◇ ◇ ◇
「……あら、今日は紫月さんはいらっしゃらないのですね」
先日の磐城家での件について、尋ねようと思っていたのですけれど。
日和さんはいらっしゃるので、何事でしょう?
「あっ、紫月ちゃんはちょっと忙しいから今日は学園を休むって言ってました」
「紫月さんが? 珍しいですわね。確認した限り、彼女は非常に優等生で通っているのですが……」
「うん。さぼりなんて絶対しない子なんだけれど。今日はどうしても外せない用事があるって」
外せない用事ですか。退魔士関係であれば、私の耳にも入っていておかしくなさそうですので、私用なのでしょうね。
しかし、そうですか。紫月さんがいないとなると……予定が変わりますわね。
彼女が見せた力に関して、当主様は特に詳しくは教えてくださりませんでしたもの。憑依霊装……式と一体化するのあの術については。冬の死神については教えてくださりましたけれども。
ただ、それに関しても式に関しての情報でしかない。紫月さん本人についてわかったのは、若いころに冬の死神を調伏してみせたという情報のみ。それだけでも、相当な実力者であることはわかりますけれど、そんなことは分かっていたことですわ。
あの当主様をもってしても、首輪をつけられるならつけておくべきだと断じた彼女。その内容について、是非とも詳しく話を聞きたいところでしたのに……。
……この際当人でなくても良いかもしれませんわね。
「日和さん、少々お時間いただいてもよろしくて?」
「えっ? な、何か御用でしょうか」
「紫月さんについて、お聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか?」
おや、一斉に視線がこちらへ向きましたね。
皆さん、紫月さんに興味津々……というよりも、日和さんからの紫月さんへの評価が気になる感じでしょうか。
それはそうでしょうね。あの水無瀬との決闘を経ても、皆さんの主体は日和さんをどう家に取り込むか。紫月さんの立場次第では扱えるのですから。
「おやおや、皆さん、私が日和さんを虐めるのではないかと疑いの視線ですか?」
「ああ、それは気になるな。確かに」
「では、不知火、ついてきなさい。貴方に確かめる権利を差し上げます」
「はあ!? 聞かれて困る話じゃないのかよ!」
真っ先に声を上げた不知火に白羽の矢を立てましょう。水無瀬は論外として、他の方々では不知火が一番まともというよりも安心できますからね。
何せ、自他ともに認める嘘が苦手な男ですから。
「聞かれて困る話ですわよ?」
「……マジで言ってんのかよ磐城」
「ふふふ、役得でしょう? あなたとしても、聞きたい話ではなくて?」
何せ、一番紫月さんに振り回されるであろう人ですものね。他の方のように損得勘定ではなく、恋愛感情で日和さんがほしいのですから。
隠しているつもりかもしれませんが、バレバレでしてよ。
「ま、まだ日和の意見を聞いてないだろ!」
「それもそうでしたわ。日和さん、如何ですか?」
「えっ! えーと、あの、その、紫月ちゃんについて、ですよね」
「ええ。是非、お聞かせ願いたいと思います」
……おや、日和さんのこの様子、ひょっとすると、紫月さんについて話すことがあまり気乗りしていらっしゃらない?
あれほど仲睦まじい様子を見せているというのに。
「……はい、わかりました。大丈夫です」
やはり、含みがありそうですわね。これは、紫月さんがいないことを喜ぶべきでしょうか。
「では、場所を移しましょうか。残りの皆様は、話の内容が気になるならば、戻ってきた後不知火に聞いてくださいね」
「おい!」
まあ、話を聞けば到底他の人に漏らせる内容ではないと、不知火でも分かる話ですけどね。
それでは、屋上にでも行きましょうか。
室内では気が滅入りそうですもの。
旧校舎の屋上の扉を開けて、外の風を感じます。
ああ、ここはいつ来ても良いですわね。お気に入りの場所ですわ。
土の一族たる磐城にとって、大地から離れたところは苦手とするところですが、個人の好きと苦手は両立するもの、ということなのでしょう。
では、全員屋上に入ってきたので、盗聴防止の術式を展開いたします。ここから先、何人も話を聞けないように。
「では、日和さん。お話聞かせてもらえますか?」
「えと、その、あの、ここでの話、紫月ちゃんには伝わりますか……?」
「……伝わらない、とは断言しきれませんわね。ですが、伝わらないように努力はいたします」
やはり、日和さんは何かを恐れている。紫月さんを? だとすれば、日ごろのあの態度は一体何なのでしょう。
「ぶっちゃけ、あいつ俺らより強いからな。何か仕組まれてもおかしくはねーか」
不知火の評価は正しいですわ。盗聴、などされていても気が付けない可能性は十二分にあります。防止の術式は展開しましたが、彼女がそれを超える何かを持っていたとして、驚きませんわ。
ここで嘘を言わないのは私たちにとっては誠意ですが、本人からすれば聞かれているかもしれないならば話せない、という様子でしょうか。
仕方がありませんね。リスクはありますが、ここはリスクを取ってでも情報を拾うべき場面でしょう。
紫月さんがいないだなんて、次いつあるかわからない機会ですから。
「……先日、我が磐城家に紫月さんが訪れました。その内容は、生明の家の当主を奪うための手助けをしろというものです」
「はぁっ!?」
「えっ!?」
「理由は明白です。先日の話に出ていた、日和さんの婚姻話を台無しにするためでしょう。当主となれば、一族の婚姻契約に口を出せますので」
これは内々に決まったこと。彼女たちに打ち明けたことを知られれば、私はどうなることか。
少なくとも、紫月さんは許してはくださらないでしょうね。あの時の力を思い出せば、冷汗が止まりません。戦う事となれば、万が一にも、私に勝ち目はないでしょう。
日和さんは口元を押さえて、驚いていらっしゃる様子。不知火も流石に驚いてますね。
さて、このリスクをとった成果は如何ほどでしょうか。
「おいおい、当主たってあいつは準一級。当主になるにはせめて一級に――おい、嘘だろ?」
「お察し頂いて大変よろしいことで。近日中に、彼女の等級が一級退魔士に変更になると思われます」
それは、これまで意図して獲得していた立場を捨てたということに他なりません。
さて、この情報に日和さんは……日和さん?
「どうかいたしましたか? 日和さん。顔色が……」
「あっ。その、ご、ごめんなさい。少し、驚いちゃって」
様子がおかしい。この感情が何かわからない程、私は愚鈍ではありません。
日和さんは明らかに恐怖していらっしゃる。どなたに? 当然、紫月さんにでしょう。
単純に仲が良い姉妹ではない。もちろん、それは紫月さんが日和さんを冷遇していることからもわかりますが。
日和さんが、冷遇されながらも紫月さんに良く振舞っている理由が、きっとそこにあるのでしょう。
「力及ばずかもしれませんが、私たちはあなたの力になる準備がありますわ。紫月さんは、正直、強すぎる。私の目から見て、将来的に対応を考えなければならないと決意させられるほどに」
最後の一手を打たせていただきました。これは、私の本音ですわ。
紫月さんは退魔士として人類の英雄にも、人類を滅ぼしうる魔王にもなりえると睨んでいます。
あれほどの力を持ちながらこれまで隠し通してきていたのですから、もしも、万が一、まだ力を隠しているとすれば、特級退魔士レベルの力を持ち合わせていてもおかしくはないでしょう。
ならば、磐城の娘としては対策を練らなければならない。日本退魔士界の、調停を司る家として。
「私は日本の将来のため、紫月さんについて知らなければなりません。教えてくださいませんか? 日和さんから見た、紫月さんのことを」
私の決意を聞いて、思うところがあったのでしょうか。
日和さんはそれでもしばし迷った後に、ゆっくりと口を開いてくださりました。
「あの、その、できれば、ここ以外では話さないでほしいんですけれど」
「約束いたします。不知火」
「ああ、俺も絶対に約束する。何があろうと漏らすことはしない」
もちろん、約束いたします。ここの事がバレれば、ただでは済まないのは私も同じですので。
盗聴の防止をしていて正解でしたわね。紫月さんの時と比べると、格段にやばい話をしておりますもの。
「……私は、ずっと紫月ちゃんを騙してるんです。騙さないと、騙しきらないと、いけないんです」
その一言から始まった、二人の関係は、私が思っていたよりも複雑で。
何よりも、これまで感じたことがないほどの驚愕に包まれた内容になっておりました。
そんなことがあり得るのか。または、そんなことが通じるのか。
あり得るのでしょうね。だって、もうすでに、この姉妹は私たちの理解の範疇を越えているのですから。
だからこそ、私は決心いたしました。
この姉妹の行く末を最後まで見守らなければならない、と。
それが、退魔士界のためになると理解いたしましたわ。