PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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Chapter9『Oh, I share your sorrows and joys with no one.』 ActⅣ

 黄昏の音楽室──

「……」

 コルサコフ・和也(かずや)は正座させられて、吉田杏奈(よしだあんな)に見下されていた。

「あなたのせいで、私の居場所が壊されそうになったんだけど……」

 優美な表情は崩れてはいないが、明らかに怒っている。

 

「……文句なら……死神さんに言って欲しいよ。最初は無視されたけど……」

 バツの悪そうな表情で、吉田から視線を反らすコルサコフ。

 

「つか、槍野郎を死神って例えるセンス、面白いよなー」

 ケラケラと近衛由成(このえよしなり)は笑っていると、吉田が口を結んで近衛を見てきて、近衛は構える。

 

「積み木を組み合わせたような体で、由成くんを襲った時の姿が神様に見えて……つい……」

 コルサコフは目を伏せて、照れ臭そうに頬をかいている。

 

「……ついじゃなくて。ここごと乗っ取れる力を持つなんて、無視されて当然よ」

 吉田は困った表情で、両頬に触れる結わえた黒髪を垂れ下げた。

 

「……僕だって、まさかあんな事になるなんて、想像もつかなかった……」

 

 コルサコフにとって、シャドウの力は持て余すものらしく、どんよりと俯いたまま淡々と返してきた。

 もし救出に失敗していたら、物理以外の攻撃は吸収され続け、強者に奪われた恨みを晴らすように世界を蹂躙し、瞬く間に支配していたのだろう。

 

 人間不信という恐怖を乗り越えた、コルサコフの潜在能力は凄まじいものだったと。

 劇場の出来事を思い出した山田士狼(やまだしろう)は、ぐったりと肩を落として口を開く。

 

「ルナがいなかったら、俺達は間に合わなかった」

 士狼はコルサコフを真っ直ぐと見ると、また視線を反らされた。

 シャドウを通じて不安を解決しても、この癖は治らないようだ。

 

「……」

 コルサコフは一呼吸置く。

「……ルナは僕にとって、生きる希望だった、死んだ後もつらい時には、時々思い出して、心を落ち着かせていたんだ」

 コルサコフは静々と語る。

 

「だから、『劇場』で出会ったルナは、君の心を照らすシャドウとして現れた……」

 

 瀧慈宗(たきちかむね)は穏やかな口調でコルサコフに語ると、顔を見上げてハッとした表情でこちらを見てきた。

 

「……ルナ……」

 陰がある表情でコルサコフは呟くと、三善明美(みよしあけみ)は悲しそうにコルサコフを見ていた。

 

「死んじゃっても、ルナは君のお守りだったんだね」

 コルサコフは無言で頷いて俯き始める。

 

「あー泣くな、泣くな。シャドウとはいえ、ルナにようやく、色々と言えて良かったじゃん」

 近衛はポジティブな言葉を使って、コルサコフをなだめようとしていた。

 その様子を見た士狼は真顔を作って、ぽつり。

 

「……ってきり、ここはふざけると思ったけど」

 

 しばしの沈黙。

 ご指名の近衛は、肩をすくんで苦笑する。

 

「よく叱られるオレが言うのもアレだけどよ、お前が今一番、空気読めてねえよ、マイペースくんか!!」

 音楽室には、近衛の声が響き渡った。

 

 

二〇三〇年 六月一日──

 

 和也は、バスに乗って隣町に辿り着き、歩いている。

 ルナが死んだきっかけで、親に隠していた、いじめがバレた。

 

 それを知った恵体(えたい)のいい父親が、鬼の形相で加害してきた男子生徒と、傷だらけになった自分の写真をネット上で売っていた女子生徒の家族ごと訴えて、謝罪文を書かせ、転校した。

 

 にも関わらず、口に溜まった血の匂いと膨れ上がった、皮膚の感覚が蘇った。

 三年の時が経った今でも、はっきりと覚えている。

 

 和也は重く暗い雰囲気を出して、パーカーの紐を揺らしていた。

 記憶を頼りに町中を歩くと、はやせ動物病院の看板を掲げた建物を前にする。

 

「……っ」

 目の前がぐらりと歪んだ。

 息が苦しくなり、脂汗が吹き出ると、ルナの声が聞こえた。

 

(大丈夫。僕にはルナが……)

 いつものようにルナを撫でて落ち着かせようと、試みる。

 

 心は落ち着いても、体が動けないままであった。

 まるで石化したみたいだ、足が一歩も進んでくれない。

 

 和也は立ち尽くしていると、自動ドアが開かれた。

 変わらない動物達の匂いが、高く大きな鼻を刺激する。

 そこから出てきたのは、ケージを抱えた女の人で、誰か謝っていた。

 

「いやー、激しく抵抗できるのは健康の証ですよー」

 無精髭の中年男性が呆れた表情で、間延びした口調でケージの視線に合わせた。

 

「じゃあお大事に」

 女の人のやり取りを見届けた後、こちらに気づかれて胡散臭い笑みを浮かべられた。

 

「ああ! コルサコフくんか、久しぶりだなー」

 飄々(ひょうひょう)とした態度でこちらに近づいてくる。

 

「ルナがああなってから以来だな、ちゃんとメシ食って……」

 いつの間にか、はやせと書かれた名札をした男を、和也が見下ろす側になっていた。

 

「背伸びすぎだろ、身長どんだけあるんだ?」

「……一七七です」

 

 早瀬千尋(はやせちひろ)は目を丸めて見上げられると、親のようにしみじみとこう返す。

 

「子どもの成長は早いねえ」

 ぽんと頭を撫でて、わしゃわしゃと撫でられる。

 手首には相変わらず、赤い生傷が見えていた。

 

「その……急に来てごめんなさい……」

 和也が申し訳ない表情で早瀬にそう言うと、背中を優しく添えられた。

 

「いいって事よ。立ち話もあれだな。今、患者がいないから、上がっていけよ」

 

 親指を立てて後ろの扉を指すと、和也が首を横に振るう。

「このままでいいです、思い出す……から……」

 まだ入れないと和也が視線を落とすと、早瀬は何かを察したのか、慈愛に満ちた表情を見せてくる。

 

「そうか。で? 俺になんか用?」

 風が吹く、初夏の匂いが二人を包み込む。

 

「……実は、僕に、は、話し相手ができたんです……」

 にへりと早瀬は笑う。

 

「ウクライナ侵攻が原因で避けられて、諦めていたお前がか! そいつはいい話だ」

 腕を組んで頷き、早瀬は嬉しそうに噛みしめていた。

 

「……独りぼっちは僕だけじゃないと、言ってくれて……」

 シャドウを通じて、聞こえた山田士狼と近衛由成の言葉を思い出す。

 

「何もない僕に……泣いてくれた人ができた……」

 静かに語り微笑む和也の話を聞いた、早瀬は首を横に降ってきた。

 やはり何も無いのかと和也は思ったが、早瀬はこう語る。

 

「いいや、お前は何もなくないよ」

 その言葉を聞いて和也は目を見開き、食い気味で早瀬を見る。

 

「あん時、募金詐欺の内容と活動家の表情がいじめっこと同じで一致していないって、言っただろ?」

 

 そうだ、ルナの名前を教えても、活動家の表情は暴力を振るってきたヤツと同じなのを、今でも鮮明に覚えている。

 

「ルナは残念だったが、お前が言ってくれたから、救われた命があった」

 早瀬が近づいてくると、肩に和也の顎を乗せて、後頭部を鷲掴みにして抱いてきた。

 

 異臭が蘇る。

 キャン、キャン、ニャー、ニャーと動物達の声が耳にこびりつく。

 

 愛護団体が懸命に廃材を掻き分ける音が、心臓がずきずきと痛みだす。

 

 あの廃屋の事を思い出すと、吐き気がしてくる。

 

 皮膚がただれ、虫に集られ、爪も伸びているルナの肉塊は忘れたくても、忘れられない。

 

 これを見てから、惨い目に遭っていた自分もこちら側の住民なんだと、より強く刷り込まれた。

 

 罪悪感で押し潰されそうになって、救出結果を聞かずにその場から、立ち去ってしまった。

 

 次は、お前がこうなる番だ──

 

 お前も見た目に目をつけられ、殺されるまで暴力を振られ続けるんだと。

 今日(こんにち)まで思い続けて来た。

 

「お前は何もなくないよ」

 早瀬の掌が、強く握りしめ震えているのが伝わってくる。

 

(……そうか、先生も僕と同じで悔しかったんだ……)

 

 和也はその震えで早瀬の感情が伝わり、孤独感が減っていく。

 そして、早瀬が自分の存在意義を明かすと、自分にも生きていい価値があるんだと、涙がこぼれた。

 

「……先生、僕は……っ! 僕は……っ!」

 自分はこの世界にいてもいいんだと、強く早瀬を抱き返して、鼻をすすり泣きじゃくる。

 

「つらかっただろ、先生もできる限りやったけど、こればっかりは……っ!」

 和也は早瀬の歯ぎしりの音を聞くと、虚しさと苦しさを共有していた。

 

 

 

 喫茶、夢見堂──

 

「……」

 鯉と水流が描かれたスカジャンを纏う近衛由成(このえよしなり)は、駅広場にあるコルサコフを呼ぶが、和也はソワソワしているので、ため息を吐いてしまう。

 

「とって食わないから、落ち着けよ」

 近衛は苦い顔で遠慮しているのか、縮こまりメニュー表で壁を作るコルサコフ。

 

「……ごめん、クラスの人とこういうのは初めてで……」

 コルサコフはメニュー表で顔を隠して、落ち着かない様子である。

 

「謝るなって、顔を隠すなって」

 悪いことしてないのにと、由成はコルサコフに伝えると、にししといたずらっぽく笑った。

 

「言っとくけど、オレと付き合うって事は、初めてだらけになるから、覚悟しとけよー」

 つらい思いした分、いっぱい可愛がってやるかと由成はコルサコフをリラックスさせる為に、自身の気持ちを軽口として乗せる。

 

「……」

 反応はなし、壁は未だに壊せず。

「返事しろよ!! オレが滑ったみたいじゃん!」

 由成は力んでツッコむと、メニュー表から、小さな声が返ってきた。

 

「……どう答えたらいいか、分からなくて」

 どんよりした雰囲気を放ってコルサコフは答えられると、由成は腕を組んで気まずそうに視線を反らす。

 

「どんだけ、人付き合い避けてきたんだお前はよ……」

 店員がやってきて、クリームソーダとアイスコーヒーがテーブルに置かれると、コルサコフはガムシロップを手に伸ばした。

 

「……この目がある限り、僕はずっと……仲間外れだ……」

 くるりくるりとコーヒーは、ストローでかき回される。

 

「だったら、誰にも知られず生きる方が、楽だ……」

 カランと氷がグラスにぶつかる音が、耳をくすぐる。

 

「けれども、お前はオレらと話したかった」

 由成は白いアイスクリームを掬って、一口食べるとコルサコフのシャドウの言葉を思い出す。

 

「……うん、そう。おかしいよね。人が怖いはずなのに、人に近づきたい……」

 コルサコフは沈んだ表情で、思いを明かした。

 

「……けど、アイツらがそうさせてくれなかった」

 虚ろな目で生気を失った表情で、俯かれると由成は引き気味になりながらも、答えた。

 

「……要するに、まだ人の事好きでいたいけど、裏切られるのが怖いって事か」

 エメラルドグリーンの泡はキラキラと日光に輝きながら、減っていく。

 

 自分の事を心配してきたという事は、まだ人の事が好きなのではと由成は思った。

 かさを減らすと、その気持ちを、由成なりに言葉に出す。

 

「じゃないと、オレの事気にかけねーだろ?」

 伝わったのか、コルサコフがハッと顔を上げてこちらを見てくる。

 とても不安気な表情だ。

 

「よかったなー会ったのがオレで、変なヤツに会ってたら、悪い事に使われてたかもな」

 由成は細長い銀のスプーンを上下しながら、うんうんと由成は頷いた。

 怨霊だとか物騒な事を言っていたから、何かのきっかけさえあれば、犯罪に手を染めていたんだろうなと由成は思っていた。

 

「……そうかも知れない」

 弱々しい声が一変、重みのある声で返された。

 睨むかのように伏せられた青目は光がなく、口角は下がった表情を作る彫りの深い顔立ちは、闇の深さを際立たせる。

 

 重々しい鬼の形相に由成は背筋を凍りついて、顔を一気に青ざめる。

 

「う、うわあ……マジで?」

 ガタガタと由成は体を震わせてしまい、銀のスプーンはぴたりと止まってしまった。

 

(コイツ、マジで殺す気だったんかい)

 由成はコルサコフの怨嗟に、恐れおののいた。

 

 ここで黙り込んだら、また明日になる。

 

 一体、何のために呼んだんだオレ──

 

 と内に秘めて由成は顔を引きつりながらも、話を続けようと試みる。

 

「ってきり、解決したと思ってた」

 上ずり声で、由成はそう聞いて見る。

 シャドウと仲間の邂逅を経て、心のわだかまりが取れたと思い込んでいたのだ。

 

「……シャドウの事なら、アレは、ようやく怖がらなくてもいい人を見つけたと思ったから、指揮棒が出たんだ」

 あくまでも、シャドウはその人の不安から生み出されるものであり、根深い心の傷の治療ではないと近衛由成に教えてくる。

 

「……そういう君は、どうだったの? シャドウと出会って」

「……」

 

 由成は黙考をし、シャドウとのやり取りを思い出す。

 空気読めと何回も怒られて、人を都合の良い人間呼ばわりして、独りぼっちだと言ってきたなと。

 唸って答えをまとめると、右手で拳を作る。

 

「オレは、お前の事をほっとけないって思った、胸の痛みと」

 

 人差し指を上げる。

 

「誰かがちゃんと見てるから、細かい事は気にするな。以上だ」

 中指を上げたと思いきや、銀の指輪で埋め尽くされた掌を広げて、シャドウを通じて、得たものを発表した。

 

「つか、今まで通りでいいって事に……」

 由成が言いかけると、コルサコフは信じられないと言わんばかりの表情をぶつけてきた。

 ただし、太い眉毛は困り眉に寄せているが。

 

「おーい? コルサコフクン?」

 由成が顔の前で手を上下に動かすが、硬直している。

 

「そんなに驚くこったね?」

 由成は不可解だと思っていると、我を返させる為にクリームソーダが入った、グラスにコルサコフの頬を当てた。

 

「うわあ! 冷た!」

 大袈裟に驚いてぴょんと体を浮かせて、そのまま着地したコルサコフは恨めしそうに見てくる。

 

「悪い悪い、フリーズしちゃってたから、ついな」

 両手を合わせて片目だけ閉じて茶目っ気に謝ると、コルサコフは困惑した表情に変わる。

 

「ちょっと待ってよ、君はあんなに怖い思いして、思った事って、()()()()()()()()いいの!?」

 珍しく、由成を詰めて思わずシャウトしているコルサコフ。

 

「オレはお前じゃあないの!! ハッピーでいたい主義なの!!」

 周囲がざわついており、思わず由成は立ち上がって「すみません」と頭を下げて謝り、着席する。

 

「……でも、普通は……もっと深く考えるものなんじゃあ……」

 コルサコフがしおれて、ブツブツと何かを言っているが、由成は気にせずに強行する。

 

「たく、オレが納得してんだから、いいんだって、細かいヤツだな……」

 由成は呆れた表情でストローをくわえて、飲み始める。

 

 自分は自分のままでいいと、由成はシャドウを通じて、そう感じた。

 

 例えそれが薄っぺらいと言われても、自分が出した答えなんだと胸を張れる。

 

 初めての暗く繊細な人間の相手に、戸惑いながらもクリームソーダをすすっていく。

 

「……細かくて、悪かったね」

 コルサコフは淡々と返すと、あちらも頼んだ飲み物を飲んでいた。

 気まずい空気の中、由成はアイスを食べていると、コルサコフの視線はグラスに向けられているのに気づく。

 

「……お前の恨みと傷、シャドウだけじゃあ、だめだったのか」

 その仕草に思わず、呟いてしまう。

 人はそう簡単に変わらない。

 誰もが自分みたいに周囲に適応して、柔軟に生きられるわけではない。

 由成は、じんわりと思いが溢れてきている。

 

「……うん。けど、大丈夫。少しは楽になれたから……」

 コルサコフは、意味深に目を伏せて話すと、由成は気が抜けた笑みで返した。

「ならいいけどな」

 二人のやり取りを、爽やかな青空が見守っていた。

 

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