ごおっ!
風が起こり立ち、竜巻となってシャドウを襲った。
「ぎゃあああ────!!」
シャドウの断末魔がこだまする。
「ま、マジかよ……次は俺……」
その光景を見た安居院がうろたえており、舞台袖から逃げようとしていた。
「待て!」
士狼が前に乗り出して止めようとしたが、その時薄茶の髪が荒ぶる。
「ロベール!?」
ロベールが安居院に立ち塞がると、あっという間に握ってしまった。
「コルサコフ君!?」
三善が後ろに振り返ったので、士狼も焦りの表情で同じ方を向くと、亡霊のように突っ立っているコルサコフを見た。
「あんのバカヤロウ!!」
伊福部が顔をしかめる。
「何、考えてやがる! そいつはお前のいじめてたヤツじゃねえぞ!!」
伊福部の怒声が耳をつんざいた。
「……知ってるし、平助君は殺さないよ」
表情がない。
人間はあそこまで無機質な表情を作れるのかと、士狼は恐怖した。
「お、お前! ぜってー、魔が差すなよ!! 絶対だからな!!」
近衛が腰を引けつつも、ジョバンニのレイピアをロベールに向けた。
「……」
無言でコルサコフは返事をすると、ロベールの方へと向いた。
「……僕も君に色々と言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
緊張漂う空気の中安居院は依然として、悪態をついている。
「……君の欲しいものの為に、どれだけの人を傷つけた?」
恨めしそうな口調で一つ目の質問に入る。
その態度は、魔王モードだと士狼は察した。
「知ったこっちゃねえな」
で、このコルサコフの恐怖を知らないのか、悪態をつく安居院。
「……」
指揮棒をピンっと上に向けさせると、ロベールは地面に叩きつける仕草をコルサコフはさせた。
「っ!?」
流石に命の危機を察したのか、安居院は焦りの表情を見せる。
近衛は口から泡が吹きそうな勢いで挙動不審になり、他の者は殺人現場にならないか緊迫した状態が続いていた。
「テメエ!! 頭イカれてんのか!!」
殺されかけた安居院がコルサコフに抗議をする。
「……君のような人達に、心もイカさられたからね」
抑揚がない重々しい口調でコルサコフは話すと、初めて微笑んだ表情を見せた。
ただし、とてもいびつで自嘲じみた微笑みだった。
「……むしろ褒め言葉だよ」
ぞくりと背筋に氷が走ったような感覚が士狼を襲った。
あの伊福部までも言葉を失い、深刻な表情でコルサコフを見ている。
「……っ!!」
安居院が気圧されている中、ロベールは鴨沢の視線に合わせて腕を下ろすと、コルサコフがポツリと呟いた。
「どおりで、またやるわけだ……」
掌でもがく安居院を無視し、コルサコフは鴨沢に視線を向ける。
萎縮して震える鴨沢の姿がそこにいた。
「……次は君の番だよ? 大丈夫、変な事を言ったら、潰さない程度に握るから……」
鴨沢はふるふると首を振っていると、空気破壊機こと近衛由成が思わず口を開いた。
「お、お、お前、暴力は好きじゃないって、言ってなかったかかか?」
怯えつつも、コルサコフが言った事について反論する。
「前に言ったでしょ? 悪い事してまで恨みを晴らしたい相手がいるって……」
コルサコフの青い瞳は目据えてこちらを向ける。
「そのぐらいはできるって事だよ」
狂気をはらんだ笑顔を見せつけた。
その言葉がトドメになったのか、安居院は絶句していた。
さっきから、コルサコフの様子がおかしい。
時々、いじめに関する過去に触れると反応がおかしくなったり、普段の温厚な性格から冷酷なものになるのは見てきたが。
今回は目に見えて異常な反応している。
どうしたらいいのだろうかと、足がくすんで止められ無かった。
「正気に戻れ!! コルサコフ!!」
瀧の治療を終えたのか、伊福部がものすごい勢いで駆け寄ると、頬にストレートを決めた。
コルサコフはその場に倒れて、指揮棒を転がった。
その拍子にロベールが消滅すると、安居院は腰が引けたのか尻もちをついた。
「……あー……これだから、運動部に入りたくナイノヨネー……」
苦い表情を作って棒読みした近衛と三善は、すぐさまコルサコフの元へと駆け寄った。
「明らかに加減できなさそうなヤツに、任せてたまるか!」
赤くなった拳を解き、近衛の苦言に反論する伊福部。
「コイツ、ただ精神状態が悪りぃだけじゃなさそうだな……」
伸びてるコルサコフを見下ろしつつも、転がった指揮棒を伊福部は回収する。
「……はあ。手間かけさせやがって」
面倒くさそうに伊福部は頭を掻いて、瀧のところに戻る。
士狼はコルサコフを心配する声を聞きながら、鴨沢と安居院の対面を見届ける事にした。
「平助くん」
安居院はすっかりと縮こまって鴨沢を見上げていた。
「なんだよ」
「よ、よく分からないけど、君が酷い目にあっているのは同情する」
鴨沢は一呼吸する。
「けど、許さない!」
前髪で隠れた顔でも、怒りの表情が読み取れた。
「君のせいで僕は傷ついた!! 謝って欲しいぐらいだ!!」
切実なる訴え。
良識ある人間なら、恐らく鴨沢側につくであろう。
だが、正気を失ったコルサコフの拷問という名の問いかけですらも、悪態を選んだ安居院には──
「けど……君には期待できないよ……」
恐らく、安居院の答えは自由が欲しかったの一点張りだろう。
「君があれじゃあ……この気持ちはどうしたらいいんだよ……」
鴨沢は膝から崩れ落ちると大粒の涙を流していた。
「……ん……アイテテテ……今度は竹刀か……ここは壊されてばかりだな……」
瀧の声が聞こえてきた。
「うわっ! コルサコフくんどうしたんだ!?」
まず第一声がぐったりしているコルサコフの心配。
実に
「わかんねえ、コイツ。シャドウの話を聞いたらおかしくなっちまって……安居院を殺そうとしてた」
藁にもすがりたい態度で、近衛は瀧に接する。
「……すごく怖くて、何もできなかった……」
三善が先程の感情を打ち明けている。
「そうか……ひょっとしたら、コルサコフくんはいじめてきた理由を聞かされて、今までの恨みが爆発したんじゃないかな」
瀧はそう説明し終えると、コルサコフは体を重そうに起きあがる。
近衛は小さく悲鳴をあげビクンと体を跳ね上がらせると、コルサコフから距離を置く。
「……痛……武くん手加減してよ」
頬を腫らしながらコルサコフは伊福部を見た。
「お前こそ、怒りの制御ヘタクソかよ」
ツンと伊福部は返し、近衛は不安げな表情で、伊福部の背中に隠れた。
「……どいつもこいつも、ずりーな……!」
ダンっと足踏みの音が聞こえた。
安居院が立ち上がっていた。
「みんなでおそろいのおもちゃで、遊びやがって」
安居院は不機嫌そうに歩いていくと士狼と対面した。
「なあ、俺も仲間に入れてくれよな?」
安居院が士狼にメンチを切る。
顔を強張りながらも士狼は安居院の目を真っ直ぐと見た。
「欲しかったら、あの黒影と分かり合うんだ」
不安を乗り越えた者しか得られない能力。
安居院にもチャンスが回ってきたんだと、士狼は無表情で説明する。
「えー……俺、コイツと仲間になりたく……」
伊福部によって近衛の口は塞がれた。
「分かり合う?」
安居院は片目だけ細める。
「そう、黒影の事を受け入れるんだ」
シャドウの言動を受容し、認め、道を見出す。
ここにいる全員がそうやってきたのだ。
安居院もきっと何か対策法を──
「無駄だよ、ぼくはとうさんとかあさんがいるんだもん」
シャドウが弱々しく目が覚めると、指揮棒を構えた。
「無駄じゃない、両親もきっと話し合えば……」
瀧が冷静に答えると近衛から指揮棒を渡された。
「っ! 無駄だって言ってんだろうが!!」
安居院が叩きつけるように叫ぶと、士狼の元から立ち去る。
「見つかったら取りあげられて、勉強、勉強ばかり言ってくる!!」
安居院は苦しそうに顔を歪ませると、ようやく吐露しだした。
「俺はもううんざりなんだよ!! 自由も何も無ねえ俺は、お前達みたいになる事を絶対に許してくれねえ!!」
その言葉に三善の表情が曇り出す。
「……あなたもしかして、私と同じ……!」
安居院の表情は悲痛に笑っていた。
「だったら分かるよな!? したい事をできねえ俺は一体どうすればいい?」
その問いに三善は唇を強く噛んだあと答えた。
「……私はお祖母ちゃんに意思表明した。けれどお祖母ちゃんとはまだ話し合った事はない」
三善からしたらシャドウ戦はあくまでもきっかけに過ぎないと、語っているようだった。
「じゃあ、先輩として言っとくぜ。無理だ、アイツらはバケモンだ……俺の事を人とも思ってねえ……」
安居院が髪をかき上げ語る姿は、壊れたおもちゃのようだった。
「……」
三善が黙り込んでいると、近衛はむっと唇を突き出して言う。
「そう言ってるけどさ、お前もバケモンになってどーすんだよ、なあコルサコフクン」
突然の流れ弾にコルサコフは気まずそうに俯くと、安居院はみるみると機嫌悪い表情を作った。
「なんだチビスケ?」
青筋が浮き出ている事に気付いた士狼は慌てて近衛に言った。
「近衛、逆効果だ。怒らせんなって!」
せっかく落ち着いて話せる態度だったのにと、士狼は眉を寄せた。
凄まれたので怯えつつも近衛は話を続ける。
「……同じ極限までいるヤツでも、ここまで違うんだな……」
顔をしかめた近衛はコルサコフと安居院を比較した。
「……ごめん。あの時の事を思い出して傷つけようとしたから……平助くんに言う資格はない」
続いてコルサコフは暴挙に出た事に対して、近衛の言葉に続くように語る。
目を伏せ視線を落とし、ひどく落ち込んでいる様子を見せると、安居院はドン引きしていた。
「ごめんですませられると思ってんのか!! 殺されかけたんだぞこっちは!!」
うなりをあげられると、コルサコフはますます大きな体は小さくなっていった。
「だったらバケモンでいようじゃねえか」
シャドウは話しかけた言葉を一蹴すると、安居院は頷いてしまった。
「そうだ、俺はバケモンから生まれたんだから……バケモンになるのは当然だよな、ははは……」
安居院が顔を歪ませて
「そうだよなァ……俺は今まで欲しいものは全部奪ったんだ、だったらクソヤロウどもから奪えばいい!」
その決断は高校生でもどれだけまずいものなのか、深く考えずとも理解できた。
先程も激情からの暴走を見た。
「それだけはやめろ!!」
士狼は安居院を止めようと駆け寄った。
「安居院くん!! 考え直……っ!」
続いて瀧も士狼の後を追うとしたが傷痕が痛んでいるのが、耳で分かった。
「素直に役所にいけバカヤロウが!!」
あんなに他人の助けを拒んでいた伊福部の口から、この言葉が出るとはと士狼は走りながら思っていた。
「無駄だ、無駄。アイツらに全部握りつぶされちまう!」
安居院はそう拒絶した瞬間、シャドウの表情が変わった気がした。
満面の笑みだった。
そしてシャドウはただのノイズ混じった黒霧となり、安居院の体にぶつかった。
「ぐあっ!」
目の前で安居院が痛がると、その衝撃で倒れ始め、士狼は思わず手を伸ばしてその光景を見開くと、安居院はその場に倒れ込んでしまった。
「安居院!!」
そのまま駆け寄ると、安居院は死んだようにぐったりとしていた。
「しっかりしろ安居院!!」
士狼は体を揺さぶるが反応はない。
「待て待て! こういう時母ちゃんは……!!」
その様子を見た近衛が我先に駆け出してあっという間に追いつくと、ぐしゃあと髪を掴んで考える。
「そーそー脈だ! 手首に人差し指、中指、薬指を当てて、トットッって感じたら生きてら!!」
流石、看護師の息子である。
士狼は感心しつつも、早速手首を持って指定された指を当てる。
「……」
士狼が集中していると、近衛がぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。
「うわああああ!! オレのせいだー!! オレがバケモンになるって言ったから、殺されちまったよー!!」
鼻水を垂らして泣き始めると、伊福部はぶっきらぼうに返した。
「ピーピーとうるせえ!! 山田が集中できねえだろうが!!」
士狼は頷くと、近衛は伊福部に向き合ってギャンギャンと泣き喚いていた。
罪悪感がすごいんだろうなと士狼は思いつつも、ようやく脈打っている事を確認する。
「生きてる。けど反応がない!」
伊福部は、ため息を漏らすと鍛え上げた巨躯を壁にしてくる近衛を引っ剥がすように離れる。
そして、ずんずんとこちらに向かって歩いていく。
「この手の相手はお袋で慣れてる、俺に任せろ」
と手慣れた様子で、膝を揃えて抱え込むように持つ伊福部。
「……シャドウはいなくなったのか?」
士狼は後ろを振り返って、空っぽになった舞台を見つめていた。
「出る気配は無さそうだな、おい、三善」
ずっと俯いていた三善は我に返ったように伊福部を見た。
「帰りはお前のコチョウフジンが運んでくれ」
三善は頷くと指揮棒を動かして、コチョウフジンを呼んだ。
※
その日の晩。
いつもの食卓。
いつものクソヤロウども。
表面上はどこか気品のある両親に見えるが、その皮を剥いでしまえば、暴利を貪るしか考えていない商人だ。
学校の面談でざわついてこちらを見る男女。
浴びせられる罵声。
親不孝者、お前のせいで何回も転校している、いい加減学校に馴染めと、自分が全部悪いんだと責め立て続ける。
だから今日はセンコーに呼ばれなかったんだろうがと、毒を内心で吐き、パーカーの前ポケットを片手に突っ込んだまま、ひたひたと歩いていく。
そして、退学になったら進路はどうするのか、暮らしについてどうなるのかと、向かい合ってヒソヒソと話す。
ここではっきりした。
コイツらが欲しいのは俺じゃない、いい暮らしがしたい使い勝手のいい駒だと。
(そういや、コルサコフの野郎……殴られてたな……)
胸が締め付けられそうになる。
殺しにかかってきたコルサコフでさえ、ちゃんと心配かけられてたな。
羨ましい。
こっちは、身を挺して怒ってくれないのだから。
羨ましい。
どうして自分は見てくれないのだろう、泥がゴボゴボと湧いてくる。
夕食の香りが反吐が出る程、臭く感じる。
「で、結果は? また謹慎だといいんだがな」
ジジイが詰めるように訊いてくる。
「……」
無視すると父親が立ち上がってこちらを見てきた。
「なんとか言ったらどうだ!!」
今だとパーカーの前ポケットから、包丁を抜き差し腹を刺した。
ババアの悲鳴と一緒に流れるのは、真紅のシルク。
その布切れは地面に敷かれ広がっていく。
ジジイは目を見開いてこっちを見ると、平助は虚ろな目で見返した。
「どうして俺は……俺として生かせてくれなかったんだ」
ただの男子高校生として生きたかった。
友達と一緒に遊んで、話したりする。
そんなありふれた日常を自分も味わいたかった。
それすらも許さないのならば。
赤い雫が床に滴りながら、平助の涙を歌う。
「け、警察を!」
ババアは急いでスマートフォンを取り出してタップをしていた。
「ははは、いいぜ、どっちが悪か……決めて貰おうじゃねえか!」
平助はババアに飛びかかって背中から斬りつけると、あっけなくその場に倒れてスマートフォンの液晶画面は、ヒビが入った。
「助けて! 誰かー助けて!!」
母親が隣の部屋に聞こえるように大きな声で叫ぶ。
自由の為だと思えば怖くなかった。
母親にまたがると背中をめった刺す。
「俺だって!! 助けられたかった!! 今度は俺がお前のその声を潰す!!」
ぬちゃ、ブシュ。
生臭い匂いが立ち込め、平助の顔は返り血を浴びた。
クソヤロウに奪われた分を奪え返せ。
俺の自由を返せ。
俺の人生を返せ。
その怒りがババアの背中に赤く刻まれて行く。
やがて年老いた女体が冷たくなると、平助は狂ったように高笑った。
「アハハハ──!! 俺は自由だ!! もう誰も!! 俺のしたい事は……!」
十六年育てた憎悪は血染めの部屋を作り上げた。
数十分にも及ぶ
「……」
ふとサイレン音にある事に気付いた。
このまま警察に捕まって少年院に入れられた未来に。
両親から自由になりたくて、怪物になる選択をした筈が、今度は本物の。
鉄格子の独房に入れられる事に。
自由になりたくて殺人を犯したのに、ここで捕まったらまた自由じゃ無くなってしまう。
平助は絶望に顔を青ざめる。
ドアを叩く激しい音が聞こえた。
籠もっていて聞こえないか警察の切羽詰まった怒声も聞こえ始めた。
「これじゃあ……」
包丁を握った血染めの拳を見て震わせる。
「……意味がねえ」
もう殺してしまったのだ、後には引けない。
自分はただ解放されたかっただけなのに。
包丁を喉元に向けて平助は自嘲した。
「結局、ボクのやった事は……無駄だったんだな」
そう平助は呟くと包丁を喉元に突き刺した。
罪から逃げ、正当に向き合えず。
恨みに負けて、空っぽを演じ。
背負う事すらも放棄した。
それが安居院平助の、最期の幕引きであった。