辺りを見渡している。
「バカ! 何考えてんだよ! なんで、死のうとしたんだ!」
由成がいつもよりも増して、青白くなっているコルサコフを叱咤する。
「……僕にようになって欲しくない人が……なってしまって……もう生きる希望も⋯⋯ないと思ったんだ」
静かに語るコルサコフに対して、由成は叩きつけるように叫んだ。
「なんだよそれ! いつも反応が地獄にいるなんだよ、お前は⋯⋯!」
由成はコルサコフの言葉の意味は理解できなかったが、受け取り方が大袈裟だと訴える。
「⋯⋯地獄も何も⋯⋯」
コルサコフが視線を落とす。
「僕には⋯⋯何も無い⋯⋯何もできない⋯⋯」
コルサコフの声が、またおどろおどろしいものになる。
表情は生気を失い、絶望に染まった青い瞳が向けられる。
「全部奪われた⋯⋯ルナを守れなかった僕に、価値なんて⋯⋯ない⋯⋯」
コルサコフの体から黒い糸が現れると、周囲を編もうと、うごめき始める。
「繭がまた!」
三善がそう叫ぶと、シャドウはヴァルターの中で、暴れ始める。
「返してよ……『ぼく』を返してよ……」
まるで心の拠り所を求めているみたいだった。
「返してよ……僕の大切なものを……」
全てに絶望した少年は、生きる希望すらも無くなっていた。
そんな闇に触れて、心を痛めた由成のタレ目から雫がこぼれだす。
その涙はコルサコフの頬を伝い、劇場の床に流れ落ちていく。
なにもない、無価値の人間だって──
あの時、無礼な事を言った桜木を跳び蹴りして、無理やり謝らせたのか。
あの夜、コルサコフの闇と真剣に向き合い、拒絶されてショックを受けて、心配して後を追ったのか。
何も伝わっていない、伝わっていないじゃないか。
だから、思わず由成は口にした。
「お前が何もないって……じゃあなんで、オレは泣いてんだよ!!」
由成の落涙を浴びたコルサコフが視線を向けて、きょとんとした表情を見せて、無言で見つめてくる。
「⋯⋯ああ、でも⋯⋯嘘かも知れない⋯⋯そうやって⋯⋯ルナを踏みにじったんだ⋯⋯」
ヴァルターに羽交い締めされたシャドウは誘導するかのように、呟いた。
「それは違う。由成くんは⋯⋯そういう事をする風には⋯⋯」
シャドウの甘言にコルサコフが、はっきりと拒否をする。
その反応を見て、由成は、信頼してくれる嬉しさで笑ってしまった。
「コイツは嘘をついている⋯⋯また⋯⋯踏みにじられる⋯⋯」
無気力な誘い。
コルサコフを再びあちら側に、引きずり込もうとしているのが、伝わってくる。
「何分かった気になってんだ! オレ達はまだ学校どまりじゃん! 本当に、オレとタメかよ!」
長距離トラックドライバーの父から世界を聞き、人に覚えて欲しくて自分で活路を見出した男は、学校だけで完結するなと説得をする。
「⋯⋯まだ⋯⋯学校⋯⋯」
驚愕した顔でコルサコフは見てくると、シャドウが悶え始める。
「違う、違う、違う! コイツに騙されるな! 『ぼく』!!」
シャドウは抵抗していると、黒猫がコルサコフの元へと走って寄り添う。
「……ルナ!」
青い瞳を小さく丸めて涙を零すと、コルサコフはルナの頭を撫でた。
「ごめん!! ごめんよう!! 僕のせいで!!」
ルナが鳴くと、シャドウが悶え始めて、ようやくヴァルターの腕をほどくと、背後から襲いかかろうと、手を伸ばした。
「嫌だ! 嫌だ! ぼくをひとりにしないで!!」
その声を聞いた、由成は白銀の指揮棒を振り下ろした。
「任せた! ジョバンニ!!」
ジョバンニは蝶をかたどったレイピアを構えると、カツンとヒール音を鳴らして踏み込み、シャドウに一突き。
「仕方がないじゃないか……」
シャドウは泣き出しそうな声を絞り出す。
二突き。
「持って生まれたんだから……」
三突き。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
四突き。
「殴らないで……!!」
その言葉を聞いた由成は、コルサコフの罪悪感を軽減させようと、目を腫らしながら叫んだ。
「いい加減、顔をあげろ!! コルサコフ!!」
五突き目。
「オレがいるだろうが!!」
由成の怒声と共に、シャドウはジョバンニによって、吹き飛ばされて、地面に伏せると、背中から帯が出てきて拘束されていく。
「終わったのか……」
瀧の声がぽつりと、傷だらけの劇場に響き渡った。
※
揺れも収まり、劇場の欠片が零れ出る夕陽に照らされ、キラキラと輝きながら、ジクソーパズルのように欠片が収まっていく。
観客席にいる三人は近衛の名前を呼んで駆け寄ると、十センチぐらい差のあるコルサコフの体を、震えながら支える近衛由成が立っていた。
「二人とも大丈夫か!?」
士狼が駆け寄って手伝うと、ルナもコルサコフの足元に寄り添っていた。
「……そういや、言うの忘れてたわ。お前さ。あん時、オレが悩まないと思った事が間違いだったとか、言ったじゃん」
「うっ」
近衛とコルサコフの救出で、すっかり忘れていた、わだかまりを近衛は掘り返す。
士狼が近衛に嫌われているのではないかと、思った出来事を突かれ、気まずそうに目を反らした。
「オレもこうとはいえ、人間よ!! フツーに傷ついたんだがあん時!!」
コルサコフは疲弊しきった顔で、小さく呟いてきた。
「由成くん、泣いてたよね……僕みたいに、人との話すのが、怖くなったと心配しちゃったよ……」
だが近衛はガルルルと唸って、コルサコフにこう言った。
「そんな事で、怖くなってたまるか! 大体、楽しくなさそー事は嫌いなんだよオレは」
士狼は無表情ですまないと謝り、コルサコフは太い眉毛を八の字に寄せる。
三人はすっかりと怯えて、五線譜が描かれた帯で拘束されれいるシャドウの元へと辿り着く。
「アイツは……お金の為に、ルナを殺したんだ……」
コルサコフは何かを思い出したのかハッとして、シャドウを見下ろした。
「……そうだよ」
コルサコフは静かに返答する。
「目の色だけが違うから、体が不自由だから、やって来て、ひどいことをされるんだ……」
士狼はその言葉を聞いて、俯いた。
幸い士狼は転校生という好奇心で近寄って来たのが、大半であり、士狼にとって、あり得たかも知れない未来を見た。
「……うん。父さんと母さんが先生と話しても、早瀬先生が念入りに調べても、だめだった……」
コルサコフの横顔は、儚く目を伏せている。
「この世界は……ぼくらのような人は、踏みじられてできているんだ……」
重く深海に沈んでいくような重圧に参ったのか近衛が、空いた片腕で耳を塞いで荒れ狂った。
「あー! あー! ゲームの魔王みたいな事を言うな!!」
その叫びに瀧が乱入してきた。
「近衛くん?」
瀧はとても真面目な為、当然この空気で、茶化すことは許されないのであろう。
隣の三善はきちんと真面目に、聞き入っているというのに。
「瀧、頼むから、茶化させてくれ!! アイツが暗い話する時、マジで精神が持たねーんだよ!」
その台詞にコルサコフが、ショックを受けたのか、大きく目を見開いて近衛の顔を見る。
そして、長い睫毛が真っ直ぐと青い瞳に覆い被せて、眉毛を寄せた表情を、士狼と近衛に見せつける。
「……僕の悩みを雑に扱うな」
淡々としているが、圧を感じる声色。
怒っているなと、士狼は事務的に受け止める。
次に助けを求めて欲しいのか、捨てられた子犬のように見つめてくる近衛から、視線を反らした。
自分は関係ない、巻き込むなの意思表明である。
「あ……う……ごめん。けど、オレ、こういうのマジで無理。どこから話せばいいか、分かんねーの!」
近衛にとっては、よほどコルサコフのネガティブな雰囲気が、苦手だと伝わってくる。
「近衛君は、正直者だね」
「三善さんもそう思えてきたか。けど、今回は裏目に出るな」
瀧と三善が士狼達を見守りながら、談笑をしている。
「古参みたいな事を言い出してきたな、コイツら……」
近衛は苦い顔で二人を見ている。
「こさん?」
聞き慣れない単語に士狼は首を傾げると、つかさず近衛が解説する。
「よーは、先輩風を吹かしてるって事。瀧はともかく三善なんか会って、まだ一ヶ月ぐらいだぜ」
説明を受けた士狼は、納得がいかない様子である。
「一ヶ月も付き合えば、そうなるものだと思うけど……」
その言葉を聞いたコルサコフと近衛は顔を見合せて、口を開いた。
「……何、この妙なズレ」
近衛は冷めた顔。
「そういうもの……なのかな?」
コルサコフは不可解な顔であった。
「……ああ……うらやましいな。ぼくも混ざりたかった……」
加工されたような声が切実そうに響く。
「……僕もだよ……こうやって、人と話したかったんだ」
消え失せそうな声で、シャドウに呼応するコルサコフ。
すると、天空から白銀の指揮棒が降りてくる。
「……ここまでくるのに、長かった。すごく長かったよ……」
コルサコフが涙目で指揮棒を受け取ると、足をふらつかせながらシャドウに向う。
「にゃあ」
士狼の足元から発する鳴き声に、コルサコフは振り返る。
「……ルナ」
首を傾げて優美に座る、ランプがついた首輪をつけた黒猫のルナ。
その声は別れを惜しむような悲しい口調だった。
「もし、嬉しい事で埋め尽くされても、君をずっと忘れない」
コルサコフが胸の穴に指揮棒を差し込み、ガチャリと回した。
「ここにずっといたいけど、僕には待っている人がいるから……だから、さようなら……ありがとう……」
ルナがコルサコフの足元に頭と体を擦り寄せて、ゴロゴロと喉を鳴らすと、コルサコフは体を震わせて泣いていた。
「……ようやく言えた、やっと言えた……っ!!」
コルサコフの泣き声と共にシャドウの黒靄が晴れる。
三善と近衛はもらい泣き、瀧と士狼は切なそうに静かに見守っていると。
赤と白の2つに分かれた肌を持ち、右片方が悪魔の翼がついたマスクをした筋骨隆々の男が姿を現す。
「我は汝、汝は我──我は
書き物机にランプと白紙の楽譜とペンが置かれた絵柄が描かれた、青いタロットカードがコルサコフの手元に落ちる。
「これは……?」
コルサコフは目を丸めてこちらを見ると、士狼は答えた。
「ペルソナだ」
『ロベール』
アルカナ:隠者
ジャコモ・マイアベーアが中世フランス伝説『悪魔ロバート』を元にしたオペラが有名。
ロベールは、父は悪魔、母は人間の出自により故郷を追い出され、友人に扮した悪魔の父ベルトラムの策略により、母の訃報の悲しみよりも快楽を選んで、賭場で全てを失い、愛され、助けられた、王女の結婚を賭けた槍試合の不参加と、不幸な目に遭う。
その終幕は、期限が迫り悪魔界に誘惑する父と、母親の遺言を託された乳兄妹のアリスとの争いの結果、期限が切れて、父は地獄の業火に飲まれ、ロベールは救済される。