廊下。
今回の通路は、瀧と三善と近衛と同じタイプだった。
「……これが廊下だったのか」
コルサコフ•
「コルサコフの時は、暗くてヒビも入ってたんだよな」
「コルサコフ様は心に深い傷を負われた方ですので、あの
ダイアナが解説するかのように、会話に割り込む。
(
と
ここの世界がもし、白い翼の異形が連れ去っていた人物の精神世界を、
「前方に敵!」
仮面をつけた食卓テーブルのようなモノが、カラトリーを飛ばしてきた。
「おっと、危ない。ペルソナ!」
近衛が真っ先に指揮棒を振るうと、三角帽子に蝶の仮面をつけた怪人がレイピアで銀食器を弾く。
「わ! 食器が! 大切にしなさい!」
「まだ来るぞ! 同時に三体!」
ファウストを通じて瀧が指示をすると、鎖の音と共に現れたのが、十字架に天秤を組み合わせたもの二体を率いて、聖職者の頭が三つ連なったものが先頭に立つ。
「な、なんかやばそうだなー、真ん中のやつだるま落とししたら、ぴったりだな」
只者ではないなと近衛は少し腰が引けると、三善は食器を雑に使われたのが、
「食器を飛ばした子はどこ?」
その時、瀧が叫んだ。
「三善さん!! 十字架のシャドウに、風で気になるところが!」
これはまずいと、瀧は指揮棒を振るって冷気を溜め始めるが、三善の怒りの攻撃の方が先に到着してしまった。
頭部の異形は耐え、赤青の十字架はあっけなく消滅したが、問題は緑紫の方。
旋風を跳ね返しこちらに向かってきた。
「言わんこっちゃない!」
士狼がヴァルターを出現させて、その攻撃を受け止めさせる。
「相変わらず、ヒリヒリするな……」
痛そうに体を擦る士狼。
「……ごめんなさい。つい、食器を粗末に扱ったから」
しゅんと三善は縮こまって反省されると、士狼は後頭部に手を乗せる。
「おお、おっかな……」
近衛は三善の怒りの鉄槌を見て、ポツリと呟いた。
「さっきのテーブルは消えたから、残りは……」
塔と緑紫の天秤十字架がまだ、立ちふさがり、膠着状態である。
その様子を見た瀧は、突然呟く。
「教条の塔と雷と風のバランサーをまとめてみると、広い範囲で対応している……」
胸ポケットから、瀧はメモ帳を取り出すと、にらめっこしながら呟いている。
「三善さんは女の人のような生首にカラス……」
ペラリとページをめくる音がする。
「近衛くんは、僕の苦手意識とみんなへの拒絶反応の影響なのか、押し寄せて来た氷に強いシャドウ達……」
ぶつぶつ、瀧は目を泳がして、読んでいく。
「コルサコフくんはそもそも自殺する気だったから、排除の気力がなく。代わりに、大切な存在しか発現できなかった」
その場にいる全員、瀧を真摯な目で見守っていると、通路であった、できごとを瀧は読み終えた。
「対して今回は、手広いカバーがし合えそうな編成──」
眼鏡をあげてレンズを光らせると、生真面目で凛々しい視線を向けられる。
「きっとここの
ぱたんと瀧はメモ帳を閉じると、三善にこう言った。
「慎重に進まないと、三善さんみたいな事になりかねないよ」
瀧の解析結果を聞くと、士狼はぐっと足の力が入る。
「ごめん、本当にごめん」
ペコペコと頭を下げると、近衛が「もういいって」と三善に返した。
「んでさーどうやって、攻略すりゃあいいんだ? 委員長サマー!」
瀧はかったるそうに絡む近衛を見て、きちっと堅物学級委員長の顔を見せた。
「打撃以外は何もないから、武器中心に攻めるしかない」
その言葉にぱちんと指を鳴らした近衛は、元気よく指揮棒を振り上げる。
白銀の一閃に合わせて、ジョバンニは教条の塔と向き合うレイピアを構えた。
「んじゃあ、なんか強そうなお前!」
近衛は指揮棒を振り下ろし、顔が三つ連なった塔に先端を向けると、レイピアで突くような動作をした。
「お前が先だ!!」
近衛の勝ち気な表情を見せつけてくると、カツンとジョバンニのヒール音が鳴り響き、黒い顔を突いていく。
一発二発と凄まじい音を立てて、塔にダメージを与えていく。
これが火蓋となったのか、教条の塔は目を光らせ頭部を動かすと、光の波がみなの頭上に降り注ぐ。
「光の攻撃が来るぞ! すごい力だ!」
瀧が叫ぶと、彼の隣にいたコルサコフ・
「……あっ」
コルサコフが慌てて指揮棒を抜くと、駆け寄せたファウストが、和也と瀧を庇う形になった。
士狼は慌てて指揮棒を小さく回すと、名を呼ぶ。
「ユニコーン!」
白き一角馬がいななきをあげると、士狼は叫んだ。
「三善、近衛! ペルソナは引っ込めて俺の後ろへ!」
呼んだ二人は頷くと、光の攻撃が来る前に急いで駆け込む。
「うわ、まじかよ! まさかの全員!」
近衛はひーっと顔を青ざめてこちらに、向かってくる。
光が一斉に降り注ぐと、ユニコーンの角がそれを受け止める。
その衝撃に士狼と近衛と三善は頭を抱えて、悲鳴を上げた。
「いきなり、ハードなのは嫌だあ!!」
近衛の張り裂けそうな悲鳴が轟かせると、バチバチと電気が弾ける音が聞こえた。
「……まずい、ファウスト!」
瀧は軽症で済んだのか、コルサコフを庇ったあとすぐに立て直して、指揮棒を薙ぐ。
「近衛くん!! 頭上!」
近衛は大きな氷塊が落ちてきて、近衛は慌てて避ける。
雷が近衛の代わりである氷塊に激突し、雷熱で発生した、水しぶきが士狼達にかかる。
「ひええええ!!」
近衛はへっぴり腰になって、大変よく悲鳴を上げている。
「連携がすごい、一体誰の心の中なんだ!」
その練り上げられた戦いを見た瀧慈宗は、とても興奮していた。
「感心してる場合か! 委員長サマ!!」
感電死するところであった近衛は、涙目になりながら必死に訴えている
「すまない近衛くん、今後の戦いの参考になると思って……」
その隙に、三善はコチョウフジンを発現させると、番傘の仕込み刀で天秤十字架を一閃する。
消滅していく様子をながめ終えると、士狼は黒き塔を見て瀧に訊く。
「何が引っかかる?」
「火と暗闇と光と打撃だ」
瀧は即答すると、士狼は呟く。
「ジョバンニの攻撃食らっても、平然としてるなんてな」
士狼は塔を睨むと、攻撃した本人がコメントする。
「硬かったぞアイツ」
両手を振るい舌を出して、気だるそうな表情で、訴える近衛。
その言葉を聞き、コルサコフは何かを思いついたのか、立ち上がり指揮棒を静かに掲げる。
足元には青い炎が舞う。
音符の粒子をたゆたわせ、五線の帯がコルサコフを包む。
「……ロベール」
コルサコフは目を伏せて、指揮棒を下ろすと、ガラスの割れた音がした。
輝く破片の中から、縦に分かれた紅白の肌を持つ。筋骨隆々の人影が姿を現した。
人影がまとう服装も、縦割りした紅白の配色に統一されていた。
悪魔の翼をあしらったフェイスマスクは、赤い箇所だけあしらわれ。
二つのBの文字が上下逆転に描かれた、サーコートをたなびかせていた。
「頼んだよ」
コルサコフが左手を下げて、指揮棒を下に向ける。
次の瞬間、ロベールは腕を伸ばして手のひらを上に向けて、開く。
手のひらに黒い煙が沸き立ち、何かを形成した。
それは──
ランプを
あの時、黒い廊下で出会い、劇場を導き、手助けしてくれた黒猫だ。
士狼は驚愕、瀧は見入るように見ながら、こう呟いた。
「……ペルソナは……心の鎧──」
三善と近衛は泣き出しそうな表情で、コルサコフとロベールを見ていた。
「にゃあん」
黒猫は鳴くとランプを強く光らせ、教条の塔を覆うかのように浴びせた。
もし同じ存在ならばと瀧は何かを掴んだのか、もう一度ファウストの杖を掲げて、魔導書を光らす。
「攻撃が受けやすくなった!! 全員で叩き込め!!」
ファウストは杖を掲げて、三善と近衛と士狼の力を増幅させる。
「行くぞ!」
教条の塔は三人の武器による攻撃ラッシュを受けて、あっという間に塵となって散った。
「いやー、ようやく前に進める」
近衛はそう呟く。
「コルサコフ君! あなたのペルソナ!」
三善は涙ぐんだ目元で、コルサコフに近寄ると、距離を置かれていた。
「……よくわからないけど。指揮棒を振るった瞬間……ルナがいた……気がしたんだ……」
コルサコフは目をそらしつつ、三善に対応する。
「一心同体の存在が、ペルソナ能力に影響を及ぼした……とても素敵な絆ですね、お客様」
ダイアナが脳内に話しかけると、士狼は三日前のコルサコフと伊福部のやり取りを思い出す。
(だから、好きなものを辞めて、全部諦めた伊福部に反論したんだよ)
士狼は、遠くからみんなの様子を見守る。
(大事なものは、そう簡単に手放せなかったから)
コルサコフの心境を予想で語っていると、重々しい金属音が繊細なピアノの旋律と共に聞こえてきた。
「……! まだだ! まだ来るぞ!! しかもかなりの大きさだ!」
感動の空気から一変、鎧をまとった馬と騎士が目の前に現れた。
「勘弁してくれ!」
近衛が悲鳴をあげると、緊迫した空気に包まれた。
※
一方、その頃。
「なんだここは」
足を動かそうとするが、じゃらりと金属が擦れる音がした。
「どうなってやがる!」
腕をぐいっと動かそうとするが、手首にも鎖によって繋がれているのが分かった。
「おい、変態野郎! 俺をどうする気だ!!」
武は必死にもがくが、じゃらりとじゃらりと鎖の音が聞こえるだけ。
「驚いた。もう目が覚めたのか……」
武の声を加工したような声がジジッとノイズ音を立てて、聞こえる。
「……俺の声。部活に入らねえからの、嫌がらせか!?」
こういう事をされるとしたら勧誘してきた者達であろうと、武は声がする方へ怒声を浴びせる。
「ああ、そうだ。おまえが捨てた罰だよ」
現れたのは、胸の穴から黒い靄を吹き出し、それに包まれた人のようなナニカ。
足音はなく、すうっと空中を滑空するように移動すると、きいんと金属音を鳴らして着地を披露してきた。
「罰? お前も俺にバレーをやれって言うのか?」
山田の刺客かと武は怯まずに睨みつける。
「だから言っただろ、俺は二度とコートには──」
「戻らねえ。
続けるように黒影は紡ぐと、武は思わず緊迫した表情を作る。
「お前……何モンだ?」
戻らないと周囲には言っているが、母親の言葉はまだ人に打ち明けていない部分な筈だと、武は訝しげた。
「おれは、おまえが手放したモンだよ」
黒影が頭上で炎らしきものを灯すと、赤いカーテンは幕上がる。
照明が照らされると長い黒髪を垂らした子供が、鎖に縛られ吊るされていた。
「!!」
ツリ目がちの大きな瞳を潤ませているのは──
「おにいちゃん……たすけて……」
伊福部ひばりの姿だった。
「ひばり!!」
力強く前進するが、鎖に引っ張られてその反動で、首が絞まる感覚がしてむせる。
首元を触ると鉄製首輪のようなものも、はめられていた。
「クソッ!! 悪趣味野郎が!!」
武は吐き捨てるように叫んで悪態をつき、黒影に向けて険しい表情を作るが、話を続けられた。
「ひばりも大事だ。だからこそ、兄貴のおれが守んなきゃならねえ」
武は鎖を外そうと体を懸命に動かすが、体力を消耗するだけであった。
「かあさんも大事だ。きっと目が覚めるから、ここまで来れた」
舞台の壁には、機械で繋がられた病院のベットのシルエットが浮かぶ。
「野郎……!! どこまで知ってる!?」
武は歯を食いしばり、首輪に繋がれた狂犬のような表情を作り、唸り始める。
「とうさんも大事だ。かあさんが入院してから、なるべく負担のないようにバイトをしたり、家事や介護を覚えた」
真っすぐ伸びた鎖は、武の身動きを封じ続ける。
兄妹の束縛されて、もがく姿にお構い無しと、黒影は吟じ続ける。
「けど、かあさんが死んじまったら、おれはどうなる?」
その言葉を聞いて、武は俯き、妹は悲しそうな瞳で武の姿を映す。
「おかあさん、しんじゃうの?」
ひばりに隠し続けた真実を明かされ、武のしかめ面は緩まり、動揺に染まる。
「違う……お袋は大丈夫だ。俺とオヤジが頑張ったんだ、きっと目が覚め……」
いつもの調子で武は優しく諭すが、黒影は遮る。
「目が覚めなかったら?」
武は、じゃらりと鳴らして黒影を見る。
「かあさんが死んだら、ひばりはどうする?」
武は左目を隠した、襟元まで伸ばしたボサボサの黒髪を揺らす。
「そんなの決まってる。俺達でひばりを守る、それだけだ!」
武は片腕を強く引っ張って、鎖を解こうとまたもがく。
「もし、限界が来たらどうする気だお前は……」
黒影は静かにあがき続ける武に言う。
「あ? どういう意味だ?」
武は黒影を威圧し、黒影に訊く。
「どっちが倒れたら、どっちが事故に遭ったら、ひばりはどうなる?」
もしもの選択に、武の口は乾いて目を泳がした。
「答えはこうだ!!」
黒影の頭上の炎が燃え上がると、ひばりを吊るしていた鎖が切れる。
「おにいちゃん!!」
ひばりが勢いよく降下し、武の名を呼ぶと、武はまた体を力強く駆け出す。
がくん。
鎖に引っ張られて、身動きが取れず、前進できない。
妹を助けられず、落ちていく様を見せつけられた形になった。
「ひばり!!」
陰鬱そうな少年の一言が蘇る。
大事なものは、なかなか手放せないものだ。
例え、鎖に束縛された身でもあっても、武は手放せなかった。
「やめろ!!」
ひばりが床に触れた瞬間、ひばりは黄と紺のバレーボールに変化し、高く跳ね上がった。
目の前で妹が落下死される様子を見せつけてきたと思っていた武は、汗を吹き出し、絶望に染まって目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。
「タッパがあって、コートの中を隅々まで、見渡せるようになったのに」
黒影はその様子を見ながら、淡々と語り始める。
てんてんてんと、低く跳ねながらボールは転がり始める。
「かあさんの事故も、ひばりの未来も──」
ボールはやがて武の足元に転がり、絆創膏を貼った手のひらにコツンと当たった。
「──何も見渡せてはいない」
武は思い出した。
始まりは中学二年生の頃だった。
中体連が控えていた時期、大会の練習に励む最中。
母親は不注意運転の車によって轢かれて、脳に損害を受け植物状態になった。
ベットで目を見開いたまま横たわる母の姿を見て、武はひどく絶望した。
前日まで元気に喋り、ひばりや自分を面倒を見ていた母親が、機械に繋がられた蝋人形になって、帰ってきたのだから。
陽気な父親も別人のようにやつれ、母親を見下ろすとポツリと呟いた。
「俺達で頑張ろうな」
五歳だったひばりは、母親の状態を理解できていないのか、不安気な表情で聞いてきた。
「おとうさん、おにいちゃん、おかあさんはだいじょうぶなの?」
きっと大丈夫だ。
諦めたらダメだ、いつ意識を取り戻すか分からないが、前例が無いわけじゃない。
この日から、武はユニフォームを脱いだ。
父親に負担をかけないように、自分ができる事をやろう。
髪を切って整える時間が惜しい程、中学時代の残りを介護と家事に捧げた。
「そうなったら、バレーも捨てたおまえに何が残る?」
武の頭上に黒影のノイズかかった加工音が、影のように落ちる。
「俺は……」
武は力なく呟いて、俯く。
「大事なモン、家族の為に捨てたよな、おまえはな!」
武は何も言い返せ無かった。
母親が死んで、ひばりと父親の未来は、どうなってしまうのだろう。
伊福部武は生まれて初めて、行く先のビジョンが曇り初めるのを感じた。
「タイトルロールは──おれだ。役を交代しろ」
黒影を縛っていた五線譜の帯は、解けると、重々しい口調で開演を告げた。