PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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Chapter12『Second thoughts are best.』

二〇三〇年 七月三日──

 

 放課後。

 オカルト研究部の扉を開く。

 すっかり忘れていたなという少しの罪悪感を抱きつつも、山田士狼(やまだしろう)は書類とファイルでみちみちに詰まった部室を覗く。

 

 そこには不機嫌そうな表情で仁王立ちしている、相馬光希(そうまみつき)がいたので、扉を静かに閉めた。

(……マズイ、マズイ、マズイ!)

 

 一応、置き手紙はしたがご立腹のようである。

 ガラガラと橙に染まった白い廊下に響き渡り、士狼は肩を跳ねさせると気まずい気持ちになった。

 

「やーまーだーくーん?」

 先輩が名前を間延びして呼び、恐る恐る視線をそちらに向けると。

 ドアのわずかな隙間から、眼鏡越しに不気味に弧を描いて笑う、相馬先輩の姿がそこにいた。

 

「俺、用事あるのでしつ……」

 がしっと手首から生暖かい感触が伝わる。

 

「私を盛り上がらせた挙句に、成果を聞かずに帰った」

 顔の毛穴から、冷や汗が潮吹きの如く溢れ出る。

 口調はわざとなのか、おどろおどろしい。

 

「挙句に一ヶ月も放置なんて……」

 士狼ははじめて、危機感を覚える。

 

「覚悟できているよ……ね?」

 次の瞬間──力強く引っ張られ、後退させられた。

 上履きの音を鳴らしたあと、士狼は引きつった表情で見下ろす。

 その視線の先には大きく高い鼻がドアの隙間から飛び出ている、先輩を見た。

「……はい」

 

 

「あの時の続きなんだけども、電話番号は抑えました!」

 目を輝かせて相馬先輩は熱く語る。

「知ってどうするんですか?」

 ボサボサの黒髪おかっぱ頭をふわりとなびかせ、相馬先輩が丸眼鏡を上げる。

 

「何って、取材に行くのよ」

 その言葉に思わず士狼は立ち上がった。

「取材!? なんの!?」

 予想外の展開に士狼の猫目は驚きに満ちる。

 

「文化祭の論文発表」

 相馬先輩の答えに、山田士狼は理解できなかった。

 論文と地縛霊の謎を解く為に、自殺した娘について聞くのは、士狼的には配慮が欠けていると感じたのだった。

 

「そんなに驚く? 二十五年前の事件だし、ちゃんと許可は取るよ」

 相馬先輩の表情が誇らしげである。

 吉田杏奈(よしだあんな)に頼まれた以上、先に進まないといけない。

 けれども、過去の傷に触れるとなれば、気が引ける気持ちもある。

 

「その……大丈夫ですか?」

 士狼の言い方でモメた事がうっすらと思い浮かべながら士狼は、恐る恐る聞き出す。

 

「大丈夫だって。これが死んで数日後、数週間後だったら駄目だけど、今ならイケるでしょ!!」

 あまりにの熱気に士狼は顔をこわばらせると、黒革財布を取り出した。

 

「お、俺ジュース買ってきます。先輩は何か欲しいものありますか?」

 士狼は逃げるようにドアまで向かうと、相馬先輩は笑った。

「私、ゲンカツちょーだい」

 そうリクエストされると、士狼は部室から出た。

 

 一階、食堂。

 

 廊下を歩いていると、ふと警備の為に訪れた旧校舎の扉を思い出す。

 今日もいつものように『死者の舞踏』を奏でていた。

 士狼はその旋律を思い返すと、自動販売機の前へと到着する。

 

 ここはいつも、昼食の飲み物を買う為に寄る。

 大分前に、母親が寝坊した時に焼きそばパンを買った事があるのだが、時たま長蛇の列を作っている事があった。

 

(……あの列、なんだったんだろうな)

 士狼は、不思議に思うと小銭を入れる。

 自分が飲みたいものと、相馬先輩のものを押して受け取って、立ち去ろうとすると。

 五個ぐらいジュースを抱えている男子生徒が、そばにいた。

 今にもこぼれそうだったので、士狼は声をかけた。

 

「手伝う?」

 男子生徒はびくりとこちらを向くと、ガタガタと震えながら答えた。

 

(……まるで、コルサコフと鴨沢みたいだ)

 かつていじめられた二人を彷彿させる態度であった。

 

「い、いえ! 結構です!」

 そそくさと立ち去ろうとする男子生徒を士狼は、肩を掴んだ。

 

(友達に頼まれたなら、あんなにビクつかない)

 単刀直入に聞き出そうとしたが。

 今日の昼休みのやり取りが思い浮かんだので、口を一旦閉じて言葉を整理し、こう言葉を紡いだ。

 

「……本当に大丈夫か? 何かあったら、二年C組に来て欲しい」

 とりあえず自分のクラスだけ名乗ると、黒髪の男子生徒は体を揺さぶって、手をほどいた。

「お、俺……急いでいるんで……」

 声を震わせてそう言われると、その場から立ち去ってしまった。

 

「……」

 士狼は静かにその背中を見送っていた。

 

 

「アンナさんはどうして旧校舎で、弾き続けるんだろうね」

 パックにストローを差したものを持って、相馬先輩は言い出す。

「……全国大会に出たかったとか?」

 夕焼けに溶け込みそうなほど、大人びた彼女を思い浮かべる士狼。

 くるくると回って踊りそうな旋律を、決まった時間に弾き続けるのは、どうしてだろうか。

 

「クラスのみんなに聞いたけど、呪ったとか話が一つもないのよねえ……」

 口を尖らせて、相馬先輩は夕焼け空を眺めていた。

 

 ”死神と骸骨が生きてる人達を巻き込みながら、踊るんだけど──”

 

 ”朝が来て、鶏の声で死神と骸骨達はいなくなってこう終わるの”

 

 ”死は平等だって”

 

「……死は平等か」

 士狼は彼女が話した言葉と共に、ピアノに向かう吉田杏奈を思い浮かべながら、ぽつりと呟く。

 

「え? 何、地縛霊からどうして終末論の話に?」

 相馬先輩は目を輝かせて顔を近づき、大きな鼻を膨らませて興味津々に聞いてきた。

 相馬先輩なら、不安どころか好奇心として受け取りそうだと思ったので、少しだけアンナさんについて語った。

 

「……実はその……アンナさんが弾いてるのは『死者の舞踏』って曲らしくて、詳しい友達が言ったんですよ」

 すると相馬先輩は大きな音を立てて、身を乗り出してこちらに迫ってきた。

 

「山田君? いつからそれを知っていたのカナ?」

 満面の笑みで、圧迫面接みたいに、詰め寄ってくる相馬先輩。

「……だ、だいぶ前で……す……」

 士狼は相馬先輩圧力に負けて、体を反らすが先輩はこちらに迫ってきた。

 

「死の舞踏は、死からの恐怖に逃れる為に儀式として半狂乱になって踊った──

 つまり、私の得意分野(だいこうぶつ)、なんで黙っていたのカナ?」

 ゴゴゴゴという擬音と共に圧がけしてくる相馬先輩に、士狼はタジタジになってしまう。

 

「せ、先輩はクラシック音楽に詳しくないと思って……」

 士狼はにじり足で後ろに下がる。

「確かに詳しくはない、けれども! 灰色の使者(グレイマン)とか曲にまつわるオカルトなら大好物です!!」

 高らかに相馬先輩は宣言した。

 

 

「『死者の舞踏』が元になったのは、アンリ・カザリスの詩みたいね」

 相馬先輩はスマートフォンを見せながら、その詩を読ませてきた。

 内容は吉田杏奈が言ったものと、一致している。

 

「詩によると死神がバイオリンを弾いてるんだけど、なーんか、意味深よねえ」

 確かに、吉田は自嘲気味にそう語っていたのを思い出す。

 地縛霊である吉田が死神と同じ事をしているとでも、言いたかったのだろうか。

 

「……」

 士狼は腕を組んで考え込むと、相馬先輩は言う。

 

「まさか、いじめっこを狂わせようとするとか? 当時の生徒はここにはいないのに……」

 

 相馬先輩の横顔を眺めながら、士狼は再び長考に戻る。

 吉田杏奈は何故、旧校舎でピアノを弾き続けるんだろうか。

 

 そして、槍と白い翼を持つ無機質な白と金の異形は一体自分達に何をさせたいのだろうと、白銀の指揮棒を士狼は思い浮かべる。

 その異形は吉田杏奈と関係あるのかないのか、謎のままであった。

 

「……」

 士狼は悶々と思い馳せると、相馬先輩の口が先に動いた。

 

「……そういえば……二十五年前って十八歳でも、今は四十三歳ぐらいよね?」

 何が言いたいのだろうか士狼は相馬先輩の話に、耳を傾ける。

 

「うちの父さん、ここのOBなんだよね……当時の事、何か知ってるのかも知れない」

 いじめがあったと新聞に書かれてたので、何か知っていそうな人選であるなと士狼は頷く。

 

「とりあえず、まずは吉田さんの取材のアポ取りから初めなきゃね! 山田くんもついてくるよね?」

 相馬先輩は首を傾げてこちらを見ると、士狼は一呼吸置いて答えた。

 

「……失礼な事を言いそうだから、行きます」

 相馬先輩の好奇心が一線超えそうな質問しそうな気がしたので、士狼はずばっと正直な感想を添えて答える。

「私のおもりで!?」

 相馬先輩は狭い部室の中でそう叫んだのであった。

 

 

 夜、山田士狼の自宅。

 

>対アンナさん対策部


 [(かなめ)、サン=サースの『死の舞踏』についてどう思う? ]▶

 ◀[弾き心地の事? ]

 [違う。吉田杏奈が死神として弾いているんじゃないかって、オカルト部の人と話していたけど]▶


 

 液晶画面を打ちながら、士狼は寝間着姿で、ピアノを習っている芥川要(あくたがわかなめ)に聞いてみる事にした。

 

 ◀[楽器を鳴らして生きている人間を困らせるのは、どっちかというと白鳥さんじゃないのかな? ]

 [じゃあ、あのピアノは一体誰が弾いてんだ? ]▶

 ペルソナの元になった、音楽劇の登場人物に準えたピアノ編曲を弾いているのは、一体誰だという話になってきた。

 ◀[ニセアンナさん? だって、本物のアンナさんは『死者の舞踏』しか弾けない話でしょ? 

『蝶々夫人』しか聞いた事ないけど]

 

 要の返信に士狼はうつむいて唸ると、伊福部さんが入室しましたの文字があった。

 

 ◀[そういや、あのヤローに襲われた時、なんか声が聞こえたな]

 

 その文章に、士狼は思い出した。

 自分が襲われそうになった時、力強いピアノのメロディに混ざって、声みたいなのが聞こえたと。

 

 [俺ん時も聞いた。で、その直後、槍野郎に後ろ立たれた]▶

 

 その様子はまるで、ペルソナを呼ぶみたいだった。

 けれども、ここでは呼べない事は、検証済なので有り得ないのではとも思った。

 

 ◀[俺はなんか踏ん張ったら、技みたいなので弱らされて、連れてかれた]

 ◀[弱らせねえいけないとこまで持っていった、お前がやべえよ。俺なんか、一瞬だぞ! 一瞬! ]

 ◀[その一瞬で、オレは近衛由成(このえよしなり)だぞって言える君も、なかなかだと思うけど

 僕はつらい事を思い出して、動けなかったし]

 ◀[ワスレテ]

 

 伊福部武(いふくべたける)の屈強さについて、賑やかに反応する近衛と、冷静にツッコむコルサコフを眺めていると、幸恵(ゆきえ)が入室してきた。

 

 ◀[よしりーって本当に見栄っ張りなんだから、エラそうに言った結果、シャドウに泣かされたんだって? 

 マジでそういうこと、すごいわ……]

 ◀[幸恵さんマジでやめて]

 

 涙目になっている近衛を思い浮かべながら、文字のやり取りを眺めていると、瀧慈宗(たきちかむね)が入室してきた。

 

 ◀[つまり、槍野郎または白鳥は、ニセアンナさんと繋がっている線が濃厚になってきたな]

 

 流石は、学級委員長まとめが上手いと士狼は関心していると。

 三善明美(みよしあけみ)が入室してきた。

 

 ◀[そうだね。じゃないと、誰がピアノを鳴らしているのか]

 ◀[音楽プレイヤーの事も知らなそうだったしね]

 ◀[知らないどころか、襲う事しか考えてないんじゃない? ]

 

 女子組のやり取りを割くように、コルサコフからメッセージが届く。

 

 ◀[襲う事しか考えてない? 僕の場合、お願いしたら刺してくれたんだけど]

 

 その文章に思わず、士狼は目を丸めた。

 既読がいっぱいつき初めた頃、近衛が一番目に返信した。

 

 ◀[は!? お前、あの後すぐに刺されなかったの!? ]

 ◀[うん。なんか見られてただけだよ]

 

 これは新発見だと士狼はスマートフォンを震わせると、瀧から返信が来る。

 

 ◀[コルサコフ君は襲う気が無かったというのか、でも、どうしてなんだ? ]

 ◀[さあ、僕は不安として、認知されなかったんだろうね]

 ◀[いやいや、お前さ悪く言えば爆弾持ちじゃん、アイツからしたら、ぜってー狙われると思うんだけどな]

 

 判断基準がよくわからないなと、士狼は思うとコルサコフのメッセージが浮かび上がる。

 ◀[由成くんが連れていかれた時、ツライ事を思い出して、また死にたいって、思ったせいなのかも]

 

 その言葉に、士狼はとてもいたたまれない気持ちになる。

 死にたくなる程痛い目に遭ってきたのかと、いじめとは縁がなかった士狼は感じていた。

 

 ◀[ひょっとしてコルサコフくんは、心を形にできる相手からすれば()()だったから、戸惑っていたんじゃあ]

 

 コルサコフのシャドウが世界ごと乗っ取った時、吉田杏奈は正座させて、説教されていたなと。

 瀧からのメッセージで記憶が蘇り、一言呟く。

 

「吉田のヤツ怒ってたな」

 鳴り止まぬスマートフォンの通知音。

 

 ◀[俺はいなかったから、よくわからんが……俺も刺された時に踏ん張ったら、慌ててたようにも見えた]

 伊福部は刺された瞬間を明かすと、三善もこの話に便乗してきた。

 ◀[私は、刺された瞬間。幸恵ちゃんと、要ちゃんと、近衛君の存在で勇気付けられたよ! 

 独りじゃないんだなって]

 ◀[てかさ、案外感情あるかもね。

 わたしは出会い最悪だったから、そう見えなかったけど]

 

 幸恵のメッセージは士狼からすれば、無かった視点だという事に気づく。

(そういうのもあるのか)

 そんな事を思っていると、瀧からのメッセージ。

 

 ◀[とにかく、ニセアンナさんと白鳥の関係については、日を改めて考えよう]

 

 そうして締めくくると、皆が一斉に退出していくのを士狼は眺めて、ベットに沈んだ。

「雄鶏が鳴いたら、死神は逃げていくか……」

 士狼はカザリスの詩をぽつりと呟いて、眠りについた。

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