二〇三〇年 八月十一日
午前十一時。
お袋が死んで
今は四十九日に向けて、親父が準備しているらしく、慌ただしい日々を過ごしている。
そんな中、俺はバレー部復帰の為に体造りを始める。
必要なのは、上半身、下半身、体幹の基礎トレーニングとボールの精度高めるトレーニングで、外でやれる事を終えてダンベルをカバンにしまう。
(……買わねえとな、親父に相談だな)
あの事故から着ていない、スポーツウェアを着たんだが、サイズが合わずに仕方なく高校のジャージを着ている。
タオルで汗をぬぐって、公園に設置しているベンチに座る。
白いスポーツバックから、携帯が震えてたんで俺は急いで取り出した。
「はい。
かけてくるといったらバイト先だけだから、俺は敬語で受け答えする。
「やっほーふくっち! よかった、出たよ!」
この聞き慣れたゆるい口調は
たく、なんで俺までプールに連れて行こうとしてんのかよく分かんねえヤツだ。
息抜きだとか言ってたが、俺は納得いかねえ。
「なんだ、まだあんのか?」
もうシフト変えれねえぞと警戒する。
「何、その言い方!」
幸恵に反論されると続けてこう言われる。
「あのね、明日さ、みんなと一緒にひばりちゃんと、水着買いに行きたいなと思って」
水着を買いに?
幸恵の言葉を俺は理解できなかった。
「ひばりのは学校ので十分だろ」
高校もプール授業があったら俺もそうしたいところだが、幸恵のせいで余計な出費が増えてしまった。
俺は、そう返すとデカい声が耳を貫いた。
「言うと思ったー!! せっかくのプールだよ!! どうせならカワイくして行こう!」
発想がよく分かんねえ。
大体、今の俺ですら水着よりも新しいスポーツウェアを買うかどうか、悩んでるつーの。
「どうせって一回きりだろうが、だったら生活費を回した方が……」
早いと俺が言い終わる前に幸恵がまた噛みついてきた。
「あーあー……ビーズとネイルストーンの違いが分からないお兄ちゃんに生まれて、ひばりちゃんカワイソーだよ!」
もしかして林間学習の事を言ってんのかよ。
「カワイソーってな、テメエんちは金持ちだから、そう言えんだよ」
そういえばコイツ、街では有名なデカい家の子供だったな。
だから、ランドセルはお下がりになる家の俺と噛み合わねえんだ。
「サイアク」
……これは話さねえとマズイな。
「サイアクって……よく聞け」
まずは、コイツの機嫌直しからだ。
「俺だって水着やスポーツウェアを新調したい、ひばりに可愛い格好させたい」
まずは俺の考えを幸恵に明かす。
「けど、俺んちはお袋の次は、俺とひばりの学費を優先させなきゃならん」
次に俺の財布事情を明かす。
「だから、俺は夏休み全部バイトで埋めたんだよ」
オヤジは稼ぎについて問題ねえと言ってたが、それでも生活はなんとか保っていた状態だ。
そこに治療費までかかってたからな。
中卒で働きたかったのは、この治療費を出す為だったが。
オヤジが働き先を増やす為にせめて高校までいけと言ったから、通ってるだけだ。
「つまり、そういうの買えないって事?」
幸恵の声が落ち込んでいる。
「いや、オヤジに相談すれば……大抵は買える」
金銭感覚が違う幸恵に、金持ちの常識であろう品物を言う。
「一応確認するが、ブランド品じゃあねえよな?」
「あけみっちとだから、トンキに行くよ。友達とだしね」
激安の殿堂なら大丈夫だろう。
というか服まで売ってんだな。
食料品しか用がねえから知らなかった。
「トンキなら問題ねえな」
あの陽気なテーマソングが頭ん中がほとばしる。
信頼と安心の百貨店だ。
「……ついでに、スポーツウェアも売ってるのか?」
もしかしてと俺は望みに賭けてみる。
「もち売ってるよ! えっと、シャツが一六〇〇円ぐらいだったかな?」
「……は?」
キツくなったシャツが三〇〇〇円で買った記憶が蘇って、天地がひっくり返そうになる。
「……からかってんのかテメエ」
大体、半額で買える値段が嘘のように思えてきた。
半信半疑の俺は、いない幸恵を睨みつけた。
「本当だってば!! そんなに値段って重要?」
今、それで説得してんだよ俺は。
「……何回も言わすんじゃねえよ」
ここは踏み込んで答えるしかねえ。
幸恵に「金持ち」と言った意味も伝えるために、俺は言った。
「俺んちはそこまで回せるか分かんねえから、金持ちのお前には理解できてねえ話だって事だ」
その言葉に幸恵は黙り込んでしまった。
「はあ……よく俺らみたいなダチと、付き合ってきたな」
一緒になった時は金持ちの家とは思えねえヤツだと思ったが、ここでようやくコイツの生まれを理解した。
頭をかいてコイツの返答を待つ。
しばらくすると、幸恵の答えが返ってきた。
「だから、友達やよしりーはトンキに行くんだね」
真面目な声だ。
「楽しいから、行くんだと思ってたよ」
次はいつものゆるいネアカ声で、話してきた。
「そういう事だな」
余程のねえ限り、財布事情をダチに言うわけねえしな。
中学バレー部時代の俺もそうだった。
「金のねえ俺達が楽しめるから、そういう店にも行くんだ」
「なるほどね、分かったよ!」
幸恵が納得したのか、頷く姿が頭に浮かぶ。
「てかさ、ふくっちも一緒に行く? ひばりちゃん見ないといけないでしょ?」
流石はアネキと言ったところか、俺の妹に対しての気持ちをよく理解してやがる。
「スポーツウェアも買いたいとこだしな」
ひばりの面倒を見るついでに、スポーツウェアを買うことを俺は宣言すると幸恵は呆れた声になって、返ってきた。
「そこは水着じゃん!!」
※
二〇三〇年 八月十二日
「うわー! おにいちゃん、おねちゃんこれ本当に選んでいいの!?」
黒髪ロングヘアーを揺らして喜んでいるのは、
「いいよ!」
幸恵の即答にひばりは笑顔になってはしゃぐと、
「……こいつらに選んでもらえ、兄ちゃんそういうの分からんから」
ちょっと気まずそうに距離を置いているのはどうしてだろうかと、幸恵は不思議に見る。
レディースの水着売り場なのになんでだろうか、
そう思っているのに気づいたのか、今度は
「ひばりちゃんは私が見ておくから、レジに行ってていいよ」
ふくっちは「おう」とそそくさにレジへと向かって行った。
「ねえ、あけみっちどうしてふくっちに行かせたの?」
するとあけみっちは微笑んで、楽しそうに言ってきた。
「ここレディースの水着売り場だよ」
「それはわかる」
「伊福部君、気を遣うか恥ずかしいんだと思う」
ここで幸恵は気づく。
そう
おまけにメンズネイルも嬉々としてやってくれる程のファッションにも興味があるので、
こういう買い物に付き合ってくれる男子は、よしりーしかいなかった。
「……あっ、武くんは由成くんと
こういう時に
「あー……あー……アイツ、アタシ以外の女子も遊ぶから、同じ気遣うでも違うんだ!!」
幸恵は両手を頭に抱えてぐわんぐわんと揺らして、カルチャーショックを受けると、ひばりちゃんは不思議そうに見上げていた。
「ゆきえおねえちゃんどうしたの?」
あけみっちが温かな目から、穏やかな視線を向けられた。
微笑ましく見守られている感が、伝わってくる。
「男の子に女の子として、心配してくれたからかな?」
子どもに分かりやすい言葉選びされると、もっと破壊力が増す一方で、ひばりちゃんは「わからない」と返された。
「由成くんの気遣いって……」
要、
これ以上言わないでと幸恵はパニックになっているが、虚しくも──
「似合わない服を褒めてから、提案してくれる方の気遣いだからね」
ああ、そう。
よしりーはそういうヤツ。
アイツは別の意味で、アタシ達を女子として扱っているんだ。
「……なんで女友達と遊びに行けるか、理解したわ……アイツ……」
出会って早苗さんに面倒を見られて数十年、初めてよしりーの別側面に気づいた。
「あくまで武君はそうで、他のみんなは案外平気だったりして」
とあけみっちはひばりちゃんの水着を吟味しながら、話を続ける。
生きている世界が違うのか、女子としての格が違う。
(ムリ、ムリ、ムリ!)
幸恵はその思想に
(
と内面悶えながら、水着を選んでいると、聞き覚えのある声が返ってきた。
「少なくとも、和也くんはダメそうだね」
友達になるだけあって、あけみっちの会話についていける、妹は水着を探す。
「あー……剣道部の試合観に行けなかったもんね」
あけみっちは水着に手を取り、二人に見せると要と一緒見ながら話す。
「まだアタシ達と離れて、ご飯食べてんでしょ?」
幸恵は目を伏せて悲しそうな表情で、怯えている態度の
「あの子、どうしたら人が怖いのを克服できるのかな?」
あのままじゃよくない、そんな気がすると幸恵は言葉を紡ぐと、似合いそうな水着を探し始める。
「時間は掛かるんだと思う」
あけみっちもどこか悲しそうな態度を取る。
「だって、大切にしてた猫を返せって、シャドウが言ってたから……」
それはキツいと幸恵は眉を寄せると、あけみっちに似合いそうな水着を提案した。
「これかわいいし似合うと思うよ!」
無地のビキニを選んで見たのだが、反応はイマイチのようである。
「うーん、生地はいいけどちょっと大人っぽいかなー」
なるほどと幸恵は棚に戻すと、今度は要はまたラッシュガードの水着に手を取っている姿を目撃。
「あっまた、カワイクないのを選んで!」
要はいつもそうであった。
ミニスカートを勧めても恥ずかしがって、裾を折らないどころか一年中タイツスタイルであった。
「肌を見せるの恥ずかしいよ……」
おそろいで同じ髪色に染めたのはいいけど、髪は巻いておらず前髪も作っていない。
そんな妹であった。
「はあ……いつもこれなんだよね、ミニスカ可愛いのに……」
この美的感覚は共有できない。
幸恵は落胆しているとひばりちゃんが寄ってきて、ぽんとスカートを握ってきた。
「ゆきえおねえちゃん大丈夫?」
こんな小さな子に気遣わせるのかと、幸恵はすぐに明るさを取り戻す。
「ありがとう大丈夫だよ」
と満面の笑顔を浮かべた。
「要ちゃんに着たいものぐらい選ばせたら? 幸恵さん?」
あけみっちが要をかばう形で出てくると、幸恵はやや不満気な態度を取る。
「えーせっかくみんなと出かけるんだし、カワイクないとダメくない?」
納得がいかないなと、なるべく肌を隠せるかつカワイイ水着を探し、ふと気になった。
「あとさ、さん付けやめてくれない? 付き合い長いっしょ? アタシら」
出会って付き合い出したのは、五月。
幸恵の感覚からしたらそろそろさん付けが取れてもいい頃合いだと、柔らかな声色で指摘する。
「じゃ、じゃあ。幸恵ちゃんで」
照れ臭そうにはにかむあけみっちに、満面の笑みで返した。
「……あ、あの明美ちゃん」
今度は要が、何故かモゴモゴと申し訳無さそうな態度を取っている。
「何?」
言いづらい事でもあるのか、少しだけあけみっちの耳元に合わせてかがむと、あけみっちは無言で頷く。
隠し事とは珍しい。
あけみっちといると、知らない要が出てくるのが不思議でたまらなかった。
「何を話したの?」
幸恵は思わずあけみっちに訊く。
「悪口じゃないのは安心して、ただ頼まれただけだから」
あけみっちが澄ました顔で笑っているから、嘘ではないだろう。
それ以前に友達に嘘をつくような子ではない。
(……何を言ったんだろう)
初めて直面する妹の隠し事にモヤモヤしながら、幸恵はひばりちゃんが似合いそうなものを見つけた。
女性が男性二人を挟んで、両手を広げるポーズでそう発言したシーンが印象的。