二〇三〇年 六月二十一日──
「……」
おじゃましますと挨拶を済ませた
「普通の家だ」
アイボリーの壁に円と植物みたいな模様が組み合わさったタペストリーが、テレビの上で飾られており、ソファーもよく見かける茶色の四角い物であった。
「……物珍しいのなくて、ごめん」
コルサコフ
事の発端は
期末テストまで後一週間、前回の勉強会が楽しかったのか、
今回は、コルサコフの自宅に集まる事となった。
コルサコフはメッセージは何も言わなかったものの、いざ会ってみれば、少し困惑していた態度を取られていた。
「お父さんがロシア人だからって、ロシア風な家とは限らないよ」
「オレ、実はちょっと期待してたから、山田と同じ感想なんだよなー」
近衛は軽口を叩くと、コルサコフの母親がこちらを見て黄色い声をあげてきた。
「和ちゃんがお友達を連れてきたの初めて! お母さんは嬉しいわー!」
黒髪をまとめた母親は息子を見て、とても嬉しそうである。
(……和ちゃん)
あだ名で呼ばれているんだと士狼はちらりと、自分の家なのにどこかよそよそしい態度のコルサコフを見た。
「母さん、皆の前で和ちゃんは……やめて……欲しい……恥ずかしいから……」
視線を下に向けて照れくさそうに訴えると、母親はうっかりという反応。
「ごめん、ごめん。和也の部屋で、勉強会するんでしょ? 後でおやつ持ってくるわね」
早苗さんとまた違う落ち着いた雰囲気の人柄だと、士狼は感じていた。
「ふくっち、テストどうすんだろ」
「そのあたりは、先生が決めるんじゃないのかな」
瀧は返す。
「だな」
近衛は頷くとコルサコフは前をかけ分けてくる。
「ここが僕の部屋」
コルサコフは扉を開けて、部屋へと案内される。
内装は机とタンスと本棚があるだけであり、あとは何も置いていない。
「お前、難しい本を読んでそうな雰囲気なのに……漫画すらないのな」
近衛は早速、本棚に近づいてそうコメントする。
「興味がないだけだよ」
コルサコフは即答する。
「……ロシア語辞典と建物の写真集しかねえやい」
近衛は口をへの字に曲げて、難しそうな表情で本棚を眺めていた。
「あ、写真といえばルサルサ。猫の写真を持ってたでしょ? 飼ってたの?」
幸恵はコルサコフに訊くと、士狼はまずいと背筋がざわついた。
どうやらそれは近衛も同じだったようで、目を見開き焦っていると伝わる表情で幸恵を見守る。
「……世話を……してたけど……里親に出した……前住んでいたところ……ペット禁止……だったから」
コルサコフは途切れと途切れに言葉を紡ぎ、制服のズボンを強く掴んで震わせる。
影のある顔つきが、さらに色濃く染めて無言で佇んでいた。
「……そっか。すごく大切だったんだね、ごめん」
流石の幸恵も察したのか、軽く謝罪で接していた。
「……」
ペルソナに現れるぐらいだ。
本当に幸恵の言葉通りだったんだなと、シャドウの言葉も含めて、より重く感じ取れた。
「あの……大丈夫?」
「……大丈夫。あ、サイドテーブル出すから、適当に座ってて」
コルサコフは壁に立てかけた、四つ足の大きめのテーブルを取りに行った。
「想像してたどおりなんだが……」
近衛がとっとっと足取って、向かってきた。
「アイドルの写真集ねえのな、コルサコフ」
とても真剣眼差しでこちらを見てきて、あぐらをかく。
「……近衛くん?」
瀧は首を傾げ、士狼は無言で近衛をじいっと見つめた。
「アイドルは興味なさそうに、見えるけど?」
三善が正座し背筋を真っ直ぐにして座ると、近衛は返す。
「だから、想像してたどおりなんだって!」
次にカッと目を開かれた。
「エロい番組見れるって俺らが、はしゃいでたらドン引きしたからな……アイツ……」
と近衛は苦い顔で肩を落とし項垂れた。
「はあ……中学の時もそうだったけど、アンタのエッチな事にかける熱量なんなの?」
幸恵は顔をしかめて冷静に答えると、他の女性陣は苦々しい顔で笑い合っている。
「中学の時?」
士狼は首を傾げると、幸恵は首を振って不機嫌な表情を作った。
「思い出す度にムカつくから、ナシ! ナシ!」
幸恵は腕を伸ばして拒否の仕草を取る。
思い出したのか目を閉じて、困った赤い顔の要。
「なんで、ああいう疑問思いつくんだろう……」
近衛は顔を上げると、何事もないようにさらりと言ってきた。
「ひょっとしてあれか、胸ので……」
近衛が何か言いかけようとしたが幸恵がキッと睨んだので、腹をさすりしょぼくれた表情でげんなりしている。
(一体、何を言ったんだ?)
士狼はじいっと熱い疑問の視線を送ると、近衛は大袈裟に首と体が揺れていた。
「山田くん。僕はまったく、近衛くんの話がついていけない」
瀧は瀧で理解不能という表情で、問い詰められてきた。
「ようは漫画でよくある友達の家に遊びに来たら、エロ本探しするヤツって話」
士狼は自分で感じた事を瀧に教えると、目の前にテーブルが置かれた。
「委員長サマは、遊びがないからなー」
気だるそうに近衛は後頭部で手を組むと、ニヤリと笑んだ。
「イヒヒヒ、今度、知り合いの女子を誘ってオレと遊ばね?」
いたずらっぽく笑ったまま、つつテーブルに両肘をついて、頬杖し瀧の顔に接近する近衛。
「遠慮しておく……もうすぐ大会に向けての練習がはじまるから……」
照れを誤魔化しているのか、眼鏡を上げ、上ずる声で断る二年C組の堅物委員長、瀧慈宗。
「残念だな」
と近衛はノートと教科書を広げる。
「……そんなに遊ぶ事でいっぱいなのに、中間テスト総合五位って、どういう魔法なんだ」
瀧は半信半疑に近衛を睨んでいる。
「オレは雷は使うけど、勉強は魔法は使ってねえよ。解き方のコツを聞き逃さなきゃあ、大抵解けるモンだけどな」
シャーペンを回す近衛。
「どうしてもわかんねえとこは、センコーとダチから聞くのもコツだな」
士狼はノートと教科書をテーブルに置いて、呟く。
「……人伝も都合が良い」
それは近衛のシャドウの台詞である。
「人伝は多い方が得をする、いやー悪いように言われちゃったが、こういう良い面もあるもんなー」
腕を組んで近衛は鼻高く言ってきた。
「一期一会じゃなくて、一期百会だね。近衛君は」
三善が穏やかに微笑むと、近衛は表情をきらめかせて言う。
「三善、良い事言うな! どうせなら千も目指してえよなー!」
近衛の軽い言葉に幸恵は呆れ。
コルサコフと要は気質が近い者同士なのか、欲張りすぎだと訴えかけてきそうな反応である。
「千だと大変だな。首が回らなくて疲れるだろ?」
瀧は冷静に分析すると、士狼は頷く。
「疲れる? ナンデ?」
近衛はとぼけてきた。
「さっきみたいに、君は人を気軽に誘いすぎる。そんなに付き合って大丈夫なのかい?」
瀧は教科書を眺めつつ、近衛の人間関係を心配しているのが分かる。
「ヘーキ、ヘーキ。目的に合わせて、付き合うヤツ変えてるから」
と近衛はノートを瀧に見せてきた。
「それに、オレっち暇だし」
ニカッと晴れやかな満面の笑みを浮かべる近衛。
「……だといいけど」
瀧は「どの辺り?」と近衛の勉強を見ていた。
「ろうちん」
幸恵は、要のノートを見ながら話しかけてくる。
「よしりーさ。あれ絶対、寂しいの誤魔化してるよ」
士狼はコルサコフの分からないところを聞かれたので、教えつつ士狼は幸恵に返答。
「……暇か」
士狼は瀧と近衛が教え合ってる姿を、眺めながら言う。
「小学校の頃、ヒマだヒマだってよく言って、遊びに来てたね」
要も参入してくると、幸恵はふわふわと亜麻色の髪を揺らす。
「今は言い方だけ変わっただけ。しかも、ゲリラでくんじゃん、アイツ」
幸恵は幼馴染を横目で見ながら、呆れつつも要の勉強を担当する。
「一応、連絡してるんだけどな。つれないなー」
不服そうな表情の近衛。
「だって、うちには誰もいないんだモン♡」
可愛い子ぶりに来たのか、くねりと腰を曲げて、両手を合わせるとタレ目を潤ませ、幸恵を見つめる近衛。
「うわ、キツ……」
乙女ちっくな雰囲気を纏いぶりっ子する近衛に対して、幸恵は辛辣なコメントを残す。
「……え゛」
汚い声が士狼の耳に届く。
近衛はテーブルに寝伏せてしまった!
「ゆきねえ言い過ぎ……」
要がつかさずフォローを入れると、幸恵が拳を作ってぷるぷると震えている。
「なーんーかー、久々に殴りたくなってきた感じ」
要が漫画の記号みたいに目を閉じて、荒ぶる幸恵を抑えようとあわふためく。
「暴力はダメだよ。もっと、穏便に!」
三善も幸恵の諭しに参戦。
「……ちょっと邪魔だな」
コルサコフは精神を逆撫でする事を言われたせいなのか、扱いが雑になっているのは気のせいであろうか。
そして、テーブルから引き剥がそうと、近衛の細い腰を持って引っ張ると、くたくたに揺れる近衛がいた。
「……いっそのこと、剣道部に入って、その打たれ弱さを治せばいいのに……」
ようやくショックから立ち直ったのか、コルサコフの腕の中で叫んだ。
「無理! オレ、タッパねえから!!」
だが、瀧は綺麗な正座のまま凛々しい表情で拳を握って熱弁する。
「剣道は身長で決まらないから、その心配はいらない!」
瀧の切れ長の冷ややかな目は輝く。
「いや、いいって。体動かすのは好きだけど、スポーツまで行くのはちょっと……」
瀧の熱量に圧されて近衛は引き気味の答え。
「どうしてなんだ?」
瀧がどこか哀愁を帯びた表情で残念そうに語られると、近衛はバツが悪そうな表情を浮かべる。
「ど、どうしてって……れん……しゅう……」
しどろもどろに目玉を動かしている近衛であった。
「練習? 練習を侮るなよ、日頃の鍛錬を怠らなければ、自然と力がつく」
瀧は胸を張って言い切ったが。
「ちげえよ……バカ」
近衛は顔を手で覆って否定した。
瀧と近衛の微妙な空気の中、コンコンとドアの叩く音が響く。
「お勉強進んだかしら?」
コルサコフの母親が皿にビスケットと牛乳を盆に乗せて、現れた。
※
二〇三〇年 七月一日──
昼休み 体育館裏。
「伊福部武。火土日はバイトでいないが、よろしく頼む」
偽アンナさん対策部に、伊福部が加わった。
「たけるって、強そーな名前だな」
近衛は伊福部を見ながら箸をくわえて、気だるそうな表情を見せる。
「……よく言われる、で、あの外人野郎はなんで、距離を取ってんだ?」
そう伊福部は答えると遠くから、眺めているコルサコフに首を傾げた。
「コルサコフ・和也くんは人恐怖症で、こういうの苦手みたいで」
瀧は真面目に説明すると、伊福部は目を閉じて頷く。
「難儀な性格だな」
ため息を漏らして、座ってくると、伊福部は巾着から弁当を取り出す。
「仲間外れ扱いで相当傷ついてるっぽいから、福ちゃんも怖がらせるなよー」
いたずらっぽく近衛は笑って、幽霊がよくやるポーズで茶化して、伊福部のところに近寄っていく。
「しねえよ。で、なんで近づいた?」
伊福部はぶっきらぼうにあしらうが、遠慮なしに近衛が隣に座る。
「いやー、母ちゃんの代わりに家事やってんだろ?」
「そうだが」
頷く伊福部と、視線を弁当に向けている近衛。
「って事は、その弁当はお前の手作りじゃん」
その言葉に伊福部は眉をひそめたのを見た、近衛は少し引き気味になりつつも話を続ける。
「今日はどういうの作れているのか、お手並み拝見したいんだよねー」
むふーという擬音がよく似合いそうな目と口を閉じて、眉毛は下斜めに動かす表情を近衛はする。
「やらんぞ」
伊福部は銀の水筒なようなものをコンクリートの上に置いて、きっぱりと答える。
「大丈夫! オレは人が嫌がる事はしない主義だから♡」
近衛は返すが、幸恵は疑惑の半目で彼を見ていた。
「……嫌がる事はしない主義ねえ」
幸恵は呟き終えると、伊福部が弁当を開け、包んでいた布を敷くと膝に乗せて中身を見せた。
「おお、美味そうじゃん」
ここからだと伊福部の弁当の中身は見えないので、士狼は弁当を頬張って見守る事にした。
「つっても、ほとんど冷食とかスーパーのやつだぞ」
伊福部は見せるもんじゃないと、言いたげの様子だ。
「全部手作りだと思ってた」
三善は意外と驚くと、幸恵も頷いた。
「アタシも凝るタイプだと思ってた、職人って顔してるもんふくっち」
そう言葉が吐かれると、気にしていないのか、伊福部は水筒の中身を紙コップに注ぐ。
「学校に行く前に朝飯も作るんだぞ、弁当に凝る時間はねえよ」
自分の弁当を食べていると、味噌汁のいい香りが士狼の鼻を刺激する。
「いい香りだね。味噌汁は手作り?」
三善はほぐれた表情で聞くと、伊福部は頷く。
「ああ。朝飯に作った残りをスープジャーに入れてきた」
伊福部は紙コップで味噌汁を啜った。
「やっぱり、かつお節からやるのかな?」
朗らかな態度で、要は伊福部に訊いてくる。
早苗さんならやりそうだなと、士狼は卵焼きを割いた。
「出汁入り味噌を使ってる。たまにだが、ボトルのやつを使うな」
その言葉に、要はぱちぱちと瞬きをして目を丸めていた。
「ひょっとして、伊福部くんは効率的に考えるタイプなのか?」
瀧は、彼の料理スタイルをそう評すると頷いた。
「ひばりの世話、お袋の介護、バイト、勉強、しないといけねえからな」
忙しいと宣っていただけあって、そこまで考えて動いているのかと、士狼はじっと伊福部を見つめた。
「メシに手間かける時は、余裕がある時ぐらいだぞ」
伊福部がごま塩ご飯を食べていると、近衛は元の定位置に戻る。
「そりゃあ、しかめっ面になるワケだな……」
考える事多そうだと近衛の言葉に頷きながら、士狼は箸を動かしながら、食べ進めていく。
「もしかして、髪も、全然ケアしてないのはそーいう暇がないわけね」
幸恵は、伊福部の左目を前髪で隠し襟足も整えていないぼさぼさのヘアースタイルをそう指摘してきた。
「そういう事だ。本当は家の事を専念したかったから、高校に行くつもりはなかった」
伊福部は昼食を飲み込むと、淡々と告白する。
「バイトはお袋が死んでも、ひばりの学費とかあるしな、高校卒業したら働く予定だ」
将来を語る伊福部を尊敬の空気に染まる中、近衛由成は違った。
「……」
伊福部に高校中退を引き止めようとしていた記憶が蘇っているのか、気まずい態度である。
「……にしても、バレーに復帰したら、献立が変わってきそうなのが面倒だな」
伊福部はため息を漏らすと、士狼は面を食らった表情を作る。
「え? 今?」
士狼は訊くと、伊福部は照れくさそうにそっぽを向かれた。
「目ざといなお前」
眉間に皺を寄せて、ボサボサ頭をかきながら返すと、みんなの方を伊福部は向いた。
「俺は心の整理がついてからと、あのバケモンの事件を解決したら、復帰を考えている」
毒気が抜けたような顔で伊福部は心境を語り出す。
「だから……その……昔の俺を戻してくれて」
言葉に詰まりながらも、伊福部は立ち上がる。
周囲はそんな伊福部を注目し、見つめていた。
「ありがとな」
伊福部は、礼を述べて頭を下げた。
その言葉に、みんなは