二〇三〇年 七月八日
昼休み 和室。
「旧校舎の見張りについてなんだが、いいかな?」
見張りとは、いつでも劇場に向かえるよう待機しておく行動の事である。
十七時になると、
白い時は常世化した旧校舎だと思われる、音楽室には入れる。
音楽室の隣にある黒い教室に張り付いた扉から劇場に向かうのだが、普通の教室の姿である。
その教室が入れるのかどうかは、試した事はない。
劇場に繋がると出現した扉は黒くなり、隣の教室も黒く染まって扉が出現し、そこから潜入するのが大まかな流れだ。
色の変化で見極め行動するのが、日課になりつつある。
(……そういえば、あの時ペルソナ使いじゃなかったのに、なんで
三か月前、白い翼の異形に目をつけられる前から、あの白い扉が見えた挙句に逃げてしまった事を思い出す。
ペルソナ使いとして目覚める前の近衛は、白い扉が見えなかった。
この違いは一体──
「……」
真顔で士狼は弁当箱を見つめて、瀧の口頭そっちのけになってしまった。
「山田くん?」
瀧が声をかけられ、我に返ると咳払いをした瀧。
「今日から僕は大会に向けての強化期間に入るから、見張りには参加できない」
(勉強会の時に言ってたな)
士狼はコルサコフの家でテスト勉強した際、近衛と瀧のやり取りでそんな話をしていた事を思い出す。
「もしさ、瀧が来れない日にニセアンナさんが暴れたら、どーすんだよ」
近衛は嫌そうな顔であぐらをかいた膝に頬杖をして、問う。
「ごめん、その時は僕抜きで戦ってくれ」
深いため息を吐いて落胆する近衛。
「……瀧の解析、初見殺しは避けれねえけど、地味に便利だからそんな……」
近衛の言う通り、弱点かそうでないかを感じ取れる能力はありがたい。
「申し訳ない、どうしても外せないんだ」
瀧が謝罪すると近衛は顔を上げて、こちらを見てきた。
その表情は、どこか期待しているような眼差しであった。
「山田って色んなペルソナ出せるけど、ファウストみたいなの出せる?」
なんという澄んだ目でしょう。
輝く彼のタレ目から熱い視線を送っているのが、とても伝わってくる。
その熱意に気圧されたのか、士狼は目を閉じて瞑想する。
青く深い海中のイメージが浮かび上る。
(随分と増えたな)
前よりも一段と増えた一覧を探してみて数分後。
「……いないみたいだ」
分析できるペルソナは、特殊な存在なのだろうかと、士狼は思うとご飯を頬張る。
「マジかよ。ってきり、呼べるのかと思ってた」
近衛は残念そうにおにぎりにかぶりつく。
「分析はともかく、指揮する人がいた方が動きやすいよね」
真面目な表情で三善はそう指摘してきた。
「山田クンでいいんじゃね? クールだし、何よりオレらと違って、いっぱいペルソナ出せるし」
その言葉にご飯がつまりむせる士狼。
「……俺らと誰かの命がかかってるんだろ、お前はもう少し物事を考えてから言え」
「今まで勝ててるし、山田ならイケるから言ってんの」
ご飯のつまりから解き放たれた士狼は懐疑的な態度を示した。
「そう油断して、シャドウの最後の抵抗を食らいそうになったのは、君だろ?」
近衛のシャドウが完全に封じられていない状態で倒れた直後、煽ったのは何を隠そう近衛由成ではないか。
と瀧は厳格な態度で諫め、近衛はみるみるしょぼくれて、おにぎりをちまちまと食べていた。
「本当……由成くんも危ない目に遭わないで欲しいよ」
「……仕方がねえな。俺が瀧の代わりを引き受ける」
伊福部は頭を掻きながら名乗り出た。
「そこはろうちんじゃないの?」
「だって、ちかりんやふくっちみたいな子で、色々な攻撃ができるんでしょ?」
きょとんと幸恵はそう指摘してくる。
「色々な攻撃ができるこそだ。分析はできねえが、瀧ができる事をコイツもできるんだろ?」
士狼はじっと伊福部に視線を向けると、皆も伊福部に集中していた。
「だったら、指揮よりも攻撃に専念させた方がいい。コイツは攻撃も守備もできる、
その言葉に空気が感心に包まれた。
「……ガチのチーム戦でやってた事はあるな」
近衛はぽつりと呟く。
「大袈裟なヤツだな。ただ俺は守備が性に合うから、
伊福部は照れくさそうに返すと、瀧は納得という表情を作る。
「そういえば、ミドルブロッカーやってたな君は……」
「ミドルブロッカー?」
専門用語に三善が首を傾げる。
「ざっくり言うと、囮も攻撃もやる守備役だな」
伊福部は軽く説明する。
「なんだかすごく頼もしいね」
ふふとしとやかに三善は微笑む。
「実際、槍野郎と張り合ったからな……頑丈だなお前」
近衛は敵に回したくないような顔で伊福部を見る。
「……」
士狼は近衛の軽いノリから救ってくれたと、無言で感謝の意を示すと伊福部は答えた。
「いいか、お前は切り札だ。俺が前立ってる時は頼んだ」
覆いかぶさるように伊福部が近寄ると、ぽんっと肩を置かれて、三白眼の率直な視線は士狼に向けられた。
「……ぼちぼちやる」
期待に応えられるかは分からないが、首に後ろに手を当てて淡々と士狼は答えた。
※
放課後 職員室。
「放課後に、手伝おうと声をかけたら怯えた生徒がいた?」
事務椅子をきいっと回して見上げてくるのは──
士狼達の担任である。
「はい。飲み物をいっぱい抱えていました」
士狼は頷くと真島は唇をぎゅっとへの口に曲げる。
ほのかにだが、タバコらしき渋い匂いがすると士狼は思うと、眠たそうにこちらを見てきた。
山田士狼は、あの太った生徒をどうしていいか分からず、とりあえず近衛の言うとおり、真島に相談してみる事にした。
そういえば、連れて行かれた瀧を助ける為に先生に頼ろうとしたなと、士狼は思い出す。
「運動部のマネージャーじゃなくて? 怯えたのはその人の性格じゃないのか?」
真島は疑わしいと言わんばかりの態度を取る。
「制服だったし……何より、いじめにあった知り合いと同じ怯え方が気になったから……」
士狼は気になる点を話すと真島は口を閉ざし机と向き合い、引き出しに手をかけた。
「……ほう。で、お前はいじめられている人をどうしたいわけだ?」
背中越しの真島は、引き出しから、何か取り出している仕草を見せつけながらも問答を続ける。
「気になっただけです。一応、俺のクラスだけ伝えて何かあったら、ここに来て欲しいと言いました」
何か書こうとしているのか、手元のボールペンを見かけた。
「成る程ね。因みにその生徒のクラスは、知っているのか?」
物を書く音を立てながら真島は問う。
「知れませんでした。いじめの扱いを間違えるともっと酷いことになるって、知り合いが吐きそうになりながら教えてくれたから……」
真島の手は止まる。
「その知り合い。余程、酷い目に遭ったんだな」
と真島は作業を再開した。
ここまでは近衛が教えてくれたところだ。
次の言葉は自分自身の言葉。
「なので、この事は俺との秘密にしてくれませんか? 更に酷い事にさせたくないので……」
追い詰めたくはないのだと、士狼は内なる感情を視線に乗せ、真島に向けた。
「……」
真島はくるりと回転すると、何とも言えない味わい深い微笑みを浮かべていた。
「山田、勇気あるよ。先生、感心したよ」
褒めているのかと士狼は目を丸くする。
「とりあえず、警戒だけはしとくよ、後は先生がなんとかする」
真島は書き上げた紙を引き出しにいれると、胡散臭そうに微笑んだ。
二〇三〇年 七月十一日
放課後。
結論から言うと、ビックカツサンドは買えなかった。
坊主頭の男子生徒の手元を見ると、分厚いトンカツ一枚を、六枚切りパンで挟んだ代物らしく、棚の貼り紙にはお一人様限定と書かれている。
そして、量に釣られてなのか体格のいい男女が中心に並んでいた。
列が十人程前に来た時には、売り切れていた。
どのみち、人数分確保できない状態だったので、周囲に誤解されずに済んだの幸いだった。
だが、ここから先は地獄だ。
なにせ人数分すらも、確保できずにいたからだ。
いつもの空き教室に立つ、
心臓がドクンドクンと脈を打ち、何をされるかと恐怖で頭いっぱいになった。
どうして、自分がこんな目に遭わなければいけないのか。
世の理不尽さに嘆いていると、扉がガラガラと開かれた。
「なんでお前、入らねえんだ?」
オールバックのリーダー格は、いきなり睨んで聞いて来ると、六朗の
(……本当に怖い時って、汗が出るんだな)
内心から笑い。
そうもしないと、自分が保てなかった。
「……」
六朗は恐怖で顔を歪ませると、胸ぐらを掴まされ、放り投げるように教室に入れられる。
その勢いで六朗は尻もちをついた。
そんな姿を取り巻き達はおかしそうに笑った。
人扱いされていない。
六朗は俯いて悔し涙を浮かべると、扉は乱暴に閉じられる音が背中から伝わった。
「で? 約束のパンは買ってきたのか?」
足音がペタリ、ペタリと近づいてくる。
恐怖のあまり鞄をぎゅっと握りしめ、見下されている。
「……」
体を震わせ、肉食獣を見上げ何も言えないでいると、大きな舌打ちが聞こえた。
「無視すんじゃねえ!! 答えろよ!!」
怒声が耳を切り裂き、床をドスンと踏みしめて六朗を脅した。
「怖がってんじゃーん!」
無慈悲な取り巻きの声が響き渡る。
「……」
呼吸が乱れ始めて近づいてくるのを眺めていると、再び胸ぐらを掴み、六朗を持ち上げた。
体重がそれなりにあるのに、なんという力だと六朗はよりいっそう怯える。
そして顔を近づけさせ、凶悪な顔つきを見せつける。
「どうなんだよ!! 例のブツ用意したのかどうか聞いてんだよ!! ああ゛ん?」
詰めるように話しかけられると、大粒の涙を流すしかできなかった。
「何、泣いてんだよ!? さっさと出せよ!!」
苛立ちを見せつけられると、手元から落ちた鞄を取り巻きが勝手にあさり出していた。
「なにもねえ!!」
ついにバレてしまったかと絶望に染まると、また乱暴に投げ捨てられた。
「どういうことだ! 用意しろと言ったじゃねえか!!」
その問い詰めに、六朗はただ首を横に振ることしかできなかった。
「まさか、お前が独り占めしたのか?」
最早殺気しか感じなかった。
何も言えずただ見上げる事しかできない六朗は、懸命に疑いを晴らそうとボディランゲージをする。
「必ずって言ったよな? 意味分かってんのか!!」
鋭い目つきは氷のように冷たく、六朗の心をあっという間に凍てつかせた。
「あれ個数が少ないって聞いたから、代わりに罰金取ろうぜ!」
取り巻きが財布らしきものを握って、リーダー格にそう提案するとニヤリと歪んだ顔で笑った。
「いいねえ、罰金」
リーダー格はずんずんと鞄の方へ向かっていくと、対象から外れた安堵で、ようやく抵抗の言葉が紡げた。
「やめて!!」
鞄に手を伸ばし取り返そうと足が動いた、その時だった──
「こら! お前ら!! 何してんだ!!」
ガラガラと激しいドアの音と共に見知らぬ教師らしき人物が、怒声を浴びさせた。
「げ!? 真島!!」
取り巻きの一人が叫ぶと、真島と呼ばれた教師がぎろりと睨んだ。
「お前は神崎!」
真島は取り巻きを名指しで呼ぶと、リーダー格が一番動揺していた。
「よりにもよって、なんで真島なんだよ!?」
リーダー格はそう叫ぶが、それはこちらも同じだ。
なにせ
真島とは初対面である。
「それ、どういう意味だ?」
真島がリーダー格に近づくと、集団を圧倒していく。
「言うかよ!! クソッ!! 誰だよチクったヤツは!!」
リーダー格は強く抵抗をすると、真島は
「ただの通りすがりだよ」
※
二〇三〇年 七月十二日
翌日、二年の全クラスに空いた席があったという。