「……君は
見張りに来た
ゴールデンウィーク以来の再会だと、猫目を見開いて声を紡ぐ。
弱々しい態度の隣には、おどろおどろしい低音が聞こえる黒い扉が燃え盛っていた。
「一体、誰が……」
背中から
「鴨沢じゃん! 何イメチェンしたの?」
その軽い口調は、怖い旋律を吹き飛ばしてくれるみたいだ。
「あ、あ……由成くんお久しぶり」
背中から、足音が続々と聞こえてくる。
「
黒い扉を指さしおどおどしながら鴨沢はそう告げると、二人は驚きの反応を見せた。
「
近衛は叩きつけるように叫ぶと、士狼は鴨沢に真顔でこう言った。
「まさかのいじめてるヤツが、選ばれるなんてな……」
士狼は意外と瞬きすると、コルサコフ・
「……いじめる人も……関係ない……校則から外れた僕に……不満だったから……」
どこか悲しげに語られると、
「お待たせしてごめん」
はあはあと息切れをしているのを確認すると、
「三善。部活はどうした?」
伊福部は問うと、三善は答えた。
「一学期最後の日だから、早めに終わったの」
みんな揃ったところで、鴨沢が怯えながら訊いてきた。
「あ、あの。旧校舎の扉が突然変わったと思ったら」
混乱しているのか、早口で紡いで来た。
「槍を持った白い羽根のヤツが出てきて……」
士狼に駆け寄って話を続ける。
「頭がおかしくなりそうだった……!」
鴨沢はそう叫んで見下ろされ、藁でもすがる思いという態度を見せつけられた。
そんな会話を聞いたのか。
瀧の鞄を開けて、ホルダーにしまった指揮棒を取り出している近衛が言った。
「は? お前これ持ってなくても見えてんの?
瀧の指揮棒をみんなに掲げられる。
「!」
近衛の言葉に電流が走る。
「え? 見えちゃいけないもの……なの?」
あわあわと鴨沢は皆を見渡すと、士狼はぽつりと呟いた。
「一体、どういう事だ?」
士狼は困惑気味に話し、空気の重さに鴨沢は萎縮しながら黙り込んでしまった。
「ちょっとお前ら、今起こっている事を俺達にも説明しろ」
そうかこの情報は、特に必要ないからまだ共有されていないんだっけと、士狼は気づくと近衛が我先にと説明した。
「あの扉はな、『指揮棒』を持ってないヤツは見えねえんだよ、俺がそうだったから」
四月にあの世界の事を調べた際、起こった出来事を端的に言う。
「なのに、コイツは見えているってワケよ……」
ペルソナという単語を回避しつつの回答に、皆は頷くと三善は言う。
「……つまり、普段は見えないけど。条件が揃うと、指揮棒が持っていなくても見えちゃうって事ね」
三善は指揮棒を抜いて、まじまじと眺めていた。
「その棒は一体なんなの? 流行りのおもちゃ?」
置いてけぼりであると鴨沢は困惑していると、伊福部が答えた。
「まあ、そんなとこだ」
刺激しないような流れができてくると、士狼は呟いた。
「今は、安居院を助けるのが先だ」
難しい事は後回し、まずは人命救助から始めようとずんずんと前に進もうとする。
「ま、待って!」
鴨沢の声。
「ぼ、僕も連れてって……くれないかな……」
ざわつく空気に、コルサコフは
「……お化けが襲ってくるから……危ないよ……」
コルサコフは鴨沢に何かシンパシーを感じたのか、珍しく積極的な態度を取っていた。
「それでも、僕は……平助くんと慈宗くんに言いたいことがある……から……」
表情は前髪で読み取れないか、熱意を感じ取れた。
「おうおう、お前さーいい度胸してんなー。コルサコフクン、鴨沢クンの護衛を頼むな♡」
近衛は感心と鴨沢を讃えると、コルサコフにウインクをした。
「……君も派手に暴れてきて……」
コルサコフはぽつりと近衛に返すと、歯を出して不敵に近衛は微笑んだ。
「おう! 任された!」
同じ攻撃担当の三善を横目に見ながら、拳を突き出す。
「?」
三善は首を傾げると、代わりに伊福部が拳を近衛にくっつけた。
「今回から、俺もお前らと同じ担当だ」
伊福部は見下ろしながら喋ると、三善がようやくグータッチの意味を理解し拳を差し出した。
「よろしくね、伊福部君」
三善は笑顔で挨拶を交わし、近衛は「お前がいてくれるの頼もしいな!」と軽い交流を見守ると、士狼は顔をひきしめて扉に向かう。
「行くぞ」
士狼達は次々と扉に入り込んだ。
※
(ここは一体……)
(……黒いな)
黒に塗り潰された空間であり、上靴がはっきりと視認できる。
(しまった! 指揮棒を置いて来てしまった!)
部活でしばらく来ないから、鞄にしまったままな事を思い出す。
(竹刀だけで、シャドウと戦えって言うのか……!?)
握りしめた竹刀を見ながら、緊迫する慈宗。
(それよりも、安居院くんを探さないと)
素早く頭を切り替えて、安居院探しに専念しだそうと、歩き出す。
歩いても歩いても、黒い空間で先が見えない。
(……もしかして、正式な手段を踏まないと、ダメだったのか?)
安居院を助けようとがむしゃらになってしがみついたから、そこまで考えていなかった事に気づく。
(まずいぞ、これは……!)
またしてもやってしまったと頭を抱えて悩み出すと、ピアノの音が聞こえた。
(さっきの曲!)
旧校舎の扉から聞こえた曲が降り注ぐと同時に、黒い平原は炎となり踊り出す。
(これは、あの廊下から見える炎なのか?)
熱くない黒炎は渦巻いて揺らめくと、絨毯をめくるように舞台の床が出現する。
(こうやって造らるのか)
あの劇場が造られる瞬間を初めて見た慈宗は、立ち尽くし見入ってしまう。
黄金の光柱が次々に立つと、ホリゾントと舞台袖が露わになる。
そして、金の細い光は
「安居院くん!」
慈宗は駆け寄ろうとすると、安居院から黒い炎が噴射する。
「ひょっとして、プリマシャドウか!?」
黄金の粒子を舞わせて人のカタチを造られていく様子を見ながら、慈宗はそう叫んで、竹刀を構える。
胸には穴が空き、五線が書かれた帯に拘束される黒霧の存在が出現した。
「……おまえは、瀧じゃん。なんで、すっ飛ばしてここにいるのかなァ!?」
安居院の声をノイズ加工した声が、悪趣味な劇の予告を告げていた。
「君から助けに、直接追ってきた!」
竹刀を構え警戒態勢を取ると、シャドウは
「へえ、相変わらずヒーローごっこ、ムカつくんだよねえ」
この冷笑が、数々の人達の不安を助長する。
慈宗は呑まれないように、凛々しい表情で気をしっかりと持つ。
「実際、ごっこだったよ。けど……今の僕はシャドウに気づかされて、ヒーローごっこを卒業したんだ」
父のような警察官になりたい信念は本物だと、シャドウに言い返すと、高笑いが聞こえた。
「あっはっはっは!! おまえやっぱり嫌いだな……真っ直ぐ過ぎて、消したいぐらいだ!」
その言葉を発すると同時に、足元からチェスのポーンが次々に出現する。
そしてポーンから腕が生えると、三又フォークを携えた。
「丁度いい、コイツが起きるまでの、いい憂さ晴らしだ!!」
ダン、ダンと背丈を超えた黒きポーン達は跳ねて行進し、慈宗に向かってくる。
「……っ!!」
慈宗は前を睨んで、後退する。
(焦るな……! 見極めろ!)
しかし、この大きさは圧倒的不利である。
(諦めるな、突破口を見つけろ!)
一糸乱れぬ進む巨大な軍隊。
太いフォークが振り下ろされる。
「ここだ!!」
上段構え。
竹刀に穴が空きそうな衝撃が伝わり、腕が強制的に降ろされる。
「んぐっ!!」
竹刀はあっという間に床に叩きつけられ、慈宗の手から離れると、次のポーンの攻撃がやってくる。
──突きだ。
慈宗は冷静にその動きを捉えると、体をのけぞり剣道の
(動きが単調で遅いようだな!)
タン!
足を蹴り上げて、檻の雨の着地点を相手側の竹刀に例えて、するりするりと躱していく。
そんな様子を見たシャドウの靄が揺れる。
「おまえら!! 何をしてんだ!」
ご機嫌斜めだと慈宗は伝わると、鍛え上げた反射神経と神速と集中力であっという間に、安居院の元へ辿り着く。
「安居院くんしっかりしろ!!」
後ろを警戒しつつも、顔をペチペチと優しく叩く慈宗。
起き上がって来ないならばと、安居院を急いで背負い込むとシャドウの足元に向かい出す。
「やめろ! やめろ! ぼくに攻撃を巻き込ませるな!!」
そうシャドウは叫ぶと、ポーンの軍勢が一斉にピタリと止まる。
慈宗は、攻撃に巻き込むなという主張を聞いて、耳がぴくりと動いた。
それなのに、自分の攻撃を食らいたくないと叫ぶその姿に、心に火が点いた。
「……あんな物よりも……」
息を荒げて話す慈宗は、頭部らしきものを見上げる。
「鴨沢くんや一年の人の方が何十倍も……痛い筈だ!!」
怯えを見せたシャドウに向かって、慈宗は大声を浴びせる。
シャドウは悲鳴を上げると、苦しそうに言葉を紡いだ。
「この……熱血野郎がァ!!」
白熱したやり取りをした後、背中に動いた感触が伝わった。
「……な、なんだよあのバケモン!?」
安居院が暴れ出したので思わず腕を解くと、シャドウと対面した。
「よう、敗北者」
その言葉は安居院が鴨沢に放った一言。
「あ゛? 敗北者? つか、誰だよ俺の声をAIにしたヤツは?」
安居院が凄んでいると、シャドウは嗤い、たゆたうだけであった。
「AIでもねえ、おまえの未来の声だよ」
ニタニタという擬音がぴったりな口調で話すと、安居院は首を横斜めに見上げて威嚇態勢に入った。
「意味わかんねえ、もう少し分かりやすく話せよ、バケモン」
これが本物の不良なのかと慈宗は思わず、無言で眺めているとシャドウは安居院に近寄る。
「恵まれてねえ、ぼくはいつも、クソ野郎に取り上げられてばかりだった」
その言葉を聞いた安居院は、更に横柄な態度になっていく。
「クソ野郎? 俺が恵まれてねえ? なんの話だ? あ゛?」
(この声で鴨沢くんを……)
慈宗は凶悪そのものを声にした台詞を聞いて、固唾を飲んで二人の対面を見守っていた。
「おれの前で隠し事すんなよ!! ぼくは知ってんだよ!!」
ポーン達がぞろぞろとシャドウに集まっていく。
「学校で流行ってたゲームがやりたくて仕方がねえ時や、漫画が読みたくて仕方がねえ時は……」
ポーンは規律よく整列する。
「
このシャドウの台詞。
そういえば、鴨沢もゲームや漫画を借りパクされたと語っていたが、動機がこれならばと、慈宗は拳を強く握りしめ卑劣さに憤っていた。
「キショッ! なんで、知ってんだよ!!」
言ったことは真実だと認めると、シャドウは再び悪役みたいな高笑いを浴びせる。
「何がおかしい!?」
安居院は怒声をぶつけると、ポーン達が何やらうごめき始める。
「何もおかしくねえよ、敗北者。だっておまえは、ぼくの生みの親だぜ?」
三駒のポーンが前に出る。
「邪魔なヤツらの事も、おまえの欲しいものも、なんでも知っている!」
その声に合わせて、ポーン達は指定の位置に動いた。
「ぼくの事をずっと机に縛りつけて、不自由だった」
一駒の後ろに二駒のポーンがそびえ立つ。
「ぼくが欲しいものを言うと、じじいとばばあはいつも言うんだ」
次の瞬間、後ろに立ったポーンが前のポーンを倒し、舞台に転がされた。
「必要ない。それよりも、勉強しなさいって」
無情に転がされたポーンを放置される様子を見た、安居院は顔をしかめた。
「あ゛? お前、なんでそれを知ってんだよ」
安居院の言葉を無視して、シャドウは続ける。
「テストの成績が悪いとズタボロに言われる、もう少し上を目指せって」
倒した二駒のポーンはフォークを握りしめると、床に転がるポーンを滅多刺しにしていく。
その異様な光景に慈宗は呆気に取られてしまう。
「っ! いい加減にしろ!! 一体、どこまで知ってんだよ!!」
と安居院はシャドウに向かって蹴りを入れるが、びくともしない。
「そうそう。そうやって、このムカつきを晴らしてえと、思ってたとこに……あいつらが目に入った」
穴が空きボロボロになったポーンは、胸をかきむしる動作をすると立ち上がり、見守っていただけのポーンに向けて、フォークを突き刺しに襲いかかった。
「叩けば叩くほど、こいつらはぼくよりも、何十倍も自由で!」
傷のポーンは次々とポーン達を刺し倒し、滅多刺しにしていく。
「何十倍もムカついた」
チェスの駒とはいえ、この演出は狂気に満ちいている。
コルサコフの時とはまた違った、
(……よく気丈に振る舞えるな)
心が萎縮しそうな絵面なのに、安居院は依然として動揺していない。
「それがなんだ? 俺はそうやって来た」
安居院は冷めた目つきでシャドウを睨む。
「見て来てイラつくんだよ、俺が欲しいモン持ってるアイツらが、好き勝手にできるアイツらが!!」
罵声をシャドウに浴びせると、ふわりと安居院の前に立つ。
「そうさ! おまえはクソ野郎共には勝てないから、ムカつくヤツラを憂さ晴らしてんだよ」
傷だらけのポーンは、周囲の倒れた駒達を見下ろしている風に見えた。
「クソ野郎共に勝てないおまえは、敗北者なんだよ!!」
その言葉に安居院は逆上し、再び襲いかかろうとしたので、流石に慈宗は二人の間に入った。
「邪魔すんな!! 瀧!!」
安居院が鬼の形相で叫ばれると、慈宗は凛とした表情で一歩も引かなかった。
「ダメだ!! これを認めないと、黒影の思う壺だ!!」
シャドウの言うとおりならば、安居院は抑えつけてくる親に立ち向かえず、そのどうしようもなさをいじめで発散している。
これを敗北者だと煽り言葉にしたのは、筋が通っている。
つまり安居院平助の不安というのは、抑圧を発散できない環境だからだと慈宗は考えた。
この不安を受け入れないと、拘束が解かれてしまうと警告する。
だが、挑発に乗ったらしき安居院に突き飛ばされそうになったが、びくともしなかった。
「うるせえ!! 誰が敗北者だ!! 俺はジジイとババアに負けてなんかいねえ!!」
慈宗を無視して、荒ぶってシャドウに抗議する安居院。
「クソ野郎共に立ち向かえないから、負けてるんだよバーカ!!」
生みの親がこうなので、シャドウも自然と喧嘩腰で話してくるのは必然的に思えた。
「俺は負けてなんかいねえ!! 俺は好き勝手にやりてえんだよ!!」
その言葉にシャドウは高らかに宣言した。
「タイトルロールは決まったな。ぼくもクソ野郎共を殺して、好き勝手に生きてえんだよ!!」