廊下。
巻き上げる黒炎の風景と低く唸るようなピアノの音が、共鳴しているように見えた。
「……」
今回の廊下の風景は殆ど変わらない。
ただ一点違うのは。
「この床、ぬめぬめして先に進みづらい……」
うんざり顔の
流れているピアノの曲のように──
耳も足もまとわりつくような感覚。
それがこの廊下の特徴だった。
(この曲……イフクベ様と同じ
脳内にダイアナが話しかけられる。
(ばんそうきょく?)
(ピアノと一緒に歌う時に弾く曲ですね、そこに歌が加わります)
足は重く皆が行進する。
(つまり、カラオケを流してるものなのか)
後ろを見ると、
(はい、そのとおりです。元々の曲はオペラなので、オーケストラに合わせて歌い上げます)
ダイアナの解説を聞きながら、士狼は前に進むと何やら、ぶつかる音が聞こえた。
「なんだアレ!?」
近衛が声を上げると、チェスの駒、ポーンがフォークを持ってこちらに向かっているのを目撃する。
「……腕生えてるの、ちょっと……」
コルサコフはぽつりと感想を述べると、近衛はこう返した。
「落ち着いてんなお前は……」
シャドウのデザインの指摘するコルサコフに対して、苦々しい顔を近衛は浮かべていた。
続いて
「来たぞお前ら!」
伊福部の合図で皆が一斉に抜く。
伴奏外れて響く衝撃音が近くなっていくと、伊福部は静かに構えて指揮棒を振るった。
「来い、ロドルフォ!」
ガラス音が鳴り響く。
青き五線譜と蒼炎が伊福部に描く。
その背後から、輝くガラス片と音符に包まれて現れたのは──
背後に五つの肖像画を飾り、金の燭台に乗った帽子を被った詩人青年風の蝋燭人形が出現した。
「え、すごいかわいい!」
「福ちゃんとのギャップよ」
近衛は軽薄な表情を見せて、伊福部の隣に立つと、指揮棒をくるくると回す。
「あ? なんか文句あるのか?」
伊福部が近衛を睨むと、近衛の体は浮き上がる。
「……きゅうりにびっくりする猫?」
三善が近衛の様子を見て、首を傾げると、すたんと近衛は着地する。
「ハハハ……やっぱ、福ちゃんの”圧”慣れねえな」
苦笑を浮かべる近衛が指揮棒を振り下ろすと、ジョバンニがゆらりと出現した。
「足元、気をつけろよお前ら」
ロドルフォの頭頂に火が灯ると、三善が返事をする。
「コチョウフジンなら!!」
パリン──
青い五線譜、音符、炎、ガラス片を輝かせ舞わせて、コチョウフジンが出現すると。
袖が翼になっている白無垢を羽ばたかせると、優雅に翔ぶ。
「鳥型のペルソナは便利だなー」
裾から見える鳥の脚を眺めつつも、ジョバンニも追う形で浮遊移動する。
「で、俺は……」
カツン、カツン金属音を立てながら跳ねている。
迫りくるポーンと同じ動きだ。
「足がねえからな……止まれ」
指揮棒を振るって伊福部は、指示をすると、ピタリとボロボロになった外套とマフラーはふわりと落ちた。
「な、なに!? 本当に現実!?」
鴨沢はコルサコフの背中にしがみつき、すごく怯えていた。
「現実だ」
士狼は囁くように返し、指揮棒を振り下ろした。
「ヴァルター!」
赤い肩マントと黒い帽子の羽根飾りを翻し、金鎧を鳴らして出現させると、鴨沢に見せつけた。
「それとも僕がおかしいの?」
困惑する鴨沢に、士狼は淡々と返答する。
「嘘じゃないし、アンタは正常だよ」
指揮棒をポーンに向けると、困惑した声が返ってきた。
「そんな当たり前だみたいにしれっと言う?」
鴨沢に突っ込まれると、コルサコフがポツリと添える。
「……本当に、士狼くんのそういうところが、ちょっと困る」
背中からじめりとした視線を感じた瞬間。
突如、廊下が震えうなりをあげた。
「なに、なに!?」
近衛が声を上げると、廊下の両壁が士狼達を挟もうと、迫ってきた。
「ギャアアアア!! なにこの! クソゲーにありそうなヤツ!!」
近衛がなんかよく分からない事を言っているが、怖がっているのだけは伝わってくる。
「劇場に急がないと!」
と三善はコチョウフジンに指揮棒で、疾風を放たせポーン達を次々に吹き飛ばしていく。
「急ぐって言っても、よお……足がなんかまとわりついて進みづらいんだよな」
ジョバンニの雷光が轟き一掃すると、また湧いてくるポーンをレイピアで突いて倒す。
「……ペルソナに運んで貰うのは?」
ヴァルターと一緒にロドルフォは火炎で消し炭にすると、コルサコフは案を出すと、ロベールを出現させる。
「いい考えだな」
ポーンのフォークの刺し攻撃をマフラーで弾き返し、もう一房のマフラーでポーンを攻撃。
その隙を狙って、ヴァルターの斬撃がポーンに浴びさせた。
「……シャドウの時の攻撃が、残っているんだね」
コルサコフはその様子を見ると、鴨沢と一緒にロベールに掬われ、太い腕に抱えられる。
壁はどんどん迫っていき、一部のポーン達は崩れ倒れていく。
「コルサコフクン、どこまで残ってんの?」
近衛がコルサコフに問うと、淡々と答えるのが聞こえてくる。
「魔法の攻撃を吸収できなくなって、電気を弾かなくなった」
「その違い、なんでだろうな」
近衛がそう返すと、風と炎で壁を作り、行く手を阻んだ伊福部が参加してきた。
「さあな。そう考えると意味ありげだな」
伊福部が窮屈そうに後ろに下がると、三善が続けて言う。
「もしかしてロドルフォがかわいいのは、伊福部君の妹の影響だったりして」
「おい、遠回しに近衛と同じ事を言ってんじゃねえよ」
花を飛ばしてたおやかに微笑み三善を伊福部は苛立ちを見せると、三善はすっとぼけた様子を取った。
「だって、いつも怖い顔している伊福部君の心の一部が、かわいいのって、全く想像つかないもの」
「……はあ」
(女子のかわいいってよく分からないな)
士狼は二人のやり取りを見守りつつも、ロベールがやってきたので、まるで重りがついたような足運びで士狼は歩く。
ロベールに掴まれ腕に抱えられると、士狼は次々乗っていくメンバーを見る。
「三善、番傘開かせろ」
伊福部はそう指示をするとコチョウフジンは番傘を開く。
「このまま突っ込むぞ!!」
伊福部の声に合わせて、ロベールは前進し、ポーン達を番傘でなぎ倒していく。
「レースゲームかよ!」
近衛の大声と番傘の当たる衝撃音が廊下に鳴り響いた。
※
ポーンは全てなぎ倒したら、クリアと言わんばかりに壁の動きはピタリと止まって、元の定位置に戻っていく。
「どういう精神状態なんだよ
近衛はロベールから降りて、ぼやく。
「瀧君が前に言ってたね……ここは、誰かの心を軸にした場所だって」
三善がおどおどした態度で、伊福部の廊下での発言を呟いた。
「瀧、大丈夫なのか」
近衛は自分と逆に着けた指揮棒を抜いて、心配そうに眺めている。
「……アイツなら大丈夫だよ」
自身のシャドウをタックルしたヤツだからきっとなんとかなると思い出しながら、士狼は冷静に返す。
すると前と後ろからベチャベチャという足音が聞こえてきた。
「その根拠はどこからくるんだよ! オマエーッ!」
顔を青ざめながら前の近衛が抗議する。
「……武くんみたいに、もっと強いのがいたらどうするんだ」
対して後ろは、コルサコフが伏せた青い目でおどろおどろしく言う。
「アハハハ……賑やかだね……」
そんなやり取りを見たのか、乾いた笑い声を漏らす鴨沢の声が聞こえた。
「ね、この三人は本当に賑やかよね」
三善の声と共に着地する音が聞こえた。
「バラバラな三人だけど、持ちつ持たれつって感じ」
足音がこちらに向かってくる。
「男の子の友達って、こういう事なのかな?」
くすくすと微笑む声に合わせて、コルサコフと近衛が三善の方を向いた。
「笑い事じゃねえぞ、三善ィ〜、コイツ瀧に死ねって言ってんだよ!?」
ポケットに両手を突っ込んで顔を上げ、近衛は不良みたいな態度を取る。
一方、コルサコフも近衛に肯定の頷きを見せた。
「それ、繊細なお前らからすればだろ」
伊福部はロベールから降りると、澄まし顔でためらいもなく言った。
コルサコフは図星だったのか、無言無表情の反応を見せる。
一方、近衛は膝から崩れて天に向かって唸り声を上げた。
「オレ、ここで二回も殺されかけてんだよ!?」
仰け反った体を起こし、掌を猫の手を作ると、顔を青ざめながら伊福部に叫んだ。
「そのうちの一回は、お前の不注意だろうが!!」
いつかの昼休みに瀧が話した事を伊福部は、反論として持ち出すと、近衛はみるみる萎んで掌を床についた。
「……ソウデス……マジデ……ナキタイ」
二回は伊福部の
ロベールの使用者コルサコフは気まずそうな表情で目を伏せ視線を反らし、伊福部はその経緯すらも知らずに仁王立ちしていた。
「まあまあ、ここで喧嘩している場合じゃないよ」
三人組の仲裁に三善が入ってくる。
「本当に近衛君とコルサコフ君の言ったとおりになっちゃうから、急いで行こう」
三人の空気が一気に柔らかになって行く。
「三善すごいな」
あれだけ荒れてた空気を治める手腕に、士狼は呟く。
「! いやいや、私は当たり前な事を言っただけだって!」
三善は困惑し、両手を激しく横に振っている。
「……そうなのか?」
士狼は不思議そうに首を傾げていると、近衛は鴨沢の方へ歩きにくそうに向かって、隣に立った。
「鴨沢、山田クンってマジで人付き合い知らないんだな」
鴨沢はビクンと肩を上げると、少しだけ距離を取った。
「急に僕にふられても……」
近衛の言葉に鴨沢は困惑していると、コルサコフは鴨沢に同調するかのように、呆れた視線を向けていた。
※
劇場。
黒々と煙を上げるプリマシャドウの事も。
目の前にいる
「おい、瀧説明しろよ、アレはなんなんだ!! 俺の未来ってなんだ!?」
安居院は歯ぎしりをして、プリマシャドウに指を指すと、慈宗は視線を反らさずに真っ直ぐと向き合った。
「あれは、君が生んだ不安の怪物」
笑われたっていい、まずは安居院を落ち着かせないと。
「君の言葉で言うなら、君がビビっているモノが形になった怪物だ……」
包み隠さずの説明に、安居院は片目だけ睨んで凄んできた。
「俺が何にビビってんだって? あ?」
逆効果であった、けどまずは現実を向き合って欲しいと慈宗は考えた。
「シャドウの言い分が正しいなら、君は……家族にビビってる筈だ!!」
慈宗はそう言い切ると、拍手が聞こえた。
「正解、正解。本っ当、気に食わねえな……お前も自由なんだな!? おい!」
ドスンと床が震え、ポーン達が一斉に二人を囲う。
「は? 俺は誰もビビってねえし、誰も支配されねえ!」
安居院は二人の言い分を否定すると、シャドウがおかしそうに喋りだす。
「そうだ! ぼくは何をしてもいいし、誰でもぶっ殺せるんだ!!」
一斉にポーン達が迫って来た。
「だからアイツらから、全部奪っても許される!!」
安居院は慈宗の足を引っ掛けて来た。
「安居院……くん!!」
不意討ち、おまけに足払いの技を食らったら、体幹が強い慈宗でも横に倒れていく。
「なんで……! 誰かに相談しなかったのか!!」
ポーンの間に入り込む位置取りをした安居院を見つつ、慈宗は叫んだ。
「……相談?」
背中を強打し、慈宗は顔をしかめると、農業で使うフォークの先端が四肢と胴に突き刺さる。
「っ……!!」
気絶しそうな激痛が走り、慈宗は顔を歪める。
「人に当たるぐらい、苦しいならなんで……!!」
不安を取り除ける為、力になれる人が必ず現れる。
瀧慈宗は、己の善性から来る義憤の念を抱いた──
安居院の顔だけでも見ようと、血塗れの歯を食いしばり、頭を震えながら見上げた。
「助けを求めなかったんだ!!」
血を吐きながら鬼気に迫った態度で慈宗は叫ぶと、ポーン達は戦意喪失したのか、退いていく。
「……」
ここで初めて安居院の口が閉じた。
突破口が見えた気がするが、意識が赤い液体と共に流れていく。
(こた……えて、くれ……!)
慈宗は最後の力を振り絞り、安居院に手を伸ばす。
「……できたら、とっくにやってる」
冷え切った表情で見下ろされると、慈宗の意識が落ちた。
※
俺の部屋。部屋というよりも、監獄だった。
四六時中机に向かっている、記憶しかない。
買ってもらった物はどれも、進学ドリルやら辞書。
ゲームも漫画も何も無い。
俺がこっそりお年玉を貯めて買ったヤツも見つかって、取られた。
飯の時は、いつも勉強や進学の話ばっか。
テストの点が悪きゃあ、ババアとジジイが怒鳴りつける。
コイツらから離れられる学校ですらも、持ってる奴らが笑っているのがイラついた。
なんでだよ、俺はただ憂さ晴らししてただけなのに。
持っていないから、持ってるヤツから奪っただけだ。
夜遅くまで帰ると、ババアが玄関で待って説教をされる。
学校以外に自由でいられる場所は、どこにも無かった。
ここだけでも、自由にいさせてくれよ。
退学なんざされちゃあ、俺はずっと、あの牢屋に閉じ込められちまう。
誰かにチクったら、家出て見つかった時みたいにババアかジジイに殴られる。
だから、アイツに言ってやったんだ、できたら、とっくにやってる──