可哀そうなお姉さまを愛でたいだけですのに!   作:パンデュ郞

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十三

「……あの暴走を、我が家で起こさないよう気を付けてくださいます?」

「ええ。学園では大変失礼いたしました」

 

 あの後、わたくしが落ち着くまで五代家の皆さま方で対応してくださって、何とか収まりました。

 あのままでは、危うく旧校舎の結界まで台無しにしてしまっていたかもしれません。生明紫月というものが、とんだ失態を演じてしまいました。今後は気を付けるようにいたしませんと。

 

 さて、これからわたくしが臨む相手は磐城家当主である磐城剛義(ごうぎ)。一級退魔士の中でも、随一の実力を誇る肉弾戦を得意とする武闘派退魔士。

 退魔士界の中核を担っている人物と言っても過言ではないでしょう。現在の退魔士界の秩序は彼によって保たれております。

 

「一応忠告しておきまますが、お父様――当主様には私でも口答えすることは許されておりませんの。何かあっても助け船が出るとは思わないでくださいまし」

「お優しいのですね」

「ふんっ! 磐城家に利益が出るから、成立を願っているだけですわ!」

「ふふふっ、ではがんばって成立させないとですね」

 

 このような一面は大変土の人らしいですね。包容力があり、つい他人の世話を焼いてしまう。

 尚次様との一件で警戒はされているようですが、後輩として面倒を見てくださる気はあるということですね。お可愛らしい人。

 もしも出会う形が違えば、仲良くなれたかもしれません。今のようにけん制し合う仲ではなく……。

 

「お嬢! お戻りですか!」

「ええ。当主様にお客様をお連れしましたわ。通してくださる?」

「お館様にですか……? そちらのお嬢様がそのお客様で?」

「ええ。生明のご令嬢です。丁重におもてなしするように」

 

 出迎えにやってきた使用人? ですかね。随分と武骨な方がやってこられました。

 磐城家は強さと調和を重視する家門。使用人もそれらで固めているということですか。細かい内部事情まではガードが固くて調べてないのですよね。

 

「まずは私が当主様に伝えにいきますので、貴方はこの子の面倒を――」

「それには及ばん」

 

 ――背後っ!?

 咄嗟に振り返ると、そこにいたのは精悍な男。白髪交じりのベリーショートの髪、老齢さを感じさせつつも堅牢な体躯。衰えを感じさせない威厳あるオーラ。

 初見ですが、間違えようがないでしょう。この方が――。

 

「お前が俺に客人を連れてくるとは珍しい」

「当主様!」

 

 なるほど、これは間違いなく一流の器。わたくしでさえ、目の前に立てばピリピリと肌を刺すような威圧感を感じざるを得ません。

 真砂様へ向けられていた剛義様の視線が、わたくしの方へと移ります。

 

「……生明家の娘か」

「お初にお目にかかります。生明紫月と申します」

「ああ。知っている。ほとんどの奴が人生を懸けるつもりで挑む認定検査で、適当ぶち込んだ舐めた娘だ」

 

 ……っ!? 手を抜いていたことを知られている!?

 どうして、現場にはいらっしゃらなかったはず。いえ、それを考えるのは後回しです。今は目の前のことに集中せねば。

 そのことを知られてるとなれば、第一印象は最悪。自ら明かすのと、元から知られているのとでは天と地ほどの差があります。これは見通しが甘かったと言わざるを得ません。

 すぐにでも挽回する一手を見出さなければ。

 この状況では、門前払いされてもおかしくはありません。

 

「まあ、上がっていけ。おい、客人を応接間に通して茶を出しておけ」

「は、はい。よろしいのですか……?」

 

 わたくしたちの横を通り過ぎて、館の方へと進んでいく剛義様は振り返ることも立ち止まることもしません。

 それで投げかけられた言葉は、次の通りでした。

 

「娘が後輩連れてきたんだ。親が子の面子を潰すわけにはいかんだろう」

 

 ……これは、やはり真砂様に最初に頼んでおいて正解でしたね。

 磐城剛義。わかってはいましたが、一筋縄ではいかない人物です。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「どうぞ、お茶です」

「ありがとうございます」

「お館様がお戻りになるまで、しばしお待ちください。それでは」

 

 通されたのは座敷の広間。全体的に和で統一されているこの屋敷らしい応接間ですこと。

 わたくしは当主様が座るであろう上座から少し離れたところに出された座布団の上に座り、待つように言いつけられました。

 当然、言われたようにして待っております。磐城において、細かい駆け引きなど不要。正面から言葉を以て判断される。言われたことを無視すれば、まともに言葉を交わす価値すらない女とみなされることでしょうね。

 

「……本当でしたのね」

「真砂様」

「正直、可能なのかと疑ってた面はございましたわ。ですが、当主様が仰るならば真実なのでしょう」

 

 わたくしが認定試験にて手を抜いて準一級になったことについての話ですね。

 真砂様はもう離れても良いはずなのに、わたくしの側についていてくださっております。自分の客として連れてきた以上、最後まで面倒は見てくださるおつもりなのでしょう。

 今は少しだけ、ありがたい心遣いでした。

 

「待たせた」

 

 少し時間が経って、剛義様がいらっしゃいました。先ほどとは服装が変わってらっしゃる様子。外行き用から着替えてらしたのですね。

 

「この度は貴重な時間を――」

 

 わたくしが定型の挨拶を行おうとしたところ、そっと右の手のひらを突き出されて止められます。

 

「回りくどい前置きは不要。用件を話すといい、生明の娘」

「……実は、現生明家当主にはお隠れになってもらおうと思っておりまして」

「ふむ、そんなことだろうとは思った」

 

 ……? 思った反応と違いますね。予想に反して、簡単に受け入れられた?

 秩序に反する行為だと、反発されると思っていたのですが。それを利を出して丸め込む予定でいましたのに。

 

 無精ひげをぞろりと一撫でして、剛義様は続けます。

 

「現生明家当主の清隆には、概ね失望している。それがまともになるというのなら、磐城としては是非もないことだ」

「でしたら、紫月さんの要望は――」

「受け入れられん」

 

 ……でしょうね。口ぶりから、察しておりました。

 真砂様は驚いた様子ですが、最初の言葉振りからして予想はできていました。

 逆に言えば、認めてくれる条件を提示してくれたとも。交渉の論点はこれだと正面から提示してくれたわけですね。

 

「それは、わたくしがまともとはお思いでないということでよろしいでしょうか?」

「そうだ。仮にも清隆は一級。お前は自ら選んだ準一級だ。若さも考えれば、当主の座は重すぎる」

 

 自分から手を抜くような人間には当主を任せられないと仰せなのですね。

 いいでしょう、その論点で争って差し上げます。

 

「ならば、わたくしがこの場で実力を見せれば――一級相当であると示せば、認めてくださいますか?」

 

 一応最初に想定したルートで話を進めてみましょう。

 うまくいかないことは明確ですけれども。行くべき道が見えるかもしれません。

 

「退魔士たるもの、強くあるべきだ。しかし、人柄が悪ければ力は容易に凶器となる。親しき者を傷つけることを躊躇わない。そんな人物に権力は与えられん」

 

 これは、お姉さまとの関係の事を言われているのでしょう。真砂様がご存じなのですから、当主が知らぬはずもなく。

 

「ご存じの通り、わたくしの両親はお姉さまを快く思っておりませんの。お姉さまの立場を守るためでもありました」

「お前には自らねじ伏せられるだけの力があるというのにか?」

「お姉さまの事を思えばこそ! です」

 

 手ごたえがありません。言い訳が通じる相手でもありませんからね。

 どうしましょう。流石に経験の差を感じますね。

 土剋水、私が誘導してもすぐに本筋に戻されてしまいます。

 

 さてどうしたものかと頭を捻っていると、唐突に剛義様が立ち上がり、わたくしたちとは別の方向へ視線を向けました。

 

「当主様、どうかされましたの?」

「待て、静かにしろ」

 

 そちらの方向は表の門の方向。そちらに何かが……? 雪女を待たせているぐらいですが。

 

「……もしや、お前は“冬の死神”か?」

「“冬の死神”ですの?」

 

 っ!? その呼び名がどうしてここで出てくるのですか!

 雪女の存在から推測された? なら、どうして門の前で会った時には反応されなかったのか。

 とにかく、これに正直に答えるわけにはいきません。全ての前提が狂います。

 

「さて、何のことでしょう? わたくしは存じぬ名ですね」

「…………」

 

 全てを鋭き眼光に貫かれます。

 笑顔で、黙ったまま、嘘を突き通す。どれ程辛くとも、負けてはいけません。

 体感では途方もなく長い時間が経ち。根負けしたのは――剛義様の方でした。

 

「――そうか」

 

 真砂様は冬の死神という単語に首をかしげてました。知っているのは当主様のみ。命拾いしましたね。

 同時に、この場に雪女がいなくて良かったです。全く別の理由で置いてきたわけですが。

 

 剛義様は目を瞑り、何かを考えているご様子。

 今、何かを口にすることは許されないでしょう。思案の終わりを待つしかありません。

 

「……生明紫月と言ったな」

「はい」

 

 言葉と共に、目がゆっくりと開かれる。先ほどよりかは、敵対心が薄れた視線がわたくしへと注がれます。

 

「磐城が手を貸しても良い」

「!?」

「――それは、ありがとうございます」

 

 僅かに腰を浮かして驚かれたのは真砂様。唐突に意見を変更したことに困惑されたのでしょう。わたくしも正直驚きました。

 ただ、一度口に出したことは簡単には撤回なさらない方でしょうから、これはわたくしにとっては良いことです。

 

「その代わり、条件がある」

 

 言いながら、剛義様は立ち上がり、戸の方へと進んでいきます。

 わたくしたちは立ち上がることを許されたわけではないので、視線と体の向きを変えてそれを追います。

 

「付いてこい。そして、俺と立ち会え。お前の力量を見せろ」

 

 ……どうやら、一筋縄ではいかなさそうですね。

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