さっそく、旧校舎の集まりにて、わたくしは真砂様に話を持ちかけることにいたしました。
「真砂様。少々お時間よろしいでしょうか?」
「……何かしら」
「今後の進退に関わる重要な相談に乗っていただきたいのですが……」
あら、どこか警戒されてます?
心外ですね。先輩を頼る幼気な後輩ですよ? 決して、悪だくみなどしておりません。
「それは、ひょっとして彼女についてかしら?」
言いながら、真砂様の視線は楽しく五代家の方々と談笑しているお姉さまへ。
このご様子ですと、昨日の話は既に耳に入っているということですね。お早いこと。
ひょっとしたら、お姉さまが話されたのかもしれませんけれど。その可能性は高そうですね。お姉さまも悲しそうな表情をなさってましたから。
わたくしが黙って頷くと、真砂様はため息を吐いて、廊下へと続く扉を指さしました。場所を変えようというわけですね。
お姉さまが何か言いたげにこちらを見ておりましたが、軽く手を振って教室を後にします。拒絶の意は示したので、話を聞かれることはないでしょうね。少なくとも、お姉さまには。
廊下を少し歩き、十分たまり場の教室から距離を取れば、真砂様は振り返って話始めます。
「では、相談というのを聞かせて頂けます?」
「ええ。実は、生明家の現当主を降ろすので、手伝っていただきたいのです」
真砂様は大層驚かれたらしく、普段であれば絶対にしないであろうまんまるな目を披露してくださいました。
あらあら、この表情を見られただけでもこの話をした甲斐があったかもしれませんね。真砂様は土のお方、こんなに慌てるのは大変珍しいことですよ。
「……私に他の五代家、特に水無瀬を抑え込めという話かしら」
「話が早くて助かります。如何ですか? 将来の生明家当主に恩を売るというのは」
大変優等生であらせられるのも助かります。細かい話を省けますので。
これが仮に雅人様相手であれば、「待て待て待て、一から順番に説明してくれ」とでも仰るでしょうね。察しの悪い殿方は嫌われますよ。
少なくとも、そのような方にお姉さまをお任せする気にはなりませんね。誰にならばお姉さまを任せられるのかと問われますと、わたくしを倒せるような人であればとお答えいたします。ふふふ。
「少し考えます。よろしいですわね?」
「ええ。すぐに返答を出されていれば、むしろ候補を間違えたと思ってしまいますもの」
真砂様は腕を組み左手の人差し指でトントンと右腕を叩いてみせます。
じっくり考えてくださいませ。その間に、わたくしも断られたときの対応を考えますので。
どれ程経ったか。決して長い時間ではありません。他の方々が疑問に思いこちらを追いかけてくる前には、結論を出してくださいました。
「……私の一存では決めかねますわ」
「ええ、わたくしもその回答を頂けると思っておりました」
返ってきたのは想定通りの回答でした。
そんな嫌そうな表情をなさらないでくださいませ。決して悪い意味ではございませんことよ?
ある意味、真砂様が優れてらっしゃることの証拠なのですから。わたくしと同じ思考を辿ったという事なのですから。
「では、当主様へのお取次ぎは頼むことはできるでしょうか?」
「正気ですの? 我らが磐城家当主に今の話をなさると?」
「ええ、その予定で考えております」
調和を司る磐城家にて、クーデターの手伝いを持ちかけるなど自殺願望に聞こえるのでしょうね。
ですが、真砂様はわたくしの強さの片鱗をご存じでしょう? ならば、これが決して無茶苦茶でないことは理解いただけるはずです。
今の愚鈍な当主が抜けて、実力の確かなものが当主の座に座る。退魔士界の事を考えれば、これは歓迎するべきことでしょう?
真砂様も少し考えて、気が付かれたようですね。わたくしの提案が、決して無謀ではないことを。
「……協力したとして、磐城の利点を、お聞きしても?」
「お分かりの通り、生明の現当主は愚鈍で未熟な人物です。一級の中でも下の下、最底辺の実力しかございません」
「だとしても、一級は一級ですわ。紫月さんは準一級……まさか」
本当に話が早くて助かります。真砂様、大好きですよ。
「どうでしょう。わたくしが隠している実力、それを磐城家にだけお見せすることはできますよ」
尚次様との戦いで、わたくしが認定試験で手を抜いていたことは明確になってしまいました。
ならば、次は交渉材料として使い捨ててしまいましょう。
真砂様はまた考え始めてしまいました。それもそうでしょう、これは難しい問題ですから。
当主が代替わりし、新しい当主はまだ学園の一年次。名門も失墜したと思われるだろう中で、実際の実力は磐城のみが存じているところとなる。
ま、本気を見せるつもりはございませんが。せいぜい、きちんと一級に認定される程度の実力を見せておけばよいでしょう。それだけであの愚物よりかはまともであると判断されるでしょうから。
では、先ほどの言葉は嘘ではないかと? わたくしは隠している実力の“全て”を見せるとは申してませんもの。決して嘘はついておりません。
ふふふ、言葉というのは丁寧に扱うべきなのですよ? そうすれば、期待を叶えるほどの効果を得られます。
「わかりました。私の方から、当主様へ取り次ぎましょう」
「ありがとうございます、真砂様」
「ただ、どうか勘違いなさらないでくださる? 磐城が必ずあなたの後ろ盾になるわけではありませんわ」
「そちらは重々承知しております。きちんと勝算があってのことですから、ご安心ください」
「でしたら、これ以上私から言うことはありませんわね。そろそろ戻ると致しましょう、流石に不審に思われますわ」
踵を返し、教室へと戻るわたくしたち。
幸いなことに、ここまでで他のどなたかが様子を見に来ることはございませんでした。
式神による盗聴もおそらくされておりませんね。蒼真様あたりは盗聴しに来ると思っておりましたが、予想が外れてしまいましたね。
「――ちょうどいいところに戻ってきた! おい紫月、日和を何とかしろ!」
「お姉さまっ!?」
「やだよぉ~。どうすればいいのかなぁ~」
扉を開いて目についたのは、泣きながら雅人様に抱き着こうとしているお姉さまと、それから逃れようとする雅人様。
他の方々は困り果てた様子で、おもいおもいに取り囲んでいらっしゃいます。
「わた、私、知らない人のところに嫁ぐって。学園も辞めさせられるって。やっぱやだよぉ」
「助けにはなってやりたいが、家の問題に俺たちが介入するのには……」
そう言いながらこちらの様子を伺う雅人様。
普段のわたくしであれば、手助けして差し上げてたことでしょう。
ただ、今のわたくしにそのような余裕は残念ながらございませんでした。
「――お姉さまを、本気で泣かせたな?」
わたくし以外が、わたくし以外がお姉さまを本気で傷つけたな?
お姉さまを傷つけるのは、泣かせるのは、苦しめるのはわたくしでなければならないのに。
太陽を曇らせるのはわたくし、生明紫月の特権であるというのに。それを踏みにじったな?
「紫月さん!?」
「くそっ! 【快炎】!」
わたくしの悲しみに、怒りに呼応して周囲の空間が凍り付いて行きます。
雅人様がすぐさま術を展開して中和しようとしますが、雅人様程度ではわたくしの悲しみは溶かせない。
「手を貸すよ【葉連】!」
木生火。蒼真様の木により、雅人様の火の力がより強まります。
それでようやく、わたくしから漏れ出る冷気が中和されていく程度。凍てついた部分は、真砂様と惟高様が合わせて砕いて行きます。
それでようやく、侵食が抑えられる。
ああ、ここにいらっしゃったのが五代家の方々でよかった。もしも未熟な方々がいたら――余波のみで殺してしまっていたかもしれませんもの。
「……紫月ちゃん?」
「お姉さま、ご安心ください」
「で、でも」
「大丈夫です。――わたくしがお姉さまを他所へ嫁がせたりさせません」
わたくしがそういうと、お姉さまは涙を流すのを止め、それでも悲しみは収まらないのか、くしゃりと顔を歪めます。
ああ、本当に。
実にふざけた話があるものですね。
気が、変わりました。
本気でやりましょう。生温いことは一切抜きで。少しでも情けが存在したわたくしが許せません。
愚父には、地獄を見てもらいます。死んだ方がマシだと言わしめるような地獄を。体面? 知りません。全てねじ伏せます。それができるだけの能力が、わたくしにはある。
太陽に近づきすぎたものがどうなるか。末路は当然ご存じですよね?
そう、太陽に近づけるのは神や天使に準ずる者のみ。あんな汚物が傲慢にも踏み入ったこと、絶対に許しません。
地に落とすだけでは許さない。地獄の底でも、苦しんで、苦しんで、苦しんで、失意の底で絶望しろ。