「式神は自由にしろ。制限はなしだ」
練武場に通され、舞台に上がるのはわたくしと剛義様。
さてはて、どのようにいたしましょう。
この場はとても土の気が強い。水の使い手であるわたくしにとっては不利な場と言えるでしょう。
そのうえで、実力を示さねばなりません。
「……雪女、来なさい」
「はい、こちらに」
迷う事なく、わたくしは雪女の名を呼びます。
今回の目的は剛義様にわたくしが一級相当であると認めさせること。および、わたくしが生明家当主となることが退魔士界全体の利益となると認めさせること。
ならば、やるべきことはただ一つ。切り札は隠しつつも、出される試練を上回ることです。
雪女を温存する必要はないでしょう。むしろ、使わなければ怪しまれるというものですから。
「それがお前の式神か」
「ええ。剛義様は式神は使われないのですか?」
「俺か? 必要ない」
そう言い切って、剛義様はその場で構えます。
わたくしとの距離はおおよそ大股十歩。術式戦にも、肉弾戦にもできる絶妙な距離ですね。
しかし、式神は必要ない、と来ましたか。
わたくし相手には必要ないという意味なのか、はたまた実力を測るだけだから使わないという意味なのか。――剛義様は、そもそも式神をお持ちでないという意味なのか。
「……一級退魔士の中でも有数の実力者に胸をお借りできるだなんて、光栄です」
「世辞はいい。準備ができたのなら、いつでもかかってこい」
構えをとっても、襲い掛かってくる気配はございません。
先手は譲ってくださる、ということなのでしょう。侮られているとは思いません。ですが、これが当主としての格というものなのでしょうね。
わたくしにも、この威厳を持てと、暗に言っているのでしょう。
……一呼吸、二呼吸、深く吸い込んで、吐き出す。
生明紫月、冷静になりなさい。そして、役割を果たしなさい。
「雪女」
「はいな!」
私の合図とともに、雪女が動き出します。
彼女が手を地面に押し当てると同時に、地面を氷が這い剛義様の足元を凍てつかせる。地面だけでなく、彼の足首まで氷が覆いつくすことに成功いたしました。
この程度で動きを封じられるだなど考えておりません。ただ、一瞬だけでも鈍ってくだされば僥倖というもの。
磐城家の戦い方は、肉弾戦特化。土という安定力を存分に活用し、瞬間瞬間で己の肉体を固定化させることによって強度と火力を両立させる。そのため、生半な攻撃は通りませんし、拘束なども打ち壊されるでしょうね。
平たく言ってしまえば――一定水準以上の火力がなければ、攻撃を通すことすら許されないということ。堅実で、確実な強者。格下には絶対に負けようがない、一級退魔士の中でも最上位に相応しい貫録をお持ちということです。
そんな彼と戦うためには、二つの方法があります。
一つは、純粋に能力で上回ること。今回これを選んでしまえば、問答無用で特級送りになるので選択肢から除外いたします。
もう一つは、物理的攻撃以外を以て攻撃を行うこと。
「【結】」
「む」
わたくしの言霊と同時に、広がっていた氷が意思を持つかのように動き始めました。
それらは、的確に層を作りだし、剛義様を閉じ込めるように半球状へと形を変化させてゆきます。
動きを鈍らせ、氷の半球に閉じ込める。加えて、半球内部の温度を下げ、外傷なしに制圧する。
攻撃が通らないのであれば、それ以外の方法で制圧すればよいのです。
流石の土の方と言えど、低温環境下で長時間耐えられるとは――。
「狙いは悪くない」
大気が、震えました。
覆っていた氷は砕け散り、地面に走っていた霜も打ち壊されています。
わたくしの視線の先にいるのは、構えたまま変わらぬ姿の剛義様。
何が起きたのでしょうか。答えはシンプルです。おそらく、本当に些細な動き、例えば、身震いだけで氷を打ち払った、のでしょう。
「では、こちらからも行かせてもらう」
「……っ! 雪女!」
宣言と同時に、わたくしのすぐ目の前に剛義様が現れました。それこそ、転移したようにしか見えない速度で。
咄嗟に雪女を呼びつけ、体を挟ませます。雪女とわたくしで二重に防御の構えを取り、取ったうえで、平然と吹き飛ばされます。向こうはただ、拳を短く突き出しただけだというのにですよ。
「【氷――】」
「遅い」
吹き飛ばされた衝撃を利用して、すぐさま言霊を練ろうとしますが、その隙を与えてはくださりません。
生じた距離はこれもまたすぐさま詰められ、体勢を立て直す余裕もなく攻撃は続けられます。
わたくしたちはこれを防ぎますが、同時に、防ぐばかりで攻めには転じられない。
土の安定力をうち破れるほどの突破力が、水には存在しない。相性の面が現れている状況となってしまっていると言えるでしょう。
「当主様! それ以上は――」
真砂様の声が聞こえます。彼女が思わず止めに入ろうとしてしまうほど、一方的に見えてしまうという事なのでしょうね。
「口を挟むな! 黙ってみていろ」
それも一喝で黙らされてしまう。
やめるという選択肢はないということなのでしょうね。
実際、声を張り上げているその瞬間でさえ、攻撃の手を緩めてはくださりません。これ、わたくしだから耐えられていますけれども、並の退魔士でしたら即座に意識を刈り取られてますよ?
「どうした、冬の死神。その程度ではないだろう」
――ああ、なるほど。理解いたしました。
この方は、わたくしが冬の死神であると確信している。そのうえで、証拠を求めてらっしゃる。
手を休めないのは、並の一級退魔士でも耐え切れない猛攻を続けているのは、わたくしがボロを出すのを待っているのでしょう。
ならば、論点は変わります。これはわたくしが彼に認めさせるための場だと思っていましたが、そうではない。わたくしが冬の死神であるか否か、確証を剛義様が得るまで終わらない場だったということです。
だというのであれば、ええ、わかりました。良いでしょう。
真砂様は知らぬ様子。多少見せたところで変わりはしません。
もしもここで見せて、後で不都合が生じたのであれば――その時は、剛義様を殺してしまえばよいのですから。
「雪女、纏いますよ」
「えっ、本気ですか?」
「ええ」
わたくしたちの雰囲気が変わったのを感じ取り、剛義様は攻撃の手を緩めました。
警戒か、やってみろという挑発か。さてはて、どちらにしても望みを叶えて差し上げましょう。
決して、後悔しないでくださいね?
「【憑依霊装――】」
言霊を発し、呪力を練り上げる。練り上げた呪力は冷気の渦となり、室内ながら吹雪を呼び込む。
視界の端で真砂様が驚愕しているのが見えました。ああ、真砂様はこれを存じないのですね。
憑依礼装とは、一定以上の能力を持った退魔士と式神が揃い、その練度が一定以上まで高まることで可能となる術式。式神を纏い、その力を己のものとする。人馬一体ならぬ人式一体。
一説によれば、古来より退魔士の切り札の一つとされているもの。時代が時代であれば、一つの到達点とさえ言われていたそうです。
「【――冬の訪れ】」
純白の和装束を身にまとい、氷の大鎌を携える。髪も雪の白に染め上げられ、わたくしそのものが冬となる。
これが、わたくしの憑依霊装。雪女という式の力を十全に扱えるように変化した、わたくしの姿。
「なるほど。確かに、冬の死神と呼ぶにふさわしい」
「これからやることを説明しますね」
この姿を見せた以上、真砂様の身を案じれば短期で済まさなければなりません。おそらく、彼女は耐えられないでしょうから。
「わたくしはこれよりこの場の温度を極低まで冷やします。そこでは、わたくし以外の活動の一切を許しません」
「……先ほどの封じ込めを、より大規模で行うという事か」
「左様でございます。防ぐためにはわたくしを倒す必要がありますが……全力で逃げ回るわたくしを、果たしてこの環境下で捉えられるでしょうか?」
この姿になった以上、真正面から剛義様を打ちのめすことも可能ですが、それはいたしません。
だって、必要ありませんから。
剛義様は少し考える素振りを見せた後、一瞬だけ真砂様の方へと視線を向けられました。
真砂様はというと、冷気に打ち震えていてそれどころではなさそうですが。
「なるほどな」
「ご納得、いただけましたか?」
「ああ、十分だ」
剛義様が構えを解きました。
それを見て、わたくしも即座に憑依霊装を解除いたします。これ以上無駄に冷やしては、真砂様が可愛そうですから。
「幾つか質問に答えろ」
「答えられるものでしたら」
もはやお互いの目的は果たされました。答えなくとも何も問題はありませんが、ここまで手の内を晒したのです。少しでも心証を買っておいた方がよいでしょう。
「なぜ隠す」
剛義様から投げかけられた言葉の裏には、侮蔑も憤りもなく、純粋な疑問しかありません。
であれば、こう答えるしかないでしょう。
「女性とは、秘密があった方が魅力的に見えるものなのですよ」
「そうか。答えるつもりはないと」
「ご期待に沿えましたか?」
「理解はした」
……少し待ってみても、それ以上剛義様が言葉を発することはありません。
困りましたね。このような考えが読みづらい方は大変相手しづらいのですが。無下にするわけにもいきません。
真砂様に助けを求めようにも、彼女は先ほどの余波で少し参ってしまっているご様子。
仕方がありません。これ以上この気まずい空間にいるわけにもいきませんし、お暇する許可を頂きましょう。
「……わたくしはこれで失礼しても?」
「ああ、構わん。約束通り、磐城はお前の味方になろう」
「ありがとうございます。では、失礼いたしますね。行きますよ、雪女」
「はぁい」
剛義様を睨みつけている雪女に呼びかけて、この場を後にします。
さてはて、この件が今後にどう響くでしょうか。そう悪いことにならないことを、祈るばかりです。
◇ ◇ ◇
「起きろ。そんな軟弱者として育てた覚えはない」
「当主様……」
「ここには俺とお前しかいない。父様で良い」
私は一体。そうですわ、紫月さんの姿が変わりまして、その気に当てられてしまって……。
あれはいったい? 憑依霊装とおっしゃっておりましたけれども、歴史に名が出てくるあの憑依霊装だとでもいうのでしょうか。
だとすれば、いいえ、間違いなく、紫月さんは一級の中でも最上位の実力をお持ちということ。
「なぜ、途中で立ち合いをおやめになったのですか?」
「必要なくなったからだ。見たいものは見れた」
「それは、彼女のあの姿の事をおっしゃってると思ってもよろしいもので?」
当主様は静かに頷かれました。
「冬の死神という単語に、関係があると思ってもよろしいのですわね?」
「お前はまだ学徒だ。深入りしない方が良い」
言外に肯定なさるのですね。
生明紫月。彼女は一体、何者なのですか?
あれほどの実力を持っておきながら、なぜ隠すような真似を?
「教えてくださいませ。私は、彼女の先輩ですわ」
「……一体、その頭の固さは誰に似たものか」
「磐城の人間として誇らしく思っておりますわ」
当主様は少し考える素振りを見せて、ぽつりと話し始めてくださいました。
冬の死神という、退魔士界に名を刻んだ怪物の話を。
「冬の死神というのは、五年前に現れた怪物の呼び名だ」
「怪物、ですの? ですけれど、彼女は」
「ああ、人間だ。故に、俺はこう理解した。――冬の死神を使役した人間がいると、な」
それから、何が起こったのかを話してくださいました。
五年前、日本の僻地にて異常気象が観測されたこと。その一帯がまるで冬のように豪雪吹き荒れ、あらゆるものが凍てつく極寒空間と化してしまっていたそうで。それは、特定の妖によって生じている可能性が高いという見解が示されたことも。
何名か調査のために一級退魔士が赴くも、みな返り討ちにされてしまう。その返り討ちにされた誰もが口を同じくして言うのが――冬の死神と呼ぶ妖の姿。
本格的に討伐の部隊が組まれ始めたころ、その異常気象は突然解消され、その場にいたはずの妖も姿を消したこと。
退魔士界において、未だに捜索され続けている強大な妖こそが、冬の死神なのだと。
「それって、つまり……」
「どこへ消えたかと思えば、まさか、あの年頃の娘が使役しているとはな」
暴れていた期間が短く、一般への被害も少ないことから、冬の死神の存在は公には秘匿されているそうです。知っているのは退魔士界での一部の有力者だけ。仮に、もう一度姿を現せば即座に対応できるように名だけは常に控えられているとのことでした。
「何が目的かはわからん。だが、いつでも外せるものだとしても、首輪をつけるつもりがあるならばつけておくのが今後のためだ」
生明、紫月。あなたは、本当に何者なんですの?
何を求めて、何がしたくて、それほどの力を隠し持つのですか?