「お疲れですねぇ」
あの後なんやかんやと色々あって、解散となりました。
ひとまず、わたくしは今後あの集まりに参加することを認められた、という結果に納得するべきでしょうか。それとも、あの色々とあった過程から目を逸らすべきではないのでしょうか。
一言言うのであれば……疲れました。ええ、本当に。
「雪女、使って上げます。四つん這いになりなさい」
「いやん。紫月様ったらだ、い、た、ん♡」
「やっぱりやめましょう」
「ああっ! ごめんなさいごめんなさい! なりましたなりました! ……あぁん! これこれぇ!」
雪女を椅子にして、今後の展望を考えることとしましょう。
まずは、目下の厄介ごとから。そう、尚次様の求婚からですね。
こちらに関しては、跳ねのけることは可能でしょう。生明家の次期当主はわたくしです。仮に私が水無瀬家に移れば、自動的に血縁であるお姉さまが次期当主……というのは認められないでしょう。ええ、四級退魔士が名門生明家の当主などと、笑い話にもなりませんもの。あの愚父ですら名ばかりとはいえ一級だというのに。
それを口実にすれば容易に話は進められますが、問題は彼の執念が想像以上に強そうなところですね。あの目を見る限り、その程度の事では諦めてはくださらないでしょう。
「厄介ですね。今後の計画に支障が出るかもしれません」
「えと、何でそんなに大変なんですか?」
下から雪女の声が聞こえてきます。椅子は喋らない、とでも言って叩いてやろうかと思いましたが、いい質問なので答えることにしましょう。
「簡潔に言えば、どのように展開が転んでもお姉さまが表舞台に上がるという点で非常に厄介です」
「ああ、日和様は現状紫月様の手によって日の目を浴びてないですもんね。それが無理やりでてしまうと」
そうなれば、お姉さまの治癒術師としての才能が公になってしまう可能性があります。
五代家にバレるだけであれば、彼らのパワーゲームに組み込まれるだけで済みます。その程度であれば、わたくしが実力でねじ伏せれば済むだけの事。
しかし、公になってしまえば、お姉さまを今のように内々に匿うことは不可能となるでしょう。
「治癒術師ってバレたら……まあいっぱい依頼とか飛び込んできますよねぇ」
「お姉さまを利用しようとする有象無象が群がってくることでしょうね。それは断じて認められません」
その結果、愚親にバレればなおの事酷い。
密かに進めている現当主隠居計画も穏便に済ませない可能性が出てきますもの。
順調に進んでいたはずのあれこれに、大きな歪みが生じることとなります。
「でも、紫月様なら正面からねじ伏せられるのでは? 何せ――」
「雪女」
その先を口にしようとした雪女を制止します。
わたくしの真剣な口ぶりに、全てを察した彼女は口を閉ざしました。
「……わたくしは現状維持を望んでいます」
「出過ぎた真似でした。お許しください」
「ええ、許します」
さて、次はお姉さまに関する計画の見直しを――っと思ったところで、人の気配が。この部屋に近づいてきます。近づいてきているのはただの使用人。ただ、何か緊急の用みたいですね。
「入りなさい」
「失礼いたします。紫月お嬢様」
「何用ですか?」
ふむ、この女性は新顔ですね。この間の粛清で入った穴埋め要員でしょうか。
椅子になっている雪女を見て表情を変えた辺り、落第ですね。手ごまとしては使えなさそうです。
残念でもありませんが。幾らでも替えはいますもの。
「と、当主様がお呼びです」
「お父様が? 夕食かしら」
「ええと、そのように申し付かっております」
夕食の呼びかけにしては、普段よりも少し早い。これは何かがあったと考えるべきでしょう。
嫌な予感がしますね。厄介なことというのは連鎖するものですので。
「今すぐですか?」
「は、はい」
「わかりました。雪女」
「はぁい。いつも通りにですね。わかりましたよぉ」
私が雪女の背から降りれば、彼女は名残惜しそうに立ち上がったのちに姿を消しました。
この家の中で、気配を消した雪女の存在を認知できる人材はわたくししかいません。なので、普段はこうしてわたくしの側を邪魔にならないようについてこさせています。何かがあった時、雪女がいた方が便利ですので。
「では、お父様のところまで案内してくださる?」
「はい。では、その、こちらへ……」
よくもこんな人材が入れましたね。無能が透けていすぎて一周回って怪しく見えます。
胸は大きいので、お父様の趣味でしょうか。まったく、下らないところでばかり知恵を回すのですから。
無能でいてくださった方が使い勝手が良いので、別に伝えることはしないのですけれども。
「何かお父様からの伝言はないのですか?」
「いえ。ただお連れしろとしか……」
本当に無能なんですから。わたくしの手ごまである古くからの使用人を使ってくださればもっと楽に話が終わりましたのに。
仕方がないので、食堂までやってきました。
そこには愚父も愚母も、何とお姉さままで席についているではありませんか。
普段はお姉さまは同じ席には着かせてもらえず、地べたで食事をしているというのに。もちろんわたくしがそのようになる様に仕組んでいるのですけれども。
さてはて、お姉さまはこちらを見て僅かに微笑んでくださいましたが、その表情に元気がありませんね。
それに対して馬鹿二人は上機嫌な様子。明らかに厄介ごとです。
「おお、よく来てくれた紫月」
「お父様、上機嫌でいらっしゃいますけれど。何か良いことでも?」
「そうだ。朗報があってな。まあまずは座るといい」
ここは大人しく従うといたしましょう。
定位置に座ります。
「それでは食事をしながら話すとしよう。おい! さっさと運んで来い!」
まったく、品のない。この体を流れる血に、この男の血が混ざっていると考えると吐き気がしますもの。
本人は平々凡々、妻に選んだ女もつまらない女。お姉さまの方のお母様はまだまともだったようですが、もういらっしゃらないもので。大変残念なことに。
「そう急かさなくとも、うちの使用人は優秀ですよ、お父様」
「むう、そうか? 紫月が言うのならばそうなのだろう」
「そうね。私たちの自慢の娘だもの」
「ああ! このままいけば、史上最年少の一級退魔士になるのも時間の問題だ!」
……本当に、腐ってる方々。自慢できることはわたくしを産み落としたという事実のみの悲しい方々。
因みに一級に上がる予定は今のところございません。力量の調整程度お手の物ですから。
しかし、本当に上機嫌ですね。わたくしと言えど、娘に口答えされて黙っていられる方ではないのですけれども。
本当に嫌な予感が致します。
そうして料理が運ばれてきて、珍しく四人そろっての家族での食事をなりました。
お姉さまに出されたのもいつものゴミのようなものではなく、立派なわたくしたちと同じもの。
これには、お姉さまも思わず周囲を見回していいのかと様子を窺っているではありませんか。ああ、その姿も何とも愛らしいこと。虐げられるのは嫌ですけれども、同じ扱いをされるとそれはそれで不安になるのですよね、その気持ちを理解できますとも。
お姉さまの愛らしさに比べて、本当に愚父の長ったらしい中身のない話ときたら。
本当に頭の中に脳みそが入ってらっしゃるのでしょうか? 似ているからと言って、メロンパンとすり替えられたのではなくて? よくも自信満々に下らない話ができるものです。一周回って感心致します。
そろそろ食事も終わるというところ、ついに本題に入ってくださる気になったようで。
「ふむ、今日は素晴らしい日だ」
「朗報があるのでしたよね?」
「ああ、よーく聞け」
もったいぶるような言い方。本当に下らないお人ですね。
それを讃えているお母様も本当に下らない人。中身のない、見かけばかりに気を使って。きっとご自身に自信がないからこそ、外付けの見栄えで自信を得ようとしているのでしょうね。
悲しい人たち。
それで、この愚物が言う朗報とは何でしょう。きっとろくでもないことのはずですので、気絶しないように気を付けなければなりません。
「なんと、日和が他所の家に嫁ぐことになったのだ! めでたいことにな!」
は? 何言ってるんですかこの肉だるま。
決めました。早急に当主を交代していただきます。この愚物を、これ以上お姉さまに関わらせていられません。
予定? 知りませんよそんなもの。お姉さまをわたくしの手元に置いておくのが一番重要なのですから。