PERSONA:MUSIC DRAMA   作:黒猫13号

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夏休み
Chapter15『The nail that sticks out gets hammered in.』


二〇三〇年 七月二十一日

 

 吉田家。

 

「はい」

 インターフォン越しに聞こえる婦人の声。

「あっ(わたくし)先日お伺いした、天音高校オカルト研究部の相馬光希(そうまみつき)です」

 相馬先輩が名乗ると、間を空けられた。

 

「先輩。本当に大丈夫ですか……」

 この意味深な間に山田士狼(やまだしろう)は、どことなく不安であった。

 オカルト研究部の単語だけで、胡散臭いと思われていそうな気配も感じる。

「承諾してもらったけど、大丈夫よきっと」

 懐疑的な士狼とは対照的に、楽天的な返答を聞いた士狼は、真顔で相馬先輩を見た。

 

「厄介払いされませんよね?」

 少々お待ちくださいと、インターフォンが切れた。

「お待ちしました、どうぞ」

 妙齢な女性が二人を静かに迎え入れられた。

 家に入ると廊下を歩く。

 

 風呂場らしき扉、何かの部屋らしき扉複数。

 恐らく吉田杏奈(よしだあんな)の母親は、重々しい空気でリビングか客間へと案内される。

 

「……先輩、本当に色々聞いて大丈夫なんですか?」

 明らかに歓迎されていないと感じた士狼は、ヒソヒソと小声で相馬先輩に尋ねる。

「……うーん。あまり深入りできなさそうね」

 不思議そうに妙齢の女性の背中を眺めながら、相馬先輩は答える。

 

「死んだ娘の事を話すからかしらね」

 士狼と一緒にこの冷え切った空気の理由を相馬先輩はそうコメントした。

 ドアを開けると椅子に座った妙齢の男性が神妙な面持ちで、待ち構えていた。

 空いている椅子は三つ、うち一つは黒いピアノの椅子であった。

 

「ごめんなさいね、椅子足りなくて」

 女性は謝罪するとそそくさと台所へと向かっていった。

 辺りを見渡すと棚付きテレビ台には賞状、トロフィー、写真が飾られており、その中には吉田杏奈の遺影らしき物もあった。

(……)

 どこか寂しそうに微笑むその写真は、黄昏に溶け込む彼女そのものであった。

 

「よろしくお願いします」

 相馬先輩は一礼し男性も一礼したので、慌てて士狼も一礼をする。

「どうして、杏奈の事を知りたがる?」

 しゃがれた声が二人に疑問を投げかけると、相馬先輩はメモ帳と筆記用具を取り出してからにこやかに微笑む。

 

「実はですね、娘さんが化けて出てる噂がありましてね」

 相馬先輩の言葉に、士狼は思わず開いた口が塞がらない表情を相馬先輩に向けた。

(直球!?)

 先輩のオブラートは捨ててきたと言わんばかりの率直さに、士狼は呆れた感情を抱いた。

 

「もし、娘さんが犯人なら……何か未練があるんじゃないかと思いここに来ました」

「……」

 男性もとい杏奈の父親は渋い顔で相馬先輩を見ている。

 一方、士狼は霊能者を取り上げたテレビ番組を見ているみたいだと思った。

 

「……未練か、きっと遺書は見つかっていないから化けてしまったんだろうな」

 父親は深刻な表情で語ると、相馬先輩を注視する。

「あなたはこの事を知らない?」

 遺書が見つかっていない事だろうか、士狼は父親の問いをそう解釈すると、相馬先輩は頷く。

 

「……そうか」

 父親はうなだれるように返すと、相馬先輩の口が動いた。

「遺書がまだ見つかっていないんですね」

 二十年ぐらい経っているのに、吉田杏奈の死に至った際の感情は未だに伝わっていないのだ。

(……何かを思って、ってそういう意味だったりしてな)

 数カ月前に、吉田杏奈が自殺する前の感情を話していた事を思い出す。

 ひょっとしたら吉田が言う”何か”が、遺書にしたためられているのかも知れない。

 ならば、本人に頼まれた側の人間の目標は──

 遺書を探す事である。

 

(……けど、どうやって見つけるんだ? 親ですら見つかっていないのに……)

 もしかしたら、遺していないのではと、不安が募る。

「何か、書き綴った物とかありません? 手帳でも日記でも手紙でも?」

 ここで、オカルト部の頭脳が道を示してくれた。

 相馬先輩の質問に父親は考ている最中、テーブルにはカップが置かれた。

 紅茶の匂いが鼻を伝い、香りを楽しんでいると。

 お盆を持った女性もとい母親がこちらを見る。

 

「把握はしていません、娘にもプライバシーがありますから」

 そのまま父親の隣に座ると、相馬先輩は眼鏡を光らせた。

 

「では、部屋に行ってもよろ……」

 初手の行動がそれはまずいと士狼は感じ、相馬先輩の言葉を遮った。

「先輩、話し始めてすぐにそれはマズイですよ」

 士狼は両親の表情を見ると、冷ややかな視線を浴びせられている事に気づく。

 

「すみません。娘さんの事を根掘り葉掘り、聞いてしまって」

 頭を下げて、尻ぬぐいをすると、両親は顔を見合わせて表情が和やかになった気がした。

「つい熱が入って……」

 気まずそうに相馬先輩は父親を見て、話を続けた。

「すみません、娘さんが死ぬ直前の事について教えて欲しいのです」

 士狼は紅茶を飲み、柔らかな味を堪能し、両親はこちらに視線を向けられる。

 語りの内容はこうであった。

 

 死ぬ前日、いつものように穏やかに過ごしていた。

 コンクールの準備運動なのか、部屋からは課題曲ではなくベートーヴェンの『告別ソナタ』の第三楽章を弾いていた。

 それが終わるとコンクールの課題曲が聞こえ始め、音色でも伝わるぐらい調子が良かった。

 

 なのでとてもいじめが原因で飛び降り飛び降り自殺するような、雰囲気ではないと。

 両親は寂しそうに語っていた。

 

「……前兆なしかあ、いじめに苦しんでいた様子は無かったと」

 相馬先輩の言葉にふと、小瀬六助(おせろくすけ)との出会いを思い出し、士狼は淡々とその言葉を否定する。

 

「いや、俺はいじめを人に隠す人に会ったので、そうは言い切れないです」

 士狼の発言に三人はどよめきの色に染まった。

「あ……自殺の動機を書いた書類が見つからないのは、きっと!」

 何か閃いたのか相馬先輩はこちらを見て、高揚の態度を取る。

 

「遺書が見つからないのは、自分の気持ちを知られて欲しくなかった」

 だが、ここで矛盾が生じる。

 どうして吉田杏奈は、自身の未練を士狼に探るよう頼んだのか。

 真意を知られて欲しくないなら、頼まない筈だ。

 

(……何が狙いなんだ)

 確たる証拠もないので、あくまでも、一つの仮説として覚えておこう。

「娘に隠している事がある……だって?」

 一方の両親はというと互いを見つめ合い、信じられないという態度を取った。

 

「これ論文で発表していいのかな……」

 かちゃりとカップを持つ相馬先輩。

 士狼はようやくまともな事を言うのかと、相馬先輩に視線を送ったのだが。

 

「なぜ自殺したのか謎だらけだったって、オチになるだけだよこんなの……」

 まともな意見に期待した自分がバカだったと、肩透かしを食らったのだった。

 

 

 吉田杏奈の自室。

 

 取材の内容を要約すると──

 ①死ぬ直前、いつも通りの調子だった。

 ②いじめられた原因は不明。

 歳不相応なぐらいに落ち着いた性格が逆にクラスに浮いていたらしく、そこに目をつけられた。

 ③唯一の友達は男友達であり、男友達から引き離そうとしたか、嫉妬された。

 

 この三点である。

 

 相馬先輩は③について意外な過去が来たと、取材後に感想を述べていた。

 最後に両親に頼んで、吉田杏奈の部屋を見せて貰うことにした。

 両親は相馬先輩の事を、いたく冷ややかな目で見られている。

 

(ああいう、答え方するからだ)

 悪質な記事やインタービューをする輩は、遺族に寄り添えず真実だけを追求する者であろう。

 士狼は軽蔑した目で相馬先輩を見た後に、部屋へと視線に移した。

 

 今も綺麗に保たれているのか、艶黒のグラウンドピアノ。

 机がありその本棚にはクラシック音楽にまつわる本が、ぎっしりと詰められている。

 

 見たこともない機械が置いてあり、その隣には小さなプラスチックケースが入ったものと、大きな紙のようなものが並んだ棚がある。

 その形状はどれも真四角のようだ。

 

 芥川幸恵(あくたがわゆきえ)の自室と違って、ぬいぐるみ、メイクボックス、全身鏡、ジュエリーボックスが置かれていない。

 ここにも、トロフィーと賞状が飾られていた。

 

(……同じ女子でも、部屋が違うんだな)

 士狼は興味深そうに見つめていると、大きな鼻を荒くしている先輩に対して一言。

 

「先輩。部屋の物は()()()()()()()()()ね」

「それ、オカルト部からしたらフリだからね」

 なぜか、喜色満面な表情を見せる相馬先輩。

 これはダメだと士狼は判断したのか、あの瀧慈宗(たきちかむね)を引かせた表情を作る事にした。

 思い出せ、ペルソナを召喚した際に感じる抑えていた感情が、解き放たれる瞬間を──

 

「……よくないです」

 口調はコルサコフ・和也(かずや)のように重めに、大きな猫目を据わらせる。

 

「そんなんじゃあ、二度と来れなくなりますよ」

 死後二十年以上経ったとはいえ、遺族を好奇心で不快にさせる行為は禁止だと士狼は警告する。

 するとその圧がけに驚いたのか、相馬先輩は腰が引けていた。

 

「アッハイ……」

 一気にしなびたきゅうりのようにしぼむ相馬先輩を押しのけて、部屋へと入り込む。

 掃除されているのかどれも埃が被っておらず、今も住んでいたんじゃないかと錯覚させる。

 

(……仲が良かったんだな)

 家族仲が伝わってくる部屋に、士狼は惜しそうに眉を寄せる。

 閉じられたグラウンドピアノの楽譜台には、楽譜が二枚置かれていた。

 

(課題曲?)

 楽譜が読めないので当然読み解く事は不可能だったので、次によく分からない機械に近づく。

 

(これなんだ?)

 士狼がスマートフォンをかざして写真検索をすると、レコードとCDに対応した音響機器(プレイヤー)だと出てきた。

(あっ、吉田が聞いてた機械と同じヤツか)

 吉田杏奈と初めて会った時、「プレイヤーで聞いてたの」と言ったのを思い出す。

 

(じゃあ、これがクラシックCDってヤツか……)

 隣の棚に収納された物の正体が判明する。

(CDって、大きいのもあるんだな)

 生まれて初めて間近で見たので、興味深そうに見つめている。

 だが士狼は知らない、真四角で大きい紙のケースは、CDではなくレコードだという事に。

 

「うう、触らぬ神に祟りなし……」

 相馬先輩の呟きが聞こえたので、士狼は振り向く。

 そこには机をぐぬぬと唇を噛み締めて見る、半袖ワンピースの相馬先輩がいた。

 

「机周りがきれいね」

 机に寄ると確かに、机周りが整理整頓されている。

 和也の素っ気なさも無ければ、幸恵の華やかな印象もない。

 質素堅固と言った感じだ。

 

「……なんで飛び降り自殺なんかしたんでしょうか」

 荒れているわけでもなく、今にも日常が続きそうな室内に、士狼はぽつりと寂しそうに呟いた。

「それを知りに、私達は調べているんでしょ」

 相馬先輩が静かに隣に寄り添うと、優しい声色で話しかけてきた。

 

 

>対アンナさん対策部


 

 [今日、吉田のところに行った]▶

 


 

 アイコンは無地のもの。

 


 

 ◀[そうか。で、何か分かったのかい?]

 


 

 瀧の返信に士狼は指を動かす。

 


 

 [分からなかった、部屋も見せて貰ったけど。いつも通りってのが伝わった]▶

 ◀[コルサコフくん、話せる範囲でいいから、君の意見を知りたい]

 


 

 確かにコルサコフはいじめられてた。

 その視点を持つ人が仲間になって良かったと、士狼は液晶画面を見つめ返信を待つ。

 ピロンと通知音が鳴った。

 


 

 ◀[情報が少ない。他に何か分かった?]

 [まずは、落ち着いた性格が浮いていたらしい]▶

 ◀[あー分かるわー、あのミステリアスな感じが、いいよなーアンナさん]

 


 

 近衛由成(このえよしなり)が入室しましたの文字からの、このメッセージである。

 

「……」

 割り込むな近衛、今大事な話をしているんだ。

 士狼はスマートフォンを強く握りしめると、画面には幸恵のアイコンが近衛を叱っていた。

 


 

 ◀[僕もロシアとウクライナの戦争で仲間外れにされたから、ありえるかも

 あの人は、話しかけずらい雰囲気あるしね]

 


 

 八年前の戦争が原因。

 コルサコフは当時八か九歳の頃になる。

 

「……その頃から」

 人を怖がる性格になった理由が分かった気がすると、士狼は思いつつ指を動かした。

 


 

 [男友達がいたみたいだ]▶

 ◀[まためんどーな、案件だな]

 ◀[よしりーとわたしとかなめは冷やかされたけど、そういうのは小学生までよね]

 ◀[うん。私達だと当てはまらなそう]

 


 

 芥川姉妹と近衛の意見を読み、とても自殺するような事案では無さそうである。

 数十分後、ようやくコルサコフのメッセージが来た。

 


 

 ◀[冷やかしか、巻き添えか、いじめてた人が好きだったとか?]

 


 

 文章だけでも伝わるコルサコフの苦々しさに、士狼も一緒に考え始める。

 


 

 ◀[答えは闇の中ね]

 


 

 三善明美(みよしあけみ)のメッセージで、返信はしばらく来なくなった。

 

 窓からこぼれる、夕焼けを士狼は見つめる。

 あの音楽室で、カーミュ・サン=サースの『死者の舞踏』を弾き続ける吉田杏奈の情景を思い出す。

 

(恨みは無さそうだけどな……)

 神秘的な横顔が浮かぶ。

 

(けど、コルサコフみたいに何か抱えているのか?)

 

 普段は穏やかで怯えがちのコルサコフ。

 

 だが、過去の辛い出来事のせいで、安居院平助(あごいんへいすけ)に対して、冷酷無比になれる物を抱えていた。

 

(……人って難しいんだな)

 今まで人との深い付き合いを避けてきたので、その複雑さに士狼は頭を痛ませる。

 


 

 ◀[ともかく、吉田さんはなんで地縛霊になったのか、見つけてあげないとね]

 


 

 三善の穏やかなメッセージに少しだけ、救われた。

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