PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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Chapter10『I must improve the fated ones through my own art.』 ActⅢ

二〇三〇年 六月五日──

 朝、玄関。

 

「あ」

 教室に向かう廊下を使おうとする時、伊福部(いふくべ)と出会った山田士狼(やまだしろう)

 昨日の出来事で少し気まずく感じると、士狼は思っていたら案の定、伊福部が何か言いたげに刺々しいオーラをまとって見下ろしていた。

 

「……おはよう」

 士狼は冷や汗をかきながらも、伊福部に挨拶をした。

「おう」

 いつものように挨拶を返されたかと思うと、すぐに離れようとしだす伊福部。

 また自分の言い方が悪かったのかと、再び落ち込みそうになる。

 

「先輩達、おはようございます」

 そんな刺々しい空気をひっくり返すかのように、佐藤京子(さとうきょうこ)が二つに結わえた髪を揺らしながら、向かっていく。

 バイトで働いている後輩の手前なのか、伊福部は歩みを止めて士狼と一緒に挨拶をしていた。

 佐藤の登場に感謝しつつも、あまりの身長差故にか、伊福部は体を屈んで、佐藤を見た。

 

「お前は佐藤じゃねえか、同じ高校だったんだな」

 伊福部は初めて知ったかのような口ぶりで見据えていると、佐藤は微笑を浮かべる。

「そうですよ。私も初めて知りました」

 本当に自分の事話していないんだなと、士狼は思い始めて二人のやり取りを静かに見守る。

 

「なんの用だ? バイトで何か分からねえ事でも、あったか?」

 伊福部は聞き始めると佐藤は首を振って、考えるとこちらを見てきた。

「山田先輩と放課後、ここで待ち合いましょうって約束に来たんです」

 佐藤はアイコンタクトを送ると、士狼は店長から何か情報を得たんだなと、了承し頷く。

 

「そうか。仲が良いんだなお前ら……」

 伊福部は興味深そうに、視線を送ってこられると、佐藤は困ったように笑いかける。

「伊福部先輩はいつも、忙しい、忙しいって帰っちゃうじゃないですか」

 確かに昨日はそうだった。

 体験してきたと士狼は首を縦に振る。

「そんなんじゃあいつまで経っても、友達ができませんよ」

 その言葉、間接的に士狼を刺してきた。

 確かに人の輪に入りたかったら、自分から逃げては何も得ないと嫌な気持ちにさせられる言葉(ナイフ)──

 

「……いらねえよ。俺には遊んでいる暇はない」

 伊福部は立ち上がって、はっきりと答えると、その態度に戦慄が走る。

「え、ウソだろ? 俺だって別れるのが嫌でつるまなかったけど、そこまで思った事はない」

 あまりにもはっきりとした答えに、士狼でさえ困惑している。

 

「……それは、お前に迷いがあるからだろ」

 伊福部はこれまたばっさりと切り捨てられると、伊福部の口弁は続く。

「今度こそ、馬鹿やれる友達が欲しい選択肢があるから、迷えるんだ」

 きゅっと、士狼の胸が締め付けられる。

 同時にその考え方は無かったと、伊福部の言い分に驚きもした。

 

「俺はそれがないから、迷えないんだ」

 伊福部は無愛想に言い残すと、白シャツの裾を翻すと、教室へと向かって立ち去っていった。

 

「……店長から聞いていましたが、お母さんの件。余程深刻そうですね」

 

 選択肢がない。

 伊福部は言っていた。

 

「どういう意味だ?」

 士狼は伊福部に聞こえないように耳元で訊く。

 すると、びくりと佐藤は体を跳ねて顔を赤らめながらも、佐藤は口を開いた。

 

「実は、伊福部先輩のお母さんは──」

 

 

 同日 昼、体育館裏。

 

「……」

 伊福部の秘密を対策部のメンバーに口頭で伝えると、一気に、空気が重くなってしまった。

 当たり前だろうな。

 みんな母親は、様々な形で元気に働いている家庭環境だから、士狼も想像しにくい状況下にいると思い知らされた。

 

「よしりー。アンタのママは、看護師でしょーなんか聞いてる?」

 芥川幸恵(あくたがわゆきえ)は、この空気を打破したいのか、近衛由成(このえよしなり)にコメントを求めてきた。

 

「え、えっと……かーちゃんは、仕事の話はあんまし、しねえからな……」

 気まずいと銀のピアスを光らせて、お役に立てなくて申し訳ないという表情で続ける。

「せいぜいセクハラしてくるアホなオヤジや、上司がキツくてやってられないみたいな、愚痴ぐらいしか聞かねえよ」

 

「その……お疲れ様です」

 瀧慈宗(たきちかむね)は目を閉じて、近衛母を(いたわ)る。

 

「……私にはよく分からないけど……多分、妹の事を見ながらって、大変だと思うの」

 三善明美(みよしあけみ)は結わえた髪を揺らして、伊福部の心労を想像する。

 

「だから、うちには早苗さんがいるのね。ほら、私達の家は親はほとんどいないから……」

 次に芥川要(あくたがわかなめ)は、自分達の家庭環境に納得しだしていた。

 芥川姉妹は地主家系の双子姉妹なだけあって、家政婦を雇える資金があるのだろうと思わせてくる。

 

「金がなきゃあ、家族が面倒見なきゃならんって、世知辛いよな」

 近所に住む幼馴染という事なので、早苗さんに面倒見て貰っていた鍵っ子の近衛は、後ろに手を組んで空を見上げていた。

 

「……そうだね。僕の父さんも、ロシアの生活が苦しくなったから、日本に来たんだっけ……」

 コルサコフ・和也(かずや)は離れた位置で、父親の来日についてポツリと呟くと、近衛は静かにツッコむ。

 

「なんかお前の父ちゃんだけ、スケールがデカいな……」

 なんとか平和な時代を維持している、日本育ちの子供らしいツッコミではある。

 士狼も同意していた。

 

「国ごとだもんな」

 士狼はそうポツリと返す。

「……僕の父さんに相談してみるよ、何かいいヒントが貰えるのかも知れない」

 

 ここで瀧は頼りになりそうな提案を出す。

 

「そういや、お前のシャドウが父ちゃんの真似っ子って言ってたらしいじゃん、お前の父ちゃんは、何してんの?」

 近衛は容赦なく切り込むと、瀧は凛々しい表情で誇らしげに答えた。

 

「警察官。所属は地域課、みんながよく言う『おまわりさん』が、僕の父だ」

 瀧は眼鏡のレンズを光らせて、クイッと眼鏡を上げると近衛が士狼の肩を回して、小声で話しかける。

 

「うえー、委員長サマの原点を見た気がするー」

 げんなりとした表情を向けられると、士狼は真顔でこう返す。

「だから、よく俺達の話を聞いてくれるんだな」

 だがこの返答に近衛は気に入らなかったのか、マジかよという表情を作られた。

 

「そっち方面なのね……ポジティブで何より」

 と近衛は元の定位置に戻っていく。

 

「……背負い込む必要はないか」

 うーんと、士狼は腕を組んで考え事をする。

 本当に、それで良いのだろうか。

 

 なんだか大切なものまでも、削ぎ落とされている気がする。

 士狼はモヤモヤとした感情を抱きつつ、弁当を眺めていた。

 その後、みんなで話し合った結論は、瀧の父親に頼る事であった。

 

 

 それから、五日が経過した。

 伊福部を初めてフォーカスに当てて、学校生活を送ると。

 気づいた事がある。

 

 まず班で行動する時は、面倒見が非常にいいポジションにまわる。

 これは林間学習で経験した通りだ。

 理科室のガスバーナーで危ない使い方をしようとした男子に、威圧の睨みを利かせると、やめさられ「火事になったらどうすんだ」と怒られていた。

 

 次に体育の授業、なんの因果か球技の授業がバレーボールになった。

 伊福部の技が見たいと言わんばかりに、珍しく瀧から同じ班になりたいと、熱く希望して入る様子を目撃。

 自分も瀧に誘われた。

 

 だが、瀧からは体育会系の熱血の気配を感じる。

 どちらかというとほどほどにやりたい、伊福部を遠くから観察したい士狼は断って、林間学習の時一緒になった木野正(きのただし)と同じチームを組んだ。

 

 幸恵が伊福部がバレーボールをやっていた話を女友達にして、巡り巡ったのか、ギャラリーが女子達でいっぱいになった。

 木野はなぜかやる気に満ち溢れており、他のチームメイトが困惑していた。

 

 伊福部と瀧のチーム対戦の番が回ってきた。

 似たタイプが集まったのか、体育の授業なのに熱気が凄まじく、覇気を感じる。

 

 一方、こちらのチームは、木野除くほどほどゆるくやりたいメンバーなので、敵チームの空気に気圧されている。

 

 ポジションは伊福部が言っていた、オポジットかアウトサイドのどちらかにしようかと迷った。

 そうしている間に木野がかっこいいからと、オポジットを名乗り出した。

 

 仕方なく、士狼はアウトサイドヒッターを希望する。

 

 士狼の立ち位置は前列右。

 木野は前列左にいる。

 

 で、ネットの向かい側、前列真ん中には伊福部(いふくべ)選手が立ち塞がっている。

 殺気がすごいと士狼は、汗がにじみ出てきた。

 同じポジションのチームメイトに目を向けると、明らかに怯えていた。

 

(……ガンバレ)

 運が悪いなと士狼は同情していると、後列右から、瀧の気合が入った挨拶が響き渡った。

 

「よろしくお願いします!!」

 声と共に敵チームと、お辞儀する。

 先生によると、瀧のポジションはセッターだ。

 確か、ボールを選手に行き渡りやすくする役割。

 伊福部(経験者)が指定しただろうと、分かる配役であった。

 

「お前ら!」

 突如、伊福部が体育館に大声を響かせる。

「どの競技もそうだが、特にバレーは、誰かがいなきゃあ成立しねえ競技だ!!」

 スイッチが入ったのか、伊福部の前髪に隠れていない、右目には光が宿っていた。

「ワンマンで戦わせるなよ!」

 熱量がすごい伝わってくる雄叫びだ。

「俺はブランクがあるから、戦力に期待するな!」

 

 あゝ、チームメイトがその熱量に圧されて、完全に置いてけぼりである。

 

(なあ……これって、体育の授業だよな……)

 けど、これではっきりと分かった気がする。

 伊福部は本当にバレーボールが好きなんだなと、士狼はそう気づいを得て、伊福部と瀧率いるチームに挑んだ。

 

 結果は伊福部と瀧チームが勝った。

 

 シャドウ戦でも、チームメイトを的確な指示でサポートし、攻撃してくるスタイルの瀧は、セッターでも存分に輝いた。

 剣道で鍛えた攻守を読む力は、選手を勝利に先導していった。

 

 途中から感覚を取り戻したのか、激流が湧き上がってくるような跳び上がりでボールを防ぐ経験者の伊福部は、大層強かった。

 

 木野は調子を取り戻した伊福部に、完全に萎縮してボールのキレが悪くなっていた。

 攻撃特化だろうに──

 試合終了後、伊福部はタオルで汗を拭いながら「想像以上だった」と瀧に言う。

 

 瀧は爽やかな笑顔を見せて、「君の守備もすごかったよ」と返して、伊福部と握手を交わす場面は、スポーツ漫画の一コマであった。

 

「おい、山田」

 探りを入れるために遠く眺めていたのがバレたかと、士狼は固唾を飲む。

 伊福部はタオルに首をかけて、ネット越しに話しかけられる。

 

「お前、チームメイトがぐだぐだの中、よくメンタルを維持できたな」

 そうなのかとバレーボールは、初めての士狼は首を傾げる。

 

「お前のポジションは、攻撃も守備も、やらなきゃいけねえんだ」

 この流れはもしかして、オカルト研究部の相馬光希(そうまみつき)と同じ流れだと、士狼は思わず及び腰で、強張ってしまう。

 

「だからこそ、人に興味がないお前は、試合の空気に飲まれず、安定したプレーができていた」

 専門用語の羅列がくると心構えていたがそうではなかったので、思わず力が抜けた。

 

「攻撃する時は、攻撃して」

 初心者からすれば、分かりやすい解説ありがたいと、士狼は思わず、目を輝かせてしまった。

 

「ボールを渡す時は、しゃんとしていてそうなヤツに渡していた」

「そりゃあそうだ。お前の本気で、みんな静かになってたから、まともなヤツを探すのは大変だった」

 士狼は、当たり前だと返答する。

 

「それを触れたばっかのお前が判断できるのは、すげえって話だ」

 何故かため息を吐かれて、理解できないと士狼はきょとんとする。

「たく火の番から、変わってねえなお前は」

 そう呆れ気味に言われると士狼は伊福部を見上げて、釈然としない表情で返した。

 

「そうなのか?」

 伊福部はやれやれと言わんばかりの態度を取られた。

 

「にしても、林間学習の話は置いといて、よくコートの中を見ているよな……」

 伊福部の戦況分析に感心していると、伊福部はどこか苦い表情を浮かべる。

「そりゃあ、俺はミドルブロッカーだからな。周囲の様子を見ないと、試合を動かせない」

 ネット越しの伊福部は、どこかぎごちない態度である。

 まるで、隠し持っていた熱量に驚いているようだ。

 

「……アンタさ──」

 そんな態度を取る伊福部を逃さないとばかりに、大きな猫目が伊福部を捉えた。

 

「今日の()()……楽しかったか?」

 水を得た魚のように、生き生きしていた今日の授業に、好きなのになんで辞めてしまったのかという疑問を絡めて、伊福部に問いかける。

 

「……すごく楽しかった。が、俺達がやったのは、試合じゃねえ()()だ」

 この言い回しに気づかれたのか、お返しにと言わんばかりに、きっちりと二つ目の意味も返された。

(……伊福部)

 士狼は伊福部のしかめ面がわずかに緩めていたのを、見逃さなかった。

 

 その後日、伊福部を観測し続けた。

 面倒見が非常にいい。

 バレーボールに対する熱量がすごい。

 に続けて追記するのは、放課後。

 

 一八三センチでバレーボールで鍛えた体格のせいか、運動部の勧誘がひっきりなしに来ている事だ。

 もう六月で、インターハイが近いというのに。

 だが、伊福部は「忙しいから」の一点張り。

 更には、数合わせだろうか生徒のカラオケに誘われているのを目撃した。

 帰宅部でいつも一人で行動している伊福部は、都合が良いのだろう。

 

 だがこれも、伊福部は「忙しいから」の一点張り。

 誘った生徒達は、気の毒であった。

 

(俺とタイプが違うな……)

 常に別れがつきまとい、友達を作るのに諦めていた自分と違う。

 士狼は遠くから慰めていると、人懐っこい近衛がひょっこりと現れて、一緒になって観察してくる。

 

「あの団体様は、何があったの?」

 軽やかに言葉を紡がれると士狼は答える。

「伊福部に断られて、落ち込んでる」

 近衛は有り得ないと言わんばかりの表情で驚いたと思えば、すんと澄ました表情に変わる。

 

「そりゃあ、とーちゃん帰るまで、家の事してんだろ? 親がいないと、本当に大変なんだよなー」

 和也の説得に早苗さんがいないと、自分は家で独りだと言った金髪マッシュヘアーの男はしみじみとしている。

 

「お前も大変なんだな」

 転勤族ではあるが家に帰ると両親と過ごせる士狼は、近衛を労う。

 

「いやー慣れりゃあそうでもないけど、やっぱ家族がいないと寂しいから……本当に早苗さんには、感謝してんのよな」

 しょんぼりと近衛は肩を落として、目を暗く伏せて切なそうに語っていた。

 

「……近衛」

 しんみりとした空気を壊すかのように、近衛は断られた集団に走り出した。

「オレ、コイツらと遊んでくるわ!! じゃあな!!」

 近衛は何か言い忘れたのか、一旦停止してこちらを向いた。

 

「福ちゃんの事、何か分かればいいな!」

 とキメた表情で言われると、落ち込んでいる集団に、飛び入り参加している様子を見届けた。

 

 

二〇三〇年 六月十一日──

 

 二年C組 三限目 数学の授業。

 観察日記、六日目。

 今日は曇り空である。

 伊福部はバレーボールが好きな面倒見がよい男だが、家の都合で、友達を作れず遊ぶ余裕すらもない。

 という事が分かった。

 彼の事を深く知れば知るほど、モヤモヤはおさまる気配すらない。

 

 心中悩みながら、士狼はノートを綴っていく。

 教師の言葉を聞きつつ、伊福部をちらりと見てみる。

 伊福部は相変わらずしかめ面のまま、真剣に授業を受けていた。

(……デカいな)

 クラスに紛れると、ひときわ目立っているのが分かる。

 士狼は黒板に視線を戻すと、戸を叩く音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 クラスの視線は一斉に、数学教師に向けられる。

「授業中すみません、山南(やまなみ)先生」

 C組担任の真島辰彦(まじまたつひこ)が入室して、早足で教室に潜っていく。

 

「伊福部」

 伊福部の席に真島が止まり名前を呼ぶ。

「はい」

 伊福部は返答する。

「お前の父親から連絡入った」

 すみやかに真島はスマートフォンを伊福部に渡すと、伊福部は何か会話していた。

 

 内容が聞けないのは惜しいと、士狼は緊迫した表情になる。

 一体、父親から何を知らされたんだとハラハラしながら見守っていると、伊福部は突如立ち上がって口を大きく開いた。

 

「お袋が!?」

 教室中に響き渡る大きな声。

 普段は交流を避けて静かに過ごしているタイプが、大声出す事態が珍しいので、教室はどよめき始める。

 

「先生。俺、早退します」

 伊福部は、ちゃっちゃっと道具を鞄に詰め込み始める。

「そうしなさい」

 真島は頷くと、伊福部は鞄を提げ、駆け足で教室を退室する。

 すれ違った時、伊福部の言葉が蘇る。

 

 ”関係のないお前まで、背負い込む必要はねえよ”

 

 足音が遠ざかっていくと、真島は心配そうに伊福部の通り道を眺めて、教壇まで歩いていく。

 

「授業の邪魔して悪かったなー、急用だったもんで」

 真島は手を合わせて謝られると、教室から退室した。

 空気は一変、静寂からざわめきに変わる。

 

「……瀧」

 この騒がしさに便乗して、隣にいる瀧に話しかける。

「俺達が思っている程、深刻そうだな」

 瀧は渋い表情で難しい問題に首に突っ込んでしまったようだと、確認し合う。

「父さんはなんて?」

 そういえば父親の相談の件どうなったんだと、瀧に訊いてみた。

 

「……君は、ヤングケアラーって知っているかい?」

 士狼は横に振る。

「簡単に言うと、家の事ができない親の代わりに、家の事をしている子供の事だ」

 障害、病気、母国語を持っている親に代わって、子供が介護、家事、看病、通訳を肩代わりしている未成年の事を指す言葉だと、瀧は分かりやすく説明してくれた。

 

「この問題は警察官の仕事じゃない、市役所の話になってくるって」

 瀧の父親でも解決できないのかと、士狼は愕然と肩を落とした。

 

「……そうか」

 落ち込んでいると、メモ紙がこちらに送り込まれる。

 開くと、いくつかの電話番号が記載されている。

 文字は、子供支援センターや相談サポートセンターが並ぶ。

 

「これ」

 瀧が咳払いをした。

「相談窓口の電話番号。これを、伊福部くんに渡せばいい」

「ありがとう。って、そういや、お前この前の体育の授業、同じ班だったろ? なんで俺に……」

 

 バレーボールの授業を思い出しながら、話す機会があっただろうと問いかけてみる。

「真っ直ぐ踏み込みすぎて、逆に追い詰めてしまうのは、避けたかった」

 瀧が目を伏せると士狼は思い出す。

「あ……そうか鴨沢(かもざわ)

 瀧は頷く。

 

「だからまず、林間学習の炊飯時間について聞いたら、こう答えてくれた」

 慎重に物事を進めていくんだなと、士狼は思いながら、瀧の返答を待つ。

 

「オヤジがいないと、俺しかやれないから、なんとか覚えたって」

 林間学習でバーベキュー作る際、手際がよかったのはそうならずに得なかったという種明かしがされる。

「……そんな予感はしてた」

 佐藤と一緒に美術部で出した答えが見事に、的中した瞬間でもあった。

「検討はついていたのか」

 瀧は考え込むような表情を見せると、山南はざわつく教室に手拍子で鎮めさせる。

 

「はい。授業に戻るよ、伊福部と隣の席のやつ、自習用のプリント作るから後で取りに来て」

 隣の席の生徒はそう返事すると、いつも通りに授業は進んでいった。

 

二〇三〇年 六月十四日──

 

 朝、二年C組ホームルー厶。

 今日で四日、伊福部の席は空いたままであった──

 

 

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